尤利乌斯
~_~
级别: 火花会员
编号: 317
精华: 3
发帖: 1218
威望: 0 点
配偶: 单身
火 花 币: 0 HHB
注册时间:2002-11-30
最后登陆:2019-08-27
|
封印短文
天幕を訪れて、一杯飲らないかと誘ったのはセシリアのほうだった。 エキドナは意外そうな顔を見せたが、いいねえ、と破顔した。外で呑まないかいとの提案をうけて、野営地から少し離れた木の下で、天幕を見渡すように座った。
セシリアは、補給係に無理を言って譲ってもらったのだという白ワインを、皮袋から杯に注ぎ分けた。梨のような芳香が立つ。 「いい酒じゃないか」 旨そうに呑むエキドナに、セシリアは自慢げに杯を傾けた。 「アクレイアで仕入れたばかりのオスティア産よ。白はやはりオスティアが一番だわね」 弾けるような辛口を舌の上で味わうと、セシリアはエキドナに話しかけた。 「あなたから見てエトルリアはどうだったのかしら。…いいえ、もちろん、我が国の貴族連中が腐りきっていたのはわかっているけれど、王宮やアクレイアの印象はどう?」 「そうだねえ…。金ぴかで落ち着かなかったね。あんたたちには悪いけど、長居するにはちょいと気疲れしちまうよ」 エトルリアの西方三島総督府がどれだけ搾取の限りを尽くしたか、知り抜いているはずの女傑はあっさりとそう感想を述べた。侮蔑や憎悪といったものは窺えない。 あぐらをかいたエキドナは、椀を片手に、吹きすぎていく風を気持ちよさそうに受けていた。 夜天の下、エキドナの髪はいつもよりも青みが強く見える。重量のある斧をかるがると扱う彼女は、二の腕も太く、鍛え抜かれた体をしていた。それは騎士たちのように訓練で作ったものではなく、肉体労働で培われたものでもない。戦いの中で命を購ってきた者たち特有の、無駄のない筋肉だ。肌は健康に日焼けしていたが、それだけに髪と瞳の淡さがきわだった。 「あなたは西方出身ではないでしょう。北かしら」 セシリアが思わずそう訊ねると、エキドナは「そう見えるかい?」と笑った。 何故とも問わず否定もしない。言われ慣れているのかもしれなかった。忌避するようでもなく、ただ飄々と受け流す。自分のことについては何も語らないという噂は本当だったようだ。 「…ごめんなさい。あなたの出自を探ろうというつもりではないのよ。あなたと話したかったのは聞きたいことがあったからなの。――ミ…いえ、エルフィンのこと」 「ははあ…」 エキドナは何か納得したような顔をした。 「聞いた話では、行き倒れていた彼を拾って面倒を見て、その後参謀として迎え入れたそうね。吟遊詩人の参謀なんて非常に珍しいと思うのだけれど、彼は――どういう人物なのかしら? 何故彼を参謀に引き入れたのか、聞いてもよくて?」 セシリアは注意深く相手の反応を窺った。 ミルディン王子に生き写しの吟遊詩人は、自分のことなど知らないと無関心に否定した。だが、他人の空似と思うには髪の質も声も似すぎている。ダグラス将軍もパーシバルも王子ではないと断じたが、その断じ方――特にパーシバルの――は怪しいと勘が告げていた。まるで誰かに口止めされているような。 しかし確証はない。だからエキドナから話を聞いてみたかったのだ。
エキドナはワインを呑み、そうだねえ、と空を見上げた。王都を離れると夜を照らす明かりはぐっと減り、銀の粒を振りまいたような星空が広がる。その一部を高い塔のシルエットが切り取っていた。 「あたしは無学だからね、あんまりその、政治的な思惑がどうとか、どんな戦略が有効かなんてわかりゃしない。ただ人を見る目だけはあるつもりでね」 セシリアは頷く。人を見る目というのは、統率する人間にとって必須の能力だ。実際に見てはいないが、彼女の率いるレジスタンスはバラバラな破壊行動ではなく、秩序立った抵抗運動を続けていたと聞く。女だてらにまとめあげていたのなら、それは相当の統率力だし、その判断が一目置かれていたということでもある。 エキドナはセシリアを見て、少し笑った。目尻に細かい皺が寄って、思いがけずやさしい顔になる。 「……エルフィンは、あたしの弟に似てたんだよ」 「弟さんがいらっしゃるの?」 「いらっしゃるってほどの弟たちじゃなかったねえ。みんなあたしと同じで力ばっかりだったけど、末の弟だけはどうにも頭でっかちでね。世間のことなんか知りゃしないのに、まず理屈をこねるのさ」 セシリアは危うく吹き出しそうになった。彼が本当に王子だとしたら、この評価にはさぞ憮然とすることだろう。暗殺事件からこちら、眉の晴れるような出来事はまるでなかったが、初めて晴れ晴れとした笑いが胸に浮かんだ。 「理屈をこねる人間てのは、得てして相手のほうが理屈についてくるべきだと思いがちだ。だから、まあ、口を動かすだけじゃなくて、足も目も体全部使って世の中ってやつを見てみなっていうつもりがあったのかもしれないね」 「……」 エキドナの目が、一瞬、遠くを見るように細められた。 セシリアは、その弟はどうなったのだろうと思った。 現実を見ないで理想を追っているだけなら、困ったものだと言うだけで済む。自分に理があると信じ、それを絶対として行動を始めてしまったら、現実に裏切られるのはすぐだ。――王子がそうだったように。 セシリアには、エキドナもまた、彼を王子だと思っているのではないかという気がした。自分たちを苦しめていた当のエトルリアの人間だと知っていて、だからその目で現実を見てくれと願ったのではないだろうか。殺すのではなく、恨むのでもなく、未来のために。 けれどその想像が真実であっても、彼女は認めないだろう。笑って「おや、王子だったのかい」ととぼける様子が目に浮かぶ。あるいは「おやおや、あたしも随分と買いかぶられたもんだねえ」というかもしれない。 なんとも一筋縄ではいかない人間ばかりだ、と苦笑する。エトルリアの魔道騎士などはこの軍に比べたら羊の群だ。 セシリアは残りを注いで皮袋を空にすると、横座りしていた足を、子供のようにまっすぐに伸ばした。エキドナの前では取り繕う必要を感じなかった。 「それで、頭でっかちの彼は、少しは世の中を知ったのかしら」 継ぎ足された酒を、感謝を示して軽くかざし、エキドナは笑った。 「さあねえ。ただ、助けた当時に比べれば、多少人は悪くなったようだよ」 総督府のウラをかくのには随分と助かった、と続ける。 彼が王子なら、それは人が悪くなったのではなくもとからの性格だろう。ミルディン王子という人は、「公」に関しては慎重で理想家の面を持っていたが、「私」の部分では気に入らない相手に対する意趣返しを、ばれないように画策するようなところがあった。人生が変わるような経験をし、甘さがなくなって懐疑的な現実家になった結果とも言えないか。 否定するのは保身のため。身が安全になったと信じられるまで、仮の姿に窶そうとするのはおかしなことではない。自分にまで隠そうとするのは不審だが、女だから口が軽いと侮っているのなら、一応の説明はつく。 そう考えて、セシリアは王子が生きていると確信している自分に気づいた。 信じたいから、なんでも王子に結びつけているだけかもしれない。――それでも、あれは王子だ。吟遊詩人などに身を窶しても、本質は隠せない。
笑いをもらしたセシリアを、エキドナが見た。 「なんだい?」 「いえ、参謀兼吟遊詩人と一国の将軍では、どちらが立場が上だとお思いになる?」 「そりゃあ…将軍だろ」 「それでは、ちょっとした不審点について職務質問をしたとしても、不思議ではないわね」 「ないだろうねえ」 エキドナはにやりとし、セシリアもフフフと笑った。 セシリアが手を差し出すとエキドナは空になった杯を渡して立ち上がった。 「ごちそうさん」 杯ふたつと皮袋を持ってセシリアも立ち上がる。 「女同士で酒を呑むのもいいものね。またご一緒したいわ」 エキドナは、あたしもだよ、と笑顔を返した。
|
|
[楼 主]
|
Posted:2003-07-01 21:22| |
顶端
| |