卡奥斯·克斯拉
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一連の仮政策の実施を終え、解放軍はパレスを発った。 ニーナにはパレスへ残るよう要請もあったが、彼女は拒否した。戦いの行く末を最後まで見届けたい、と言う。 側近であるリンダは、当然同行した。たとえニーナが残っても、リンダは1人で軍についていくつもりだったが。 解放軍が最初に向かったのは、グラ王国だ。 グラはかつて、マルスの祖国アリティアと同盟を結んでいたが、3年前の戦いではアリティアを裏切って崩壊させた因縁の相手だ。また、ドルーアに投降したアカネイア兵が多く使われている場所でもある。 彼らの大半は、家族や友人を人質に取られていたため、仕方なくドルーアに降った者たちだ。それゆえ、解放軍の先鋒はミディアたちアカネイア勢が務めた。彼らの姿を見れば、敵陣のアカネイア兵たちも戻ってくるだろうと思ったからだ。 事実、多くの者が戻ってきた。その中にはアストリアもおり、リンダはジョルジュたちと一緒に喜んだ。 だがミディアのように、心の底からは喜べない。リンダにとってアストリアは、友人の1人ではあっても、それ以上の存在ではなかったから。 リンダが1番会いたい人とは、もう決して会うことはできない。だが2番目に会いたい仇とは、あるいはもうじき会える。 グラを解放した解放軍が、次に向かう場所はカダインと決まったからだ。
「はっきりわからないが、どうやらガーネフは今、カダインにいるらしい」 マルスの言葉に、軍議に出ている全員に緊張が走った。 「カダインは元々独立都市だし、潜在的な軍事力は計り知れない。だから攻略しようとは思わないし、深入りもしない。今回の作戦の目的は、あくまでガーネフからファルシオンを奪い返すことだ」 100年前の戦いで暗黒\竜メディウスを滅ぼした神剣ファルシオンは、持ち主のアンリが建国したアリティア王国で保管されていた。 だが3年前の戦いでアリティアは滅び、ファルシオンはガーネフの手に落ちた。この剣がなければ、メディウスを倒すことはできないだろう。 「ガーネフの魔法マフーは、メディウスでさえも破ることができないとうわさに聞いている。ウェンデル司祭、それは本当なのか?」 マルスと並び解放軍のリーダー格であるハーディンが、ウェンデルに尋ねた。 「マフーはガーネフが自ら編み出した魔法です。それゆえ詳しい力はわかりませんが、光と闇の高位魔法の威力は、通常の魔法とは比べものになりません。ガーネフ自身の魔力も考えれば、倒すのは困難だと思われます」 「……でも戦いを避けるわけにはいきません。ファルシオンがない限り、ドルーア打倒はかないませんから」 マルスがこう言えば、決意は揺るがないとみんな知っている。柔弱そうに見えて、芯は恐ろしく堅い王子だ。 「私にやらせてください」 隣のリンダの発言に、マリクはドキッとした。 予想してなかったわけではない。立候補するだろうとは思っていたが、できればその予感が外れてほしかった。 「私は一度マフーを受けて、どんなものかは多少知っています。それにオーラの魔法なら、マフーにも力負けしません」 「マフーはどんな魔法なんだ?」 マルスが聞くと、リンダはわずかに顔をしかめた。 「……恐怖、かな。いえ、もっと複雑な闇の感情を、心の中でかき回されるような。体の中から自分が喰われていくように感じるんです」 マリクは震えた。魔道を修めている彼には、リンダの言わんとすることがなんとなく実感できる。 「マフーとオーラが互角でも、リンダはガーネフほどの力がないよね」 「力はなくても、私は死ぬ気で戦います」 「死なれたら困るよ」 マルスと目が合い、マリクは進み出た。 「マルス様、僕にリンダのサポートをさせてください。2人でなら、なんとか戦えるかもしれません」 「無理よ!」 リンダは血相を変えた。 「オーラならともかく、他の魔法であのマフーと戦えっこないわ」 「でもエクスカリバーだって高位魔法だ。少なくとも足手まといにはならないはずだよ」 「ダメよ。私が1人で戦うほうがよっぽどマシだわ」 リンダの視線を、マリクはまっすぐ受け止めた。気持ちはわかる。わかるけど、ここで引くわけにはいかない。 「正直私は、1人でも2人でも戦わせたくありません。今のリンダとマリクの力では、いかなる魔法を使ってもガーネフに歯が立たないでしょう」 ウェンデルはきっぱり言った。多分、それが真実だろう。 「しかしどうしても戦うと言うなら、高位魔法を使えるこの2人以外ではなにもできないのも事実です。私はせめて、Mシールドで2人の身を守るとしましょう」 「すみません、司祭」 マルスは頭を下げた。
主力がカダイン攻略を行っている間、リンダとマリク、ウェンデルは戦闘に参加せず、後方でガーネフが現れるのをじっと待っていた。 ガーネフほどの司祭がマフーのような大魔法を使えば、その魔力は必ず感知できる。今のところ、ガーネフは戦場に現れていない。 「先生、エルレーンたちは大丈夫でしょうか」 マリクが、リンダの知らない名を出した。恐らくカダインの知り合いだろう。 「マルス王子の挙兵後、ガーネフがカダインを留守にすることが多くなった。私はその隙をついて逃げ出したわけだが、エルレーンたちもそうしているはずだ。 逆に、今カダインに残っている魔道士は、ガーネフに忠誠\を誓う者だけであろうな。手ごわいだろう」 リンダには戦のことなどどうでもよかった。ガーネフだけだ。 巨大な闇の魔力を突然感じた。戦場の辺りからだ。 「来た!?」 マリクが叫んだ時、すでにリンダは走り出していた。 軍中を駆け抜け、最前線に出た。そこにいたのは間違いなく、あの男だ。 「ガーネフ!」 リンダの叫びに、ガーネフは顔を向ける。 が、それ以上の反応を見せない。覚えてないのだと直感し、リンダはカッとなった。 「待ってリンダ、マリクたちがまだ来てない」 近くにいたマルスが言った。彼を始め、最前線に出ていた指揮官クラスは、どうやらマフーを喰らってはいないようだ。 「マルス、よくここまで来たものよ。ほめてやるぞ」 ガーネフの声は、戦場に不気味に響いた。解放軍の兵士たちは、圧倒され沈黙している。 「ガーネフ、ファルシオンを返してもらう!」 「ふふふ……これか」 ガーネフは懐から1本の剣を出した。それを見て、マルスの表情が変わった。 本物を見たことのないリンダにも、それが神剣ファルシオンだとすぐにわかった。剣自体から強烈な光の力が感じられる。 「さすが、たいした剣よ。正直こうして持っているだけでもわしには苦しい。それでもお前に見せるために、わざわざ持ってきてやったのだがな」 「マルス様、お下がりください!」 やっとマリクがやって来た。すぐ後ろにウェンデルが続く。 「ウェンデル司祭、Mシールドをお願いします」 ウェンデルはうなずき、リンダにMシールドの杖をかざした。この魔法は、敵の魔法への抵抗力を一時的に高めてくれる。 かかり終わると、リンダはガーネフに向かって駆け出した。 「待てリンダ、まだ僕が……!」 マリクが叫ぶが無視した。最初から、ガーネフとは自分1人で戦うつもりでいる。 ガーネフはファルシオンをしまい、ニヤニヤと笑っている。たった1人で解放軍の精鋭と対峙しながら、全く焦っていない。自分の力に圧倒的な自信を持っているのだろう。 そのうぬぼれを、消し去ってやりたかった。 「ガーネフ!」 叫び、オーラの魔法を放つ。 すでにグラ戦で1度使い、威力のほどは理解していた。さすがに父の魔法だけあって、すさまじい威力だった。その時標的にした敵兵は、光の柱の中で完全に消滅した。 ガーネフも顔色を変えた。そこまでは満足すべき展開だった。 だがガーネフを包む闇の魔力は、オーラを完全に相殺した。リンダは全力で放ったというのに。 (そんな……) 「思い出したわ」 ガーネフが笑った。恐怖と、それ以上の怒りを起こさせる笑みだ。 「お前はミロアの娘だな。あの時オーラと共に消え、そのままのたれ死んだかと思っていたが。解放軍に加わっていたか」 「私は死なないわ。あんたの首を、お父様の墓前に捧げるまではね」 「勇ましいことだ。だが口だけではな」 カッとなり、もう一度オーラを放った。さっきは全力を出したつもりでも、どこか精神集中が乱れていたのかもしれない。今度は怒りながらも冷静に。 放った感触は完璧だった。今度こそ決まる。そう確信した。 だが一瞬の後、光を飲み込み迫る闇が、確信を恐怖に変えた。 パレスでまみえた時と同じ、暗い幻想が広がった。景色も似たようなものだ。見知った人間の血と肉塊が散らばり、強烈な死のにおいがリンダの臓腑を喰らおうとする。 自分の魔力はあの時より数段強くなり、Mシールドの守りもあるはずなのに、苦しさは全く変わらなかった。絶望しそうになった。 肉塊の中にマリクを見た。解放軍に入り、新たな友人ができたことで、心はかえって弱くなったのかもしれない。死んでほしくない人が増えてしまった。 風を感じた。死と闇と絶望しかないはずの空間で、その風の涼やかさは奇妙だった。 その奇妙さがリンダの意識を戻した。あの時、ミロアの声で正気に返れたように。 「リンダぁ!」 マリクのかざす両手から、すさまじい風が生まれていた。風が刃となり、ガーネフの闇に襲いかかる。エクスカリバーの魔法だ。 だがその風もすぐに消え、闇は今度はマリクを包んだ。表情の急激な変化に、マリクの見ている絶望が想像された。 闇を断つべく、三度オーラを放つ。けれど弱い。マフーに包まれた数秒の間に、リンダの魔力はごっそり奪われていた。 マフーは消えず、マリクは苦しんでいる。このままでは死ぬだろう。 (マリクが、死ぬ?) そう認識しても、なにもできなかった。 頭がぼんやりしている。怒りも焦りも、絶望すら生まれない。マフーの呪縛からいったん逃れても、回復するのは容易ではない。 解放軍の戦士たちが、ガーネフに一斉に突撃するのが見えた。無駄だ、と冷ややかに思っていた。まだ思考に感情は伴わない。 やはり無駄だった。闇は広がり、魔法への抵抗力を持たない戦士たちを次々に包み込んでいく。彼らのほとんどは、リンダやマリクほどあがくことができず、瞬時に精神が崩壊して倒れる。 彼らの死に意味があるとすれば、おかげでマリクへの呪縛が解けたことだ。倒れるマリクの体を、リンダは無意識に支え、やっと意識が戻ってくる。 「……だめ。だめ、みんな引いて!」 魔王ガーネフ。その呼び名は誇称ではなかった。群がる戦士たちを手も触れずに次々と殺していくその姿は、人の力を超えている。 全員が絶望の中にいた。もはや進むことも退くこともできず、ここでガーネフに殺されるしかない。逃れようのない死の予感に、戦士たちの動きは止まった。 だが。 「ふぉふぉふぉ……わかっただろう、マフーある限りわしは不滅なのだ。ミロアの娘よ、お前程度がオーラを持とうとも、わしの闇を破れはせん。 この場でお前たちを消してもよいが、わしも忙しい、今はこれで失礼しよう。マルスよ、せいぜいあがくがよい。この先どれだけ進もうとも、お前がアンリの再来となれはしないのだがな」 ワープの魔法で、ガーネフはどこかへ消えた。後には、心を失った数十の死体と、絶望を知った戦士たちが残された。
「こんな症状、見たことありません」 解放軍一のシスターであるレナは、マフーで傷ついた者たちについてそう言った。傷ではなく、症状と。 「外傷は全くないんです。体の中に、物凄い暗い気が渦巻いていて、それが体を弱らせているんです。信じられません」 「それで、みんな助かるの?」 マルスが不安そうに聞いた。 みんなと言っても、対象はマリクと他数名の戦士だけだ。マフーを喰らい、かろうじて生き延びたのはこれだけ。他の数十人は全員死んでしまった。 「マリクは大丈夫です。魔道士は魔法への抵抗力がありますし、マフーも途中で途切れたそうですから。意識もじきに戻ります」 リンダはホッとした。正直、彼が無事なら最低限それでいい。 だがマルスの表情はさほど緩まなかった。マルスにとって、マリクはかけがえのない親友だが、他の戦士たちもかけがえのない部下だ。 部下どころか、マルスという奇妙な王子は、兵卒を仲間として見ているふしがある。長年共に戦った者だけでなく、昨日今日入った新兵に対しても、だ。 「ですけど他の人たちは……難しいですね」 「そう」 マルスもレナも沈黙した。シスターであるレナにとっても、死にゆく者を救えないのは、苦痛でしかないのだろう。 「レナもマリアも、他のみんなも無理はしないでね」 看護班にそれだけ言って、マルスは出て行った。 マリクのことは少し気になったが、リンダはマルスを追って出た。自分にはどうせ、けが人の世話などろくにできない。 「マルス様、次にガーネフと戦う時は、私1人だけにやらせてください。オーラがある私以外じゃ、犠牲が増えるだけです」 「そうだね、マリクでもだめだったんだから。でも、リンダでもたいした違いはないんじゃないかな」 マルスは優しい。優しいが、静かな厳しさも兼ね備えている。 「今の状態じゃ、リンダにガーネフと戦ってもらうわけにはいかないよ。死なせるわけにはいかない」 「ですけど、ファルシオンは取り戻さないといけないでしょう?」 「うん。……それをどうするか、だね」 「ですから私が」 リンダはビクッとした。突然、魔力の波動が走った。 そして声が聞こえた。 「マルスよ」 老人の声だ。しかし弱々しくはない。穏やかな力強さと、どこか神々しささえ感じさせる。 父の声に、似てなくもない。 「……これは?」 「魔道で、どこかから話しかけてきているのだと思います」 「そうだ、ミロアの娘よ。わしは大賢者ガトー」 2人とも驚愕した。伝説の人物の名前だ。 「本来わしは、人間のすることには立ち入らぬつもりだったのだが。ガーネフはわしの弟子、それにマフーが生まれた責任の一端はわしにある。それゆえ、そなたを手助けしようと思ってな」 「責任、とは?」 「ミロアの娘。そなたはミロアとガーネフの確執を知っておるか」 「……いえ、あまり。父は昔のことを、ほとんどしゃべりませんでしたから」 「そうか。……だが、お前も知っておいたほうがよいだろう。 ミロアとガーネフは、わしの最も優秀な弟子だった。だがガーネフは心に弱さがあった。それゆえわしは、オーラとカダインをミロアに託したのだ。 しかしガーネフは妬み、わしとミロアに復讐しようとした。わしの下から闇のオーブを盗み出し、マフーを作った。ミロアの娘」 「リンダ、と申します。ガトー様」 父の付属品のように呼ばれるのは嫌だった。あまりに自分が惨めだった。 「そうか。リンダ、残念だがオーラではマフーを破ることはできん。たとえそなたがガーネフと互角の魔力を身につけてもな」 「そんな! オーラは光の高位魔法、あらゆる魔法の中でも最強の力を持つはずでしょう?」 「ガーネフはオーラを破るために、マフーを編み出したのだぞ」 確かに、道理ではある。 けれどそれでは、仇が永久に取れない。生きている意味がない。 ガトーの声は、マルスに向けられた。 「オーラを破るためのマフーであるように、マフーを破るための魔法もある。ただし、作るには星と光のオーブが必要だ」 「それはどこにあるのです?」 「カシミアのラーマン神殿だ。神殿は聖域となっており、闇の力は著しく弱まる。まして星と光のオーブには、ガーネフは決して触れることができん」 「ではそこに行きさえすれば」 「問題はないはずだが。ガーネフがそなたらを殺さず、平気で泳がせているからには、そちらにもすでに対抗策を打っていると見るべきだろうな」 「……わかりました。どのみち、グルニアとマケドニアにはカシミア海峡を通らねば行けません。2つのオーブを必ず手に入れます」 「うむ。時が来れば、わしはそなたらの前に姿を見せよう。 それとリンダ」 突然呼ばれ、リンダは緊張した。 「ミロアがもし生きておれば、望むのはガーネフを倒すことではなく、そなたが幸せに生きることのはずだ。ミロアを愛し、意志を継ぎたいと願うなら、何よりも自分の命を粗末にせぬことだ。よいか」 「……はい」 努めて、何も考えまいとした。大賢者は、あるいはこちらの心まで読むかもしれない。 それで会話は終わり、魔力の波動も消えた。リンダは心を解放した。 (なんで何もしてくれなかったの) 大賢者ガトーは、ミロアやガーネフ以上の魔力を持っているはずだ。しかも、マフーへの対抗策まで知っていた。 ならどうして、自ら出ていってガーネフを倒してくれなかったのか。オーラがマフーに勝てないと知っていたなら、なぜ父を見捨てたのか。 自分は何もしないくせに、勝手にミロアの心を語って、命を粗末にするな、などと言う。 (何が大賢者よ) 父がこの世で最も尊敬していた人物を、リンダは憎しみを込めて軽蔑した。
カダインの作戦が失敗した解放軍は、マルスの故郷アリティアの解放に向かった。 アリティアはマリクの故郷でもある。だがマリクは、意識は戻ったし普通に歩くこともできたが、戦いにはまだ不安があった。 本人は故郷の解放戦に加わりたがったが、マルスが許さなかった。それでニーナと共に後衛にいた。 代わりに、でもないが、王城アンリの奪回戦にはリンダが参加した。アリティアは解放された。
「すごい人気ね」 マルスのことだ。 王城アンリのバルコニーに姿を出したマルスに、アリティアの民衆\は歓声を上げている。それこそ、ニーナがパレスに入った時以上の興奮ぶりだ。 リンダはマルスと接しているし、彼の魅力もわかっていた。それでも、地元でこれほど好かれているとは想像もしてなかった。 だが。 「当然さ」 言葉通り、マリクはごく自然に肯定する。思わず笑うと、マリクが少し怒ったように、 「……なんだよ」 「素直ねって思って」 馬鹿にされたと思っているのか、マリクはムッとしている。普段ならこんなことで怒りはしないだろうが、アリティア解放戦に加われなかったのが、まだ気に入らないらしい。 もっとも、リンダはマリクを馬鹿になどしていない。彼の素直さには好意を持っている。 それに、少しうらやましかった。マリクのような少年に、絶対の信頼を置かれる王子マルス。彼はマリクだけでなく、あらゆる人からの信頼に応えようと、まっすぐ努力している。 アリティア王家がとても明るく感じた。リンダはパレス貴族の一席に名を連ねていたから、当時は幼かったとはいえ、宮廷の腐敗ぶりを肌で知っている。 そんな場所で生まれ育ったニーナがかわいそうに思う。マルスのような環境で育っていれば、ニーナはもっと、その天性の明るさを発揮できたはずなのに。 「マリク」 2人の背後から声がかかった。 振り向くと、中年の男女がいた。貴族らしく、どちらも品がよくて優しそうだ。 誰なのかは一目でなんとなくわかった。マリクは一瞬気まずそうな顔をしながら、リンダに紹介する。 「僕の父さんと母さんだよ」 リンダも名乗\り、あいさつした。向こうも礼儀正しく返してくれる。暖かかった。 バルコニーから戻ったマルスが、マリクの両親と話し始めた。民衆\は城の外でマルスを見て、貴族は城に来てマルスと会う。 アリティアは元々1開拓都市であり、初代国王のアンリは平民出身で、王家の歴史も浅い。貴族は貴族で、かつての都市アリティアの有力者が、そのまま爵位を持っただけにすぎない。 そのためか、王族と貴族、平民間の距離は、アカネイアとは比べものにならないくらい狭いようだった。マルスへの謁見も、貴族たちは各自の都合で適当にやってくるし、マルスも気にせずに応対している。 マルスやマリクが、貴族でありながらどこか平民くささを感じさせるのも、そんなアリティアの体質によるのかもしれない。 「じゃあ、僕は後で帰るから」 「ああ。よろしければリンダさんも、夕食に来てください」 「ありがとうございます」 マリクの両親は帰り、マルスも他の貴族と話に行った。 「僕はもうちょっと城や町を見て帰るつもりだけど。リンダはどうする?」 「付き合わせてもらうわ。やることないし、観光ガイドはよろしくね」 歩き出してから、マリクが何気なさそうに言った。 「さっきの父さんの誘いだけど、別に無理に来なくてもいいよ」 「なに? 私に来てほしくないわけ?」 「そ、そんなことないよ」 真剣に否定する様子に、リンダは笑った。マリクといると、仏頂面ではいられない。 「行かせてもらうわ。家庭の暖かさってやつ、久しぶりに味わいたいしね」 「そう。なら歓迎するよ」 たいして長い付き合いではないが、マリクの優しさが、リンダにはよくわかっている。 母も父も亡くしたリンダに、幸せな自分を見せるのが後ろめたいのだろう。それと、リンダが昔を思い出し、寂しくならないかと心配している。 きっとリンダの考えすぎではない。マリクは、そういうやつだ。なんとなく確信を持ってそう言えた。 (ほんと、お坊ちゃんなのよね、こいつは……)
城内をいくつか説明された後、最上階近くの一室に着いた。 来るまであちこちに焼け跡や破壊の跡があったが、この部屋は比較的きれいだった。破壊の度合が、であって、掃除などはされてる様子がなかったが。 それでも調度品などから、若い女性の部屋だろうとは、リンダには想像がつく。 中には先客がいた。 「マルス様」 振り向いたマルスは、ちょっとばつが悪そうに笑った。 「やあ。城の見学?」 「はい、リンダを案内しがてら」 そこで、マリクとマルスはだまった。沈黙にどこかぎこちなさを感じ、リンダも口を開かずにいる。 そんなリンダへの配慮か、マルスが苦く微笑みながら口を開いた。 「ここは僕の姉上の部屋なんだ」 「エリス王女、ですか」 リンダも貴族だから、他国の王族の名前は知っている。確かマルスより3つか4つほど年上だったはずだ。美しい女性らしい。 そして、3年前のアリティア滅亡の際、戦火の中行方不明になったと聞いている。 「この城を占領していたマムクートが言ってた。姉上はガーネフに渡したって」 またガーネフ。あの男は、こういう場面で必ず現れる。 「不安だけど、少し安心もしたんだ。姉上は死んだんじゃないかってずっと思ってた。でもこれで、生きてる可能性が出てきたからね」 「ご無事ですよ! エリス様は、絶対」 マリクの語気の強さは、単にマルスを励ますためではなかった。 素直すぎる彼の動作は、その裏にある気持ちを簡単に表してしまう。少なくともリンダには、それが見抜けた。 マルスを残し、再び廊下を歩き出したリンダは、おもむろに尋ねた。 「マリクは、エリス王女のことが好きなの?」 マリクは実にわかりやすく真っ赤になる。あまりの裏表のなさに、少し悲しくなった。 「僕はマルス様と幼なじみだって言ったろ。同時に、エリス様ともそうなんだ。あの人はマルス様と一緒に、僕にも弟みたいに優しくしてくださって」 照れながらも、楽しく、懐かしげにしゃべっている。マリクにとって、その思い出がどれだけ大切なものか、見ていてよくわかる。 それにやわい痛みを感じている自分を、リンダは自覚していた。 「僕も小さかったし、エリス王女ほどきれいな人は見たことがなかったから。それで憧れを抱くっていうのは、よくあるよね?」 「知らないわよ」 変なとこで同意を求められ、リンダは突っぱねた。 マリクは気にした様子もなく、続ける。 「カダインで、アリティアが滅んだって聞いた時、父さんたちと同じくらいマルス様とエリス様のことが心配だったんだ。解放軍に入って、父さんたちが無事らしいとはうわさで聞いてたんだけど、エリス様のことはなにも言われなくて、不安だった。 でもマルス様がなにも言わなかったから、僕も、ね。不吉なことを口に出すと、それが本当になりそうな気もするし。だからずっと、エリス様の話題は出さなかったんだ」 「きっと生きてるわよ。ガーネフがさらったからには、なにか目的があったんでしょ。だから生きてるはずよ」 たいして信じてもいない、内心どうでもよく思ってる気休めを口にした。 リンダの心など知らず、そうだね、とマリクは優しく笑う。リンダがせいぜい思うのは、マリクが悲しまなければいい、ということぐらいだ。 そしたら、マリクは悲しそうに言った。 「マルス様のお母上、王妃リーザ様はもう殺されたんだって。さっきのマムクートが、自分が殺したって得意そうにマルス様に言ったんだって」 「そう」 マルスの痛みは容易に想像がつくので、リンダは短く答えるだけだった。 アンリ城解放戦に参加したリンダは、マルス自ら城主のマムクートを倒したと聞いて、戦いをやめた。その時は、自らの手で解放を勝ち取ったんだと、単純にマルスを祝ったのだけど。 仇を討った気分はどうですかと、マルスに聞きたくなった。が、本当に聞きはしないだろうともわかっていた。 どんな答えが返ってきても、自分のすることが変わるわけじゃない。
アリティアの民は、マルスをスターロードと呼んだ。アリティアを解放し、この世を救う光の王子だと。 そう思いたい気持ちはわかったが、リンダは民衆\と一緒に浮かれる気にはなれなかった。 軍の上層部は全員わかっていた。本当に苦しい戦いはこれからだ。 そしてリンダには、決着をつけねばならない運\命が待っている。
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[3 楼]
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Posted:2004-05-20 15:53| |
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