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火花天龙剑 -> 火炎之纹章 -> 偶然发现的日本的火炎同人小说
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卡奥斯·克斯拉



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偶然发现的日本的火炎同人小说

作者:植村 联系地址:ueryr@mcn.ne.jp

琳达


第1章 暗黒戦争編(1)
 


 リンダは2歳の時に母を亡くした。病死だった。
 それについて寂しさを口に出したことはない。出せば父に余計な負担を与えるだけだとわかっていたし、実際大して寂しくもなかった。
 周りの人はみんな優しく、何よりも父親は素晴らしかった。覚えてもいない母への羨望など起こさせないくらい、父の存在は温かく、大きかった。
 父ミロアは、大陸三大司祭の一人に数えられている。
 アカネイア貴族の子弟だった父は、幼い頃に魔道都市カダインへ留学。大賢者ガトーの直弟子として学び、やがてはガトー門下第一の実力者と認められ、光の魔道書オーラと、カダイン最高司祭の座を授けられた。
 10年余りカダインで後進を育てた後、故郷であるアカネイア王都パレスに戻り、パレス魔道宮の最高司祭となった。
 それまで魔道宮の魔道士や司祭は、ごく初歩の魔法しか操れなかった。ミロアがカダイン仕込みの正規の魔道教育を取り入れたことによって、やっと魔道宮でも一流の人材が育つようになった。
 魔道の腕でも、人格の高潔さにおいても、大陸でミロアに勝る者はいないと言われた。父の起こす奇跡を、幼い頃からそばで何度も見てきたリンダにとっては、それは疑いようのない事実だった。
 父はリンダの愛情の全てであり、憧れであり、誇りだった。リンダが早くから魔道宮に通い始めたのも、彼女にすればごく自然なことだった。
 だが子供が炎や雷の魔法を自在に使いこなす姿は、他人には 「自然なこと」 で片付かなかった。やはり大司祭ミロアの血だ、と誰もが思った。

 地面に差してあった細い木の杭を、小さな稲妻が粉々に打ち砕いた。
 稲妻を呼んだ術者はくるっと回り、屈託のない笑顔を向けてくる。そんな顔を見てしまうと、思わず緩みそうになる口元を引き締めるのは、ミロアの強い意志をもってしても困難だった。
「お父様! あ、ニーナ様!」
 リンダは澄ました顔になり、深々と頭を下げた後、再び笑顔を見せる。アカネイア王女ニーナには、リンダをそうさせる魅力があった。
「すごいわね、リンダの魔法は」
「ありがとうございます」
 悪びれる様子なく、リンダはケロッと答える。そんな娘にミロアは、今度は厳格な表情を間違いなく作って諭した。
「うぬぼれてはいけないよ。魔法は邪心を持って行えば、必ずその報いを術者に返す。謙虚で澄んだ心を忘れてはいけない」
「わかってます。あたし、お父様にはまだまだ全然届かないって、ちゃんとわかってるから」
 笑って、着替えのためリンダは屋内に消えた。魔道の訓練は心身ともに鍛えねばならず、終われば汗もかく。
「リンダなら大丈夫ですよ。あの子が過ちを犯したりはしませんわ」
 そういうニーナはまだ9歳で、リンダより1つ年上であるに過ぎない。
 一般に 「魔道士」 と総称される職種は、大きく3つに分かれる。破壊の魔法を使う 「魔道士」、治癒や奇跡の魔法を使う 「シスター」、そして両者の魔法を使う 「司祭」 だ。
 王家の子女は、どこの国でもシスターから司祭を目指すのが普通で、ニーナもそのために魔道宮へ通っている。
 シスターと言い司祭と言うが、かつては形式的 ・ 精神的な神事に携わるのが主な仕事で、その職につくための訓練といっても、特別厳しいものではなかった。
 それがほんの50年ほど前、大賢者ガトーによって 「魔法」 の存在が人々に伝えられたことで、今では特別な職業に変わっている。
 もはや儀式を正しく執り行うだけでは、「神に仕える仕事」 にならない。神の意志を体現しようとする者は、それにふさわしい奇跡の力を持たねばならない。
 魔道を身につけるための修行は、決して楽なものではない。それを幼い頃からやらされる王家の子女にミロアは同情するのだが、ニーナに対しては不要のようだった。
 リンダの魔法を褒めているが、シスターとしてのニーナの成長ぶりこそ賞賛に値するものだった。魔道への才能があり、それをまっすぐ伸ばす心根の清らかさがあればこそだろう。
 ニーナはその美しさ、聡明さ、器量の大きさ、どれも到底9歳とは思えなかった。彼女こそまさに生まれついての王女であり、凡人がいかに努力しても、その気品を真似ることはできない。天分と言うのだろう。
 しかしいかな天分も、伸ばし方を誤れば自分にも他人にも害となる。ミロアは若き日に、痛烈な実体験としてそれを知っていた。
「王女も決して忘れないでください。魔道は本来、人の手には余る技。人が心に隙を作れば、魔道はその者を確実に破滅させるのです。魔道を身につける者は、決してそれを忘れてはいけません」
「はい」
 何十回と繰り返した説教に、ニーナは静かにうなずいてくれる。それもニーナの器量だった。

 アカネイア暦597年の末。リンダは10歳になっていた。
 冬のさなかでパレスも寒い。しかしもうすぐ新年を迎える今は、心躍る時期でもあった。
 その日もリンダは、朝から普通に魔道宮に行き、昼休みには友達と弁当を食べるべく外に出た。魔道宮内にも食堂があるが、リンダたちのようにパレスの屋敷から通ってる貴族は、雇っている料理人の弁当持参で来ることが多い。
 しゃべりながら廊下を歩いていると、見知った老人に出くわした。
「ボア様! お久しぶりです」
「ん? ……ああ、リンダか」
 老司祭の表情はどこか冴えなかった。そういうことが気になると、すぐに理由を知りたがるのがリンダだ。
「みんな、先行ってて。すぐ行くから」
「わかった」
 友人たちは先に行った。食べる場所は毎日大体決まっていて、改めて確認する必要もない。
「ボア様、どうかなされたんですか?」
 聞くと、ボアは苦笑した。
「全く、鋭い子だな。さすがミロア大司祭の子というか」
 ボアは少し周りを見回し、小声で言った。
「人に聞かれるといい話じゃない。……ミロア大司祭に会いに来たことだし、一緒に来るかね?」

 ボアはアカネイアの宮廷司祭で、ミロアよりも高齢だ。
 宮廷司祭は、かつては王家に関わる様々な祭事を執り行い、また国政にも口を出せる職業だった。今も基本は同じだが、「魔法が使える」 という重要な要素が加わっている。
 ボアは40歳を過ぎてからパレス魔道宮に通い、ミロアの下で魔道を修めた。その年で修行を始めるのはかなり苦しいことだが、ボアはそれをやってのけた。
 現在、ボアの魔力はアカネイアでもミロアに次ぐと言われている。ミロアに言わせれば、カダインの司祭を含めても、あるいは五指に入るだろうとのことだ。
 聡明だし人柄もいい。リンダは父とニーナの次ぐらいにボアを尊敬してるのだが、父は少し違うらしい。
「魔道を修めた者が、国政に口を出すべきではないのだ」
 ボアへの微妙な態度について尋ねた時、ミロアはそう答えた。リンダにはいまだその意味がわからない。わからないので、ボアに対する従来の敬意は変えずにいる。
 個室に入ると、ミロアは立ち上がってボアにあいさつした。
 司祭としてはミロアが師匠だが、貴族としての格と宮中での影響力についてはボアのほうが上だ。それゆえミロアは、ボアを弟子ではなく同格の相手として接していた。
「大司祭の懸念が現実となりました」
 ボアの言葉に、ミロアはわずかに表情を暗くした。
「リンダは私の顔を見てついてきてしまいましたが。彼女を同席させて話してもよろしいですかな?」
 ミロアに視線を向けられ、リンダはまっすぐ見返した。ここまで来て、下がっていなさいと言われるのはご免だ。……父がどうしてもと言うなら、逆らう気はないけれど。
 幸い父は許してくれた。
「構いません。どのみちいつまでも隠せることではありませんから」
「……暗黒竜メディウスが復活しました」
 その言葉は、何も知らない自分のためのものだっただろうか。だがリンダは、明確な感情が浮かばなかった。
「メディウスって、100年前の竜王ですか?」
「うむ。かつてアカネイア聖王国を滅ぼし、大陸全土を支配しかけたマムクートの王がよみがえったのだ。ミロア大司祭は、あるいはその動きがあるのではと予想されておられたのだが。まさか現実に起こるとは……」
 リンダにはよくわからなかった。暗黒竜メディウスと言われても、その名は彼女にとって、物語中の存在でしかない。
 かつてアカネイア大陸は竜族によって支配されており、人間は彼らの奴隷だった。
 やがて天から勇者が現れ、竜族を撃退し人間を解放した。敗れた竜族は、その強大な力を石に封じ、人間に混じって細々と暮らし始めた。力を封じた竜族のことをマムクートと言う。
 100年前、マムクートの王メディウスは石の封印を解いて、再び巨大な竜の力を得た。彼の下には同じく復活した竜族が集まり、ドルーアという帝国を興した。
 その圧倒的な力に、時のアカネイア聖王国は滅亡。王族では王女アルテミスだけが生き延び、辺境の開拓都市アリティアに逃げ込んだ。
 そして数年後。アリティアのアンリという若者が、苦難の旅の末に神剣ファルシオンを手に入れてメディウスを倒した。以後大陸には平和が戻り、現在に至る。
 それは大陸の人間なら誰でも知っている物語だ。しかし10歳のリンダに、伝説の暗黒竜の恐怖を実感することはできない。
 だがミロアの表情を見て、これはただ事じゃないんだとは見当づけた。こんな深刻な父の顔を見たことはなかったから。

 メディウス復活の報が知らされても、大半の人間の認識はリンダと同程度だった。
 ただリンダの不安は日に日に強くなっていた。今まで滅多に宮廷に行かなかった父が、今では毎日のように王や大臣たちと面会し、夜遅くに帰ってくる。時にはリンダが寝るまで戻らないこともある。
 新年の祭りは、外でも内でも一切行われなかった。寂しくはあったが、やろうやろうと言える雰囲気でもなかった。
 そして598年がひと月を過ぎようという頃。大陸西部にあるマケドニア、グルニアの2国がドルーアと同盟を結び、帝国再興が宣言されたという報が入った。
 この時初めて、リンダは父に積極的に質問した。

「どういうことなの?」
 漠然とした質問だが、わからないことが多すぎるのだからしょうがない。それでも父なら、全部わかりやすく説明してくれるはずだ。
「マケドニアは国王オズモント陛下が急死し、ミシェイル王子が実権を握った。彼は才気あふれる若者だというから、おそらくこの気に乗じてアカネイアを滅ぼそうと考えているのだろう」
「なんで?」
「……アカネイアはおごりすぎたからだよ」
 続くのかと思ったら、それでマケドニアの話は終わってしまった。
「グルニアは、積極的にドルーアと結んだわけではないかもしれん。ルイ国王は気弱な方だ。恐怖からの同盟という可能性はあり得る」
「……でも、マケドニアの竜騎士団と、グルニアの黒騎士団は、どっちも強いんでしょ。そんなのが敵になっちゃって大丈夫なの?」
 答えがなかったので、リンダもだまった。自分が何気なく聞いた質問は、そんなに重大な問題だったのだろうか。
 ややあって、父は別のことを言った。
「しかしメディウスたちマムクートは人間を憎んでいるし、自らの力に絶対の自信を持っているはず。彼らだけなら、人間と手を組もうなどとは思わなかっただろう」
 独白めいたつぶやきに、今まで気にもしてなかったことが、ふと気になった。
 父は昔からいろんなことを知っており、それを当たり前だと思っていた。でも父が話すことは、父以外の場所からは決して聞かないことばかりだ。
 だから父は偉大なのだ。だけど、それは不思議なことでもある。父はどうしてそんなにいろいろ知ってるんだろう?
「リンダ、私は」
 言って、ミロアはだまった。やがて微笑む。
「まだしばらくは忙しい。あまり話してもやれなくなるが、すまないな」
「いえ、いいんです。お父様こそ無理しないでね」
 笑顔で答えてみせたものの、わかっていた。父が言いたかったのはもっと別のことだ。
 それが何なのかははっきりしなかったし、はっきりさせたくないとも思った。リンダにしては珍しいことだった。

 それから2年余りが過ぎた。
 ドルーアは沈黙を守っていたが、ミロアの忙しさは変わらなかった。リンダの魔力はますます強くなったけれど、胸の不安を消すまでには至らない。
 そんなある日、小さな変化が生じた。貴族の子弟が集まるパーティーでのことだ。

「出陣?」
 奇妙な言葉に思えたので、リンダは口にしてみた。
「ああ、アカネイア騎士団、堂々たる出陣さ。ここ何十年とまともな軍事活動も行ってない騎士団だがな」
 皮肉っぽく言うジョルジュは、リンダが感じた奇妙さを理解してるのではないかと思える。リンダの知る限り、同年代の人間の中でジョルジュは一番敏感だった。
 同年代と言っても、ジョルジュは7つ年上の19歳だ。しかし昔からこういう席でしばしば顔を合わせていたため、別の世代の人間という感じがしない。
 アカネイア五大貴族の1つ、メニディ候ノアの長男、それがジョルジュだった。家格においてアカネイア最高の一族であり、個人としても文武諸芸に通じ、特に弓術は大陸一ではないかとさえ言われている。アカネイアの若い貴族の、一方のリーダーだった。
 一方のと言っても、他に対立候補がいるわけではない。ただジョルジュは味方以上に敵が多いため、若者全員の支持は得られずにいる。
「けれどすごいことじゃない。パルティアの弓を授かるなんて」
 そう言ったのは、同じく五大貴族の1つ、ディール候シャロンの娘ミディアだ。彼女は16歳で、やはりリンダとは歳が少し離れているが、気分としては同年代だ。
 パルティアの弓は、アカネイア王家に伝わる三種の神器の1つで、別名を 「炎の弓」 と言う。
 アカネイアに大事が起きた際、国一番の弓の使い手が、王から直々にこれを授けられる慣例だ。19歳にしてその栄誉に授かるとは、確かにすごいことだった。
 しかし当人は、彼が敵を作る最大の理由である皮肉な口調で、こう言う。
「他に扱える者が誰もいないから、仕方なく俺のような若造に来たのさ。アカネイアのためにはむしろ嘆かわしいことだ」
「アカネイアを守る責務が与えられたのだ。素直にそれを果たそうと考えたらどうだ」
 18歳のアストリアが生真面目に言った。彼は貴族としては中流の出で、本来ジョルジュやミディアと親しく口を利ける立場にはない。
 しかしリンダを含むこの一団は、爵位で人を見はしなかった。ジョルジュに至っては特に極端で、しばしば身分を隠してはノルダの町に乗り出し、平民の若者とも対等な口を利いてるという。
「アストリアも参戦するの?」
 ミディアの声に不安を感じ取るのは、勝手な思い込みではないだろう。アストリアとミディアの関係は、この一団では周知の事実となっている。
「ああ、傭兵隊の一員として戦わせてもらう。うわさに高い黒騎士たちと剣を交えるのは楽しみだ」
 ふん、とジョルジュは不機嫌そうな声を出した。
「アストリアにメリクルを与えるよう進言したんだが、受け入れられなかったよ。俺にはパルティアを与えておいて、何を出し惜しみしてるのやら」
「俺はメリクルソードを扱うにはまだ未熟だ。当然だろう」
「馬鹿を言え、お前以上の剣士が騎士団にいるか? 在野の傭兵を含めても、おそらくそうはいまい。
 お前が中流貴族の出だから、恐れ多くも三種の神器を与えるわけにはいかない。能無しどもの判断はそんなところだ」
 などと、声を抑えずにしゃべっている。離れた団体からは非難の視線が向けられるが、ジョルジュは意識的にか全く動揺を見せない。
 彼の視線は他の仲間に向けられる。
「トーマス、お前は従軍できないことを残念がるがな、かえって幸いと言うべきだぞ。この戦はろくでもない。負けるとは言わんが、勝つとしてもろくな勝ち方はすまい。無駄な怪我をする必要はないからな」
 トーマス、トムス、ミシェラン。いずれもニーナを守る近衛騎士団員で、「ジョルジュ一派」 の一員だった。
 このうち弓騎士のトーマスは、同業のジョルジュに対して対抗心が強い。
「お前はずいぶん悲観的だけど、心配いらないんじゃねえの? 今回の遠征はグルニアつぶしが目的で、マムクートと直接ぶつかるわけじゃない。こっちにはアリティアやオレルアンの援軍もいるし、兵力では圧倒的だ。危険な戦にはならないだろ」
「俺を悲観的と言うか」
 ジョルジュは笑った。彼の笑みは常に皮肉っぽいが、妙にからっとしてもいる。
「俺は状況を冷静に分析してしゃべってるつもりなんだがな。まあこれ以上、戦いの前に余計なことを言う必要もない。俺の予測が外れればそれに越したことはないさ」
 言って、真顔になった。
「もし俺やアストリアが死ねば、ニーナ様のことはお前らに頼んだぞ。他はどうでもいい。ニーナ様さえご無事なら、後はどうとでもなるんだからな」
「何を言ってるの」
 飛躍しすぎるジョルジュの言葉に、さすがにミディアが顔をしかめた。
 リンダも同感だった。初の戦の前だからって、たいそうな遺言めいたことを口にして。大げさすぎるんじゃないだろうか。


 しかし、ジョルジュの言葉はことごとく正しかったと、今後リンダは実感していくことになる。

[楼 主] | Posted:2004-05-20 15:49| 顶端
卡奥斯·克斯拉



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 帰ってきた騎士たちは、いずれも傷ついていた。
 アカネイア騎士団には、出陣時の輝きはもはやない。それを道端で見る人々の顔にも、動揺と不安が色濃く出ていた。
 グルニアでの戦は大敗した。五大貴族のうち2家、アドリア候ラングとサムスーフ候ベントが開戦早々寝返り、アカネイア軍を背後から攻めたのだ。
 同時に前面からは、大陸最強をうたわれるグルニア黒\騎士団の突撃を受け、全軍はあえなく瓦解。退却時には、マケドニアの竜騎士団に空から攻撃を受け、さらに傷口を広げた。
 その猛攻をかろうじて食い止めたのは、パルティアを持ったジョルジュの弓騎士部隊だった。だが彼の奮戦も、この大敗においては、一矢報いたとすら言えない小さな戦果に過ぎなかった。
 ジョルジュもアストリアも死ななかった。しかし、ジョルジュの父であるノア家の当主と、ミディアの父であるシャロン家の当主は戦死した。その他、死者の数は数え切れない。
 そんなパレスへ、更なる報が伝えられた。ドルーア軍は戦勝の勢いに乗\り、ついに侵攻を開始したと言う。
「みんな来てくれたのか」
 言って、アストリアはわずかに微笑んだ。生真面目なこの男が笑顔を見せるのは珍しい。
 たいまつの明かりのみで照らされる夜の城門には、いわゆるジョルジュ一派の面々が勢ぞろいしていた。リンダもおり、出陣するアストリアを見送る。
 迫り来るドルーア軍に対し、アカネイア傭兵隊は遊撃隊として城外で動くことになった。
 ジョルジュたちはパレスに残るため、アストリア1人が仲間と別れることになる。隠密行動ゆえに、こうして夜になってから動いていた。
「いいかアストリア、死に急ぐなよ。今の状況では、十中八九アカネイアは負ける」
 リンダはドキッとしてジョルジュを見た。ジョルジュは声を潜めてこそいたが、表情に悲愴さは見られない。
「だから玉砕だの自刃だのはせず、生き延びることだけ考えてろ。生きていればこそ逆襲の機会も得られるのだからな」
「アリティアとオレルアンから援軍が来る。それにパレスの守備は鉄壁だ。あまりに悲観的すぎるのではないか」
「俺がドルーアの総指揮官なら、パレスを落とす手はいくらでもある。いちいち並べんがな」
 ジョルジュが幅広い人望を得られないのは、才をややひけらかしがちな点にもあるだろう。またジョルジュ嫌いにはしゃくなことに、彼には実際ひけらかすだけの才能があった。
「あのな、俺は悲観的どころか、恐ろしく楽観的なんだぜ。生き延びて機をうかがえば必ず勝てる、そう信じてるんだからな。お前もミディアも、生きていればこそ結ばれる日も来るというものだ」
 アストリアとミディアは、かすかに顔を赤くした。
「いいな、お前の命を捨てた程度でドルーアは倒せん。悲愴ぶるな、絶望するな。アカネイアへの忠義など気にするな。ミディアのため、それだけで充分な理由だから、生き延びるんだ」
「わかったよ。なら、そのセリフはそっくりお前らに返すぞ」
「心配するな。少なくとも俺は絶対死なん」
 ジョルジュとアストリアは、固く手を握った。そしてアストリアの視線はミディアに向けられる。
「……行ってくる」
「……武運\を祈ってます」
 死ぬな、とミディアは言わない。アストリア同様、ミディアも真面目な騎士だった。
 そんな2人に、不真面目なジョルジュは声をかける。
「別れのキスぐらい交わしたらどうだ。俺たちは後ろを向いてやるぞ」
「言ってろ」
 再びアストリアは微笑み、傭兵隊の中に去っていった。

 帰り道、たまたまジョルジュと二人きりになったリンダは、思い切って尋ねた。
「ねえ、パレスを落とす手はいくらでもあるって本当?」
「……ああ。でも、わざわざ聞いても気を落とすだけだぞ」
「だったら最初から、思わせぶりなこと言わなきゃいいのに」
「少しは脅しとかないと、アストリアのやつは本当に犬死しかねないからな」
 沈黙が降りたが、リンダは食い下がった。
「教えてよ、パレスを落とすって方法。知らないで覚悟するより、知って覚悟するほうがずっといいわ」
「勇ましいことだ」
 ジョルジュは楽しそうに笑った。
「たとえば。パレスの鉄壁の守備には、周囲を取り囲む高山の存在がある。パレスに至るには、ノルダのほうからぐるっと回って、東の細い道を通るしかない。そしてそこには関所がある」
「そこで支える限り、いかなる大軍も一気に突破してくることはできない。でしょ?」
「そうだ。地上をテクテク歩く連中はな」
 言わんとすることを、リンダは理解した。
「マケドニアの竜騎士団……!」
「そう、やつらなら山を一越え、一気にパレスまで来れる。無論連中に対抗するために投石部隊がいるし、俺たち弓騎士隊もいるわけだが。今となっては絶対数が足りないからな」
「でも、アリティアとオレルアンの援軍が来るんでしょ? だったら兵力ではまだ互角じゃない」
「俺ならアリティアにはグルニア黒\騎士団を、オレルアンにはマケドニア竜騎士団を当てるな。それで各個撃破できたならよし。互角でも足止めになる。最悪負けても相手もタダではすまないだろう。ドルーアにはまだ兵の余裕があるから、温存していた部隊をとどめにぶつければいい」
「いい、じゃないわよ。なに敵の立場で楽しそうにしゃべってるの」
「敵を呪っても、戦に勝てるわけじゃない」
 澄まして言った後、ジョルジュはやや真剣な表情になった。
「ミロア大司祭は、何かおっしゃってないか?」
「お父様? ……別にないと思うけど。なんで?」
「山を越えられるのは、飛行部隊だけじゃない。偉大な司祭なら、複数の人間をまとめて遠方へ飛ばすことができるんだろう」
 その指摘は、リンダには実感を伴った恐怖として受け取ることができた。
「ワープの魔法なら、一気にパレスまで来れる。途中で迎撃もできない……」
「そしてミロア大司祭に対抗できるのは、2人の司祭のみ。伝説の大賢者ガトーか、闇の魔王ガーネフ」
「ガーネフが来るの……?」
 青ざめているのが自分でもわかる。と、ジョルジュは舌打ちした。
「すまない、俺の悪いくせだ。言わないでもいいことを、ベラベラしゃべってしまう」
「いいわよ。言ったでしょ、知らずに覚悟するより、知って覚悟するほうがいいって」
「覚悟などいらんさ」
 ジョルジュは真顔だった。
「俺には、アカネイアを滅亡から救う、最も確実な策があるんだ。だが陛下も大臣連中も取り上げようとしない」
「どうやるの?」
「逃げ出すのさ。陛下もニーナ王女も、ミロア司祭も俺もお前も。アカネイアという組織そのものをパレスから引き離し、ワーレンにでも仮政府を作る。
 あそこならアリティアとオレルアンの援軍も、妨害を受けずにたどり着けるしな。全軍が合流したところで、連合軍を率いるにふさわしい総大将を決め、ドルーアとの決戦を行う」
「それは……」
 言いよどんでいると、フッとジョルジュは笑った。
「お前も嫌か」
「だって、消極的すぎない? それにパレスを捨てるなんて」
「そうさ、みんなそう言う。千年王宮パレスを捨てるなどできない。ジョルジュ、お前にはアカネイア貴族としての誇りがないのか、とな」
 リンダは口を挟めなかった。ジョルジュはもはや皮肉を言ってるわけではない。
「覚悟もいらん、誇りもいらん。パレスへの愛着も、無意味な意地もいらん。パレスの鉄壁など、竜騎士と魔道士に頼らずとも崩せるぞ。内部から裏切り者を出させればいいのだ、ラングやベントのようにな。マムクート1人が竜の姿となり、関所の兵を丸ごと焼き払ってもそれで済む。
 無駄なのさ、こんな所に残るなど。戦力を集中し、態勢を整え、万全の状態で決戦に臨む。俺は戦の基本を言ってるにすぎん。なのに誰一人も理解しないとは、むしろこんな国は滅びても当然だと思えるよ」
 ジョルジュのような人間をなんと表現すればいいのか、リンダにはわからなかった。
 ただ確かなことは、ジョルジュの視点は他のアカネイア貴族とはまるで違う。それを感じているからこそ、リンダもアストリアもミディアも、彼を大将格に立てていた。
 そんなジョルジュなら、こういう行動も取り得るのではと思う。
「だったら、ジョルジュは逃げるの?」
「……そうしたいところだがな」
 ジョルジュはなぜか、苦笑いした。
「確かに大抵のものはいらない。アカネイアの誇りも、千年王宮も、国家そのものもな。しかし厄介なことに、たった1つだけ失うわけにはいかないものがあるのさ」
「……」
「ニーナ様だよ。あの人だけは、なんとしても残さねばならない。それを果たすのが俺の仕事だと思ってる」
「それって」
 聞きかけて、やめた。
 それはニーナへの慕情だろうか。ジョルジュのような人間でも、あのニーナ様に対しては、さすがに冷静な気持ちではいられないのだろうか。アストリアやミディアたち、他のアカネイア騎士同様に。
 けど違うのかもしれない。ジョルジュなら、もっと違う視点でニーナを見ているのかもしれない。慕情かなどと軽々しく聞いては、笑い飛ばされそうな気がした。
「長話が過ぎたが、ちょうどいいな」
 言われて気づくと、リンダの屋敷の前だった。邸内からは、慣れ親しんだ温かい光が漏れている。
「俺の言ったこと、ミロア司祭に伝えてくれてもいいぜ。同じ内容でも司祭の口から出れば、陛下も耳を傾けるかもしれんしな」
 ジョルジュは笑っている。こういう時の彼は、本気3割冗談7割といったところだ。
「じゃあな。お休み」
「お休み」

 今夜は父が家にいた。
 ジョルジュの言葉を、リンダはミロアに伝えた。あまりに過激すぎると思える点は変えながら。
「なるほど」
 ミロアは微笑んだだけだった。リンダは何となくもどかしくなり、あえて尋ねる。
「どう思う? ジョルジュの意見」
「ある程度は正しいと思うよ。だが、彼だからこそ言える意見ではあるな」
「でも正しいんだったら、それを実行してもいいんじゃない?」
「人は正しいことだけを実行できるものではない。ジョルジュは何もかもいらないと言うが、多くの人はそうはいかない。守るべきものがあれば、そのために間違った選択でもしてしまうものだ」
「そんなの……変よ。何かを守るのが、間違ったことなんて」
「それが人の弱さだよ。だから、魔道という力も慎重に使わねばならないんだ。間違った力にならないようにね」
 リンダは反論したかったが、言葉が浮かばぬうちに話題を変えられた。
「リンダ、ニーナ様付きの宮廷女官になってみないか」
「え?」
「ジョルジュの言うように、ニーナ様はアカネイアの至宝と言うべき人だ。お前とは知らない間柄でもない。お前がおそばに仕えることで、ニーナ様の支えになれるかもしれない」
「……それは構わないけど」
 そんなことより、もっと強力な魔法を教えてほしい。ドルーア軍との戦闘になれば、優秀な魔道士は1人でも欲しいはずだ。今の自分じゃ、ごく初歩の魔法しか扱えず、何の役にも立てない。
 言うと、ミロアは厳しい顔で首を振った。
「魔道を扱う者は、そういう考え方を一番慎まねばならない。魔道士の力は、あくまでも自衛のためのものだ。破壊のために身につけてはいけない」
「自衛のためよ。パレスを守るために、強くなりたいの」
「違うよ、リンダ。何かを守るための力とは、今のリンダの気持ちで身につけるものではない。……ニーナ様のおそばにいれば、あるいはそれがわかるかもしれないな」
 リンダはだまった。父がこうはっきり言う以上、どうしようもなかった。

 それから一月余り。
 アストリアが加わった遊撃隊も、せいぜい嫌がらせ程度の役にしか立たず、ドルーア全軍の足を止めるには至らなかった。今、パレス東の関所前には、ドルーアの大軍が集結している。
「ミディア、なぜ彼らは一気に攻め込んで来ないのでしょう」
 ニーナはそばに仕えていたミディアに尋ねた。
 彼女はニーナを守る近衛騎士団の団長を務めている。実戦経験はないが、それでも騎士である以上、戦のことには通じてるだろうとニーナは思っていた。
「パレスの守りは堅く、攻めてもすぐに落とせる確信が持てないのでしょう。手間取ってる間に、背後からアリティアとオレルアンの援軍が来れば、ドルーアは大混乱に陥ります。ですから、そちらの決着がつくまで、パレスへの全面攻撃は控えているのだと思われます」
「アリティアのコーネリアス王と、オレルアンのハーディン公は、いずれも大陸屈指の勇者だと聞いています。彼らが来てくれれば、この状況を変えることもできるでしょうが」
 言って、ニーナは弱い自己嫌悪を覚えた。本来大陸の要であるべきアカネイア王国が、今では他国の助けを待つだけの存在になっている。
 現実の事態に対して、ニーナも責任を感じていた。ジョルジュなど一部の心ある臣が言うように、アカネイアは堕落していた。だからマケドニアやグルニアを背かせる結果にもなり、五大貴族の中に裏切り者を生じさせ、多くの命をむざむざ失うこととなった。
 ニーナは王女として、父を何度もいさめた。しかし聞き入れられず、結果はこの事態だ。それも自分の力不足ゆえと痛く思っている。
「大丈夫です。きっともうすぐ援軍が来て、パレスは解放されますよ」
 暗い私室に、やや場違いにも思える明るい声が響いた。ニーナは微笑んで声の主を見た。
「そうね。リンダの言う通り、悲観的になっていても仕方ないわ。戦いが終われば、王家は生まれ変わらなければならない。2度とこんなことが起きないように。その未来のことを考えなければ」
 頭に手を置くと、リンダは照れたように笑った。彼女はニーナにとって、妹にも似た存在だった。
「ミディアたちも、少し休んでください。緊張し詰めでは持ちませんよ」
「ありがとうございます。しかし城中も一枚岩とは言えません。今、ニーナ様のおそばで油断するわけにはいかないのです」
 表情をくもらせかけたニーナは、その時、全く別種の感覚を覚えた。
「魔力が動いた……?」
「は?」
 怪訝そうに聞き返すミディアに対し、リンダは顔色を変えていた。
「ニーナ様も感じましたか?」
「リンダも? では間違いないようですね。魔道士たちが、ワープの魔法でやって来たようです」
 状況を悟ったミディアは、トーマスたち近衛騎士に警戒を呼びかけた。強力な魔道の力なら、今この瞬間ニーナの前に転移してくることも、決して不可能ではないのだ。
 ニーナは最悪の事態を予想していた。魔道士たちだけが乗\り込んできたとは思えない。恐らく、ドルーア全軍も呼応して動くのだろう。
 それはつまり、ドルーアにとって後顧の憂いが消えたことを意味する。
(援軍は来ない……なら私はせめて、アカネイアの王族として、恥ずかしくない死に方をするだけね)

 パレス魔道宮の魔道士たちには、あまりに強力な魔法は教えてこなかった。
 ミロアが常日頃言うように、魔道は本来人間の手に余るもの。そして、破壊のためには決して使ってはならないものだからだ。
 その理念が間違っていたとは思わない。だがその理念ゆえに、目前の戦いには敗れるだろうとも、ミロアには予想がついた。
 魔道都市カダインは、もはやガトーや自分が導いた時代とは違う。魔王ガーネフの支配下において、ミロアのような穏やかな教育理念が貫かれているはずがない。魔道士たちはみな、強力な破壊の力を操ってくるだろう。
 とはいえ勝機がないわけではない。この戦いは結局のところ、自分とガーネフの一騎打ちでもあるのだから。
 魔道宮の魔道士は、宮殿の各所に分散させている。向こうがワープで来る以上、下手に1ヶ所に守りを集中するわけにはいかない。
 魔道士の魔法は確かに強力だが、肉体的には普通の人間と大差ない。パレスの騎士団と正面からぶつかる愚は犯さないはずだ。目的はあくまでこちらのかく乱にあり、魔道士は分散して飛んでくるだろう。
 そしてミロアは、宮殿入り口の回廊にいた。この広い空間なら、あの男と存分に戦える。
 魔力の塊が突然現れた。塊は、黒\い人型を取る。
「わしが来た理由がわかるか?」
 黒\い影は何の前置きもなく聞いてきた。ミロアもまた、何ら戸惑うことなく答える。
「戦略としては、宮中を混乱させ、外部からの攻撃に対処できなくさせるため。そしてお前は、私を殺しに来たのだろう」
「そういうことだ」
 迫る闇に、ミロアは光の力をぶつけた。

「お父様……!」
 思わずリンダはつぶやいた。この魔力は間違いない。父のオーラの魔法だ。
 しかし、それとぶつかるもう1つの魔力、この禍々しさは今まで感じたことがない。とてつもなく強い闇の力に満ちている。離れているにも関わらず、震えを覚えるほどに。
「魔王ガーネフが来たのですね」
 ニーナは静かだった。すでに覚悟を決めているらしい。
 リンダはニーナがうらやましかった。自分より1歳年上であるにすぎないのに、ニーナ様はなんと堂々としているんだろう。自分にもその強さが欲しい。
 考えても仕方ないことを、考えずにはいられない、そんな自分は嫌だ。
「お父上の下へ行きたいのですか、リンダ」
 心を見抜かれ、リンダは動揺した。
「でも、あたしが行っても何の役にも立てません」
 それはわかってる、でも行きたい。そんな矛盾したことばかり自分は考えている。
「あなたにはすまなく思っています」
 突然言われ、リンダは戸惑った。
「あなただけじゃない。ミディアにトーマスたち、ジョルジュにアストリア、他のアカネイア全ての人々に、本当にすまなく思います。王家が情けないせいで、みなを苦しめてしまった……」
「そんな、ニーナ様」
 ニーナの言葉を否定する気はない。だが、アカネイア王家の力不足を、ニーナが謝る責任はないはずだ。
「リンダ、私などに構う必要はありません。役に立てないというなら、私だって誰の役にも立てないわ。なら、最後は最も愛する人のそばにいたいと、それだけ願ってもいいのではないかしら」
 リンダは泣いた。ニーナの言葉は別れを意味するものだと知っていたから。
「……ニーナ様、今までありがとうございました。あたし、ニーナ様の支えになれませんでしたけど」
「いいえ」
 ニーナは抱きしめてくれた。実際のわずかな歳の差など、何の意味もない。リンダはニーナに、母の幻影に似たものすら見ていた。
「失礼します」
 言って振り返り、駆け出した。部屋を飛び出す時、そこにいたミディアたちと目が合う。
「ニーナ様をお願い!」
「ええ!」
 ミディアは笑ってくれた。そういう友人を持てたことが、リンダは嬉しかった。

 2人の戦いを見た瞬間、自分がここに入る資格はない、とリンダは悟った。
 動いている魔力の桁が違いすぎる。父やガーネフに比べれば、自分など赤子のようなものだ。苦労して身につけた微弱な魔法など、何の力も持たない。
 無駄だろうけど、できれば父を助けたい。そう思っていたリンダは、自分の甘さに絶望的な思いになった。
「な……!」
 闇の小さな塊が、突然襲い掛かってきた。油断していたため、まともに喰らう。
 途端に幻影が広がった。
 血の色をした夕焼け空の下、どこかの丘の上にリンダはいる。
 丘には処刑台が置かれ、それは多量の血で赤く染まっていた。足元を見れば、見知った肉塊が散乱している。
「ひっ……!」
 うめき、吐き気を催した。だが口からは何も出てこない。どうしようもない暗い感覚が、胸に重くのしかかる。
 散らばっているのは肉塊だ。腕だけや足だけ、あるいは指だけ、胴だけ、内臓だけの死体たち。
 なのにリンダは、それぞれの塊が誰のものであるか、正確にわかっていた。
 それは父であり、ニーナであり、ジョルジュであり、ミディアだ。アストリア、ボア、トーマス、トムス、ミシェラン。魔道宮の見習い仲間たち、父の弟子に当たる先輩魔道士たち。自分の屋敷で働く使用人たち。
 リンダの知る全ての人が、肉塊としてそこにいた。強烈な血のにおいも死臭も、全て知っている人たちのにおいだ。
 吐き気を催すのに、何も吐けない。吐き出せない重い塊が体の中に広がり、内臓を腐らせていく。自分が壊れつつあることをリンダは知り、それでいて何もできない……。
「リンダ!」
 叫び声が聞こえた時、目の前には父の顔があった。たった今まで感じていた死の感覚が、遠い昔の出来事のようだった。
 父は顔をそむけた。その口から血が吐き出され、リンダの肩にかかった。
「お父様……?」
 何も考えられぬまま、リンダは呼びかける。再び顔を上げた父が、血で赤く染まった口を動かすのを、ただじっと見る。
「リンダ、オーラの魔道書を託す。これがお前を守ってくれるはずだ」
 その言葉に、リンダの意識は動き出した。
 父がつぶやいている短い呪文。それが何か、知っている。オーラのプロテクトを解除し、新たな継承者に引き渡す呪文だ。
(なんで……?)
 違う。継承の儀式とは、こんなのじゃなかったはずだ。
 リンダは夢見ていた。いつか自分が、オーラを継ぐにふさわしい司祭になった時。パレスの大神殿で、継承の儀は厳かに行われる。
 壇上に立つ父に、司祭の法衣を着た自分がひざまずき、静かに呪文を聞く。詠唱が終わった時が、父に一人前の魔道士として認められた瞬間になる。
 現実は間違っている。
「生きるんだ、いいな」
 父はそれだけ言った。次に発動した力に、リンダの意識は完全に目覚めた。
「だめ!」
 ワープの魔法は激しく消耗する。普段の父なら何の問題もないが、今の状態では全精力を失うことになりかねない。
 だが魔法は発動した。転移する寸前、リンダは、父が闇に喰われていくのを見た。

 夜の風が冷たくない。かすかな熱さえ感じられる。
 炎に熱せられた空気が流れてきているからだ。それはパレスからの風か、それとも城下町であるノルダの風か。
 燃えている2ヶ所の町から、リンダは自分の現在位置を把握した。ノルダ近くの街道脇だ。
(……)
 腕には、オーラの魔道書を抱いている。全ては幻じゃない。
 父は自分をかばって死んだ。アカネイアは滅びた。自分には行く当てなどない。
 震え、死にたくなった。だが同時に、今まで持ったことのない力がわき上がるのも感じた。
(死ぬのだけはだめ)
 父が、生きろと言ったのだから。死ぬわけにはいかなかった。
 街道を、ノルダとは逆方向に歩き出した。見通しが良すぎるこの道では、夜とはいえ、ドルーア軍に見つかれば逃げられないだろう。
 しかし、確実に敵がいるパレスやノルダへ向かうよりは、生きられる可能性の高い道であるはずだった。

[1 楼] | Posted:2004-05-20 15:51| 顶端
卡奥斯·克斯拉



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「……ひどいな」
 押し殺したマルスの声に、マリクは彼の怒りを感じた。
 ひどい、と簡単な一言で片付けたくはないのだろう。マルスは潔癖な少年だ。
 解放軍の事実上のリーダーであるマルスと、彼の親友で腹心でもある魔道士マリク。2人は、ノルダの奴隷市場に足を踏み入れていた。
 パレス落城の際、王族はニーナ王女を除いて全て処刑された。
 王女だけはグルニアの騎士カミュがかくまっていたが、やがてメディウスの手が迫り、王女はパレスを脱走した。
 北で抵抗を続けるオレルアン王国の、王弟ハーディンの下にニーナは逃げた。そこで各地に反ドルーアの挙兵を呼びかけ、同じく故国を脱出していたアリティアの王子マルスが、ニーナの呼びかけに応じて兵を挙げた。
 彼らは戦い続け、ついにはパレスの城下町、ノルダを解放するまでに至った。そしてパレス攻略の準備が行われているこの時間、マルスは悪評高いノルダの奴隷市場を廃止すべく、この一角に来ていた。
 パレス落城から3年近く経っていた。

「環境は……劣悪とまでは言えないようですね」
 マリクの感想に、マルスは無言でうなずいた。
 子供の奴隷たちが閉じ込められている牢は、それほど悪臭もしなかったし、見た目もさほど汚くはなかった。
 彼らの主な買い手は、ある程度金を持っている商人やドルーア側の将校、グルニアやマケドニアの貴族といったところに限られている。その連中になるべく高く買わせるためには、子供があまり汚らしいのはよくない。愛玩用に買う者も多いのだから。
 マルスに従う兵たちが、次々と牢を開けていく。
 それでも、すぐ外に出て、歓喜の叫びを上げる子供などほとんどいない。彼らの大半は、行く場所がないから奴隷になったのだ。解放されても、生きる目的も意味も簡単に見出せはしない。
「レナは孤児院をやりたいって言ってたけど。1人2人の力じゃ、とてもこの子供たち全員を助けることはできないな」
「そうですね。ほんと、ひどいですよ」
 そう思ってるのは本当だが、マリクにはわかっている。マルスは、自分よりもずっと、この現実に心を痛めている。
 まだ16歳の若さで、見た目も柔弱そうなマルスは、解放軍中からさえ軽く見られることがある。
 しかしマルスのそばで彼に接する他の者たち同様、マリクもマルスを軽んじてなどいなかった。どころか、この世の誰よりもマルスを尊敬していた。
 マルスは紛れもなく王だ。兵士の痛みを感じ、民衆\のつらさを理解し、指導者としてそれらを改める方法を常に模索している。そういう精神は、王でない者には持ち得ない。
 兵士の1人が報告に来た。
「マルス様、牢は全て開けました。奴隷たちの健康状態について、現在調査をしています」
「わかった、それはウェンデル司祭にお任せする。パレスを解放するまで、彼らを安全な場所へ移すよう言ってくれ」
「はい」
 会話をなんとなく聞いていたマリクは、ふと奇妙な気配を感じた。こんな場所で感じるには妙な気配だ。
「魔力……?」
「あなた、魔道士ね」
 言ったのは、解放された奴隷の1人らしい少年だ。歳はマリクやマルスと同じくらいに見える。
「君も魔法を使えるのか? そんな子が奴隷になってるなんて」
「逃げ出すことはできたわ。でもあたしには、逃げても帰れる場所がないから。だからここで待っていたのよ」
 口調にマリクは違和感を覚えた。マルスの視線もこっちに向く中、少年は頭に巻いていた布をほどく。
 長い髪が流れ出た。こうして見れば、なんで勘違いしたのかといぶかしくなる。
「君は女の子なの?」
「そうよ、男に見えた? なら嬉しいわ。それを狙って変装してたんだからね」
 少年――のふりをしていた少女は、マルスに対して一礼した。それがパレス貴族の作法であることに、アリティア貴族であるマリクは気づいた。
「初めまして、マルス王子。私はアカネイアの司祭ミロアの娘、リンダです。ニーナ様が軍を率いて帰ってこられたと聞き、お待ちしていました」

「リンダ!」
 その声に、リンダは思わず目頭が熱くなった。
 ニーナは、3年前に別れた時よりずっと美しく、しかし陰のある容貌になっていた。この3年間が彼女にとってどれほどつらいものだったか、リンダにも想像はつく。
「よく、無事で……」
「ニーナ様も」
 それだけ言って、リンダはニーナの胸に顔をうずめた。やはりニーナは、リンダにとって母にも似た存在だった。
「ニーナ様、僕は火竜退治の準備があるので、これで失礼します」
「ありがとう、マリク。気をつけてくださいね」
 自分をここまで案内してくれた魔道士の少年は、静かにテントの外へ出て行った。
 中は2人きりになった。外には数人の気配がするけれど、それは仕方ない。ニーナに常に護衛をつけるのは当たり前なのだから。
「ああ、なにから話せばいいかしら。なにから聞けば……それとも、聞くべきではないのかしら?」
 ニーナの心遣いは、パレス時代と変わらず嬉しかった。だからリンダは、多少無礼に思えても率直に答える。
「私のほうは、今までただ生きてきました。それについてお話しする必要はないと思います」
「わかりました、なら聞きません。……私も、この3年のことを簡単に話せはしませんからね」
 顔を上げ、リンダとニーナは改めて正面から向かい合った。思わず、2人に笑みがこぼれる。
「リンダ、また昔のように、私のそばにいてくれますか。マルス王子やハーディンは、私を大事にしてくれます。私のそばなら安全ですから」
「ありがとうございます。でも」
 懐から取り出した本に、ニーナの表情は変わった。オーラの魔道書だ。
「父は死の真際に、これを私に託しました。私はオーラの力で、父に代わってニーナ様をお守りし、魔王ガーネフを倒します」
「リンダ、それは……」
「信じてもらえないかもしれませんけど、私はこの3年間、オーラを1度も使ってません。もしここでニーナ様のお許しを得られないのなら、今後も2度と使わないつもりです。オーラは、私1人の意志で勝手に使っていい魔法じゃありませんから」
 でも使いたい。使って、父の代わりに戦いたい。その思いをニーナに向けた。
 ニーナはリンダの思いを理解してくれているだろう。それを認めることに、傷つきもするだろう。申し訳なくは思うけれど、リンダは引く気がなかった。
 悲しそうな表情を少し浮かべ、ニーナは言ってくれた。
「決して死なないこと。その約束を守れば、オーラの使用を許可します」
「ありがとうございます!」
 謝罪も込めて、リンダは深々と頭を下げた。

「君も戦うの?」
 マリクが驚くと、そうよ、と当然のような顔でリンダは言った。
「火竜退治には魔道士が多いほどいいでしょ。解放軍は魔道士の数が極端に少ないみたいだし」
「そうだけど。君はさっき助けられたばかりじゃないか。それで火竜と戦うなんて無茶だよ」
「ご心配なく、体力は充分あるわ。それに」
 ぐいっと顔を近づけてのぞき込まれ、マリクは思わず後ずさりした。
「あなた、なんか頼りなさそうだもの。手伝ってあげたほうがいいと思って」
「僕だって、戦闘を何度も経験してるんだよ」
「あたしだってそうよ。間違っても足手まといにはならない。あなたのほうがそうならないか、心配だわ」
 マリクは腹が立った。自分と同年代に見える少女に、馬鹿にされる筋合いはない。いくらあの偉大なミロア司祭の娘と言っても、だ。
「まあよいのではないか。お主らはサポートだけしてくれればよいのだからな」
 今回の作戦のメインである、マムクートのバヌトゥが言った。
「わし1人でも多分なんとかなるだろうが、念のためサポートをつけてもらう、という話だからな。子供1人が2人に増えても、別に危険にはならんだろう」
「失礼ね、なんなのこのじいさん? 魔道士じゃなさそうだけど」
「君のほうが失礼だよ。バヌトゥさんはこう見えてもマムクートなんだ」
 リンダの目つきが鋭くなったのに、マリクはドキッとした。バヌトゥはその視線をまっすぐ見返す。
「なにを考えとるのかはわかる。だがな、マムクートの全てが人間を敵視しているわけではない。それは承知してくれ」
「竜には竜でぶつかるわけね。いいじゃない」
 不機嫌そうにリンダは言い、マリクに顔を向けてきた。
「ニーナ王女には、好きに動いていいって言われてるわ。この作戦に参加する許可はマルス王子にもらってる。それでもまだあたしを邪魔者扱いする気?」
「僕は君のことが心配だっただけだよ。そんなに言うんなら、好きにしてくれていいさ」
「ええ、好きにさせてもらうわ。くれぐれも足引っ張らないでね」
(嫌な子だな)
 マリクは腹が立った。ミロア司祭の子供ということで、調子に乗\ってるんじゃないだろうか。

(なにやってんのよ、あたしは)
 自分がいらだってることが、さらに腹立たしい。あの魔道士の少年に八つ当たりすることはなかったのに。
 同年代の魔道士と口を利くなんて、魔道宮以来だった。その感覚の懐かしさと、少年の平和そうな顔が癇に障って、けんか腰になってしまったようだ。
「いいわ。結局はあたしの問題だもの」
 自分がしっかりしてさえいれば、それでいい。他人と仲良くならなくても構わない。
 どのみち父の仇は、自分1人で討つのだから。
「グオオォォォ!!」
 空気を貫く叫声に、リンダは戦闘への感覚を鋭くした。目標の火竜の咆哮だ。
 ドルーア軍の火竜は、パレスと外界をつなぐ唯一の道にある関所、その敷地内に立っていた。
 防壁が火竜の盾となり、体を完璧に守っている。首から上だけが壁の上に出て、近づく者を炎のブレスで焼き殺そうと身構えている。
 物凄い迫力ではあったが、リンダは臆しなかった。マリクたちには言わなかったものの、この3年間で、リンダは火竜殺しを1回経験している。
 両手を火竜の顔に向けて上げ、魔力を集中する。発動させるのは、火竜にとって弱点となる氷の魔法、ブリザー。
 リンダの手から生まれた無数の氷の槍が、火竜の顔目掛けて殺到する。気づいた火竜は炎のブレスでそれらを溶かす。ブレスはそのまま、地上のリンダを襲う。
 だがリンダはすでに場所を変えていた。竜との戦闘で一ヶ所にじっとしているなど、愚の骨頂でしかない。
 リンダとは別の方向から、リンダのよりも若干大きい氷の槍が、火竜の顔を襲った。マリクのブリザーだ。
(へえ、結構やる)
 自分の魔法より威力がありそうなことについては、リンダは気にしていない。元々リンダは炎や雷の魔法を得意とし、風や氷の魔法は苦手な部類だった。マリクとの威力の差はおそらく相性の問題で、魔力の絶対量とは関係ないはずだ。
 しかしリンダが感心したのは、マリクが 「魔道士の戦い方」 を心得ている点だった。単に魔法を使えるだけの魔道士では半人前だ。実戦の場において、どのような間合いで、どのように集中して力を行使するか。それを知らねば、戦士としての魔道士ではない。
 またリンダが攻撃すれば、火竜の反応はこちらに向く。と、すかさずマリクが再攻撃する。その時にはリンダは場所を変え、次のブリザーを用意する。
 動きながらリンダ自身気持ちが良くなるほど、2人の連携はうまくいっていた。火竜も混乱してきたのか、数発のブリザーを喰らい始めている。
 関所を守らねばならないため、なまじ自由に動けないことが、火竜にとって災いしていた。このまま2人だけで攻めても、おそらく倒すことは可能だろう。
 だが作戦は、より成功率の高い段階へと移行した。
 リンダとマリクの中間地点に、突如第2の竜が現れた。バヌトゥだ。
 敵火竜は明らかに油断し、驚いていた。態勢を整える隙を与えず、バヌトゥの炎のブレスが、敵火竜の顔を焦がす。
「とどめ!」
 リンダの放ったブリザーの氷片が、全て火竜の顔に突き刺さった。ほとんど同じタイミングで、顔の反対側にマリクのブリザーが当たっていた。
 思わず、リンダは会心の笑みを浮かべた。

 関所を突破した解放軍は、パレス城内に突入していた。
 リンダとマリクは、この戦いには参加していない。火竜戦でなんだかんだ言っても消耗していたし、もう魔道士の出番はあまりないと考えられたからだ。
 ニーナたち非戦闘員を警護する形で、2人は離れた場所からパレス城を見ていた。火竜を倒してから、なんとなく一緒に動いていた。
「さっきはごめん」
「え?」
 突然言ったせいか、マリクはわからないようだった。
「あなたを馬鹿にしたことよ。さっきの戦いぶり、見事だったわ」
「いや、君こそ。助かったばかりなのに、あんなに動けるなんてすごいよ」
「この3年で、体力だけはついたからね」
 しばらくだまった後、リンダは聞いた。
「あなたはカダインの魔道士なの?」
「うん。ウェンデル司祭っていう立派な先生の下で学んだんだ。君にも後で紹介するよ」
「……ガーネフのことは知ってる?」
 パレス城のほうを向いて聞いたので、その時マリクがどんな顔をしたかは知らない。ただ、一瞬の間があった。
「直接見たことはないよ。ウェンデル先生はガーネフの支配に反対していたしね」
「そう」
 だったらこの話はもういい。ガーネフの情報が得られないのなら。
「ただ先生は、ガーネフには絶対手を出すなって言うんだ。……僕はエクスカリバーっていう高位魔法を使えるんだけど。それでも絶対勝てないって」
 リンダは驚き、マリクを見た。
「エクスカリバーって、カダインでも最高級の力を持つ者に授けられる魔法でしょ? 威力はオーラにも匹敵するっていう」
「うん。だけど僕にはそんな力はないよ。ちょっと、わがままを言ってね」
「どんな?」
 知りたいことはしつこく聞く。リンダの性分だった。
「僕はアリティアの貴族で、マルス様とは幼なじみなんだ。幼い頃にカダインへ留学したから、そんなに長い間一緒にいたわけじゃないけど。
 でも僕は、マルス様のお力になろうってずっと思ってた。だからマルス様が生きてたとわかって、挙兵したって聞いた時、すぐ行かせてくれってウェンデル先生に頼んだんだ。
 ただ、未熟な僕が1人行っても、たいした役には立てない。それで力が欲しくて、エクスカリバーの継承をお願いしたんだよ。ちょうどエクスカリバーは使い手がいなかったから、継承の儀に挑戦することは誰でもできたんだ」
「けど、それに成功したってことは、才能があるってことじゃないの? ……前の継承者から譲り受ける場合は、なんの力がなくても可能だけど」
 もし自分がマリクと同じような状況にあったとしたら。オーラを自分のものにできたとは到底思えない。今オーラが手元にあるのは、父が譲ってくれたから、ただそれだけだ。
「才能はわからないけど。継承の時思ったのは、『力が欲しい』 って、それだけだった」
 気づくと、マリクの表情は微妙に変わっていた。怒りにも似た感情をかすかに読み取り、リンダはドキッとした。
 その感情は、自分が抱き続けたものと似ているように思えたから。
 すぐにマリクは優しげな表情に戻った。
「僕はまだまだ未熟だけど、エクスカリバーはすごい魔法だよ。おかげで、なんとかマルス様のお役に立ててる」
「それだけじゃないでしょ。さっきの戦いはあなたの実力じゃない」
「いや」
 また、マリクは照れた顔を見せた。
「正直、あの火竜を見た時は、怖くて動けなかったんだ。でも君は平気で攻撃してたから、負けてたまるかって、やけくそになってね」
「そうなの?」
 遠慮せず吹き出すと、マリクは微妙な表情になった。
「ひどいなあ、そんなに笑うなんて」
「だって。なんだ、じゃあやっぱりさっきはあたしのおかげで勝てたんだ」
「それは……そうだね。……ありがとう」
 リンダは大笑いした。

 部屋に入ってすぐ、リンダは懐かしい顔ぶれと再会できた。
「みんな!」
 ミディアたちも驚き、そして笑顔になる。
「リンダ、どうしてここに?」
「どうしてって、ニーナ様のお役に立つために決まってるじゃない。ミディアたちこそ、生きてたんだ」
「もう少しで殺されるところだったがな」
 座っていたボアが言った。
「わしらは、各地に散ったアカネイア軍に対する人質として捕われておったのだよ。解放軍がパレスに攻め入って来て、用済みのわしらは殺されるところだったのだが」
「危ういところで俺が助けたんだ」
 背後の懐かしい声に、リンダは驚いて振り向いた。
「ジョルジュ! あなたも生きてたの?」
「当たり前だ。トーマスたちが生きていて、俺だけ死ぬわけがない」
「なにをぉ?」
 怒るトーマスをジョルジュは無視した。2人とも変わってない。
「驚いたわよ。ジョルジュも私たちと一緒に捕らえられたのに、1ヶ月としないうちに逃げ出してるんだもの。しかも今度は解放軍の先頭に立って戻ってくるしね」
「悪いなミディア。本当はお前たちも早いうちに助けたかったんだが、警備が結構厳しくてな。仕方ないんでニーナ様のご帰還を待っていたんだ」
「でもよかった。じゃあ、結局みんな無事だった……」
 言いかけて、リンダは気づいた。1人足りない。
「アストリアは生死不明だ。死んだって報告がない以上、どこかで生きてるだろうがな」
 ジョルジュの言葉に、みんな暗い表情になった。特にミディアが。
「……どうかしたんですか?」
 入ってきた赤毛の若いシスターが、場の空気に不思議そうな顔を見せた。
「ああ、なんでもない。シスターレナ、みんなの体調はどうなんだ?」
「多少の衰弱と、さっきの戦いでの傷はありますけど、どちらもそれほど問題ありません。数日休めば元に戻ると思います」
「おやおや。長い牢暮らしをしてたってのに、タフな連中だな」
 ジョルジュの軽口に、みんなぎこちなく笑った。

 パレスを奪回した解放軍は、しばし進軍の歩みを止め、様々な仕事を行うことになった。
 その1つに、これまでの戦いで命を落とした者たちへの慰霊祭がある。もちろん死者全員の供養はできないが、パレス解放という1つの区切りに、取りあえず行うイベントだ。
 取り仕切るのは、解放軍中で最も力のある2人の司祭、ウェンデルとボアだ。本来なら助手としてシスターがつくのだが、負傷者がいまだ多いため、彼女たちは手がふさがっている。
 それでリンダやマリクら、特に仕事のない魔道士たちが駆り出されていた。主な仕事は死者の姓名確認と、墓に埋めるための死体なり遺品なりを集めて整理することだ。

 帳簿に死者の姓名を書いていたリンダが、唐突に筆を置いた。
 隣席のマリクは顔を上げた。
「どうしたの。休憩?」
「まあね。知ってる名前ばかり書いてると、さすがに疲れるわ」
 言って、リンダは廊下に出て行った。
「そうですよね。リンダさんにとっちゃ、アカネイア貴族はほとんど知り合いなんでしょうし」
「俺らには縁の薄い名だけど、それでもこれだけ書いてると嫌になるもんな。……死にすぎだよ」
 仕事仲間たちの会話に、マリクもなんとなく席を立った。
 出てすぐの廊下に、リンダはいた。宮殿の中庭を見下ろしている。
 隣に行き、マリクは声をかけた。
「なんならさ、誰か他の人に仕事変わってもらったら」
 なぜかリンダは笑い出した。
「気が利きすぎよ、マリク。そんな深刻に疲れてるわけじゃないわ」
「あ、そう」
 それでなんだか話が続かなくなり、マリクはだまってしまった。
「ニーナ様もね、気を使って。お父様の葬儀は後に回そうかっておっしゃったの」
「……そうするの?」
「まさか。そりゃ、お父様の供養には、ガーネフの首を持参したいけど」
 本気か冗談か、マリクには判断する自信がなかった。
「お父様はアカネイア1の大司祭。他の大貴族も戦死者もまとめて供養するのに、お父様だけ別に回すわけにもいかないわよ」
 今回の慰霊祭では、貴族と解放軍の隊長級以上が主に供養対象とされている。一般兵や市民については、戦争が完全に終わってから、となるはずだ。
 時間の少なさと死者の多さから仕方ないのだが、それでも区分けに不満を漏らす者は少なくない。それゆえ、その上ミロアだけ別格のように扱うことを避けたい気持ちはわかった。
「でも……リンダはいいの?」
「いいわよ」
 リンダの横顔は毅然としていた。あるいは、そう見えた。
「お父様の死体も見つからないし。このままいつまでも放っておくのはかわいそうだわ。せめてお墓として、お父様が生きた形を残しておかないと」

 慰霊祭の日が来た。
 祭りの巫女となるのは王女ニーナだ。ウェンデルとボアがそれをサポートし、さらにシスターたちがつく。下準備は魔道士たちに任せても、儀式そのものは彼女たちでないとできない。
 マルスやジョルジュたちは参列者として立っていた。彼らはニーナたちの指示に従って礼や黙祷をするだけで、特別仕事があるわけではない。
 そしてマリクとリンダは、そのどちらのグループにも入らず、脇から儀式の模様をじっと見ていた。下準備で充分働いたので、儀式には別に出なくてもいい、とされたのだ。形式面はマルスたちが担ってくれる。
 巫女のニーナは美しく、死者への哀悼の声は物悲しかった。参列者の女性の中には、思わずすすり泣く者もいた。
「リンダは泣かないんだ」
 マリクは言った。だからどうということではないが。
「泣いてもね」
 ポツリと、リンダは言うだけだった。押し殺した表情で。
 遺体も遺品もないミロアの棺に、リンダが自分の髪の毛を切って入れたのを、マリクは知っていた。
 リンダとミロアの屋敷も、すでに戦火で焼け、思い出となるものは何も残ってなかったという。

[2 楼] | Posted:2004-05-20 15:52| 顶端
卡奥斯·克斯拉



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一連の仮政策の実施を終え、解放軍はパレスを発った。
 ニーナにはパレスへ残るよう要請もあったが、彼女は拒否した。戦いの行く末を最後まで見届けたい、と言う。
 側近であるリンダは、当然同行した。たとえニーナが残っても、リンダは1人で軍についていくつもりだったが。
 解放軍が最初に向かったのは、グラ王国だ。
 グラはかつて、マルスの祖国アリティアと同盟を結んでいたが、3年前の戦いではアリティアを裏切って崩壊させた因縁の相手だ。また、ドルーアに投降したアカネイア兵が多く使われている場所でもある。
 彼らの大半は、家族や友人を人質に取られていたため、仕方なくドルーアに降った者たちだ。それゆえ、解放軍の先鋒はミディアたちアカネイア勢が務めた。彼らの姿を見れば、敵陣のアカネイア兵たちも戻ってくるだろうと思ったからだ。
 事実、多くの者が戻ってきた。その中にはアストリアもおり、リンダはジョルジュたちと一緒に喜んだ。
 だがミディアのように、心の底からは喜べない。リンダにとってアストリアは、友人の1人ではあっても、それ以上の存在ではなかったから。
 リンダが1番会いたい人とは、もう決して会うことはできない。だが2番目に会いたい仇とは、あるいはもうじき会える。
 グラを解放した解放軍が、次に向かう場所はカダインと決まったからだ。

「はっきりわからないが、どうやらガーネフは今、カダインにいるらしい」
 マルスの言葉に、軍議に出ている全員に緊張が走った。
「カダインは元々独立都市だし、潜在的な軍事力は計り知れない。だから攻略しようとは思わないし、深入りもしない。今回の作戦の目的は、あくまでガーネフからファルシオンを奪い返すことだ」
 100年前の戦いで暗黒\竜メディウスを滅ぼした神剣ファルシオンは、持ち主のアンリが建国したアリティア王国で保管されていた。
 だが3年前の戦いでアリティアは滅び、ファルシオンはガーネフの手に落ちた。この剣がなければ、メディウスを倒すことはできないだろう。
「ガーネフの魔法マフーは、メディウスでさえも破ることができないとうわさに聞いている。ウェンデル司祭、それは本当なのか?」
 マルスと並び解放軍のリーダー格であるハーディンが、ウェンデルに尋ねた。
「マフーはガーネフが自ら編み出した魔法です。それゆえ詳しい力はわかりませんが、光と闇の高位魔法の威力は、通常の魔法とは比べものになりません。ガーネフ自身の魔力も考えれば、倒すのは困難だと思われます」
「……でも戦いを避けるわけにはいきません。ファルシオンがない限り、ドルーア打倒はかないませんから」
 マルスがこう言えば、決意は揺るがないとみんな知っている。柔弱そうに見えて、芯は恐ろしく堅い王子だ。
「私にやらせてください」
 隣のリンダの発言に、マリクはドキッとした。
 予想してなかったわけではない。立候補するだろうとは思っていたが、できればその予感が外れてほしかった。
「私は一度マフーを受けて、どんなものかは多少知っています。それにオーラの魔法なら、マフーにも力負けしません」
「マフーはどんな魔法なんだ?」
 マルスが聞くと、リンダはわずかに顔をしかめた。
「……恐怖、かな。いえ、もっと複雑な闇の感情を、心の中でかき回されるような。体の中から自分が喰われていくように感じるんです」
 マリクは震えた。魔道を修めている彼には、リンダの言わんとすることがなんとなく実感できる。
「マフーとオーラが互角でも、リンダはガーネフほどの力がないよね」
「力はなくても、私は死ぬ気で戦います」
「死なれたら困るよ」
 マルスと目が合い、マリクは進み出た。
「マルス様、僕にリンダのサポートをさせてください。2人でなら、なんとか戦えるかもしれません」
「無理よ!」
 リンダは血相を変えた。
「オーラならともかく、他の魔法であのマフーと戦えっこないわ」
「でもエクスカリバーだって高位魔法だ。少なくとも足手まといにはならないはずだよ」
「ダメよ。私が1人で戦うほうがよっぽどマシだわ」
 リンダの視線を、マリクはまっすぐ受け止めた。気持ちはわかる。わかるけど、ここで引くわけにはいかない。
「正直私は、1人でも2人でも戦わせたくありません。今のリンダとマリクの力では、いかなる魔法を使ってもガーネフに歯が立たないでしょう」
 ウェンデルはきっぱり言った。多分、それが真実だろう。
「しかしどうしても戦うと言うなら、高位魔法を使えるこの2人以外ではなにもできないのも事実です。私はせめて、Mシールドで2人の身を守るとしましょう」
「すみません、司祭」
 マルスは頭を下げた。

 主力がカダイン攻略を行っている間、リンダとマリク、ウェンデルは戦闘に参加せず、後方でガーネフが現れるのをじっと待っていた。
 ガーネフほどの司祭がマフーのような大魔法を使えば、その魔力は必ず感知できる。今のところ、ガーネフは戦場に現れていない。
「先生、エルレーンたちは大丈夫でしょうか」
 マリクが、リンダの知らない名を出した。恐らくカダインの知り合いだろう。
「マルス王子の挙兵後、ガーネフがカダインを留守にすることが多くなった。私はその隙をついて逃げ出したわけだが、エルレーンたちもそうしているはずだ。
 逆に、今カダインに残っている魔道士は、ガーネフに忠誠\を誓う者だけであろうな。手ごわいだろう」
 リンダには戦のことなどどうでもよかった。ガーネフだけだ。
 巨大な闇の魔力を突然感じた。戦場の辺りからだ。
「来た!?」
 マリクが叫んだ時、すでにリンダは走り出していた。
 軍中を駆け抜け、最前線に出た。そこにいたのは間違いなく、あの男だ。
「ガーネフ!」
 リンダの叫びに、ガーネフは顔を向ける。
 が、それ以上の反応を見せない。覚えてないのだと直感し、リンダはカッとなった。
「待ってリンダ、マリクたちがまだ来てない」
 近くにいたマルスが言った。彼を始め、最前線に出ていた指揮官クラスは、どうやらマフーを喰らってはいないようだ。
「マルス、よくここまで来たものよ。ほめてやるぞ」
 ガーネフの声は、戦場に不気味に響いた。解放軍の兵士たちは、圧倒され沈黙している。
「ガーネフ、ファルシオンを返してもらう!」
「ふふふ……これか」
 ガーネフは懐から1本の剣を出した。それを見て、マルスの表情が変わった。
 本物を見たことのないリンダにも、それが神剣ファルシオンだとすぐにわかった。剣自体から強烈な光の力が感じられる。
「さすが、たいした剣よ。正直こうして持っているだけでもわしには苦しい。それでもお前に見せるために、わざわざ持ってきてやったのだがな」
「マルス様、お下がりください!」
 やっとマリクがやって来た。すぐ後ろにウェンデルが続く。
「ウェンデル司祭、Mシールドをお願いします」
 ウェンデルはうなずき、リンダにMシールドの杖をかざした。この魔法は、敵の魔法への抵抗力を一時的に高めてくれる。
 かかり終わると、リンダはガーネフに向かって駆け出した。
「待てリンダ、まだ僕が……!」
 マリクが叫ぶが無視した。最初から、ガーネフとは自分1人で戦うつもりでいる。
 ガーネフはファルシオンをしまい、ニヤニヤと笑っている。たった1人で解放軍の精鋭と対峙しながら、全く焦っていない。自分の力に圧倒的な自信を持っているのだろう。
 そのうぬぼれを、消し去ってやりたかった。
「ガーネフ!」
 叫び、オーラの魔法を放つ。
 すでにグラ戦で1度使い、威力のほどは理解していた。さすがに父の魔法だけあって、すさまじい威力だった。その時標的にした敵兵は、光の柱の中で完全に消滅した。
 ガーネフも顔色を変えた。そこまでは満足すべき展開だった。
 だがガーネフを包む闇の魔力は、オーラを完全に相殺した。リンダは全力で放ったというのに。
(そんな……)
「思い出したわ」
 ガーネフが笑った。恐怖と、それ以上の怒りを起こさせる笑みだ。
「お前はミロアの娘だな。あの時オーラと共に消え、そのままのたれ死んだかと思っていたが。解放軍に加わっていたか」
「私は死なないわ。あんたの首を、お父様の墓前に捧げるまではね」
「勇ましいことだ。だが口だけではな」
 カッとなり、もう一度オーラを放った。さっきは全力を出したつもりでも、どこか精神集中が乱れていたのかもしれない。今度は怒りながらも冷静に。
 放った感触は完璧だった。今度こそ決まる。そう確信した。
 だが一瞬の後、光を飲み込み迫る闇が、確信を恐怖に変えた。
 パレスでまみえた時と同じ、暗い幻想が広がった。景色も似たようなものだ。見知った人間の血と肉塊が散らばり、強烈な死のにおいがリンダの臓腑を喰らおうとする。
 自分の魔力はあの時より数段強くなり、Mシールドの守りもあるはずなのに、苦しさは全く変わらなかった。絶望しそうになった。
 肉塊の中にマリクを見た。解放軍に入り、新たな友人ができたことで、心はかえって弱くなったのかもしれない。死んでほしくない人が増えてしまった。
 風を感じた。死と闇と絶望しかないはずの空間で、その風の涼やかさは奇妙だった。
 その奇妙さがリンダの意識を戻した。あの時、ミロアの声で正気に返れたように。
「リンダぁ!」
 マリクのかざす両手から、すさまじい風が生まれていた。風が刃となり、ガーネフの闇に襲いかかる。エクスカリバーの魔法だ。
 だがその風もすぐに消え、闇は今度はマリクを包んだ。表情の急激な変化に、マリクの見ている絶望が想像された。
 闇を断つべく、三度オーラを放つ。けれど弱い。マフーに包まれた数秒の間に、リンダの魔力はごっそり奪われていた。
 マフーは消えず、マリクは苦しんでいる。このままでは死ぬだろう。
(マリクが、死ぬ?)
 そう認識しても、なにもできなかった。
 頭がぼんやりしている。怒りも焦りも、絶望すら生まれない。マフーの呪縛からいったん逃れても、回復するのは容易ではない。
 解放軍の戦士たちが、ガーネフに一斉に突撃するのが見えた。無駄だ、と冷ややかに思っていた。まだ思考に感情は伴わない。
 やはり無駄だった。闇は広がり、魔法への抵抗力を持たない戦士たちを次々に包み込んでいく。彼らのほとんどは、リンダやマリクほどあがくことができず、瞬時に精神が崩壊して倒れる。
 彼らの死に意味があるとすれば、おかげでマリクへの呪縛が解けたことだ。倒れるマリクの体を、リンダは無意識に支え、やっと意識が戻ってくる。
「……だめ。だめ、みんな引いて!」
 魔王ガーネフ。その呼び名は誇称ではなかった。群がる戦士たちを手も触れずに次々と殺していくその姿は、人の力を超えている。
 全員が絶望の中にいた。もはや進むことも退くこともできず、ここでガーネフに殺されるしかない。逃れようのない死の予感に、戦士たちの動きは止まった。
 だが。
「ふぉふぉふぉ……わかっただろう、マフーある限りわしは不滅なのだ。ミロアの娘よ、お前程度がオーラを持とうとも、わしの闇を破れはせん。
 この場でお前たちを消してもよいが、わしも忙しい、今はこれで失礼しよう。マルスよ、せいぜいあがくがよい。この先どれだけ進もうとも、お前がアンリの再来となれはしないのだがな」
 ワープの魔法で、ガーネフはどこかへ消えた。後には、心を失った数十の死体と、絶望を知った戦士たちが残された。

「こんな症状、見たことありません」
 解放軍一のシスターであるレナは、マフーで傷ついた者たちについてそう言った。傷ではなく、症状と。
「外傷は全くないんです。体の中に、物凄い暗い気が渦巻いていて、それが体を弱らせているんです。信じられません」
「それで、みんな助かるの?」
 マルスが不安そうに聞いた。
 みんなと言っても、対象はマリクと他数名の戦士だけだ。マフーを喰らい、かろうじて生き延びたのはこれだけ。他の数十人は全員死んでしまった。
「マリクは大丈夫です。魔道士は魔法への抵抗力がありますし、マフーも途中で途切れたそうですから。意識もじきに戻ります」
 リンダはホッとした。正直、彼が無事なら最低限それでいい。
 だがマルスの表情はさほど緩まなかった。マルスにとって、マリクはかけがえのない親友だが、他の戦士たちもかけがえのない部下だ。
 部下どころか、マルスという奇妙な王子は、兵卒を仲間として見ているふしがある。長年共に戦った者だけでなく、昨日今日入った新兵に対しても、だ。
「ですけど他の人たちは……難しいですね」
「そう」
 マルスもレナも沈黙した。シスターであるレナにとっても、死にゆく者を救えないのは、苦痛でしかないのだろう。
「レナもマリアも、他のみんなも無理はしないでね」
 看護班にそれだけ言って、マルスは出て行った。
 マリクのことは少し気になったが、リンダはマルスを追って出た。自分にはどうせ、けが人の世話などろくにできない。
「マルス様、次にガーネフと戦う時は、私1人だけにやらせてください。オーラがある私以外じゃ、犠牲が増えるだけです」
「そうだね、マリクでもだめだったんだから。でも、リンダでもたいした違いはないんじゃないかな」
 マルスは優しい。優しいが、静かな厳しさも兼ね備えている。
「今の状態じゃ、リンダにガーネフと戦ってもらうわけにはいかないよ。死なせるわけにはいかない」
「ですけど、ファルシオンは取り戻さないといけないでしょう?」
「うん。……それをどうするか、だね」
「ですから私が」
 リンダはビクッとした。突然、魔力の波動が走った。
 そして声が聞こえた。
「マルスよ」
 老人の声だ。しかし弱々しくはない。穏やかな力強さと、どこか神々しささえ感じさせる。
 父の声に、似てなくもない。
「……これは?」
「魔道で、どこかから話しかけてきているのだと思います」
「そうだ、ミロアの娘よ。わしは大賢者ガトー」
 2人とも驚愕した。伝説の人物の名前だ。
「本来わしは、人間のすることには立ち入らぬつもりだったのだが。ガーネフはわしの弟子、それにマフーが生まれた責任の一端はわしにある。それゆえ、そなたを手助けしようと思ってな」
「責任、とは?」
「ミロアの娘。そなたはミロアとガーネフの確執を知っておるか」
「……いえ、あまり。父は昔のことを、ほとんどしゃべりませんでしたから」
「そうか。……だが、お前も知っておいたほうがよいだろう。
 ミロアとガーネフは、わしの最も優秀な弟子だった。だがガーネフは心に弱さがあった。それゆえわしは、オーラとカダインをミロアに託したのだ。
 しかしガーネフは妬み、わしとミロアに復讐しようとした。わしの下から闇のオーブを盗み出し、マフーを作った。ミロアの娘」
「リンダ、と申します。ガトー様」
 父の付属品のように呼ばれるのは嫌だった。あまりに自分が惨めだった。
「そうか。リンダ、残念だがオーラではマフーを破ることはできん。たとえそなたがガーネフと互角の魔力を身につけてもな」
「そんな! オーラは光の高位魔法、あらゆる魔法の中でも最強の力を持つはずでしょう?」
「ガーネフはオーラを破るために、マフーを編み出したのだぞ」
 確かに、道理ではある。
 けれどそれでは、仇が永久に取れない。生きている意味がない。
 ガトーの声は、マルスに向けられた。
「オーラを破るためのマフーであるように、マフーを破るための魔法もある。ただし、作るには星と光のオーブが必要だ」
「それはどこにあるのです?」
「カシミアのラーマン神殿だ。神殿は聖域となっており、闇の力は著しく弱まる。まして星と光のオーブには、ガーネフは決して触れることができん」
「ではそこに行きさえすれば」
「問題はないはずだが。ガーネフがそなたらを殺さず、平気で泳がせているからには、そちらにもすでに対抗策を打っていると見るべきだろうな」
「……わかりました。どのみち、グルニアとマケドニアにはカシミア海峡を通らねば行けません。2つのオーブを必ず手に入れます」
「うむ。時が来れば、わしはそなたらの前に姿を見せよう。
 それとリンダ」
 突然呼ばれ、リンダは緊張した。
「ミロアがもし生きておれば、望むのはガーネフを倒すことではなく、そなたが幸せに生きることのはずだ。ミロアを愛し、意志を継ぎたいと願うなら、何よりも自分の命を粗末にせぬことだ。よいか」
「……はい」
 努めて、何も考えまいとした。大賢者は、あるいはこちらの心まで読むかもしれない。
 それで会話は終わり、魔力の波動も消えた。リンダは心を解放した。
(なんで何もしてくれなかったの)
 大賢者ガトーは、ミロアやガーネフ以上の魔力を持っているはずだ。しかも、マフーへの対抗策まで知っていた。
 ならどうして、自ら出ていってガーネフを倒してくれなかったのか。オーラがマフーに勝てないと知っていたなら、なぜ父を見捨てたのか。
 自分は何もしないくせに、勝手にミロアの心を語って、命を粗末にするな、などと言う。
(何が大賢者よ)
 父がこの世で最も尊敬していた人物を、リンダは憎しみを込めて軽蔑した。

 カダインの作戦が失敗した解放軍は、マルスの故郷アリティアの解放に向かった。
 アリティアはマリクの故郷でもある。だがマリクは、意識は戻ったし普通に歩くこともできたが、戦いにはまだ不安があった。
 本人は故郷の解放戦に加わりたがったが、マルスが許さなかった。それでニーナと共に後衛にいた。
 代わりに、でもないが、王城アンリの奪回戦にはリンダが参加した。アリティアは解放された。

「すごい人気ね」
 マルスのことだ。
 王城アンリのバルコニーに姿を出したマルスに、アリティアの民衆\は歓声を上げている。それこそ、ニーナがパレスに入った時以上の興奮ぶりだ。
 リンダはマルスと接しているし、彼の魅力もわかっていた。それでも、地元でこれほど好かれているとは想像もしてなかった。
 だが。
「当然さ」
 言葉通り、マリクはごく自然に肯定する。思わず笑うと、マリクが少し怒ったように、
「……なんだよ」
「素直ねって思って」
 馬鹿にされたと思っているのか、マリクはムッとしている。普段ならこんなことで怒りはしないだろうが、アリティア解放戦に加われなかったのが、まだ気に入らないらしい。
 もっとも、リンダはマリクを馬鹿になどしていない。彼の素直さには好意を持っている。
 それに、少しうらやましかった。マリクのような少年に、絶対の信頼を置かれる王子マルス。彼はマリクだけでなく、あらゆる人からの信頼に応えようと、まっすぐ努力している。
 アリティア王家がとても明るく感じた。リンダはパレス貴族の一席に名を連ねていたから、当時は幼かったとはいえ、宮廷の腐敗ぶりを肌で知っている。
 そんな場所で生まれ育ったニーナがかわいそうに思う。マルスのような環境で育っていれば、ニーナはもっと、その天性の明るさを発揮できたはずなのに。
「マリク」
 2人の背後から声がかかった。
 振り向くと、中年の男女がいた。貴族らしく、どちらも品がよくて優しそうだ。
 誰なのかは一目でなんとなくわかった。マリクは一瞬気まずそうな顔をしながら、リンダに紹介する。
「僕の父さんと母さんだよ」
 リンダも名乗\り、あいさつした。向こうも礼儀正しく返してくれる。暖かかった。
 バルコニーから戻ったマルスが、マリクの両親と話し始めた。民衆\は城の外でマルスを見て、貴族は城に来てマルスと会う。
 アリティアは元々1開拓都市であり、初代国王のアンリは平民出身で、王家の歴史も浅い。貴族は貴族で、かつての都市アリティアの有力者が、そのまま爵位を持っただけにすぎない。
 そのためか、王族と貴族、平民間の距離は、アカネイアとは比べものにならないくらい狭いようだった。マルスへの謁見も、貴族たちは各自の都合で適当にやってくるし、マルスも気にせずに応対している。
 マルスやマリクが、貴族でありながらどこか平民くささを感じさせるのも、そんなアリティアの体質によるのかもしれない。
「じゃあ、僕は後で帰るから」
「ああ。よろしければリンダさんも、夕食に来てください」
「ありがとうございます」
 マリクの両親は帰り、マルスも他の貴族と話に行った。
「僕はもうちょっと城や町を見て帰るつもりだけど。リンダはどうする?」
「付き合わせてもらうわ。やることないし、観光ガイドはよろしくね」
 歩き出してから、マリクが何気なさそうに言った。
「さっきの父さんの誘いだけど、別に無理に来なくてもいいよ」
「なに? 私に来てほしくないわけ?」
「そ、そんなことないよ」
 真剣に否定する様子に、リンダは笑った。マリクといると、仏頂面ではいられない。
「行かせてもらうわ。家庭の暖かさってやつ、久しぶりに味わいたいしね」
「そう。なら歓迎するよ」
 たいして長い付き合いではないが、マリクの優しさが、リンダにはよくわかっている。
 母も父も亡くしたリンダに、幸せな自分を見せるのが後ろめたいのだろう。それと、リンダが昔を思い出し、寂しくならないかと心配している。
 きっとリンダの考えすぎではない。マリクは、そういうやつだ。なんとなく確信を持ってそう言えた。
(ほんと、お坊ちゃんなのよね、こいつは……)

 城内をいくつか説明された後、最上階近くの一室に着いた。
 来るまであちこちに焼け跡や破壊の跡があったが、この部屋は比較的きれいだった。破壊の度合が、であって、掃除などはされてる様子がなかったが。
 それでも調度品などから、若い女性の部屋だろうとは、リンダには想像がつく。
 中には先客がいた。
「マルス様」
 振り向いたマルスは、ちょっとばつが悪そうに笑った。
「やあ。城の見学?」
「はい、リンダを案内しがてら」
 そこで、マリクとマルスはだまった。沈黙にどこかぎこちなさを感じ、リンダも口を開かずにいる。
 そんなリンダへの配慮か、マルスが苦く微笑みながら口を開いた。
「ここは僕の姉上の部屋なんだ」
「エリス王女、ですか」
 リンダも貴族だから、他国の王族の名前は知っている。確かマルスより3つか4つほど年上だったはずだ。美しい女性らしい。
 そして、3年前のアリティア滅亡の際、戦火の中行方不明になったと聞いている。
「この城を占領していたマムクートが言ってた。姉上はガーネフに渡したって」
 またガーネフ。あの男は、こういう場面で必ず現れる。
「不安だけど、少し安心もしたんだ。姉上は死んだんじゃないかってずっと思ってた。でもこれで、生きてる可能性が出てきたからね」
「ご無事ですよ! エリス様は、絶対」
 マリクの語気の強さは、単にマルスを励ますためではなかった。
 素直すぎる彼の動作は、その裏にある気持ちを簡単に表してしまう。少なくともリンダには、それが見抜けた。
 マルスを残し、再び廊下を歩き出したリンダは、おもむろに尋ねた。
「マリクは、エリス王女のことが好きなの?」
 マリクは実にわかりやすく真っ赤になる。あまりの裏表のなさに、少し悲しくなった。
「僕はマルス様と幼なじみだって言ったろ。同時に、エリス様ともそうなんだ。あの人はマルス様と一緒に、僕にも弟みたいに優しくしてくださって」
 照れながらも、楽しく、懐かしげにしゃべっている。マリクにとって、その思い出がどれだけ大切なものか、見ていてよくわかる。
 それにやわい痛みを感じている自分を、リンダは自覚していた。
「僕も小さかったし、エリス王女ほどきれいな人は見たことがなかったから。それで憧れを抱くっていうのは、よくあるよね?」
「知らないわよ」
 変なとこで同意を求められ、リンダは突っぱねた。
 マリクは気にした様子もなく、続ける。
「カダインで、アリティアが滅んだって聞いた時、父さんたちと同じくらいマルス様とエリス様のことが心配だったんだ。解放軍に入って、父さんたちが無事らしいとはうわさで聞いてたんだけど、エリス様のことはなにも言われなくて、不安だった。
 でもマルス様がなにも言わなかったから、僕も、ね。不吉なことを口に出すと、それが本当になりそうな気もするし。だからずっと、エリス様の話題は出さなかったんだ」
「きっと生きてるわよ。ガーネフがさらったからには、なにか目的があったんでしょ。だから生きてるはずよ」
 たいして信じてもいない、内心どうでもよく思ってる気休めを口にした。
 リンダの心など知らず、そうだね、とマリクは優しく笑う。リンダがせいぜい思うのは、マリクが悲しまなければいい、ということぐらいだ。
 そしたら、マリクは悲しそうに言った。
「マルス様のお母上、王妃リーザ様はもう殺されたんだって。さっきのマムクートが、自分が殺したって得意そうにマルス様に言ったんだって」
「そう」
 マルスの痛みは容易に想像がつくので、リンダは短く答えるだけだった。
 アンリ城解放戦に参加したリンダは、マルス自ら城主のマムクートを倒したと聞いて、戦いをやめた。その時は、自らの手で解放を勝ち取ったんだと、単純にマルスを祝ったのだけど。
 仇を討った気分はどうですかと、マルスに聞きたくなった。が、本当に聞きはしないだろうともわかっていた。
 どんな答えが返ってきても、自分のすることが変わるわけじゃない。

 アリティアの民は、マルスをスターロードと呼んだ。アリティアを解放し、この世を救う光の王子だと。
 そう思いたい気持ちはわかったが、リンダは民衆\と一緒に浮かれる気にはなれなかった。
 軍の上層部は全員わかっていた。本当に苦しい戦いはこれからだ。
 そしてリンダには、決着をつけねばならない運\命が待っている。

[3 楼] | Posted:2004-05-20 15:53| 顶端
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解放軍は、カシミア大橋でグルニア黒\騎士団と激突した。
 ジョルジュらアカネイア騎士にとっては、ここは因縁の地である。後に暗黒\戦争と呼ばれるこの一連の戦いは、5年前、アカネイアの遠征軍がグルニアで大敗したことから始まった。
 敗走したアカネイア軍は、マケドニア王子ミシェイルの率いる竜騎士団に追撃され、この大橋で多大な損害を出した。アカネイアが独力では再起不能になったのは、この大敗による。
 しかし今は、5年前とは全てが違った。
 無能な貴族に率いられ、実戦経験のほとんどない兵士ばかりだった5年前のアカネイア軍。それに対し、グルニア兵はいずれも歴戦の戦士であり、指揮官のカミュは若いながら大陸一の名将と呼ばれた男だった。
 だが今の解放軍は、史上かつてない激戦を生き抜いた精鋭ぞろいで、かつてのアカネイア軍とはわけが違っていた。一方のグルニア軍は、兵はいまだ強かったが、カミュが帝国の内部抗争により捕われていたことが痛かった。
 グルニアは敗れ、カシミア海峡一帯は解放軍の勢力圏となった。あとはグルニア本国まですぐだ。
 その前に、マルス以下少数の兵が、ラーマン神殿に入った。

「ここには竜の女神がいるんだってさ」
 戦闘準備の時、マリクがそんなことを言ってきた。
「なに、伝説?」
「いや、ごく最近のうわさだよ。宝を盗ろうと入った盗賊\団が、たった1人の少女のために壊滅したっていうんだ。かろうじて出てきた1人が、竜の女神が出た、って言って死んだって」
「それって、マムクートじゃないの?」
「かもね。だからバヌトゥさんも行くって言ってるよ」
 解放軍中唯一のマムクートであるバヌトゥとは、リンダは初陣で共に戦って以来、あまり縁がない。バヌトゥが戦術上、個人行動を取ることが多いからだ。
 竜の姿に戻った時は迫力があった。しかし普段の姿は、ただのしょぼくれた老人にしか見えない。食事を配給されてる姿を見ると、どこかの難民が紛れ込んだのではと、一瞬思ってしまう。
 時間となり、リンダとマリクは集合場所へ行った。
 ラーマン神殿は巨大だが、所詮ただの建物であり、大軍が一気に突っ込むことはできない。ましてうわさに聞く強力なマムクートがいるとすれば、下手に一般兵をぞろぞろ連れては犠牲が増すばかりだ。
 だから今回参戦するのは、屋内戦闘に向き、かつ実力のある者だけだ。魔道士であるリンダとマリクは、その条件に当てはまっている。
 ところが、いるのはマムクートだけだと思っていたら、普通の人間もいた。剣を向けてきた彼らの1人を捕らえたところ、ガーネフの私兵であることがわかった。
「やっぱりガーネフが手を回してたわけね」
 リンダは期待を強くした。つまりこの神殿には、ガーネフが恐れるだけのシロモノが本当にあるということだ。

 神殿の奥に、その少女はいた。
 見た目はひどくあどけない。人間の歳で、10歳になっているかどうか。少し折れたような耳の形から、マムクートであるとわかる。
 それが、リンダたちが取り巻いた途端、豹変した。
 現れた竜は、今までの戦いで見たものとは全く違っていた。その竜からは恐ろしい威圧感を感じたが、邪悪さは皆無だった。むしろ、光の力を感じる。
 だが光であるはずのそれは、周りを取り巻く人間たちに対し、ためらわず巨大な口を開く。一息漏れれば、圧倒的な殺傷能力を秘めたブレスが全てを消し去るのだろう。
「チキ!」
 しわがれたその叫び声は、バヌトゥのものだった。少女が変わった竜は、動きを止め、眼下の老人をじっと見た。
 バヌトゥも竜石をかざし、本来の竜の姿に戻る。そして、人間には咆哮としか聞こえぬ音で、二声吠えた。
 光の竜は少女に戻り、バヌトゥも老人に戻った。少女は泣きながらバヌトゥに抱きついた。
「この子はガーネフに操られておったのじゃろう。だがさすがのガーネフも、この子の心を完全に支配するのは不可能じゃった」
 バヌトゥは少女の頭をなでながら、マルスに向かって説明した。
「なにせこのチキはナーガ一族の生き残り。竜族の王たる神竜族の娘だからのう」

 チキという名の少女は、やはりほんの子供としか思えなかった。
 普段はマルスのそばをうろちょろし、マルスが忙しくなるとニーナの下へ行く。軍中の誰もが、この天真爛漫な少女をかわいがった。
 だがリンダの興味は、神殿で手に入った星と光のオーブに向いている。特に光のオーブは、オーラを生み出した力の元であるらしい。
 それゆえか、見ていると心が安らいだ。同時に戦いへの活力もわいてくる。
 そしていよいよ明日はグルニアへ乗\り込むという日、リンダは参戦の許可をもらうべく、ニーナの前に改まった。

「リンダは恋をしたことがある?」
 返ってきたのは参戦の許しではなく、そんな質問だった。
 マリクの姿が一瞬浮かび、すぐ消えた。たまたま一緒にいることが多く、互いに気が合うというだけで、恋だなんだとまでは言えないだろう。
「私はないです」
「そう」
 ニーナの表情は動かない。多分、リンダの恋などはどうでもいいのだ。言いたいのは別のこと。
「私がどうやってオレルアンに逃れたか、話しましたか?」
「いえ、聞いてません」
「助けられたんです。グルニアのカミュ将軍に」
 リンダは緊張した。それは、明日戦う相手の名前だ。
「パレスが占領された時、王族はみんな殺されました。メディウスは当然私も殺すつもりだったでしょう。
 でもカミュ将軍は私やミディアたちを捕らえながら、殺すどころか牢にも入れず、丁重に扱ってくれました。それで、メディウスから散々私を引き渡すように言われても、ついに拒み通し、ハーディンと連絡をつけて私を逃がしてくれたのです。
 その直後、カミュはメディウスに捕らえられたと聞きました。カシミアの戦いにも出てきませんでしたから、恐らく最近までずっと幽閉されていたのでしょう」
 ニーナの語りは止まった。言わんとすることを想像し、リンダは尋ねる。
「受けた恩を返したいと、お考えなのですか」
「恩?」
 ひどく寂しそうに微笑まれ、リンダは嫌な気持ちになった。よくわからないが、自分がとんでもなく馬鹿なことを言ってるような気がした。
「そうね、できればカミュを助けたい。でもカミュはグルニアの将軍として、今まで多くの敵を苦しめてきました。解放軍の将兵にも、カミュを恨んでいる者は多いでしょうね」
「ですけど、マルス王子は過去の恨みをなるべく引きずらないよう努力されています。ニーナ様のお気持ちを、王子に正直に話されてはいかがですか」
「そうですね」
 リンダはドキッとした。ニーナの目から突然涙が流れたのだ。
(そうか、ニーナ様は……)
 さっき自分で感じた馬鹿さの正体がわかった。ニーナは恩義に報いるため、カミュを助けたいと思ってるわけじゃない。
 そんな、他人行儀の感情ではない。

 カミュはマルスの降伏勧告を拒み、激戦の末負傷し、西の川に落ちた。死体は上がらなかった。
 戦闘終了後、密かに泣いたニーナの横で、リンダはなにもできずに立っていた。

 それぞれが、それぞれの運\命に向かい合っている。
 カミュに対するニーナもそうだし、もうすぐ自分もそうなる。そんなことを、リンダは考えていた。
 グルニアの次は、竜騎士の国マケドニアだ。ある意味、暗黒\戦争勃発の原因は、この国にあったと言えなくもない。
 当時の王オズモントは、ドルーア帝国と結ぶ気などなかった。だが彼の突然の急死により、反アカネイアの意志を強く持つミシェイル王子が最高権力者となり、ドルーアとの同盟を独断で決定した。
 ミシェイルの下には、ミネルバとマリアという2人の妹がいる。マリアは同盟の人質としてドルーアに送られ、ミネルバは兄と激論になったが、やむを得ず彼の指揮下に留まった。
 だがパレス解放の直前、マリア王女はマルスたちによって救出され、ミネルバも解放軍に身を投じている。「赤い竜騎士」 と呼ばれ、ハーディン率いるオレルアン軍を苦しめてきたマケドニアの名将は、今はそのハーディンに次ぐ解放軍ナンバー3として活躍している。
 オズモント王の急死は、ミシェイルの暗殺によるものであることが、すでに周知の事実となっている。ミシェイルは大戦勃発の原因を作り、また父殺しという十字架も背負ってしまった。ミネルバからすれば、マケドニアの恥だ。
 だからミネルバは、ミシェイルは自分に任せてくれと、マルスやハーディン相手に静かに主張していた。けれど、ミネルバとミシェイルがどれだけ仲の良い兄妹であったかも、またよく世間で知られていることだ。
 それぞれが、それぞれの運\命に向かい合っていた。

 シスター見習いでもあるマリア王女は、軍中一のシスターであるレナの下につき、修行と負傷兵の看護を行っている。
 リンダは、マリクやアカネイア時代の知り合いの次に、レナと仲がいい。自然マリア王女ともよく顔を合わせる。品がよくかわいく明るく、リンダも妹のように彼女をかわいがっていた。
 しかしマケドニア戦が近づくにつれ、マリアの笑顔は減っていった。そしてミネルバが自らの槍でミシェイルを貫いたとの報が入った後、マリアは数日間どこかへ消え、みんなを騒がせた。
 やがて戻ってきたマリアは、各地で傷ついた人たちを治療して回っていた、と言って無断外出を詫びた。マルスは、公の場ではそれ以上なにも聞かなかった。
 兄を殺したはずのミネルバは、普段同様落ち着いた表情で、淡々と実務をこなしていた。それほど親しくないリンダには、ミネルバの心中まではわからない。
 むしろリンダにとっては、マケドニア占領後、マルスにマリク、ウェンデルと共に訪れた一村のことのほうが重要だった。大賢者ガトーの滞在している村だ。

 対面した時、リンダは不覚にも頭を下げてしまった。
 ガトーの威は本物だった。別にことさら偉ぶってるわけではない。普通に立っているだけだが、それでもリンダは、頭を下げずにはいられなかった。
 後で聞いたら、マリクも同じ気分だったらしい。だからこそ、大賢者なのだろう。
 マルスの手から2つの宝玉を受け取り、ガトーはうなずいた。
「確かに星と光のオーブだ。これでスターライトが作れる」
「それがマフーを破れる魔法の名前ですか?」
「うむ。スターライト=エクスプロージョン。星の光の魔法だ。これならマフーの闇にも、そう簡単に心を捕われることはない」
 魔道書は数日のうちに届ける、とガトーは言った。これで用件は終わりだが、マルスは別の質問をした。
「ガトー様はなぜこのような所におられたのです? ここでは城に近く、危険ではありませんでしたか」
「わしはいざとなれば、ワープで大陸のどこにでも移動できる。危険などはない」
 リンダは反発を覚えたが、まだ口には出さなかった。
「この村におったのは、ミシェイルと話すためだ。そなたが言ったように、ここは城に近く便利だからな」
「ミシェイル王子となにを話されたのです?」
「……お前は愚かであったなと、そういう話じゃ。やつがくだらぬ野心なぞに取り付かれず、ミネルバと共にマケドニアの発展に力を尽くしていたなら、今のような事態にはならなかったものを」
「1つ、よろしいですか」
 思い切って、リンダは口を開いた。
「大賢者様はそれだけなんでも知っておられて、偉大な力もお持ちなのに、なぜなにもなさらないのです? 大賢者様が自ら動いてくださっていたら、それこそ今のような事態にはならなかったのではないでしょうか」
「リンダ」
 ウェンデルがたしなめるが、リンダは引く気はない。せっかく会えたのだから、ここでハッキリしておきたかった。
「わしがスターライトを持って、ガーネフを倒せばよかった。ミロアが死ぬことはなかったと、そう思っておるのか」
「……はい」
「確かにそうだ。だが、それはできん」
「なぜです?」
 自分の口調が、刺すように鋭くなっているのは自覚していた。でもどうしようもない。
「わしは本来、人間のことわりの中にいるべき存在ではない。それでもカダインを作って魔法を教えたのは、魔法の豊かな力が人間の幸せに結びつけば、と願ったからだ。
 しかし人間はどうだ。ガーネフはあれだけの才能を持ちながら、くだらぬ妬みから自分と他人の運\命を狂わせた。ミシェイルも野心ゆえに同じ道をたどった。こんな例は、小さなところでは数え切れぬほどある。
 人間の愚かさは、人間が自ら償わねばならぬ。わしが出て全てを解決しては、人間の自立などあり得ぬ。ガーネフについての責は追うが、それ以上のことはせぬ。リンダ、それがわしの答えだ」
 反論できなかった。嫌だったが、ガトーの言うことが理解できてしまったからだ。
 魔道が本来人の手に余る力である、とは父ミロアの口癖だった。その魔道の開祖であるガトーは、まさに人知を超越した力の持ち主なのだろう。
 そんな者が表舞台に出てくれば、普通の人間たちの運\命など滅茶苦茶になる。それを慎もうという態度は、理解できてしまう。
 だが、何か違和感があった。その正体がわからず、リンダは迷う。
「ガトー様のおっしゃる通りだと思います。でも」
 マルスの目に、迷いやためらいは見えなかった。マリクにウェンデルも、驚いた顔でマルスを見ている。
「ミシェイル王子はミネルバ王女と戦った際、王女の槍に自ら進んで貫かれたそうです。確かに王子の罪は重いでしょうが、王女への気持ちは、それは人間の愚かさでしょうか」
「一分の情を信じたいと言うのか、マルスよ」
「おっしゃる通り、人間は愚かで、弱い面を多々持っています。ですがそれでも懸命に生きて、少しでもよりよい明日を目指しているのだと思います。ただ罪を償うためだけに生きているのではありません」
 ガトーはわずかに微笑んだ。その笑みには、優しさが感じられた。
「心からそう信じているのならば、その道を歩むがよい。そなたがアンリの再来となれるかどうか、わしはもう少し見させてもらおう」

「ガトー様のおっしゃるには、ガーネフは古代都市テーベにいるそうだ」
 軍議の席で、マルスは言った。
「テーベ……あの、死の砂漠の先にあると言われる太古の町ですか?」
 マリクの問いに、うん、とマルスはうなずいた。
「死の砂漠を越えて、その後ガーネフと戦うんじゃ苦しすぎる。だからガトー様は、50人ぐらいまでなら、ワープの魔法で直接テーベに送ってくださるそうだ。この軍議ではテーベに向かう者の人選と、残った者に任せるドルーアとの決戦準備について決めたい。
 でも、まずは」
 マルスの取り出した魔道書に、リンダは表情を変えた。
 オーラとは違う、光の力があふれている。オーラが闇を打ち砕く力強さを感じさせるのに対し、その魔道書には闇から守ってくれそうな優しさを感じる。
「ガトー様からいただいた、スターライトの魔法だ。これを持ってガーネフと戦う者を、まず選ばないとね」
「私が!」
「僕が!」
 同時に立候補したマリクを、グッとにらみつけた。
「ガーネフはお父様の仇よ。私がやるわ」
「アリティアはガーネフの策略で滅亡したんだ。僕にとってもガーネフは仇だよ」
「ウェンデル司祭はどう思われます?」
 静かに聞くマルスに、ウェンデルも静かに答えた。
「魔道書の扱いについては、もうわしはこの2人に及びません。どちらかに任せるのは構わぬと思いますが、それをどちらにするかは……」
「うん」
 少し考えて、マルスは結論を出した。
「ガーネフ配下の魔道士とも戦わなきゃならないだろうから、どっちにしろマリクもリンダも参戦してもらうよ。どちらがスターライトを使うかは、2人で話し合って決めてくれないかな。まだ数日は動かないから」
「……わかりました」
 リンダは、この場ではこう言うしかなかった。

 マケドニアの城下町。その外れの広い丘に、リンダとマリクは来ていた。
 余人を介さず話をするため、とだけマリクには言ってある。リンダには、他にもう1つの理由があったが。
「あたしは早くに母を亡くして、肉親はお父様1人だけだった。そりゃ、家には使用人がいて、みんな優しかったけどね」
 こういう話を他人にしたことはない。こんな機会がなければ、これから先も、ずっと誰にも話さなかったかもしれない。
「あたし、お父様が本当に好きだった。父親としても、魔道士としても憧れてた。
 今でもその気持ちは変わってないわ。ガトー様は確かにすごい魔力を持ってるし、力はお父様より上なんだろうけど、それでもあたしの一番はお父様なの」
「……わかるよ。リンダほど強い想いじゃないだろうけど、僕もウェンデル先生を他の誰よりも尊敬してる」
「ガトー様はああ言ったけど、オーラを持っていたお父様は、ガーネフにも決して負けてなかった。負けたのはあたしがのこのこ出ていって、お父様の足を引っ張ったから」
「それは」
「違わないの。あたしのせいよ」
 父が闇に喰われる様を、リンダははっきり記憶している。今でもしばしば夢に出る。
「あたしはガーネフを殺したい。お父様の仇が取りたい。お願い、スターライトをあたしにちょうだい」
「……ミロア様は、きっとそんなこと望んでないよ。リンダが幸せに生きてくれることを望んで、だからリンダをかばったんだろ」
「幸せなんてないわ」
 思わず泣きそうになり、リンダはマリクに背を向けた。
「あたしだって、一生憎しみだけで生きるつもりはない。でもこの決着だけはつけないと、なにも始まらないのよ。……たとえお父様が望んでなくても」
「……ごめん。それでも、リンダにスターライトは渡せないよ」
「なんで!?」
 涙を隠さず振り向いた。泣き顔を見られるぐらい構わない。マリクをにらみつけて、本心を聞き出すためには。
「エリス王女は、今でも僕の憧れなんだ」
 それは意外な答えだった。リンダの心が少し揺れる。
「ガーネフの下にエリス王女がいるなら、僕の手で助け出したい。僕が強くなったって証をお見せしたいんだ。僕はマルス様とエリス様のために、魔道を志したんだから」
「なによそれ。ホントにそんなくだらない理由で、あたしにスターライトを渡さないって言うの?」
「どう思おうと、僕にとっては大事な理由だ」
「そう。じゃあ仕方ないわ」
 リンダは懐からオーラの魔道書を取り出した。
「ここなら人目はないけど、町は近いからすぐ人は呼べる。広さも充分だしね」
「リンダ……?」
「マリクが戦えなくなれば、必然的に、スターライトはあたしのものになるでしょ。
 さあ、エクスカリバーを出してよ。丸腰の相手を倒すわけにはいかないわ」
「本気なの?」
「本気よ。どっちが大怪我しても、すぐ人を呼べるから大丈夫よ。さ、戦いましょ」
 少しにらみ合ってから、マリクが答えた。
「僕はリンダとは戦えないよ」
「わかった。悪いわね」
 オーラの魔法を発動させた。マリクを直撃する狙いで、ただし威力は抑えて。

 2人の戦いをたまたま上空から見つけたペガサスナイトの知らせで、マルスは丘へと急いだ。
 マリクの服は、かなりボロボロになっていた。リンダのほうはきれいだったが、息を切らしているのは双方同じだ。
「やめるんだ、2人とも!」
 接近に全く気づいてなかったのか、2人とも驚いてこちらを見た。
「どういうことなんだい、これは?」
 聞くと、リンダが口を開きかけた。
 だがその前にマリクが割って入った。リンダに言わせないようにしてると、マルスには感じられた。
「スターライトをどちらが使うか決めるため、模擬戦を行っていたんです。お騒がせしてすみません」
「……ケガはあまりないみたいだね。それで、どちらがスターライトを使うか決まったの?」
「はい。僕は辞退して、リンダに任せます」
 その時リンダが驚いたのを、マルスは見逃さなかった。
「それでいいの? リンダ」
「え……。はい、私に任せてください」
「うん、2人で決めたならそれでいい。じゃあガーネフと戦うのはリンダということで、後でまた細かい作戦を決めよう」
 話が終わると、リンダはさっさと1人で丘を降りていった。マルスはマリクと一緒に戻る。
「本当にいいのかい、マリク」
 マリクがなにかを隠していると、マルスは見抜いていた。元々こういう勘は鋭いし、まして親友のマリクのことなら大体わかる。
「マルス様、以前おっしゃってましたよね。純粋に、憎しみだけをずっと抱き続けるのは難しいって」
「ああ、グラのことだね」
 グラ王国はアリティアの兄弟国でありながら、ドルーア侵攻時は突如裏切り、アリティア軍を背後から攻めて壊滅させた。マルスにとっては、長い間父の仇だった。
「でも僕はお人よしなんだろうね。いつしか、どうしても憎み切れなくなってたんだ。
 ジオル王もグラ1国の王として、いろいろ苦しむところがあったんだと思うし。僕はシーマ王女とも昔会ってるから、たとえば僕が怒りに任せてグラを滅ぼしたら、今度は彼女が僕のようになるのかな、とか思って」
「そのお考え、間違ってないと思います」
「ありがとう」
 マリクはいつも、マルスのやることを認めてくれる。彼のような仲間が大勢いることを、マルスは心から感謝していた。
「リンダも、決して憎しみを永遠に抱ける子じゃないはずなんです。でもリンダのガーネフへの思いは、もう単なる父の仇ってだけじゃなくなってる。ほとんど、リンダの生きる目的みたいになってるんだって、戦ってて感じたんです」
「だから、譲るしかしょうがないって?」
「ええ。本人も言ってましたけど、ガーネフとの決着をつけない限り、リンダは新たな一歩を踏み出せないでしょうから」
「でもできたら、リンダを戦わせたくはないんだろ」
 マリクは寂しそうに笑った。
「僕も実際に喰らってわかりましたけど、マフーは本当に恐ろしい魔法です。あれと戦わせたくはないですね」
「大丈夫だよ。リンダは1人で戦うわけじゃない。僕たちは見てるだけになるだろうけど、きっとリンダは、マリクや僕たちが後ろにいることを心強く思ってくれるさ」
「そうですね」
 あっさりしすぎるマリクの答えに、マルスは別の予感を浮かべた。
「マリク、無茶は絶対だめだよ」
「……はい。マルス様に隠し事はできませんね」
 2人、笑った。
 マリクがなにかを決めたのなら、マルスはそれを力ずくで覆すつもりはない。マリクは部下ではなく、友達なのだから。
 ただ、彼の無事は願う。

[4 楼] | Posted:2004-05-20 15:54| 顶端
卡奥斯·克斯拉



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くだらない喜劇だった。たとえここが、命をかけている舞台であっても。
 テーベに乗\り込んでみれば、ガーネフが大勢いた。どれも同じ顔で、同じローブをまとい、同じ魔力で攻撃してくる。
 だがマフーを使ってこない以上、それらは偽者だ。この期に及んでのこういう小細工が、リンダの神経をまた逆なでする。
「どけ!」
 オーラの光が偽ガーネフの1人を包み、消滅させる。隣にいたもう1人を、マリクのエクスカリバーが切り裂いていた。
「リンダは力を温存する作戦だろ! 本物が出るまで下がって!」
「……そうね」
 リンダが下がり、代わりに解放軍の精鋭たちが前に出る。
 傭兵に騎士に弓兵。職種は様々だが、いずれもまさに精鋭中の精鋭だ。
 偽ガーネフたちも決して弱くはないが、こちらの精鋭部隊の敵ではなかった。次々に倒されていく。
 その時、闇が動いた。
「ガーネフ!」
 再びリンダが前に出る。強烈な闇をまとった姿は、間違いない、本物のガーネフだ。
「ふぁふぁふぁ……ミロアの娘、性懲りもなく来たか。少しはオーラを使いこなせるようになったか?」
「ガーネフ、もうドルーアに未来はない」
 マルスが進み出てきて言った。もう他の敵はあらかた片付いている。
「ふふふ……ドルーアの未来などどうでもよいわ。マフーとファルシオンがある限り、メディウスといえどわしに逆らえぬ。マムクートの帝国が滅べば、わしが1人で大陸を支配するまでよ」
「うぬぼれるな、ガーネフ!」
 リンダはオーラの魔道書をしまい、スターライトを取り出した。そして、発動させる。
 宇宙が広がった。星の瞬きが暗黒\を照らす、明るい宇宙。星の光の1つ1つが、ガーネフの闇に突き刺さる。
「スターライトだと! 完成させていたのか!」
「どうしたの、ご自慢のマフーは! もうあんたも終わりよ!」
「ふん……うぬぼれているのはお前ではないか? ミロアの娘」
 闇が強まり、星の光を消し去った。そのまま、闇がリンダを飲み込む。
「あっ……?」
「たとえスターライトを使っても、お前程度の魔力でわしは倒せぬ」
 3度目となる幻想が広がった。相変わらず芸のない、処刑台のビジョンだ。
 しかし何度見ても慣れはしない。知っている者たち、愛した者たちの血と肉片の散らばる地獄になど、慣れようはずがない。
 ミロアが死んでいる。実際、とっくの昔に死んではいるが、幻想の中で繰り返し死ぬ。考え得る限り無残な死に様で。
 同じように、ニーナが、マリクが、ジョルジュが、ミディアが。彼らは何度でも最低な死に方を見せ、何度でも生き返る。永遠に安楽を約束されない、無間地獄の環の中にいる。
(うるさい、消えろ!)
 かろうじて絶叫する。しかしビジョンは動かない。また目の前で、父が死んだ。

 闇は突然晴れた。過去2回もそうだった。2回とも他人に助けてもらった。
 1回目の時は父が死んだ。2回目の時はマリクが傷を負った。
 今、3回目もマリクだった。リンダの前に立ち、闇を一身に受けている。
(あたしは、何なの)
 ただ他人を犠牲にして生き残るために、ここまで来たわけじゃない。無間地獄と言うなら、その原因は進歩のない自分にこそ認めるべきだ。
「スターライト!」
 再び星の光の魔法を発動させる。全身の力を残さず集中し、それでいて澄んだ心境で。
 無数の星の屑がガーネフを貫いた。幻想ではない。間違いなく、マフーの闇を突き破っている。
「く、ぬかったわ……」
 あっけない最期の言葉だった。ガーネフは倒れ、その体は黒\い霧となって消え失せた。
 後に残ったローブが風で飛べば、そこには1本の光の剣が落ちているのみ。
「ファルシオンか」
 マルスが近づき、拾って鞘から抜いた。
 光が漏れた。オーラともスターライトともまた違う光。より鋭く、より攻撃的な光の形だった。
「ありがとう、リンダ。おかげでファルシオンが取り戻せたよ」
「……私、勝ったんですか」
「うん、君は勝ったんだ。みんな、見ての通りだ! ガーネフは倒れ、ファルシオンは僕たちの手に戻った!」
 マルスの宣言に、生き残った戦士たちの歓声が上がった。リンダはまだ、呆然としていた。
「……マリク?」
 そのマルスのつぶやきに、意識が動き出した。マリクは倒れたまま動かない。
「レナ、無事か!? 急いで来てくれ!」
 やって来たレナは、マリクの表情を見るや、顔色を変えた。
「……レナ、どうしたんだ? マリクは……」
「マルス様……」
 レナはつらそうにうつむくだけだった。周りの歓声も、いつの間にかやんでいた。
 沈黙を破ったのは、奥の扉の開く音だった。中から出てきたのは、少しやつれてはいるものの美しい、マルスにどことなく似た女性だった。
「これは、どうしたの? ……マルス!」
「姉上……」
 マルスの顔に、再会の喜びは見えなかった。

 数日経っても、仇を討てた歓喜の感情など湧きはしなかった。
 マリクの死体はブリザーの魔法で冷凍保存され、軍中をゆっくり進んでいる。
 魔法をかけたのはウェンデルだった。リンダには、とてもする気が起きなかった。
 ウェンデルとてつらかっただろうとは、後で想像はしてみた。それでも、自分が代わるべきだったとは思わない。


「ガーネフが私をさらったのは、このオームの杖の力を手に入れるためです」
 助け出されたエリス王女は、軍幹部たちの前で、その杖を見せた。
「ガトー様よりいただいたこの杖は、死者の魂を呼び戻す力があります。精霊との契約に基づき、私以外の者には使えません」
「死者の魂を?」
 繰り返して尋ねたマルスの気持ちは、そこにいた全員にわかった。
「ええ。ただし肉体がなるべくきれいな状態であること、これが絶対条件です。受け入れる器が壊れていては、魂を呼び戻すことはかないません」
 それで、マリクの死体は冷凍保存された。幸いと言うべきか、マフーによる精神的な死であるため外傷はない。
「それと残念ながら、今のオームの杖は1回しか使用できません。……ガーネフが私に強制して、すでに何度も使わせていますから。時間を置けば、また杖の魔力も戻るのですが」
「マリクを復活させれば、他の死者はよみがえらせられない、ということですか」
「ええ」
 聞いたマルスは、幹部全員に尋ねた。
「テーベの戦いで死んだのはマリクだけじゃない。……もし、マリク以上に勝利に貢献した死者がいるなら、その者を助けたいと思う」
 マルスの偉大さを、リンダは思った。そんな決断ができるなんて。
 しばらくは、誰もなにも言わなかった。やがて、レナが進み出る。
「他の死者は、いずれも体に深い傷を負っています。おそらくオームの魔力をもってしても、復活は難しいのではないでしょうか」
 続けて、傭兵隊長のオグマが発言した。彼はテーベ戦において、マルスに次ぐ副指令格でもあった。
「ガーネフを倒せたのは、マリクがリンダをかばったからでしょう。彼を生き返らせることに文句を言う者などいませんよ。テーベで死んだ他の者たちも含めて」
「……ありがとう」
 マルスは微笑して礼を言った。

 メディウスの本拠地であるドルーアに、祭壇があった。
 オームで復活の儀式を行うには、その祭壇でなければならないと言う。捕らえられていたエリスは、何度かガーネフに連れられここに来たことがあった。
 ここでなければならない理由ははっきりしない。地脈の集まる場所だから、という説が強いが、曖昧なものだ。魔道の歴史は浅く、大陸に多々存在する神秘の全てを解き明かすまでには、まだまだ成熟していない。
 巨大な力を持つ竜の大軍でさえ、今の解放軍の敵ではなかった。特に神竜の力を持つチキと、「竜殺し」 ファルシオンを手に入れたマルスの活躍が大きかった。
 リンダは戦闘に出ず、ニーナやエリスらと共に後方にいた。
「……ずいぶん落ち着いていらっしゃいますね」
「え?」
 わからない、という顔をエリスはした。
「マリクが死んでるのに、そんなに落ち着いていられるものですか? オームの杖でも、確実に生き返るとは限らないんでしょう」
「リンダ、失礼ですよ」
 ニーナにたしなめられた。しかしいつだって、リンダは失礼を承知でものを言っている。
 だが、エリスはなにも答えなかった。

 戦闘がまだ続いている中、リンダたちは少数の護衛と共に、祭壇へと登っていた。
 マリクの死体が運\ばれ、台座の中央に置かれる。重ねがけしたブリザーにより、体は氷で覆われていた。
「リンダ、氷を溶かしてくれますか」
「……はい」
 何となくエリスは嫌いだったが、ここで逆らう意味はない。
 近寄り、マリクを見下ろした。氷の中で、彼は相変わらずきれいな顔をしている。表情は苦痛でゆがんだままになっていたけど。
 得意とする炎の魔法を、加減して放った。水蒸気が急激に立ち、どんどん氷が溶けてゆく。
 やがてリンダは魔法を止めた。氷は完全に溶け、マリクの肌にも服にも焦げ跡1つついていない。
「終わりました」
「ありがとう。では、復活の儀式を行います」
 リンダが下がり、エリスが代わりにマリクのそばに立った。
 掲げられたオームの杖に、光の魔力が集まっていく。通常の魔法とは違い、発動までに時間がかかる。
 不安になりつつエリスを見ていたが、彼女の集中力は途切れる気配を見せない。巨大な魔力を制御する難しさは、リンダはよくわかっている。エリスはシスターとして凡庸ではなさそうだった。
 やがて、魔力が満ちたらしい。杖がゆっくりと下がり、マリクの体にかざされた。
 莫大な生命エネルギーがマリクの体に注ぎ込まれる様は、リンダも感動を禁じ得なかった。ふと、父のことを思い出した。
 魔道が人々に感動を与えるのは、破壊の力ではなく、癒しの力を使った時だ。幼い頃、病人を見た目にもわかるほど一瞬で回復させ、本人や家族から感謝の言葉を受け取っていた父を、リンダはまぶしく見ていたものだ。
 ああいう父が好きだったはずなのに、自分はなぜシスターでなく魔道士になったのだろう。今まで考えもしなかった疑問が、心に湧いた。
 気づくと、オームの杖から光は消えていた。エリスはじっと立っている。
 やがて、マリクがゆっくりと起き上がった。リンダの角度からは、エリスを見て呆然としているマリクの表情がはっきりと見える。
「マリク……よかった」
 エリスが涙声で言い、マリクに抱きついた。マリクは事態を把握してはいないようだが、ぎこちなくエリスを抱き返していた。
 反射的にリンダは背を向け、祭壇を降りた。
「リンダ」
「前線に行ってきます。まだてこずってるかもしれませんし、マリクが生き返ったことを知らせれば、みんな喜ぶでしょ」
 そんな表層的な理由を述べて、ニーナが信じるとは思っていない。
 でも、本当の理由を言えと言われたって、リンダ自身よくわからなかった。ただ、こんな所にはもういたくなかった。

 ドルーア城外部の敵を一掃し、解放軍はいよいよ城内に攻め込むことになった。
「マリクはまだだめよ。生き返ったばかりなのに」
 出撃準備をしているマリクに、エリスはそう言って止めた。
「大丈夫ですよ。体も魔力も完全に戻ってます」
「でも……もし今度万が一のことがあれば、もう復活はできないのよ」
「エリス様、僕は死ぬつもりで戦ってきたわけじゃありません。ガーネフのことはさておき、それまではずっと生き残ってきたんですから」
「わかるわ。でも」
「エリス様、私たち魔道士は戦いが仕事です。エリス様たちシスターは、私たちが傷ついた時の治療だけお願いします」
 自分が邪魔者であるのは承知だったが、リンダは口を挟んだ。
「そうですよ、エリス様。それに僕は、エリス様に代わってマルス様を守らないといけないでしょう?」
「……いいえ、私はマルスを守ってなどいないわ。あの子を守ってくれたのは、ずっとマリクだった。あなたがいなければ、あの子もきっとここまで来れなかったわ」
 エリスはマリクの手を握り、彼の目をまっすぐ見つめた。
「絶対に生きて帰ってね。マリクも、マルスも」
 その目は、リンダに対しても優しく向けられた。
「リンダも、気をつけて」
「……はい」
 ありがとうございます、と言うのもしゃくだった。馬鹿な感情だとは承知しているが、エリス王女に心配される義理はない、そんな気分だった。
(なんでこんなに嫌ってるんだろ?)
 そう自問してみれば、深く悩む必要もない。性格上の相性などは小さなことで、要は、マリクを自分のもののように思ってる態度が気に入らないのだ。
 さらに一歩考えを深めるまでには、リンダはまだ至らない。ただ、自嘲混じりにこう思うだけだ。
(そりゃ、あたしがシスターにならなかったわけだわ。こんな性格の悪いシスターなんていないものね)

 城というものは、多かれ少なかれ迷路のように設計されている。敵に攻め込まれた時に迷わすために。
 解放軍が今まで攻め落としてきた城については、いずれも城内の構造を事前に入手できた。別に密偵の力によらずとも、各国の王族が加わっている解放軍には、その種の情報は存分にあったからだ。
 だがさすがに、ドルーア城については構造を知っている者などおらず、密偵を忍び込ませるのも不可能だった。
 ミネルバと、元グルニアの将軍であるロレンスの2人だけが、ドルーアに所属していた頃、軍議のために1度訪れたことがあった。それだけのことで、当然城内の細部までは知り得ない。
 それゆえ解放軍は、四方の門から一斉に突入し、後は城内で臨機応変に対処するという、多少運\任せの作戦を取るしかなかった。
 しかしドルーア城は、おそらく戦闘以外の目的で作られていないのだろうが、まさに迷路そのものの構造だった。四方の門から入ると、互いになかなか連絡が取れず、通路のあちこちには頑丈な門が作られており、精強の伏兵が待ち構えていた。
 ジョルジュ率いるアカネイア隊の魔道士として参戦したリンダは、敵の強さよりも通路の複雑さに辟易した。この決戦に参加し、戦後生き残った者は、ほとんどが同じようなことを語った。
 それでも部隊は着実に進み、ついに他の3軍と合流する。
 そしていよいよ、メディウスのいる王の間に踏み込んだ。

 ドルーア領からすでにそうだったが、城内、そしてこの王の間に進むにつれ、闇の気配はますます濃厚になった。
 周りにいるのは歴戦の勇士ばかりだが、それでもみんな不快さを隠せずにいる。マフーの強烈な闇を経験しているリンダでさえ、ここの空気は決して楽なものではなかった。
 ただ、先頭に立っているマルスのファルシオンが、闇を心持ち薄めてくれているように感じる。
 角を曲がると、そこに玉座があり、老人がいた。
 リンダは拍子抜けした。それがメディウスであることは間違いないはずだが、恐怖も威圧感も感じない。それは、少々迫力があるだけの老人にすぎなかった。
「似ておるな」
 老人の言葉は、マルスに向けられたものだ。
「ファルシオンを持つその姿は、アンリを思い起こさせる。やつは強かった」
「メディウス、もうお前に復活はさせない。この場で消滅してもらう」
「ふん……外見が似ていても、さて、お前にアンリほどの力があるか?」
 取り出した竜石が光り、メディウスは変貌した。
 自分の勘の甘さをリンダは認めた。現れた竜は、ガーネフ以上の力を感じさせた。
 今まで出会ってきた火竜や魔竜、そしてチキが姿を変えた神竜とも全く違う。巨大な爬虫類のような単純な、だがそれゆえに禍々しい姿だった。
 あまりに重すぎるのか、腰までが地面に沈み、腕にも見える2本の前足から上が地上に出ている。天井は通常の城よりずっと高く作られているため、ぶつかることはなかったが。
「行くぞ!」
 マルスの声で、全員が動き出した。
 剣が、槍が、矢がメディウスの体に当たる。だが、そのほとんどは皮膚に弾かれ傷1つつけられない。
 ジョルジュのパルティア、アストリアのメリクルソード、ハーディンのグラディウスというアカネイア三種の神器だけが、かろうじてメディウスに血を流させた。しかし並の竜族なら一撃で倒すそれらの武器も、メディウスの前には本来の力が発揮できずにいるようだった。
 ずっとだまって攻撃を受けていたメディウスが、ゆっくりと口を開き、ブレスを吐いた。
 マフーのように強烈な、それでいてマフー以上に純粋な闇の波動が、かわしそこねた数人の戦士を飲み込んだ。後には人間の痕跡すら残らなかった。
「化け物!」
 リンダがオーラを、同時にマリクがエクスカリバーを放つ。だがこの2つの高位魔法ですらメディウスには通用しなかった。
 メディウスの口が、こちらに向けられる。マフーとは違う、純粋な力への恐怖に、リンダは震えた。
「みんな下がれ!」
 マルスの叫び声と共に、まばゆい光が発した。
 華奢にも見えるファルシオンの刀身が、メディウスの腕に確かな傷口を作っていた。メディウスが咆哮する。
 全員距離を置き、マルスとメディウスの戦いを見守っていた。人を瞬時に消し去るメディウスのブレスも、ファルシオンの光を破ることはできない。そしてマルスの剣は、確実にメディウスの生命力を奪っていく。
 近くからブレスを吐こうと、メディウスが顔を下げた時。ごくわずかなタイミングだったが、マルスは見逃さず、メディウスの顔に駆け上った。
 ファルシオンがメディウスのひたいに刺さり、これまでで最も強い光を放った。
 光の中、目を細めて見ると、メディウスの姿が溶けていくのが見えた。ガーネフと似たような消滅の仕方だった。闇が光に屈する時は、このようになるものなのだろうか。
 メディウスが完全に消え、剣を収めたマルスは、見守る戦士たちに笑いかけた。
 歓声が上がった。リンダもマリクと手を合わせ、歓声の仲間に加わった。
 闇の気配が急激に薄れていく様が、嬉しかった。

 戦いが終わり、戦後処理について各国首脳陣の間で話し合いの席が持たれた。
 リンダはそれには関係しない。この場合ニーナのそばで彼女を支えるのは、ボアとジョルジュ、ミディアの役目だった。
 ただ1つ、仕事とも呼べない仕事がある。それを果たすべく、リンダはマリクと共に外に出た。

「はい、管理よろしくね」
「うん。……でもいいの?」
「ええ、スターライトは形見でもなんでもないし。魔道士組織の崩壊したパレスより、カダインで預かってもらうほうが安全だもの」
 マリクはまたカダインに戻り、ウェンデルの下でカダイン復興に努力することが決まっていた。そしてリンダは、ニーナに従いパレスに帰る。
「そうだ。言い忘れてたけど、リンダ、仇が討てておめでとう」
「……バカね」
 笑うと、マリクは不思議そうな顔をした。
「あの時マリクは死んだんじゃない。なのに、おめでとう、なんて」
「まあいいじゃないか、ちゃんとこうして生き返ったんだし」
「エリス王女のおかげでね」
 言って、リンダはだまった。どうも気まずくなっている。
 少なくとも、もう今までのように頻繁には会えなくなるというのに。
 空気を変えようとしたのは、マリクが先だった。
「リンダはパレスに帰ったら、ニーナ様付きの女官になるんだっけ?」
「そうよ。でもお許しが出たら、パレス魔道宮の復興にも携わりたいわ。あそこはお父様が作った、あたしにとっても思い出の深い場所だから」
「そっか、だったら案外早いうちにまた会えるかもね。カダインから、教師として何人か魔道士を送ることになるだろうから」
「ああ、そうね。そうだわ」
 リンダは途端に嬉しくなった。もしリンダが魔道宮の教師の1人になれたら、それに釣り合うレベルとして、マリクが派遣されてくる可能性もあるのだ。
「ならやめるわ」
「なにを?」
「『さよなら』ってあいさつよ。『また会いましょう』、マリク」
「うん。また会おう、リンダ」
 リンダとマリクは、ギュッと握手した。

 馬車の中には、ニーナとリンダの2人だけが乗\っていた。
 すでにパレスが近く、周りにいるのはアカネイアの人間だけになっている。解放軍は解散し、みんなそれぞれの行くべき場所に去っていった。
「楽しそうね、リンダ」
「だって、久しぶりのパレスですよ。それも、もう戦争が終わって、平和になったパレス!」
 浮かれて言ったリンダは、口をつぐんだ。ニーナの顔に、心の底からの明るさは感じられない。
「……すいません、ニーナ様。ニーナ様はこれからが大変なのに」
「いいわよ、リンダまで一緒に暗くなることはないわ。
 私は本当に嬉しいんです。リンダは、ガーネフを倒したらそれで生きる活力を失ってしまうんじゃないかって、ちょっと心配だったの。でもこんなに明るくなって」
「そうですね。自分でも、ちょっと意外でした」
 正直な気持ちを言った。
 ガーネフを倒すことが、自分の全てだったはずだ。なのにいつの間にか、それ以外のものが自分の中に生まれている。
「ニーナ様、今まで私勝手ばかりしてましたけど、今後はニーナ様のお役にしっかり立たせてもらいます。私は父に比べれば全然未熟ですけど、どうか頼ってくださいね」
「ええ、私はいつだってリンダを頼りにしてますよ」
 やっとニーナの本物の笑顔が見れて、リンダは笑った。

 こうして、5年の長きに渡った暗黒\戦争は幕を閉じた。
 後に英雄戦争と呼ばれる、より悲惨な戦いの始まりは、これよりほんの1年余り先にすぎない。

[5 楼] | Posted:2004-05-20 15:55| 顶端
LT616



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转外语学园...
[6 楼] | Posted:2004-05-20 15:58| 顶端
Raffin

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日站挺多的,上次我看到过一篇名为飞龙之笛的同人小说。
[7 楼] | Posted:2004-05-20 22:28| 顶端

火花天龙剑 -> 火炎之纹章




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