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火花天龙剑 -> 火炎之纹章 -> 小说
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雪之丞

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緑 の 剣 士

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― 6 ―



 討伐隊を迎え撃った解放軍は、そのままガネーシャへと向かって進撃を開始した。途中で、諸国視察から帰還したオイフェやデルムッド、レスター達が加わり、順調に勝ち進んで行く。ようやくたどり着いたガネーシャ城は、思ったよりあっけなく陥落した。

 ラクチェはガネーシャ城の北門から外に出て、海岸線を歩いていた。春が近いとはいえ、海から吹き付ける風はまだ冷たい。
 今ごろセリス皇子は今後進むべき道を、オイフェと話し合っていることだろう。この先にあるのは、ソファラ城とイザーク城。今まで戦ってきた帝国軍のように簡単に落とせる城ではない。

 海を見つめたままたたずんでいたラクチェの肩を、誰かが叩く。スカサハが迎えにきたのかと思い振り返ったラクチェの目に、ここにいるはずのない男の顔が映った。

「ヨハルヴァ!!」
「よう、ラクチェ」
 目の前に、これから攻めようという城の主が立っている。
「どうして、こんなところに!? …まさか、一人で来たんじゃないでしょうね」
「俺が二人いるように見えるか?」
「あきれた……。ここがどこだかわかってるの? 誰かに見つかったら命がないわよ」
「へえ、心配してくれるってわけか、嬉しいね」
「ふざけないで!」
 自分で出した大声に、思わずラクチェは辺りを見渡した。北の城門はラクチェが出てきた時のまま、開かれる様子はない。とりあえず、ほっとする。
 そして、何で自分がほっとしなければならないのかとも思う。ヨハルヴァは敵の将なのだから、別にここで仲間に見つかって殺されてもかまわないはずだ。しかし、二度もヨハルヴァに命を救われた身としては、目の前で彼が殺されるのを見るのはやはりいい気持ちはしない。
 ラクチェの内心の葛藤をよそに、ヨハルヴァが話しはじめた。

「これからどうする気だ? ガネーシャを落としたとはいえ、リボーにはまだ本隊が残ってる。親父が率いる精鋭部隊だ。もっとも、おまえ達がリボーにたどりつけるとは到底思えないがな。イザーク城には兄貴が、そしてソファラ城にはこの俺がいるからな」
「………………」
「シャナンが不在だという情報はすでにつかんでいる。今の反乱軍なら、俺の部隊だけでも抑える自信はあるぜ。万に一つ、俺達の部隊を撃ち破ったとしても、その時にはリボー軍と戦う余力は残ってないだろう」
「そんなこと、やってみなければわからないわ!」
「だが可能性は低い。そのことはおまえ達だってわかっているはずだ」
 ラクチェは次第にいらだってきた。ヨハルヴァの言うことは、いちいちもっともなのだ。言われなくてもわかっている。

「何が言いたいの? もし、降伏を勧めにきたのなら無駄よ。そんな中途半端な覚悟で立ち上がったんじゃないわ」
「そんなことを言ってるんじゃない。この状況を打開する方法が一つあるって言ってるんだ」
 何を言っているのだろう、この男は。敵に策を授けるつもりなのだろうか…

「おれか、兄貴か、どちらかの軍を味方に引き入れることだ。両方味方にできればもっといいが、それはありえない。俺達は仲が悪いからな」
「なんですって?」
「正直言って、俺はもう帝国のやり方にはうんざりしてるんだ。近頃じゃ、子供狩りなんてふざけたことまで言ってきやがる。もちろんそんなこと、承知しちゃいないが。それに文句一つ言えない親父にも愛想が尽きた」
「ヨハルヴァ…」
 とても本気で言っているとは思えなかった。ラクチェはわざと挑発するような目で、ヨハルヴァを見た。
「それで? あなたがわたし達に力を貸してくれるっていうの?」
「おまえがそう望むなら」
 真正直にそう答えられて、返答に詰まる。冗談でこんなことを言うために、わざわざ危険を冒して敵地に乗\り込んでくるとは思えない。かといって、すぐに信じることもできない。第一、彼の目的がわからなかった。

「そんなこと、急に言われても信じられるわけがないわ」
「俺はおまえとだけは、戦いたくない!」
 ヨハルヴァの真剣なまなざしがラクチェを捕らえた。その言葉に全ての真実があるように、ラクチェには思えた。このまま見つめられていたら、言ってしまいそうだった。わたしもあなたとは戦いたくない…と。
 ラクチェは後ろを向き、城の方へと歩き始めた。
「もう、帰って。見つからないうちに、早く」
「ラクチェ、おまえが好きだ!」
 ラクチェの足が止まる。その背中にむけて、さらにヨハルヴァは叫んだ。「おまえが望むなら、俺の部隊ごとくれてやる!!」
 思わずラクチェは振り返った。彼女を見つめたまま、静かな声でヨハルヴァは続けた。
「気が変わったらソファラ城を訪ねて来い。名前を告げてもらえば、まっすぐ俺のところへ来られるよう、門番に話を通しておく」
 再びラクチェは門に向かって走り出した。ここにいちゃいけない。ここで、彼の話を聞いてちゃいけない。そうでないと自分は……。
 北門にたどり着き、背中で扉を閉める。混乱した頭を冷やそうと、大きく息をついた。まだ心臓は早鐘のように鳴っていた――。



[40 楼] | Posted:2004-05-22 16:13| 顶端
雪之丞

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緑 の 剣 士

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― 7 ―



 その夜ラクチェは、今日海岸でヨハルヴァに言われたことをもう一度思い返していた。
 確かにヨハルヴァの言うように、どちらか一方だけでも味方に付けられれば、随分と戦況は変わってくる。というよりも、そうしない限りほとんど勝ち目のない戦いだと言ってもいい。

 あの男は、決して弱い者を虐げるようなことはしなかった。反乱軍の鎮圧には容赦なかったけど、無抵抗の市民には手を出さなかった。むしろ、帝国兵の残虐なやり方を諌めている方が多いくらいだったわ…。

「わたし、彼に会ってみるわ」
 そうつぶやいた時、背後から心配そうな声が聞こえてきた。
「彼…って、まさかドズルの第三王子のことじゃないだろうね?」
 スカサハだった。考え事に夢中になっていたラクチェは、兄が近くにいたことをすっかり失念していたのだ。ごまかしはきかないと悟り、彼女は開き直った。

「あら、よくわかったわね」
「冗談じゃない。おまえにそんな危険なことさせられるか」
「でも、それが一番いい方法なのよ。ヨハルヴァが仲間になってくれれば、勝利の見込みも高くなるわ」
「だめだ。もし、どうしてもあいつのところへ行くっていうなら、俺も一緒に行くぞ」
「それこそだめよ。わたしだってれっきとした解放軍の戦士なのよ。交渉に保護者付きでいったりしたら、いい笑い者だわ」
 スカサハはじっとラクチェの目を見つめた。
「……ラクチェ、俺に内緒で一人で行こうとしても無駄だよ」
 スカサハは一枚上手だった。妹の考えることくらい、すでにお見通しなのだ。
「わかったわ…」
 ラクチェはあきらめた。
 そして翌日、二人はソファラ城へと向けて出発した。もちろん、セリスにもオイフェにも内緒だった。


 敵地に乗\り込む覚悟でやって来たのに、ソファラ城の兵士達はみな拍子抜けするほど友好的だった。
「申し訳ございません。ラクチェ様は確かに直接王子の元にお通しするようにとの命を受けておりますが、お連れの方のことは聞いておりません。確認をとりますので、少々中でお待ち下さい」
 そう言って通された一室で、ラクチェとスカサハは取次ぎの兵の返事を待っていた。腰に帯びた剣を預かられることもない。すぐに小姓が飲み物を運\んできて、一応客扱いされているらしい。

 門番に話を通しておくとヨハルヴァは言ったが、正直言ってラクチェは半信半疑だった。仮に本当に話を通しておいたとしても、門番が無視すればそれまでだ。現に、帝国兵の駐留する城にうかつに娘一人で訪ねていったりしたら、まず無事では帰れない。「ケダモノの巣だ」と村人達も言っていたが、軍規の乱れも甚だしく、命令違反も日常茶飯事になっているらしい。
 その点この城の兵士達は、主であるヨハルヴァの命令の元、規則正しく行動しているようだった。帝国兵があれだけ好き勝手なことをしているのに、自分たちだけ厳しい規律を守らせられたら、当然不満も出てくるはずだ。それをこうして束ねているのだから、ヨハルヴァの指揮官としての能力も相当なものなのだろう。

 しばらくして、さっきの兵が戻ってきた。
「ラクチェ様、王子のところへご案内いたします。それから、お連れの方に関してですが、『一人で会うのがそんなに恐いなら、一個中隊を引き連れてきてもかまわない』とのことです。…申し訳ありません。そのままお伝えしろとの王子の命令ですので…」
 目を伏せ、恐縮しながら言う。その言葉を聞いて、ラクチェの頬に朱が走った。
「一人で行きます!」
 そう言うなり、椅子から立ちあがる。あわててスカサハも立ち上がった。
「バカ、向こうは挑発してるんだぞ、わからないのか」
「スカサハ、絶対に出てこないでね」
 ジロリと兄の顔を睨みつける。
「いい? 何があってもよ」
 ラクチェは念を押した。こういうところは、どっちが兄だか妹だかわからない。ラクチェは兵に案内を頼むと、一人でヨハルヴァの元へと向かった。部屋にはスカサハが一人取り残された。



[41 楼] | Posted:2004-05-22 16:14| 顶端
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― 8 ―



「用心棒を連れてきたんじゃなかったのか、お姫様」
 執務室らしい部屋に通され、ラクチェが中に足を踏み入れたとたん、からかうようなヨハルヴァの声が聞こえてきた。
「勝手に付いてきたのよ。わたしが頼んだわけじゃないわ」
 むっとした表情を見せるラクチェに、笑いながら椅子を勧める。

「それで? ここに来たってことは、俺に援軍を頼みにきたと思っていいのか」
「お願いしにきたんじゃないわ、取引よ」
 表情を崩さずにラクチェが答える。
「あなたの部隊を買いたいの」
「そりゃ驚いたな。で、対価は何だ? 反乱軍に部隊を雇うだけの軍資金があるとも思えないが?」
「わたしよ」
 その時、扉の外で立ち聞きしていたスカサハは目をむいた。結局彼は心配のあまり、こっそり後をつけてきたのだ。

「あなたの部隊が解放軍に協力してくれるなら、わたしのことはあなたの好きにしてくれて結構よ、どう?」
 もしラクチェに指一本でも触れてみろ。即座に飛び出して、叩っ斬ってやる! スカサハは扉の影で大剣を握りしめた。

 思わぬラクチェの申し出に、しばし無表情になっていたヨハルヴァだったが、やがて面白そうな表情で彼女を見つめた。
「そりゃあ、いくらなんでも割が合わないんじゃないのか?」
「あら、わたし一人じゃ足りなかったかしら?」
「逆だよ。部隊一つと引き替えるなんて、ずいぶんと安く自分を見積もったもんだ」
 今度は逆にラクチェが無表情になる番だった。どうもこの男の真意はつかめない…。

「だがまあ、そっちがそう言うんならいいだろ。よし、たった今から俺の部隊は反乱軍…いや解放軍に味方する」
 ラクチェがあっけにとられるほどあっさりと、ヨハルヴァは彼女の申し出を受け入れた。
「もう遅いな。正式に出向くのは明日の朝でいいよな? おまえは一足先に戻って、このことをセリスかオイフェに伝えておいてくれ」
 ヨハルヴァのこのセリフに、ラクチェは別の意味であっけにとられた。
「帰ってもいいの?」
「もちろん」
 即座にヨハルヴァは答えたが、すぐにからかうような目つきになった。
「もっともおまえがどーしてもここに泊まりたいって言うんなら、喜んで相談に乗\るぜ?」
「え、遠慮しておくわ」
 あわててラクチェは立ち上がった。相手の気が変わらないうちに、というわけではないが、足早に扉に向かう。

「ヨハルヴァ……」
 扉に手をかけて、思いなおしたようにヨハルヴァの方を振り返る。
「わたし、あなたを誤解してたみたい…。あの……ありがとう…」
 ほんの少しはにかんだ表情でそう言うと、すぐに扉の向こうに姿を消した。

 ラクチェが扉に向かってくる気配を察し、スカサハはすばやく廊下に逃れたが、すぐに妹に見つかってしまった。スカサハが様子をうかがいに来ることはラクチェも予想していたのだろう。別段怒った様子もない妹に、スカサハは胸をなでおろした。
 ガネーシャへと帰る道すがら、スカサハは隣を歩く妹に尋ねた。
「ラクチェ、おまえもしあいつが帰してくれなかったらどうするつもりだったんだ?」
「そんなの、わからないわ…」
 だが、ラクチェはそれも覚悟してここへ来たのだった。
 ラクチェを好きだとヨハルヴァは言った。ラクチェが望むなら部隊ごとくれてやると…。
 だがラクチェは、そんな相手の弱みにつけ込むようなやり方は嫌だった。自分に対する好意を利用するのは卑怯だ。どうしても力を借りなければならないなら、それなりの代償を払う必要がある。そう思っていた。

 でも、ヨハルヴァは代償を要求しようとはしなかった。少なくとも今日は。
 彼は、他の男達とは少し違うのかもしれないとラクチェは思った。彼女は幼い頃から帝国兵たちによる暴虐の限りを見て育ったため、男性全般に対する不信感を強く持っていた。彼らは女を物としか見ていない。
 もちろん、兄のスカサハや兄妹のように育ってきた幼なじみ達は別だが、初対面の相手やよく知らない男に対する警戒心は特に強かった。だからヨハルヴァに対しても、決して心を許すようなことはなかったのだ。しかし…。
 ほんの少しずつ、彼に対する心の壁が崩れていくのをラクチェは感じていた。



[42 楼] | Posted:2004-05-22 16:14| 顶端
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― 9 ―



 そして次の日、約束どおりヨハルヴァはガネーシャ城を訪れた。もし部隊を引き連れてきた場合、そのまま中に入れるのは危険だと案じていたオイフェの懸念をよそに、たった一人きりで。

 ヨハルヴァの部隊が加わり、解放軍の数は膨れ上がった。正規の軍隊として訓練をつんでいる元ソファラ軍の兵士達は、その数以上に戦力として計算できる。
 しかし、今まで敵として刃を交えていた彼らを急に仲間として迎えることに、とまどいを隠せない者も多かった。中でも、軍師として解放軍を束ね、何よりもセリス皇子の安全を第一に考えるオイフェの目には、彼らは危険な存在と映っていたようだ。
 だが、そんなオイフェの心配を当のセリスは一笑し、まるで昔からの友人を迎え入れるようにヨハルヴァの手を取った。そんなセリスの懐の広さに、初めて彼を見るヨハルヴァも驚いているようだった。

 ヨハルヴァの希望もあり、イザーク城への先鋒は彼の率いる斧戦士の部隊が務めることとなった。ラクチェは剣士ながら、一人その部隊の中に混じっていた。助力を要請しておいて、自分だけ後方で待機しているわけにいかない。そう思い、自ら志願した。
 それに、ヨハルヴァを信じてはいるものの、もし万が一土壇場で彼が寝返るようなことがあったら、彼らを味方に引き入れた自分はその責任をとらなければならない。そういう思いもあった。

 イザーク城近くの森を中心に、ヨハンとヨハルヴァ、二人の兄弟の部隊は激しい戦闘を繰り広げていた。戦力はほぼ互角だったが、森を戦場に選んだこともあって、次第にヨハルヴァの部隊が優位に戦いを押し進めていった。森の中では、ヨハンの騎馬隊は思うように身動きがとれない。

 ラクチェは先頭に立って、敵陣へと斬りこんで行った。緑の流星が舞うたび、敵の骸が地に転がる。恐れをなした敵兵が、近づくのをためらうほどの戦い振りだった。
 自分に向かってきた小隊の最後の一人を斬り伏せ、ラクチェは大きく息をついた。辺りには誰の姿も見当たらない。敵を追っているうちに、仲間ともだいぶ離れてしまったようだ。いったん戻るべきかと思案していた時、背後の茂みが音を立てた。

「ヨハン……」
 振り返った先には、敵将であるヨハンが馬上からラクチェを見下ろしていた。
 一瞬のためらいの後、ラクチェはヨハンに向かって勇者の剣を構えた。
「待て! ラクチェ。私は君とは戦えない」
「だったら兵を引いて、ヨハン。もし少しでも帝国に反抗する気持ちがあるのなら、解放軍に力を貸して」
「それはできない。君がヨハルヴァを選んだ以上、私はあいつを倒して君を奪い返すしかない」
「何を言っているの。これはそんなことじゃないわ」
「そういうことなのだ、ラクチェ。私にとっては…」
 戦おうとしないヨハンに斬りつけることもできず、ラクチェは困り果てた。こうしている間にも、ここに敵兵が駆けつけて来るかもしれない。だからといって、敵将を前に自分から逃げ出すわけにもいかない。
 その時、もう一つの声が聞こえて来た。

「だから言ったろう。俺達、どちらか一方しか味方にすることはできないって」
「ヨハルヴァ!?」
 声と共に、ヨハルヴァが木の影から姿を現す。
「一人で先行するな、ラクチェ。追いつくのに苦労したぞ」
 ラクチェに話しかける弟に、ヨハンは冷ややかな視線を向けた。
「ヨハルヴァか。いつかはこうなる運\命だったのだ。愚かな弟を持って、私は悲しいぞ」
「バカなのは貴様のほうだ。無駄だと思うが、一応言っておく。今からでも解放軍に協力する気はないか?」
「答はわかっているだろう?」
「そう言うだろうと思ったぜ」
 言葉と共に、ヨハルヴァは兄に向かって斧を振り上げた。同時にヨハンも応戦する。ラクチェの目の前で今、二人の兄弟は血みどろの戦いを始めようとしていた。

「やめて! どうしてあなた達が戦う必要があるの!? あなた達、兄弟でしょう」
「君がどちらかを選んだ時から、こうなることは決まっていたのだ、ラクチェ」
「そんな……!」
 ヨハンの言葉に、ラクチェは呆然とする。目の前で繰り広げられている争いを、止めることもできずにただ見つめていた。
 状況はヨハルヴァに有利だった。森の中では騎馬の特性を生かせず、窮屈そうにヨハンは戦っている。ヨハンが弟の姿を見失った瞬間、ヨハルヴァは背後に回り、地を蹴って跳び上がった。気づいたヨハンが振り返った時、ヨハルヴァの斧は兄の胸に深く食い込んでいた。
 ゆっくりと、ヨハンの身体が地面へと落下する。
「………ラクチェ」
 血にぬれた手をラクチェの方へ差し出し、そうつぶやいたのが彼の最期だった。ラクチェは言葉もなく、ただその姿を見つめているしかできなかった。


 イザーク城攻略におけるヨハルヴァ達の戦い振りは、それまで彼らの受け入れに懐疑的だった解放軍の一部の者達の不安を一掃した。共に手を取り合い、今日の勝利を祝っている。
 そんなイザーク城の一室で、ラクチェは一人沈んだ表情を浮かべていた。隣では、兄のスカサハが心配そうな面持ちで妹を見つめている。ラクチェの頭を占めているのは勝利の喜びではなく、今日目の前で行われた兄弟の対決だった。

 まさかこんなことになるとは思ってもみなかった。もしかしたらヨハンも、弟が解放軍に協力したことを知れば兵を引いてくれるのではないか。そんな淡い期待さえしていた。いくら仲の良くない兄弟とは言え、少なくとも直接戦うような事ないだろう。無意識のうちにそう考えていた。
 しかし、結局は弟が兄を殺すという最悪の結果になってしまったのである。

「わたしのせいなの?」
 ラクチェのつぶやきを聞いて、スカサハは妹の肩を抱きしめた。
「やめろ、ラクチェ。そんなふうに言うものじゃない」
「だって、わたしだったらスカサハと戦うなんて考えられないわ!」
「もちろんだよ」
 なだめるように静かな声で言う。
「でも、世の中にはいろんな人間がいる。育った環境によっても、人は全く違ってしまう。すべての兄弟が慈しみあい、信頼しあっているわけじゃないんだ」
 かつて大陸中を巻き込んた戦いでは、親兄弟が敵味方に分かれて争ったという。遠い世界の出来事のように思っていたその事実が、急に生々しい実感を持って迫ってきて、ラクチェは身体が震える思いがした。
「あまり考え込まないほうがいい。もう、ヨハルヴァも解放軍の一員だ。彼のことは俺達みんなの問題なんだ。おまえ一人が抱え込まなくていいんだよ」

 しかし、その時ラクチェの胸をある予感がよぎった。このまま解放軍が進撃すれば、その先にあるのはリボーの王宮。そこには、ヨハルヴァの父ダナンがいる…。
 ヨハルヴァの性格から考えて、真っ先に父を討つために玉座に向かうだろうと予想された。

 ―――ヨハルヴァをダナンと戦わせてはならない

 ラクチェは思った。
 斧騎士ネールの直系であるダナンは、これまでの敵とは比べ物にならない力を持っているだろう。それは、オードの直系であるシャナンを間近に見てきたラクチェには容易に想像がつく。たとえヨハルヴァが勝ったとしても、彼には父殺しという大きな傷を残してしまう。それだけはさせてはならなかった。
 もし、万が一そういう事態になったら…

 ―――彼が父親を倒す前に、わたしがダナンを殺す

 ラクチェはそう決意していた。



[43 楼] | Posted:2004-05-22 16:15| 顶端
雪之丞

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― 10 ―



 その後、解放軍はリボーへと兵を進めた。ダナン直属の部下シュミット率いる精鋭部隊による波状攻撃は、解放軍を苦しめた。しかし、前の戦いで仲間に加わったペガサスナイトのフィーや、魔道士アーサーの協力もあって、解放軍は次第にシュミットの軍を撃破していった。
 あらかた片がついた頃、ラクチェはヨハルヴァの姿が見当たらないことに気づいた。ずっと彼から目を離さないようにしていたのに、さっきの激しい戦闘の際に、つい見失ってしまったらしい。
 スカサハの制止も聞かず、ラクチェは走った。向かってくる敵を振り払い、なぎ倒し、王の間に向かってひたすら走った。

 その頃、リボーの王宮深く玉座の前で、父と子の対決が始まろうとしていた。
「お、おまえはヨハルヴァ! この父にたて突くつもりか!」
「あんたのやり方は、もう我慢がならないんだ。ドズルの一員として、俺はあんたを倒す義務がある」
「この、恩知らずが!」
 声と共に、手にした銀の斧がヨハルヴァの頭上めがけて振り下ろされる。予測していたヨハルヴァはかろうじてよけたが、すさまじい風圧に頬の皮膚が切り裂かれた。
 斧は他の武器に比べてやや命中率に難があるが、その破壊力はとびぬけている。もし当たったら、致命傷になるのは目に見えていた。慎重に間合いを計りながら、ヨハルヴァは攻撃の機会をうかがった。
 ダナンの二度目の攻撃がヨハルヴァを襲う。その時、ダナンが少しバランスを崩したのを彼は見逃さなかった。一気にふところに飛び込んだ。

 しかし懇親の力をこめて振り払った斧は、ダナンの重厚な鎧に遮られ、たいしたダメージを与えることはできなかった。体制を立て直す隙を与えぬよう、ヨハルヴァは続けざまに勇者の斧を振るう。
 だが、まるで目に見えない壁に阻まれるかのように、ヨハルヴァの斧はダナンの鎧にかすり傷さえつけることができない。
 逆にダナンの一振りによって、壁にたたきつけられてしまった。

「さっきの威勢はどうしたヨハルヴァ。口ほどにもない」
 余裕の笑みを浮かべながら、ダナンが銀の斧を握りなおす。

 ―――これが直系の力か

 スワンチカを手にしているわけでもないのに、その力はヨハルヴァを圧倒した。まるで何かの力に守られているように、ダナンを傷つける事はできなかった。

「そろそろ楽にしてやろう。父の手にかかることを、ありがたく思うがいい」
 ダナンが近づいてくる。
 立ちあがらなければ…
 そう思うのに動くことができない。さっきたたきつけられた衝撃で体中の節々がが悲鳴をあげている。もしかしたら骨の一本も折れているかもしれなかった。

 ヨハルヴァの目の前で、父がゆっくりと銀の斧を振りかざす。
 その時―――

 小さな影が二人の間に飛び込んだ。
 その影は、ヨハルヴァの頭上に落ちてくるはずだった斧を剣で受け止め、気合でもってはじき返した。

「ラクチェ!」
 勇者の剣を構えたラクチェが、ヨハルヴァをかばうようにダナンと対峙していた。

「ヨハルヴァ、下がって。ダナンはわたしが倒すわ」
「バカ言え! これは俺の仕事だ」

 だが次の瞬間には、ラクチェはダナンに向かって斬り込んでいた。すばやい動きで、何度もダナンに斬りつける。斧に対する剣の優位性もあって、ラクチェの攻撃は思ったよりダナンを苦しめているようだった。しかし、彼女の力では致命傷を与えるには至っていない。このまま持久戦になったら、体力のないラクチェのほうが不利だった。

 ラクチェの心に迷いが生じる。このまま周囲から攻撃を続けるべきか、反撃を承知で飛び込むべきか。
 そのわずかな隙を、ダナンは見逃さなかった。銀の斧が一閃し、ラクチェの手から剣を弾き飛ばした。

 ―――しまった!

 そう思った時には遅かった。勇者の剣は弧を描いて、遠く離れた場所に落下する。

 ―――やられる…!

 思わずラクチェは目を閉じた。
 その時、背後でヨハルヴァの声がした。

「避けろ! ラクチェ」
 声と共に、ヨハルヴァが跳んだ。
 宙高く舞い、両手で振りかざした斧を、そのままダナンの頭上から振り下ろす。勇者の斧はダナンの肩口に深くくいこみ、さらにとどめの一撃が胴をなぎ払った。

「ば、ばかな……!」
 ダナンは信じられないような顔で、今自分に向かって斧を振り下ろした息子を見る。
 やがてゆっくりと崩れるように倒れ落ちた。
「アルヴィス陛下…。お許し下さい…」
 かすかに聞こえた最期の声は、確かにそう言っていた。彼は彼なりに皇帝に忠誠\を誓っていたのだろうか。

 ヨハルヴァはゆっくりとラクチェを振り返った。
「……ったく、無茶なやつだ」
「あなたこそ…!」
 言いかけてラクチェは、傷だらけと言ってもいいヨハルヴァの様子に気がついた。
「ケガしてるじゃない。ラナを呼んでくるわ」
「呼ばなくていい!」
 走り出そうとしたラクチェの背中に向かってヨハルヴァが叫ぶ。

「…誰も呼ばなくていい」
 ヨハルヴァは仰向けに倒れたダナンの顔をのぞきこむように屈みこんだ。見開いたままの両の目に手を伸ばし、そっと閉じさせる。一瞬複雑な表情で物言わぬ父の顔を見下ろしたが、すぐに普段の表情を取り戻すとラクチェの方を見た。
「ありがとう、ラクチェ…」
「ヨハルヴァ…」
 なんと声をかけていいかわからなくて、それだけを言う。結局ラクチェは、親子の対決を止めることは出来なかった。

「王子!」
 その時扉が開き、ヨハルヴァの部下達が駆け寄ってくるのが見えた。
「王子、ご無事でしたか」
 声をかける部下に向かって、ヨハルヴァが言う。
「俺はもう王子じゃない。ただのヨハルヴァだ」
「はい……。ヨハルヴァ様」
 主の意を汲んで、全員が深く頭を下げる。それを見るヨハルヴァの顔は、すっかりいつも通りの表情に戻っていた。



[44 楼] | Posted:2004-05-22 16:15| 顶端
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― 11 ―



 ラクチェはヨハルヴァと二人、リボー城の一廓にある小さな庭園に来ていた。春の草花が咲き始めた庭の片隅に、まだ真新しい盛り土があった。ヨハルヴァの部下達が、ダナンの遺体をここに埋葬したのだ。
 本来なら一国の王として立派な廟をしつらえて棺はその中に安置されるはずだったろうが、戦争中のことでもあり、その墓は実に簡素な庶民の格式に近いものだった。それでも、敵将ということを考えれば墓があるだけいい方かもしれない。

 墓前に供えられた白い花束が風に揺れている。それを見つめながら、ぽつりとラクチェがつぶやいた。
「ごめんなさい、ヨハルヴァ。こうなるのはわかっていたのに……あなたを巻き込んでしまった…」
「おまえのせいじゃないさ、ラクチェ。俺は自分から解放軍に加わったんだ。俺がやらなくても、いずれはこうなっていただろう。息子の手にかかっただけ、親父もマシだったろうさ」
 淡々と語る。そしてうつむいたままのラクチェの肩にそっと手を置いた。
「そんな、気にするなよ。それほど仲の良い親子ってわけじゃなかったし…。おまえが思うほど悲しんじゃいないよ」
「嘘よ。父親が亡くなって悲しくない子供がいるわけないでしょう!!」
 そう言って顔を上げたラクチェの瞳には、涙が浮かんでいた。
「おい……おまえが泣くことないだろう」
「ヨハルヴァが泣かないから、わたしが代わりに泣いてるのよ!」
 そしてとうとうこらえきれなくなったように、両手で顔を覆ってしまった。

(おいおい……)
 目の前で肩を振るわせるラクチェを見て、ヨハルヴァは途方にくれた。このままこうしていたら、ラクチェを思いきり抱きしめてしまいそうだ。しかし、こんな状況で心が弱くなっているラクチェに、そんなことをするわけにはいかない。

「風が出てきた。部屋に戻ろう」
 そう口実を設けて、とりあえずその場を離れた。問いかけるように見上げるラクチェの肩を抱いて、城の方へと戻る。
 ラクチェの部屋へ送り届けるべきか迷ったが、まだ沈んだままの彼女の表情を見て、自分の部屋へ行くことに決めた。

 ラクチェを椅子に座らせると、ヨハルヴァは暖炉の方に向かった。ようやく春が訪れたとはいえ、北方のイザークではまだ寒い日も多い。火は絶やさないようにしてあるのだ。
 そして、暖炉の上にかけてあるポットを手に取り、お茶を淹れ始めた。決してぎこちない手つきではなく、滑らかな動作で一連の手順をこなしていく。その慣れた様子に、ラクチェは驚いていた。王子として何不自由なく育ってきた彼は、身の回りのことなど全て人任せなのだろうと思っていたのに…。
 元々、王子らしくないところのあるヨハルヴァだったが、またひとつ彼の知らない一面を見たような気がした。

「ほら」
 差し出されたカップを受け取った。温かな湯気の立ち昇る紅い液体にそっと口をつける。
「おいしい…」
 それはラクチェの心の中まで暖かく染み渡った。
 いったい自分は何をしているのだろうと思う。本当なら自分の方がヨハルヴァを慰めなければならないのに、こうして逆に気を遣わせている。

 ヨハルヴァの迷いのない横顔を見上げた。彼にはとうの昔に覚悟が出来ていたのだ。解放軍に協力すれば、いずれ兄や父と戦わなければならない。その意味を充分理解した上で、ラクチェ達に力を貸してくれたのだ。

 ―――ヨハンと戦うヨハルヴァを見て、わたしは初めてそのことに
    気がついたのに…

 大人なのだと思った。目先のことしか見えていなかった自分とは違う。

「少しは落ち着いたか?」
「ええ、ごめんなさい」
 子供のように泣いてしまった自分が、急に恥ずかしくなる。人前で泣いたことなど、何年振りだろう…。
 もう泣いたりするのはやめようと思った。それはヨハルヴァの覚悟に水を差すようなものだ。



[45 楼] | Posted:2004-05-22 16:16| 顶端
雪之丞

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― 12 ―



 顔を上げたラクチェの視界の端に、光るものが映った。一振りの斧が壁に立てかけてある。柄の部分に美しい意匠を施したそれは、ヨハルヴァ愛用の勇者の斧だった。その輝きになんとなく心惹かれるものがあり、ラクチェは立ち上がった。

「こんな重たいもの、よく片手で振り回せるわね」
 話題を変えようという意図もあり、ラクチェは斧を手に取った。両手で持ち上げても、かなりの重量がある。しかも斧は特殊な形をしているため、バランスが取りづらい。これを思うがままに動かすなど、ラクチェには到底できそうになかった。
 そう考えると、戦場でこの斧を片手で軽々と操っているヨハルヴァが、急に尊敬に値する人物に思えてくる。すると、普段なにげなく見ていた彼の鍛えられた肩の筋肉や逞しい胸が、突然意識されて、なんとなく頬が熱くなるのをラクチェは感じた。
 しかしヨハルヴァはそんなラクチェの戸惑いなど一向に気付かずに、ラクチェの手から斧を取った。素人にいつまでも持たせていては危ないと判断したのかもしれない。

「おまえが持ってる勇者の剣だって、細身の剣に比べればかなり本格的なものだろう。いくら両手で扱うとは言え、重くないのか?」
「この剣は、特別軽いの」
 腰に帯びた剣を手に取り、軽くかざして見せる。
「でも、強度も切れ味も、生半可の剣じゃかなわないわよ。ちょっとした鎧くらい楽に切り裂くわ」
 そしていったん言葉を切った。
「アイラ母さまが使っていたのもなの。母さまは、これを父さまからもらったんですって」
 ラクチェの母については、ヨハルヴァも聞いたことがあった。イザークの王女で、女ながらシグルド軍一の剣の使い手だったという。そして、その容貌にラクチェは生き写しらしい。
 父親のことは、シグルド軍の戦士だったというだけで、詳しいことは聞いたことがなかった。ラクチェが語ろうとしなかったので、ヨハルヴァもあえて聞こうとはしなかったのだ。

「ラクチェは母親にそっくりだって言ってたよな。だとしたら、おまえの父親は実に的を射た贈り物をしたわけだ」
「そうかしら」
「戦う姿が一番美しい女に剣を贈る。その気持ちは俺もよくわかるぜ。そして、その剣で自分の身を守ってほしかったんだろうな」
 ヨハルヴァの言葉に、ラクチェは改めて手にした勇者の剣を見た。今までそんなふうに思ったことはなかった。

 ふと視線を感じて顔を上げると、すぐ近くにヨハルヴァの顔があった。魅入られたように、じっとラクチェの顔を見つめている。
「あの……」
 ラクチェが離れようとしたのを察したのか、両肩をつかんで引き寄せた。その手に力がこもる…。

 ラクチェはそれ以上逃げなかった。もし今ここでヨハルヴァが自分を求めても、たぶん拒まないような気がした。ヨハルヴァが今まで払ってきた犠牲を考えたら、自分には彼に応える義務がある。そう思った。
 しかし、ヨハルヴァは突然視線をはずすと、肩をつかんだ手を離した。
「悪い……。ちょっと魔が差した」
 小さな声で言う。

 ラクチェにはヨハルヴァがわからなくなってきた。
 実は彼が仲間になった時、いずれなんらかの要求があるだろうと思っていたのだ。だが、ヨハルヴァは一向に行動を起こさない。では、ラクチェを好きだと言ったあの言葉は冗談だったのかというと、そうでもないらしい。顔を見るたび、今日も綺麗だの少しは俺を好きになったかだの、必ず口説き文句のひとつは口にする。

 少しの沈黙の後、ラクチェは口を開いた。
「…ねえ、どうしてヨハルヴァは解放軍に入ったの?」
「自分で取引を申し出ておいて、何言ってるんだ」
「あんなの取引じゃないわ。だってヨハルヴァ、見返りを要求しないじゃない」
 ラクチェのそのセリフに、ヨハルヴァはぽかんと口をあけた。
「なんだ、もしかして待っててくれたのか。そいつは残念なことしたな」
 本当に残念そうに言うヨハルヴァに、あわててラクチェは首を振る。
「そうじゃなくて! あなたはいったい何が目的でわたし達に味方したのよ!」
「もちろんラクチェ、おまえだ」
「だったらどうして…」
「なんだかおまえ、どうしても俺に口説いてほしいみたいだなあ」
「違うってば! あなたが何考えてるのかわからないのが嫌なのよ。こっちもどう対応していいのかわかんないでしょ!! こういうはっきりしない状態は嫌いなの」
「俺は力でごり押しするのは、好きじゃねえんだ」
 ヨハルヴァはふいに真面目な顔になると、ラクチェの目を見つめて話し出した。
「正直言って、俺はおまえが欲しい。でも、力づくで奪おうなんて思わねえよ。そんなことしたって、意味ないだろ。だから、おまえのほうから俺が好きだって言わせてみせる」
 傲慢とも思えるセリフだったが、不思議と嫌な感じはしなかった。それどころか、なんだかそれはそう遠くない未来に、現実になりそうな予感がした。

「それに俺は、以前から親父や帝国のやり方は気に入らなかったんだ。だから、今度のことは俺にとってもいいきっかけだった。おまえは気にする必要はないんだ」
 そして、ふいに照れたような表情を浮かべる。
「とは言っても、おまえにいいところを見せたかったってのが、本音だけどな」
 だんだんとラクチェの心が軽くなっていった。義務とか責任とか、そんなことを気にしなくてもいいとヨハルヴァは言ってくれている。
 いずれ彼を好きになるのかもしれない。ならないかもしれない。どちらにせよ、ラクチェは心のままにヨハルヴァに応えればいいのだ。

「じゃあお礼にヨハルヴァが喜ぶようなこと、言ってあげようか」
 いたずらっぽいまなざしで、ヨハルヴァの目をのぞきこむ。
「わたし、あなたのこと嫌いじゃないわよ」
「ラクチェ……」
 とたんにヨハルヴァの顔に喜びの表情が広がるのを見て、あわててラクチェはくぎを刺す。
「嫌いじゃないってだけ。好きだとは言ってないわ」
 それでもヨハルヴァはとても嬉しそうだった。
 このままここにいると、もっとヨハルヴァが喜びそうなことまで口走ってしまいそうな気がした。ラクチェはお茶のお礼を述べると、自室へと戻った。その口許からは、しばらくの間微笑が消えなかった。



[46 楼] | Posted:2004-05-22 16:17| 顶端
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― 13 ―



 ラクチェは、大きな木箱を抱えて通路を歩いていた。不要な資材をまとめて倉庫に運\ぶところなのだが、女のラクチェにはかなり重い。しかし、女であることを理由にそういう仕事を免除されることを嫌うラクチェは、無理をしてこの箱を運\んでいた。
 一緒に片付けをしていたのがデルムッドだったのも運\が悪かった。幼なじみの一人であるデルムッドは、ラクチェのケンカ友達と言ってもいい存在で、彼はラクチェを女だとは思っていない。これがレスターあたりだったら、絶対にラクチェ一人に荷物を持たせることなどしないのだが…。
 さっさと自分の担当分を持って行ってしまったデルムッドに向かって、ラクチェはこっそり舌を出した。

 ちょっと一休みしようか…。そう思った時、ふいに腕が軽くなった。
「ラクチェ様、私がお持ちします」
 いつのまにか近くに来ていたヨハルヴァの部下が、ラクチェの手から木箱を取り上げた。ヨハルヴァの側近の一人で、オーベルという名の兵士だった。以前ラクチェがソファラ城を訪ねた時、ヨハルヴァの元に案内してくれたのも彼だった。

「あ、ありがとう…」
 有無を言わせぬその早業に、ラクチェはとりあえず礼を言う。そのまますたすたと先に行ってしまう彼に追いつき、横に並んだ。
「ねえ、オーベル」
「なんでしょう? ラクチェ様」
「その『様』っていうの、やめてもらえない? わたしはあなたの主人じゃないんだから、ラクチェでいいわよ」
「そうはまいりません。ラクチェ様は、ヨハルヴァ様にとって大切な方ですから」
 ラクチェはため息をついた。ヨハルヴァがラクチェに対する気持ちを隠そうとしないため、ヨハルヴァの部下達はラクチェを彼の恋人か妻のように扱う。そして彼らがそういう態度をとるから、解放軍の兵士達の中にも同じように誤解している者が多くて、このままでは自分の気持ちとは別に既成事実が成立してしまいそうだ。

 融通のきかなそうなオーベルの横顔を見上げる。端正といってもいい顔立ちなのに頑固なことこの上ない。ヨハルヴァの部下達はほとんどそうだ。

 ―――ドズルの人ってみんなこうなのかしら。ヨハルヴァもある意味、
    頑固ではあるけど…

「オーベル。前から聞きたかったんだけど、あなた達は解放軍に入ったことどう思ってるの? 主の命令とは言え、今まで敵だった人間に本心から協力できるの?」
「ラクチェ様?」
「あ、誤解しないでね。あなた達が仲間になってくれたこと、とても感謝してるわ。みんなも喜んでる。でも、あなた達の気持ちはどうなのかと思って…。もし、不本意な気持ちでここにいるのだとしたら、わたしあなた達にとても悪いことをしてしまったわけだし…」
「ラクチェ様はお優しいのですね」
 珍しく彼は笑顔を見せた。
「不本意な気持ちでここにいる者など一人もおりません。私達はヨハルヴァ様の命令なら喜んで従います。しかしそれは、主の命令だからではありません。みな、ヨハルヴァ様が好きなのです」
 無口な彼も、ヨハルヴァのことになるといつも饒舌だった。

「私はドズルからヨハルヴァ様と共に、このイザークへ参りました。当時ソファラ城は、その前に城を任されていた家臣達に牛耳られ、新しい主をないがしろにする空気がありました。まだ幼かったヨハルヴァ様を侮って、飾り物の城主にしようとする魂胆がありありと見えたのです」

「でもヨハルヴァ様はそんな家臣達に真っ向から挑み、次第に城を掌握して行きました。海千山千の大人達を相手に一歩も引かないその態度は、本当に爽快なものでした」

「今ヨハルヴァ様のお側にいるのは、そういったところに共感した者達ばかりです。だからあの方のなさることに異を唱える者はおりません。少々荒っぽいところはありますが、曲がったことは決してなさらない方ですから」

 まるで自分のことのように嬉しそうにヨハルヴァのことを語る。ヨハルヴァが好きだから命に従う。それは真実だろうとラクチェにも思えた。かつてソファラ城を訪ねた時、厳格な規律の下に行動する兵達に驚いたが、そういうことなら納得できる。

「いずれヨハルヴァ様がラクチェ様を奥方にお迎えになられるのなら、私達の忠誠\がラクチェ様に向けられるのも当然のことです」
 続けて言った彼の言葉は、ラクチェの足をその場にくぎ付けにした。
「わたしが奥方…って! ヨハルヴァがそう言ってるの!?」
 立ち止まっているうちに、また先に進んでしまったオーベルを追いかけて、ラクチェは叫んだ。
「口に出してはおっしゃいませんが、見ればわかるでしょう?」
 いまさら何を言っているのだと言わんばかりの彼の口調に、ラクチェはどっと疲れがくるのを感じた。

 ―――何なのよ、この思いこみの激しさは…。ドズルの人って
    やっぱりどっか変だわ

 ラクチェは深くため息をついた。

 ―――シャナン様が聞いたら、なんておっしゃるかしら

 今はイードの砂漠にいるはずの、従兄の王子のことを思った。自分の留守中にこんなことになっているのを知ったら、シャナン王子は怒るだろうか、呆れた顔を見せるだろうか…。

 ―――案外、笑い飛ばされるかも…

 ラクチェは再びため息をついた。



[47 楼] | Posted:2004-05-22 16:17| 顶端
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― 14 ―



 レンスターのリーフ王子の救援に向かうため、解放軍はイード砂漠を南下しつつあった。このイードにはロプト教団の本拠地があり、暗黒\魔道士達が旅人を容赦なく襲った。

 ラクチェ達解放軍の戦士は、魔道士と対戦するのはこれが初めてだった。イザークには魔道士がほとんどいなかったのだ。
 魔道士は武器に対する防御力が高くないため、接近すれば倒すのは困難ではない。しかし、遠隔地から放たれる暗黒\魔法の破壊力は強大で、負傷者を続出させる。慣れない砂地での、これまた慣れない魔道士との戦い。それは解放軍を消耗させた。

 そんな砂漠での進軍の中、ラクチェは戦闘のたびに今まで感じたことのない感覚にしばしば襲われた。
 今まで、戦うことを恐いと思ったことはなかった。たとえ命を落とすようなことになっても、それがセリス皇子や仲間たちを守るためなら本望だとさえ思っていた。
 なのにここのところ、戦闘のさなかにひやりとするような感覚を味わうことが多くなった。認めたくないが、それは恐怖と呼べるものだった。

 ―――わたしは弱くなってしまったのかしら

 敵が強くなったからだろうか? 最初はそう思った。しかし、それに合わせて自分達も確実に強くなっている。それはラクチェも実感していた。敵との力の差が開いているわけではない。しかしそれでも恐怖は消えない。

 そんな自分を認めたくなくて、迷いを断ち切りたくて、その日ラクチェは少々無茶をした。部隊を離れ、一人先行して敵の魔道士部隊に攻撃をかけたのだ。
 この程度の人数なら自分一人でも倒せる。そう確信しての行動だった。暗黒\魔法の攻撃力は大きいが、その分唱えるのに時間がかかる。命中率もそれほど高くない。自分のスピードなら充分かわせると判断していた。

 一人で向かってきたラクチェに、魔道士達が一斉に照準を合わせる。ラクチェはその攻撃を次々とかわし、剣を振るう。イザークで戦った兵達に比べるとあっけないくらいに手応えがない。防御に関しては、確かに魔道士はひどく弱い。だが、やがてその本当の恐ろしさを、ラクチェは身をもって知ることとなる。

 次々に魔道士を斬り伏せ、残っているのは二人だけとなった。一人は遠く離れた場所で、ずっと動かないでいる。おそらく指揮官なのだろうと思われた。それはとりあえず無視して、近くにいたもう一人に向かってラクチェが剣を構えた。とたんに剣を向けられた魔道士が指揮官のいる方へ逃走を始める。
「逃がすものかっ!」
 ラクチェはすかさず後を追った。その時。
 奇妙な音と共に不思議な光に全身を覆われた。急に身体の力が抜け、意識が遠のいていく。光の源は、指揮官の振りかざす杖だった。

 ―――あれは、スリープの杖…

 罠だった。逃げると見せかけて、スリープの杖の有効範囲にラクチェをおびき寄せたのだ。
 そう気づいた時には、すでにラクチェの身体は砂の上に崩れ落ちていた。さっき逃げた魔道士が引き返して来る気配がする。

 ―――嫌、死ぬのは嫌。死んだら………に会えなくなる

 ―――会えなくなる? 誰に?

 ―――スカサハ、ラナ、セリス様、シャナン王子…そして……

 ラクチェの意識が途切れた―――。



[48 楼] | Posted:2004-05-22 16:18| 顶端
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― 15 ―



 どのくらいたったのだろう。ラクチェは自分を呼ぶ声に目を覚ました。
 誰かが自分を見下ろしている。この顔には見覚えがある。さっき意識を失う直前に脳裏に浮かんだのは、確かにこの顔だった。

「ヨハルヴァ!」
 自分をのぞき込んでいる彼の首に腕を回して抱きついた。ほとんど無意識の行動だった。
「熱烈な歓迎をしてくれて嬉しいんだけど、まだ敵が潜んでるかもしれないんだ。続きは帰ってからにしようぜ」
「あっ、ごめんなさい」
 自分のしていることに気づき、あわてて腕を離す。顔から火の出る思いだ。
 ようやく冷静さを取り戻して辺りを見渡した。さっき自分を攻撃しようとしていた魔道士は、ヨハルヴァの勇者の斧によって倒されていた。
「もう一人には逃げられちまったけど、とにかく無事でよかった」
 ヨハルヴァはラクチェに手を貸して立ちあがらせると、彼女にケガがないことを確認した。二人は部隊と合流するため、砂漠を歩き始めた。

「わたし、どれくらい眠ってたの?」
「ほんの数分ってとこだ。もし起きなかったら、抱いて連れて行こうと思ってた。俺はそれでもよかったんだけど」
 そして思い出したように笑う。
「スカサハが真っ青な顔しておまえのこと探してたぞ」
「みんなに迷惑かけたのね、ごめんなさい」
「そう思ったら、もうこんなことするなよ」
「ええ、もうしないわ」

 恐れていたものの正体はわかったような気がした。死ぬこと自体が恐かったのではない。死んでしまったら、大切な人達に会えなくなる。そのことが恐かった。
 これまでの戦いを通じてラクチェはそのことに気づいたのだ。そしてそれは、ヨハルヴァという人間を知ったことが大きな理由の一つだろう。
 原因がわかってしまえば恐怖は半減する。とはいえ、問題が解決したわけではない。恐怖の正体が大切な人と別れることだとしたら、大切な人がいる限り恐怖もまた決してなくならないのだ。やはり、自分が弱くなったことに変わりはない。ラクチェにはそう思えた。


「あれは…」
 その時、ヨハルヴァが前方に人影を見つけた。
 敵か仲間か判断しようとする間もなく、ラクチェがその人影に向かって走り出す。あわててヨハルヴァも後を追った。

「シャナン王子!」
 ラクチェの目の前に、懐かしい人の姿が現れた。イザークの王子シャナン。剣聖オードの直系にして、バルムンクを受け継ぐ者。幼い頃からラクチェにとっては特別な存在だった。
 シャナンは失われたバルムンクを取り戻すため、イードの神殿に向かっていた。もしかしたら途中で合流できるかもしれないとの期待を抱いていたが、こうして目の前にするとやはり胸がいっぱいになってしまう。
 シャナンの右手には、光り輝く大剣があった。神剣バルムンクは、ようやく正当な持ち主の元に戻ったのだ。

 なぜかシャナンの隣に、見知らぬ金髪の小柄な少女がくっついていたが、ラクチェの視界には入っていない。
「ご無事だったのですね、シャナン王子」
「ラクチェか。おまえがここにいるということは、セリスがとうとう立ち上がったのだな」
「はい、王子の留守中に勝手なことをして申し訳ありません。でも、イザークの解放はなされました。今はレンスターに向かって進軍中です」
 ラクチェはいままでのいきさつをシャナンに説明した。

 すっかり忘れ去られた形になったヨハルヴァは、その様子を呆然と見ていた。
 シャナンを見つめるラクチェの目がキラキラと輝いている。
 冷静に見ればそれは、王子を恋い慕う乙女の目というよりも、主君に忠誠\を誓う剣士の目に近いものだったが、今のヨハルヴァにそんな違いを見極める余裕などあるはずもない。

 ―――なんだ、なんだ、なんなんだ、あれは!

 ヨハルヴァは怒りと焦りで爆発しそうだった。
 今までラクチェがあんな表情を他の男に向けたことなどなかった。あんなに熱っぽい目で誰かを見つめたことなんか…

 それまでヨハルヴァは、わりと余裕をもってラクチェに接していた。
 元々男嫌いのラクチェは、今まで周囲の男達に興味を示すことなどなかった。そして、自分に対しては決して悪い感情は持っていない。むしろ最近は、少しずつ気持ちが自分に傾きつつある。その確信があったからこそ、ヨハルヴァはラクチェとの関係を急がずにゆっくり育てていこうと思っていたのである。
 なのに、こんなところに思わぬ伏兵が潜んでいた。
 仲睦まじく語り合う二人を見つめるヨハルヴァの目には、激しい焦燥の色が浮かんでいた。



[49 楼] | Posted:2004-05-22 16:18| 顶端
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― 16 ―



 ここのところヨハルヴァの様子が変だ。ラクチェがそう気づいたのは、メルゲン城に入ってからだった。いつもならラクチェの顔を見るなり挨拶代わりの口説き文句の一つも言ってくるのに、最近何も言ってこない。話をしていてもどことなく不機嫌な感じがするし、口数もめっきり減った。
 自分に対する気持ちが冷めたのだろうか…。そうも思ったが、視線はいつもラクチェに注がれている。

 ヨハルヴァは、メルゲン城の見張り台に登り、アルスターの方角を見ていた。といっても、別に見張りをしているわけではない。何となく一人になりたくて、歩いていたらここにたどり着いたのだ。
 ここのところラクチェとの間がぎくしゃくしているのは、彼も感じていた。原因は全て自分にある。それはわかっていたが、どうしようもない。思ったことはなんでも口にする性格だったが、今回のことに関してはなぜかラクチェに問うことがためらわれた。
 シャナン王子をどう思っているんだ? そうラクチェに聞いて、あっさりと「好きよ」という答えでも返ってきたら、いったい自分はどうなってしまうだろう。
 自分がこんなに臆病な人間であることを、ヨハルヴァは今まで知らなかった。

 人の気配を感じ振り返ると、今一番会いたくもあり、また会いたくない人が立っていた。
 ラクチェだった。彼女は少し、怒っているように見えた。
「ヨハルヴァ、何かわたしに言いたいことがあるんじゃない?」
 ラクチェは自分から切り出した。こういうはっきりしない状態は嫌いなのだ。
「別に……。何もねえよ」
「嘘。最近のあなた絶対変よ。もし何か気に入らないことがあるんだったら、はっきり言って。こんなのヨハルヴァらしくない。わたし、今のあなたは好きじゃないわ」
 そう言われることが、ヨハルヴァには一番こたえる。とうとうヨハルヴァは意を決した。

「聞いてもいいか? ラクチェ」
「何を?」
「シャナン王子は、おまえのいったい何なんだ」
「え?」
 質問の意図がわからずに、ラクチェが首をかしげる。
「何って…、シャナン王子はわたしの従兄だけど?」
 知らなかったのかとでも言いたげなラクチェの表情に、ヨハルヴァは頭を抱えた。そんなヨハルヴァの内心を知ってか知らずか、ラクチェは言葉を続けていく。
「もの心つく前から面倒を見て育ててくれた恩人で、わたしとスカサハにとっては兄であり、父であり、剣の師匠でもあり…。そしてイザークにとっては、絶対に欠くことのできない大切な存在だわ」
「イザークにとって…か? おまえにとってもそうなんじゃないのか?」
「ヨハルヴァ……」
 彼らしくないトゲを含んだ言葉を聞いて、ラクチェはヨハルヴァの不機嫌の原因に思い当たった。
「ねえ、まさかと思うけど……妬いてる?」
「悪いか」
 憮然…とした表情で言うヨハルヴァに、ラクチェは文字通りお腹を抱えて笑い出した。
「ヨ、ヨハルヴァってば…あははは……そのうち、スカサハにもやきもち妬くとか言い出すんじゃないの?」
「あいつにならとっくの昔に妬いてるぜ、俺は」

 ―――そうだとも。あのシャナンが目の前に現れるまでは、スカサハが
    最大のライバルだと思っていた

 いつもラクチェの隣によりそうように立っている、双子の兄スカサハ。戦場での互いの呼吸を知り尽くしたみごとな連携に、何度羨望の目を向けたことか…。
 不愉快な事を思い出し、ますます不機嫌になったヨハルヴァの顔を、ラクチェはからかうような表情でのぞき込んだ。
「あのね、新しい発見」
「何だよ?」
「ヨハルヴァってすごく可愛い」
「なんだとっ! こら、ラクチェ!!!」
 怒ったふりをして、ヨハルヴァがラクチェを追いかける。本気で逃げているわけではないから、ラクチェはすぐに捕まった。ヨハルヴァに腕をつかまれたラクチェは、笑いながら顔を上げた。
「ヨハルヴァ…」
 目の前に、真剣なヨハルヴァの表情があった。
 恐いくらいまっすぐなまなざしでラクチェを見つめている。ラクチェは魅入られたように、視線を逸らすことができない。
 ヨハルヴァの顔が近づいてくる…。そう思った時、ラクチェは自然に瞳を閉じていた。

 唇が離れた後、気がつくとラクチェはヨハルヴァの胸に顔を埋めていた。
 初めてにしては長いくちづけ。しかし、終わってみればほんの一瞬のようにも感じられる。
「あなたが言ったとおりになったわね」
 ヨハルヴァの腕の中で、ラクチェは囁くように言った。
「何が?」
「ヨハルヴァ、前に言ったでしょう。わたしの方から好きだって言わせてみせるって」
「ああ、確かに言ったな」
「わたし、ヨハルヴァが好きよ。大好き…。あなたと一緒にいると、すごく落ち着くの。ここがわたしの居場所なんだって、そんな気がする」
 ラクチェはゆっくりと顔を上げ、微笑んだ。
「不思議ね。スカサハといる時だって、こんな安心した気持ちにならないのに」
「こら。兄貴と恋人を一緒にするな」
「恋人?」
 きょとんとした顔で見上げるラクチェに、ヨハルヴァは答える。
「相思相愛なら恋人同士ってことだろ。知ってるだろうが、俺は昔っからおまえに惚れてるんだからな」
 当然のように言うその言葉に、思わずラクチェは吹き出した。ついさっきまで、シャナンのことで子供のようなやきもちを妬いていたのに。
「あいかわらず強引ね」
 でもそういうところも、好きなんだけど…。心の中でそう付け加える。

「ねえ、ヨハルヴァ。わたしがあなたのこと好きだって、知ってた?」
「まあな…」

 ―――わたしが自分で気づくまで、待っててくれたんだ

 その気持ちが嬉しかった。ヨハルヴァはいつもラクチェの気持ちを尊重してくれる。

 夕闇の中、二つの影は再びひとつに重なった。



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― 17 ―



 アルスターからの魔道士部隊を迎え撃つ形で、解放軍は出撃した。ブルーム王の配下であるその部隊は、魔道士と槍装備のアーマーで構成されている。後方ダーナへの備えもあるため、解放軍は隊を二分して応戦した。

 ラクチェはフィーと共に、敵陣の奥深くまで入り込んでいた。目的は敵の指揮官だった。部隊を崩すには、指揮官を討ち取るのが一番手っ取り早い。指揮官がいなくなれば、敵の半分は倒したようなものである。
 イード砂漠での一件があるため、周囲との連携をなるべく崩さないよう注意はしていた。しかし、ふと気がつくとフィーの姿が見えない。辺りを見回すと、少し離れた場所で敵と思われる魔道士の少女となにやら話をしている。
 ―――何やってるのかしら、フィー
 そう思っていると、フィーはその少女を天馬に乗\せ、空に舞い上がった。少女の銀色の髪が、光をはじく。

 突然戦線を離脱したフィーに、ラクチェはとまどった。そして、先に進むべきか、仲間のいる後方に退くべきかを思案する。
 答はすぐに決まった。ここまで来てしまった以上、今更戻っても危険は変わらない。だったら、先に進むべきだ。指揮官のいる辺りはすぐ目の前なのだ。
 ラクチェは、前方の一隊を目指し突き進んだ。

 敵の指揮官は、どうやら炎魔法を操る女魔道士のようだった。ラクチェはその炎魔道士に狙いを定めた。
 自分を狙うラクチェに気づいた炎魔道士が、エルファイアーの呪文を唱える。巨大な火柱がラクチェを襲う。しかし完全に見切っていたラクチェはなんなくそれを避け、逆に魔道士の懐に飛び込み流星剣を浴びせた。
「く……、ひとまず退却か…」
 止めをさす直前に、炎魔道士はワープの呪文を使い、いずこへかと消えた。完全に倒すことはできなかったが、とりあえず敵の指揮官はいなくなった。

 ほっとした瞬間、鋭いかまいたちがラクチェを襲った。エルウインドの魔法だ。とっさに避けたが、風魔道士が第二弾を放つべく魔道書を掲げているのが見える。ラクチェは勇者の剣を握り直し、地を蹴った。
 風魔道士が呪文を唱えるより一瞬早く、ラクチェの剣は敵の肩口に斬り込んでいた。その時―――
 ゆっくりと崩れ落ちる風魔道士の影から、もう一人の魔道士が突然姿を現した。今倒れた風魔道士が、再び蘇ったのかと思うくらいそっくりな顔立ちをしている。彼女は雷の魔道書を手にしていた。
「くらえ! エルサンダー!!」
 声と共に雷鳴がとどろき、激しい衝撃がラクチェを直撃する。雷魔道士のエルサンダーを、真正面からまともに受けてしまったのだ。ラクチェは元々魔法に対する防御は高くない。その分を天性のカンとスピードで補っていたのだが、こうなってしまうとひとたまりもなかった。
 ラクチェは、自分の身体が一瞬宙に浮くのを感じた。そしてそのまま背中から地面に落下する。強く背中を打ち、息ができなかった。
 雷の衝撃で全身がしびれ、起きあがることはおろか、剣を握る手にも力が入らない。そんなラクチェに向かって、雷魔道士がゆっくりと近づいてくる。
「よくも姉上を…」
 憎しみを込めた目でラクチェを見下ろし、再び魔道書を振りかざす。さっきラクチェが倒した炎魔道士か風魔道士のどちらか(あるいは両方)が、彼女の姉だったのだろう。

「ラクチェ!」
 その様子に気づいたラナが悲鳴を上げる。リブローの杖を振りかざすが、距離がありすぎて魔法が届かない。必死で、近くで戦っていたヨハルヴァに援護を呼びかけた。
 ヨハルヴァがこちらに向かって走ってくるのが見える。しかし、距離がありすぎた。もう、間に合わない。
 視界の端にヨハルヴァの姿を捕らえながら、ラクチェは思った。

 ここで死んだら、もうヨハルヴァに会えない。そしてヨハルヴァも永遠にわたしを失う…。

 ―――そんなことはさせない!

 急に身体が熱くなった。剣を持つ手に力が入る。ラクチェの全身を不思議な光が覆っていた。そしてその光は、またたくまに奪われた自由を取り戻した。
 突然目の前で起きあがったラクチェを、雷魔道士が信じられないような目で見る。ラクチェの剣が二度閃き、雷魔道士は驚愕の表情のままその場に崩れ落ちた。

 行く手を阻むアーマーの槍を叩き折り、ヨハルヴァが駆けつけた時、ラクチェは勇者の剣に寄りかかるようにして座り込んでいた。彼女が倒したはずの魔道士達の姿はない。二人とも最後の力を振り絞ってワープの魔法で逃げたのだ。それを止める力は、ラクチェには残っていなかった。
 しかし指揮官を失ったことにより、アルスター軍に動揺が広がっているのは事実だった。攻撃に統一性がなくなり、簡単に解放軍の兵に撃破されていく。

「まったく…。もう無茶はしないって言っただろう」
 ラクチェの身体を抱き起こし、支えながらヨハルヴァが言う。その声は、少し怒っているようだ。
「無茶はしてないわ。ちょっとした計算違いがあっただけよ」
「それが無茶って言うんだ!」
 一喝され、ラクチェはちょっと肩をすくめる。だが、その表情はどこか嬉しそうだ。
「わたし、もうだめだと思った」
 やがてラクチェはぽつりとつぶやいた。
「でもね、ここで死んだらもうヨハルヴァに会えなくなる。そう思ったら、不思議な力が湧いてきたの」

 ラクチェは自分の手を見た。さっきの光はもうない。いったいあれは何だったのだろうか。
 しかし、ひとつわかったこともある。
 ヨハルヴァを愛したことによって自分が弱くなったと、ずっと思っていた。大切な人が出来て、死ぬことを恐いと思うようになって、心が弱くなったのだと。
 でも、それは違う。死ぬことを恐れないのは本当の勇気ではない。愛する人のために生きる。たとえどんなことをしても生き延びる。それこそが本当の強さだと、今は素直に思うことができる。
 死ぬことを恐れなかったあの頃の自分は、ただ知らなかっただけなのだ。戦うことの本当の意味も、人を愛するということも。

 ようやくラナがラクチェの元にたどり着き、ライブをかける。
「もう…。心配したのよ、ラクチェったら」
「うん、ごめんね、ラナ」
 幼い頃から、いつもラナはラクチェを心配してくれていた。自ら真っ先に危険に飛び込むラクチェの後を、こうして追い続けてくれた。なんとたくさんの人に助けられ、自分は生きているのだろう…。
 そして、そのことに気づかせてくれたのもヨハルヴァだったのだ。背中を支えてくれる暖かい腕を決して失いたくないと、その時ラクチェは強く思った。



[51 楼] | Posted:2004-05-22 16:20| 顶端
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― 18 ―



 アルスター城の中庭で、スカサハがティニーに剣を教えていた。彼女は本来は魔道士だが、母が魔法戦士だったこともあって最近はこうして剣の稽古にも力を入れるようになっている。
 アーサーの妹であるティニーが解放軍に加わったのは、アルスター攻略の戦いのさなかだった。フィーが天馬に乗\せて飛び立った銀の髪の少女。それがティニーだったのだ。
 セリス皇子からティニーの護衛を頼まれた時、スカサハは最初とまどいを見せた。元々スカサハは女の子が苦手だったし、ティニーは特に線が細くて儚げで、今まで彼が見たことのないタイプの少女だったからだ。
 しかしスカサハは、最近ではすっかりこの少女に夢中になっている――ようにラクチェには見える。

「スカサハったら、あんなこと言ってたけど結構楽しそうじゃない」
 独り言のように言ったラクチェの言葉を、ヨハルヴァは聞き逃さなかった。
「兄貴を奪られたみたいで、妬けるか?」
「そんなんじゃないけど…」
 子供の頃からずっと一緒にいた双子の兄の傍らに、自分以外の女の子がいるのはやはりちょっと複雑だった。しかし、今自分の隣にいるのもまた、兄とは違う男性だ。
 ラクチェはヨハルヴァの横顔を見上げた。そして決意する。いや、心はとうに決まっていたのだ。

「今夜……」
「え?」
「今夜あなたの部屋へ行くから、鍵を開けておいてね」
 それだけ言うとラクチェは、ぽかんとした表情のヨハルヴァをその場に残して、さっさと向こうへ行ってしまった。
「え、おい、ラクチェ!」
 我に返ったヨハルヴァが呼び止めようとした時、すでにその姿はなかった。


 ―――いったいどういうつもりなんだよ、ラクチェ

 さっきからヨハルヴァがうろうろと部屋の中を行ったり来たりしている。もう何時間も彼はずっとこの調子だった。
 昼間のラクチェの言葉が、頭の中から離れない。

 今夜部屋に行くから…と彼女は言った。
 普通、女が夜中に一人で男の部屋を訪れるといったら、言外に含まれる意味は決まっている。しかし、あの時のラクチェの口調はあまりにも明るくあっけらかんとしていて、そういう期待を抱くには今一つ不安だった。
 もしかして、何か相談ごとでもあるんだろうか? でもそれなら別に昼間だっていいだろうし…
 すでに20回は同じ問答を繰り返している。だから、みなが寝静まった頃、かすかな音と共に扉が開いたとき、ヨハルヴァの神経は切れる寸前だった。

「どういうつもりだ、ラクチェ。こんな夜中にひとりっきりで男の部屋へ来るなんて、あんまりいい趣味じゃないぞ」
 中に入るなりいきなり大声でそう言われて、ラクチェはきょとんとした顔でヨハルヴァを見る。
「ヨハルヴァは、わたしが来て嬉しくないの?」
 その表情に、ヨハルヴァは頭を抱えた。
「そういう問題じゃない。あのな、こんな夜中におまえと二人っきりで部屋にいたりしたら、俺は何するかわからないんだ! このままおまえのこと、押し倒しちまうかもしれないんだぞ!!」
「じゃあ、そうすればいいじゃない」
「そうすればって、おまえなあ…」
 いったい何を言い出すのかと、あきれたようにラクチェを見る。
「わたしはそのつもりできたわ」
 しかしラクチェは、ヨハルヴァの目を見つめ返すと、きっぱりと言った。
「わたしヨハルヴァを愛してる。あなたと一緒なら、これから先どんなことがあっても乗\り越えていける。そう思ったからここへ来たの」
「ラクチェ……」
「ヨハルヴァは違うの…?」

 そう言ったラクチェの瞳を見た時、ヨハルヴァはもう何も言えなかった。
すい込まれそうな黒\曜石の瞳――
 気がつくと、ラクチェを腕の中に抱きしめていた。
「本当に俺でいいんだな?」
「当たり前じゃない。何言ってるのよ、ヨハルヴァ」
 くすっと笑いながら、ラクチェが言う。耳元をくすぐるようなその声を聞いた時が限界だった。
 わずかに開いていたラクチェの唇にくちづける。今までにない、深く長いくちづけ。
 そしていったんラクチェの身体を離すと、テーブルの上の明かりを消した。急に部屋が闇に閉ざされ、ラクチェの瞳が少し不安そうにさまよう。
 ヨハルヴァはラクチェを軽々と抱き上げると、まっすぐ寝台へと歩いていった。





--------------------------------------------------------------------------------



 今、ヨハルヴァの腕の中でラクチェが瞳を閉じている。なるべく乱暴にしないように気を遣ったつもりだったけど、ちょっと自信がない。
 窓から差し込む月の光の加減か、少しラクチェの顔色が悪いようにも見える。
「おい、ラクチェ」
 心配になって声をかけると、ラクチェはうっすらと瞳を開いた。
「なあに?」
 そう言って見上げる瞳は、いつものラクチェのものだ。愛しさがこみ上げてきて、思わずヨハルヴァはラクチェの柔らかな身体を抱きしめた。ラクチェも彼の背中に腕を回す。二人は今、お互いの魂を抱きしめていた。

 その夜、初めてラクチェは自分の父のことをヨハルヴァに話した。
 前ドズル公の次男レックス。父ランゴバルトと対立してシグルド軍に参加し、そこでイザークの王女アイラと出会い、恋におちたこと…。
 レックスの名はヨハルヴァも知っていた。自分にとっては叔父にあたる人だ。ドズル家の中では、反逆者として存在を抹消されたような扱いになっているが、民衆\の間では家を捨ててまで正義を貫いた英雄として伝えられていることも知っている。
 ラクチェがその娘だったとは…。

「じゃあ、俺達は従兄妹になるのか?」
「うん」
 ラクチェは微笑んだ。
「わたしね、ずっと自分の身体に流れるドズルの血が嫌いだった。イザークの人達が親切にしてくれる分、この人達を虐げているドズル家の血がわたしにも半分流れてるって思うと辛かった…。
 でも、今は違う。あなたと同じ血が流れていることを、誇りに思うわ」
「ラクチェ…」
「きっとレックス父さまは、あなたみたいな人だったのね」
 母の気持ちが、今なら痛いほどよくわかる。侵略されたイザークの王女と、侵略したドズルの公子。それでも、この人とならどんな運\命が待っていようと立ち向かっていける。そう信じることができたのだ。

 ―――わたしもこの人となら、ずっと一緒に歩いていける

 自分を見つめるヨハルヴァの頬に、ラクチェはそっと手を伸ばした。



[52 楼] | Posted:2004-05-22 16:20| 顶端
雪之丞

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― 19 ―



 シアルフィ城の城郭からラクチェは北方に連なる山々を見ていた。あの向こうにドズル公国がある。ヨハルヴァの生まれ育った国、そして父レックスが還ることのかなわなかった故郷。
 これから戦うことになるであろうその国に、ラクチェはしばし思いを馳せた。

 エッダ城を制圧した後、セリス皇子は軍を二手に分けた。ドズル軍が、シアルフィとエッダに同時攻撃を仕掛けてくる可能性が考えられたからだ。
 ヨハルヴァ率いる斧戦士の部隊と、スカサハとラクチェが率いる剣士の部隊はここシアルフィ城で、敵を迎え撃つ準備をしていた。


「そろそろ出撃するぞ。準備はできたのか?」
 ヨハルヴァが声をかける。ラクチェは黙って頷いた。

「いよいよドズルとの戦いになるのね」
「ああ、おそらくグラオリッターが出てくる。そしてブリアンも」
 ダナン亡き後爵位を継いだ、聖斧スワンチカの正当な継承者ブリアン。彼は、母親こそ違うがヨハルヴァの実の兄である。そのブリアンが、ドズル公国の正規軍であるグラオリッターを率いて出撃してくることは、充分に予想された。
 そしてラクチェにとってもまた、ブリアンは全くの他人ではない。一度も会ったことがないとはいえ、彼はラクチェの従兄にあたるのだ。
 血を分けた者同士による戦いが、再びここに始まろうとしている。


 城門の前には、すでにヨハルヴァの部下達が出撃の準備を整えていた。みな、イザークからずっとヨハルヴァについてきた者達ばかりだ。ほとんどがドズル公国の出身で、これから戦うグラオリッターの中に肉親や友人を持つ者もいるかもしれない。
 しかし、彼らの顔に迷いはなかった。

 ラクチェは剣士の一隊を率いて、ヨハルヴァの部隊と共に出撃した。その様子を、城郭からスカサハが心配そうに見守っている。できれば一緒に出撃し、妹の側で戦いたい心境だろう。しかし彼は、セリス皇子から城の守備を任されていた。

 山脈の麓まで進軍すると、ヨハルヴァは軍を停止させその場に陣を張った。そこからドズル公国へと通じる街道が伸びている。山に挟まれたその街道の出口で、ドズル軍を迎え撃つつもりだった。平地に出られては騎馬の方が有利になる。そうなる前に、ここで敵を叩く。
 街道沿いの山や林の中に約半数の兵を潜ませ、ドズルの軍が現れるのを待った。

 やがて太陽が中天を廻った頃。大地を揺るがす轟音と共に、斧を手にした騎馬の大群が土煙を上げて突進してくるのが見えた。予想した通りそれは、ドズル公国最強の部隊グラオリッターだった。

「いよいよだ。行くぞ!」
 ヨハルヴァの声を合図に、斧戦士の部隊が一斉にグラオリッターに向かって走り出す。たちまち辺りは激しい戦場と化した。
 ラクチェはヨハルヴァの隣で、正面から来る敵を迎え撃った。ヨハルヴァが敵の攻撃を受け止め、その影からラクチェが流星剣を振るう。一体となったその攻撃から逃れられる敵は少なかった。
 それでも包囲網を破ってシアルフィ城へと向かう者も何騎かあった。しかし、彼らはスカサハの部隊が片付けてくれるだろう。

 狭い街道で思うように機動力を生かせないグラオリッターを、木々の間に潜んでいた兵達が側面から襲う。思わぬ伏兵に混乱を隠せないドズル軍は、次第に追い詰められていった。

 その時、ひときわ大きな蹄の音と共に、ラクチェ達に向かって真っ直ぐ突き進んでくる騎馬があった。普通の馬よりも一回り大きな体躯の戦馬に跨り、鈍く輝く重厚な甲冑に身を包んだ斧騎士。一目で敵将とわかるその手には、ネールの直系の証である聖斧スワンチカが握られていた。

「ヨハルヴァ、貴様! このドズル家をつぶすつもりか!!」
 大音声と共に、ヨハルヴァに向かってスワンチカが振り下ろされる。ヨハルヴァはその攻撃を勇者の斧で受け、はじき返した。

「安心しろよ、ブリアン兄貴。あんたに代わってこの国は俺が守ってやるよ」
「なんだと!? 聖痕も持たぬ身で思い上がりおって。ただではおかん!」
 ブリアンの形相が一変する。怒りと憎しみを全身にたぎらせて、スワンチカの斧を握り直す。その刃が狙うのは、弟ヨハルヴァの首。

 ヨハルヴァは慎重に間合いを取った。並みの攻撃が通じないのは、父ダナンとの戦いでわかっている。まして今ブリアンの手には、スワンチカがあるのだ。
 しかし、不思議な力が身体の奥から湧いてくるのを、ヨハルヴァは感じていた。力の源がなんであるか、彼にはわかるような気がした。

 ―――ラクチェ…

 彼女は今、ヨハルヴァとブリアンとの対決を邪魔させないために、周囲の敵を一手に引き受けている。そのラクチェから強い思いが伝わってくる。ラクチェが側にいることで、自分は強くなれる…。

 ヨハルヴァは勇者の斧を握り締め、地を蹴って走り出した。すかさずブリアンが応戦の構えを取る。斧と斧のぶつかり合う激しい音が、二度三度とあたりに響く。
 ヨハルヴァが弾き飛ばされるのと同時に、ブリアンも馬上から落下した。共に地に倒れ伏した兄弟は、しばし互いを睨み合う。
 ヨハルヴァの肩口からは大量の血が流れ出していた。かすっただけとはいえ、スワンチカの風圧は肩当てを弾き飛ばし、深い裂傷をヨハルヴァの身体に残したのだ。
 そして、先に起きあがったのはブリアンの方だった。

「ヨハルヴァ!!」
 それに気づいたラクチェが叫んだ。勇者の剣を手に、二人の方へと向か
って大地を蹴る。

 ―――ヨハルヴァを殺させはしない!

 その身体中が緑の輝きに覆われていた。
 自分に向かって駆けて来る緑の流星に、ブリアンの足が止まる。一瞬その姿を見失った――と思った時、その光はすでにブリアンの背後に回っていた。煌いては消える流星の輝きを何度か目にした後、ブリアンは自分の身体が地に崩れ落ちるのを感じていた。

「スワンチカの斧がこうもたやすく敗れるとは……」
 そうつぶやいた彼の目は、二度と開くことはなかった。主をなくし輝きを失った聖斧が、かたわらに落ちている。
 自ら手を下した、初めて見る従兄の死顔にラクチェは瞳を伏せた。そしてすぐさま振り返り、倒れたままのヨハルヴァに駆け寄り、抱き起こした。その身体から流れ出る血が、たちまちラクチェの手を濡らす。

 残った敵から二人を守るように、ヨハルヴァの部下である斧戦士達が周囲に壁を作った。しかし、そうするまでもなく彼らに向かって来ようとする者はもはやなかった。スワンチカの敗北とドズル公爵の死を目の当たりにして、みな戦意を喪失したのである。

「ヨハルヴァ、しっかりして!」
 自分を呼ぶラクチェの声を、薄れ行く意識の中でヨハルヴァは聞いていた。熱い雫をまぶたに感じうっすらと目を開けると、ラクチェの瞳からあふれた涙が頬を伝って落ちている。

 ―――どうして泣いてるんだ、ラクチェ。泣くなよ。きれいな顔が
    だいなしじゃねえか…

 涙をぬぐおうと手を伸ばそうとして、身体が言うことを聞かないことに気がついた。

 ―――なんてこった。俺もこれで終わりか…

 口許に皮肉な笑みを浮かべ目を閉じる。ラクチェの腕の中で死ぬなら悪くないか…。その誘惑に負けそうになった時、耳元でラクチェの声が響いた。

「目を開けて、ヨハルヴァ! あなたが死んだらわたしも生きていないわ。それでもいいの!?」
 そう言って自分を抱きしめるラクチェの腕から、暖かい力が流れ込んでくる。そしてそれは、生きようとする意思を、ヨハルヴァの中に目覚めさせた。
 ヨハルヴァの目が再び開く。
「俺がおまえを一人にするわけないだろう」
 笑ってそう言うヨハルヴァを、ラクチェはもう一度抱きしめた。

 その時、淡く輝く聖なる光がヨハルヴァを包み込んだ。走り寄ったティニーが息を切らしながらライブの呪文を唱和する。彼女はスカサハの依頼によって、ラクチェの部隊に組み込まれていた。
 繰り返しかけられたライブによって、次第にヨハルヴァの傷はふさがっていく。やがてようやく自由が戻った手で、ヨハルヴァはラクチェの頬を伝う涙をぬぐった。



[53 楼] | Posted:2004-05-22 16:23| 顶端
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― 20 ―



 ドズルを制圧した解放軍は、そのまま城に留まり次なる戦いに備えていた。兄ブリアンとの戦いで傷を負ったヨハルヴァは、ドズル城の一室で安静にしている…はずであった。

「ちょっと。何やってるのよ、ヨハルヴァ」
 ベランダに出たと思ったら、いきなり斧を振りまわし始めたヨハルヴァに、ラクチェがあわてて声をかける。
「寝てばかりいたから退屈でしょうがないぜ。いい加減、身体もなまっちまう」
「呆れたわね。一度死にかけたくせに」
「どうってことねえよ、あのくらい。何度でも生き返ってみせるさ」
 軽く返したヨハルヴァに、ラクチェの表情が変わった。
「冗談じゃないわ。あんな思いをするのは、もうごめんよ!」
 真剣なラクチェの口調に、ヨハルヴァは斧を振るう手を止める。唇をかんで自分を見つめるラクチェの瞳を見て、ヨハルヴァは今の不用意な言葉を反省した。
「悪かった、ラクチェ」
 そしてラクチェの頭ごと腕の中に抱え込み、その髪を撫でた。

 二人は並んでベランダに出ると、城下の街並みを見下ろした。堅牢なドズルの城は建国者ネールの気性を反映してか、見た目の美しさよりも機能を重視して造られている。街もそれに合わせたように、華麗というよりは重厚といった印象を与えた。それでもラクチェは、なぜか不思議な懐かしさを感じた。
 自分の中に残る、父の記憶なのだろうか…。ふと、そんなことを思う。

「ここがあなたの生まれた国なのね」
「ああ、イザークに行くまではずっとこの城で育った。まさかこんな形で帰って来ることになるとは思わなかったけどな」
「でも、後悔はしてないわよね?」
「当然だ。俺には親父達に代わってこの国を立て直す義務がある。後悔なんかしてる暇はねえよ」
 そして、隣に立つラクチェの顔をのぞき込む。
「手伝ってくれるよな? ラクチェ」
「もちろんよ。わたしはあなたと一緒に生きていくって決めたんだもの」
 まっすぐヨハルヴァを見つめる瞳には、何の迷いもなかった。


 グラン暦778年。グランベルの王位に就いたセリスから、ヨハルヴァは正式にドズル公国の統治を任命された。建国以来初めての、聖痕を持たぬドズル公爵の誕生である。
 ヨハルヴァはスワンチカを城の奥深くに封印した。いずれ自らの血脈の中から、ネールの聖痕を持つ者が再び現れるかもしれない。その時、聖斧が正義の光を取り戻すことを願い、その守り人を務めるつもりだった。
 スワンチカの斧に圧政の象徴を見ていた民衆\は、むしろそのことを歓迎した。そして彼の治世は、戦いに疲れ果てた人々に長い安寧を与えることとなるのである。

 常に先頭にたって国と民とを率いるドズル公。その隣には、どんな時も共に戦う美しい女剣士、漆黒\の髪と黒\曜石の瞳を持つ公妃ラクチェの姿が必ずあったという――。





緑の剣士  - 完 - 



[54 楼] | Posted:2004-05-22 16:23| 顶端
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風 の 騎 士

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― 1 ―



「戦争は遊びじゃない。お姫様は城でおとなしくしていろ」
「失礼な方ね! あなたにそんなことを言われる筋合いはないわ」
 それは、戦場で出会った二人が初めてかわした会話だった。


 グラン暦757年。グランベル王国のイザーク侵攻は、周辺の国々にもさまざまな影響を及ぼした。ここアグストリアでも、この機に乗\じてグランベルに攻め込もうというシャガール王の野心が、国内の乱を呼んでいる。シャガール王に和平を進言し逆に捕らえられたエルトシャン王を救い出すため、シグルドの軍はマッキリーへと向かって進軍中だった。

 ラケシスは、昨日初めて出会った無礼極まりない男のことを考えていた。
 アンフォニー軍との戦いのさなか、あの男は敵の部隊から寝返った。金を受け取った次の瞬間には、ついさっきまで仲間だった兵の首をはねた。そして、次々と自分に向かってくるかつての仲間を、顔色一つ変えずに斬り続けた。
 アンフォニー城が陥落した後、その男はラケシスに近づき言ったのだ。
「お姫様は城でおとなしくしていろ」……と。
 その無礼な男は、ベオウルフと名乗\った。

 ラケシスはそれまで戦場に出たことはない。剣は一応使えるが、王族としてのたしなみの域を出ていない。それでも、自らシグルドに援軍を要請した以上、当然戦いに参加するつもりであった。助力を頼んでおいて、自分だけ安全なところに隠れているわけにはいかない。
 それにラケシスは回復魔法が使える。たとえ剣で役に立てなくても、せめてケガ人の手当てくらいなら…と思い参戦した彼女の覚悟を、ベオウルフは鼻で笑ったのだ。
 思い返すたび、腹立たしい気持ちでいっぱいになる。アグスティ城に囚われた兄エルトシャンのことを、一瞬忘れてしまうほどだった。

「ラケシス様。お気をお落としになられませんよう。エルトシャン王はきっとご無事でいらっしゃいます」
 突然声をかけられ、ラケシスは我に返った。隣を行くイーヴが心配そうな表情を浮かべている。深刻な顔をして黙りこんだラケシスを見て、エルトシャンの身を案じていると思ったのだろう。
「…ええ、ありがとう。イーヴ」
 兄が自分を守るために残してくれた忠実な部下によけいな心配をかけないよう、ラケシスは微笑んだ。
 もうあの男のことは考えまい。そう心に決めた。

風 の 騎 士

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― 2 ―



 丘陵の上に白亜の城がある。まさに王者の城と言うにふさわしい華麗な景観を備えたアグスティ城。遠くにそのその姿を見ながら、ラケシスはいてもたってもいられない思いにかられていた。
 あそこに敬愛する兄エルトシャンが囚われている。そう思うと、今すぐにでも駆けつけたくて、じっとしていることなどできそうにない。軍を率いてアグスティ城へと向かったシグルドからは、決して戦場には出ないようにと釘をさされていた。しかし、とうとうラケシスはその約束を破って戦場へと向かう決意をした。ラケシスを守るイーヴ達三兄弟は強く反対したが、最後には根負けし、彼女を護衛するため付き従った。

 戦場では、ラケシスが予想していた以上に激しい戦闘が繰り広げられていた。近衛隊長である、シャガール王の側近ザインが騎士の意地と誇りをかけて、主君を守るために戦っている。そのザインの指揮の元、死をも恐れぬ近衛兵達の戦い振りに、シグルド軍は思った以上の苦戦を強いられていた。
 彼らにとって、シグルド達はまさしく祖国を侵す侵略者なのだ。

「ラケシス様、危険です。戻りましょう」
 イーヴが声をかけるが、ラケシスの耳には届いていない。

 ―――あそこに兄上がいる。もう少しでエルト兄さまに会える!

 今、ラケシスの心を占めているのはそのことだけだった。

「危ない、ラケシス様!」
 突然大声と共に、ラケシスの前に騎馬が回りこんだ。イーヴだった。彼は、ラケシスに向かって飛んできた敵の矢を剣でなぎ払った。
 ふと気がつくと、周囲にはいつの間にか敵兵の姿が多くなっている。ほとんど取り囲まれているといってもいい。彼らがラケシスを狙っているのは明らかだった。
 ただでさえ、回復の杖を持つ兵は狙われやすい。ましてラケシスが身に付けている、手の込んだ美麗な装飾の武器や防具は、彼女が高貴な身分であることを示している。捕虜にするにはうってつけなのだ。

「ラケシス様、側を離れないで下さい」
 イーヴ達三人は、ラケシスを囲むように敵と対峙した。その彼らに向けて周囲から一斉に槍が繰り出される。剣を手にしたイーヴ達にとっては、不利な状況だった。
「うあっ!」
 しばらく戦闘が続いた後、ラケシスの側で苦痛に満ちた声が上がった。
思わず振り向くと、敵兵の槍がイーヴの肩を貫いている。
「イーヴ!」
 ライブをかけようと、あわてて走り出す。しかし二歩も進まぬうちに、足に焼けつくような痛みを感じ、思わずラケシスはその場に膝をついた。流れ矢が、左足のふくらはぎの辺りをかすめたのだ。刺さりはしなかったが、その矢はブーツを切り裂き皮膚を深くえぐっていた。じわじわと血がにじんでくる。鋭い痛みが断続的に襲い、立ちあがることが出来なかった。

「ラケシス様!!」
 エヴァとアルヴァが声を上げるが、防戦に精一杯でラケシスの側に近寄ることさえ出来ない。
 動けないラケシスに向かって敵兵の槍が伸びて来ようとしたその時。一つの騎馬の影が、風のようにその場に割り込んだ。地面に座り込んだままのラケシスを馬上へと引き上げ、そのまま戦列を離れ走り去って行く。
 呼び止めるイーヴ達の声をよそに、騎馬の姿はどんどん遠ざかっていった。

 自分を乗\せたまま走り続ける騎兵の正体がわからず、ラケシスは馬から飛び降りようと身をよじった。この男は敵かもしれないのだ。
「暴れるな、大人しくしてろ」
 聞き覚えのある声に顔を上げると、そこには二度と思い出したくない男の顔があった。
「ベオウルフ…」
「飛ばすからな。しっかりつかまってろよ」
「どこへ行くの?」
「逃げるに決まってんだろう。殺されたいのか」
 ベオウルフの言葉に、ラケシスの顔色が変わる。
「戻って! イーヴ達を残して、自分だけ逃げるなんてできないわ」
「あんたがあそこにいて何ができる! あいつらの足手まといになるだけだ」
 事実なだけに、その言葉はラケシスの心に深く突き刺さった。
「仲間を見捨てて逃げるなんて、あなたは騎士じゃないわ!」
「ああ、俺は騎士じゃない。ただの傭兵だ」
 平然とそう言うと、かまわずに馬を飛ばし続ける。その両腕の間で、ラケシスは屈辱に打ち震えていた。

 やがて戦場からもだいぶ遠ざかった森の辺りでベオウルフは馬を止め、ラケシスを降ろした。近くに泉がある。馬に水でもやるのだろうかとラケシスが思っていると、ベオウルフは屈みこみ、座っている彼女の左足からブーツを脱がせようとする。
 思わずラケシスは悲鳴をあげた。
「何をするの!」
「何って、ケガの手当てに決まってるだろうが」
「そんなことしてくださらなくてもけっこうよ!」
 思わず立ちあがり、しかし次の瞬間には再び地面に座り込んでいた。足に力が入らない。さっきよりも、痛みはだいぶ増している。
「ケガ人はおとなしくしてろ」
 そう言うなりベオウルフはラケシスを抱き上げた。そして泉の方へと向かう。
「大丈夫だって言ってるでしょう。降ろして!!」
「もし毒矢だったら、最悪足を切り落とすことになるぞ」
 その言葉に、ラケシスの抵抗がぴたりとやんだ。
 足の痛みはどんどん増している。しびれるような感じさえする。彼の言葉は単なる脅しではないかもしれないのだ。

 ベオウルフは泉の水で傷口を丁寧に洗うと、馬に括り付けてあった道具袋から薬を取り出した。二種類の軟膏のようなものを混ぜ合わせ、白い布に塗る。それをラケシスの傷の上に貼った。
「最初は少ししみるかもしれない。がまんしろよ」
 そう言いながら今度は包帯を取りだし、慣れた手つきで巻き始めた。

「いつもそんなものを持ち歩いているの?」
「必需品だ。こういう仕事をしてるとな。いつでも回復魔法を受けられるわけじゃない」
 そして、ラケシスの持つライブの杖をちらりと見る。
「しかし回復魔法も不便なもんだな。他人のケガは治せても、自分には使えないんじゃな」
「仕方がないわ。元々回復魔法は、自分以外の人への愛と慈悲の心で唱えるものだもの。自分のために使ってはいけない性質のものなのよ」
「…じゃあ、俺には一生使えないな」
 少し自嘲気味に言ったベオウルフの表情がラケシスは気になった。無礼で強引な彼が、ふと見せた気弱とも思える表情。
 しかしそれはほんの一瞬のことだった。包帯を巻き終わった時には、すでに彼は元の顔に戻っていた。

 その後、再びラケシスを馬に乗\せると、ベオウルフは一路本陣へと向かった。
 本陣の天幕には、負傷兵や彼らの手当てをする看護兵らがひしめいている。その数の多さが、この戦いの激しさを物語っていた。
「どうだ? 立てるか?」
 ラケシスを馬から降ろすと、ベオウルフが聞いた。
 薬が効いたのだろう。ここに来るまでの間にだいぶ痛みも和らぎ、ラケシスはなんとか立って歩けるようになっていた。
「どうやら大丈夫のようだな。後でちゃんと医者に見てもらったほうがいい。俺は戦場に戻るからな」
 そのまま立ち去りかけて、ふと思い出したように立ち止まる。
「戦場に出るだけが戦うことじゃない。あんたにはあんたにしかできないことがあるだろう」
 そう言ってから、ベオウルフはよけいなことを言った、という顔をした。
「じゃあな…」
 短くそう言って、再び戦場へと向かうために馬の手綱を取る。
 その彼の身体を、突然温かな光が包んだ。戦闘で失われた体力が回復し、力がみなぎってくるのがわかる。

「手当てのお礼です」
 思わず振り返ったベオウルフの目に、ライブの杖を握り締めたまま怒ったような表情でこちらを見ているラケシスの姿が映った。素直に礼が言えない彼女の、精一杯の表現方法なのだろう。

「ありがとうよ、お姫様」
 苦笑を浮かべながら馬に跨ると、ベオウルフは今来た道を真っ直ぐに戻って行く。瞬く間にその姿は見えなくなった。


 天幕の中には、負傷した兵達が大勢横たわっていた。回復魔法が使える者はほとんど戦場に出ているため、ここにいる兵達は通常の治療しか受けられない。血と薬品の匂いが混じり、あちこちから苦しそうなうめき声が聞こえてくる。
 ラケシスは、横たわる兵の中に見なれた赤い髪を見つけ出した。
「イーヴ、無事だったのね。よかった…」
「ラケシス様こそ、よくぞご無事で…」
 起き上がろうとする彼を押しとどめる。
「弟達はたいしたケガではありませんでしたので、ラケシス様を探しに戦場に戻りました」
「そう…。入れ違いになってしまったのね。エヴァ達も無事だといいけど…」
「ラケシス様を守りきれず、面目ございません!」
「何を言ってるの、イーヴ。わたしこそあなた達を置いて一人で逃げ出したわ。ごめんなさい…」
「それでよろしいのです。ラケシス様の安全が、何よりも大事なのですから」
 そう言って微笑もうとするが、すぐに苦痛の表情が取って代わる。上半身を包帯で覆われた彼の姿は、見ているだけでも痛々しいものだった。
 イーヴをこんな目に会わせたのは自分だ――。そう思うとラケシスは居たたまれない気持ちになる。

 ―――あんたにしかできないことがあるだろう
 ふいに、さきほどのベオウルフの言葉が頭に浮かんだ。何かに突き動かされるように、ラケシスはライブの杖を手に取った。呪文と共に聖なる光がイーヴの身体を包む。
 少しだけ、彼の呼吸が楽になるのがわかる。ラケシスは繰り返しライブを唱えた。



[55 楼] | Posted:2004-05-22 16:25| 顶端
雪之丞

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風 の 騎 士

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― 3 ―



 シャガール王の降伏により、アグストリアの内乱は一応終結を見た。しかし、いつのまにか内乱はアグストリアとグランベルの戦争にまで拡大しており、敗戦国となったアグストリアはグランベルの統治下に置かれることになった。
 アグストリア王シャガールは王宮をマディノ城に移し、エルトシャンもそれに付き従いシルベール城から王を警護することとなる。親友エルトシャンを救い出すという目的は達せられたものの、シグルドの心は晴れなかった。

 ラケシスもまた、ひとり暗鬱な思いを抱いていた。兄を助け出そうと思ってしたことが、アグストリアに他国を介入させる結果となってしまった。
 自分は間違っていたのだろうか……。しかし、シグルドに助力を要請しなければ、ノディオンは隣国ハイラインに征服されていたであろうし、兄の身もどうなっていたかわからない。
 だが、そのことよりもラケシスの心を暗くしているのは、兄エルトシャンの言葉だった。アグスティ城を出立する時、当然共に付いていくつもりだったラケシスに、エルトシャンは言ったのだ。このままシグルドの軍に留まれ、と。
 確かに今となってはシャガールの監視下にあるシルベールも、グランベルの役人の駐留するノディオンも、ラケシスにとって安全な場所とは言えなくなっている。しかし、どんな時も兄と共にありたいと望む彼女には、辛い言葉だった。


「手当てがよかったのね。これなら跡も残らないわ」
 ぼんやりと物思いにふけっていたラケシスは、その声に我に返った。今、エーディンが目の前でラケシスの足のケガの具合を見てくれている。
 そして念のためにと、もう一度ライブをかけてくれた。すでに直りかけていた傷跡が、もうほとんどわからないくらいに薄くなる。
 同じ、回復魔法を扱う身でも、エーディンとラケシスとではレベルがまるで違った。ラケシスが何度もライブを唱えなければ直せないようなケガを、エーディンはたった一度の唱和で回復させてしまう。
 回復魔法が使えるというだけで軍の役にたてると単純に思いこんでいた自分が、ラケシスは急に恥ずかしくなった。

 エーディンの部屋を退出し、そのままアグスティ城内の中庭を歩いていた。石畳に舞い散る落ち葉が、秋の訪れを告げている。
 ふと、前方の木立の中に人影を見つけた。背の高い、大きな背中のその後姿には見覚えがある。思わずラケシスは走り出した。

「ベオウルフ、待って」
 息を切らして駆けてくる少女を、ベオウルフは少し驚いたような表情で見ていた。
「そんなに走って足は大丈夫なのか? お姫様」
「ええ…。それよりわたし、あなたに謝りたくて……」
「謝る? 何を?」
「わたし、危ないところを助けてもらったのに、ちゃんとお礼も言ってなかったわね。それどころか、ずいぶんひどいことを言ったわ。本当にごめんなさい」
 真剣な表情のラケシスを見て、ベオウルフの顔にも笑みが浮かぶ。
「気にすることはないさ。あれも仕事のうちだ」
「でも、あなたの言う通りでした。わたし、自分が足手まといだということに気づかずに、のこのこと戦場に出たりしてみんなに迷惑をかけて…。とても恥ずかしいわ」
「変わったお姫様だな。ふつう、あんたみたいに身分の高い女は俺達ふぜいが言うことなんか気にも留めないもんだぜ。野良犬が吠えてるぐらいにしか思わないもんだ」
「そんなことないわ。同じ人間でしょう」
 少し憤ったような表情で、まっすぐ自分を見つめる少女。
 他の人間が口先だけで同じようなことを言うのを聞いたことはある。しかし今目の前にいる少女は、本気でそう言っているようだった。
 その澄んだまっすぐなまなざしをベオウルフは、少しまぶしいような思いで見ていた。自分がとっくの昔に失ってしまった純粋なものを、この少女は持ち続けている。

「そう思ってくれるのはありがたいが、それは理想論だ。人間は生まれた時から身分によって隔てられている。同じ人間ではありえない。俺とあんたの住む世界が違うようにな」
「そんな……」
 ラケシスはひどく傷ついた顔をした。うつむいてしまった彼女に、さすがにベオウルフも気がとがめる。しかし再び顔を上げた時、ラケシスの瞳には強い光が宿っていた。
「それは、わたしが一人前ではないから対等に相手できないってこと? それならわたしは、絶対にあなたに認めてもらえるような人間になってみせるわ」

 自分の言葉が、まさかそういうふうに受け取られるとは思わなかった。
ベオウルフは思わず苦笑を浮かべる。

 ―――つくづく変わったお姫様だ

 挑戦するかのように自分を睨んでいる少女を見た。
「何がおかしいの。わたしは本気よ」
 だがベオウルフはそれには答えず、ラケシスの後ろに視線を走らせた。
さっきからこちらを見て立っている、一人の男の姿がある。
「それよりお姫様、忠実な騎士殿がお出迎えだぜ」
「え?」
 ラケシスが振り返ると、そこにはシグルドの直属の部下ノイッシュが居住まいを正していた。

 エルトシャンと共にシルベールに行ったイーヴ達兄弟の代わりに、ノイッシュとフィンが交代でラケシスの護衛に付くことになった。街に出かける時はもちろんのこと、城内にいる時も必ずどちらかがラケシスの側に付き従った。
 ノディオンの王女でありながらグランベル軍に身を置くラケシスの立場は、下手をするとアグストリアとグランベルの両国から狙われることにもなりかねない。
 シグルドもキュアンも、親友の妹のために自分の最も信頼する部下を護衛に付けたのだ。

「お話し中申し訳ございません、ラケシス様。シグルド様がお呼びです」
「わかりました。すぐに参ります」
 ベオウルフに、もうひとこと言っておこうとラケシスが振り返った時、すでにその後ろ姿は遠ざかりつつあった。
 なんとなく中途半端な気持ちでベオウルフの去った方を見ているラケシスに、ノイッシュが声をかける。

「ラケシス様。よけいなこととは思いますが、あまりベオウルフに気を許されるのはいかがかと思います。彼は、金で主を替える傭兵です。いつシグルド様を裏切って敵にまわらないともかぎりません」
 その言葉を聞いた時、ラケシスはほとんど反射的に声を上げていた。
「本当によけいなことだわ! そのくらいの判断は自分でします。
 それに……」

 ―――ベオウルフはそんな人じゃないわ

 そう言いかけて、はっと口許を押さえた。
 今、自分は何を言おうとしたのだろう。なぜ彼をかばうようなことを?
 戦場で助けてもらったとは言え、ベオウルフがどんな人間なのか、まだよく知らないことは事実なのに…。
 ましてノイッシュは、自分を心配して言ってくれたのだ。

「あ……、ごめんなさい、ノイッシュ。言いすぎました。心配してくれてありがとう」
 ラケシスの言葉に、固く引き締められていたノイッシュの口許が、少しほころんだ。
「いえ、私こそ出すぎたことを申しました。お許し下さい」
 一礼し、先に立って歩いて行く騎士の後ろ姿を見つめる。以前から思っていた。彼は兄に似ている――と。
 顔立ちは特に似ていないが、背格好が同じくらいということもあって、金の髪に赤い鎧を身につけたノイッシュを遠目に見た時、何度かエルトシャンと見間違えたことがあった。
 そして何より、主君に忠誠\を誓い騎士道を貫く、穢れなきまっすぐなまなざしがそっくりだった。彼は兄と同じ種類の人間だ。ノイッシュを見るたび、ラケシスは思った。

 ―――なのにどうして彼を見ても胸が騒がないのかしら?

 ノイッシュを好ましく思ってはいるが、あくまでも好意の域を出ていない。彼の事を考えて眠れなくなったり、彼の姿を垣間見て心がときめいたりということはない。

 ―――やっぱりエルト兄さまを超える人なんて、この世には
    いないんだわ……

 シルベール城にいる兄エルトシャンのことを思った。今ごろ彼はどうしているのだろう。

 兄のために強くなりたい。それはアグストリアの内乱を通じて、ラケシスが強く思ったことだった。今まで彼女は、兄に守られるだけの立場だった。エルトシャンの庇護の下、微笑みながら過ごす毎日がずっと続くと思っていた。しかしもう時代はそれを許さない。

 ならば今度は自分が兄を守りたい。そしてどんな時も彼と共に戦いたい。
 そういう形でしか側にいることのできない妹の、それはせめてもの願いだった。


風 の 騎 士

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― 4 ―



 その日、城下の定期巡回から戻ったベオウルフを、思いつめた表情のラケシスが待っていた。

「わたしに戦いかたを教えてほしいの、ベオウルフ」
 馬の手綱を引いて厩舎に向かうベオウルフの後ろを歩きながら、そう声をかける。
「なぜ、俺に頼むんだ? ノイッシュかフィンに言えば、喜んで教えてくれるだろう?」
「……彼らではだめなの。二人ともわたしに怪我をさせまいと気を遣って、本気で相手をしてはくれないの」
 ベオウルフは立ち止まり、意外そうな顔でラケシスを見た。この王女は、相手が手加減していることをちゃんとわかっているのか。

「あなたにお願いするしかないんです。あなたならきっと手心を加えずに、剣を教えてくださるでしょう? もちろんお礼はします」
 真剣なまなざしで訴えるラケシスに、ベオウルフも少し心を動かされた。彼女がこんなことを言い出した一因は、自分にもあるかもしれない。
「礼は要らない。だが、俺のやり方についてこられるのか?」
「はい」
 決意を込めた表情で少女が頷く。
「乗\馬はできるか?」
「ええ、一応は」
「じゃあ、騎馬での戦い方を教える。あんたは防御が弱い。騎馬で戦った方が有利だ。慣れるまでに少し時間がかかるかもしれないがな」
「わかりました」
 ラケシスの表情が明るく輝いた。

 そして次の日から、ベオウルフを相手にラケシスの剣の稽古が始まった。
 ベオウルフは言葉での説明は極力省き、実践を通してラケシスに戦い方を教えていった。
 最初はあまりに無防備でどうなることかと思ったが、ラケシスの剣の腕はどんどん上達していった。とにかく飲み込みが早い。同じ注意を二度は受けない。
 さすがはエルトシャン王の妹。黒\騎士ヘズルの血を引く王女だと、ベオウルフも認めずにはいられない。
 そして何よりも、ラケシスの訓練に対する姿勢には、並々ならぬ決意が感じられた。何度馬上から落とされても、土にまみれても、決して自分から止めようとは言い出さない。
 この少女は強くなる。そうベオウルフは思った。


 そんなある日、すでに日課となったラケシス相手の剣の稽古を終え、部屋に戻ろうとするベオウルフの前にノイッシュが現れた。彼は、ここ数日間の二人の訓練の様子を見ていたという。そして、稽古をやめるか、やり方を変えるようベオウルフに要求しにきたのだった。

「あれはやり過ぎだ。ラケシス様がケガでもされたらどうするつもりだ!」
 声を張り上げるノイッシュを、少しうんざりしたような表情でベオウルフは見た。
「ケガですむんならそれでいいだろう。そんなことに気を遣っていたら、訓練にならん。戦場じゃ、敵は手加減なんかしてくれないんだからな」
「ラケシス様は戦う必要などない。あの方を守るために我々がいるのじゃないか!」
「おまえが守ってやれるという絶対の保証があるのか? どんな強いやつでも運\が悪ければ死ぬ。それが戦争だ。もしおまえが倒されたら、誰が彼女を守る? ラケシス王女に自分を守る方法を教えることが、彼女を守る一番の近道なんだ」
「それは……騎士の考え方ではない!」
 声を震わせるノイッシュを見て、ベオウルフは口の端に皮肉な笑みを浮かべた。
「あいにくと俺は、騎士じゃないんでね」

 そして初めて真剣な顔になると、ノイッシュに向かって強い口調で言う。
「正直言って俺も、あのお姫様はすぐに音を上げるだろうと思ってたよ。だがあいつは決して弱音を吐かない。ラケシス王女はおまえが思っているほど弱い女じゃないんだ。おまえの言ってることは、彼女に対する侮辱だ」
 硬直したように黙り込んだノイッシュを一瞥すると、そのままベオウルフは立ち去った。

 少しの後、拳を握り締めうつむいたまま立ち尽くすノイッシュの背後から、ためらいがちな声が聞こえて来た。
「ノイッシュ殿」
「…フィンか」
 振り返った先には、フィンが複雑な表情で立っている。
「申し訳ありません。聞こえてしまいました」
「いや、かまわない…」
 そう言った後、ノイッシュはフィンに問いかけた。
「フィン、君はベオウルフの言うことをどう思う?」
「私も騎士ですから、ベオウルフ殿のような考え方はできません。…でも、あの人の言っていることが間違っているとも言いきれないような気がします」
 ノイッシュも同じ思いだった。だからあの時、ベオウルフに言い返すことができなかったのだ。
 フィンは続けた。
「どちらにしても、私は騎士としての生き方しかできません。我々は我々のやり方でラケシス様をお守りすればいいのではないでしょうか」
 まだ少年の面影を残したまま真摯なまなざしで答えるフィンに、ノイッシュの顔にもわずかな笑みが浮かぶ。
「そうだな」
 いくぶん明るい表情になったノイッシュは、フィンの肩を軽く叩くと歩き出した。
 おそらく同じ想いでラケシス王女を見つめている騎士の後ろ姿を、フィンは静かに見送っていた。



[56 楼] | Posted:2004-05-22 16:26| 顶端
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風 の 騎 士

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― 5 ―



 アグスティ城の自室で、ラケシスは棚の上に置いてある鉄の剣を手に取った。いつも訓練で使っているため、二本とももう刃がこぼれかけている。いくら練習用とはいえ、そろそろ修理に出さなければならないだろう。

 ベオウルフは稽古用の刃先をつぶした剣で相手をしていたが、ラケシスには本物の剣を使わせていた。できるだけ実践に近い状況でというのが、彼のやり方だった。
 そして彼の教え方には遠慮と言うものがない。以前ノイッシュに稽古をつけてもらった時、彼はラケシスにケガをさせないことを第一に考えて行動しているようだった。しかしベオウルフを相手にしている時は、本当に彼が敵であるかのような緊張感をラケシスはいつも味わっていた。

 ―――ノイッシュもフィンも、わたしの護衛を主に命じられたと
    いうだけで、わたし自身にも忠誠\を誓ってくれる…

 剣を見つめながらラケシスは思う。彼らは戦場に出たとしても、おそらく命をかけて守ってくれるだろう。
 でも、ベオウルフは違う。仕事だから助けてくれるかもしれないが、本当にぎりぎりの状況に陥ったら、たぶん自分の命を優先するだろう。

 ―――その時一緒に生き延びたいと思ったら、わたしも強く
    ならなくては…

 ふと頭の中に浮かんだその考えに、ラケシスは自分でも驚いていた。何を考えているんだろう、わたしは。エルト兄さまを守るために強くなろうと決意したはずなのに。

 その時、外に馬の蹄の音を聞いて、ラケシスは窓辺に近寄った。馬に乗\ったベオウルフが、城門へと向かう姿が見える。
 ほんの少しのためらいの後、ラケシスはベオウルフに向かって声をかけた。

「ベオウルフ、もしかして街へ行くの?」
「ああ、ちょっと入り用なものがあってな」
「ちょうどよかったわ。わたしも剣を修理したいと思っていたところなの。一緒に行ってもらえないかしら」
「しかし、あんたの護衛はノイッシュとフィンの役目だろう。俺がでしゃばって角が立たないか?」
「二人とも本当は自分の仕事で忙しいのよ。でもわたしが頼んだら仕事を放り出しても付いてきてくれるわ。なんだか申し訳なくて…」

 人にかしづかれる立場にありながら、ラケシスはそれに甘えることがなかった。周囲への気配りを決して忘れない。そういうところが、この王女がみんなから愛される理由なのだろうとベオウルフは思う。
 元盗賊\のデューや踊り子のシルヴィアといった、本来なら側に寄ることさえ許されないような身分の者達とも、ラケシスは分け隔てなく接している。特にシルヴィアとは気が合うらしく、よく一緒にいる姿を見かけた。
 もっともそのことで、ノディオンから付いてきた侍女達にはしょっちゅう小言を言われているようだったが。

「わかった。じゃあ、見つからないようにな」
「ありがとう。すぐに行くわ」
 棚の上から剣を取り、扉に向かって走り出す。さっき頭に浮かんだ考えを振り払うかのように。


 城下の街に着き馬を預り所に預けると、ベオウルフは先にラケシスの剣の修理を済ませた。そして今度は下町の方へと向かう。自分の買い物をするためらしい。
 今までラケシスがノイッシュやフィンと共に街に来た時は、大きな門構えの店が並ぶ広い通りしか歩いたことがなかった。しかしベオウルフはわき道をいくつも通りぬけ、どんどんと狭い道に入って行く。

「本当はお姫様が足を踏み入れるような場所じゃないんだが、ちょっとがまんしてくれ。それほど危険なところでもないしな」
 確かに最初歩いていた大通りに比べると、だいぶ古びた建物が目立つようになってきた。いかにも裏通りといった雰囲気だが、こういうところを見るのが初めてのラケシスにとっては、むしろ興味深い光景だった。
 やがて目の前に、いくつもの露店が軒を並べる市場が現れた。ベオウルフはここに薬の材料を調達に来たのだった。

 目の前で、ベオウルフが店の主と交渉し、定価よりもずいぶん安く買い物をしているのを見て、ラケシスは驚いていた。彼女は自分で現金を支払って買い物をするのさえ、シグルドの軍に身を置くようになって初めて経験したのである。
「ここじゃ言い値で買うようなやつは一人もいないぜ。そんなことしたらカモにされて、有り金全部巻き上げられちまう」
 笑いながら言うベオウルフに、ラケシスはただ驚きの目を向けるだけだった。

 その時、買い物を済ませ戻ろうとした二人に向かって、突然雑踏から声がかけられた。
「もしかして、あんたベオウルフかい?」
 その声に二人が振り返ると、そこには大剣を身に付けた一人の美しい女剣士が立っている。
「やっぱりベオウルフじゃないか。こんなところで会うなんて奇遇だね」
「おまえは! レイミア」
 女剣士を見て、ベオウルフが声を上げる。
「まだ首が胴体とつながってたんだ? 結構しぶといね、あんたも」
「何言ってやがる。おまえこそ死神にも愛想をつかされたんだろうが」
 言葉は悪いが親しげな様子で再会の挨拶を交わす女剣士とベオウルフを、ラケシスは呆然と見つめていた。
 この女性はいったい誰なんだろう…。

「それにしても…」
 レイミアと呼ばれた女剣士は、ベオウルフの後ろに立ったまま自分を見つめている少女に目を向けた。
「またずいぶんと可愛らしい娘を連れてるじゃないか。あんたも趣味が変わったもんだね」
「このお姫様はそんなんじゃない。これは仕事だ」
「ふうん……」
 値踏みするように自分を見るレイミアの視線に耐えられなくなったように、ラケシスは顔をそむける。

「ベオウルフ。わたし、ちょっとそこのお店を見てくるわ」
「あまり遠くに行くなよ」
 なんとなく、彼らの親しげな様子を見ていたくなくて露店の品物を見ているふりをしていたが、意識は二人の方に集中し何も目に入っていなかった。

 やがて少しの雑談の後、レイミアは再び雑踏の中へと消えて行った。しかし彼女の姿は、なかなかラケシスの頭の中から消えなかった。
 長い褐色の髪の美しい女剣士。紅い唇が印象的だった。いかにも大人の女という雰囲気で、ベオウルフと並ぶととてもよく似合っている。同じ世界に住む人間。そういう空気が二人の周囲を包んでいた。
 ああいう女性なら、ベオウルフも対等に扱うのだろうか。

「………誰?」
「え? 何だって?」
「今の女性は誰なの?」
「ああ、レイミアといって昔の傭兵仲間だ。同じ部隊になったことが二度、敵として戦場で会ったことが一度あったな」
 ベオウルフは答えた。そして思い出したように笑う。
「恐い女だぜ。あんな顔をしてるが剣の腕は一流だ。できれば敵にはまわしたくないな」
「……恋人だったの?」
「はあ?」
 突然の問いかけに、ベオウルフは呆れたような顔をした。
「なんでそういうことになるんだ。俺は、いつ寝首をかかれるかわからんような女は趣味じゃねえよ」
「でも、とても親しそうだったわ」
「それは、俺とあいつが同じ種類の人間だからさ。身体に染み込んだ血の匂いは、そう簡単には消えないからな」
 そう言って、ラケシスの頭に軽く手を置いた。
「あんたは違う。そんな世界とは無縁の人間だ」

 その時、その言葉が自分を拒絶しているようにラケシスには聞こえた。少し寂しい思いがする。いつもベオウルフの口許に浮かんでいる独特な笑みも、自分と距離を置くためのもののように感じられた。

 どうしてこんなにベオウルフのことが気になるのだろう…。前を行く、彼の広い背中を見つめる。

 ―――でもたぶん、これは恋じゃないわ。だって、ベオウルフは
    エルト兄さまに少しも似ていないもの

 エルトシャンはラケシスにとって、全てにおいて完璧な存在だった。
 昔から思っていた。兄のような人でなければ、妻にはならないと…。その気持ちは今でも変わっていない。

 きっとわたしが未熟だから、彼に指摘されるひとつひとつが本当のことだから、それが悔しくて彼のことが気にかかるんだわ。
 もっと成長して、もっと強い人間になれば、ベオウルフも自分を認めてくれる。そうすれば彼のことも気にならなくなるわ。きっと…。

 そう自分に言い聞かせると、ほんの少し気分が軽くなったような気がした。そしてアグスティ城に到着するころには、気持ちはすでに今日の剣の訓練に向けて切り替えられていた。


風 の 騎 士

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― 6 ―



 月に一度、アグスティ城とマディノ城の代表者の間で会見の場が持たれていた。シャガール王の動向を監視する目的も兼ねた、グランベル本国からの命によるものだった。
 しかし敗戦の屈辱を忘れられないシャガール王は今まで一度も会見には出席せず、代わってエルトシャンがマディノの代表としてシグルドやキュアンに応対していた。
 
 そして今回、シルベール城で行われることになった定例の会見に、ラケシスも同行するよう言われている。シグルドの話では、エルトシャンからの要請だと言う。
 半年以上も会っていない兄との再会に、ラケシスは胸を躍らせた。兄に会ったら話したいことがたくさんある。でも、顔を見たら胸がいっぱいになって、何も言えなくなってしまうかもしれない。
 
 シグルド達の会見が終わり、ラケシスはエルトシャンの私室へと向かう廊下を歩いていた。彼女の後ろには、ベオウルフが同じ方に向かって歩いている。
 今回ラケシスの護衛の一人としてシルベール城に来た彼を、なぜかエルトシャンは妹と共に自室へと招いたのだ。
 
「ねえ、ベオウルフ。本当に心当たりはないの?」
 前を歩く案内の者に聞こえないようにラケシスは問い掛けた。しかしベオウルフはあいまいな表情を見せたまま返事をしなかった。
 
 
 そうしている間に、案内された部屋へとたどり着いた。
「エルト兄さま!」
 開かれた扉の中に懐かしい兄の姿を見て、ラケシスは思わず駆け寄った。エルトシャンも腕の中に飛び込んできた妹を抱きしめ、再会を喜び合う。
 彼にとってラケシスは、妻とはまた違った意味で大切な存在だった。離れていればなおさら無事でいるのか、悲しい思いをしてはいないか、いつも心の底で気にかかっている。
 兄にとって妹とは、永遠にそういう存在なのかもしれない。
 
 やがてエルトシャンは、扉の前に立ったままの男に目を向けた。
「ベオウルフ、やはりおまえだったのか」
 そう声をかけられ、ベオウルフはちょっと気まずそうな顔をした。
「アグスティからの一行の中におまえの姿を見た時はまさかと思ったが…。おまえがラケシスの側にいてくれたとはな…」
 エルトシャンの言葉に、ラケシスが不思議そうに顔を上げる。
「エルト兄さま。ベオウルフをご存知なの?」
「ああ、古い友人だ。俺がバーハラの士官学校に入ったばかりの頃、知り合った」
「えっ? ベオウルフも士官学校にいたの?」
「俺はそんな身分じゃねえよ。あんたの兄貴と知り合ったのは、下町の路地裏さ」
 ベオウルフの言葉を受けて、エルトシャンも懐かしそうなまなざしで語り始めた。
 
「休日に気まぐれに足をのばした下町で、俺は仲間たちとはぐれてしまったんだ。道に迷った上に、ならず者にからまれてな。多勢に無勢でもうだめかと思った時、ベオウルフに助けられたんだ」
「二十人以上を相手に丸腰で一歩も引かないなんて、どんなバカなやつだろうと興味を持ったのさ」
「あの時、ベオウルフに加勢してもらわなかったら、無事でいられたかどうかわからない。だから、彼は俺の命の恩人なんだよ、ラケシス」
「まあ……」
 驚いたような目で自分を見つめるラケシスに、ますますベオウルフは困った顔を見せる。
「よせよ、そんな大袈裟なもんじゃない。それに、あの時の報酬はちゃんともらったからな」
「あの後、酒場で飲んだ一杯の酒だろう?」
「ああ、今までで最高の報酬だった」
 そう言うと、ベオウルフとエルトシャンは顔を見合わせ、共犯者のように笑いあった。
 
「俺がノディオンの王位を継いでから何度か仕官を勧めたが、この男は絶対に首を縦には振らなかったんだ」
「騎士様なんて、俺のガラじゃないからな」
 
 笑いながら話を続けている二人を見ながら、ラケシスはふと思う。
 
 ―――それじゃ、ベオウルフがわたしにいろいろ気を遣ってくれた
    のは、エルト兄さまの妹だったからなのかしら
 
 うれしいような、がっかりするような、なんだか複雑な気分だった。
 しかしすぐに気を取り直し、自分も会話に加わった。エルトシャンと一緒にいられる時間は限られているのだ。
 
「エルト兄さま、わたしベオウルフに剣を教えてもらっているの。これからはわたしも兄さまと一緒に戦えるわ」
「本当か、ベオウルフ」
 半信半疑のまなざしで問い掛けるエルトシャンに、ベオウルフがうなづく。
「ああ、このお姫様はもう一人前の戦士だ」
「そうか……」
 感慨深げにエルトシャンは妹を見た。彼にとってラケシスはずっと、自分が守ってやらなければならない小さな王女だった。
 
「おまえのことだけが気がかりだった、ラケシス。だが、もう俺がいなくても大丈夫だな」
「どうしてそんなことをおっしゃるの? わたしにはエルト兄さまが必要です。これからも、ずっと…」
 それには答えず、エルトシャンは机の引出しを開けると、中から一通の封書を取り出した。



[57 楼] | Posted:2004-05-22 16:27| 顶端
雪之丞

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― 7 ―



「ラケシス。おまえに頼みたいことがある。この手紙をレンスターにいるアレスに届けてほしいのだ」
「アレスに? 義姉上にではなく?」
 戦争を避け、母親と共にレンスターに逃れているアレスは、まだ三歳にもならなかった。当然文字が読めるわけもない。
「本当なら俺が直接手渡したいのだが、今はここを離れるわけにはいかない。だから代わりにおまえに届けてほしい。俺の心をアレスに正しく伝えてくれ。これはおまえにしか頼めないことだ」
 
 真剣な兄の表情に、ラケシスも神妙な面持ちで頷きその封書を受け取った。自分にしか頼めないと兄が言ってくれたことが、嬉しくもあった。
 その時、扉の開く音にエルトシャンが顔を上げると、ベオウルフが部屋を出て行こうとするところだった。
 
「どこへ行くんだ、ベオウルフ」
「久しぶりで妹と会ったんだろう。邪魔者は消えるよ」
 笑いながら言う。
「ベオウルフ、これからもラケシスのことを頼む」
 エルトシャンの言葉に、ベオウルフは無言で頷いた。
 
 ベオウルフが扉の向こうに去った後、ラケシスは兄に向かって問い掛けた。
「エルト兄さま、さっきからどうしてそんなことばかりおっしゃるの? まるでお別れでもするみたい。もうじきアグストリアは返還されるのでしょう。そうしたらわたし達だって…」
 だが最後まで言わせず、エルトシャンは突然ラケシスの腕を引き寄せた。そしてそのまま妹の身体を抱きしめる。
 
「エルト兄さま?」
 とまどうラケシスの耳元で、エルトシャンが囁く。
「シグルドに伝えてくれ、ラケシス。くれぐれもマディノに対する警戒を怠らないようにと」
「兄さま……」
 問いかけようとするラケシスの唇をそっと指で押さえ、エルトシャンは目許で微笑んだ。
 エルトシャンの意図を悟り、ラケシスはそれ以上言葉を続けることはしなかった。
 ここシルベール城には、至る所にシャガール王の監視の目が光っている。自分の部下さえ信じることのできないシャガールは、エルトシャンと妹の対面にまで見張りをつけているに違いない。
 おそらくここでの会話も筒抜けになっているのだろう。
 しかし、今の二人の様子は、傍目には仲のよい兄妹が別れを惜しんでいるようにしか見えなかったはずだ。
 
「わかりました、お兄さま。必ずお伝えします」
 兄の目を見つめ、そう答えた。
 こうして、兄妹の短い再会は終わりを告げた。
 
 
 アグスティへと帰る道、ラケシスは馬上から何度もシルベール城を振り返った。
 彼女は馬車には乗\らず、護衛の兵達と共にこうして馬で帰途についた。兄のいる城を、少しでも長く見ていたかったからだ。
 
「あんまり振り返ってばかりいると、落馬するぞ」
 いつの間にか側に寄っていたベオウルフが声をかける。
 その顔を見てラケシスは、彼に仕官を勧めたという兄の話を思い出した。
 
「ベオウルフは、どうして仕官の話を断ったの? 悪い話ではないと思うけど…。エルト兄さまが主ではご不満?」
 一応問いかけの形はとっているが、当然否定の答が返ってくるものと思っている。それはラケシスの表情から窺えた。
 エルトシャンに仕えることを光栄に思いこそすれ、不満に思う人間がいるなど、この少女には想像もつかないのだろう。
 
「言ったろう。一生、一人の主君に忠誠\を誓って生きるなんてのは、俺の性に合わないんだ。それに、俺はやつが気に入ってる。主と臣下としてではなく、友人としてならいつでも手を貸すさ。報酬なしでな」
 
 こともなげに言ってのけたベオウルフに、初めてラケシスの表情が曇った。そんな答えが返ってくるとは思わなかった。
 「畏れ多い」とか「もったいない」とか、おそらくそんな言葉を自分は無意識のうちに予想していたのだ。そう気づき、愕然とする。
 
 ―――自由なのだ、この人は……
 
 ベオウルフと自分との違いを、改めて思い知らされたような気がした。
 
 身分も領土も何も持っていないけれど、ベオウルフの心は風のように自由だ。自分の力だけを信じ、何者にも膝を屈することがない。
 だがラケシスの心は、兄のエルトシャンと彼が愛するノディオンの大地に縛り付けられている。
 もちろんそれは、幸福な束縛ではあったが…。
 
 ―――エルト兄さまでさえ仕えさせることができなかったのに、
    わたしがこの人を思うようにできるはずなんかなかった
    んだわ、最初から
 
 そう割り切ってしまえば、もうベオウルフのことが気になることもないように思う。しかし、なぜだかそれはとても寂しく感じられる。
 アグスティ城に到着するまで、ずっとラケシスはそんな思いにとらわれていた。
 
 
 マディノ城のシャガール王がアグスティへと向けて進撃を開始したのは、それから間もなくのことだった。



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― 8 ―



「兄上! もう無意味な戦いはおやめ下さい。友を裏切るのが、騎士の誇りなのですか!!」
 戦場での命をかけた妹の叫びに応え、主君を説得するためにエルトシャンはシルベール城へと向かった。その後ろ姿をラケシスはいつまでも見送っていた。
 そしてそれが生きている彼の姿を見た最後となった。
 
 遺体となってアグスティ城へ帰ってきたエルトシャンを見ても、ラケシスは涙を見せなかった。自らの信じる道を貫いた兄の心を思うと、自分が泣いてはいけないのだと、そう思った。
 
 一見気丈に振舞うラケシスを見て、さすがは獅子王と呼ばれたエルトシャン王の妹だと、誰もが感嘆した。その心の深い暗闇に気づいた者は少なかった。
 
 
 いつもラケシスとの剣の稽古をしていた訓練場で、ベオウルフは手持ち無沙汰げに自分の剣をもてあそんでいた。
 エルトシャンが亡くなってから、ラケシスがここに現れることはなかった。今日もおそらく来ることはないだろう。それでも時間が来ると、ベオウルフの足はここに向いてしまう。
 こうなってみると、自分とラケシスを繋ぐものなど実は何もないのだとい
うことを思い知らされる。
 毎日ここで顔を合わせ、いつのまにか彼女をごく近しい存在に感じていた。しかし、所詮は流れ者の傭兵と王家の姫君。二人の間に接点などあるはずもなかったのだ。
 
 その時ベオウルフの耳にかすかな足音が聞こえてきた。まさかと思い顔を上げる。しかしそこには待ち望んでいた少女の姿はなく、代わりに美しい緑の髪の踊り子が立っていた。
 シルヴィアはベオウルフの隣に腰を下ろすと話し始めた。
 
「ねえ、ベオウルフ。最近ラケシスと剣の稽古はしてないの?」
 ラケシスの侍女達の前ではしとやかに「ラケシス様」と呼ぶシルヴィアだったが、それ以外の時はそのまま名前を呼んでいた。ラケシス自身がそれを望んだからだ。
 彼女にとってシルヴィアは、自分をさらけ出すことのできる初めての友達だったのだ。
 
 シルヴィアの問いかけに、内心の落胆を悟られないよう平静を装いながらベオウルフは答えた。
「ああ、そんな状況じゃないからな」
「お願い。また前みたいに、ラケシスを稽古に引っ張り出してくれない」
「しかしあのお姫様は、元々自分の兄貴のために剣の稽古を始めたんだ。そのエルトシャンが亡くなっては、もう続ける意味がないだろう」
「理由なんかどうだっていいのよ!」
 いらだったようにシルヴィアは声を荒らげる。
「なんでもいいの。ラケシスの気持ちをお兄さん以外のことに向けてほしいの。今のラケシスは死んでるも同然だわ」
 一気にそう言うと、再び沈んだ声で話し出した。
 
「みんなの前では普通に振舞ってるから気づいてる人は少ないけど、ここのところラケシスほとんど眠ってないのよ。昼間もずっと部屋の中でぼんやりして、笑った顔はもちろん、泣いたところも見たことないわ。お兄さんが亡くなって悲しいはずなのに、泣くことさえできなくなっちゃったのよ。あれじゃ、生きてるとは言えないわ」
 深くため息をつき、言葉を続ける。
「食事もほとんどとらないの。こっちが側についてて食べさせないと、全然口にしないのよ。このままじゃ本当に病気になっちゃう…」
 そして、ぽつりとつぶやいた。
「あたしの前でくらい、泣いたっていいのに…」
 
 だが、シルヴィアの話を聞いても、ベオウルフには自分にどうにかできることとは思えなかった。
「おまえの気持ちはわかるが、言う相手を間違えてるぜ。シグルド公子かキュアン王子に頼むんだな。俺には何もできん」
「あなただから頼んでるんじゃない。ラケシスは他の人の前じゃどうしても王女としての自分を意識せずにいられないのよ。ベオウルフの前だけなの、自分の気持ちに素直になれるのは」
「どうしてそんなことがわかるんだ?」
「わかるわよ、友達だもの」
 シルヴィアの碧の瞳がじっとベオウルフを見つめる。やがて根負けしたように、ベオウルフは立ち上がった。
 
「ラケシス王女は今どこにいるんだ」
「さっき、湖の方へ歩いていくのを見たわ。もしかしたら、あそこで一人で泣いてるのかもしれない」
 頷くと、ベオウルフはそのまま湖のある方角に向かって歩き出した。その後姿を見ながら、シルヴィアがそっとつぶやく。
「慰め役譲ってあげる。ちょっと悔しいけど…」



[58 楼] | Posted:2004-05-22 16:28| 顶端
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― 9 ―



 湖のほとりでラケシスは手にした一振りの剣を見つめていた。
 別れ際に兄のエルトシャンから受け取った大地の剣。「俺に万が一のことがあったら形見と思え」その兄の言葉は、現実となってしまった。
 
 
「何をしている!」
 大きな声と共に、突然ラケシスの腕がねじり上げられた。痛みのあまり開いた指の間から、剣が地に落ちる。
 顔を上げると、いつの間に来たのかベオウルフがラケシスの腕をつかんだまま、彼女の顔を睨みつけていた。
 今まで見たこともない真剣な表情だった。
 
 思いつめた表情で剣を手にしていたラケシスを見て、自害でもすると思ったのだろう。
 そしてそれは、全くの勘違いというわけでもなかった。
 
「死のうとしてたわけじゃないわ……」
 感情のない声でラケシスはつぶやいた。
「この大地の剣は、絶対に持ち主を傷つけることはできないの。だからエルト兄さまは、これをわたしに残したんだわ…」
 
 手は離したが、ベオウルフの視線はじっとラケシスに注がれたままだった。まるで責めるようなその目に、ラケシスは自分の心の弱さを指摘されているような気がして、だんだんいたたまれない気持ちになってくる。
 ずっと忘れていた感情の波が、少しずつ心の中で呼び覚まされていく。
 
「あなたにはわからないわ! エルト兄さまはわたしの全てだったのよ。兄さまを失ってどうやって生きていったらいいの!!」
 一度波が立った感情は、そのまま大きな渦となり、ラケシスの胸の中を駆け巡った。
 
「いっそ、一緒に連れて行ってくれればよかったのに!! そうすればこんな苦しい思いをせずにすんだのに!」
 ベオウルフの胸を両手で叩きながら、ラケシスが叫ぶ。ベオウルフはされるがままになっている。
 
「死ぬな」
 やがて静かな声が降ってきた。
「どうして死んじゃいけないの!? あなたには関係ないことでしょう!!」
「あんたが死ぬと、うちの指揮官が悲しむ」
 ラケシスは、はっと胸を突かれた。
 もしここで自分まで死んだら、それでなくても親友エルトシャンの死に責任を感じているシグルド公子に追い討ちをかけることになる。それは確かだ。
 
「それに俺もな…」
「え?」
 一瞬、言葉の意味がわからなかった。そしてそれは、自分が死んだらベオウルフも悲しむという意味だと理解する。
 
「どうしてわたしが死んで、あなたが悲しむの?」
 ベオウルフは視線をそらした。
「…前言撤回。一度助けた命を、そう簡単に捨てられると面白くない。だから死ぬな」
 その言葉に、ラケシスは初めてベオウルフと出会った頃を思い出した。最初はなんて無礼な男なのだろうと思った。二度と顔を見たくないとさえ思った。
 戦場で命を救われた時も、正直言って彼が怖かった。つい最近自軍に寝返ったばかりの傭兵。本当に自分を助けてくれるのだろうか。そんな不安が全くなかったといえば嘘になる。今ではまるで、笑い話のようだ。
 あれからもうずいぶん長い時が経ったような気がする。
 
 そんな思い出にひたっていたラケシスに、さらに静かな声がかけられた。
「それに、あんたにはやらなければならないことがあるだろう」
「え?」
「エルトシャンと約束したんじゃないのか?レンスターにいるアレス王子に手紙を届けると」
「……………そうだったわ…」
 
 部屋の書簡入れの中に保管したままの封書のことを思い出した。
 あの手紙をラケシスに託す時、エルトシャンは言った。自分の心をアレスに伝えてくれと。
 まだ幼いアレスに、父の心を理解するのは不可能だ。あの言葉は、アレスの成長を見守ってくれと、そういう意味だったのだとラケシスは気づく。
 こんな日がくることを、すでにあの時エルトシャンは予測していたのだ。
 
「ベオウルフも……一緒に行ってくれる?」
 少し不安そうにラケシスが問う。訴えるようなそのまなざしを、ベオウルフは振り払うことができなかった。
「そうだな。俺もレンスターはまだ行ったことがない。一度見てみるのも悪くないかもしれないな」
「本当? じゃあわたし、シグルド様にお願いしてみるわ」
 
 生きなければ…。
 ようやくその思いが心の奥底から湧き起こってくる。
 ほんの一筋の光ではあったが、さっきまでの全くの暗闇に閉ざされた心には、まぶしいような光だった。
 
 今までずっと抑えていた感情が胸にあふれてくる。兄を失った悲しみが一気に胸に押し寄せてきた。
 
「ベオウルフ。わたし泣いてもいいかしら…」
 ラケシスの瞳には、すでに涙が浮かんでいる。
「ああ」
 ベオウルフがラケシスの肩にそっと手を伸ばす。それを待っていたかのように、ラケシスは目の前の胸にすがりついた。






風 の 騎 士

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― 10 ―



 あの後、ラケシスは湖のほとりに腰を下ろし、兄エルトシャンとの思い出をぽつりぽつりと語り出した。ベオウルフは黙ってそれを聞いていた。
 
 やがて、泣きつかれて自分の腕の中で眠ってしまった少女を抱いて、部屋につれていった。主人の帰りをおろおろしながら待っていた侍女達は、一斉にベオウルフを非難したが、一緒に待っていたシルヴィアがそれを一喝し、ラケシスを寝台に寝かせるのを手伝った。
 
 
 自分の部屋に戻ったベオウルフは、窓から見える月を眺めながら死んだ父のことを思い出していた。
 
 ベオウルフの父親は下級騎士だった。騎士とはいえ、領主に拝謁することもかなわない低い身分。それでも馬鹿正直に忠義を尽くして、戦場での捨て駒にされて死んでいった。
 父が戦死した時、領主はもちろんのこと、上官でさえも残された家族になにもしてくれなかった。つくづく騎士なんてくだらない。ベオウルフはそう思った。
 
 母と妹を養うため、15歳で傭兵稼業に就いた。国のためでも主君のためでもなく、金のために人を斬る。自分が生き延びるためなら、仲間を犠牲にすることもしばしばある。割り切ってしまえば、それはそれで気楽な生き方だった。
 
 やがて妹は、さほど裕福ではないが人の良さそうな商家の息子に嫁ぎ、その一年後に母が亡くなった。住む者のいなくなった家を売り、ベオウルフは過去と決別した。
 家を売った金を渡すために妹に会いに行った時、彼女はベオウルフを見つめて言った。
「また会いにきてくれるわね? 兄さま…」
 あの時妹は、たぶんもう兄がここに来ることはないと気づいていたのだろう。
 
 大切なものに心を残したままでは迷いが生じる。迷いは隙を生み、戦場でそれは死につながる。妹と別れて以来、ベオウルフは大切なものを作らないようにしてきた。
 しかし――
 
 今、一人の少女の姿がベオウルフの心を占めている。その存在は、日を追うごとにどんどん大きくなっていく。
 ラケシスのまっすぐな瞳は、ベオウルフに逃げることを許さない。
 
 初めて彼女を見た時、ただの世間知らずのお姫様だと思った。何もできないくせに気位だけは高い。何でも自分の思い通りにならないと気が済まない。
 そういった「高貴な女」をそれまでベオウルフは何人も見てきた。こういう手合いには関わらないに限る。そう思った。
 
 しかし、エルトシャンの妹だと思うと、ついついよけいなお節介をやいてしまった。言わなくてもいいことまで言ってしまった。
 普通のお姫様ならそんなベオウルフの言葉など、野蛮な野良犬の遠吠えとして無視したことだろう。
 だがラケシスは違った。ベオウルフの言葉ひとつひとつを真剣に受け止め、それに答えるための努力を惜しまなかった。
 
 長い階段を、ラケシスは一歩一歩確実に上って来る。そして、もうじき自分の前に姿を現そうとしている。その時自分はどうするのだろう。
 
 つかまってしまいそうな気がした。
 大切なものは何もない。しかし自由だけはどんな時も失わない。そんな生き方を捨てなければならない予感がする。
 
 一国の王女とただの傭兵。どう考えても結ばれるはずがない。なのにあの少女のためなら、自分はいずれ命をなげうってしまうかもしれない。何の見返りも期待せずに。
 それではまるで、主君に忠誠\を奉げ犬死にしていった父と同じではないか。
 
「まいったな……」
 ベオウルフは低くつぶやいた。
 ここを離れるべきなのかもしれない…。この軍に身を置くようになって初めて、その考えが頭をよぎった。



[59 楼] | Posted:2004-05-22 16:29| 顶端
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