火花天龙剑 -> 外语学园 -> ブルーニャ同人1《美しい世界》

十字锁链 2003-01-23 15:15
私は誰よりも貴方のお傍に居りました。
[我在他身旁的时间比任何人都要多。]
貴方と共に在ることが、私の何よりの望みだったのです。
[能和你在一起,是我最大的愿望。]
例え敵に敗れ、命を失うことになっても・・・
[就算是被敌人击败,失去生命。]
貴方と共に逝けるのなら、私は幸せでした。
[如果能和你一起逝去,那是我的幸福。]


『ブルーニャ、おまえはイドゥンを守ってここを脱出せよ』
{布鲁尼亚,你保护音顿从这里突围}


呙趣稀ⅳ胜螭确浅¥胜猡韦胜韦扦筏绀Α
[命运这东西,真是无法捉摸。]
私のその望みすら、叶えることを許して下さらないなんて・・・
[连这小小的心愿,也不让我达成…]

けれども私は、貴方にお仕えする騎士。
[但是我,是侍奉您的骑士。]
貴方の命を果たすことも、私の望み。
[完成您的命令,也是我的心愿。]
私は女であることよりも、騎士であることを選んだ。
[我选择成为一个骑士,而不是一个女人。]

それが、私の誇りであることを信じて・・・
[那是因为,我坚信那是一种荣耀…]











~美しき世界~
~美丽的世界~











目を開けることが出来た。
[(终于)能睁开眼睛了。]
そのごく当たり前の動作が、酷く不思議に感じられた。
[这么平常的动作,竟然感到相当不可思议。]
体の横にある腕。そこから伸びる手の先にある指。
[身旁的手臂,以及那舒展的手掌、指尖。]
動かせることに違和感を覚えた。
[活动时发觉不一样了]
もう二度と、この目で物を見ることなどないと思っていたから。
[因为我曾经以为再也不能看见任何东西了。]
この身体を動かすこと、もう出来ないと思っていたから。
[以为再也不能自由活动身体了。]
視線の先には、少し汚れた木の天井があった。角には蜘蛛が巣を張っている。
[进入视线的,是有点脏的木质天花板。角上挂着蜘蛛网。]
自分が横になっているのは、普段使用していたものより質の悪い寝台。少し体を動かすだけで、きしむ音がした。
[承载我身体的床,比我平时使用的要差。稍微动一下,就发出“吱、吱”的声音。]
起き上がろうとして体に力を入れるが、それもなかなか出来ない。
[我使劲想起身,可是无法使出力气。]
全身が鉛になったように重い。まるで自分の体ではないみたいだ。
[全身像灌了铅那样重。简直不像自己的身体似的。]
それと胸に、思わず声を上げそうになるほどの激痛が走る。
[而且胸口,那阵阵疼痛可以使人不自觉地喊叫出来。]

「おや、気付かれましたか」
[哦,你醒过来啦。]

がちゃりとドアが開く音。それと共に男の声が聞こえた。
[随着“咔嚓”的开门声。听见一个男子的声音。]
聞きなれない声だった。
[从没有听到过的声音。]
声の主の姿を確認するために再び体を起こそうとすると、青い髪の男が視界に入ってきて自分の体を支えた。
[为了确认发出声音的人的相貌再次支撑着想起身,结果一个蓝发的男子进入了视界并扶住了我。]
「まだ動ける体ではありません。無理はなさらないで下さい」
[你的身体还不能活动。请不要勉强。]
法衣を身に纏った男の口調は優しく、彼は自分をそっと寝台に横たわらせる。
[身穿法衣的男子用温柔的口气说着,然后帮我轻轻躺回床上。]
「あなたは・・・・・・」
[你是……]
男の顔には見覚えがあった。
[我见过这男人的脸。]
それが引き金になって、意識を失う前の記憶が一気に蘇る。
[这个成为线索,我一下子回想起失去意识前的记忆。]
「そうか・・・私は・・・」
[对…我…]
「思い出されましたか、ブルーニャ殿」
[您想起来了吗,布鲁尼亚小姐]
ブルーニャの顔を覗き込んで、青い髪の神父は穏やかに微笑む。
[蓝发的法师脸上浮现着平静的微笑,凝视布鲁尼亚的脸。]
「私は・・・死んだのではなかったのですか?」
[我…没有死去吗?]
「確かに・・・貴方は胸に矢を受けて、瀕死の重傷を終われました。しかし、奇跡的にも急所を外していたのですよ」
[的确…你胸口中了一箭,负了濒死的重伤。但是,那像是奇迹一样并没有命中致命的地方。]
「そうだったのですか・・・あなたが、私の治療を?」
[是这样啊…是你为我治疗的?]
「はい。エリミーヌ教団のサウルと申します」
[是的。我是艾利米奴教团的萨乌鲁]
「サウル神父・・・何故、あのまま私を死なせて下さらなかったのですか?」
[萨乌鲁神父…为什么、不让我就那样死去?]
吐き捨てるようにブルーニャは言った。
[布鲁尼亚脱口而出。]
サウルから、笑顔が消える。
[笑容从萨乌鲁脸上消失了。]
「あのまま死ねば、陛下のもとに逝くことができたのに・・・・・・」
[如果那样死去的话,就能回到陛下的身旁了……]
涙が零れてきた。
[泪珠滚落。]
今までずっと堪えていた涙が、堰を切って溢れ出す。
[忍耐至今的泪水,现在缺了堤。]
愛する男が死ぬとわかっているのに傍にいることを許されなかった時も、
[明知心爱的男人死去却无法与其共逝的时候,]
愛する男が死んでもそれでも戦わなくてはならなかった時も、
[心爱的男人死去却还是要战斗下去的时候,]
自分を信頼する多くの部下を死なせてしまった時も、
[使许多自己信赖的部下踏上不归路的时候,]
ずっとブルーニャは泣かなかった。泣くことが出来なかった。
[布鲁尼亚早就想哭了。可是流不出眼泪。]
彼女のプライドが、それを許さなかった。
[她的自尊不容许她那样。]
だけど今は、ブルーニャには何も残されていない。
[但是现在,布鲁尼亚一无所有了。]
愛する男も、守るべき国も、騎士としての誇りも、何も・・・
[心爱的男人、应该守卫的祖国、骑士的荣耀、所有…]
「どうして・・・私を死なせてくれないの」
[为什么…不让我死?]
ブルーニャは泣いた。
布鲁尼亚哭泣着。
先程初めて言葉を交わしたばかりの、敵軍の・・・いや、敵であった男の前で。
[就在刚刚交谈过的、敌军的…不、仇敌的那个男子面前。]
人前で泣くことなど、もう何年ぶりだろう。
[前次在他人面前哭泣,是数年前的事情了。]
「どうして・・・・・・」
[为什么……]
「貴方が死を望んでいたからですよ」
[因为你想死啊。]
サウルは静かに言った。
[萨乌鲁平静的说]
「え?」
[哎?]
ブルーニャはサウルを見る。
[布鲁尼亚看着萨乌鲁。]
彼は真剣な表情で自分を真っ直ぐに見つめていた。
[他一脸的认真直视着自己。]
その青い瞳には一片の迷いも、後悔もない。
[那蓝色的眸子中没有一丝犹豫、后悔]
「貴方が死を望んでいたから、死なせるわけにはいかなかったのです。ゆっくり・・・心も体も癒してください」
[因为你希望死去,所以就更不能让你死。请静下心…愈合你身体以及心灵的伤痛吧。]
軽く頭を下げたサウルが再び顔を上げた時、彼はにこりと微笑んでいた。
[萨乌鲁轻轻点一下头,脸上露出一丝微笑。]
「では、失礼します」
[那么,告辞了。]
サウルは退室していく。
[萨乌鲁离开了房间。]
ブルーニャは彼の背を目で追うことはせず、目覚めたばかりの時のように天井を見た。
[布鲁尼亚没有看他的背影,将目光投向醒来时看见的天花板。]
「まだ、生きているのね・・・」
[还,活着呢…]

これは自分が望んだことではなかった。
[这不是自己所期待的。]
誰が私が生き残ることを望んだというのだろう。
[有谁希望我活下去呢。]
部下たちはもう、皆死んでしまったのだから。
[因为部下们都,已经全部殉职了。]
先程の神父もきっと、聖職者であるから自分を救っただけ。
[刚才的神父一定,因为他是圣职者的缘故才救我的吧。]
それが彼の仕事だったから。
[因为那是他的工作。]
本人の意思からではない、きっと。
[不是他自己的意志,一定的。]


『貴方が死を望んでいたから、死なせるわけにはいかなかったのです』
{因为你希望死去,所以就更不能让你死。}


そうは思うのに、先程の彼の言葉が心に引っかかる。
[这样想着,心思便被他刚才的话吸引过去了。]
まるで胸の痛みの原因が、それであるかのように。
[好象胸口疼痛的原因,全是由此而发一样。]
あれは、一体どういう意味だったのだろう・・・
[那,到底是什么意思…]
考えても分からなかった。
[反复思虑也得不到答案。]

目を閉じて思考をめぐらせているうちに、ブルーニャの意識は遠のいていった。
[闭上眼睛胡思乱想的最后,布鲁尼亚的意识渐渐远去了。]
ブルーニャが次に目覚めた時、サウルは食事を撙螭扦皮欷俊
[当布鲁尼亚再次醒过来的时候,萨乌鲁已经把食物送了进来。]
なんとか上体を起こすことができるようになったブルーニャは、サウルの申し出を断って自分の手で食事をする。
[总算自己坐起身的布鲁尼亚,拒绝了萨乌鲁的好意,动手进食。]
その間、サウルは彼女が眠っている間の事を話してくれた。
[这时,萨乌鲁开始讲述在她昏迷时发生的事情。]


ヤアンという竜も、暗闇の巫女イドゥンも倒されて、戦いは終わった。
[叫做“阳”的龙被打倒了,黑暗巫女依沌也被打倒,战争已经结束了]
それからもう、十日も経過しているという。
[自那以后,已经过了十天。]
戦いに参加していた者達は現在はベルン城にいるが、数日のうちにはそれぞれの故郷へと戻っていくらしい。
[参加战斗的士兵们现在都聚集在贝鲁恩城,估计再过几天就要回各自的故乡。]
そしてサウルは、軍の指揮官と上司に、ブルーニャが回復するまで彼女の元にいるよう命ぜられたという。
[还有萨乌鲁接到上司的命令,陪伴布鲁尼亚直到她完全恢复健康。]
ブルーニャがいるのは湖の近くにある小さな村。空き家になっていた家を一時借りているらしい。
[布鲁尼亚现在待在一个靠近湖的小村庄里。那屋子好象是临时借用的弃屋。]
ここは『竜殿』とは、目と鼻の先。
[这里和“龙殿”,就像是鼻子和眼睛的距离。]
本来、自分が命を落とす筈だった場所・・・
[本来,应该是自己丧命的地方…]

「同じベルン人のシスターエレンがあなたの介抱を申し出たのですが、彼女はギネヴィア姫にお仕えしなくてはなりませんから、その代わりに私が・・・。どうせ私は、ただの暇人・・・いや、暇神父ですからね」
[同乡的贝鲁恩人修女艾蕾也希望作你的看护,但她要照顾基内维娅公主,因此我代替她…。反正我,也是一个闲人…不、是空闲的神父。]
笑いながらサウルは言った。
[萨乌鲁笑着说。]
しかしブルーニャは、それにつられて笑顔になれるような気分ではなかった。
[但是布鲁尼亚却没有被他所感染。]
笑わないブルーニャの分もと言っていいくらい、サウルはよく笑う男だった。
[好象要代替面无表情的布鲁尼亚似的,萨乌鲁的脸上一直挂着笑容。]
ブルーニャの前で彼から笑顔が消えたのは、多分『あの時』だけ。
[在布鲁尼亚面前失去笑容的话,多半是“那时候”。]
敵であった自分にこうして笑いかけることができるのも、彼が神父だからなのだろうか。
[能够对自己的敌人抱以如此的微笑,可能也是因为他是一名神父吧。]

「どうしてあなたは、そうやって笑うことができるのです?」
[为什么你能一直这样露出笑容呢?]
へらへら笑ってばかりいるこの男に対する苛立ちもあったのだろう。
[对着这个一直傻笑的男子,话语里似乎隐含着欺负人的成分。]
ブルーニャはその感情を投げつけるようにサウルに尋ねた。
[布鲁尼亚就是夹杂着这中感情向萨乌鲁提问。]
サウルは驚いた風な顔をした後しばし考え込み、そしてまた笑う
[萨乌鲁脸上闪过一道惊讶的神情,他稍微思考了一会儿,又笑了。]
「さて、どうしてでしょう・・・」
[是啊,为什么呢…]
「意味もないのに、笑っているのですか?」
[没有什么意义的笑吗?]
「泣くよりは、笑う方が良いでしょう。笑うと、幸せな気持ちになれるともいいますし。これはもう、癖なのでしょうね・・・」
[笑比哭好。可以这么说:笑的话,就能感到幸福的滋味。那已经,成为了我的习惯了吧。]
「・・・変わっていますね」
[…奇怪的人。]
「よく言われます」
[经常被人这么说呢。]
ブルーニャの嫌味に対してですら、サウルは笑った。
[面对布鲁尼亚的不满,萨乌鲁还是笑着。]
それとも嫌味がわからない程、馬鹿な男なのだろうか。
[或者他是一个连别人的厌恶也无法察觉的笨男人。]
取りあえず、この神父が今までブルーニャが出会ってきた男達とはどこか違うということは確かだった。
[总之,能够确定的是这个神父和至今为止布鲁尼亚所见到的所有的男子都不同。]
それが良い意味でなのか悪い意味でなのかは、よくわからなかった。
[那究竟是好是坏,就无从知晓了。]










それから数日間は、穏やかに時が流れた。
[此后的几天,风平浪静。]
サウルの献身的な介護の成果か、ブルーニャは自分の力で立って歩くことが出来る程回復した。
[可能是萨乌鲁献身般的照料,布鲁尼亚已经恢复到能够自己站立行走的程度了。]
しかし彼女は、部屋の外へ出ようとはしなかった。
[但是她并不想出门。]
寝台を降りることすら殆どなく、ずっと窓の外を見つめている。
[下床的时间也很少,只是一味的呆呆望着窗外。]
彼女の虚ろな瞳が見ているのは空の景色ではなく、何か別のもの。
[她虚幻的眸里所映照的不是天空的景色,而是别的什么。]
それが何なのかサウルにはわかっていたし、彼女がそれをもう一度目にすることは決してないということも知っていた。
[那东西萨乌鲁其实早已知道,而且还明白她已经决定不再看那东西一眼。]
「・・・ですから・・・」
[…因此…]



深夜。眠りについていたはずのブルーニャは、部屋の外から聞こえてくるサウルの声に目を覚ました。
[深夜。熟睡中的布鲁尼亚被屋外萨乌鲁的声音吵醒。]
彼の声はさほど大きいわけではなかったか、その時は酷くはっきりと聞こえた。
[他的声音不是很大,但在那时却清晰可闻。]
彼の言葉は、神に対する祝詞などではなく、誰かと会話をしているものだった。
[他并不是在背诵向神的祝词,而是好象和别人在对话。]
ブルーニャは寝台を出て、ドアを僅かに開ける。
[布鲁尼亚离开床,将门打开一条缝。]
その隙間から覗いてみると、サウルが家の戸口にこちらに背を向けるように立ち、その向こうにいる誰かと会話しているのが見えた。
[从缝隙中,她见到萨乌鲁背向门口站立,和对面的人交谈着。]
「まだ、起き上がることも出来ないのです。回復するまでは、お渡しすることは出来ません・・・お引き取りください」
[她才刚刚能站起来。到她完全恢复为止,不能交给你们…请回吧。]
それが、どういうことなのかはすぐにわかった。
[那上怎么回事立即就明白了。]
そして彼の話し相手はきっと・・・
[对面的人一定是…]

ぱたん
[啪嗒~]

サウルが客人に別れを告げてドアを閉めたので、ブルーニャは慌てて寝台へと戻った。
[因为萨乌鲁送走了客人关上门,布鲁尼亚急忙回到床上。]
そして物音を立てないように、窓から外を覗く。
[而且悄悄地从窗口向外面张望]
「・・・・・・・・・」
[………]
やはり、ブルーニャの予想は当たっていた。
[果然,布鲁尼亚猜中了。]
サウルが先程話をしていたのは、エトルリアの軍人だ。
[刚才和萨乌鲁对话的,是艾托鲁利亚的军人。]
恐らく、滅びたベルンの統括のためにエトルリアから派遣されのだろう。
[估计是为了统治灭亡的贝鲁恩,从艾托鲁利亚派遣过来的吧。]
そしてきっと、自分の身柄の引き渡しを催促にきた・・・
[而且一定是,为了催促赶快转交俘虏而来的…]
「・・・・・・所詮、神父でも敵か・・・」
[……说到底,神父也是敌人…]
あの笑顔の裏で、実際は自分の事をどう思っていたのか。
[在那笑脸的背后,到底对我有什么打算]
生かしたのも、きっとこの為。命令されたからなのだろう。
[救活我,也一定是为了这个。是被命令的呢。]



死ぬつもりだった。
[本想死的。]


だから、これからの事など何ひとつ考えてはいなかった。
[所以,以后的事根本就没想过。]
きっと彼の笑顔を見ているうちに、自分は解放されるのだろうと心のどこかで勘違いしていたのかもしれない。
[一定是因为看见他的笑容,误解自己一定会被释放的吧。]
そんなこと、許されるわけがないのに・・・
[那,是不可能的…]

これから自分はどうなるのだろう。
[以后我会被怎样处置呢。]
エトルリアに生かされたとしても、殺されたとしても、最終的には死ぬつもりなのだ。
[不管是在艾托鲁利亚当俘虏,还是被处决,最终就是死亡。]
あの人のいないこの世界で、生きていく意味などないのだから。
[因为那个人不在的世界,活着也没有意义]
自分にとってこの世界は、光を失った暗闇でしかないから。
[对自己来说这世界,只不过是失去光明的黑夜了]
ならばいっそ、今すぐ死んでしまえば良いのだろうか・・・
[那么还不如现在一死了之…]





ブルーニャは寝台を降りた。
[布鲁尼亚下了床。]
そのまま足音も立てずにドアまで歩いていき、ノブに手をかける。
[踮起脚走到门前,握住了把手。]
そしてドアを開けるとそこで初めて、キィという音がした。
[然后门开之后,才听到“吱”的一声]
ドアの向こうにはサウルがいた。
[萨乌鲁在门的对面。]
彼はテーブルについて、深夜に一人でお茶を飲んでいたようだ。
[他坐在桌子前,好象在深夜里独自饮茶。]
「おや、どうしましたか・・・?」
[哦、怎么了…?]
音に気がついて振り返ったサウルは、ブルーニャの姿を見て少し驚きの混じった顔で微笑む。
[听到声音萨乌鲁回过头看见是布鲁尼亚,脸上的微笑夹杂着少许的惊讶。]
「宜しかったらお茶はいかがですか?今日、良い葉が手に入ったのですよ」
[如果可以的话一起喝茶怎么样,今天得到一些不错的茶叶呢。]
「・・・・・・・・・・・・」
[…………]
「ブルーニャ殿・・・・・・?」
[布鲁尼亚小姐……?]
不思議そうにするサウルは無視して、ブルーニャは無言のままテーブルへと歩いてき、そしてそこにあった果物ナイフを手に取った。
[不可思议的,布鲁尼亚无视萨乌鲁的话语,直接走到桌子前,然后拿起那边的水果刀。]
「ブルーニャ殿、何を・・・」
[布鲁尼亚小姐,你要…]
ナイフを両手で握ったブルーニャは、その銀色に輝く先端を己の喉元へとつきつける。
[布鲁尼亚双手握住水果刀,将银光闪闪的刀尖对准自己的喉咙。]
「何をしているのですかっ!」
[你在做什么!]
事を察したサウルが、慌てて立ち上がって彼女の手をつかんだ。
[发觉布鲁尼亚意图的萨乌鲁慌忙站起,抓住她的手。]
ブルーニャは抵抗した。ナイフは離さず、サウルから逃れようと必死でもがく。
[布鲁尼亚用力挣扎。她抓住刀,拼命想离开萨乌鲁。]
しかしサウルも決して、彼女の手を離そうとはしない。
[但是萨乌鲁坚决不放开她的手。]
「離して!」
[放开我!]
「嫌です、絶対に離しません。あなたがそれを離すまでは・・・」
[不行,绝对不放。你不扔掉刀的话…]
サウルの手は、痛い程にブルーニャの手をつかんでいた。
[萨乌鲁用力抓住布鲁尼亚的手,她感到了疼痛。]
それだけ彼が必死だということだが、ブルーニャもそれを譲りはしない。
[虽然他也在拼命阻止,可布鲁尼亚没有放弃。]
「はなしてっ・・・!」
[放开我…!]
制止した後一気に手を引くと、サウルの手からナイフが滑りぬけた。
[她用力抽回手,刀划过萨乌鲁的手心。]
「っ・・・」
[嘶…]
ナイフの鋭利な刃はサウルの手の平を切り、木の床に赤い血が滴り落ちる。
[锐利的刀刃划开了萨乌鲁的手掌,鲜血滴落在木质的地板上。]
からん、とブルーニャの手からナイフが落ちた。
[咔琅,水果刀从布鲁尼亚手中跌落。]
「サウル神父・・・!」
[萨乌鲁神父…!]
蒼白になったブルーニャが、手を押さえてうずくまったサウルに駆け寄る。
[脸色变得苍白的布鲁尼亚,跑向握紧手掌弯下腰的萨乌鲁。]
「大丈夫ですよ、これくらい・・・」
[不要紧的,这点伤…]
顔をしかめて笑ってみせるが、手の隙間からは今も尚血が流れ出ていた。
[脸上是强忍出的笑容,手指缝中还不断的滴下鲜血。]
強く握っていた分、傷は深いようだ。
[用力握着拳,伤口应该很深。]
ブルーニャは壁際に立てかけてあったサウルの杖に気付き、それを手に取って構える。
[布鲁尼亚发觉了斜靠在墙脚的萨乌鲁的魔法杖,她将法杖横在胸前。]
しかしサウルは、赤く染まった手でそれを制した。
[但是萨乌鲁用鲜血淋漓的手制止她。]
「・・・今のあなたには無理ですよ」
[…现在的你还不行的啊。]
「大丈夫です」
[可以的。]
ブルーニャははっきりと言い放ち、目を閉じて意識を杖に集中させる。
[布鲁尼亚坚定的说,然后闭上眼将精神集中于魔法杖上。]
杖は淡い光を放ち、その光はサウルの手を包み込むように広がっていった。
[法杖发出淡淡的光芒,那光芒包住萨乌鲁的手掌渐渐扩散开来。]
奇跡の光に覆われたサウルの傷は、みるみるうちに塞がっていく。
[萨乌鲁的伤口被这奇迹之光包容,迅速愈合起来。]
「・・・・・・・・・もう、随分と回復されたのですね」
[………已经,恢复得不错了呢。]
くすりと笑って、サウルはブルーニャを見た。
[萨乌鲁看着布鲁尼亚,笑出声来。]
しかしブルーニャは、すぐに顔を背けてしまう。
[但是布鲁尼亚却马上将脸别过去。]
「・・・・・・どうしてこんなことをしたか、教えていただけませんか?」
[……为什么要做这种事,能告诉我吗?]
「・・・・・・・・・・・・」
[………]
「私は、あなたは生きる道を選んでくださったのだと思っておりました・・・」
[我一直以为你已经选择了生存下去的…]
「・・・どうせ私は、エトルリアに引き渡されるのでしょう。エトルリアに生死を左右されるくらいなら、いっそ今死んでしまいたかった・・・・・・」
[…反正我,会被带到艾托鲁利亚的吧。比起在艾托鲁利亚被人左右生死,还不如就现在死去的好……]
床にあるサウルの血の上に、ブルーニャの涙が落ちる。
[布鲁尼亚的眼泪落下,滴在涂满萨乌鲁鲜血的地板上。]
サウルは悲しそうに微笑んで、そっと彼女の肩に触れた。
[萨乌鲁悲凉的笑了笑,轻轻按住她的肩膀。]
「私は先日、あなたに申し上げた筈です。あなたが死を望んでいるから、死なせるわけにはいかないと・・・その意味は、おわかりですか?」
[我前几天说过的。因为你希望死去,所以就更不能让你死…其中的意思,你明白吗?]
ブルーニャは強く首を横に振る。彼女の美しい紫色の髪が、僅かに乱れた。
[布鲁尼亚用力摇头。美丽的紫发,乱了。]
「・・・来て下さい」
[…你跟我来。]
そう言ってサウルは彼女の手を取り、ゆっくりと立ち上がる。
[萨乌鲁这么说着,拉住她的手,慢慢站起来。]
「え・・・サウル神父っ?」
[哎..萨乌鲁神父?]
「あなたに、見せたいものがあるのです」
[给你,看一样东西。]
にこりと微笑んで、サウルはブルーニャの手を引いて歩き出した。
[微微一笑之后,萨乌鲁牵着布鲁尼亚的手走出房间。]



サウルに連れられてブルーニャは、家の外へと出た。
[被萨乌鲁拉着,布鲁尼亚也出了门。]
外の空気を吸うのは久しぶりだ。
[很久没有呼吸到外面的空气了。]
こんなにも、空気とはおいしいものだっただろうか。
[这样,空气也可以说是美味的吧。]
「少し風が強いですね・・・大丈夫ですか?」
[风有点大了呢…不要紧吧?]
「ええ・・・」
[是…]
ブルーニャは頷く。その顔には僅かに笑みが含まれていた。
[布鲁尼亚微微点一下头。脸上浮现出一丝笑容。]
確かに風は強い。
[风确实挺大的。]
しかし久しぶりに外に出たブルーニャにとって、それはとても心地良いものだった。
[但是对于久未外出的布鲁尼亚来说,却是令人觉得神清气爽。]
もうすぐ夜が明けるのだろう、周囲が段々と明るくなっていく。
[可能马上就到黎明了吧,西周逐渐明亮起来。]
「御覧なさい、もうすぐ日の出ですよ」
[你看,马上就要日出了呢。]
東の空を、サウルが指差す。ブルーニャは視線をそちらへと移した。
[萨乌鲁指着东边的天空。布鲁尼亚的视线随着他的手望去。]
彼の言う通り、山の端から少しずつ光が差し始めてきていて、それは徐々に強くなっていく。
[就像他所说的,山的边缘逐渐透出的光影,一点点亮了起来。]
やがて太陽自身も山の陰から少しずつ姿を現し、光がブルーニャを、彼女のいるこの世界を照らしていった。
[终于太阳冲破了山的阴影,光芒照亮了布鲁尼亚,还有她所在的这个世界。]
眩しさに一瞬目が眩むが、ブルーニャはその光を見つめ続けていた。
[虽然一瞬间光芒刺同了眼睛,但布鲁尼亚还是盯着那光辉。]
日の出を見たのは初めて出はない。
[看日出这并不是地一次。]
けれどもこんなにも、何かを感じたのは初めてだった。
[但是由此感觉到的,却从未有过。]
心が締め付けられる。
[心被抓紧了。]
紫とオレンジが混ざったような空が、泣けるほど美しい。
[橙紫色的天空,美丽地能使人感动地落泪。]
「あ・・・・・・」
[啊……]
実際、ブルーニャは泣いていた。
[实际上,布鲁尼亚已经哭了。]
しかしその頬を伝う流れを拭うことはせず、ブルーニャは空を見続ける。
[但她并不抹去脸颊的泪水,布鲁尼亚直直得望着天空。]
彼女の手を握ったままのサウルも、穏やかな表情で朝空を見上げていた。
[握着她手掌的萨乌鲁也一脸的平静望着清晨的天空。]
「美しいでしょう・・・あなたが生きている世界は、こんなにも美しいのです」
[很美丽是吗…你所生存的世界,是这么美丽的啊。]
穏やかな調子で、サウルが言う。
[平静的语气,萨乌鲁说着。]
ブルーニャは頷かなかったが、肯定しているのがサウルにはわかっていた。
[布鲁尼亚没有点头,但萨乌鲁知道她已经同意了。]
「私は、この世界が好きですよ。確かに人は醜いかもしれない、けれどもこうして、自然を素直に美しいと思うことができる。それだけで、充分幸せではないのでしょうか・・・」
[我,很喜欢这个世界呢。的确人可能是丑陋的,但是却可以这样,坦率的接受自然的美丽。能够这样,不已经是非常幸福的吗…]
「私は・・・・・・」
[我……]
唇を震わせながら、ブルーニャが言葉を切り出す。
[嘴唇微微颤抖着,布鲁尼亚敞开了心灵。]
「私は、あの方がこの世界から消えて・・・そのまま光も共に消えてしまったと思っていました・・・・・・」
[我以前一直以为,那位大人从世界上消失后…将会带走世界的光芒……]
「そんなことはありません。あなたが生きている限り、光は消えはしないのです」
[不会的。你生活的每一天,光芒就会在你身旁的。]
「知りませんでした。こんなにも、美しいものがあったなんて・・・この世界が、こんなにも美しいなんて・・・」
[我以前不知道。有这么,美丽的东西…这世界,是那么美丽的…]
「空を見て美しいと思うことも、誰かを愛しいと思うことも、涙を流すことも・・・生きていなくてはできないことです。生きていることが、何よりも素晴らしいのですよ」
[仰望天空感叹她的美丽,将心爱的人埋藏胸中,泪水夺眶而出…只有活着才可以感受的。活着,是比任何事情都要美妙的啊。]
「でも、生きることは苦しいです。大切な者を失ったり、希望を見失ったり・・・」
[但是,活着也有痛苦。失去重要的人,失去希望…]
「それでも、あなたの中で光は息衝いています。今も・・・これからも・・・・・・」
[即使如此,你心中的光芒也不会消失。现在是…将来也是……]
ブルーニャは一度サウルの方に目を向ける。
[布鲁尼亚将视线转向萨乌鲁。]
サウルは微笑み、そして頷いた。
[萨乌鲁笑着,点头。]
ブルーニャはもう一度空に顔を向けた後、あいている方の手で涙を拭う。
[布鲁尼亚再次将双眼望向天空后,用另一只手抹去眼泪。]
そうして再びサウルを見て、微笑んだ。
[然后再次转向萨乌鲁,微笑着。]
「ありがとう・・・ございます・・・」
[谢谢…您…]



















それから数日して、ブルーニャは自らエトルリア軍へ行くことをサウルに告げた。
[几天后,布鲁尼亚将自己决定跟从艾托鲁利亚军的事告诉萨乌鲁]
「本当に、宜しいのですか?」
[真的,这样好吗?]
「はい。もう決めたことです」
[是的。我已经决定下来了。]
「あなたさえ望むなら、このままエトルリアに見つからない所へ逃がして差し上げることもできるのです・・・」
[如果你希望的话,我可以协助你逃到艾托鲁利亚军无法找到的地方…]
ブルーニャは微笑んで、ゆっくりと首を横に振る。
[布鲁尼亚微笑着,轻轻地摇头。]
彼女は今、以前着用していたものと同じ軍服に身を包んでいる。
[她的身上,穿着和以前相同的军服。]
しかしその表情は、未来に絶望し死を望んでいたあの時とはまるで別物で、酷く穏やかだ。
但是那表情,简直和以前绝望求死时别如他人,相当的平静。
「私は、私として生きることを決めました。その為にも、今は逃げることはできません」
そうしてサウルを見つめる彼女の瞳に、迷いはなかった。
[她凝视萨乌鲁的眼神中,找不到一丝迷茫。]
ブルーニャの命を救ったことに迷わなかった、サウルのように。
[就像萨乌鲁拯救布鲁尼亚时,没有任何的犹豫。]
「そうですか・・・わかりました。あなたの幸撙颉ⅳ恧辘筏皮い蓼埂
[是吗…我明白了。祝你,幸福。]
「・・・ありがとうございます。あなたには、どんなに感謝してもしきれません」
[…谢谢您。您的恩情,我真不知如何报答]
「感謝はいりませんよ。私は神父です、迷える人を光へ導くことが私の役目ですから・・・」
ブルーニャはゆっくりと頷き、そっと右手を差し出す。
[不必感谢我啊。我是神父,给彷徨的人指引光明的道路是我的职责…]
「サウル神父。私達はまた・・・どこかでお会いできるでしょうか?」
[萨乌鲁神父。我们还能…再见的吧?]
「勿論ですよ」
[当然了。]
サウルも頷いて、彼女の手を握った。
[萨乌鲁也点一下头,握住了她的手。]
「生きていれば必ず・・・。人とは、どこかで繋がっているものです」
[如果活着就一定…。人和人,都是被无形的线所联系着的]
「そうですね。・・・私も、そう信じています」
[是啊。…我也相信。]
ブルーニャの笑顔は晴れやかだった。
[布鲁尼亚露出灿烂的笑容。]
夜の闇を振り払い、眩しい程に世界を照らす朝日のように。
[就像赶走黑暗,用耀眼的光芒普照大地的朝阳。]
地上に生きる全てのものを見守りつづける、空のように。
[像天空一样,守护着地上所有的生命。]
「ですから、別れの挨拶はしません。また、お会いしましょう。ブルーニャ殿」
[所以,我不会和你告别的。以后,还会再见的。布鲁尼亚小姐。]
「はい、サウル神父様・・・」
[是,萨乌鲁神父大人…]


世界は美しいから、そこに生きる私たちは孤独ではないから、
[因为世界是美丽的,也因为我们并不是孤独的,]
その喜びを知るために、感じ続けるために、私たちは生きていく・・・・・・
[为了了解这喜悦,为了一直感受它,我们将生存下去……]











―――ほら、世界はこんなにも美しい
[———看,这世界有这么美丽]

『美しき世界』END

十字锁链 2003-01-23 15:16
…それにしても不思議なものだ。
[…即使这样也真是太非常不可思议了。]
ブルーニャは傍らを歩く少女をちらりと横目で盗み見た。
[布鲁尼亚用余光偷偷扫了一眼走在旁边的少女。]
一言も言葉も交わさず無言で進む先にあるのはベルンにとって最後の砦ともいうべき秘蔵の場所。
[路上没有交谈过只言片语,向着可以被称为贝鲁恩最后的堡垒的隐蔽场所默默地前进。]
だからこそそこへ続くこの回廊はベルンの重鎮ですら知らないまさに秘蔵中の秘蔵で、多分この先誰も ――この回廊の存在すら―― 知ることはないだろう。
[正因为如此,现在所通过的回廊是贝鲁恩的重镇这件事也不为人所知,可以说是秘密中的秘密,估计回廊所通往的——这回廊的存在——也无人知晓吧。]
だが今心に引っかかっているのはそんなことではなくて。
[但是现在担心并不是这种事。]
無駄に長いこの回廊は一見しただけでは質素そのものだがその実非常に高価な石材が基盤となって造られており、その分反響効果も高いはずなのだが。
[这回廊看上去十分普通但实际上是非常奢侈的使用了昂贵的石料作为基磐,因此本应该具有很高的回声效果。]
どう耳を澄ましてみても聞こえるのはひとり分の足音だけだった。
[但不管如何仔细的分辨,只能听到一个人的脚步声。]
少し踵の高いピンヒールが鳴らす甲高い音。
[是中跟的尖鞋掌敲击地面的声响。]
ブルーニャの見事な脚線美を包み込んだブーツは戦場には少し適さないうに見えるが、不思議と足に馴染むのでいつの間にかそれを軍靴として愛用するようになっていた。
[包裹着布鲁尼亚健美脚线的靴子看上去不太适合战场,但因为非常舒适所以不知不觉她就把这双作为军靴穿着。]
耳障りにならない程度にカツンカツンと響く音。
[尽量把靴子的“咔、咔、咔”声控制在不打扰分辨脚步声的程度。]
だがこの場合どう考えても聞こえるべきもう一つの音が聞こえてこない。
[但是现在本应该存在的另一个人的脚步声怎么也听不到。]
傍らをしずしずと歩く少女。
[少女在旁边静静的走着。]
全身をすっぽりと包むローブが回廊を滑る衣擦れの音こそすれ、足音など欠片も聞こえない。
[时时听见她身缠的魔法道袍在回廊上擦过的声音,但就是听不见一点脚步声。]
よほど気を使って歩いているのか、それとも裸足なのか。
[是走路的时候非常非常的小心,或者就是光着脚了。]
どうでもいいようなことばかりが浮かんでは消える。
[虽然不是什么紧要的事,但时时进入她的思考中。]
無駄を嫌うブルーニャにとってそれは珍しい事だが、気を散らしていないと少女が放つ何かの威圧感に負けてしまいそうになる。
[对于不喜欢多事的布鲁尼亚来说这是件稀罕事,不在意一下的话好象就要输给少女释放出的威压感一样。]
それは少女の傍にいるといつも感じる事だったが、何故だか今日はそれがことさら強い。
[这种感觉只要站在少女身旁就能感到,但为什么今天特别强烈。]
知らず、ブルーニャは喉を鳴らした。
[不觉的,布鲁尼亚的喉中发出一声声音。]
いつの間にか、喉がカラカラに渇いていた。
[不知什么时候,口渴得喉咙都难受起来。]
ふと前方に気配を感じた。
[突然感到前方有人的踪迹。]
見るとつい先ほどまで何もなかったはずの場所にひとりの男の姿があった。
[定神一看刚才还没有异常的地方出现了一个男子的身影。]
どう考えても異色の肌、燃え滾る炎を宿したような深紅の髪、そして冴え凍るような冷たい瞳。
[不管怎么说这异常的肤色,如熊熊燃烧的烈火般的深红头发,还有结冰样的冷酷眼神。]
大の男でさえもすくみ上がるようなキツさをこめた眼差しがまっすぐこちらを射抜く。
[那能够威慑任何壮汉的尖锐眼神直直地向这里射过来。]
傍らの少女を一瞥した後ブルーニャにも視線を向けた。
[瞥了一眼旁边的少女后将视线投向布鲁尼亚。]
どこか高圧的にさえ思える目は他の者の前に晒せば敵意の象徴と取られるのだろうが、それにすら慣れてしまった自分にとってはさしたる感慨を呼び起こすようなものでもなかった。
[虽然如果对别人采取威压的目光是会被对方认为有“敌意”的表现,但因为习惯了,所以好象自己也没有什么特别的反映。]
暫しの沈黙の後ゆっくりと開かれる唇。
[短暂的沉默之后开了口。]
どう表現していいか分からない不思議な『音声』がブルーニャの耳枻蛘黏铯护搿
[一种无法用语言表达的奇妙的“音声”震动了布鲁尼亚的耳膜。]
主より受けていた指示通り男に少女を引き渡す。
[按主命将少女交给那名男子。]
そのとき、目深に被ったローブの裾から少女の目がこちらを仰いだような気がした。
[那时,感觉到少女的目光越过魔法道袍那竖起的衣领直射过来。]
正直言ってぞっとしないものを感じる赤と緑のオッドアイ。
[老实说那是常见的绿红分明的眸子。]
でもそれはほんの一瞬の事だけで瞬きを繰り返す間に少女はその場を立ち去った。
[但那只是一瞬间而已,待回过神来少女已经向对面迈开了脚步。]
何かに導かれるようにまっすぐその先を進む足取りにはそれでも迷いが感じられなかった。
[如同被什么所引导的一样,那笔直的足迹使人感觉不到一丝地犹豫。]
見るともなしに見つめるその後ろ姿。
[(布鲁尼亚)茫然地凝视着她的背影。]
足元を覆い隠すほど長い濃紫のローブ。
[长过脚踝的深紫色长袍。]
だがどれほど隠そうと得体の知れない雰囲気はローブの布地をすりぬけてにじみ出ている。
[但虽然想尽量遮掩,可是那长袍好象被那种神秘的气氛刺串一样。]
それは少女の傍らにいる時いつも感じ取れる奇妙な波動。
[那就是在少女旁总能感觉到的那种奇妙的波动。]
そしてそれと同時に湧き上がる不快な感情。
[而且,与其同时不愉快的感情也喷薄而出。]
それを押し隠すようにして男と一言二言言葉を交わす。
[似乎是为了掩盖这感情,她和男子交谈了两句。]
間近に迫った最終決戦。
[最终决战的时间迫近。]
ベルンの存亡を賭けた戦いがじきに幕を上げる。
[赌上贝鲁恩存亡的战斗即将拉开帷幕。]
男はあざ笑うようにブルーニャの決意を聞いていたが彼のそんな態度はどうだって良かった。
[男子带着嘲笑般的神情打听了布鲁尼亚的决定,但他不管是什么态度对她来说都无关紧要。]
ベルン人ではない者にこの決意を分かってもらおうなどはなから考えていない。
[根本就没想过贝鲁恩阵营以外的人会理解这种决定。]
彼は言った。『われらはわれらの戦い方をすることにする』と。
[他说:“我们决定使用我们自己的方式战斗。”]
それでいいと思ったからそれ以上は何も言わなかった。
[因为认为这样可行所以也就没说任何多余的事。]
他人には分からない気持ち。
[他人无法理解的感情。]
他人には出来ない戦い方。
[他人无法进行的战斗方式。]
自分にしか出来ない、自分にしか遂げる事の出来ない想いだからこそ固められる決意。
[因为是只有自己才可以,只有自己才能实现的心愿。所以才如此坚定了决心。]
たぶん男の思いと自分の想いはまったく違うのだろうが、それはそれでいいと思った。
[那男子的想法应该和自己完全相异吧,反正这也没关系。]
最終的な利害が一致するからといって何も手を繋いで仲良くする必要などどこにもない。
[就算最终利益一致,也不需要专程想什么方法以搞好关系吧。]
むしろ上っ面だけの連帯感など煩わしいものでしかない上、下手をすれば今まで以上に強い団結力を持っている軍の綻び目をつくってしまうことになりかねない。
[相反的表面上的关系使人厌倦,弄得不好还可能成为本应具有强大团结力的组织的弱点。]
それだけは絶対に避けなければならない事態だった。
[这是无论如何都必须避免的事。]
ただでさえ敗色の濃い戦。
[即便如此,也已是败色渐浓。]
破竹の勢いでベルンを攻め落とさんと迫るエトルリア軍に今のベルンの軍力が劣るとは考えたくはないが、現実的な問題に目を背けるほど将軍としての力量がないつもりはなかった。
[不想承认贝鲁恩的军力要比势如破竹进攻而来的艾托鲁利亚军要弱,但不可否认的是作为将军自己太背离现实了。]
だからこそ兵士たちに伝えさせた言葉。
[因此这样对士兵们说。]
全てを捨ててまで自分に従ってくれなど言えるはずがない。
[我不会叫你们放弃一切来跟从我。]
いざとなれば自分ひとりでも立ち向かう覚悟はあった。
[万一有什么事我已经有了一个人挺身而出的思想准备。]
彼には彼にしか出来ない戦い方があるというのなら、自分にも自分にしかできない戦い方がある。
[如果说他有自己的战斗方式的话,那么我也是有非自己而无法实现的战斗。]
男の不遜な態度は鼻についたが、その部分に関しては少しだけ賛同できると思った。
[虽然男子嗤之以鼻,但关于这部分还是应该能够接受的吧。]
そしてふと気付く。
[这时突然察觉到。]
思えば、男と意見があったことなどこれまで一度もなかった、と。
[仔细想想,和男人已经一致的经历一次也没有。]
思わず微苦笑を零すと男の瞳が僅かに細められた。
[不觉地苦笑一下,然后稍稍打量一下男子的眼神。]
炎のような血のような紅い瞳はかの少女を思い起こさせるような薄ら寒さを秘めて妖しく輝く。
[如火焰般的血红双眼闪烁的妖异光芒冷冷的,使人不由的想起那少女]
動揺を押し隠しその場を立ち去るが、踵を返す前の一瞬視界に入った男の目には明らかな嘲笑が浮かんでいた。
[为了隐藏自己的胆怯正要离开,挪动脚步的一瞬间那男子眼里露骨的嘲笑进入视线中。]
そんな男の目とまったく表情というものを浮かべないかの少女の目が、なぜかこのときピッタリと重なったような気がした。
[这男子的眼神和毫无表情的少女的眼神,不知为什么此时在布鲁尼亚的脑海里严丝合缝地重叠了起来。]






大国ベルンが誇る三竜将のひとりに与えられた自室にしては、その部屋は質素の一言だった。
[作为大国贝鲁恩赐予三龙将之一的房间,只能用朴素一词来形容。]
さすがに女性特有のわずかな華やかさはあるもののさして広くもなく無駄な調度品もあまりない。
[虽然有一些女性特有的修饰,但并不宽敞而且还没有多余的奢侈品。]
肌のなれた部屋のソファに身体を下ろし、ブルーニャは深い溜息を洩らした。
[把身体深深埋在已经习惯了的沙发里,布鲁尼亚深深地叹了一口气。]
…予想外の出来事だった。
[…是预料之外事情。]
各人の判断に任せるといったのは確かに自分だったがよもやこれほどまでの決意があったとはさすがに思わなかった。
[让每个人自己选择这句话的确是出自自己的口中,但先前根本没有想到自己会有如此巨大的决心。]
聞けば末端の兵士にいたるまで士気は最高潮に至っているという。
[听上去甚至连那些新兵的士气也达到了最高点。]
いざとなれば自分ひとりでもエトルリア軍と戦ってみせる、その決意に嘘はなかったが。
[万一有了什么不测的话我一个人去战斗。这决定中没有任何虚伪的成分。]
まったくもって予想外の出来事だった。
[简直就是预料之外的事。]
大陸最強の軍事力を要するベルン兵であるという矜持は末端の兵士に至るまで行き届いているらしい。
[拥有大陆上最强军事实力的贝鲁恩士兵的骄傲,已经传达到了每一个新兵的脑海中。]
それほどまで彼らを駆り立てるもの。
[他们在这种情况下还勇往直前。]
敗色の濃い戦いにおいて尚誇りを見失わない彼ら。
[他们在败色渐浓的情况下还维护着自己的尊严。]
ブルーニャは自然と込み上げる震えを抑える事が出来なかった。
[布鲁尼亚无法抑制自己因感动而产生震颤。]
かの人の意思と理想と存在力は、いまだ失われる事なく我々に根付いている。
[那个人的意志、理想和存在力,完完全全地扎根在我们的心里。]
世界各地に散っていた残存兵力をかき集めても五分に持ち込めるかどうかも分からない戦に置いて彼らは自分たちの勝利を信じて疑わない。
[就算将各地的兵力聚集起来也无法对等的战斗。虽然如此,他们还是抱着必胜的信心。]
無論それはブルーニャにも当てはまる事ではあったけれど。
[当然这也不是布鲁尼亚能够预料到的。]
それより何よりブルーニャの心を揺さぶるものがあった。
[此外还有更让布鲁尼亚感动的事情。]
ベルンの最高指導者においてまた軍事の最高司令官でもあった人物。
[贝鲁恩最高领导人兼军事的最高司令官。]
世界最強国家ベルンの長い歴史の中でもたぶん屈指の才能と器を持っていた王。
[就是在世界上最强国家贝鲁恩的历史中也算得上拥有屈指可数的才能和潜质的君王。]
かの人は、死して尚息づいているのだ。
[那个人,虽然已经不能呼吸,可是仍然活着。]
兵士の心の中に。
[在士兵们的心中。]
将軍たちの意識の中に。
[在将军们的意识中。]
ブルーニャの想いの中に。
[在布鲁尼亚的思念中。]




最初は顔も知らない憧れだった。
[最初时虽然连面也没见过,就已经仰慕他了。]
ベルンという国に生まれた者なら誰もが夢見るベルン軍の兵士の座。
[在贝鲁恩出生的人谁都梦想成为他的士兵。]
代々優秀な騎士を輩出してきた有名な貴族の家柄だったためにそれを目指すのは当然の成り行きだった。
[出生于代代贡献优秀骑士的名门贵族,所以把这当作目标也是一件理所当然的事。]
ブルーニャは剣は扱えなかったがそのかわり比類なき魔力を持っていたためたやすく軍に入ることが出来た。
[虽然布鲁尼亚不会用剑,但她无与伦比的魔力使她轻松的加入了军队。]
何万という兵士が顔をそろえる中、それでも新人であるはずのブルーニャは高い魔力と類稀な頭脳、そして持ち前の戦い方のセンスの良さからすでに頭角を現していた。
[在数以万计的士兵中,布鲁尼亚因为她高强的魔力、聪明的头脑以及毫不退缩的战斗方式而崭露头角。]
ベルンの王ゼフィールは実力主義である。
[贝鲁恩国王赞菲鲁实行的是实力主义。]
生まれが卑しい者であろうと、功を立てた者・才のある者には惜しみない褒美を与え、その地位を約束した。
[他和国民约定就算是出生卑贱的人,只要立功、或者才能出众,他就会毫不吝啬的加以奖励,并且赐予官职。]
格式ばかりを重機におき真実の何たるかを疑いさえしないエトルリアの王族・貴族たちとは決定的に違うところだった。
[和只重形式而对其事实不加关心的艾托鲁利亚的王宫贵族有决定性的区别。]
そんな徹底した態度を疎み、先祖の功である家柄やら地位やらを笠に立てる貴族たちからは見当違いな批判を受ける事がしばしばあったらしいが、彼はそんなものなどに見向きもせず、むしろ意にそぐわない者は容赦なく地位を剥奪し国から追放した。
[因为他贯彻了这种主义,结果经常发生靠祖辈功劳而获得地位的贵族们的非难事件,但是他毫不顾忌,甚至将那些反对他思想的贵族剥夺权力、施以流放。]
そのあまりに徹底したやり口に自国のみならず他国からも独裁者という肩書きを押し付けられてしまったが、彼はそれを一笑に付したという。
[由于这种彻底的做法,不仅是自己国家,连他国也给他戴上“独裁者”的帽子,而他只是一笑置之。]
『支配者などひとりでいいのだ』 と。
[说“支配者只要一个人就够了。”]
傲慢に過ぎるその言葉も国を統べるに値する力量と器が備わっていれば真実となる。
[只要拥有能够治理国家的力量和才能,那么这句过于狂妄的话就是事实了。]
事実彼は自ら起こしたこの戦争を『解放』だと明言した。
[但实际上他们发起战争时举起了“解放”的旗号。]
何に対する解放なのか、そしてそれが何に帰一しているのか。
[那是对于什么的解放,去向何方的归依呢?]
真実は彼の中に閉じこめられたままそれを聞き出す機会は永久に失われた。
[事实就被他们掩藏起来并且还永远失去了追问的机会。]
だが全てを知ることなどできずともその一端を知ることは出来る。
[虽然无法知晓起全部,但有一点是明白的。]
少なくとも長年彼の傍に仕え、手となり足となり戦いに身を投じてきた自分にはおぼろげながらその姿が見える。
[至少长年累月在他身旁,成为他左膀右臂投身于战斗的自己,可以朦朦胧胧地看见他的身影。]
くるぶしまで覆う裾長のローブを目深にかぶり、底冷えするような冷たい瞳を持つ少女。
[长过脚踝的道袍将眼睛遮掩,拥有冷彻心肺般眸子的少女。]
『支配者などひとりでいいのだ』 その言葉が。
[“支配者只要一个人就够了。”这句话,]
妙な符号としてブルーニャの脳に焼きつくようになっていた。
[成为一个奇妙的符号印刻在布鲁尼亚的脑海中。]


勘繰りは下種であるということは重々承知である。
[虽然明白胡乱猜测是卑鄙的行为。]
が、少女の事を思うとき焼け付くような痛みが走る事をどうしてもとめることはできなかった。
[但是一想起少女的事,就无法制止那如火焰烧伤般的疼痛感。]
多分彼らの間に自分が想像していたような関係はない。
[多半是他们的关系和自己想象的不同吧。]
断言してもいいはずなのにそれでも湧き上がってしまうのはひとつの醜い気持ち。
[断言也无所谓但涌出的那种感情却是令人恶心的。]
嫉妬という感情を、その時ブルーニャは初めて理解してしまった。
[称为嫉妒的感情,那时布鲁尼亚第一次理解。]





ブルーニャはこの質素な部屋の中で唯一女性らしさを演出している大きな姿見の前に立った。
[布鲁尼亚在这朴素的房间里面对一面大镜子表演着唯一的女性的一面。]
血走った目。
[充血的眼睛。]
噛み締め損ねた唇。
[紧咬着的嘴唇。]
青ざめてかさついた肌。
[有点泛青的脸色]
細かく痙攣する首筋。
[微微抽续的脖子。]
…心が醜ければそれが容姿にも反映するのだろうか。
[如果心灵丑陋的话就会反映到脸上。]
そんな吟遊詩人が歌うような陳腐な言葉が浮かんだのは鏡に映った女があまりに醜かったからだ。
[脑中浮现出这吟游诗人的陈腐诗句的原因就是因为镜中映出的女子过于难看吧。]
戦時中であろうとなんだろうと女である事を捨てた事はなかった。
[就算是在战争中,或是别的什么时间,唯一不能舍弃的便是身为女人这件事。]
身だしなみなどと下々の女がいうような気使いではない、もっと奥深いところ。
[并不是打扮之类的那些普通女人关心的事。而是更加内在的什么。]
それは本能とでもいうべきものだったのかもしれない。
[这可能应该说是本能吧。]
美しくありたいという願いは女であれば当然持ちうる欲望であり、それは大陸最高の魔道士として名を馳せる大将軍ブルーニャですら例外ではなかった。
[期待自己变得更加美丽是作为女人理所当然的愿望,就是拥有大陆上最高魔导士之称的大将军布鲁尼亚也不例外。]
ならば、姿見に映っている女の目を背けたくなるようなこの醜さは一体何なのか。
[那么,这个丑陋的让人想转移视线女人又究竟是怎么一回事。]
ブルーニャはくっと喉の奥で笑った。
[布鲁尼亚的喉咙深处发出了笑声。]
自分の心の奥に眠っていたはずの少女のような感傷が浅ましく滑稽だった。
[她甚至对本应在自己内心沉睡的少女般的感伤觉得有点滑稽。]
だが、今はそんなどうでもいい感傷に浸っている場合などではない。
[但是,现在不是沉浸在这种感伤中的时候。]
決戦の時が、間近に迫っているのだ。
[决战的时刻已经迫近。]
そしてこれはベルンの意地と存亡を賭けた、たぶん最後の戦いになる。
[而且应该是赌上贝鲁恩的意志和存亡的、而且可以说是最后的一战了。]
勝っても敗れても。
[是胜是败。]
ブルーニャは、紅く塗られた唇で苦しく笑った。
[布鲁尼亚抿起鲜红的嘴唇苦笑了一下。]
敗れても、…そして万が一勝ったとしても。
[就算是败了,…还有万一胜了的话。]
かのひとのいないベルンは、ブルーニャにとって死んだも同然だった。
[没有那个人的贝鲁恩,对于布鲁尼亚来说如同死了一样。]





『あなたがいなくては生きていけないの』
[“没有你我无法生活”]

遠い遠い昔、読んだことのあるひとつの書物。
[很久以前,曾经读过这样一本书。]
ぬいぐるみを抱いてお姫様になることを夢見る少女が好んで読むような物語の中に記されていたひとつのセリフ。
[幻想成为怀抱布娃娃的公主的小女孩都喜欢看的故事中记载的一句台词。]
ある男と女が出会い、恋をし、将来を誓い合う。
[一对男女相逢、相识、相爱,然后私定终生。]
その間に様々な困難がふたりを襲うが、苦しみながらそれを仱暝饯ㄗ罱K的に結ばれる男と女。
[在此之中无数的困难向他们袭来,两人克服了各种阻碍最终结为夫妻。]
どこにでも転がっていそうな陳腐な物語の中、女は恋人の手を握り締め『あなたがいなくては生きていけないの』と、そう呟いた。
[在老掉牙的情节中,女方总会握住恋人的手呢喃着说“没有你我无法生活”。]
ブルーニャがそれを読んだのはまだ少女と称しても遜色ない年頃で、まだ色恋の何たるかも知らなかったため特に気にも止めず、ただ物語の終盤になって現れる花嫁姿の女にうっとりと見とれていた。
[布鲁尼亚读这故事的时候还是应该说是少女的年龄,对恋爱之类根本没有特殊的感觉。所以在这一段也没停留,单单只是读到故事的最后,憧憬那女主角的新娘打扮而已。]
ならば今ならばどうなのだろう。
[但是现在又怎样呢?]
ふと考えてみた。
[稍微考虑一下。]
『あなたがいなくては生きていけないの』
[“没有你我无法生活”]


――― 考えるまでもない。
[———根本不用考虑。]
ブルーニャは苦く笑った。
[布鲁尼亚苦笑一下。]
こうして生きのさばらえている自分がいる。
[自己就是这样毫无生气的送走每一天的。]
答えなど、それだけで充分だった。
[答案,这点就足够了。]





多分用途は多岐に渡るだろう、手の平におさまるサイズの小さな木箱。
[估计是用于随身携带的,木盒小得能够放在手掌上。]
カチャリと小さな音を立てて開かれると同時に中から香る安っぽい白粉の匂い。
[随着小箱“咔锵”一声打开,便宜的白粉的味道传入鼻中。]
その中にある比較的小さなケース。
[在里面还有一个较小的盒子。]
ふたを開けると中には目の覚めるような紅が収まっている。
[一打开盒子鲜红的色彩就跃入眼中。]
小指で掬い、唇に塗りつけた。
[用小指蘸一点,涂在唇上。]
ほんのりと苦味のある紅。
[带有一种苦味的口红。]
かさついた唇が紅の力を借りてしっとりと濡れ潤いを増した。
[少许裂开的嘴唇凭借着口红力量,变得红润起来。]
それだけでブルーニャの美貌は蘇ったが、白い肌に目が覚めるような赤は不吉なほど際立った。
[就只有这一点小动作,使布鲁尼亚的美貌觉醒了,但是这鲜红色在雪白的肌肤的映衬下显得有写不吉利。]
―――― だが、もしこれが。
[————但是,如果这样。]
ブルーニャは小指で唇をなぞった。
[布鲁尼亚用小指抹了抹嘴唇。]
もしかのひとの血であれば、どうなったのだろう。
[如果是人的血的话,会怎样呢?]
かのひとが最後に流した血。
[那个人最后流的鲜血。]
深紅の玉座の上で流したのだろう鮮血。
[在深红色的王位上流淌的鲜血。]
それを、この唇に擦り込む事が出来ていたなら。
[如果能够把这涂抹在嘴唇上。]
彼の血肉をこの体内に取り込む事が出来ていたなら。
[就算是微乎其微,如果能够把他的血肉融如体内的话。]
この身体に渦巻き続けている渇きにも似た欲望を満たす事が出来たのだろうか。
[应该能够满足这在体内翻滚的欲望吧。]
彼を、この身の一部に取り込む事が出来たのだろうか。
[能够把他融为身体的一部分吗。]
普通では考えも付かないような獣じみた欲望。
[这是平时想都不会想的野兽般的欲望。]
それは人間がもつ原始的な衝動が如実に表れたひとつの形だった。
[这如实的表现了人类所具有的原始的本能。]





何時の頃からなのだろう。
[是从什么时候开始的呢?]
彼を遠く感じ始めたのは。
[感到他是遥远的存在。]
彼がまるでこの世の者ではないように思えたのは。
[认为他仿佛并不是这个世界的人。]
傍にいながらあまりにも遠く感じる存在感。
[就是在身旁也好象离开很远一样。]
けれど、それでも構わなかった。
[但是,这样也不要紧。]
彼というベルンが生み出した最高の人物を間近で感じ、見つめていられる。
[因为能够在这么接近的情况下感觉、凝望着这贝鲁恩历史中最优秀的君王。]
そして、僅かなりとも彼の力となることが出来る現状に、少なくとも満足はしていた。
[然后,虽然现在只有一点点,但是能够帮助他,就可以感到满足。]
彼が望むものを理解し、彼の思考を読み、彼とともにあり続ける。
[理解他的愿望,推测他的想法,持续和他一起的时间。]
ひとりの兵士として、ひとりの将軍として、…そしてひとりの女として。
[作为一个士兵,一个将军。…一个女人。]
それは途方もない至福だった。
[那是一件非常幸福的事情。]
彼のほんの気紛れで声の掛かる夜。
[那天晚上他把我叫到房间里也只是有点乱性了吧。]
交わる想いがなくとも交わる事のできる身体は確かに悦びを感じていた。
[虽然没有可以交流的言语,但是身体愉快地感觉到有可以做的事]
睦言のない乾いた情事。
[毫无感情的干涩的情事。]
たとえそれが彼にとって欲を吐き出すただの『行為』に過ぎなくとも。
[当然就算他将这欲望说出,也只不过是想进行一种“行为”而已。]
それでももっとも彼を間近に感じられるその行為に、それ以上望むものなどなかった。
[对于这种与他最亲近的行为,她不会奢望更多的。]
少なくとも、彼はこの自分を、ブルーニャという女を必要としてくれている。
[至少,他把自己,布鲁尼亚当作一个女人看待。]
自己満足に過ぎなくともその想いは確かに優越感と呼ばれるものだった。
[虽然这样只能使自己满足,但这心愿却确确实实地引发了她的优越感。]
だがそれは本当に儚い自惚れでしかなかったと気付くのに、そう大した時間は掛からなかった。
[但是,即使阿已经感觉到那是自己的一相情愿,可还是在这上面花了大量的时间。]



目深に被られたローブのせいでろくにその姿を見ることが出来なかったが。
[因为全身包裹着道袍所以没有办法看清她的姿态。]
たぶん美しい少女なのだろう、そう推測する事が出来るほどブルーニャは自覚もないまま彼女を見ていた。
[但总觉得她是一个美丽的少女,似乎靠推测就能知晓这事的布鲁尼亚不知不觉地凝望着她。]
猡辘工毳愆`ブのせいで際立つ真珠のように白い肌。
[估计是黑色道袍的缘故,少女的肌肤被映衬地格外白皙。]
銀の絹糸のような髪。
[如银丝般的头发。]
そして、底冷えするような緑と赤の瞳。
[还有阴冷刺骨的绿白色瞳仁。]
『暗闇の巫女』そう呼ばれる少女について分かる事は僅かにそれだけ。
[关于被称为“黑暗巫女”的这个少女,知道的只有这些。]
そしてもうひとつ。
[还有一件事。]
物静かながら漂う並みならぬオーラ。
[静静浮动的非同一般的水晶球。]
直接当てられたなら失神してしまいそうに強烈な印象を与えるそれは物静かな彼女の存在感を際立たせ、それが逆にベルンの重鎮たちをして「不吉な」と言わせしめる原因でもあった。
[其原因有两个,一方面是使人感到被碰到后会直接引起昏迷的强烈印象和少女的寂静
对立,还有就是贝鲁恩的重臣都说这“不吉利”。]
『暗闇の巫女』 いつしかそれが彼女の呼称となっていったが、それは尊称などでは当然なく、畏怖と蔑みを込めた皮肉となって知らず定着していった。
[也不知是什么时候称她为“黑暗巫女”的,当然这不会是什么尊称,而是包含着恐惧以及蔑视的挖苦。]
だがブルーニャにとってはそれだけの存在。
[但对布鲁尼亚来说她就是她。]
最初は予言者か何かかという程度の認識しか持っていなかった。
[最初预言者什么的只有这么一点认识。]
だが。
[可是。]
彼の傍近くに仕え(それは今まで自分の特権だった)
[在他身旁侍奉他(至尽为止还是自己的特权)]
彼の勅命を受け(それが自分の役目だった)
[接受他的直接命令(这曾是自己的职责)]
彼に付き従う(それは自分がなりたかったもの)
[和他共事(这是自己心甘情愿的)]
すべて、自分の役割だった。…そのはずだった。
[这全是自己一个人的事。…本来应该是的。]
だがそれもやがてすべてが自分の醜い自惚れでしかなかったと知る事になった。
[但也从此知道了自己那只不过是一种丑陋的自恋这件事。]
だからといって少女に抱くこの想い、それを嫉妬だなどという下種な感情にしてしまいたくはなかった。
[但是不能因为这样就把自己对那少女抱有的感情归为嫉妒之类的下贱的冲动。]
違う、そんなものではない。
[不,不是那样的。]
嫉妬でも羨望でも、まして憎しみでもない、と。
[不是嫉妒,也不是羡慕,更不是憎恨什么的。]
そう抑制をかける理性を醜い本能が否定した。
[强烈的理智抑制住了这丑陋的本能。]


ただ、そばにいられれば良かった。
[只是,能在他身边就好了。]
かのひとがいて、かのひとが望む理想をともに追い求めて、かのひとの力となって。
[在他身旁、追寻他的理想、成为他的力量。]
それ以上など望むべくもなかった。
[再也没有更高的期望了。]
ただ、彼というひとのなかに自分という存在がほんの僅かにでもいる。
[但在他的心里自己的位置仅仅只有一小块地方。]
それがたとえ希望という名の自信であったとしても、それだけで構わなかった。
[就算这是被称为希望的一种自信,那也不要紧。]
それだけが僅かな支えであり、自分に対する救いでもあった。
[那已经成为支持自己,拯救自己的一种力量了。]
だが本当はそれすらも儚く浅はかな願いでしかなかったと。
[但自己已经深切感觉到那之是虚幻的愿望而已。]
気付くたくなかったことに気付いてしまった。
[虽然不想知道可还是察觉到了。]
いや、そうではない。
[不、不是这样。]
本当はたぶんもう気付いていた。
[知己上是已经感觉到了。]
だがそれを認めたくなくて、気付かない振りをしていただけなのかもしれない。
[可是不想承认,于是便装出一付完全不明白的样子吧。]
ブルーニャのささやかな願いはただの希望でしかなかった事。
[布鲁尼亚那微小的心愿也只不过成了一种奢望。]
彼の心にブルーニャという女など欠片も存在していない事。
[他的心里完全没有叫做布鲁尼亚这个女人的位置。]
――― それに気付けないほど鈍かったのなら、あの時見も世もなく縋りついていられたのかもしれなかった。
[———如果迟钝到那地步的话,那时就不顾一切地追随他吧。]





あの日、かのひとを見た最後のとき。
[那天,最后见到那个人的时候。]
彼は徹底的に自分を拒絶した。
[他彻底地拒绝了我。]
何があってもお供しますと縋る自分をかの人はぴしゃりとはねのけた。
[无论发生什么事情都决心追随他的我被他冷漠的打发了。]
ひどく冷然とした、そして頑なな目で。
[无比的冷漠,用那寒冰似的眼神。]
それを見た瞬間、自分が今まで信じてきたものがすべて崩れたような気がした。
[见到了这,我感到自己信仰至今的所有都土崩瓦解了。]
…ああ、この方は。
[…啊,这位大人。]
立ち尽くす自分に残酷な命令だけを残し、遠ざかるかの人の広い背中。
[将残酷的命令留给赤胆忠心的我,然后远去的身影。]
揺れる紫のマント。
[只有紫色的披风在(眼中)摆动。]
金とも銀とも付かない逆立った髪。
[无法分辨是金色还是银色倒立头发。]
自分の食い入るような視線にも気付いていただろうに、それすらも煩わしいとばかりに決してこちらを振り返ろうとしない背。
[好象是没有发觉我的视线简直可以刺穿他的样子,或者连这点也是厌烦似的,他的背影使我感到绝对不会回首。]
あのときのブルーニャに、それ以上何が言えたのだろう。
[那时的布鲁尼亚,还能说什么呢。]
『どうか最後までお供させてください』
[“请让我陪伴陛下到最后一刻吧”]
『陛下はこの命にかけてもお守りします』
[“我舍弃生命也会保护陛下的。”]
用意していた陳腐なセリフはすべて無為と化した。
[以前准备好的迂腐的语句全都飘逝了。]
生気を失ったように青ざめ立ち尽くすブルーニャを、傍らにいてずっとやり取りを見守っていた兵士が「陛下はきっとブルーニャさまの御身を案じてあえてあのような態度を取られたのですよ」などと安い慰めをかけてきたが、その時の自分にはその声すら意味の為さない音となって耳を通り抜けただけだった。
[在旁边看到所有情形的士兵安慰已经失神而导致苍白的布鲁尼亚:“陛下一定是担心将军的安危才用那样的态度说话的”,但是那时对于我来说那只是一些毫无意义的噪音划过耳边罢了。]
第三者から見ればいつの間にか自分たちは密やかな恋人のように思われていたらしいがその時の自分にはそれをあざ笑う事も出来なかった。
[从第三者眼里看来两人在不知不觉中似乎成了恋人,但那时自己是连苦笑也笑不出来了。]
『御身を案じて』……?
[“担心我的安危”……?]
そんななまぬるい感情のもとで下された命令などではない。
[这命令可不是怀着这样温和的感情下达的。]
そんな情緒など欠片も存在していない。
[这种感情一点也不存在。]
そう確信できる何か。
[什么能使我确信这点呢。]
それが”女の勘”などというものだったとしたら、それこそを何よりも憎んだ。
[如果来自是称为“女人的直觉”的话,那已经是怀着无比的憎恶了。]
かのひとは、自身が吐き捨てた言葉に何の含みも持っていなかった。
[那个人不会在自己吐出的词句中隐含任何东西。]
『身を案じて』だの『ブルーニャを戦場から遠ざけて』だの、そんな含みなど持たせてはない。
[根本不会隐含着“担心你”、“想让布鲁尼亚你远离战场”之类的意思。]
かのひとが望んだのはただひとつ、『竜殿の守備』。
[那个人希望的只有一个,“龙殿的守备”。]
そしてそこに唯一含みを持たせているとしたら、『ベルンに残された最後の道しるべをベルン三竜将の最後のひとりであるおまえの意地にかけても守れ』 たぶんそれだけだった。
[如果真的隐含着什么的话,那一定是“贝鲁恩留下的最后的道标应该由贝鲁恩三龙将最后活着的你拼死守卫”,只有这个。]
そしてイコールそれが何を示唆しているのか。
[那么这又是相当于指示了什么内容呢。]
かのひと自ら戦場に立ち、そしてベルンの総力を上げてまで守りたいもの。
[那个人亲自上阵,而且动用了贝鲁恩所有的战力想守护的东西。]

…ある意味、それはブルーニャにとってもっとも残酷な命令でもあった。
[…有这样的意思,而对布鲁尼亚来说这也是无比残酷的命令。]





気付けなければ良かった。
[没有察觉到就好了。]
どれほど後悔してみても、人間の脳というものは一度理解してしまった事態を削除してしまうような便利なことはできなかった。
[无论如何后悔,人脑这样东西对于理解的事情是很难消除的。]
だからただ悔やみ苦しむ事しか出来ない。
[所以只有不断重复着悔恨、苦恼。]
気付けなければ良かったと。
[想若是没察觉到就好了。]
かのひとが最後に見せた眼差し。
[他最后望来的眼神。]
その中に見せたかの人の心情。
[从此读到的他的内心。]
そこにはかの人が望む理想、追い求める何かで埋め尽くされていた。
[在那里埋藏有那个人所有的理想和追求。]
それ以外は何も存在せず、何も必要としない目。
[除此以外都存在,什么也不需要的眼神。]
その視線に貫かれた瞬間気付いてしまった。
[在被这视线贯穿的一瞬间感觉到了。]
初めから彼の心に自分など存在しない事。
[一开始他的心里就没有我的存在]
彼が欲していたのはただ理想を実現させるための手ごまであり、それ以上のものなど必要としていなかった。
[他想要的只不过是用于实现野心的棋子,不会再有任何感情了。]
ただの手ごま だけどそれは自分自身分かっていた。
[只是个棋子 可是这已经是自己心知肚明的。]
それでもいいと、そう戒めながらそれでも傍にいたいと願ったのは他でもない自分だったのだ。
[那样也好,这样想着期望在他身旁的不是别人就是自己。]
だが分かっていたはずの事実は突きつけられた瞬間底の見えない闇となってブルーニャを襲った。
[但是被这已经明了的事实击中的时候,布鲁尼亚还是陷入了深深的黑暗中。]
それは今日までブルーニャを慰めてきた自信や救いが砕け散った瞬間でもあった。
[那也是至今安慰布鲁尼亚使她自信、得到拯救的东西土崩瓦解的一刻。]
支えすら失ってしまった自分はなんて矮小な存在なのだろう、今更ながらに気付いてしまった事実に笑う事もできなかった。
[失去支持的自己是如何的渺小,现在再也没有办法对明了的事实一笑了之。]

そして、彼に望まれているもの。
[还有,他希望的东西。]
暗闇の巫女と呼ばれ、唯一彼の心に住まっているのだろう少女。
[称为黑暗巫女,占据他心灵的唯一的少女。]
その少女を、彼は守れと命令した。
[他命令我保护这个少女。]
拒否は許さんと吐き捨てた強い語調。
[不容拒绝的强硬口吻。]
竦みあがってしまうような鋭い視線。
[故意拉开两人距离的锐利眼神。]
けれどそんなものがなくとももう頷く事しか出来ないほど、たぶんその時の自分は感情が抜け落ちていた。
[但是即使这样自己在那时也只能点头接受,估计那是自己的感情已经沉入低谷。]


かの人に必要として欲しい。
[想使他把自己当作必须。]
そんな大層な願いを持っていたわけではないけれど。
[虽然没有怀着这样的希望。]

たったひとかけらでもいい。
[只要有一点点就可以了。]
「ゼフィールにとってのブルーニャ」という存在が欲しかった。
[想成为“作为 的布鲁尼亚”。]

…たぶん、本当はただそれだけで良かった。
[…大概,只要这样就足够了。]








コンコンという軽いノックが物思いに沈んでいたブルーニャを現実に引き戻した。
[“咚、咚、咚的轻声敲门]
重厚な扉の向こうから聞こえる兵士の声。
「将軍、兵士たちの配置がすべて終了いたしました」
ブルーニャは軽く笑い「私もすぐに行く」とわざと声を張り上げた。
軍靴の音とともに遠ざかる気配。
ブルーニャはそれを聞き届けてから引き出しの中にある黄金のブローチを取り出した。
ベルンの象徴である竜をモチーフに国章が細やかに彫られたそれは国風に相応しく飾り気などみじんもなかったが、ベルン中の兵士たちの垂涎の的になりうるほどの価値があった。
ベルン三竜将の証。
戦場に出るとき身に付けるそれは、かつて誇りとともに彼から直々に賜ったものだった。
ベルンと言う世界最強の軍事力を持つ兵の頂点に立つ地位。
そして彼というこの上ない人物の下で腕を発揮する事のできる喜び。
あふれんばかりの誇りと共に身に付けていた、世界で三つしかない宝。
これを身に付けるとき、ブルーニャはただの女ではなくベルンの誇る三竜将のひとりとして生まれ変わるような気分になっていた。
かの人の最も近しき存在となって。
かの人の理想を実現させるために尽くす事のできる喜びを胸いっぱいに秘めて。
ただ、ゼフィールという愛しく慕わしく崇め称えるひとのために存在できる自分を誇らしく思いながら身に付けていた。


そして、今は。





『あなたがいなくては生きていけないの』


彼の心に自分が存在しないと分かっていても。
彼が見ていたのは自分ではなかったとしても。
彼が、もういなくなった今でも。


ブルーニャは、初めて今そこで手が震えている自分に気付いた。

彼がもういなくなった今でも。
それでもこうして存在し、彼の求める理想のために動く自分がいる。
彼という人を間近に感じられず、戦場でのいかめしい横顔すら見ることの適わなくなった今でも。
それでも生き長らえ、こうして彼の求めるものをいまだ追い求めようとしている自分がいる。

世界各地に散っていたベルンの残存兵。
彼らは皆声高にベルンを讃え、国王の遺志を受けつぐ最後の兵士として打倒エトルリア軍を謳っている。
エトルリアの者たちよ、おまえたちに分かるかと。
かのひとの存在の重さを、窮地に立たされてなお屈する事のないこの魂をと。

ブルーニャは胸に留めたブローチを軽く撫で一度目を閉じると、後は未練の欠片も残さないような足取りで部屋を後にした。
彼らが、そしてブルーニャが絶対と仰いだ君主、その姿がなくとも魂は確かに息づいていた。





「――― ブルーニャ将軍。ご命令どおり、負傷者や心許ない家族がいる兵士たちは強制的に外させました」
「兵士たちは素直に指示に従いましたか?」
「…いえ、いずれも最後の最後まで頑なに拒んでいましたが、ブルーニャ様直々のご命令ということで引き下がってゆきました。ですが皆一様に口惜しさを隠せない様子で…中には涙を流していた者までいた有様ですから…」
「戦場を前にしながら引き下がらなければならないというのは軍人にとって最高の屈辱。ましてそれが愛する国家の存亡を賭けての戦いとあっては尚更です。さぞわたしを怨んでいる事でしょうね」
「そんなこと…。将軍は兵士たちを慮ってあのようなご指示を出されたのでしょう。兵士たちもその辺りの事は理解しているはずです」
「…あなたも無理にわたしに付き合う必要はありません。ご家族がいるのでしょう、今ならまだ間に合います。これからは」
「将軍、それ以上おっしゃらないで下さい。先に申し上げましたとおり、私は将軍とともにまいります。この戦いの先に何があろうとも」
「…もう戻れないのかもしれないのですよ」
「騎士の誇りと名誉にかけて、ここは必ず守り抜きます。陛下の出陣をただ見送る事しか出来なかった時のあの思いは、一度味わうだけで充分です」
「………後悔やプライドにかけて流す涙より、喪った者を思って流す涙の方がはるかに苦しいもの。あなたも家族を思うのなら、それだけは忘れてはなりませんよ」
「はっ!」





ブルーニャはじき戦場となるだろう広い草原をぐるりと見回した。
目に痛いほど青々とした草花が一面に広がり、天を欲して背を伸ばす。
生命力と躍動感に溢れたその光景はまるで平和そのもので、これからここで歴史を変えるような激戦が始まる事を予感させない。
誰に促される事もなく育まれる草花のたくましさ。
それは主を失ってなお士気を失わない今のベルンそのものだった。
ブルーニャは、その美しさに誘われるように目を細めた。



ふと思う。
ゼフィールと言う男はまるでベルンに咲く毒花のようだと。
それと知らずに摘んでしまった花は根元に毒を含み、知らぬ間に侵されていく。
ゆっくりとゆっくりと、しかし確実に。
侵されているのを知らされぬほど柔らかで、しかし逃れる事を許さない強烈な毒。
ならば、彼にとらわれてしまっている自分は間違いなく中毒者だ。
だがそれは決して不快なものではない。
過ぎる毒も、覚えてしまえば薬となるのだから。
一度とらわれてしまったら最後抜け出せない柔らかで優しい猛毒。
ならば、死ぬ瞬間までそれに侵されていたい。
醜い欲望でも下種な希望でもないそれは、今のブルーニャの真実だった。



たとえ彼というひとはもういなくとも。
彼の中に自分と言う存在がなくとも。
彼の中に住まうのがあの少女ただひとりだとしても。
それでも今のブルーニャにできることはただひとつだった。
彼が追い求め続けていた夢を守りぬく事。
今の状況下では困難の一言に尽きる決意かもしれなかったが、それでも心はもう決まっていた。


そうすることで、彼の夢の一部となれるのだったら。



「将軍!エトルリア軍と思しき軍隊を近くの山岳にて確認したという報告が!!」




それはたぶんこれ以上望むべくもない至福。
彼の夢を守る事が彼の夢の一部となりえる。
――― 不思議と、心は落ち着いていた。




「全軍に指示を」




ふわりと、風が舞った。

戦塵を巻き上げた涼やかな風は、ブルーニャの長い髪を巻き上げ、唇の上をなぞり、胸の中を通り抜けて静かに消えていった。

MadScientist 2019-02-20 10:19
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