火花天龙剑 -> 外语学园 -> 王国の娘

尤利乌斯 2003-07-26 04:35
 階段を下りてくる足音が聞こえてパーシバルは顔を上げた。相手も同時に気づいたらしく、角灯が差し上げられて、揺れが止まった。
「…あら」
 意外そうな呟きを漏らしてから相手は笑いかけてきた。
「意外なところでお会いしますね、パーシバル将軍」
「……セシリアか」
 パーシバルは彼女が降りてくるのを見守った。
 こんな時間だというのに彼女の身なりはきちんとしていた。ぴったりとしたパンツに膝丈の長靴、襟まで留めたシャツ、その上から略装用の丈の長い上衣を着込んでいる。人のことは言えなかったが、これで杖でも持っていればこれから見張りといってもおかしくない格好である。
「寝付けなくて。水でも飲もうかと降りてきたんです」
「私もだ」
 セシリアは、ふふ、と笑った。肩の動きに合わせて、角灯が光を揺らす。
「…何だ」
「ちょっと安心して」
 二人は言うともなく厨房に向かって歩き始めた。
 石壁に距離を置いて据え付けられた燈台にはちびた蝋燭が灯してある。砦では燈火も節約されているのだろう。セシリアの持ってきた角灯がなければ足元が危なかったかもしれない。
「安心?」
「だって、パーシバル将軍ほどの方でも緊張しているということでしょう?」
「…次はアクレイアだからな」
 パーシバルの返事にセシリアの笑みがすっと消え、軍務についているときの厳しい面を見せた。
「ええ」


 アクレイアではモルドレッド王が身柄を押さえられている。そして、ダグラス将軍もまたクーデター側についているのだ。
 クーデター軍それ自体は脅威ではない。だが、一人ダグラス将軍がいるだけでアクレイアの守りは鉄壁のものになっている。三軍将と並び称されていても、大軍将ダグラス将軍の実力と存在感はまだ若い自分たちの及ぶところではなかった。
 そんな状況で、短時間での制圧が叶うのか。城攻めが長期化すれば、美しいアクレイアがどうなるのか、二人ともわかりすぎるほどにわかっていたのである。


 暗い厨房に入ると、セシリアは大きな台の上に角灯を置いた。弱い灯りを頼りに、水桶を探して二人はぐるりと周囲を見回す。
「これだろう。グラスか何か…」
 蓋を開けて確認した樽を拳で軽く叩いて振り返ると、セシリアが弾んだ声を上げた。
「いいものがあったわ。…この匂いは葡萄酒ね」
 首の長い瓶を取り、口にはめてあったコルクを外して匂いを嗅ぎながら言う。パーシバルは憮然とした。
「セシリア」
「あら、いいじゃありません? 葡萄酒のほうがよく眠れましてよ」
「明日に障ったらどうする」
「この程度で翌日に障るほど、お互い弱くはありませんでしょ?」
 葡萄酒の瓶を軽く掲げて、いたずらっぽく笑う。たぷん、と瓶の中で液体が誘うような音を立てた。
 パーシバルはため息をつき――肯った。


 この暗さでもどこに何があるのかわかるのか、あるいは女性だから厨房というものを知っているのか、セシリアはグラスを二つどこからか持ち出すと、台上に並べて置いた。注ぎ分けた葡萄酒は灯を受けて濃い赤茶色をしていた。芳香がなければかなり不気味な飲み物に見える。
「再会を祝って…というところかしら。考えてみればゆっくりお話しする機会はありませんでしたものね」
「それならば、おまえの無事を祝ってということにしておこう。…傷はもう癒えたのか」
 パーシバルを見返す顔に、微苦笑と言いたいような表情が浮かぶ。
「…なんとかこうして生きています」
「そうか。…すまなかったな。あのとき、そばにいながら助けてやることができなかった」
 パーシバルはきちんと留められた襟元から視線をそらした。
 もともと彼女は自堕落な服装はしない。だがきっちりと覆われた袖や首もとを見ていると、傷痕を晒すまいとしているのではないかと思えてくる。今だとて、彼女は「癒えた」とは答えなかった。
 それほどに酷い怪我だったのかと、躊躇しつつ白い肌に視線が戻ってしまう。
 するとセシリアが持ち上げたグラスを置いて、声を改めた。
「――パーシバル将軍。同情はやめていただきたいわ」
「同情…?」
「ええ、そんな目をなさっていました。軍人を選んだ時から、怪我はもとより命を捨てる覚悟はできています。私が悔しいのは、あの男にただ一度の反撃も叶わなかった己の非力さよ」
 セシリアの口調にわずかに激しいものが混ざる。
「ゼフィールは、私を侮っていました。けれど、侮りにつけ込むこともできなかった。圧倒的な力の前に居すくんでしまった…。あれがあなたやダグラス将軍ならこんな無様なことはなかったでしょうにと思うと情けなくて――」
 そこまで言って言葉を切ると、セシリアはグラスをあおった。


 相変わらずの負けず嫌いな性格にパーシバルは苦笑した。軍将の名にふさわしからずという陰口に対するために彼女がどれだけ努力したか、自分を侮ったものたちをどのように見返したかは記憶に新しい。
「ゼフィール王は大陸屈指の使い手だ。体格差というものもある。悔しく思う必要はないだろう。それにあのときは、彼を倒すのではなく、敗北しないことが目的だったはずだ」
「…それは…そうですけど」
「我々は軍将だ。武人としての名誉を守るよりも、大局を見据え目的を達するのが務めだ。そうではないのか?」
 パーシバルの指摘にセシリアは「ですから」と勝ち気な目を向ける。
「私が生き長らえることができたのはただ、ゼフィールが止めを刺さなかったからです。リキア同盟軍に合流できたのは、ロイが救出に来てくれたからに過ぎません。つまりは運が良かったというだけ。軍将としての力ではありませんわ」
「――そんなことはない」
 パーシバルは左手のグラスを傾けた。
 セシリアはその言葉を慰めか、単なる相槌と聞き流したようだった。同輩である自分に本音を吐き出してすっきりしたのか、その目の中に闘志が戻りつつある。
 しかし、それはパーシバルの本心だった。セシリアが自分に一目置く以上に、パーシバルは彼女を羨んでいるのかもしれない。
 確かに、彼女は三軍将の中では一番、経験も浅ければ力もない。少ない兵力で善戦したとはいえ、彼女自身が言ったように、例えばクーデター軍に反旗を翻したのがパーシバルやダグラス将軍であったならばあれほど早く敗北を喫することはなかったろう。酷なようだがまず招集できる兵力が違う。
 けれどその先は、ない。エトルリアの将軍として名を上げていても、パーシバルの人脈は国内の、しかも軍隊内に留まる。
 ロイ将軍がリキア同盟軍をセシリア救出に向けたこと、それこそが彼女の力だ。
 まだ15、6。紅顔といってもいい少年が、この短い期間に多国籍軍をまとめあげて、常勝軍の将として対等に眼前に立っている。人を使う才能も先天的に持っているのだろうが、その芽を育てたのは間違いなくオスティア時代のセシリアだ。
 まだ少し話しただけだが、若さにもかかわらず功名心に逸らない、そして目先に惑わされない態度には器の大きさを感じた。
 そのような少年の成長を撓めずに伸ばす力…。信頼を得る力。
 あのときダグラス将軍は言った。古いエトルリアは陛下と共に滅びる。だがいつか栄光が蘇る日がくるであろうと――。
 今ではその意味が解っている。
 新しいエトルリアに必要なのは、戦にしか手腕を発揮できない自分のような者ではなく、セシリアのような力が必要なのではないか。
 新しい王国にふさわしい人材を育てる力。
 パーシバルはそう思った。


「――パーシバル将軍?」
 セシリアの声が物思いから返らせた。
 首を振って、グラスを置く。
 確かにそうかもしれないが、そんなことを考えるのはまだ早かった。今は自分の力こそが役に立つ時だ。エトルリアを取り戻す為に。
「…少し酔ったようだ」
 パーシバルは椅子を引いて立ち上がりかけたが、ふと言いそびれていたことを思い出してセシリアを見下ろした。
「さっきの話だが」
「さっき?」
「おまえを助けられなかったという話だ」
「ああ、そのことでしたか。パーシバル将軍はお立場上当然のことをなさったまでです。お気になさらないでください」
「そう言ってもらえると助かる。これからの働きで、そのつぐないをするつもりだ」
 セシリアは目を見開き、それから屈託なく微笑んだ。
「はい、楽しみにしています」

MadScientist 2019-02-20 10:25
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