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雷文·菲鲁赛迪 2006-06-27 18:33
 聖戦は大詰めを迎えていた。

 イザークで旗揚げをした解放軍は、セリスの指揮の下で少しの敗戦もなく、怒涛の快進撃を続けている。

 イザークを帝国の圧制から解放し、ブルームの統治していたアルスターを征服。

 レンスターで窮地に追いやられていたリーフ軍と連携してトラキア半島を支配下に治め、グランベルへ転進。

 もはやその勢いは誰にも止められない。

 帝国軍に残された兵力は、ユリウス率いる直衛隊とイシュタルの率いる部隊。そして、暗黒教団の一部のみ。

 帝国軍にとって更に悪いことには、シレジア王国の影までもがセリスの背後に見え隠れしているのだ。

 

 

「……状況は芳しくないな」

 次々と届けられる敗戦報告に、ユリウスはいい加減うんざりしていた。

 元々が気長な性格ではなく、どちらかと言えば直情的な性格である。

 そのユリウスが激昂を忘れて呆れてしまうほどに、敗戦が続いているのである。

「やはり、ミレトスに残っているべきだったのでしょうか」

 バーハラのユリウスの私室に入ることが許されているイシュタルがそう言うと、ユリウスは軽く笑った。

「そうかも知れんな。だが、もはや済んだことだ。教団の連中の無能さを知っただけマシと言うものだ」

「しかし、現実にセリス軍はシアルフィまで侵攻しております。エッダの陥落も時間の問題かと」

 冷静に状況を分析するイシュタルに、ユリウスは立ち上がることで言葉を切らせた。

 イシュタルが口を閉ざしてユリウスの方を見ると、ユリウスから黒い波動が撒き散らされていた。

「アリオーンには連絡をつけただろうな」

「はい。一旦本国へ戻り、戦力を整えて急行するとのこと」

「シアルフィを襲わせろ。軍を二分出来る程、セリスに戦力はない」

「そのように伝えてあります。セリス本隊がフリージへ集中した時期を見計らって参戦するようにと」

 イシュタルの報告に、ユリウスは満足そうに頷いてみせた。

「それでいい。あとは伯母上の力量次第だな」

「母上ならば必ず、手痛い傷跡を残してくれましょう」

 そう言ったイシュタルには言葉を返さず、ユリウスはマントを羽織った。

 イシュタルがすぐにドアの所へ行き、ユリウスを待たせないようにドアを開く。

 ユリウスが特に感謝することもなく、先に私室を出て行く。

 それを追って、イシュタルは外に出てからドアを閉め、既に歩き始めていたユリウスの背後に小走りに駆け寄る。

 背後に彼女の気配を感じたユリウスが、彼女を待っていたかのように口を開く。

「ヒルダの近辺に放った間者からの報告はまだか?」

「はい……母上が裏切りをするなどと、考えたくもありませんが」

 わずかに顔をしかめたイシュタルに、ユリウスは冷酷にもその考えを否定する。

「子供狩りに背き、信教の自由などとほざく者、この俺に背く意思があるとしか思えぬ」

「だとすれば、私は人質でしょうか……」

「だとしたら、お前もこの俺を裏切るか?」

 日頃から感情の起伏の激しいユリウスの、静かな言葉だった。

 荒くれ者たちが見せる、ほんの僅かな本音。

 それを見逃すほど、イシュタルはユリウスのことを知らない訳ではない。

「まさか……このイシュタル、神を相手にしようとも、ユリウス様のお側で戦います」

「それでいい。俺も、お前を殺したくはないからな」

「はい」

 精一杯の愛を確認し、ユリウスは満足げに執務室への扉を開いた。

 戦況を覆さなければならなかった。

 自分を信じるために。

 そして、自分を信じてくれる者の為に。

 

 


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 エッダ城を解放すると、次はドズル城が待ち構えている。

 バーハラまではまるで階層の様に城が建てられている。これがグランベルの誇る、鉄壁の防御陣だ。

 これら全てを突破しない限り、バーハラへ辿りつくことはできない。

「セリス様、フィーからの連絡だ。グラオリッターが出陣したようだぜ」

 執務室でエッダ攻略の後処理をしていたセリスに、アーサーがフィーからの連絡を伝える。

 セリスが答えるより早く、シャナンが傍らにいるパティを走らせた。

「シアルフィにいるオイフェに出撃するように伝えろ」

「オッケェ。シャナン様、駿馬借りるわよ」

 自分の横を駆け抜けていったパティに、アーサーはチラッと視線を送った。

 それには気付かずに走り去るパティに、シャナンは小さく吐息をついた。

「すまんな。教育がなってない」

「いいえ、俺はかまいませんけどね。ただ、彼女が将来の王妃とは見えなくてね」

 そう言って笑ったアーサーも、次の瞬間には表情を引き締めていた。

 リーフとフィンが執務室に入って来たのである。

「セリス様、フィーからの報告はお受け取りになられましたね」

「あぁ。今、対策を練るために呼びに行こうと思ってたんだ。オイフェへは、パティに行ってもらったよ」

 そう答えたセリスに、リーフはしっかりとした声で彼の見解を述べた。

「グラオリッターは軍を二分しています。一方はシアルフィを、もう一方は此処を狙うつもりでしょう」

 リーフの見解に、聞いていたアーサーとシャナンが同意する。

 セリスも、軽く頷いて先を促した。

「それで?」

「エッダは私たちに任せてもらいます。セリスたち本隊は、シアルフィヘ向かって下さい」

「確かに、オイフェだけでは戦力不足だな」

 シャナンの言う通り、シアルフィに残っているのはラクチェとヨハン、オイフェとラナだけだった。

 フィーは偵察に出た足でシアルフィへ合流するように言ってあるが、間に合う保証はない。

 数の多いグラオリッターに対抗するには、さすがに枚数が足りない。

「エッダには私、姉上、フィン、ナンナ、ハンニバルが残ります。これだけいれば充分ですから」

 リーフの提案に、セリスはシャナンの方を見た。

 しかし、シャナンが答えるよりも早く、アーサーが口を開いた。

「充分だろ、それで」

 アーサーの言葉を聞いて、リーフは我が意を得たりとばかりにセリスを見る。

 セリスはしばし迷うような表情を見せ、シャナンに意見を求めた。

「シャナン、どう思う?」

 意見を尋ねられたシャナンは、セリスではなく、フィンの方を向いた。

「レンスター王家の者だけを残すおつもりのようだが」

「えぇ。軍を二分するなら、我々が分かれるのが妥当かと思いまして」

「それだけか?」

 シャナンの言葉と視線に、フィンは反論しようとしたリーフを制して一歩前に出た。

「アリオーンの部隊の情報があまりにも少なすぎます。警戒するに越したことはないでしょう」

「確かに……トラキアの軍勢がこの隙をうかがう危険性もある」

 トラキア軍の本当の恐ろしさは、かつてバーハラの悲劇をその身で体験した者にしかわからない。

 連戦連勝の勢いに乗ってトラキア軍を淘汰したセリス達には、いまいちピンと来ない。

 セリスにしろ、アーサーにしろ、トラキア軍の速度というものを甘く見ているのは表情に出ていた。

 そんな若い者達を納得させるかのように、フィンはシャナンの言葉に頷いてみせた。

「トラキア軍の本当の恐ろしさは、攻め上がる時の速度にあります。彼らは攻撃に特化した軍隊です」

「その通りだ。だが、それならば弓隊も残しておいた方がいい」

 そう言ってシャナンがセリスの方を向いた時、リーフがその申し出を断った。

「結構です。トラキアとは私たちだけで戦います。それが、礼儀ですから」

「礼儀……だが、負けてもらっては困る。リーフ殿を信頼しないわけではないが、負けてもらっては困るのだ」

 セリスの方を向いたシャナンが、再びリーフとフィンの方へ向き直る。

 シャナンの言葉は尤もであり、アーサーとセリスは黙って議論の行く末を見守ることにした。

「決着は私たちの手でつけます。トラキアを一つにするためにも、大事なことなのです」

「……わかった。セリス、リーフ殿の申し出に従うとしよう。私達は一刻も早くシアルフィに戻ろう」

 シャナンがそう言うと、セリスは立ち上がってリーフの方へ歩を進めた。

 リーフが差し出された手を握り返すと、セリスは満面の笑みを浮かべた。

「この聖戦が終わったら、みんなで遊ぼう」

「えぇ、必ず」

 セリスとリーフが手を離すと、シャナンとアーサーがセリスより先に執務室を出て行く。

 それを追うように執務室を出て行ったセリスを見送り、リーフは背後に控えているフィンに尋ねた。

「フィン、私たちは勝てるだろうか」

「リーフ様の仰られたように、トラキア半島の行く末を決める戦いです。負ける訳にはいきません」

「その通りだ」

 リーフは頷くと、大きく息を吐いた。

 そして、まだ幼さの残る顔を引き締める。

「ハンニバルを城に残し、私と姉上でドズルから来る軍勢を蹴散らす。フィンはナンナと共に後方支援を頼む」

「承知しました」

「直ちに出撃する。セリスたちを見送る暇はなさそうだね」

「では、半刻後、城門前に集合させます」

 そう言ってフィンが執務室を辞した。

 一人残されたリーフは、執務室の窓から大急ぎで出撃準備を進めているセリス達を眺めていた。

「……父上は私のために戦力を割き、砂漠で討ち死された。私は違う。必ず、またお会いしましょう、セリス」

 

 


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 執務室を辞したフィンは、すぐさまレンスターの者に様々な指示を出し、臨戦態勢を整えた。

 トラキア軍に対する守りは全てハンニバル将軍に一任し、フィンは軍の中でも精鋭を選りすぐっていた。

 元々、グランベルまで出征しているレンスターの面々は精鋭揃いである。

 その実力は折り紙付である。

 しかも、セリス軍に入ってからも、フィンは後々のことを考えて部隊を編成し続けていた。

 そのことが巧を奏し、半刻を待たずして、態勢がほぼ整っていた。

「フィン、準備はよろしいの?」

 年齢以上に落ち着きのある声に、フィンは振り返って敬礼をする。

「はい。あとはリーフ様を待って、ドズルに続く峠へ出撃するだけです」

「御苦労様。フィン、少し時間割いていただける?」

「はい」

 アルテナはフィンの返事に微笑を返し、壁に背をもたせた。

 フィンが周囲を見回して、遠慮がちにその隣へ自分の背をもたせる。

 同じ格好で横に並んだ二人は、どちらからともなく吐息をついた。

 測らずとも重なり合った自分達の吐息に、二人は自然と笑いあった。

「フィンったら」

「申し訳ありません。何となくついてしまいました」

 そう言いながら、フィンは笑っていた。

 日頃の彼を知る者が見れば、それはあまりにも彼とは掛け離れている、照れた笑顔だった。

「兄上は……アリオーンはこの隙を逃さないでしょうね」

「わかっています。ハンニバル将軍にはくれぐれも注意するようにと伝えてあります」

「そうね。それがいいわ」

「我々もドズルまでは攻め上がらず、すぐに引き返すつもりです」

 フィンの話した今後の作戦に、アルテナは何も言わずに頷いた。

 それが了承の意だと知ると、フィンは少しだけ肩の位置を上げた。

 壁のこすれる音でそれに気付いたアルテナがフィンを見ると、フィンの表情はやや硬かった。

「そして、我々だけでアリオーンに対します」

「……無理だけはしないで。トラバントの時のような真似は絶対にしないで」

 アルテナの言葉に、フィンは息を止めた。

 アルテナの呼吸だけが聞こえる二人の空間で、アルテナがフィンの正面にまわる。

 顔を背けようとしたフィンを許さず、アルテナの右手がフィンの左脇の間へと差し込まれた。

「グングニルを見る時の貴方の瞳……私は好きじゃないわ」

「……仕方ありません。グングニルを見て平静を保っていられるほど、私は人間が出来ていないのですから」

「私を取り返しただけでは不満なの?」

 アルテナがフィンの顔を見上げる。

 下から覗き込まれて、フィンは視線を動かさずに焦点をアルテナから外した。

「……不満なのかもしれません」

「でも、私は感謝しているわ。トラキアに連れて行かれなければ、貴方を一人の男性として見ることはできなかった」

 アルテナの言葉にも、フィンは軽く首を横に振った。

「トラキアには主君を殺された恨み、貴方の成長を見ることの出来なかった悔しさをぶつけてしまいます」

「でも、こうして貴方と求め合う関係を築かせてくれたのは、まぎれもなく彼らよ」

「……だからなのかも知れません。私には夢がありましたから」

「夢?」

 アルテナの問いかけに、フィンは外していた焦点を元に戻した。

 アルテナの瞳が、フィンを映し続けている。

「私はアルテナ様の花嫁姿をキュアン様、エスリン様と一緒に見たかった」

「父上と母上はいないけど、貴方はその花嫁姿を特等席で見られるわ」

 アルテナには、フィンの不満が解らなかった。

 見たかった花嫁姿を新郎という特等席で見られることに、何の不満があるのだろうかと。

「……そして、アルテナ様の結婚相手を肴に、キュアン様と愚痴を言いたかったのですよ」

 そう言って、フィンはアルテナの肩に手を置いた。

 変わらずにフィンを見上げ続けているアルテナに、フィンは静かに笑いかけた。

「でも、決してアルテナ様を愛していないわけではありません。少し、戸惑っているのかもしれません」

「私と結ばれたことに?」

「えぇ。ずっと考えることのなかったことですから。その戸惑いを消したかった」

「……グングニルを倒したとしても、その戸惑いが消えるとは思えないわ」

「その通りです」

 そう答えて、フィンはアルテナの腕を外した。

 アルテナも抵抗することなく、壁から離れたフィンと向き合う。

「フィン、私だけを守って」

「……もちろんです。もう二度と、離れたくはありません」

「ゲイボルクにも父上にも王家にでもなく……私だけに誓って」

 そう言って瞳を閉じたアルテナの期待通りに口付けを交わし、フィンはアルテナの背中をトントンと叩いた。

 口付けを交わしたままの状態で瞳を開いたアルテナがフィンを見ると、フィンはアルテナから身体を離した。

「参りましょう。まだ戦いは終わったわけではありませんから」

「早く終わらせましょう。私達の未来のために」

 アルテナの言葉に頬を染め、フィンは照れを隠すように先に歩き始めた。

 その後ろを歩きながら、アルテナは昔にもあった光景だと思っていた。

 フィンの後ろを、リーフに会うために歩いていく。

 十七年たった今も、リーフと会うためにフィンの後ろを歩く。

「昔は首が痛くなったっけ」

 誰にも聞こえないようにそう呟く。

 昔は首を使って見上げていたフィンを、今は軽く視線を動かすだけで見ていられる。

 それだけ二人の距離が縮まったんだろう。

 そう思いながら、アルテナはそっと指で唇をなぞった。

 いつもより抵抗を感じる指先が、先程の誓いが幻ではないことを教えてくれていた。

 

<了>

MadScientist 2019-02-20 10:41
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