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雪之丞

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海蓝之钻(II)
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風 の 騎 士

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― 11 ―



 わずか数日の間に、運\命は大きくその姿を変えようとしていた。
 
 シャガールを倒した後シグルド達は、戦争の混乱に乗\じて付近の村を襲撃していたオーガヒルの海賊\を討伐した。その彼らを待っていたものは、祖国グランベルに対する反逆の汚名だった。
 オーガヒルの城内に逃れた彼らに、シレジアのラーナ王妃から救いの手が差し伸べられる。王妃の命を受けた天馬騎士団の導きの元、シグルド達は海を越えてシレジアへと渡る決意を固めた。
 
 祖国から追われる身となり、いったいこれからどうなるのだろうかと誰もが不安を隠せない。
 ラケシスにとっても、それは同じであった。だがそれよりも、もっと気がかりなことが彼女にはあった。ベオウルフは、はたしてシレジアに行くのだろうか…。
 
 情や義理に流される人間でないことは、ラケシスもよくわかっている。その彼が、今や反逆者となったシグルド公子の軍に身を置くだろうか。
 返ってくる答えが怖くて、ラケシスはそのことをずっとベオウルフに問いかけられずにいたのだ。
 
 兄のエルトシャンが亡くなった時、心が切り裂かれるような思いがした。あの兄を失って、どうやって生きていけるのか…。そう思った。
 しかし、その時自分の側にベオウルフがいた。暗闇に閉ざされた心に、光を与えてくれたのは彼だった。
 アレスに手紙を届けなければと思った時ではない。ベオウルフが一緒にレンスターに行くと言ってくれた時、初めて自分は生きる決意をした。それが今ならはっきりとわかる。
 その彼までいなくなってしまったら、今度こそ自分はどうやって生きていったらいいのだろう…。
 しかしラケシスには、ベオウルフを繋ぎとめる手立てがない。金も地位も彼を縛ることはできない。彼は自らの主を自分で選ぶのだ。
 
 
 いよいよシレジアに向けて出立する日の朝、ラケシスはベオウルフの姿を探して城内を歩き回っていた。
 部屋はすでにきちんと片付けられていて、彼の姿はどこにも見当たらない。まさか、もう城を離れてしまったのだろうか。そう考えるとラケシスの心は、再び暗闇に閉ざされてしまいそうな不安でいっぱいになる。
 厩舎に行くと、ベオウルフの馬はなかった。隣にいた馬に飛び乗\ると、ラケシスは一瞬の躊躇もせず城門へ向けて馬を走らせた。
 
 
 オーガヒルとアグストリアとを繋ぐ一本の橋のたもとにベオウルフはいた。この橋を渡れば自分はまた元の自由な傭兵に戻れるのだ。
 
 今この軍を離れたら、状況を不利と見て逃げ出した卑怯者とののしられることはわかっている。誰に何と言われようと、そんなことは少しも気にならない。
 ただ一つ、あの少女との約束を守れないことだけが重い心の枷となり、彼の足をこの場に釘付けにしている。
 一緒にレンスターに行くと言った時の、ラケシスの表情が忘れられない。彼女を裏切ることになるのかと思うと、どうしても一歩が踏み出せなかった。
 
 その時、遠くから馬の蹄の音が聞こえてきた。今オーガヒルにいるシグルド軍の者達は、みな出立の準備に忙しくこんなところに来る者などいるはずがない。
 そう思い振り向いたベオウルフの目に、こちらに向かってまっすぐに駆けてくる騎馬の姿が映った。
 
 
「やっぱりここにいたの? ベオウルフ」
 馬を降り、転がるように走ってきたラケシスは、肩で息をしながらそう言った。
 そして、橋ひとつ隔てた向こう側の大陸を見ていたベオウルフの姿に、やはり彼はここを去るつもりなのだと直感する。
 
 馬上にいるのがラケシスだと気づいた時、ベオウルフも馬を降りていた。自分を見つめる少女に静かな視線を落とす。
 
「どうしてこんなところにいるのか、聞かないのか?」
「シグルド様はグランベルから追われる身となったわ。この軍にいても、あなたの得になることは何もないもの…。また、新しい雇い主でも探すの…?」
「そうだな、考えてみるか」
 予想はしていた答だったが、目の前でこうもあっさりと言われてしまうとさすがに胸が痛い。
 しかし絶対に涙は見せないようにしよう。そう決意して顔をあげたラケシスに、思いも寄らない言葉が降りかかってきた。
 
「俺を雇わないか? お姫様」
「なんですって!?」
「俺の全てをかけてあんたを守る。期限はそうだな…、俺が死ぬまでってことでどうだ?」
「ベオウルフ……」
 思わず目の前のベオウルフの顔を見つめた。口の端に独特の皮肉っぽい笑いを浮かべ、少しからかうようなまなざしでラケシスを見ている。その表情だけ見ていると、本気で言っているのか疑わしくなってしまう。
 しかし彼はいつもこんなふうに、笑みの中に本心を隠していたのではないだろうか。
「……で、でも、報酬は期待できないわよ。今のわたしにとって自分のものと言えるのは、この身ひとつくらいだもの」
「それ以上の報酬があるか?」
 その言葉の持つ意味に、ラケシスは息を呑んだ。
「どうだい? 雇ってもらえますか、お姫様?」
 口許は相変わらず笑っていたが、見つめるまなざしは真剣だった。
 それを受けるラケシスの唇も震えている。
「…裏切ったら……許さないわ」
「その時は好きにするがいいさ。あんたに殺されるなら、本望だ」
 あふれそうになった涙を見せたくなかったのかもしれない。言葉が終わらないうちに、ラケシスはベオウルフの首に抱きついていた。
 
 ようやくわかった。ずっとこの人が好きだった。たぶん初めて出会った時から、この人の自由な魂に惹かれていた。
 
 ベオウルフもまた、深い感慨と共に腕の中の少女を抱きしめていた。

 ―――とうとうつかまったか…

 自分を追って来たラケシスの顔を見た時、すでに自分がこの少女に捕らえられてしまっていることに気づいた。たとえ報われることがなくても、もう自分はこの少女の側を離れないだろう。
 そうなる予感はしていた。だが、まさかラケシスが自分の想いに応えてくれるとは、思ってもいなかった。
 
 絶対に手の届かない花だと思っていた。だからあえて距離を置いて接してきた。決していとおしいと思ってはならない。そう言い聞かせ、自分の心を抑え続けてきた。だがその美しい宝石は、今自分の腕の中にある。
 決して手放さない。たとえ一番大切だった自由と引き換えにしても――

 ベオウルフはラケシスを抱きしめる腕に力を込めた。



風 の 騎 士

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― 12 ―



 風の吹き抜ける丘の上で、ベオウルフは馬上から前方に広がる海を見下ろしていた。腕の中では、まだ一歳にもならない息子のデルムッドが、同じように海を見つめている。春から夏に向かうシレジアの海は、穏やかな表情を彼らに見せていた。
 ベオウルフはよくこうしてデルムッドを馬に乗\せて、遠出をすることがあった。危ないからやめてくれと、ラケシスにさんざん言われていたが、今日もこうして彼女の目を盗んでこの場所に来ている。
 
 デルムッドは最初から馬を怖がらなかった。
「騎士の血を引いているからよ」とラケシスは言う。
「黒\騎士の血か?」と問いかけるベオウルフに、彼女は笑いながら答えた。
「自由騎士の血よ」
 そう言ったラケシスが誰よりも愛しいとベオウルフは思う。
 
 
 そんな親子の無言の語らいを、少し離れた場所からラケシスは見守っていた。
 ちょっと目を離した隙に、また無断でデルムッドを連れ出してしまった夫に、今日こそはきちんと話をつけようと勢い込んでここにやって来たのだった。しかし、息子を見つめるベオウルフの横顔があまりに優しくて、なんだか声をかけそびれてしまう。
 
 デルムッドに乗\馬を教えているんだとベオウルフは言っていた。いずれレンスターに行く時のために、馬に慣れさせなくてはいけないとも言った。
 しかしそれは口実で、ただ自分の息子と一緒にいたいだけなのではないかとラケシスは密かに思っていた。
 
 やがてベオウルフは手綱を引き、元来た方へ戻ろうとする。そして、自分達を見つめて立っているラケシスの姿に気づいた。
 しまったという表情が浮かぶのを見て、ラケシスは彼の方へ歩み寄った。
 
「あれほどお願いしたのに、また勝手にデルムッドを連れ出したのね」
「いや、声をかけようと思ったんだが、おまえの姿が見当たらなかったんだ」
「嘘ばっかり。わたしがいないのを見計らって連れていったくせに」
 狼狽を隠せないベオウルフの腕から、半ば強引にデルムッドを取り返す。だが彼女の小さな息子は、馬から降ろされたことが不満なのか父親の方に向かって手を伸ばした。
 
「母様の顔を忘れたの? デルムッド」
 少し寂しそうなラケシスの声に、デルムッドがきょとんとした表情を見せる。が、やがてラケシスの髪を引っ張りながら、笑顔を浮かべた。父親によく似た金の巻き毛が額で揺れている。
 
 まさしく聖母のごとき微笑を自分の息子に向けた後、ラケシスは夫に対して厳しい非難の目を向けた。
「デルムッドはわたしの子なのよ。あなたばかり一人占めして、ずるいわ。今じゃすっかりあなたの方になついてしまったじゃない」
「もし女の子が生まれたら、おまえに預けるさ。デルムッドは俺が思うように育てる。そう決めたんだ」
 ベオウルフはゆっくりと馬から降りると、悪びれもせずに言ってのけた。まるで開き直ったようなその笑みに、ラケシスはため息をつく。
 
「もう……、あなたがこんなに子供好きだなんて思いもしなかったわ」
「別に子供が好きなわけじゃない」
「え?」
「おまえの子だからな。特別なんだ、デルムッドは」
「おかしなことを言うのね。あなたの子でもあるじゃない?」
 笑いながら言うラケシスを、ふいにベオウルフは抱きしめた。間にはさまれたデルムッドが、少し苦しそうな声を上げる。
 
 このシレジアに来てから、ベオウルフにとって今まで経験したこともない穏やかな日々が流れていた。そして傍らにはいつもラケシスの笑顔がある。
 今が幸福であればあるほど、全ては幻だったのではないかと、ふと不安にかられることがあった。確かに手に入れたはずの少女が、腕をすり抜けて行ってしまう夢を見て飛び起きたこともある。
 しかし、デルムッドの顔を見るとそんな思いも消えていった。ベオウルフにとって、デルムッドはまさしくラケシスとの愛の証と呼べる存在だったのだ。
 
 
「ベオウルフ?」
 いつもと違う彼の様子に、戸惑ったようにラケシスが問いかける。
「いや、なんでもない」
 彼女を抱きしめる腕を緩め、少し身体を離した。
 
「今年中にはレンスターに行こう。冬が来る前に」
 アレス王子と会うためにいずれレンスターへ向かうことは、言葉にはしなくても二人の間ですでに暗黙の了解となっていた。
 本来は、キュアン王子達がレンスターに帰る時に同行する予定だったが、ラケシスの出産の時期と重なったため断念したのだった。
 
「そうね。その時は、デルムッドも一緒に行くんでしょう?」
「もちろんだ。だが、おまえの侍女達は連れていけない。いいな?」
「ええ、必要ないわ。わたしはもう、ノディオンの王女じゃない。自由騎士の妻だもの」
 少しも躊躇せずラケシスは答えた。
 事実、シレジアに来てからラケシスは、慣れないながらも家族の身の回りのことは自分で行うようにしている。
 ずっと自分に仕えてくれた侍女達には申し訳ないが、身の振り方をシグルド公子に相談することになるだろう――。夫に言われるまでもなく、彼女はすでにそう決めていた。
 
 ノディオンを離れて生きていく自分というものを、これまでラケシスは想像したことがなかった。兄の側を離れて、自分が生きていけるとは思ってもいなかった。
 しかし今は、もう自分がどこへでも行けることを知っている。ベオウルフがいれば、世界中どんなところも怖くない。彼と共にいる場所が自分達の王国。そう気づいてしまったのだ。
 
「そろそろ城へ戻りましょう」
「そうだな」
 ラケシスを抱き上げ馬に乗\せると、ベオウルフは手綱を引いた。その彼に向かって、馬上からラケシスが声をかける。
「ねえ、ベオウルフ。これからデルムッドと遠乗\りをする時はわたしも連れて行くと約束してくれる? そうすれば大目に見るわ」
 その言葉にベオウルフは苦笑を浮かべる。
 セイレーン城へと向かう三人を、海を渡ってきた風が優しく包み込んでいった。




風の騎士  - 完 - 



[60 楼] | Posted:2004-05-22 16:31| 顶端
雪之丞

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それぞれの行方


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-1-



 ナンナは武器の補充のために、城内の武器庫に向かっていた。ここシアルフィ城は皇帝の居城だっただけあって、かなり良質の武器が大量に保管されている。
 武器庫の前に着くと、すでにそこには何人かの人影があった。各部隊の指揮官たちが武器の点検と配分を行っているらしい。ナンナの兄、デルムッドの姿も見える。その周囲には、レスターやスカサハ、ラクチェといった、イザーク出身の者が集まっている。
 デルムッドに声をかけるため近づこうとした時、向こうからファバルが小走りでやってきた。彼が話しかけた先はレスターだったが、ナンナは先を越された形になりタイミングを逃してしまった。

 ファバルは息を整えながら切り出した。
「レスター。矢あまってないかな?」
「ああ、あるけど。どうしたんだ」
「俺の部隊、ちょっと在庫が心許ないんだ。悪いけど分けてもらえないかと思って」
「いいよ。じゃあ、後で一緒に取りに行こう」
 従兄弟の返事に、ファバルがほっとした表情を見せた。その時――

「なんだファバル。矢の補充ならさっきやったばかりじゃないか。おまえ、責任者のくせに数も把握してなかったのか?」
 隣でやり取りを聞いていたデルムッドが口を挟んだ。痛いところを突かれ、ファバルがむっとした顔をする。
「うるさいな。思ったより人数が多かったんだ。この城に入ってからも、解放軍への参加希望者はどんどん増えてるんだからな」
「あきれたやつだな。今、敵襲があったらどうするつもりだ」
「だからこうして、レスターに頼んでるんだろ」
 するとデルムッドは、今度はレスターの方に向き直った。

「レスター、おまえも人がよすぎるぞ。あんまりファバルを甘やかすな」
「なんだよ、やけにからむな。デルムッド」
 負けずに言い返すファバル。
 少し険悪な雰囲気になってきた二人の間に入ったレスターが、お互いをなだめようとした時、横から呆れたような声が響いた。
「あら、気にすることないわ、ファバル。デルムッドは妬いてるのよ。親友をあなたに奪られたような気がして」
「ラクチェ!」
「ほら、図星をさされて怒ってるでしょ」
「なんだ、意外に子供っぽいやつだな」
「ファバル。おまえに言われたくないぞ!」
 ますます収集がつかなくなる。見かねてスカサハが止めに入った。

「二人とも落ち着けよ。…ラクチェ、おまえがよけいな口を出すのも悪いんだぞ」
「何よ、本当の事を言っただけでしょう」
「それでなくてもおまえはトラブルの元になることが多いんだから…」
「なんですって、わたしがいつ…!」
 今度は違うところで言い争いが始まりそうになった時、突然レスターが笑い声を上げた。みんな一斉にその方向を振り向く。

「なんだか、イザークにいるころに戻ったみたいだな」
 笑いをかみ殺しながら、レスターが言う。つられてスカサハも苦笑を浮かべた。
「ほんとだな。いつもこのパターンだ」
「何が?」
 この中では一人部外者のファバルが問う。
「イザークにいる頃はいつもこんな感じだったんだ。何かあると真っ先に飛び出すのがラクチェとデルムッドで、それを止めるのが俺とレスターの役目だった」
「なんですって、スカサハ。人を考え無しの無鉄砲みたいに言わないでよ」
「だって、そのとうりだろう?」
 無情な兄の返答に憮然とするラクチェを見て、とうとうファバルとデルムッドまで声を上げて笑い出す。

 そんな様子を、少し離れたところからナンナは見守っていた。いかにも気心の知れた仲間同士。そんな雰囲気があふれていて、ほんの少し近づくのがためらわれる。そこにいるデルムッドは、自分の知っている兄とはまた違う一面を見せていた。

 ―――兄さまは、いずれイザークに帰るのかしら…

 レスターの肩をたたいて笑っているデルムッドを見ながら、ナンナは考えていた。
 自分もアレスと出会うまでは、解放戦争が終わったらリーフ王子やフィンと共にレンスターに帰るつもりだった。見知らぬアグストリアよりも、幼い頃から過ごしてきたレンスターの方が、すでにナンナにとっては故郷になっていたのだ。
 だとしたら、デルムッドにも同じ事が言える。レスターを始めとする、イザークの仲間たちとの絆は簡単に断ち切れるのもではないだろう。もし兄が彼らと共にイザークに行くとしても自分に止めることはできない。
 しかし、ナンナにとってデルムッドは、アレスとはまた違った意味でかけがえのない存在になっていたのである。


 

それぞれの行方


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-2-



 ユリウス皇子が倒され、平和の戻ったバーハラ王宮の大広間には、解放軍の主だった戦士たちが顔を集めていた。勝利を祝す宴が開かれ、セリス皇子を中心にみなが今日という日を喜んでいる。

 ナンナはアレスの傍らで、供にアグストリアに帰ることになっている兵士達と談笑していた。トリスタンを始めとする元クロスナイツの遺児達が多かった。
 会話の途中で、ふとナンナの眼が宙をさまよう。彼女の視線はさっきから兄のデルムッドを探している。一日延ばしにしてきたが、今日こそはどうしても聞かなければならないことがあった。

「ナンナ」
 ふいに呼びかけられて、ナンナはあわてて声の方を振り返る。そこには、美しい緑の髪を揺らめかせてリーンが立っていた。
「リーン……」
 正直言ってナンナは、今でもリーンの顔を見るのが少し辛い。リーンはそんなナンナの心中を知ってか知らずか、微笑みながら語りかけてきた。
「ナンナはアグストリアへ行くのね」
「ええ…。リーンはエッダに?」
「ううん。エッダはコープル一人でも大丈夫だから。あたしはシレジアへ行くの。セティと一緒に」
「セティと?」
 意外な答えに、ナンナは思わずリーンの顔を見つめ返した。
「セティってああ見えて、一人にしておくと結構心配なところがあるから、あたしが付いててあげようと思って」
 そう言って、ふふっと笑う。
 それからふいに真剣な表情になると、まっすぐナンナの目を見つめた。
「あたしがこんなこと言うのも変だけど、アレスをよろしくね。ナンナ」
「リーン……」
 ナンナはリーンの真意を悟った。ナンナがずっと彼女に対して抱いていた負い目を、取り除こうとしてくれているのだ。

 ―――あたしは大丈夫。だからもうあたしのことは気にしないで

 リーンの瞳がそう言っている。
「ええ、……ありがとう、リーン」
「じゃ」
 短く言うと、リーンは去っていった。


 ごった返す人の群れをかきわけるようにして、ナンナはデルムッドの姿を探して歩いていた。そして広間の片隅の太い柱の影に、ようやくその後ろ姿を見つけ出した。
「兄さま…」
 声をかけようとして、デルムッドが一人ではないことに気がついた。その向こうに見える青い髪。親友のレスターと、デルムッドは話をしているようだった。

「ヴェルダンは、まだ山賊\たちが支配してるって話を聞いた。大丈夫なのか? レスター」
「なんとかなるよ、ついて来てくれる兵士もいるし。父の祖国をこのままにはしておけないからな。それに、パティも一緒だ」
「そうか……」
「でも、当分おまえとも会えなくなるな」
 少し寂しそうにレスターが言う。子供の頃からいつも一緒にいた二人だった。
「ヴェルダンとアグストリアは隣同士みたいなものだ。その気になれば、いつでも会えるさ」
 つとめて明るい口調でデルムッドが返す。
「そうだな…」
「何かあったら、すぐに知らせろよ。何をおいても駆けつける」
「ああ、俺もだよ」
 そして互いの目を見つめ、笑い合った。

 ナンナに気がついたのは、こちらを向いているレスターの方が先だった。
「ほら、おまえの一番大切な人が来ているぞ」
「えっ」
 振り返ったデルムッドは、自分の方をまっすぐ見つめるナンナを見つけた。
 気をきかせたレスターが、軽く手を振ってその場を離れる。
「デルムッド兄さま…」
 ナンナは以前から聞きたくて、でも聞けなかった問いを口にした。
「わたしはアレスとアグストリアに行きます。……兄さまも、一緒に来て下さいますか?」
 一瞬の後、デルムッドはにっこりと微笑んだ。
「もちろんだよ、ナンナ」
 その短い答えを聞いてナンナの顔に、ぱあっと喜びの色が広がる。
「これからはずっと側にいると言ったろう? 今まで離れ離れになっていた分を、これから取り戻そう」
「はい! 兄さま」
 その時、喜びに頬を上気させているナンナの後ろから、突然アレスの声が聞こえてきた。

「俺のことを忘れているんじゃないだろうな? ナンナ」
 少し呆れたような顔で、ナンナを見ている。急に姿の見えなくなった彼女を心配して、探しにきたのだろう。そして二人の会話を聞いてしまったのだ。
「まさか、デルムッドが俺の恋敵になるとは思わなかったぞ」
「おい、アレス」
「何言ってるの、アレス。わたし達は兄妹よ」
「当然だ。そうでなかったら今ごろデルムッドはミストルティンの錆だ」
 そう言った後、こらえきれないように笑い出す。
「冗談だ、悪かったな。あんまり仲睦まじいんで、少し妬けただけだ」
 そして真面目な顔になると、デルムッドに視線を移した。
「アグストリア行きは、俺からもぜひ頼もうと思っていたんだ。おまえが来てくれるなら、心強い」
「ああ。母の祖国の為に力を尽くすよ」
 デルムッドも真剣な表情で答える。傍らのナンナも新たな決意に表情を引き締めた。
 ヘズルの血を引く三つの心は、アグストリアへと向かってここに一つに結ばれたのだった。

 やがてアレス王の元、空前の発展をとげることとなる統一アグストリア。
その影に、王を支える心優しい王妃とその兄の姿があったことを、歴史は伝えている。




<END> 

1999.1.31 






[Back]




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兄妹愛というとアーサー&ティニーが有名ですが、私にとってはデルムッドが一番の妹思いの兄に見えました。アーサーはあのさらっとした表情が災いして、妹に会いたいというセリフもあまり真剣に聞こえなかったのです。(私には)

それにひきかえ、7章でオイフェの「妹に会いたいだろう」との問いかけに「はい、一日も早く!」と答えたデルムッドの言葉は、とても素直に私の心に響きました。この時点で、私のデル君のイメージは決まってしまったのです。

だから、必ず彼は独身で妹と一緒にアグストリアに帰ります。(まあ、たまには、ヴェルトマーやシレジアやエッダに行ったりもしましたが(^^;)



[61 楼] | Posted:2004-05-22 16:34| 顶端
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戦場の花


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-1-



 白いもやの中、青い髪の青年が悲しげなまなざしでこちらを見ていた。
「セリスを頼んだぞ、オイフェ」
 青年はそう言うと、背中を向けて歩き出した。青年の進む方角が、だんだんと赤い色に染まって行く。―――あれは炎だ!
 
「待って下さい、シグルド様! そちらに行ってはいけません!!」
 必死で呼びとめるが、青年はどんどん先に進んで行く。小さくなっていくその背中を追いかけようとするのに、足は全く動かなかった。
「シグルド様!!」
 そう叫んで目が覚めた。気がつくと、誰かが自分の肩を揺り動かしている。まだはっきりしない視界に、金の髪と白いローブが映った。
「………エーディン様?」
「わたしです。オイフェ様」
 その声に、オイフェはようやく我に返る。

 ここはシアルフィ城内の一室。アルヴィス皇帝を倒し、シアルフィ城を取り戻した解放軍は数日前からこの城に入っていた。20年前、自分が使っていた部屋を見つけしばし思い出にふけっていたオイフェは、椅子に腰掛けたままいつの間にか眠ってしまったらしい。
 傍らには、心配そうに自分を見つめるラナが立っていた。
「起こしてしまってごめんなさい。でも、ひどくうなされているようだったので…」
「ああ、すまない。ラナ」
 安心させるように、笑顔を見せる。
「ついうたた寝をしてしまったようだ。シアルフィを取り戻して、少し気が緩んだのかもしれないな」
「お疲れになったのです。イザークで旗揚げされてから、ずっと働き詰めでしたもの。もう少しお休み下さい」
「いや、もう大丈夫だ」
 オイフェは椅子から立ちあがった。
 
「そうだ。よかったらこの城の中を案内してあげよう。ラナもまだよく見てはいないだろう?」
「はい。でもよろしいのですか、オイフェ様。お忙しいのに…」
「少しくらいなら構わないだろう。本当の事を言うと、私自身がもう一度見て歩きたいのだ。できれば君にも付き合ってほしい」
「わたしでよければ、よろこんで」
 いつも微笑みをたやさないラナだが、この時は心から嬉しそうにそう言った。
 
 二人は部屋を出て、回廊を歩きながら城を見て回った。
 シグルドが亡くなってから帝国の支配を受け、数年前からは皇帝の居城とされてきたシアルフィ城。主が変わるたびに家具や調度品なども変えられていったのだろう。オイフェが少年時代を過ごした頃とはすっかり雰囲気も変わっていたが、城のあちこちに思い出が残っている。
 
 ―――あの壁の傷は、シグルド様に剣の稽古をつけていただいた時に
    誤って付けてしまったものだ…
 
 外壁に残された古い傷跡を懐かしい思いで見た。そうしていると、今にもその影から、かつてここで同じ時を過ごした人達が現れてくるような気がして胸が熱くなる。
 だが、その思い出を振り切るよう視線をはずすと、さっきから自分の隣で微笑みながら話に耳を傾けているラナに目をやった。穏やかなその表情は、この戦いの間中ずっとオイフェの心の安らぎとなっていた。
 
 だがその彼女の心を、かつてオイフェは傷つけてしまったことがある。あれはラナが15歳になったばかりの頃だった。
 なぜそんな話題になったのかはもう覚えていない。
 
 ―――ラナは誰か気になる人はいるのかい
 
 そう彼女に問いかけたことがあった。たぶんそれほど深い意味もなく言っ言葉だったと思う。だから答が返ってくるのを期待していたわけでもない。もしラナが微笑んで話題をそらしたら、それで終わりになっていたはずだった。
 しかし、ほんのわずかな逡巡の後、ラナはオイフェをまっすぐに見つめ真剣な表情で答えた。
 
「わたしはオイフェ様を愛しています」
 
 静かではあるが、きっぱりとした口調だった。
 冗談や軽い気持ちでこんなことを言う娘ではない。それは、オイフェが一番よく知っている。何よりも、オイフェを見つめる一途な瞳がそれを物語っていた。
 
 嬉しくないはずがなかった。
 オイフェ自身もまた、この少女の穏やかな笑顔や、外見からは想像もつかない芯の強さを、ずっと好ましく思っていたのだから。
 ラナがせめてあと5年早く生まれていれば、あるいは自分がもう少し若かったら、きっと彼女の告白を受け入れていただろう。
 しかしその時オイフェは、感情よりも大人としての分別のほうを優先させてしまった。
 
「ラナ。きみはまだ若いのだから、もっと自分にふさわしい相手を見つけるべきだ」
 心とは裏腹に、オイフェの口をついたのはそんな言葉だった。
 
 反論するか……もしかしたら涙を見せるだろうか…。そう思ったオイフェだったが、少しの沈黙の後、ラナは小さく微笑んだ。
「はい……オイフェ様」
 それだけ言うと軽く頭を下げ、静かに部屋を後にする。暗に子供扱いされても、決してむきになったりはしない。
 
 口ではそう言ったものの、オイフェはラナを子供だなどとは思っていなかった。イザークに来た子供達の中で一番年若いラナが、最も思慮深くしっかりしている。
 正直オイフェは、ラナと一緒にいる時が一番心が安らいだ。
 
 ―――戦場に咲く一輪の花のようだ
 
 ラナのことを考える時、いつもそんな思いが胸をよぎる。
 ひそやかに、だがしっかりと大地に根を下ろしけなげに咲いている白い花。荒れ果てた戦場のかたすみでそんな花を見つけて心が和むような、そういう暖かな安らぎを、彼女はオイフェに与えてくれる。
 そしてまた、戦靴に踏みにじられても決して負けずに頭を上げている、そんな強さもラナは持っていた。
 解放戦争が始まってから常に張り詰めた時間を過ごしてきたオイフェは、
この戦いを通じてラナの存在の大きさを改めて実感していた。
 
 一人そんな思いに沈んでいたオイフェは、ラナの声で我に返った。
「オイフェ様、あの音は?」
 ラナの問いかけに耳を澄ますと、どこからかさらさらと水の流れるような音が聞こえてくる。その音に、オイフェは心当たりがあった。
「中庭に噴水があるからその音だろう。もし昔のままなら、そこにはバルドの像が建っているはずだ」
 その言葉にラナは興味を引かれたような表情をした。
「行ってみるかい?」
「はい」
 だが、二人が歩き始めようとした時、城の方からこちらへ向かって走ってくる人影が見えた。それはオイフェを探してやって来た兵士だった。
「オイフェ様、こちらでしたか」
 彼は肩で息をしながら、あわただしげに切り出した。
「セリス様が探していらっしゃいました。至急ご相談したいことがあると」
「そうか、わかった」
 短く答えると、オイフェはラナの方を振り返った。
 
「すまない…、ラナ」
「いいえ。今日はありがとうございました」
 決して落胆した表情は見せず、オイフェに向かって頭を下げる。そんな彼女に心の中でわびながら、兵士と共にセリスの元へと急いだ。
 その後ろ姿が見えなくなるまで、ずっとラナはそこにたたずんでいた。
 

戦場の花


--------------------------------------------------------------------------------

-2-



 オイフェと別れたラナが自分の部屋へと戻ったのは、もう夜もだいぶ遅くなってからだった。
 城に入って間もない解放軍には、やらなければならないことが山のようにある。人手はいくらあっても足りない。ラナも負傷兵の看護やその他の雑事に追われ、今ようやく解放されたところだった。
 
 同室のパティはまだ帰ってこない。
 並んだ寝台の片方に腰を下ろし、小さく息をつく。身体は疲れて重いが、心は軽く浮き立つような気さえする。
 昼間、オイフェと共に城内を歩いた時のことを思い出すと、疲れもどこかに飛んで行ってしまいそうだ。ほんの短い時間だったが、ラナにとっては何物にも替えがたいひとときだった。
 
 ラナは幼い頃から、オイフェの語る物語を聞くのが好きだった。成長するにつれ、架空の物語だけではなく、ユグドラルの歴史や世界の情勢、はては人生についてまで語ってくれるようになった。
 落ち着いた穏やかな声が、このままいつまでも聞いていたいと思わせる。
 恋と呼べるほど激しい想いではなかったが、オイフェから離れて生きる自分の姿はもはや考えられなくなっていた。
 
「あら、戻ってたの、ラナ」
 扉が開き、パティが顔をのぞかせた。
「レスターのケガ、だいぶよくなったわよ。明日あたりから、起きて動き回っても大丈夫だと思うわ」
 パティは、シアルフィ攻略の戦いで負傷したレスターの看護を、ずっと続けているのだった。
「ごめんなさいね、パティ。兄さまのこと、あなたにまかせっきりで」
「ううん、当然よ。レスター、あたしのせいでケガしたんだもん」
 そう答えるパティは、どことなく幸せそうだった。愛する人の側に付きっきりで世話ができる彼女を、ラナは少しうらやましく思う。

 パティの濡れた髪がふと目についた。
「髪を洗ったの?」
「うん。城内にね、下働きの人達が使っているおっきい浴場があるの。今日は火を起こす日だから、お湯も使えたわけ。ラナも入ってきたら? すいてるわよ、今なら」

 波打つ金髪が水をはじいてきらきらと輝いている。髪をほどいたパティは、驚くほどラナの母エーディンに似ていた。
 ラナの心の奥深い部分が、かすかな痛みを訴える。

 ―――ブリギッド伯母さまは母さまとはよく似た双子だった
    のだもの、その娘であるパティが母さまに似ていても
    不思議じゃないわ…

 そう言い聞かせても、胸の痛みはすぐには消えなかった。
 自分を見つめるラナに、パティが不思議そうな顔を向ける。

「なあに? あたしの顔に、何か付いてる?」
「ううん。きれいな髪だなと思って。縛らずにそのままにしておけばいいのに」
「そんなことしたら、髪がじゃまで動けなくなっちゃうわ。あたしは身軽さがとりえなんだから。ラナだって動きやすいように髪を短くしてるんでしょ?」
「ええ、そうね」

 かつてグランベル一の美女と謳われた母エーディンに、ラナはあまり似ていなかった。決してラナが美しくないというわけではない。物静かで清楚なラナの美しさを好ましく思う者は多いだろう。
 しかし、どんな質素な服をまとっても知らぬ間に人の目を引きつけてしまうエーディンの華やかな美しさに比べると、どうしても地味な印象がぬぐえない。
 むしろ、エーディンの容貌を受け継いだのは、兄のレスターのほうだった。母によく似た整った顔立ちを見るたび、どうして逆に生まれなかったのかしら…と考えた幼い日々もあった。
 しかし、それも遠い昔のことである。

 決して母のようになれないなら、わたしはわたしのできることをするしかない。無理をせず、背伸びをせず、自分にできることから確実にやっていこう。それで少しでもみんなの役にたてたなら、それで充分だわ…。
 そう決意した時、ラナは腰まであった髪を切った。

 ―――だめね、わたしって…

 一度決意を固めたのに、ふとした瞬間に心がゆらいでしまう。もし自分がパティのように華やかな美しさを持っていたら、オイフェも自分の気持ちを受け入れてくれたのではないだろうか…。ほんの一瞬にせよ、そんな浅はかな考えが浮かんでしまう。
 ふとため息をつき、ラナは立ちあがった。

「ラナ? お風呂に行くなら身体拭くもの持ってった方がいいわよ」
「ええ、いいの。すぐに戻るわ。先に寝ていてね」
 そう言い残すと、ラナは扉の外に姿を消した。


 オイフェは城の中庭を横切り、自室へと向かって歩いていた。

 ―――そういえば、今日は案内の途中でラナを置き去りにする
    形になってしまった…

 かわいそうなことをした、と思う。あんなに嬉しそうな顔をしていたのに…。そして、自分を責めるようなことは何も言わず、微笑んで見送っていた彼女の姿に改めていとおしさがつのる。

 どこかから、さらさらと水の流れる音が聞こえてきた。昼間、ラナと一緒に見に行こうとした噴水の音だと気づく。
 自分の部屋のある棟とは反対の方向だったが、何かに導かれるように足がそちらに向いた。

 噴水の側に、バルドの神像は20年前と同じ姿で建っていた。反逆者の祖としての扱いを受け、取り壊されているのではないかというオイフェの懸念は杞憂に終わった。
 その像は、オイフェにとって忘れられない懐かしい人を思い起こさせる。17年前にリューベックで別れ、もう二度と会うことのできないあの人の姿に、この神像はよく似ていた。いや、あの人がこの像に似ていると言うべきなのか…。

 その時、雲間から月が現れあたりを照らし出した。
 月あかりの中、白いローブが浮かび上がる。そこには、バルドの神像の前にひざまずき、祈りを奉げるラナの姿があった。
 そうだ、ラナに会えるような気がしたから自分はここに来たのだ。オイフェはようやくそのことに気づいた。
 
 もしかしたら、バルドの神が自分をラナの元へと導いてくれたのではないかとふと思う。もう一度、ラナに自分の本当の気持ちを伝える機会を与えてくれたのではないかと…。
 オイフェは心を決め、ラナがいる方へと向かって足を踏み出した。

 やがて、気配に気づいたラナはこちらを振り返り、立ち上がった。
 オイフェの姿を見つけ、嬉しそうに微笑む。白く小さい一輪の花のようだとオイフェは思う。

「何を祈っていたのだい?」
「早くこの世界に真の平和が戻りますように、と。…そしてバルドの神がセリス様とオイフェ様をお守り下さいますように」
 オイフェの問いに、少し恥ずかしそうにラナが答える。
「わたしには、祈ることしかできませんから…」
 そう言ってオイフェを見上げるラナの瞳。
 それは、あの時いちずに自分だけを見つめていた瞳ではなく、世界中の全ての人のために祈る慈愛に満ちた聖女のまなざしだった。

 オイフェはふと胸をつかれた。
 おそらくラナは、すでに気持ちの整理をつけているのだ。その澄みきった泉のようなラナの心を、不用意な言葉で乱す権利など自分にはない。
 あの時あんな言葉でラナを拒絶しておいて、今さら何が言えるだろう。ずっと側にいてほしい…。そんなことが言えるわけがない。

 オイフェは、差し出しかけた手を握り締めた。


 しばし沈黙が訪れる。
 やがて、それを破るようにラナが静かに語り始めた。
「この戦いが終わってからも、オイフェ様はずっとセリス様を守り続けるのですね」
 じっとオイフェを見つめたまま、言葉を続ける。
「オイフェ様がセリス様をお支えするように、わたしもオイフェ様の手助けがしたい…」
「ラナ……」
「これからもオイフェ様のお側に置いて下さい。特別なことは何も望みません。ただ、お側でオイフェ様のお仕事を手伝いたいのです」
 静かな口調ではあるが、自分の思いを伝えたいという確かな意志が感じられる。彼女のこういった強さも、オイフェが好ましく思う美点のひとつだった。

「ラナ、君は以前あんなふうに君を傷つけた私を許してくれるのか?」
「傷つけたなんて…。オイフェ様は、わたしのことを心配しておっしゃって下さったのでしょう?」
 ラナがふっと表情をほころばせる。
 その笑みにいざなわれるように、オイフェはそっとラナの手をとった。

「………ありがとう、ラナ」
 あの時拒否してしまったラナの思いを、今確かにオイフェは受け取った。そして代わりに、自分の本当の気持ちを言葉に乗\せて彼女へと返す。
「どうか、私の側にいてほしい。そして私の支えになってほしい」
「オイフェ様…」
「君のいない生涯は、私にはもう考えられないのだ」
 自分を見つめるオイフェのまなざしに、ラナは二人の思いが一つであることを知った。

「はい……オイフェ様」
 月あかりの中に、白い花のようなラナの微笑が浮かんだ。
 
 共に生きていくことを誓い合った二人は、その夜バルドの神に長い祈りを捧げた。
 その姿を、月と神像だけが静かに見守っていた。




<END> 

1999.2.20 






[Back]




--------------------------------------------------------------------------------


このお話は、オイフェ&ラナの同志ミツル様に捧げます。
尚、パティがエーディンに似ているという設定は、ミツルさんの「太陽の恵み」から拝借致しました。
(ミツルさんのHP「めぼうき」様は、現在は閉鎖されております)



[62 楼] | Posted:2004-05-22 16:36| 顶端
雪之丞

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騎士の誓い



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 セイレーン城の広間に、ようやく今日の主役が姿を現した。
 つい先ほど神の御前に愛を誓い合った二人が、並んで扉から入って来る。
 純白の花嫁衣裳から薔薇色のドレスに着替えたラケシスは、夫となった人に手をとられ、静かに広間の中央に進んで行った。
 周囲から一斉に拍手や歓声が沸き起こる。それを合図に、その場はにぎやかな宴の席へと移っていった。
 
 その広間の一角で、ノイッシュは遠くに見えるラケシスの姿を静かに見つめていた。隣では同僚の騎士達が酒や料理に舌鼓を打っている。しかし、彼の目は花嫁以外の何物をも映してはいない。
 
 ―――なぜ、あの男なのか……
 
 ラケシスの結婚が公になってから、彼の頭を占めていたのはいつもその事だった。
 王女に相応しい身分や品格を備えた貴公子は他にも大勢いる。なのに、なぜよりによってあの男をラケシス王女は選んだのか…。
 そのことを考えると、ノイッシュは胸が焼けつくような苦しい思いに苛まれる。
 自分が選ばれなかったことが不満なのではない。手の届く相手でないことは、最初からわかっている。だから、結ばれたいと望んだ事など一度もない。
 ただ、王女にはどんな時も幸福でいてほしかった。
 ひとつところにとどまらず、金で主を替える傭兵。そんな男がはたして王女を幸せにできるのだろうか。
 
 
 まだ見習い騎士になったばかりの少年の頃、ノイッシュはバイロン卿の供をしてノディオンの城を訪れたことがあった。もっとも供とは名ばかりで、日ごろ真面目に騎士の修行に励むノイッシュに、バイロン卿が褒美としてちょっとした休暇を与えてくれたようなものだった。
 春の花の咲き乱れる城の中庭で、初めてラケシス王女の姿を垣間見た。まだほんの少女にすぎなかったが、内側からあふれ出る気品や愛らしさは、一瞬のうちにノイッシュの心を捕らえてしまった。
 
 次の日偶然通りかかった同じ場所で、再びラケシスの姿を目にした。
 花の中、小さな少女が泣いている。思わず近づいたノイッシュに彼女は訴えた。兄が自分との約束を破って客人と狩りに出かけてしまったと。
 その客というのはおそらく自分の主のことだろう。なんとなく責任を感じたノイッシュは、ラケシスに向かってひざまずき、そして言った。
 私が姫のお側にいます。兄上の代わりに姫をお守りします。
 
 びっくりしたようにノイッシュを見つめていた少女は、やがてはにかんだような微笑を見せた。
 
 おそらくラケシス王女はもう覚えてはいないだろう。だが自分にとっては決して忘れることのできない騎士の誓い。
 
 アグストリアの動乱終結後、この軍に身を置いたラケシスの護衛を命じられた時、ノイッシュはあの誓いを果たす時がきたと思った。
 シャガール軍との戦いの際は、片時も離れず側に付き従った。彼女に近づく危険は、その身をもって防いできた。
 
 だがもう自分に彼女を守る権利はない。今、彼女を守るべき男は別にいるのだ。


   
 その男の姿を探して、ノイッシュはふと広間を見渡した。
 元々形式ばったことが苦手な新郎は、式が終わり宴の席になるとさっさと隅に引っ込んで、ホリンやアレクなど、比較的気の合う者達と酒を酌み交わしている。
 一方ラケシスは今日の主賓として、各テーブルを回り、客人に声をかけ、場を和ませていた。さすがは一国の王女らしく、そつのない立派な態度だった。
 
 今この城にいる者達は、明日を思い煩うことなく喜びに身を預けていられる立場では決してない。祖国に帰れる日が果たして本当に来るのか、誰もがその不安を心の底に抱えている。
 しかし、そんな状況だというのに、ラケシスはこの世の幸福を一身に受けたように幸せそうな顔をしていた。
 
 彼女によく似合う薔薇色のドレス。それは初めて出会ったあの日、彼女を取り囲んでいた花々を思い起こさせる。
 なんとなく胸が苦しくなって、外の空気を吸うためにノイッシュは席をたった。


 ベランダに出て、背中越しに窓を閉めると広間の喧騒が嘘のように静寂が満ちている。すでにすっかり日も落ち、あたりにはシレジアの夜の厳しい冷気が忍び寄りつつあった。
 
 どのくらいそうしていただろう。
 背後の窓が開く音に、ノイッシュは振り返った。
 
「こんなところで何をなさっているの?」
 ずっとノイッシュの頭の中を占めていた当人が、目の前で微笑んでいる。ベランダに出たラケシスは、そのままノイッシュの隣にやってきた。
 一人で退屈そうにしていた彼への心配りなのだろう。客をもてなすことは、王族として育った彼女には当然のたしなみなのだ。
 
 ノイッシュは少し退くと、王女に対して一礼した。
「お祝いが遅れました。本日はおめでとうございます」
「ごめんなさいね。本当ならこんなことをしていただける状況じゃないのだけれど…。あなたにも、よけいな気苦労をかけてしまうわね」
 
 トーヴェ城のマイオス公がこのセイレーン城を狙って密かに兵を集めているという情報が最近頻繁に報告されている。ついこの間も、国境付近で小競り合いがあったばかりだった。
 そのことを心配して、ノイッシュが浮かない顔をしていると、ラケシスは思っているらしい。
 
「いえ、そんなことはございません。むしろこういった祝い事は、沈みがちな皆の気持ちを引きたてて下さいます」
 その言葉に、ラケシスは微笑を返した。
 彼女の笑顔にほんの少しの勇気を得て、ノイッシュはずっと胸の中にわだかまっていた問いを投げかけてみる。
 
「無礼を承知でお尋ね致します。王女は不安ではないのですか?」
「えっ、何が?」
「失礼ながら王女のご夫君は、家柄もこれといった財もお持ちではない。ノディオンの王女として何不自由なく過ごされたあなたが、そういった相手との将来に不安をお感じにはなられないのでしょうか?」
「そうね、以前のわたしだったら考えられなかったでしょうね」
 くすっと笑うと、ラケシスはまっすぐにノイッシュを見つめる。
 
「確かにあの人は身分も財産も何も持っていない。でももっと大切なものを彼はわたしに与えてくれたわ。自分の足で歩いていく勇気と自信。これはどんな財宝よりも価値のあるものじゃないかしら?」
 そう言いきった彼女の瞳にはひとかけらの迷いもない。自分を信じることのできる者のみが持つ誇りが、ラケシス王女をますます美しく輝かせているのだとわかる。
 彼女はもう、花の中で泣いていた小さな少女ではないのだ。
 
 ラケシス王女を守りたかった。ずっと彼女には守られる存在でいてほしかった。しかし彼女が望んでいたのはそんなことではなかった。
 あの男には、はじめからそれがわかっていたのだろうか…。
 
 
 ある衝動が、ノイッシュの心を突き動かす。それを言葉にすべきではないと、もう一人の自分が言う。しかし、今言わなかったら自分は一生後悔するだろう。
 ノイッシュはラケシスの前にひざまずいた。遠い昔のあの日と同じように。
「ラケシス様。一つだけ私の願いをお聞き届け下さいますか」
「…何かしら?」
「今のあなたに私の力など必要ないことは充分承知しております。でもこれから先、もし王女の身に万が一のことがあった時、お側に参じあなたをお守りすることをお許しいただけるでしょうか」
 
 少しの沈黙の後、ラケシスのやわらかな声がおりてくる。
「あなたは以前にもわたしを守ると言ってくれたわね」
 その言葉に、思わずノイッシュは顔を上げた。
「子供の頃、兄に置いてきぼりにされて泣いていたわたしを、あなたは自分が守ると言ってくれた。あの時は世界中から見捨てられたような気分だったから、あなたの言葉が本当に嬉しかったわ」
「ラケシス様……」
「ありがとうノイッシュ。あなたは本物の騎士ね」
 
 ―――覚えていて下さったのか……
 
 静かな感動がノイッシュの胸の内に広がっていった。それだけでもう、自分は充分報われる。そんな気がした。
 
 その時、ふと人の気配に気づいてノイッシュは立ち上がり、ラケシスの背後に目を向けた。その視線を追って振り返ったラケシスの顔に喜びの表情が広がる。
 
 長いベランダの少し離れた場所に、つい数刻前ラケシスの夫となった男が立っていた。いつからそこにいたのかわからないが、おそらく今の会話は聞こえてしまっているだろう。だがその目には、ノイッシュに対する非難の色は浮かんでいない。
 ラケシスは微笑みながらノイッシュに軽く会釈すると、その人影に向って小走りに駆けていく。そして彼の腕に手をからめ、共に広間の中へと戻っていった。
 
 
 その後ろ姿を見つめたまま、ノイッシュはその場にたたずんでいた。
 あの誓いをラケシスは覚えていてくれた。そして、自分が彼女の騎士でいることを許してくれた。
 それだけでノイッシュの心は満たされている。
 
 この命が尽きるまで、あなたに忠誠\を誓います。―――私の王女…
 
 彼女の去った方に向かい、ノイッシュは静かに騎士の礼をとった。
 



[63 楼] | Posted:2004-05-22 16:36| 顶端
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Electric Flowers様 の 各務綾羽様にお贈りしたセティ&リーンのお話です







月下の出会い

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 銀の月あかりの下を、一人の少女が足早に歩いていた。
 秋の気配が漂いはじめたミーズ城。ついこの間までトラキアの領土であったこの城は、十日ほど前にセリス皇子率いる解放軍によって制圧されていた。それが侵略ではなく本当に解放と呼べるのか、当のセリスでさえ自信を持って断言できないでいる。

 だが、今中庭を横切りながらまっすぐに歩いている少女にとって、そんな軍の事情などどうでもいいことだった。

 ―――今夜こそはここを離れよう・・・

 その決意を胸に、少女は城の裏門へと急いだ。その歩みに合わせるように、リボンで結ばれた彼女の緑の髪が揺れる。

 ―――つい立ち去りがたくてここまで来てしまったけど、もうあたしが
    ここにいる理由はない。いる場所も・・・ない・・

 ふと涙がこみ上げそうになり、その場に立ち止まる。目許をぬぐい顔を上げ、再び歩き出そうとした時、側の茂みが突然大きく揺れた。

「きゃっ!」
 いきなり茂みから現れた人影に、思わず悲鳴を上げ立ちすくむ。逆光で相手の顔はよく見えない。

「すまない。驚かせてしまったか?」
 意外に涼しげなその声に、ほんの少しだけほっとしながら少女は目の前の相手をもう一度見た。
 月の光の下に、一人の青年が立っていた。落ち着いた顔立ちだが、年齢は少女とそう変わらないように見える。
 自分の髪と同じ、青年の緑色の髪に、少女はふと親しみを感じた。

「君はリーンだろう? こんな時間にどこに行くんだ?」
 青年に自分の名前を呼ばれ、少女…リーンは驚きを隠せなかった。彼とは今まで話をしたことはおろか、側近くで姿を見たことさえほとんどなかったのだ。

「あなたこそ、こんなところで何をしているの? あなた、セティ様でしょう?」
「少し・・・眠れなくて」
 短くそう答えると、セティと呼ばれたその青年は逆にリーンに問いかけてきた。
「よく私の名前がわかったな」
「だって有名だもの。マンスターの勇者様って、みんな呼んでるわ」

「私は勇者などではない!」
 急に声を荒らげると、沈うつな表情で彼はつぶやいた。
「結局・・何一つ成し遂げることはできなかった・・・」
「・・・セティ様?」
「ああ・・すまない。つい・・・」
 リーンの声に、セティはとりなすように言う。
「それから『様』はやめてくれ。セティと呼んでくれればいい」

 なんだか、想像していた人とはちょっと違うわ・・・。そんなふうにリーンは思っていた。もっと堂々とした、自信に満ち溢れた人かと思っていた。だが、今目の前にいる青年は、どこか暗く沈んだ表情をしている。
 そう言えば、眠れないと言っていた。何か悩み事でも抱えているのかもしれない。
 そう思い、改めて彼の顔を見る。

 ―――綺麗な人・・・

 シレジア人特有の彼の白い肌は、月の光の下で透き通るような美しさを見せている。

 ―――あたしなんて、太陽の下で踊ってばかりいるから
    日に焼けて真っ黒\なのに

 それが彼女の健康的で躍動的な魅力を引きたてているのだが、それに気づいていないリーンには、少しうらやましいようにさえ思えた。

 思わず見とれてしまっている自分に気づき、はっと我に返る。今こんなことをしている場合ではないのだ。

「それじゃ、あたし急ぐから」
 きびすを返し、走り出そうとしたリーンに向かってセティが声をかけた。

「そちらは裏門の方角だろう? まさかこんな時間に城の外にでるつもりじゃないだろうな」

 彼の意外な目ざとさに内心舌打ちしながらリーンは振り返る。

「そうよ、外に出るの。そしてもう、ここへは帰ってこないわ」
「なんだって!」

 その言葉に、セティは驚いたように目を見開いた。しばしそのまま立ち尽くしていた彼だったが、やがて真剣な表情になるとリーンに向かって言う。

「リーン、頼む。どうか事情を話してもらえないだろうか」

 本当は一刻も早くここを去ってしまいたかったが、もしセティが誰かに連絡でもして事が大きくなるのは非常に困る。
 セティに促されるまま、リーンは近くにあったベンチに腰を下ろした。

「あたし、元々この解放軍に入ったのは大した目的があるわけじゃなかったの。ある人の側にいたかっただけだったの」

 静かにリーンは語り始めた。

「ずっと一人ぼっちだったあたしに、あの人ははじめて優しくしてくれた。あたしのことを守って、助けてくれた。だからあの人が解放軍に参加した時、あたし何も考えずについてきたの」

 もしかしたら、誰かに自分の気持ちを聞いてほしかったのかもしれない。話しながら、ふとそんなふうに思う。

「でも彼は、自分の本当の相手を見つけてしまったわ。だからもう、あたしがここにいる理由はなくなった・・・」

 それまで黙って耳を傾けていたセティが、その時初めて口を開いた。

「アレス王子のことか?」
「知って・・・!?」

 自分とほとんど接触のなかったセティが、そのことを知っているとは思わなかった。俗世からは隔絶されたような彼の雰囲気が、その思い込みに拍車をかけていた。
 その一方で、彼が知っているのも当然かもしれないと思う。王子に捨てられた哀れな踊り子のことが、面白おかしく噂されていても不思議ではない。

「そう、アレスよ。これでわかったでしょう!」

 なかばやけになったように、リーンは立ちあがった。
 今にもそのまま走り出しそうな彼女の腕を、あわててセティはつかんで引きとめる。

「それでここを離れるというのか。それはだめだ。君はここを出ていってはいけない!」
「な、なによ。あなたには関係ないじゃない」
 腕をつかまれ断定的にそう言われ、リーンはむっとした表情で言い返した。この人にあたしの気持ちがわかるわけ、ない!

「そんなことはない! 君は知らないかもしれないが、私はずっと君のことを見ていた」

 リーンの両腕をつかみ自分の方を向かせると、セティは静かな外見からは思いもつかないような強い口調で話し始めた。

「マンスターが解放された時、君は町の人達の要請に答えて広場で踊っていただろう」

 ああ、そんなこともあった・・・。ふと、リーンは思い出す。解放された町で市民のために踊るのは、すでに慣例のようになっている。

「私は、マンスターの市民があんなに生き生きと希望に満ちた表情をするのを見たことがなかった。ブルーム王と帝国に虐げられ、誇りと勇気を失った彼らは、私がどんなに説得してもなかなか立ちあがろうとはしなかった」

「だが、君の踊りを見ていた人々は同じ希望に向かって心を一つにしていた。君の踊りには不思議な力がある。私が千の言葉を尽くしても成し得なかったことを、君は踊ることでいとも簡単にやり遂げてしまったのだ」

 その声音には、リーンに対する羨望の響きさえ感じられた。

「今だってそうだ。出陣前に勝利を祈願して舞う君の踊り。あれがどれだけ兵達の士気を高め、勇気を与えているか君は知らないのか!?」

「君は解放軍の兵士にとって、勝利の女神だ。君がいなくなってしまったら、皆は女神に見捨てられたと思って、戦意を喪失してしまうだろう」

 夢中になって話を続けていたセティは、目の前の少女の瞳に涙が浮かんでいることに、今ようやく気づいた。
 リーンの翠色の瞳からあふれた涙が、幾筋も頬をつたってこぼれていく。

 自分がまだ彼女の腕をつかんだままであることに気づき、あわてて手を離した。
 やがてリーンは、自由になった両手で顔を覆い肩を震わせて泣き始める。

「す、すまない、リーン。私は何か、君の気にさわることを言ってしまったのか?」

 目の前で泣き出してしまった彼女に、セティは狼狽した。こういう状態の女の子に、どんな言葉をかけて慰めればいいのか、彼には全くわからない。

「私はどうも人の心の機微に疎くて、知らぬ間に傷つけてしまうことがあるようだ。妹にもよく注意されているのだが・・・」

「ううん、違うの。あたし、嬉しくて・・・」
 ようやくリーンが顔を上げる。

「リーン・・・・」
「あたし、誰かにそんなふうに言ってもらったの、初めて・・・」

 瞳にはまだ涙がにじんでいたが、その笑顔は本物だった。

「・・・じゃあ、出て行くのは思いとどまってくれるか?」
「あなたは・・・あたしがここにいたほうがいい?」
「もちろんだ」
 力強いセティの答えに、もう一度リーンは微笑を返す。

「じゃあ、ここにいるわ」
「本当か! ありがとう、リーン」

 美しいけれど冷たい、彫像のようだと思っていた彼の顔に、その時初めて笑みが浮かんだ。
 それはとても暖かく、リーンの心を癒していった。

「じゃあ、お礼にあなたのために踊ってあげるね」

 心の底から湧き上がって来る思いに突き動かされるように、リーンはベンチの前の空間に飛び出した。突然の行動に驚いたような表情を見せているセティにはかまわずに、そのままステップを踏む。

 彼女にとって踊りは、ずっと生きるための手段でしかなかった。酒場に来る客達の目的が、踊り以外のところにあることも知っている。だから踊ることを楽しいと思ったことはあまりなかった。

 だが、今、心の底から踊りが好きだと感じられる。あの人が――セティが認めてくれた踊りが好き・・・。

 月の光の下で舞う少女を、静かなまなざしでセティは見つめていた。彼の女神が、自分のためだけに踊っている。
 その感動が、彼の胸を満たしていた。


 後に共にシレジアを導くことになる、これが二人の始まりだった。




<END> 



[64 楼] | Posted:2004-05-22 16:37| 顶端
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みつるさんにお贈りしたシャナン&ユリアの創作です





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夜の瞳


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 彼が扉を開けた時、ユリアはそちらに背を向けたまま、セリスと談笑しているところだった。

「セリス、そろそろ軍議が始まるぞ。早く来い」
 背後から聞こえてきた、心持ち低めの声。それが誰かわかった瞬間、ユリアは思わずセリスの背中に隠れていた。

 そんなユリアに彼はちらりと視線を投げると、無言のまま再び扉を閉じる。その足音が遠ざかるまで、ユリアはセリスの背中にしがみついた手を離すことができなかった。

「ユリアはまだシャナンのことが苦手なのかい?」
 少し困ったようなセリスの問いかけに、ユリアはうつむくことしかできない。
「まあ、あんまり愛想のいい方じゃないかもしれないけど、彼は怖い人じゃないよ」
「はい、わかっています…」

 彼が自分に辛くあたるというわけでは決してない。にも関わらず、ユリアはどうしてもシャナンに馴染めなかった。

 ―――たぶん、あの瞳のせいだわ

 自分を見る時、シャナンの瞳に宿る暗く冷たい光。まるで永遠に明けない夜のようなその瞳が、ユリアの心を凍てつかせる。

 ―――きっとシャナン様は、わたしのことがお気に召さないのだ

 シャナンとセリスは兄弟のように育ったという。弟のように思っているセリスの側に、自分のような素性の知れない者がいることが気に入らないのだろう。そう考えて少し悲しくなった。
 自分が何者なのかわからないもどかしさに、一番苦しめられているのは自分自身なのだ。

「まあ、そのうち慣れるよ。焦ることはないからね」
 安心させるように微笑むと、セリスも部屋を後にした。その笑顔に、ユリアの心も癒される。

 セリスの側にいると、ユリアはとても安心した暖かい思いに包まれた。たとえ自分が何者であろうとも、この人は決して自分を見捨てたりしないだろう……。
 そんな確信に似た思いが、ユリアの胸のうちにはある。
 それはシャナンに感じる不安とは、対極の位置にあるものだった。


 だが、解放軍にティニーという名の魔道士の少女が加わってから、セリスの態度に微妙な変化が訪れるようになった。
 誰にでも平等に優しく接するセリスだが、ティニーに向ける笑顔だけはほんの少し違う。いつもセリスを見つめているユリアには、そのことがはっきりとわかる。
 解放軍がコノートを制圧する頃には、二人の特別な親しさに気づく者も少しずつ現れ始めた。

 それでもまだユリアには救いがあった。セリスは彼女にも変わらず優しく接してくれたし、何よりも戦場で最もセリスの側近くに控えているのは彼女の役目だったから…。
 シャーマンとして高い魔力を持つユリアは、セリスの回復役として常に行動を共にして来たのだった。


 しかし、やがてその唯一の絆さえ断ち切られる時がやってきた。

「ユリア。もう、あまり無理をしなくていいからね」
 マンスター救出の戦いの直前、セリスは彼女に向かってそう言った。

「この間、ティニーがマージファイターに昇格して、回復魔法を使えるようになったんだ。これからはティニーにも回復役として付いてもらうから、君の負担も軽くなるよ」
 返す言葉もなく呆然とするユリアには気づかずに、セリスは邪気のない笑顔を見せる。
 ユリアは、足元が崩れるような不安を感じていた。戦場での回復要員としての役目まで失ってしまったら、自分とセリスを繋ぐものは何もなくなってしまう。

 ―――セリス様に見捨てられたら、わたしの居場所はない…

 その思いだけが、今、戦場でユリアを走らせていた。
 ドラゴンナイトの空からの攻撃に、解放軍の各部隊は分断されつつある。ユリアもまた、戦闘の混乱の中、指揮官であるセリスを見失ってしまっていた。

 ―――セリス様のお側に行かなくては…

 味方の位置も把握しないまま、ユリアはただセリスの姿を求めてさまよっている。
 その時、足元を大きな黒\い影が覆った。上空を見上げると、数騎のドラゴンナイトが槍を振りかざし、ユリアに照準を合わせている。逃げることもできずに立ちすくむ彼女に向かって、手槍が一直線に飛んでくる。
 死を覚悟し、思わず目を閉じたユリアは、突然自分の身体がふわりと宙に浮くのを感じた。

「シャナン様!?」
 見開いた彼女の目に映ったのは、長い黒\髪と夜の色の瞳。
 ユリアを抱き上げたシャナンは手槍をかわし、その場を離れ走り出した。やがて岩陰に少し窪んだ場所を見つけ、そこにユリアを隠れさせる。

「そこを動くな!」
 それだけ言うと、まばゆく輝くバルムンクを手に、敵を迎え撃つため前に飛び出した。

 細身の彼の背中が、今とても大きく見える。全身でユリアをかばいながら、向かってくるドラゴンナイトの群れを、次々と薙ぎ払っていく。
 槍と剣の相性の悪さなど、彼が手にする神剣バルムンクの前には問題ではなかった。

 風に舞う長い黒\髪。そして、無駄のない流れるような身のこなし。
 それらが、味方からは軍神と崇められ、敵からは死神と恐れられるその人を、限りなく優美に見せている。
 ユリアは息が止まるような思いで、その姿を見つめていた。

 そして一時の後、敵の小隊をシャナンはたった一人で殲滅させてしまった。
 周囲を見渡してから剣を鞘に収めるシャナンに向かって、思わずユリアは走り寄った。

「シャナン様、お怪我を!?」
「ああ、たいしたことはない。ほとんど返り血だ」
「だめです。手当てしなくては」

 おそらく普段だったら、ユリア一人でこんなにシャナンの側に近づくことなどできなかっただろう。だがこの事態が、シャナンに対して抱いていた恐れも不安も、全て忘れさせていた。
 ユリアの唱えるリライブの魔法が、暖かい光となってシャナンの身体を包む。

「不思議だ…。君の癒しの力には、あの人と同じ波動を感じる…」
「え?」
 見上げると、深い静かなまなざしがまっすぐにユリアに向けられている。

「私は昔、必ず守ると約束した人を、自分の未熟さゆえに守りきることができなかった。そのせいで、多くの人の運\命を狂わせてしまった」
「シャナン様…」
「その人は…君によく似た美しい人だった」

 嫌われていたわけではなかったのか…。
 思いがけないシャナンの告白に、ユリアは驚きを隠せなかった。目の前の深い夜の瞳を見つめ返すと、そこには呆然とした表情の自分が映っている。
 それでは、自分を見るたびにその人を思い出して、苦しい思いをしていたのは彼のほうだったのだろうか…。

 冷たいとしか感じられなかった彼の瞳が、本当は深い悲しみと苦しみに満ちていたのだと初めて気づく。
 わたしは今まで、この人の何を見ていたんだろう…。

「今度こそ、どんなことをしても守りたい」
 自分を見つめたままそう言ったシャナンの強い口調に、ユリアははっとしたように目をみはる。

 その手が自分に向って伸ばされるのを見て、 思わずユリアは目を閉じた。
 しかし、彼女の頬に触れる直前でシャナンの手が止まる。
 ユリアが再び瞳を開いた時、もう彼の姿はなかった。

 シャナンが守りたいと言ったのが、誰のことなのかはわからない。しかしユリアには、それが自分に向かって言った言葉のように聞こえた。

 その時、こちらに向ってくる足音を耳にして、ユリアは我に返った。もしかしてシャナンが戻って来たのだろうか…。
 そう思い振り向いた彼女の目に映ったのは、一緒に走ってくるセリスとティニーの姿だった。

「よかった、ユリア。無事だったんだね」
 息をきらしながらセリスが言う。
 その声が遠くに聞こえた。
 二人の姿を目にしても、胸はもう痛まない。そして、セリスの笑顔を見ても、以前のように心がときめかない自分に気づいている。

 今、自分の心を占めているのは、長い美しい黒\髪と、哀しい瞳を持ったあの人……。

 ―――シャナン様…

 声には出さず、そっとその名をつぶやいた。まるで、心の一部を持って行かれてしまったような気がする。
 そしてその代わりに、今まで知らなかった感情が確かに彼女の中に芽生えつつあった。

 その想いを抱きしめたまま、ユリアは静かにそこにたたずんでいた。




<END> 

1999.5.14 




--------------------------------------------------------------------------------


「めぼうき」様の5000アクセスのお祝いに、ミツル様に押し付けた創作です。ミツルさんがシャナン&ユリアをお好きということで書かせていただきました。
この二人に関しては、ミツル様から多大な影響を受けております。ありがとうございました。



[65 楼] | Posted:2004-05-22 16:38| 顶端
雪之丞

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聖 斧


-1-



 ――グラン歴785年

 あの暗黒\の日々から世界が解放されて、7年の歳月が流れた。
 長い戦いに荒れ果てた国々は、新しい指導者を迎え入れ着実に復興の道を歩んでいる。
 グランベル王国の一つドズル公国もまた、若き公爵夫妻の統治の下、新しい国に生まれ変わりつつあった。

 現ドズル公爵は聖痕を持たない。
 かつてドズル公国の力と正義の象徴でもあった聖斧スワンチカ。それを公爵は手にすることが出来ない。
 道を誤った最後の継承者が先の聖戦で命を落として以来、主を失った聖斧もまたドズルの城の奥深くで長い眠りについていた。


 ドズル城の中庭に、元気な子供の声が響いている。
 そして、少し離れた場所でその様子を微笑ましげに見つめている、二人の女性の姿があった。

「本当にヨハルヴァ様にそっくりになってきましたね」
 長い銀の髪の女性が、かたわらの女性に語りかける。
「そう思うでしょう? でも、ヨハルヴァはわたしに似ているって言うのよ」
 それに答えた黒\髪の女性。彼女の視線は、子供の方に注がれたままである。

 それは、ドズル公妃ラクチェとフリージ公妃ティニーの姿だった。
 ラクチェの義姉にあたるティニーは、明日この城で行われる内輪の祝い事に招かれ、夫と共に昨日からここに滞在していた。

「母上!」
 やがて、ラクチェの姿に気づいた子供が、こちらに向って走ってくる。
 だが、微笑んで見守っていたラクチェの目の前で、その子は石に足を取られ少々派手に転んでしまった。
 後を追って来た教育係の侍従が、血相を変えて飛んでくる。

「も、申し訳ございません、公妃様。私がついておりながら」
「いいのよ、そんなに気を遣わなくて。この子は強い子だから。…大丈夫よね? ヨハン」
 そう言って、転んだままの子供の側にかがみ込む。しかし手は貸さない。ヨハンと呼ばれた男の子は、にっこり笑うと元気に立ち上がった。

「はい!平気です。母上」
 同じ年頃の子供が、まだたどたどしい話し方をするのに比べ、しっかりとした口調でそう答える。

 父親から栗色の髪を、母親から黒\曜石の瞳を、それぞれ受け継いだドズル公国の嫡子ヨハン。彼は、若き公爵夫妻のみならず、このドズル公国の全ての人々にとって、新しい希望というべき存在だった。
 国民はこの小さな魂の中に、かつての力による支配とは違う、自由と可能性を見出していたのである。

 彼に名前を付けたのは父親のヨハルヴァだった。
 ヨハルヴァが息子にヨハンの名を与えた時、兄や父に対する彼の思いを垣間見たような気がして、ラクチェは胸が締めつけられるような思いがした。それは今でも鮮明に覚えている。


「さあ、もう中に入りましょうね。ティニーがあなたにたくさん贈り物を持ってきてくれたのよ」
 ラクチェはヨハンの服に付いた泥を落すと、まだ幼い息子を抱き上げた。母の言葉に、ヨハンが目を輝かせる。
「本当ですか。ありがとうございます、伯母上」
「ヨハンは本当に賢い子ですね」
 ティニーが目を細めて笑う。実際の年齢からは考えられないしっかりとした受け答えに、いつも彼女は驚かされている。

 ラクチェはヨハンを抱いたまま、城へと向かった。
 彼女の肩に回されたヨハンの右腕には、銀色に光る腕輪がはめられている。どんなに暑い夏の盛りでも、それは決してはずされることがなかった。

 ヨハンの右手首には、生まれた時からはっきりとネールの聖痕が現れていた。しかしその事は極秘とされ、ほんの一部の者にしか知らされていない。
 常にヨハンの右腕を覆う、ドズルの紋章入りの腕輪。その下で、聖斧の継承者の証は静かに息をひそめている。

 元々ヨハンは、歩くのも、言葉を覚えるのも飛び抜けて早かった。聖痕を持つものが優れた能力を有することはラクチェも知っている。
 だが、こうして間近でその成長を見守っていると、継承者の血というものの特別な力を感じないわけにいかない。

 父レックスからドズルの血を引いている自分と、ネールの直系を父に持つヨハルヴァ。
 濃いドズルの血を受け継ぐ自分達の子孫になら、いずれスワンチカを手にする者が現れるかもしれない…。漠然とそう考えてはいた。
 しかし、まさか自分の息子にいきなりそれが現れることなど、ラクチェは想像もしていなかった。
 いや…想像したくなかったのかもしれない――




聖 斧


-2-



「ヨハンにスワンチカを継承させる」
 ヨハルヴァがそう宣言したのは、その夜のことだった。

 夫の突然の言葉に、ラクチェはしばし言葉もなく立ち尽くしていた。そんな彼女を、ヨハルヴァは静かな…しかし揺るがぬ決意を込めた目で見つめている。

「まだ早いわ! あの子はたったの4歳よ」
「明日で5歳になる。聖痕の意味もだんだんわかってくる年齢だ。それでなくても、あいつは頭がいいからな」
「でも……、国民はどう思うかしら。ヨハンがスワンチカの継承者だと知ったら、あの暗黒\の時代を思い出して不安になるかもしれないわ」

 ラクチェは必死で食い下がった。目に見えない大きな不安が、黒\い雲のように胸の内に広がって行く思いがする。

「だが、いつまでも隠しておくのは、ヨハンのためによくない。このままではあいつは、聖痕に負い目を感じるようになるだろう。それでは、自分に誇りが持てなくなってしまう」

 それはラクチェも考えていたことだった。
 なぜ腕輪をはずしてはいけないのか…。そのヨハンの問いに、誰も明確な答を与えてやることができない。
 腕輪の下にあるものが忌むべき存在であることを、聡明なヨハンはすでに感じとっているはずだ。

「わたし…心配なの、ヨハルヴァ。神器には、それを扱う人間を根底から変えてしまうような力があるって聞いたことがあるわ。もしかしたら、あなたのお父様やお兄様も、その力に取り込まれてしまったのかもしれないでしょう?」
「………………」
「もしあの子がスワンチカの力に呑み込まれ、わたし達のヨハンでなくなってしまったら……」

 なおも訴えるラクチェに、ヨハルヴァは静かな視線を返した。

「そうだな…。おまえやイザークの民にとって、スワンチカは侵略と圧政の象徴だからな」
「ヨハルヴァ…」
 夫の目に一瞬浮かんだ寂しそうな影。それを見た時、ラクチェは胸を突かれる思いがした。
 自分達がバルムンクを神の剣として神聖視し希望を託してきたように、ヨハルヴァにとってのスワンチカもまた、正義の証であったことに変わりはないのだ。

「ごめんなさい、ヨハルヴァ。そんなつもりじゃなかったの」
 ラクチェはヨハルヴァに寄り添い、その胸にそっと顔を埋めた。昔から、そうしていると、全ての不安が消えていくような気がした。

「そうね。わたしもとっくにドズルの人間なんだもの、いつまでも目をそらしていてはいけないのよね」
 自分に言い聞かせるように囁く。
「ドズル公妃としても、ヨハンの母親としても…」
 そして、しばしの沈黙が訪れた。

「俺には聖痕がない」
 やがてラクチェの髪を撫でながら、ぽつりとヨハルヴァがつぶやいた。

「それはこのドズル家の中では価値がないという烙印を押されたようなものだった。いずれスワンチカを継承するブリアン兄貴とは、はっきりと区別をつけて育てられた」
「ヨハルヴァ……」
「だが、俺はそんなことを少しも気にしちゃいない。そんなものがなくたって、こうして国を率いていける。おまえだってそう思っているだろう?」

 ラクチェ自身もまたオードとネールの傍系だが、そのことに引け目を感じたことなど確かに一度もない。
 自分で努力を重ねて手に入れた自分自身の力。それを信じていたから、直系の血をほしいなどとは考えたこともなかった。

「問題は聖痕でもスワンチカでもないんだ。与えられたその力を、どう使うかだ。ヨハンはそれを間違えたりしない。俺はそう信じてるぜ」

 そして安心させるように、腕の中のラクチェに微笑みかける。

「大丈夫だ、ラクチェ。あいつは俺達の子供だ。神器の力に負けるような弱いやつじゃない。そんな育て方はしなかっただろう?」

 ラクチェの肩をヨハルヴァが抱きしめた。その腕の暖かさは、いつもラクチェに力を与えてくれる。

「ええ、そうね。ヨハルヴァ」
 そう答えたラクチェの口許に、ようやくかすかな笑みが浮かんだ。



[66 楼] | Posted:2004-05-22 16:38| 顶端
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聖 斧


-3-



 次の日の早朝、ヨハンはいつも自分を起こしに来る侍女ではなく、母親の手によって目覚めを迎えた。
 母の後ろには、父ヨハルヴァの姿もある。幼いながらも、何かただならぬ雰囲気を感じ取ったヨハンは、一言の問いも発しなかった。服を着替えると、両親に続いて部屋を後にする。

 やがて三人は、城の最深部にある宝物庫へと向かった。その扉の鍵を所有しているのは、公爵夫妻二人だけである。
 初めて見る宝物庫の内部に、ヨハンは感嘆の目を見開いていた。整然と並べられた、見事な武具や宝飾品。そして周囲の壁を取り巻くように飾られている、装飾を施された美しい斧。その圧倒的な数――

 だが、両親はそれらには視線もくれずに、まっすぐ部屋の奥に進んで行く。やがて突き当たりの壁に、もう一つの扉が現れた。
 ヨハルヴァが鍵を開け中に入ると、ラクチェはヨハンの方を振り返った。

「いらっしゃい、ヨハン」
 扉の前で、母が呼んでいる。
 しかし、ヨハンの足はすぐには動かなかった。この先に何かがいる。彼の内側から、そう囁く声がする。

「ヨハン?」
 もう一度ラクチェに促され、ようやくヨハンは足を踏み出した。

 部屋に入ろうとした時、ヨハンの側にラクチェがかがみ込み、彼の右腕を手に取った。そして、どんな時も決してはずしてはいけないと言っていた腕輪を、自らの手で取り去った。
 日に当たらないためそこだけ白い肌の上に、はっきりとネールの聖痕が浮かび上がる。

「母上?」
「もう、これは付けなくていいのよ」
 そう言ってラクチェが微笑む。

 小さな明り取りの窓から差し込むわずかな朝日。それだけが、この部屋を照らす唯一の光だった。
 ほの暗い部屋の中央に、真紅の布に覆われた台がある。比較的広いこの部屋は、その布の下にあるもののためだけに存在しているらしい。

 その横にはヨハルヴァが待っていた。ヨハンが部屋に入ったのを確かめると、無言でその布を取り去る。
 真紅の布の下から、鉛色の古びた斧が姿を現した。

「これを持ってみろ、ヨハン」
「父上、これは?」
「ドズルの至宝、聖斧スワンチカだ」

 そして、運\命を宣告するかのような声音でこう告げた。

「これは、おまえのものだ」

 何かに導かれるように、ヨハンはその斧に近づいた。
 かつて神より与えられた十二の神器の一つ、聖斧スワンチカ。それを受け継ぐ者は神の力によって守られ、何者にも傷つけられることはないという。
 そしてそのすさまじいまでの破壊力は、このドズル公国の力の象徴として、長いこと崇められてきた。
 しかし、今では暗黒\の時代をもたらした忌むべき存在として、人々は記憶から消し去ろうとしている。

 ヨハンは、光を失った聖斧にそっと手を伸ばした。
 神器は正当な継承者以外には扱うことができない。ヨハルヴァでさえ、両手で持ち上げるのがやっとだった。
 しかしその父の目の前で5歳になったばかりのヨハンは、スワンチカを手にすると片手で軽々と振りかざした。

 その瞬間、スワンチカが黄金の光を放つ。それは瞬く間に光の渦となって、ヨハンの全身を包み込んだ。
 まばゆい光の交流――。
 スワンチカから流れ出た光はヨハンの身体に吸い込まれ、そして再びスワンチカへと還元されていく。

 力と同時に、聖斧に込められた記憶が今、ヨハンへと受け継がれている。代々の継承者達の心の光も闇も、全てその小さな身体で受け止めなければならない。
 受け入れるだけの器がなければ、逆に神器に取り込まれてしまうこともあるという……。
 ラクチェは息がとまるような思いで、その静かな戦いを見つめていた。

 やがて、次第にヨハンの身体を覆う光は、その力を弱めていった。そして彼の身体から完全に光が消えた時、聖斧スワンチカはかつての輝きを取り戻していた。

 ヨハンはゆっくりと両親の方を振り返った。

「父上、母上。僕はこのスワンチカを、決して間違った使い方はしません」

 そう言って、まっすぐに見つめる黒\曜石の瞳。その澄んだ輝きは、聖斧を継承する前となんら変わりはなかった。だがその色は、さらに深みを増している。
 ヨハンは聖斧を台の上に戻すと、再び真紅の布で覆った。

「持っていなくていいのか? ヨハン。それはもうおまえのものだ。どうしようとおまえの自由なんだぞ」

「しばらくはここにいた方がいいと言ってます。大丈夫です。僕が時々話をしにきますから」

「話? スワンチカと?」
 父の問いに、ヨハンは微笑むだけで答えなかった。

「母上、もう戻ってもいいでしょう? 僕、お腹が空きました」

「そうね。今日はあなたの誕生日のお祝いが開かれるから、ごちそうがたくさん出るわよ」

「本当! 早く行きましょう、母上」

 無邪気な子供の顔に戻ったヨハンは、母の手を引っ張って部屋の外へと歩いて行く。

 二人の後を追って扉の方に向かいながら、ヨハルヴァはちらりと部屋の中を振り返った。
 新しい主を得て、真紅の帳の下で息づく聖斧スワンチカ――。その声はどんなに耳を澄ましても、ヨハルヴァには聞こえなかった。


 後のドズル公爵ヨハンは、生涯スワンチカを手にすることがなかったという。何度か国を襲った災厄も、すべて自らの力で乗\り越えて行った。
 聖斧が再び歴史に姿を現すのは、それからさらに後の時代のことである。




<END> 



[67 楼] | Posted:2004-05-22 16:40| 顶端
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◇◆◇ 幼なじみ ◇◆◇


--------------------------------------------------------------------------------

-1-



 デルムッドはラクチェが苦手だった。

 性格が似ている事もあって、彼女とはことあるごとにぶつかり合う。きれいな顔をしているのに、言う事はきつい。特に自分に対して彼女は容赦がなかった。
 そして何よりデルムッドには、子供の頃、剣でラクチェに負けたというトラウマがあった。

 きっかけはほんのささいな事だった。どっちが強いかというような、子供らしい言い争い。だが互いに引かない二人は剣で勝負を決めようという事になり、練習用の木造の剣をとった。
 自分が負けるわけはない。その時デルムッドは確信していた。ラクチェは自分よりずっと小柄だし力も弱い。それに、なんといっても女の子なのだ。

 しかし、彼のその自信は最初の手合わせであっさりと打ち砕かれることになる。

 気合と共に打ち込んだデルムッドの一撃をラクチェは難なくかわし、背後に回って彼の首筋を打った。実戦なら首を落とされていただろう。
 すっかり動揺したデルムッドは、続けて打ち込んでくるラクチェの剣を、全くかわすことができなかった。最後には焦るあまり足を滑らせ、ぶざまにひっくり返ってしまった。
 そんな彼を見て興味を失ったような表情をすると、ラクチェは剣を引きそのままその場を立ち去った。

 女の子に、しかも数ヶ月とはいえ自分より年下の女の子に、ぼろぼろに負けた…。子供心にも、デルムッドのプライドは深く深く傷付けられた。

 ―――あいつは女じゃない!

 ラクチェの後ろ姿を睨み付けながら、デルムッドはその時そう思った。

 剣士が多いこの国で、彼が騎馬での戦い方を覚えようと思った最初のきっかけはラクチェだったかもしれない。正直言って、対等の剣の勝負では全く勝てる気がしなかった。
 あれからずいぶん修業を積み、身体も力も成長した今ではさすがに一方的に負ける事はなくなったが、それでも純粋に剣のみの勝負では、かなり分が悪いのは確かだ。
 デルムッドは、未だに彼女への苦手意識を完全に拭い去ることはできなかった。


「ラクチェ、一度に運\ぶのは大変だよ。半分に分けたほうがいい」

 何本もの剣をまとめた一束を、そのまま持ち上げようとしたラクチェにレスターが声をかけた。
 今ティルナノグでは、帝国軍を襲撃し手に入れた武器を、みんなで手分けして倉庫に運\んでいるところだった。

「大丈夫よ、レスター」
「でも、かなり重いから、女の子には無理だよ」
「そうかしら…」
 そう言って考え込んだラクチェを見た時、デルムッドはなんとなく面白くなかった。自分が同じ事を言ったら絶対に反発するくせに、レスターの言うことは素直に聞くのか…。

「ほっとけよ、レスター。そいつは女じゃないんだから」
 気がついたらそんな言葉が口をついていた。
 しまった…と、思った時にはもう遅い。ラクチェはむっとした表情でデルムッドを睨み付けると、そこにあった剣の束をかかえて立ちあがる。

「ラクチェ!」
 止めるレスターの言葉にも耳を貸さずに、そのままラクチェは歩き出した。見るからに重そうな、危なっかしい足取りだった。

 自分が余計な口を出さなければ、ラクチェはレスターの言葉を受け入れていたかもしれない。そう思うと、ほんの少し罪悪感が芽生えて来る。
 思わずデルムッドはラクチェの後を追いかけた。

「貸せよ、半分持ってやるから」
「結構よ。このくらい一人で運\べるわ」
「何言ってるんだよ。ふらついてるじゃないか」

 まさしくよけいな一言だった。

「うるさいわね、よけいなお世話よ!」
 天敵を見るような目つきでデルムッドを睨むと、ラクチェはそっぽを向いた。

「わかったよ! 勝手にしろ!!」
 売り言葉に買い言葉で、ついそう返してしまう。

 ―――……ったく、かわいくない女だ

 ラクチェの後ろ姿を見ながらそうつぶやく。
 そして、同時にこうも思う。

 ―――何であんなにがんばるんだ…?

 ラクチェはどんなことでも、男と同じようにやろうとする。いくら剣の腕がたっても、力は同じというわけにはいかない。それでも彼女は、妥協というものをしなかった。
 そこには何か、悲愴な覚悟のようなものさえ感じる。ラクチェにそうまでさせるものが何なのか、デルムッドには想像もつかなかった。



[68 楼] | Posted:2004-05-22 16:41| 顶端
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◇◆◇ 幼なじみ ◇◆◇


--------------------------------------------------------------------------------

-2-



 デルムッドが、オイフェやレスターと共に諸国視察の旅から帰って来た時、すでに解放軍とガネーシャ軍との戦いは始まっていた。
 百戦練磨のオイフェの帰還に解放軍の士気も上がる。どうにか敵の先発部隊を撃破することができた彼らは、森の近くに陣を張り小休止をとっていた。

 デルムッドは、兵士達の中にラクチェの後ろ姿を見つけ、思わず走り寄った。
 ケンカになるとわかっていながら声をかけずにはいられない。自分でもどうしてなのか、わからなかった。

「ひさしぶりに会ったのに、少しくらい嬉しそうな顔したらどうだ?」
「別にあなたが加わったってちっともありがたくないわ。オイフェ様やレスターが戻って来てくれたのはとても心強いけど」

 ―――やっぱりかわいくない女だ

 デルムッドは心の中でそうつぶやく。
 そんな彼には構わずに、ラクチェはそのまま森の奥へと歩いて行こうとした。

「おい、どこに行くんだ? ラクチェ」
「血で汚れたから、泉で落としてくるわ」
 そう言って、愛用の勇者の剣をかざして見せた。

「じゃあ、俺も行くよ。まだ敵がいるかもしれないんだ。単独行動はよせ」
「平気よ、ついて来ないで」

 きっぱりとそう言うと、ラクチェはさっさと先に進んで行く。一瞬後を追おうとしたデルムッドだったが、拒絶するような彼女の背中につい足が止まる。
 そして木々の間に消えて行くラクチェの姿を、黙って見送った。



 泉の水で丁寧に剣を洗い、布で拭う。くもりが取れ、刃先が再び美しい輝きを取り戻す。
 ラクチェは満足したような表情を見せると、もう一度剣を光にかざしてみた。

 ふいに、さっき声をかけてきたデルムッドのことが頭に浮かんだ。彼とは顔を合わせるたびに口ゲンカになる。悪気がないのはわかっているのに、どうして彼の言葉にだけはこうも敏感に反応してしまうのだろう…。

 だが、すぐにその考えを振り払うように剣を鞘に収めた。
 ふと血で汚れた自分自身の手が目についた。それは、さっき斬った敵兵の断末魔の様子を生々しく思い起こさせる。
 これだけはいつまでたっても慣れることはできそうにない。

 ラクチェは再び泉に近づいた。水の中に落としたりしないよう、剣は少し離れた場所に置く。

 冷たい水に手を浸し一息ついた直後、ラクチェの背中を戦慄が走りぬけた。背後に誰かの気配とただならぬ殺気を感じる。
 相手に気取られぬよう、ラクチェは振り返らずに手探りで剣を探した。

「これを探しているのか?」
 勝ち誇ったような男の声が聞こえた。決して仲間の誰かではない、聞き覚えのない声。
 思わず振り返ったラクチェの目に、勇者の剣を手にしたままこちらを見ている若い男の姿が映った。

「俺の仲間はみんな、おまえ達に殺された」
 憎しみを込めた目で、ラクチェを睨みつける男。その背には、弦の切れた弓がある。さっき討ちもらしたガネーシャの残兵に違いない。
 ラクチェの背後には泉――。逃げる場所のない彼女に向かって、男がじりじりと近づいてくる。

「ひとおもいになど殺してやるものか。苦しみながら死ね」
 男は剣を投げ捨てると、身動きできないラクチェの首に両手をかけた。その指が、のどに食い込む。
 圧倒的な力の差に、ラクチェは抗うことができない。

 ―――剣さえ手にすれば、こんな男敵ではないのに…

 ラクチェは己のうかつさを呪った。
 戦場で、剣で戦って敗れるのなら仕方がない。しかしこんなところでこんな死に方をするのは悔やんでも悔やみきれない

 ふいにデルムッドの顔が脳裏に浮かんだ。自分がここにいることを知っているのは彼一人。もし、デルムッドが後を追ってきてくれたら…。

 だがすぐにその考えを否定する。
 デルムッドが来るわけがない。自分はいつだって彼の好意を素直に受け入れたことなんかなかった。

 意識を失いそうになった直前、ふいに身体が軽くなった。

「貴様! よくもラクチェを!!」

 聞き覚えのある懐かしい声が耳に飛び込んできた。そして格闘するような音と人の気配。

 ―――デルムッド…?

 まだぼんやりとした視界に、いつもケンカばかりしていた幼なじみの背中が映る。

 逃げて行く男を追いかけようとして、思いなおしたようにデルムッドが振り返った。


 

◇◆◇ 幼なじみ ◇◆◇


--------------------------------------------------------------------------------

-3-



「大丈夫か、ラクチェ」

 デルムッドはラクチェに走り寄った。だが、直前でその足が止まる。

 ラクチェは地面に座り込んで、のどを押さえたままうつむいていた。
 こんなうちひしがれた彼女の姿を見るのは、おそらく生まれて初めてだった。彼の記憶の中にあるラクチェは、いつも自信に満ちた表情で、まっすぐ前だけを見つめていた。


「悔しい…」

 やがて小さな声でラクチェがつぶやく。握りしめた手の甲に、ぽつりと何かが落ちた。あれは――涙…。

 ―――ラクチェが泣いている

 信じられないような思いで、デルムッドはラクチェの震える肩を見た。

「剣の腕ならスカサハにだって負けないのに、力じゃどうしたって男の人にはかなわない」

 誰に言うともなく、ラクチェが言う。

「子供の頃は、わたしがいちばん強かったわ。力だってそんなに違わなかった…」

「おい、ラクチェ…」

「だから、わたしがみんなを守るって決めたのに…。ずっとそう思って戦ってきたのに、こんなことじゃ守ることなんてできない」

 ラクチェがそんな気持ちで戦っていたなんて、思ってもみなかった。ずっと一緒に育ってきて、こんなに近くで彼女を見てきたのに、自分は何ひとつラクチェのことをわかっていなかったのだろうか…。

「ラクチェがみんなを守りたいように、みんなだっておまえを守りたいと思ってるんだ」

 気が付くと、そんな言葉が口をついた。
 初めてラクチェが顔を上げる。

「……デルムッドも?」
「もちろんそうだ」

 それは嘘ではなかった。ついさっきまでの自分なら、素直にそうは思わなかったかもしれない。しかし、固い鎧に覆われた彼女の心の一部を見てしまった今は、はっきりと言葉にすることができる。
 だが、ラクチェはきっとした表情でデルムッドを睨みつけた。

「うぬぼれないで。あなたにわたしが守れるわけないでしょう!」
 そう言葉を投げつけると、勇者の剣を手にその場を走り去る。

 彼女の言葉に、不思議と腹はたたなかった。
 それよりも、ラクチェの心の痛みに触れた今、それまで経験したことのない、せつなく苦しい思いが彼の胸を占めている。

 その感情がなんなのか、まだデルムッドにはわからなかったけれど……。






--------------------------------------------------------------------------------




 ついにガネーシャ城まで攻め上ってきた解放軍は、城を守るわずかな兵を前に、最後の攻撃をしかけていた。
 デルムッドも、レスターの援護を受けながら敵将ハロルドに一撃をあびせる。反撃を避けて一時離脱した彼の前に、斧を振りかざしたアーマーが現れた。いつのまにか、背後に忍び寄っていたらしい。

 ―――避けられない!

 思わず覚悟を決めたデルムッドの目の前で、突然その兵は前のめりに倒れ込む。
 崩れ落ちた敵兵の影から、小柄な少女が姿を現した。

「ラクチェ…」
「背中が留守になってたわよ。あいかわらず前しか目に入らない、悪い癖ね」
「ああ、助かったよ。悪いな」

 こんな言葉を素直に口にできる自分にちょっと驚いている。以前だったら、負け惜しみの一つも言っていたところだ。

 やがて敵将が討ち取られると解放軍の戦士たちは、それぞれ城内へと集結し始めた。
 デルムッドは、自然とラクチェと並んで歩いていた。

 頬にふと暖かな風を感じた。北方のイザークにも、ようやく春が訪れようとしている。
 ガネーシャ制圧という一つの目的を果たして、やっとそんなことに気づく余裕も出てきたのだ。

「あれから考えたんだけど…」
 前を見たままラクチェが言う。

「何を?」
「デルムッドになら守られてもいいかなって」
「ラクチェ……」

 思いもよらないセリフに、デルムッドは次の言葉を失った。そんな彼を、からかうような黒\い瞳が見上げている。

「もっとも、守る事ができれば…だけど?」
「あいかわらずかわいくない女だな」
「女って認めてくれるの? だいぶ進歩したのね」

 交わす言葉は以前と変わらなかったが、周囲を包んでいる空気はずいぶんと柔らかく暖かい。それが季節のせいだけではない事に、すでに二人は気づいていた。

 ラクチェ――
 そう呼びかけようとして、デルムッドは思いとどまった。言葉にしたら壊してしまうような気がして、なんとなくこわかった。
 たぶんラクチェも同じ思いなのだろう。何も言わず隣を歩いている。

 春を告げる風の中で、今までとは違う何かが始まったのを二人は確かに感じていた。




<END> 



[69 楼] | Posted:2004-05-22 16:41| 顶端
雪之丞

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  旧サイト閉鎖時にMoon Garden様にもらっていただきましたデル君災難話です




★☆ デルムッドに愛の手を ☆★



--------------------------------------------------------------------------------

-1-



 ティニーがその青年と出会ったのは、剣の音が響き合う戦場の真っ只中だった――。

 ついこの間、解放軍に加わったばかりのティニーは、慣れぬ戦場で自分の部隊を見失い、混乱の中でただ身をすくめたていた。
 土煙が舞いあがる周囲には、騎兵の姿しか見えない。

「危ない!」
 突然近くで大きな声が聞こえた。それと同時に、ティニーの身体は誰かの腕に抱えられ、気が付くと馬上に引き上げられていた。

「あの…」
 振り返ろうとしたティニーの視界に、敵の槍騎士の姿が映る。
 だが、ティニーを救い上げた騎手は巧みに手綱を操り、彼女をかばいながら一撃の下に敵兵を切り捨てた。

「だめじゃないか、こんなところに来たら」
 すぐ後ろで聞こえた声に、ティニーは我に返った。あわてて半身をひねり、自分を助けてくれた人を振り返る。
 すぐ目の前に、まだ若い青年の顔があった。

「君は魔道士だろう? 歩兵部隊は後方で、待機しているはずだ」
 やわらかな金の髪の青年が言う。
 心配そうに自分を見つめる澄んだ瞳。叱咤する言葉とはうらはらな優しい声…。
 異性にこんな近くで接するのが初めてのティニーは、ぼうっとした表情のまま、目の前の青年をただ見つめているだけだった。

「わたし…迷ってしまって……」
 やっとそれだけを言う。
 ティニーの言葉に、青年は初めて笑顔を見せた。

「わかった。そこまで送ろう。つかまって」
 彼女の手にも手綱を握らせると、青年は馬を駆り後方部隊へと向かう。
 青年の両腕の間に挟まれて、ティニーは胸の高鳴りを抑えることができなかった。

 その青年が馬に乗\っていたことはポイントが高かった。女の子はいつでも白馬の王子様に憧れる…ことになっているらしい。(もっとも彼が乗\っていたのは栗毛の馬だったが)
 そして片腕で軽々と自分を抱き上げた逞しい腕。今まで彼女が接したことのないそのワイルドな魅力に、お嬢様なティニーはすっかり虜になってしまった。

 歩兵部隊の待機する場所でティニーを降ろすと、そのまま青年は戦場に戻ろうとする。

「じゃ、気をつけるんだよ」
「あっ、待ってください。お名前を・・・」
「え?俺の名前かい? デルムッドだ」

 さわやかに微笑んで去って行く青年の後ろ姿を見つめながら、ティニーはうっとりとした表情でつぶやいた。
「デルムッド様・・・」
 その瞳はすでに恋する乙女のそれであった。


 そして次の日、解放軍の中ではちょっと変わった光景が繰り広げられていた。
「デルムッド様、デルムッド様」
 まるで卵から孵ったばかりの雛が親鳥のあとを付いてまわるように、ティニーはデルムッドの側を離れなかった。
 そして、ティニーのことを密かに「かわいい」と狙っていた男性陣は、あっけにとられてその様子を見守っていた。

 デルムッドもまた、こんなふうに慕われるのは決して悪い気はしなかった。彼女の見るからに儚げな容姿とあぶなっかしい行動は、正義感の強い彼の庇護欲を激しく刺激した。デルムッドは弱い者を放ってはおけない性格だったのである。
 自分が側に付いていてあげなくては、彼女はまたこの間のように敵の真っ只中に一人で迷い込んでしまうかもしれない……。
 ラクチェやラナといった、しっかりした(しすぎた?)女の子達を見慣れていた彼の目に、ティニーという少女がとても愛しい存在に映った。
 その時すでに、デルムッドも恋に落ちていたのかもしれない。

 ともあれ、二人が誰もが認めるらぶらぶの恋人同士になるまでに、そう時間はかからなかった。

 一見、彼らの前途は薔薇色に見えた。だがこの後、さまざまな災厄が自分に降りかかるのを、デルムッドが知る由もなかった。

 
★☆ デルムッドに愛の手を ☆★



--------------------------------------------------------------------------------

-2-



 解放軍の戦いも終盤を迎え、次はいよいよフリージ攻略を目指そうというある日のこと。デルムッドは、可憐な恋人が浮かない表情でため息をつくのを見逃さなかった。

「どうしたんだ、ティニー。何か心配事でもあるのか?」
「デルムッド様…」
 愛しい人の顔を見て、一瞬ティニーも笑顔を見せる。だが、それはすぐに元の沈んだ表情に戻ってしまった。

「そういえば、フリージは君の母上の生まれ育った国だったな。もし、戦うのが辛いなら、無理することはないよ」
「いえ、違うんです。私、伯母のヒルダのことを考えていて…」
「ヒルダ? あのクロノス城主だった女のことか?」
「ええ……」
 そしてティニーは、母と自分がヒルダから受け続けたしうちを、ぽつりぽつりと語りだした。

「クロノス城でアーサー兄さまがわたしの代わりにヒルダと戦って下さったんですけど、あと一歩のところで逃げられてしまって…」
 訴えるティニーの瞳には涙がにじんでいる。

「ティルテュ母様は、ヒルダに殺されたようなものなんです。わたし、あの人だけは自分の手で倒したい」

 ティニーはむやみに人を恨むような少女ではない。その彼女にここまで言わせるのだ。そのヒルダという女は、悪魔のようなやつに違いない。
 デルムッドはまだ見ぬその女に闘志を燃やした。

「わかった、ティニー。ヒルダは俺が倒す」
「えっ?」
「君の敵は俺の敵だ。君の母上の仇は、必ず俺がとる」
「デルムッド様……」
 感激に瞳を潤ませるティニーを、デルムッドは強く抱きしめた。



「ほほほ。来たね、ティニー」
 フリージの城門を守るかのように、その女は立っていた。
 そして、ティニーをかばって前に進み出たデルムッドに、見下したような視線を向ける。

「なんだい、そんな男しか見つけられなかったのかい。やっぱりあの女の娘だねえ」

 ―――この女はやはり倒すべき相手だ

 ヒルダの言葉に、デルムッドは決意を新たにした。

「ティニー。下がっているんだ」
 恋人を安全な場所まで後退させると、デルムッドはヒルダに向かって剣を構えた。
 その様子を見てヒルダが炎の魔道書を掲げる。おそらくエルファイアーだろうとデルムッドは思った。その魔法ならすでに何度が対戦したことがある。彼には勝算があった。

 指先から魔法が放たれようとした時、ふと違和感を感じてデルムッドは愛馬の手綱を駆り、横に飛びのいた。何度も生死の境目をかいくぐってきた、戦士としてのカンとしか言いようがなかった。

 直前までデルムッドがいた場所で、大爆発が起こった。魔法が直撃したあたりの地面が深く抉り取られて、巨大なクレーターと化している。

 ―――な、なんだ、この魔法は…

 命中率はさほど高くなさそうだが、破壊力はエルファイアーの比ではない。もし当たったら、魔法防御の低い自分などひとたまりもないだろう。
 この時初めてボルガノンを目にしたデルムッドは、冷たい汗がこめかみをつたうのを感じていた。

 しかし、今更後戻りなどできようはずもない。デルムッドは、一度交わした約束を破ることなど絶対にできない、義理堅い男だった。

 ―――反撃を受ける前にカタをつけるんだ

 ヒルダが再び呪文を唱え始めるのを見て、デルムッドは一気に懐に飛び込んだ。そのままヒルダに向かって剣を振り下ろす。

 びし!びし!びし!ばし!びし!

 クラスチェンジして身に付けた連続のスキルが、上手い具合に発動した。

「な、何するんだい! 痛いじゃないか!」

 ヒルダが何かわめいているようだが、デルムッドの耳には届いていない。そして、ヒステリックなまでに続けざまに剣を振り下ろす。その様子を遠くでティニーが心配そうに見つめている。

 どががががががっっ!!!

 使い込まれた銀の剣がついに必殺の一撃を放った。

「くーっ、くやしい…」
 恨みの声を残しヒルダが崩れ落ちる。それを見て、デルムッドは大きく息をついた。

 ―――父上、感謝します!

 ヒルダに勝つことができたのは、自分の持っている連続のスキルと、そして何よりも父から受け継いだ★100の付いた銀の剣のおかげによるのは明らかだった。
 形見の剣を胸に抱き、デルムッドは空の彼方の父に深く感謝の祈りを捧げた。

「デルムッド様!」
 走り寄ったティニーが心配そうな瞳で見上げる。

「おけがはありませんか?」
「大丈夫だよ、ティニー」
「よかった…。デルムッド様になにかあったら、わたしも生きていられません」
 そう言ってデルムッドの腕に縋りつくティニー。彼女のその一言を聞いただけで、全ての苦労が報われる思いがする。

 ―――だが、デルムッドの受難はまだ始まったばかりだった……。




 
★☆ デルムッドに愛の手を ☆★



--------------------------------------------------------------------------------

-3-



 バーハラとフリージのちょうど中間あたりの平原で、デルムッドは今、ティニーと二人だけでイシュタルと対峙していた。姉と慕う従姉と、戦う前にどうしてももう一度話がしたいという、ティニーの涙の訴えに抵抗できなかったのだ。
 かなり危険な賭けだと思ったが、万が一の時はこの身に代えてもティニーを守ってみせる。そう決意していた。

 おそらくイシュタルは一人で来るだろうとのティニーの予想通り、他には誰の姿も見えない。

「お願いです、イシュタル姉さま。もう、こんなことはやめて下さい。わたし、姉さまと戦いたくありません」
 イシュタルに向かって、ティニーは必死で語りかけている。

「解放軍の方達は、みんないい人ばかりです。きっと、姉さまのことも暖かく迎えて下さいます」
 だがティニーの言葉を聞いても、イシュタルの表情に変化は現れなかった。

「かわいそうに、ティニー。すっかり洗脳されてしまったのね」
 冷たい視線が突き刺すようにデルムッドに向けられる。
 おそらくこの男が、かわいいティニーをたぶらかした張本人なのだ。

「こんなヤンキーみたいな男のどこがいいの? あなたは騙されているのよ、ティニー」

 ―――フリージの人間は失礼なやつばかりだ(ティニーは別だが)

 デルムッドは内心、密かにむっとしていた。
 それはティニーも同じだったらしい。彼女にしては珍しく憤った表情で、イシュタルに反論する。

「そんな言い方、ひどいわ! ヤンキーなんて…」
 言いかけて、ふと考え込むような表情をする。
「…ヤンキーって………何ですか?? お姉さま」

 イシュタルは倒れ込みそうになる自分をかろうじて抑えた。
 この世間知らずの従妹は、昔からこういう大ボケなところがあったけど、反乱軍に入ってもその本質は少しも変わっていないらしい…。

 ―――だから、こんな男に引っかかるのよ

 やはり自分が目を覚まさせてあげなくては…。
 使命感に燃えたイシュタルは、気を取り直し再びティニーに語りかけた。

「とにかく…。そんな男のことは忘れて、わたしのところに戻っていらっしゃい。今ならユリウス様も、きっと許して下さるわ。また以前のように、仲良く手を取り合っていきましょう」
「いやです。わたしはデルムッド様を愛しています。お側を離れたくありません」

 ―――このわたしの申し出を拒絶するなんて!

 すっ…と細められたイシュタルの瞳が冷たく光る。実は彼女のプライドは、エベレストよりも高かった。似てはいなくても、ヒルダの血は確かにイシュタルの身体にも流れていたのである。

「そう…。じゃあ仕方ないわ。ユリウス様に仇なす者は、たとえ妹同然のあなたでも容赦はしない……」

 それ一つで軍隊を全滅させることもたやすいという、最大級の雷魔法トールハンマー。その魔道書を、イシュタルはゆっくりと取り出した。
 その様子を見て、デルムッドの顔に緊張が走る。

 ―――どうしてティニーの関係者は魔道士ばかりなんだ!

 いまいましい思いで雷神の異名を持つ少女を見つめた。
 斧戦士とは言わないが、せめて剣や槍を武器にする者が相手だったら、恐れることなど何もないのに…。
 実は魔防4のデルムッドは、心の中で舌打ちをした。

 しかしこうなっては戦う以外に道はない。
 無謀\なのは百も承知で、ティニーを守るため、デルムッドはイシュタルに向かって馬を走らせた。
 そんな彼をあざ笑うかのように、イシュタルが魔道書を振りかざす。
 呪文の詠唱と同時に、無数の光の矢が黄金の竜となってデルムッドに襲い掛かった。

「きゃあああ! デルムッド様!!」

 ティニーの目の前でデルムッドはトールハンマーの直撃を受け、地面に叩きつけられた。
 デルムッドは死んではいなかった。しかし、HPの残りは2。まさしく瀕死の状態だった。

「ティニー……君だけでも逃げるんだ………」

 そんな状態にありながらも恋人の身を案じてうわごとのようにつぶやくデルムッド。その声を聞いた時、ティニーの身体の奥底から、今まで経験したことのない強い感情が湧き上がってきた。

「姉さま…ひどい……」

 ティニーの全身から、銀色のオーラが立ち上っている。

「姉さまのばかぁーーーーーーーっ!!!」

 轟音と共に、すさまじい電撃がイシュタルを襲った。
 恋人とカリスマの支援効果を受けた「怒り」のトローンは、たった一撃で雷神と呼ばれたイシュタルを戦闘不能に陥らせるに充分だった。

 恐ろしいまでの静寂の中で、一瞬ティニーは我を失っていた。
 だが、自らの手で敬愛する従姉に重傷を負わせてしまったショックから素早く立ち直ると、あわててデルムッドの側に駆け寄った。
 自分のわがままのせいで、何よりも大切な人をこんな目に遭わせてしまった。デルムッドにもしものことがあったら、自分も後を追おう。そう思い、彼に取り縋った。

「デルムッド様、しっかりして下さい!」

 その声に、彼がうっすらと目をあける。

「ごめんよ、ティニー。俺が頼りないばかりに、君の大切な従姉を君自身の手で……」
「いいんです。デルムッド様さえ無事なら、わたしは…」

 自分を責めるどころか、こうして気遣ってくれるデルムッドの優しさに、ティニーは胸がいっぱいになった。
 彼女の大きな瞳から、涙がいくすじも零れ落ちる。泣きながらライブの呪文を唱えるティニーのいじらしい姿を見て、デルムッドもまた改めて彼女への愛おしさが募るのを感じた。

 だが、彼の受難はこれで終わりではなかった……。




 
★☆ デルムッドに愛の手を ☆★



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-4-



 彼に呼び止められた時、デルムッドははっきりと嫌な予感がした。今まで彼が何も言ってこないことのほうが、よほど不思議だったのだ。

「ティニーは僕の大切な大切な宝物なんだ」
 どこかで聞いたようなセリフを口にするアーサーは、HP満タンのくせに、すでに「怒り」のスキル発動の兆候が見うけられた。
 ティニーもそれを感じるのか、心配そうな表情で、恋人と兄をかわるがわる見つめている。

「やっとこれから二人っきりで仲良く暮らそうと思ってたかわいい妹を、君のような魔力も魔防も一桁の男に渡すわけにいかないんだよ」

 押し殺したような声で、何の脈絡もないことを口走るアーサー。それがかえって彼の怒りの度合いを表しているような気がして、デルムッドは背筋を冷たいものが走るのを感じた。
 雷神イシュタルを倒した時の、ティニーの「怒り」のスキルのすさまじさをふと思い出す。彼女の兄アーサーにも、それは確実に受け継がれているはずだ。

「勝負だ、デルムッド!」
 アーサーは派手にマントを放り投げ、懐から魔道書を取り出した。見るからに使い込まれたエルファイアーの書。それが幾人もの敵の命を奪うのを、この戦いの間中デルムッドは間近で見てきたのだった。

 ―――今度こそ本当に命がないかもしれない……

 やっと戦いが終ったというのに、こんなところで命を落とすなんて…。
 デルムッドは無念さに、唇をかみしめた。

 それよりも残されたティニーがあまりにも可愛そうだ。自分が死んだ後、彼女はちゃんと立ち直って、生きていけるのだろうか……。

 これまでの人生が走馬灯のように頭の中を駆け巡った時、救いの手は思わぬところから現れた。

「なにやってんのよ、アーサー!」

 ★200は軽く付いているであろう細身の槍を手に、仁王立ちになっているフィーがそこにはいた。
 口には出さないが、その顔には「このシスコンが!(怒)」とはっきり書いてある。

「フィー…」
 振り返ったアーサーの顔は、心なしか青ざめている。

「誰と二人っきりで暮らすのよ。さっきあたしに言ったあの言葉はなんだったの!」
「ち、違うんだ、フィー…」
「さっさとヴェルトマーに行くわよ。それ以上バカなことやってると、あたしお兄ちゃんと一緒にシレジアに帰るからね」
「フィー! ま、待ってくれよ!!」

 なんのかんの言っても、結局フィーがいなくては生きていけないくらい彼女を愛しているアーサーは、必死で後を追った。

 その様子を呆然と見守っていたデルムッドとティニーは、アーサーの後ろ姿が見えなくなった頃、ようやく我に返った。
 そして、互いの目を見つめ合う。

「ティニー…」
「デルムッド様…」

 二人はひしっと抱き合った。





--------------------------------------------------------------------------------



「何を見ていらっしゃるのですか、デルムッド様」

 デルムッドはバーハラの城郭の縁に腰掛けて、ぼんやりと遠くを眺めていた。かけられた声に振り返ると、そこには彼の恋人がかわいらしくこちらを見ている。

「イザークはあっちの方角かな…と思って。ティルナノグを発ってから、もう一年になるんだな」

 デルムッドの視線を追ってティニーも、自分の知らない遠い国に思いを馳せた。そしてふと思い出したような表情をする。

「あの……さっきはごめんなさい。兄さまが…」
「ああ、気にしなくていいよ。君のせいじゃない」

 それでもすまなそうな表情でその場に立ったままのティニーを、デルムッドは自分の側に招き寄せた。
 すすめられるままデルムッドの膝の上にちょこんと座ったティニーは、真剣な表情で話し始めた。

「兄さま、あんなこと言ってましたけど、本当はフィーさんに夢中なんです。わたし、ちゃんと知ってます」

 確かに必死でフィーの後を追いかけて行った姿を思い出すと、その言葉は真実にも思える。

「だからきっと、ふざけただけだと思うんです。兄さまを嫌いにならないで下さいね」

 さっきのアーサーがふざけていたとは、デルムッドにはとても思えなかったが、ティニーの気持ちを思いやりあえて否定はしなかった。
 それに、またアーサーがおかしな気を起こしたとしても、フィーがいる限り大丈夫だろう。そう自分に言い聞かせる。

「二人とも、今ごろヴェルトマーに向かってるころかな」
「そうですね。きっともう仲直りしてると思います」
「それより、ティニー。本当に俺とアグストリアに行ってくれるのか?」
「はい! わたし、デルムッド様と一緒なら、地の果てだって平気です」

 腕の中で、にっこりと微笑んで自分を見つめるティニー。デルムッドはこの時、心の底から幸福を実感していた。
 これで全ての障害は取り除かれたのだ。後は薔薇色の未来が待っている。そう信じて疑わなかった。

 だがこの後、最大の災厄が彼を襲うのである。


 
★☆ デルムッドに愛の手を ☆★



--------------------------------------------------------------------------------

-5-



「今、なんとおっしゃいました? セリス様」
 デルムッドは、唖然とした表情で目の前で微笑む光の皇子を見た。

 ここは、バーハラ王宮の謁見の間。ティニーと共にアグストリアに向かうことを報告に、デルムッドはこの場所を訪れたのだった。

「だからね、ティニーにはフリージを治めてほしいんだ。アーサーはヴェルトマーを継ぐから、フリージにはティニーしか残されていないだろう? 彼女をアグストリアに連れて行かれちゃ困るんだよ」
 かんでふくめるようにセリスが言う。

「はあ…、そうですか……」
 アレスを助けてアグストリアの復興と統一を成し遂げるのがデルムッドの目標だったが、そういうことであれば予定変更もやむをえない。
 ティニーと一緒に暮らせるなら、別にアグストリアでなくたってどこだってかまわないのだ。

「わかりました。では私がティニーと共にフリージに参ります」
「いや、それも困る。君にはぜひアグストリアに行ってもらわないと」
「セリス様??」
「アレスはきっと立派な王になることだろう。だが、気が短いのが彼の最大の欠点だ。暴走したアレスを止めることができるのは、ナンナと君だけなんだからね」
 その言い分に、デルムッドは開いた口がふさがらなかった。

「し、しかし…」
「あ、ナンナからの伝言があるんだ。『一足先にアグストリアで待ってます。夫婦喧嘩の時はわたしの味方をして下さいね、兄さま(はぁと)』・・・だってさ」
 確かに目に入れても痛くない大切なかわいい妹だが、今回ばかりはほんの少し恨めしい。

「でもセリス様、ティニー一人でフリージを治めるなんて無理です!」
「ああ、それなら心配いらないよ。アミッドとリンダが補佐してくれるから」
「だったら最初から二人にまかせればよろしいのではありませんか!?」
「デルムッド……」
 セリスは大仰にため息をつくと、深刻な表情を作って見せた。

「この戦いでフリージ家の直系の血筋は絶えてしまった。少しでも本流に近い者に国をまかせる。それが僕の基本方針なんだ。
 君の気持ちは痛いほどよくわかるよ。でも世界の復興のため、僕はあえて心を鬼にすることにしたんだ」
 もっともらしく言っているが、それが本心かどうか甚だあやしい。

「なにもずっとこのままってわけじゃない。それぞれの国が落ち着いたら君がフリージに行くなり、ティニーを呼び寄せるなりすればいい。少し離れていたくらいで壊れるような絆じゃないんだろう? それとも…」
 セリスはわざとらしく間をとった。

「この僕の頼みが聞けないっていうのかな? デルムッド?」

 セリスはにっこりと微笑んだ。しかし、その瞳だけが笑っていないことを、デルムッドはよく知っている。
 生まれついての王者の威厳とでもいうのだろうか。昔からデルムッドはこの光の皇子に逆らえたためしがなかった。
 目の前のセリスが、だめ押しのようにに~っこりと微笑む。

 天使の笑顔の影に、悪魔のしっぽが見えた・・・。



「セリス様、お疲れさまでした」
 謁見を終え、自室でくつろいでいるセリスの元へ、ユリアがお茶を運\んできた。
「ありがとう、ユリア」
 カップを受け取り、目の前で微笑むユリアを見つめる。
 レヴィンもいずこへか去り、これからは誰にも邪魔されずに、このかわいい妹とふたりっきり。そう思うと、セリスはうきうきする心を抑えることができない。

「でも、少しデルムッドがかわいそうでした」
 そう言って、ユリアが表情を曇らせた。

「いいんだよ、これも二人の愛を深めるための試練さ」
「そんなことおっしゃって、本当はデルムッドにやきもちを妬いていたんじゃありません? ティニーのことを好きだったんでしょう? セリス様」
 ちょっとすねたように言うユリアを、かわいくてたまらないというふうにセリスは抱きしめた。

「なに言ってるんだよ、ユリア。僕には君がいるのに」
「セリス様ったら・・・(ぽっ…)」

 ちょっと危ない兄妹であった。



 結局デルムッドは、一年ほどでフリージに行くことができた。離れていた間中、毎日のように手紙のやりとりをしていた二人の愛は、セリスの思惑通り?さらにさらに深いものとなった。
 そして二人は、周りが冷やかすのもばからしくなるほどらぶらぶな夫婦として生涯を過ごしたのだった。

 だが心優しき聖王セリスは、時折デルムッドに愛の試練を与えるのを忘れなかったという(^^)





<おわり>  

1999.7.5  



[70 楼] | Posted:2004-05-22 16:43| 顶端
雪之丞

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- silent night -



 バーハラの中空に月が差しかかろうとしている。
 それを窓から眺めながら、ファバルはふとため息をついた。

 ―――そろそろ行かないとラナが変に思うかな…

 ファバルは重い腰を上げ、扉へと向かった。いつもなら待ち遠しくてたまらないこの時間が、今夜だけは永遠に訪れてほしくない。
 扉を開け廊下に出ると、隣の部屋から出てくる誰かの姿が見えた。
 それは妹のパティだった。パティはここのところ毎晩のように、恋人のレスターの部屋を訪ねているようだった。

「あれ。お兄ちゃん、まだラナのところに行かなかったの?」
「あ、ああ。これから行くところだ」
「ふ~ん…」

 パティは探るような視線を向けると、さらに問いかけた。

「それより、お兄ちゃん。ラナにちゃんと話したの?」
「話したって、何を」
「決まってるでしょ。一緒にユングヴィに行こうって、ちゃんと言わなきゃだめよ」
「ばっ、ばか。なんでそんなこと俺が…!」

 真っ赤になって反論する兄をさえぎるようにパティは続ける。

「あたしがお兄ちゃんの気持ちに気づかないとでも思った? こういうことはね、はっきりと言ってあげないとだめなんだから」
「……俺とラナは、そんなんじゃない」
「お兄ちゃん?」
「それに…」

 ―――どうせあいつはバーハラに残るんだ。セリス皇子と一緒に…

 セリス皇子とラナ。幼い頃から共に育ったという彼らは、誰の目にも似合いの二人として映っていた。セリスが王となった暁には、ラナを王妃として迎えるのだろうと噂する者も少なくない。

 光の皇子と呼ばれるセリスと聖なる力を持つラナ。どこまでも清らかで気高い輝きに包まれた二人は、ファバルにとって遠い世界の住人に思えた。

 ―――所詮、俺とは違う人間なんだ

 そう自分に言い聞かせると、ファバルはまだ何か言いたそうな妹を置いて歩き出した。

「お兄ちゃん!」
「人のことよりおまえこそ、明日はレスターとヴェルダンへ発つんだろう。準備はちゃんとできてるのか」
「あたしは大丈夫。お兄ちゃんといっしょにしないでよ」

 話している間にも、どんどん遠ざかって行く兄の背中に向かってパティが叫ぶ。

「今日が最後なのよ、お兄ちゃん!」

 ―――今日が最後…

 そう…。自分もまた、明日にはバーハラを離れる。

 ―――ラナに弓の手入れをしてもらうのも、今日が最後か

 だから先延ばしにしていたのだ。いつもならラナに会いたくて、彼女が弓を持って来るのを待ちきれずに彼女の部屋へと訪ねて行くのに。
 今夜ラナから弓を受け取ったら、もうそれで最後。彼女との絆はそこで断ち切られてしまう。

 自分とラナを繋ぐ唯一の絆、聖弓イチイバル。
 ファバルの持っている弓が、ユングヴィの至宝イチイバルであることに最初に気づいたのがラナだった。

 ―――この弓は、わたしの母があなたのお母様に渡すために
    命をかけて守りつづけたものなのよ

 そう言って、とても大切な宝物を扱うようにそっとイチイバルに触れた。

 その日以来、イチイバルを手入れするのはラナの役目となった。それは彼女自身の希望でもあった。
 戦いが終わるとラナはファバルから弓を受け取り、丁寧に心をこめて磨き上げた。そしてそれを再びファバルの手へと返す。
 それが毎晩繰り返された。

 ラナが手入れをした弓を使う時、ファバルは彼女の聖なる祈りに守られているような気がした。
 敵のどんな攻撃も、自分には決して当たらない。その確信の下に、迷うことなく矢を射ることができた。自分がこうして戦いぬいてこられたのがラナのおかげだということを、ファバル自身が一番よく知っていた。

 やがてラナの部屋の前に来ると、ためらいがちに扉を叩く。だが、しばらく待っても返事がない。不審に思ったファバルが中をのぞくと、中にラナの姿はなかった。

 ―――入れ違いになったのかな…

 いつもより来るのが遅かったため、ラナが弓を持って自分の部屋へ向かったのかもしれない。そう思いファバルが引き返そうとした時、冷たい風が奥から流れてくるのに気づいた。
 それに誘われるように中に足を踏み入れると、庭へと通じる大きなガラスの扉が少し開いている。ファバルは扉を開け、テラスから庭へ降りてみた。

 中庭には、何種類もの樹木が一定の間隔で植えられている。月と星の明かりだけに照らされたそれらは、まるで迷路のようにファバルの前に立ちはだかって見えた。
 おそらくこの庭のどこかにラナはいるのだろう…。彼女の姿を探して、ファバルは歩き出した。


「ファバル?」
 木々の間をさまよっていると、不意に背後から声をかけられた。振り返ると、驚いたような表情のラナがこちらを向いて立っている。
 やわらかな金の髪と白いローブ。闇の中に光を見つけたような気がして、ファバルは思わず走り寄った。

「探したぜ。部屋にいないから何かあったのかと思って」
「ごめんなさいね。星がすごく綺麗だったから、つい……」

 星なんかより、ラナの瞳の方がずっと綺麗だ…。彼女の澄んだ瞳を見てそう思う。
 そんなファバルの胸の内には気づかずに、ラナは大事そうに抱えていたイチイバルを彼に向かって差し出した。

「はい。…もうこれを使わなくてすむ世の中になるといいわね」

 受け取ろうとして伸ばしかけた手を、ファバルは途中で止めた。

「それは、おまえが持っていてくれ」
「えっ?」

 思いもよらぬ言葉に、ラナが瞳を見開く。

「何を言うの、ファバル。これはあなたの弓よ」
「俺は、イチイバルを持つに値しない…」

 視線をそらしたまま、苦しそうな表情でファバルは続けた。

「俺は以前、金のために帝国の手先になった人間だ。本当は、その弓を持つ資格なんかない。聖なる弓の持ち主は、おまえのほうがふさわしいんだ」

 それはずっとファバルの心にわだかまっていたことだった。たとえどんな理由があるにせよ、帝国側に雇われ解放軍に矢を向けた――そのことを思うと自分が許せなかった。

 その一方で、ラナとの絆を何か一つでもいいから残しておきたいという思いもあった。イチイバルを見るたび、ラナは自分のことを思い出してくれるだろうか…。

 だがラナは、ファバルの固く握り締めた拳を両手でそっと包み込んだ。

「そんなことないわ。あなたは子供達を守ろうとしただけ。心まで売り渡したわけじゃない。わたしはちゃんと知ってるわ。だから…」

 ふと口をつぐみ、そして決意したように再び続ける。

「だから、あなたを好きになったの」
「ラナ……」
「あなたはわたしの誇りよ、ファバル」

 ファバルの瞳を見つめたまま、ラナは静かに言った。

「本当はね、今夜あなたにこの弓を渡すのが恐かった。イチイバルを返してしまったら、もうあなたに会う理由がなくなってしまう。そう思ったら、自然と足が外に向いてしまったの」

 その告白に、ファバルはただ呆然とラナを見つめるだけだった。それでは自分達の気持ちはすでに一つだったのだろうか…。
 そう思った時、決して口にするまいと思っていた言葉が、自然と口をついた。

「俺と一緒に…ユングヴィに来てくれるか……?」
「ええ」

 ファバルの震える声に、ラナはきっぱりと答を返す。

「エーディン母様がずっとそうしてきたように、わたしもこの弓を守っていきたい。あなたの側で…」

 まっすぐなラナの瞳に引き寄せられるように、ファバルはイチイバルごと彼女の身体を抱きしめた。
 抱きしめているのは自分の方なのに、ラナの優しい手に抱かれ、守られているような思いがした。

「ごめん、俺…嬉しくて…」

 やがて身体を離すと、少し照れたようにファバルが言う。そんな彼を、ラナの微笑が包み込んだ。

「わたし達、ずっと一緒よね。ファバル」
「ああ」

 離れ離れになってしまった母達の分まで、どんな時も寄り添い共に生きていく。心の中で聖なる弓に誓い合った。

 言葉にはしなくても、出会った時から同じ想いを育んできた……。そんな二人を祝福するかのような、深く静かな夜だった―――



<END> 

1999.7.6 



[71 楼] | Posted:2004-05-22 16:44| 顶端
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午 睡


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 扉の開く音にデルムッドが振り返った時、そこには憮然とした表情で立っている王の姿があった。

「会見は終えられたのですか?」
 一抹の不安を抱えつつ、デルムッドはあまり機嫌のよくなさそうな訪問者に問いかけた。
「一時、中断だ」
 短く答えると、アグストリア王はつかつかと部屋の中に足を踏み入れる。
 デルムッドの横を通りすぎながら、テーブルの上に山積みになっている書類にちらりと目をやった。
「おまえも相変わらず忙しそうだな」
 そのまま続きになっている奥の部屋へ入っていくと、寝台の上にどさりと身体を投げ出して仰向けに寝転がる。
 後を追ってきたデルムッドが、その様子を見て小さく息をついた。

「お休みになられるのなら、ナンナのところに行かれたほうがよろしいのでは?」
「俺がここにいると迷惑か」
「そんなことはありませんが…」
「こっちの部屋の方が近いんだ」
「陛下…」

 デルムッドがそう言いかけたとたん、主君の眼が鋭い光を帯びた。

「そんなふうに俺を呼ぶな!」

 起き上がりざまそう怒鳴ると、怒りをあらわにした視線でデルムッドを睨み付ける。

「俺の前で、その言葉遣いはやめろと言っただろう! おまえまで、他のやつらと同じように俺を扱うな」

 憤ったその声が、彼の心中を物語っていた。
 玉座に登り、頭上に王冠を戴いた時から、彼の周囲から「友」と呼べる存在が失われていった。心を割って話せる唯一の味方さえ、家臣という名のよそよそしい存在に変わっていく。臣下としての礼をとられるたび、目に見えない壁に隔てられる思いがした。
 そのことに彼が苛立ちを感じているのは、デルムッドもとうに気づいていた。だが、まだ磐石ではない王座を完全なものにするには、王と対等な存在があってはならない。そう思っていた。

 きつい視線で自分を見据える王に、デルムッドはあきらめたようなまなざしを返した。

「アレス…」

 そして、彼が王位に就く前に呼んでいたように、その名を呼んだ。

「わかったよ、アレス。俺が悪かった。だから、寝るんならせめて靴を脱いでくれないか。そこは俺のベッドなんだから」

 アレスはまだ不服そうな顔のまま、しかしとりあえずデルムッドの言葉には従った。そして、脱いだ靴をやや乱暴に放り出す。
 ばらばらになったそれを揃えて足元に置くとデルムッドは、そのまま再び横になろうとしたアレスの肩を押しとどめた。

「上着も脱いだほうがいい。皺になる。この後も、会見が続くんだろう?」

 アレスはボタンを引きちぎるような勢いで上着を脱ぐと、デルムッドに向かって放り投げた。そして、うさ晴らしをするかのように、派手な勢いで倒れ込む。

「交渉はうまくいってないのか?」
 丁寧に上着をたたんで椅子の背にかけながら、デルムッドは問いかけた。

「むこうの条件はとてものめるものじゃない。全く、自分の立場をわかってるのか!あいつらは」
「大丈夫だよ。不正に領地を占有している証拠はいくつも押さえてある。正式な交渉の際にはむこうも譲歩するしかないだろう」
「その前に、俺はあの使者をミストルティンの餌食にするかもしれんな」
「たのむから、それだけはやめてくれよ。アレス」
 彼なら本当にやりかねない。そして、もしかしたらそれが相手の狙いかもしれない。

「俺もその場にいられればいいんだけど…」
 デルムッドは軽くため息をつく。
 本来ならこういった交渉の場には、デルムッドをはじめとする重臣達も同席するのが常識だ。だが相手は、王と使者との一対一の会見を要求してきた。警護の兵はいても、交渉の助けにはならない。

 デルムッドは寝台の端に腰を下ろし、アレスの顔をのぞきこんだ。神話から抜け出してきたような…とよく評される端正な顔に、無理やり抑え込んだ怒りの色が浮かんでいる。
 だが、そんな表情が一番彼らしいとデルムッドはひそかに思っていた。実際、こういう時の彼は無敵なのだ。

「ナンナが心配していた。何も話してないのか? アレス」
「よけいな心配をかけたくない。彼女だって毎日、俺に負けないくらい忙しい思いをしているんだからな」
「それを聞いたら怒るぞ。ナンナはどんな苦労も君と分け合いたいと思っているのに」
「だから、よけいに心配かけたくないんだ。それに……あいつの前で弱音を吐きたくない」
「おい…。俺の前ならいいのか?」
「できの悪い主君を持ったと思ってあきらめろ」

 そう言って、アレスは目を閉じた。そして、それきり静かになった。

「…眠ったのか? アレス」

 小声で問いかけても、瞳が開く様子はない。
 そういえば彼は昨日、ほとんど徹夜で書類の山と格闘していたのだった。もちろんデルムッドも付きっきりで手伝ったのだが、元々じっとしているのが苦手なアレスは、倍も疲れたことだろう。

「できの悪い主君だなんて、一度も思ったことはないよ」

 答えない主にそっと囁いた。
 自分がアグストリアに来た理由。そして、自分にとって唯一の王。
 生涯の忠誠\を誓った主君の顔を、デルムッドはもう一度見下ろした。

 剣によるアグストリアの統一がほぼ終結し、これからは政治という名のもっとたちの悪い戦いが始まる。ここでしばしの休息をとったら、彼は再び戦いの場に出かけていく。
 王のつかの間の安息を妨げないように、デルムッドはそっとその場を離れた。



[72 楼] | Posted:2004-05-22 16:45| 顶端
雪之丞

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翼抱く剣の住処


--------------------------------------------------------------------------------

 
-1-



 その見張り台の一角に腰を下ろし、アイラは空の彼方を眺めていた。
 彼女の両腕の中には、一振りの美しい剣がある。まるでそれを抱きかかえるような姿勢で、アイラははるか彼方にあるアグストリア城の方角を見、そして再び腕の中の剣に視線を転じた。

 白銀を基調とした色合いの、流線型を描く美しい剣。それは、シャガール軍との戦いが始まる前に、レックスから贈られた勇者の剣だった。
 この剣と共に戦場を駆けてすぐにわかった。レックスがどんなふうに自分のことを思っていてくれたか。どんなに自分を見つめていてくれたか…。

 その剣は、まるでアイラのために作られたような剣だった。
 たとえこの剣を贈られることがなくても、いずれは彼を愛するようになっていっただろう。今ではアイラにもそのことがわかる。
 しかし、それにはもっと時間がかかったはずだ。この剣は、どんな言葉よりも雄弁にレックスの心をアイラに伝えてくれた。

 だが、もうじきそれは思い出になる。レックスと別れシレジアに渡ったら、この剣だけが彼を愛した証になるのだ。

 アイラの脳裏に、今朝のレックスとのやりとりが蘇ってくる。

「アイラ。おまえは、俺を愛していると言ってくれた。なのにどうして結婚の申し込みを受けてくれないんだ?」
「自分の本当の気持ちに気づいたからだ」
「本当の気持ち?」
「わたしには帰るところがない。だから一時はおまえと共に生きようと思った。だがもし今、イザークに帰れるとしたら、国よりもおまえを選ぶかどうかわからない」
「アイラ……」
「この大陸を離れることになっていろいろ考えた。そして気づいた。わたしにとって一番大切なのは、やはりシャナンとイザークだ」
「…………………」
「それに気づいてしまった以上、おまえと一緒には行けない。……わたしの性格は知っているだろう?」

 自分に嘘のつけない女。国と男を秤にかけることなど絶対にできない、不器用なまでに誠\実な女。そんな彼女をレックスは愛したのだった。

「俺が、それでもかまわないと言っても?」
「すまない、レックス…」

 あの時のレックスのまなざしを思い出すと、さすがに胸が痛む。だが、それは自分が乗\り越えなければならない試練なのだ。アイラは、そう自分に言い聞かせた。

 物思いにふけっていた彼女は、背後に人が近づいてきたことにしばらく気づかなかった。声をかけられ、ようやく我に返る。

「アイラ…、ちょっといいかい?」

 振り返った先には、レックスの親友アゼルが困惑したような表情でたたずんでいた。この見張り場にたどり着くまで、さんざんアイラを探し回ったのだろう。
 その表情を見ただけで、彼が何を言いたいのかアイラにはもうわかってしまった。

「本当に……レックスは、あなたになら何でも話すんだな」
 アイラの言葉に、アゼルはますます困った顔を見せる。

「そんな顔をしないでくれ、アゼル公子。レックスに恨まれてしまう」
「レックス、ひどく落ち込んでいたよ。君の気持ちがわからないって」

 アゼルになら、すべてを話してもかまわないような気がした。それに彼はきっと、ここで語った内容をレックスには伝えない。アイラにはその確信があった。

「一昨日の夜遅く、レックスの元にドズルからの密使が来た」
「えっ?」
「レックスが窓越しに使いの者と話しているのを聞いた。…彼はわたしが眠っていると思っていたらしいが、わたしは物音には敏感なんだ」
 状況を理解して、アゼルの頬がうっすらと赤くなる。

「その男はレックスを迎えにきたようだった。彼はすぐに断ったが…」
 アイラはそこでいったん言葉を切り、やがてぽつりと言った。
「帰れるところがあるなら、帰ったほうがいい」
 そしてそれきり黙り込んだ。その言葉の重みに、アゼルもしばし声を失っていた。
 長い沈黙の後、ようやくアゼルが言葉を見つけながら話し出す。

「でもアイラ、それじゃあんまりだ。レックスは君のそんな気持ちを知らない。もし後で知ったらどんなに傷つくか…」
「わたしはもう、愛する者を失うのはいやなんだ」
「アイラ……」
「たとえ二度と会えなくても、彼にはどこかで生きていてほしい」
「…………………」
「全てを捨てるレックスに、わたしは何も返せるものがない」
「アイラ。レックスは見返りなんか望んでないよ」
 だが、アゼルの声など聞こえていないかのように、アイラは語り続ける。

「わたしとレックスは同じ魂を持っているんだ。だから彼の考えている事はよくわかる。口ではどんなふうに言っていても、彼が本当に自分の国を愛している事。そして、心の底では父親を憎みきれないこと。それがいやでもわかってしまう…」
 アイラは口元に苦笑を浮かべた。

「不思議なものだな。初めてレックスと話をした時、この男とだけは気が合うことはないだろうと思ったのに」
 懐かしそうな瞳は、すでに過去のことを語るまなざしだった。

「レックスは優しい男だ。たとえどんなに故郷に帰りたくても、わたしが頼んだら決していやとは言えないだろう。だからわたしの口から一緒に来てほしいとは、絶対に言えない。言ってはいけないんだ…」

 アゼルは絶望的な気持ちに陥っていた。アイラはもう心を決めてしまっている。そして、一度こうと決めた彼女の決意を翻すのは、自分にはとてもできそうになかった。

「でも……君はそれでいいの、アイラ。レックスと離れて、本当に生きていけるのかい?」
「わたしにはレックスのくれたこの剣がある。これがあれば生きていける」
 そう言って、美しい剣を愛おしそうに抱きしめた。
「アイラ…」
「アゼル。このことをレックスに話したら、わたしは一生あなたを恨むからな」

 微笑みながら言ったアイラの、その瞳だけが笑っていなかった。




翼抱く剣の住処


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-2-



 アイラの説得に失敗したアゼルは、胸の中に重いしこりを抱えたまま部屋へと向かって歩いていた。さっきアイラから聞いた話を、そのままレックスに伝えることはできそうになかった。

 アイラの言うことは間違っているような気がする。愛し合っているのに離れ離れになることがいいとはどうしても思えない。
 その一方で、レックスに安全な場所で生き延びてほしいと願う彼女の心も痛いほどよくわかった。それはそのままアゼルの願いでもあったから。
 レックスに迎えの者が来たという。たとえドズル家から反逆者を出さないことが目的だとしても、ランゴバルト卿がまだ息子を見捨ててはいないということだ。

 レックスの父ランゴバルト卿は、高潔とか温厚とかいった言葉とは程遠い人物だった。威圧的で独善的で、決して親しみやすい人柄ではなかった。しかし、自分の兄アルヴィスのように心の底から震えるような冷たさを感じたことはない。
 ヴェルダンによるユングヴィ侵攻の報を聞いて、逃げるようにヴェルトマーを後にしたあの時。いずれこんな形で兄と決別する日がくることを、アゼルは心のどこかで覚悟していたような気がする。兄はおそらく、自分を裏切った者を本心から許すことはないだろうから…。

 でも、レックスは違う。自分の国に帰れなくなる日がくることなど、彼は予想もしていなかったはずだ。
 口ではどんなことを言っていても、彼の本質はグランベルの貴族であり、ドズルの騎士だった。
 そして結局彼は自分の国と自分の家を愛していた。ことあるごとに父親に反発するレックスの態度にも、どこか甘えがあったようにアゼルは感じている。

 自分の元には、ヴェルトマー家から何の連絡もない。でも、レックスには迎えが来た。だったら、彼を自分の家に帰してやるのが親友としての務めなのかもしれない。それが彼をこの戦いに巻き込んでしまった自分の責任なのだ。
 部屋にたどり着く頃、アゼルはそう結論を出していた。



 だが、アイラやアゼルの思惑とはうらはらに、レックスは一向に軍を離れようとはしなかった。そして、とうとう堪忍袋の緒を切らしたアイラは、レックスに詰め寄った。

「レックス、いつまでここにいるつもりだ。さっさとドズルへ帰れ」
「どこにいようと俺の勝手だ。おまえの指図は受けない」
 苛立つアイラに、レックスはそっけない返事を返す。
 だが、やがて真剣な表情で椅子から立ち上がると、アイラの方に向かって歩いてきた。そのただならぬ様子にアイラは思わず後ずさろうとしたが、レックスはその両肩をつかんで離さない。

「どうして俺を拒むんだ、アイラ。おまえがいてくれるなら、俺は国も親もいらないんだ」

 その瞳には、真実だけがあった。
 アイラの心にもう一人の自分が囁く。これ以上、お互いに傷付け合う必要があるのだろうか。レックスがここまで言ってくれるのなら、その言葉に甘えてしまえばいい。
 その誘惑に流されそうになる自分を必死で抑えた。そんなことをしたら、いずれ自分を許せなくなるのがわかっていたから。

「ドズルから、迎えが来ているのだろう?」
「どうして、それを…」

 アイラは肩をつかんでいるレックスの手をそっとはずした。
「おまえはそれを追い返せずにいる。…イザークを侵略した国に心を残した男など、こちらから願い下げだ」
 この言葉がどんなにレックスを傷つけるか、わかっていてあえて言った。レックスの顔が蒼白になる。握り締めたこぶしが震えている。

「俺をそんな男だと思っていたのか…」
 押し殺した声には悲痛な色が潜んでいた。

「……わかった」
 低くつぶやき、レックスは背を向ける。

「親父に会ってくる。きっぱりと絶縁状を叩きつけて、そしてここへ帰ってくる。それなら文句ないだろう!」
「レックス!」
 アイラが止めるまもなく、レックスは部屋を飛び出した。開け放たれたままの扉を呆然と眺めながら、アイラはその場に立ち尽くしていた。

 ドズルとフリージの連合軍が駐留する場所まで、ここから往復で三日はかかる。レックスが戻ってくるころには、船はもうシレジアに向けて出航しているだろう。
 全ての船が出払った後、港は封鎖されることになっていた。シレジアに向かう船はもうない。そして何よりも、自分の元に戻ってきた息子を、ランゴバルト卿が再び手放すとは思えなかった。

 ―――もう、会えない。本当にこれが最後

 そう思った瞬間、アイラの瞳から熱いものが零れ落ちた。
 こんな形で別れたくなかった。だが、そんなことが悲しいのではない。レックスにもう会えないという事実が、こんなにも自分の心を深く切り刻んでいる。
 自分がどれだけレックスを愛していたか、どんなに彼を必要としていたか、この時アイラは初めて思い知らされたような気がした。



[73 楼] | Posted:2004-05-22 16:45| 顶端
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翼抱く剣の住処


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-3-



 シレジアの港では、オーガヒルから逃れてきたシグルド軍の船が続々と入航し、時ならぬ賑わいを見せている。
 アイラはシャナンの姿を捜して港の中を歩いていた。いっしょに下船したはずだが、シャナンはセリスの様子を見てくると言って走っていったきり姿が見えない。これだけの人ごみだと、すぐに見つけるのは難しそうだった。

 ―――落ち合う先は決まっているから、先にそちらへ行ってみるか…

 そう考え直し方向を変えようとした時…。

「へえ、思ったより大きな港だな」
 聞き覚えのある声が背後から聞こえてきた。それはここにいるはずのない男のものだった。
「レックス……」
 信じられない思いで振り返ったアイラの目に、やはり信じられない人物の姿が映る。

「どうしておまえがここにいるんだ!」
「ああ。オーガヒルの港に着いたら、船が一艘もないから驚いたよ。俺を置いてきぼりにするなんてあんまりじゃないか? でも、アゼルが二頭の天馬と一緒に俺を待っててくれたんだ。それに乗\って最後の船に追いついた。やっぱり持つべきは親友かな」
 レックスは、驚愕に震えるアイラを前に平然と言ってのける。そしてそれに応えるかのように、レックスの後ろから赤い髪の青年が姿を現した。

「ごめんね、アイラ。僕やっぱり君に恨まれるより、レックスに恨まれる方が恐いみたいだ。なにせ、付き合いが長いからね」
「アゼル公子…!」
「それじゃ後はちゃんと二人で話し合ってね。どうせもうどこへも逃げられないんだから」

 そう言ってアゼルが去った後、しばし二人は無言でにらみ合っていた。
 だが、あくまできつい視線を向けるアイラに対して、レックスのそれはだいぶ柔らかい。

「馬鹿…。おまえが言ったんだぞ。自分の性格はわかっているだろうってな。最初は俺もかなり参ったさ。でも、俺におまえの真意が見抜けないと本気で思ったのか?」
「馬鹿はおまえだ。もう帰れないかもしれないんだぞ!」
「アイラを失うよりはマシだ」
 きっぱりとレックスは言った。
「逆の立場だったら、おまえもそう言っていたはずだ」

 そう言われてしまうと、アイラにはもう返す言葉がなかった。なぜなら、確かにそれは真実だったから。
 アイラは心を落ち着けて、目の前のレックスの顔をもう一度見つめた。海のように青く深い色の瞳の中に、自分の姿が映っている。シレジアへ向かう船の中で、何度も夢に見た瞳だった。
 口ではどんなにふざけたことを言っていても、この瞳だけはいつも真剣だった。心配そうに…でもそれを表には出さずに、いつもアイラの姿を追っていた。
 それに気づいてしまったから、アイラも彼の想いに応えたのだ。

 帰る場所を失ってしまった彼のことを思うと、アイラの胸の奥底にはどうしても消すことのできない痛みが残る。それでもレックスと一緒なら、この痛みを乗\り越えていけるような気がした。
 アイラは、レックスが本当にそこにいるのを確かめるかのように、手を伸ばしそっとその頬へ触れた。

「それにしても……、よく、ランゴバルト卿が帰してくれたな…」
 アイラにとっては、レックスが船に間に合ったことよりも、そちらの方がよほど不思議だった。

「勘当されちまった。二度と顔を見せるなって」
「え?」
「おまえの好きにしろって言ってた」
 どこか晴れ晴れとした表情でレックスは言う。

 それは、ランゴバルト卿がレックスを見離したということだろうか。それとも息子に自由を与えてくれたということなのだろうか?
 アイラの聞き知っているランゴバルトという男は、そんな温情をかけるような人物ではないはずだったが…。

「あ、そうだ。まだ聞いてなかったな。プロポーズの返事」

 レックスの声にアイラの思考が中断される。

「え? 返事って……」
「まだ聞いてなかったよな?」
「…今さら聞く必要があるのか?」
「ああ、ぜひ聞きたいな」
 レックスがにっこりと笑う。彼がこんな表情をする時はろくなことがない。
「………。一度しか言わないからな」
 アイラはレックスの耳元に口を寄せ、小声で何か囁いた。とたんにレックスの表情が笑み崩れる。

「もう一回言ってくれないかなあ、アイラ」
「一度しか言わないと言っただろう!」
 嬉しそうにじゃれついてくる恋人の手を振り払いながら、アイラはその場を離れ歩き出す。それでも執拗に絡んでくる腕に、やがて諦めたように身をゆだねた。
 背中から抱きしめられ、自分の身体の前で交差する彼の腕を見つめながらそのまま後ろにもたれかかった。そうしていると、懐かしい温かさが蘇ってくるのを感じた。
 レックスと二人でなら、お互いに失ってしまったものをまたひとつずつ取り戻せるような気がする。そして、自分が彼にとっての故郷になれればいいと思う。

「ずっと一緒にいような、アイラ」
 耳元でレックスが囁く声がする。
 それに答えるかのように、アイラは彼の腕にそっと自分の手を重ねた。




<END> 



[74 楼] | Posted:2004-05-22 16:46| 顶端
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星 の 石


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 目が覚めたら、すぐ横に青い髪の男の顔があった――

 一瞬の混乱の後、アイラはようやく昨夜の出来事を思い出した。
 夕べ遅く、いきなりレックスが部屋にやって来て(それまで彼は外出したままだったから、帰ってきてというのが正しいかもしれない)倒れ込むように眠ってしまったのだった。
 一人用の寝台の半分以上をレックスに占領され、わずかな隙間に縮こまるようにして潜り込み、三日ぶりで会った恋人の寝顔を見ているうちに、いつのまにか自分も眠ってしまったらしい。
 窮屈な姿勢で寝ていたせいか、少し身体が痛い。

 アイラは、目の前で無防備な寝顔を見せている恋人を見つめた。
 いつもきっちりと撫で付けられている彼の髪はすっかりばらけて、無造作に額にかかっている。

 あの戦いが起こらなければ、たぶん一生出会うこともなかった男。
 愛する故郷と引き換えに手に入れた男。
 レックスを知ることなく生きていたかもしれない自分をふと想像して、アイラは身体が震えるような思いがした。
 もう自分には、シャナンの他にはこの男しかいないのだ…。ふいに涙がこぼれそうになって、思わず唇をかみしめる。

 レックスの長い前髪が瞼にかかってうるさそうだ。かきあげようとして手を伸ばした時、突然彼の目が開いた。海のように深く青い瞳がじっとアイラを見つめている。

「おはよう、アイラ」
 微笑みかけられ、彼の額に触れそうになっていた手を、アイラはあわてて引っ込めた。

「…起きてたのか」
「たった今起きた。天使に起こされた」
「天使?」
「いや、女神かなあ。長い黒\髪と夜空の星を閉じ込めたような瞳のすっごい美人が、俺の頭をなでてくれたんだ」
「何をわけのわからないことを言ってるんだ」
 からかわれていると気づいて、不機嫌そうにアイラはそっぽを向く。が、すぐに振り返るとまっすぐレックスの目を見据えて彼に詰め寄った。

「三日間も連絡もなしにどこに行っていたのだ。アゼルが心配していた」
「アゼルが? ふうん。アイラは心配してくれなかったのか?」
「フュリーと一緒に出かける姿を見たという者がいた。フュリーはその日のうちに帰ってきたのに、おまえの姿はどこを探してもみつからない」
「フュリーに聞けばよかったのに」
 もっとも口止めしておいたから無駄だったろうけど。レックスは心の中で付け加える。
「聞けるもんか、そんなこと…」
 自分の恋人の行方を他の女性に聞くなど、アイラにはできない相談だ。
「なんだ、妬いてるのか。アイラはほんとにかわいいなあ」
「ばか!」
 ふざけて抱きしめようとしたレックスの手を、アイラは冷たく払いのけた。
「だいたい、なんでここへ来るんだ。ここはおまえの部屋じゃないだろう」
「あのなあ……。それが仮にも婚約してる相手に言う言葉か」
「まだ結婚してるわけじゃない」
「アイラに会いたくて、これでも急いで帰ってきたんだぜ。おまえの顔を見たら安心して眠っちまったんだよ」

 そう言うとレックスは、夕べアイラが椅子に掛けておいてくれた上着の内ポケットから何かを取り出した。

「これを見つけに行ってたんだ」
 レックスの手の中には、こぶしくらいの大きさの石のようなものがある。ところどころ土が付いていて、お世辞にも綺麗とは言いがたい。
 問い掛けるようなアイラの視線を受けて、少し得意そうにレックスが言う。
「ただの石ころみたいに見えるけど、水晶の原石なんだぜ、これ」
「水晶? これが?」
 装飾品として加工済みの水晶ならアイラも見慣れていたが、原石のままというのは初めて見る。

「何に使うんだ? そんなもの」
「おまえへの贈り物に決まってるだろ。アイラは紫が似合うから、紫水晶を贈りたいってずっと思ってたんだ。でも、水晶はもろくて壊れやすいから迷ってたんだけど、シレジアの一部の山中でとれる紫水晶は金剛石に近い硬度があるって聞いて…」
 それでフュリーに途中まで案内してもらったんだよ――
 呆然としているアイラを前に、笑いながらレックスが言う。
「指輪でもピアスでもペンダントでも何でもいい。これでお前の好きなものを作ってやるよ」
「そんな…。わたしはもう、おまえから剣をもらっているのに…」
「剣が婚約指輪の代わりか? おまえらしくていいけど、やっぱり俺としては人並みなこともしてみたかったんだ。かといって金で買えるものじゃつまらないような気がしたし」

 どこが人並みなのか……。
 ようやく夏が訪れたとはいえ、慣れないシレジアの山中で二晩も過ごすなど、下手をすれば遭難するか凍死している。以前から思っていたけど、やっぱりこの男は普通じゃない。アイラは半ば呆れて言葉を失っていた。
 だが、あと半分は嬉しさが占めている。宝石が欲しいなどと思ったことは一度もないが、自分のためにそこまでしてくれるレックスの心が嬉しかった。

 黙り込んでしまったアイラを、ちょっと心配そうな青い目がのぞきこんでいる。
「気に入らなかったか? アイラ」
「そんなことはない…」
 アイラはそのままレックスの肩に頭をもたせかけた。
 恋人の思いもよらぬ行動に一瞬うろたえたレックスの腕はしばらく無意味に宙をさまよい、やがて本来納まるべき彼女の肩へと回された。




 その後、名のある職人の手によって研磨され、大粒の宝玉となったそれをレックスから受け取ったアイラは、二週間後その成果をまっすぐレックスに報告に来た。

「で? 結局それになったのか?」
 どう反応していいかわからない…。そんな表情でレックスはアイラの手の中にあるものを見つめていた。
 レックスが贈った宝石は、アイラ愛用の勇者の剣の柄に納まっていた。銀を基調とした剣に、その宝玉は確かにあつらえたようによく似合っている。まるではじめからそこに存在する運\命にあったかのように。

「いつもわたしの側にあって、どんなことがあっても決して手放さないもの…。そう考えたらこうなったんだ」
 アイラは大事そうに勇者の剣を抱きしめた。その剣も、以前レックスが彼女に贈ったものだった。
 レックスは複雑な思いでその様子を見つめていた。自分の贈ったものをアイラが大切にしてくれている、そのこと自体はとても嬉しく思う。しかし、剣を見つめるアイラの瞳を見ていると、一抹の不安が胸をよぎる。彼女は自分と剣のどちらをより愛しているんだろう…。
 本来、自信家の彼がこんなことを思うのは、後にも先にもアイラに関することだけだった。

 このまま考えていたら、かなり後ろ向きな結論に達しそうだ。こんな時は、話題を変えるに限る。レックスは軽く頭を振って、あまり愉快でない考えを振り払った。

「ところで、それずいぶん青いような気がするんだが、紫水晶ってそんな色だったか?」
 実はレックスはずっとそれが気になっていたのだ。原石と研磨された石とはかなり色が変わるものだからあまり気にしていなかったのだが、今目の前にある宝石はやはり紫というよりは青に見える。
 そんなレックスに、アイラはさらりと答えた。
「ああ、これは紫水晶ではないそうだ」
「何だって!?」
「星石と呼ばれる鉱物で、このシレジアでもめったに採掘できないそうだ。店の主人に譲ってくれとしつこく頼まれた」
 エリートリングが三つは買えるぞ……笑いながらアイラは付け足した。
 青みがかった紫だとばかり思っていたそれは、正真正銘の青い宝石だったのだ。

 だが、アイラにとってはたいした違いではないこの間違いは、レックスにとっては大問題だったようである。
「…ったく、なんてこった。間違えるなんて…。じゃあ、今度こそ本物の紫水晶を見つけてくるぞ!」
 今にも出発しそうなレックスに、あわててアイラはその服をつかんで引きとめた。また山になど行かれて、本当に遭難でもされてはたまらない。
 そして、理由はもうひとつあった。

「その必要はない。わたしはこれが気に入っている」
「え?」
「だって、おまえの瞳の色にそっくりだ」

 真面目な表情でアイラが言う。
 恋愛上手の女が言ったら最高の口説き文句になりそうなその言葉。だが、アイラはそんな駆け引きのできる女ではない。ただ自分の気持ちを正直に伝えただけなのだ。そして、その言葉が恋人に与えた影響など、気づきもしないに違いない。

「おまえ、真顔でそんなこと言うなよ」
「どうして?」
「……しょうがない。剣の次でもいいか」
「何が?」
「うん、おまえが喜んでくれるならよしとするよ」
 レックスはアイラの頬を両手でそっと包み込んだ。小作りな彼女の顔は、レックスの大きな手の中にすっかり納まってしまう。そして、戸惑うように自分を見上げる黒\曜石の瞳を、愛おしそうに見つめた。

「いったい何の話をしてるんだ、レックス」
 わけのわからないことを言いながら微笑んで自分を見ているレックスに、アイラは困惑の表情を隠せない。

 アイラにとって、レックスから贈られたこの勇者の剣は、彼の分身のようなものだった。部隊は別でも、勇者の剣があれば、いつもレックスと共にあるような気がしていた。だから、どんな時でもこの剣は手元から離したくなかったのだ。
 そんなアイラの心の中など知らないレックスは、見当違いのことを思いながら、それでもアイラを見つめることをやめようとはしなかった。


 星の石に彩られた勇者の剣は、二人の想いと共に、時を超えて彼らの子供たちへと受け継がれていく。
 だが、それはまた別の物語である――。



<END> 



[75 楼] | Posted:2004-05-22 16:47| 顶端
雪之丞

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My Pretty Tiny Puppy  

  ~ そして、天使が微笑む ~







 ―――早くリーンのところへ行かなくては!

 俺はダーナ城へ向かって馬を飛ばしていた。恋人のリーンが城主ブラムセルに捕らえられ、地下牢に閉じ込められてしまったのだ。
 だが、たどり着いた城門を見て俺はあっけにとられた。立ちふさがるブラムセルに、銀の髪の小柄な少女が少し距離を置いて対峙している。手にしているのはサンダーの魔道書。そして、二人の対決を見物するかのようなのんびりしたムードの何人かの兵士達。
 やがて少女がサンダーを唱える。ブラムセルはたいしたダメージを受けてはいない。やつも反撃しようとするが、距離がありすぎて槍が少女に届かないようだった。
 こんな戦いの決着を待っている暇はない。俺がとどめを刺すべくミストルティンの柄に手を伸ばした時、誰かがやんわりと俺の手を押しとどめた。

「よけいな手出しは困るよ、アレス。今ティニーの経験値かせぎをしているところなんだから」
 振り返ると、セリスが微笑みを浮かべて立っている。
「何言っているんだ。俺は城内に用がある。さっさとこいつを片付けて…」
「何度も言わせないでくれよ、アレス。ちょっと待ってくれって僕は言ってるんだよ」
 顔は笑っているが、俺の手を押さえたやつの手は岩のように固く、振り払うことは出来そうにない。人畜無害な顔をして、意外に食えない坊ちゃんだということは俺も薄々気づいている。

 さんざん待たされ、ようやく少女がブラムセルを倒した時、すでに日は傾いていた。
「あの…お待たせしてすみませんでした…」
 俺に向かって頭を下げる少女の横をすり抜け、俺は城内に入った。そのまま、まっすぐ地下牢へと向かう。

「遅いわよ、アレスのバカ! 待ちくたびれちゃったじゃない」

 地下牢の鍵を空けるなり、リーンは俺に向かって罵声をあびせた。せっかく助けに来たのにそれはないだろうと思ったが、こんな暗く陰気なところに長いこと閉じ込められていたのだ。無理ないかもしれない。

 ―――これもみんなあのティニーとかいう女のせいだ

 俺はそう思った。だから彼女に対する俺の第一印象は最悪だった。


 ところが、そうまでして助けたリーンはいつのまにか俺の側から離れていった。
「だって、アレスって自分勝手でいつも一人で突っ走っていっちゃうし、置いてきぼりにされたあたしがどんなに心細いかなんてわかってくれないんだもの」
 そう言って、俺の目の前で新しい恋人に寄り添った。
「デルムッドはそんなことないわ。あたしの話もちゃんと聞いてくれるし、できるだけ一緒にいてくれる。彼に相談にのってもらっているうちに、あたしデルムッドが好きになったの」
 申し訳なさそうな表情で、デルムッドが俺を見る。俺は絶え切れなくなって、何も言わずその場を離れた。


 そんな傷心の俺に、さらにショックな出来事が待っていた。
「どうして俺がこいつのお守をしなけりゃならない!」
 俺は目の前のティニーをにらみ付けた。おびえるようなまなざしが俺を見上げている。彼女の横に立っているセリスは、そんなティニーを安心させるように彼女の肩に手を置いて、にっこりと微笑んだ。

「だってこの軍で一番強いのはアレス、君だろう? 強い者が弱い者を守る。当然のことじゃないか」
 あろうことかセリスは、ティニーを俺の部隊で面倒見ろというのだ。
 こいつ、自分はとっくにロードナイトにクラスチェンジして、俺より力もスピードも上のくせに何を言ってやがる。そう思い、俺は反論した。…したはずだった………。
 なのに、気が付いたら承諾させられていた。そうか、これが噂に聞く光の皇子の「悪魔の微笑み」というやつか…。恐ろしいやつだ、セリス。

 とにかく引き受けてしまった以上は仕方ない。俺はあきらめて、ティニーを連れ帰った。怖がるかと思ったが、素直に俺の後をとことこと付いてくる。俺の隊の副官や主だった兵士達と引き合わせ、軍の規律を教えた。寄せ集めのような軍だから規律というほどたいしたものじゃないが、まあ集団生活の上の決まりごとのようなことだ。
 ティニーはいちいちうなずきながら、真剣に話を聞いていた。兵士達の顔と名前もすぐに覚えたし、どうやら馬鹿ではないらしい。俺はちょっとだけほっとしていた。
 まあ、なんとかなるかな…。彼女を部屋へ送っていくころにはそんなふうに思っていた。しかし、それはとんでもない間違いだった。



「あれほど前線に出るなと言っただろう!」
「でも、アレス様が心配で…」

 泣きそうな目が俺を見上げる。しかたなく俺はティニーを馬上に引き上げ、俺の後ろに乗\せた。こんなところに放っておいたら馬に踏み潰されてしまう。あたりは騎馬隊同士の激しい戦闘の場と化していた。コノートから出撃した槍騎士の部隊をレンスター城に近づけまいとして、俺達は必死に応戦しているところなのだ。こんなところに半人前の歩兵がのこのこと現れるなんて、自殺行為に等しい。
 あらかた戦闘が片付いた頃、俺はティニーを馬から下ろし、後方に下がっているようきつく言い聞かせた。何か言いたそうなティニーをその場に残し、再び戦場へ馬を走らせる。
 ところがたいして行かないうちに、背後から聞き覚えのある悲鳴がした。振り返ると、ティニーが魔道士三姉妹に取り囲まれている。俺はあわてて馬首を返した。それに気づいた三姉妹が、俺に照準を変更する。

「くらえ、エルファイアー!」
「エルサンダー!」
「エルウインド!」

 ミストルティンを持つ俺にとってこの程度の魔法は恐れることはない。炎と雷と風をかわし、あっという間に魔道士達を斬り伏せた。

「何度言ったらわかるんだ。下がっていろと…」
「アレス様! 危ない!!」

 俺の声はティニーの絶叫にかき消された。とっさにティニーの視線を追うと、敵の弓兵が俺に向かって弓を引き絞っている。次の瞬間まっすぐ飛んできた矢を、どうにかミストルティンで叩き落した。だが弓兵は、すでに次の矢をつがえている。
 その時ティニーが、今目の前で矢を射掛けてきた敵兵に向かって走り出した。いったい何を考えているんだ! 俺は真っ青になって後を追う。

「ファバルさん、ファバルさんでしょう?」
「おまえ、ティニーじゃないか。何でこんなところにいるんだ」

 後で知ったことだが、二人は以前アルスター城で何度か顔を合わせたことがあり、結構親しい間柄だったそうだ。そういうことは、早く言え。
 二人はすっかり和気あいあいで話をはじめ、後からやってきたパティがその輪に加わり(その弓兵とパティは兄妹だそうだ)あたりに和やかな空気が流れ始めた時、突然空に雷雲が漂った。

 ふとあたりを見渡すと、いつの間に近づいたのか、一人の美しい女が冷ややかな視線を浮かべこちらを見ている。ティニーと同じ銀色の髪。手にしているのは雷系の魔道書。
 その女を見て、ティニーがはっとした表情をする。俺はいやな予感がした。

「イシュタル姉様!」
 思った通り、そう叫ぶなりティニーは走り出した。どうしてこの女はこう見境なしに飛び出すんだ。護衛するこっちの身にもなってくれ。

「姉様! イシュタル姉様!!」
 自分の名を呼びながら走って来る少女に、イシュタルもとまどっているようだった。イシュタルといえば、雷神の異名を持つトールハンマーの継承者。手ごわい相手に違いない。ティニーに気を取られている今がチャンスかもしれない。俺はミストルティンを握り直した。

 その時―――

「探したぞ、イシュタル」
 突然、空間がゆがみ、炎のような赤い髪の少年が姿を現した。
「まあっ、ユリウス様(はぁと)」
「イシュタル、こんなやつらは放っておいて私とバーハラでデートしないか」
「はいっ!喜んで!!」

 こっちを完全に無視して盛り上がった二人はワープの魔法を使い、現れた時と同じ様に唐突に去っていった。
 ………俺は激しい脱力感に襲われた。通常の戦闘の何倍も疲れたような気がする。

「イシュタル姉様…」
 その声にふと横を見ると、ティニーが飼い主に置いて行かれた子犬のような表情で、イシュタルが去った空間を見つめている。俺はこの時初めてティニーの顔をじっくりと見た。
 たしかにかわいい顔立ちをしている。彼女のことを「天使のようだ」とか言ってるバカな野郎共もいるくらいだ。しかしどんなに顔がかわいくても、俺には彼女が天使どころか疫病神にしか見えなかった。

 ティニーはその後も、俺の言い付けを守らず前線に出てくることがしばしばあった。もう最近ではあきらめて、最初から馬の後ろに乗\せて出陣することも多かった。俺が討ちもらした敵を、ティニーがエルサンダーでとどめを刺す。そんなことを繰り返しているうちに、彼女のレベルも少しずつ上がってきた。そうすると、以前ほどは足手まといだと思わなくなった。
 だが、戦闘中だろうとそれ以外の時だろうと、ティニーが俺の側を離れようとしないのは変わりなかった。お世辞にも面倒見がいいとはいえない俺に、なんでそんなに付きまとうのかさっぱりわからなかったけど。



 そんなティニーに変化が訪れたのは「マンスターの勇者」と呼ばれる男が解放軍に加わってからだった。
 いつもうるさいくらいに俺の後ばかり付いていたのに、最近セティと一緒にいる彼女を時々見かける。談笑する二人の姿を見ていると、何かわけのわからない苛立ちのようなものが胸を襲った。たぶん、懐いていた子犬が他の人間にしっぽを振っているのを見ておもしろくないような、そんな気持ちだったのだと思う。

 ある日のこと、夜中にティニーが部屋を抜け出してどこかに出かけるのを俺は偶然見てしまった。そしてそれは、ほぼ毎日のように続いているらしい。俺はどうしても気になって、ある晩こっそりティニーの後を付けた。

 月の明かりだけに照らされた中庭にはセティが待っていた。やつの姿に気づいて、ティニーが嬉しそうに走り寄る。それだけ見れば充分だった。俺は静かにその場を去った。
 そうか、所詮傭兵上がりの俺より、勇者で賢者で王子様なセティの方がいいわけか。まあ、当然の選択だろうな。リーンも俺を見限ってデルムッドのところへ行った。あいつもセティのところへ行くんだろう…。
 別にどうってことはないさ―――そう自分に言い聞かせた。なのに、どうして胸が痛いのか、俺にはわからなかった。


 翌日、俺はたまたま通りかかった礼拝堂から、ティニーとセティが出てくるのを目にした。扉の前で、セティがティニーに何かを渡し、彼女はとても嬉しそうに微笑んでいる。やがてセティは俺のいる場所とは反対方向に歩いて行き、ティニーはこちらに向かって歩いて来た。途中で俺に気づいたティニーは、ちょっと驚いたような顔をした後、小走りにやってくる。

「あ、アレス様。わたし、さっきクラスチェンジを…」
「近寄るな!」
 その言葉にティニーの足が止まる。
「アレス様………?」
「たった今から、おまえを俺の部隊からはずす。どこへでも好きなところへ行け」
 ティニーの目が驚愕に開かれる。肩が小刻みに震えているのがわかる。それでも彼女は必死に声を絞り出した。

「……アレス様…わたし……何かアレス様の気に障るようなことをしてしまったのでしょうか?」
「気に障ることだと?」
 俺は今までの苛立ちを一気にティニーに向かって投げつけた。
「毎晩夜中に抜け出してどこかに行っているのを知らないと思っているのか。そんな規律を乱すようなやつは、俺の部隊にはいらん! 出ていけ」
 たたきつけるように言葉をぶつけた。これは八つ当たりだ。言ってることもめちゃくちゃだ。そうわかってはいても、自分を抑えられなかった。
 ティニーの大きな瞳に、みるみるうちに涙があふれた。それは瞬く間に頬をつたって、ぽろぽろとこぼれ落ちる。
 初めて見るティニーの涙に俺は内心激しく動揺していた。こいつはどんなにきついことを言われても泣きそうな顔はするが、決して泣いたことはなかったのだ。

「ごめんなさい、アレス様。わたし、少しでもアレス様のお役に立てればと思って回復魔法を習って……。でも、ご迷惑だったんですね…」
 そのまま彼女は走り去った。

 足元にティニーの落としていった杖が転がっている。これは、さっきティニーがセティから受け取ったものか? そういえば何か言っていたな。クラスチェンジがどうとか、回復魔法がどうとか…
 ―――え?
 もしかしてティニーがセティと会っていたのは、回復魔法を教わるため?

「あ~あ。泣かせちゃった」
 突然聞こえてきた声に振り返ると、いつからそこにいたのか、リーンとデルムッドが立っている。

「かわいそうに。彼女、本当に君のことを心配していたんだぜ」
「そうよ。アレスってば無茶ばかりして、いつも傷だらけなんだもの」
「毎晩遅くまで杖の練習をしていたのに」
「ほんとにアレスって女の子の気持ちが全然わかってないのよね~」

 早く追いかけろよ…従弟の目がそう言っている。その隣でかつての自分の恋人もうなづいている。二人の視線に背中を押されるように、俺はティニーの後を追って走り出した。


 木の陰に隠れるように座り込んで、ティニーは声を殺して泣いていた。なんと声をかけるべきかと迷っていると、気配に気づいたのだろう。彼女は顔を上げ、こちらを見た。

「アレス様…」
 あわてて目許をぬぐい、ぎこちない笑みを浮かべる。
 そうか。俺の前ではいつも笑っていたけど、影ではこんなふうに泣いていたのかもしれないな。初めてそんなことを思った。

「さっき言ったことは取り消す。おまえはこれからも俺の部隊にいろ」
 もっと優しい言葉がかけられないのかと自分でも思うが、これが俺の精一杯だった。だが、その言葉を聞いて、ティニーの表情がぱっと輝く。
「本当ですか、アレス様」
「ああ。おまえのように危なっかしいやつは、俺でなくちゃ面倒見きれんからな」
「………アレス様…ありがとうございます…」
 感激に瞳を潤ませて…という表現そのままの瞳で、ティニーが俺を見上げる。何がそんなに嬉しいんだ…。

「よかった。わたし、アレス様に嫌われたらどうしようかと……」
 一度緩んだ涙腺は、ちょっとしたことで壊れてしまうのだろう。再びティニーが泣き出した。震える肩を見ていたら、自分でも無意識のうちに彼女を抱きしめていた。俺の腕の中に納まっているのは、想像以上に細く頼りない肩だった。
 少し戸惑ったような表情のティニーが俺を見上げる。そしてやがて微笑んだ。

 まるで天使のようだと、不覚にもそう思った。だが疫病神でも天使でもどっちでもいい。たぶん俺が彼女を手放せなくなっていることに、もう変わりはないのだから…。
<END>  



[76 楼] | Posted:2004-05-22 16:47| 顶端
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空と月と太陽と


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- 1 - 



 イシュタルの目の前に、青い空と青い海が広がっていた。

 丘の上から見下ろすその風景は、内陸で育った彼女には珍しいものだった。
 空の色も、中空に輝く太陽の光も、今まで自分のいたフリージとは違っているように思える。同じ大陸にありながら、南に位置するこの国では、全てがより鮮やかに見えた。

 太陽の日差しを遮るために纏った薄いヴェールが、風を受けてはためいている。それを見ているうちに、ふいに眩暈にも似た感覚に襲われた。

「何やってるんだ、イシュタル」

 背後から聞こえてきた声に、はっと我に返る。
 声の方に視線を移すと、自分をこの地へ連れてきた張本人が、こちらに向かって小走りにやって来るのが見える。
 太陽の光を浴びて金色に輝く髪。澄みきった空をそのまま映したような青い瞳。まるでこのユングヴィそのもののような青年だった。いや、その容貌はむしろ少年といったほうがふさわしいかもしれない。
 イシュタルより一つ年下のこのユングヴィ公爵は、城に着くなり着替えもそこそこに、彼女を伴ってこの果樹園のある丘にやってきたのだった。
 一番見晴らしのいい場所だと自慢げに彼は言っていた。

「おい、あんまりそっちに行くと危ないぞ。昨日の雨で地面が崩れやすくなってるらしいから」

 そう言うと無造作にイシュタルの手をつかんで、そのまま果樹園の中央に向かって歩いていく。

「ファバル…」
 イシュタルは前を行く人の名を呼んだ。

「何だ?」
「わたしを…こんなに自由にしておいていいの?」
「え?」
 振り返った青い瞳が、不思議そうにイシュタルを見ている。

「わたしは魔道書がなくても、雷を作り出すことくらいできるわ」
「ああ」
 だがファバルは、得心がいったような表情で頷くと不敵とも言える目を向けた。
「今のおまえに、ここを逃げ出すほどの気力はない」
 あっさりそう返すと、再び彼女に背中を見せた。その無防備な様子には警戒心のかけらもない。

「その気があるなら、とっくにそうしているだろ?」

 確かにファバルの言う通りかもしれない。イシュタルは思う。今の自分はただの抜け殻だった。

「でも、ちょうどいい機会だから渡しておくか。ティニーから預かってきたんだ」

 ファバルは立ち止まり、懐から一冊の書物を取り出した。それを目にした時、すべてに無関心だったイシュタルの表情がほんの少し変わった。
 凝った意匠の刻まれた黄色い皮の表紙。それは、イシュタルにとっても見慣れたエルサンダーの魔道書だった。受け取ったそれを開き、表紙の裏側を見る。

 ―――親愛なるティニーへ

 思ったとおり、そこには見覚えのある文字があった。ティニーの母が亡くなった時、イシュタルはこの言葉と共に魔道書をティニーに贈ったのだった。母の形見のトローンの魔道書をヒルダに取り上げられ、人知れず泣いていた従妹を見ていられなかった。

 イシュタルが父から継承したトールハンマーの魔道書は今、フリージ城の奥深く、公爵夫妻の管理下にある。ティニーはどんな思いでこのエルサンダーをファバルに託したのだろうか…。

 手にした魔道書をじっと見つめているイシュタルに、ファバルは静かな視線を向けた。
「ここではおまえの素性は当分伏せておくつもりだけど、どんな危険があるかもわからない。万一の時は、それで自分の身を守れ」
 その言葉に、イシュタルは思わず顔を上げた。
「これがおまえを害することになるとは考えないの?」
「その時は俺の運\がなかったってことさ」
 表情ひとつ変えずにファバルが答える。その様子には、強がっているそぶりは微塵もうかがえない。
 大物なのか、ただ何も考えていないだけなのか…。だが、この件に関してこれ以上議論しても意味がないように思えた。

 イシュタルは、周囲に点在している樹木に目をやった。
「この木は何?」
「オレンジだ」
「オレンジの…木?これが…」
 食卓に乗\っている姿は何度も見ているが、それがどんなふうに採れるものなのか、今まで考えたこともなかった。考える必要もなかった。
 青々とした葉の間に白く小さい花が見える。この木からどうやってあの丸い実が採れるのか、まだイシュタルには想像がつかない。

「そのうちこの辺一帯がオレンジの実でいっぱいになる。そうしたら、またここに連れてきてやるよ」

 そう言って、ファバルは子供のように無邪気に笑った。イシュタルが初めて見る彼の笑顔だった。


空と月と太陽と


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- 2 - 





 平原を風が吹き抜けて行った。
 イシュタルはただ一人、解放軍の前にその姿を現した。
 先行したヴァイスリッターの本隊は、すでにアレスとリーフの部隊によって全滅させられている。今この戦場にイシュタルの味方は一兵たりとも残ってはいなかった。
 だがイシュタルにとってそんなことはどうでもよかった。この戦いの結果がどうなろうとかまわない。ただ、自分への決着を付けるために、彼女はここに来たのだった。
 イシュタルがトールハンマーの魔道書を手に、呪文の詠唱を始めたその時、解放軍の中から二つの影が彼女の方に向かって進み出た。

「イシュタル姉さま! わたしです。ティニーです」
 そう叫びながらこちらに向かって走って来る銀の髪の少女。名乗\りを聞くまでもない。それは、かつて妹のようにかわいがっていた、従妹のティニーの姿だった。
 そして彼女を守るようにぴったりと側に寄りそう黒\髪の剣士。二人は、イシュタルのトールハンマーを恐れる様子も見せず、まっすぐに突き進んでくる。

「お願いです、姉さま。話を聞いて…! わたしは姉さまと戦いたくなんかありません!」

「…許してね、ティニー」

 最後の詠唱を終え、イシュタルは魔道書に精神を統一する。
 だがその時、ふと違和感を覚えた。何か大きな力が自分に向かって近づいてくる。それは、目の前の二人から発せられたものではない。その未知の感覚が彼女の集中を乱す。
 その正体に気づいた時にはもう遅かった。はるか彼方から射られた一本の矢が、イシュタルの手からトールハンマーの魔道書を弾き飛ばしていた。
 普通の矢であったなら、呪文を詠唱する際に発生する強大な魔力に遮られ、その使い手に届く前に塵となって消え去ってしまうはずだ。だが、魔力による障壁を貫いてなお魔道書を弾き飛ばした光の矢。おそらくその射手は、自分に匹敵する力を持っているに違いない。
 イシュタルは、矢の射られた方角に視線を向けた。そこに、一人の弓兵が立っていた。

 太陽の光をはじく黄金の弓。そしてそれに負けない輝きを放つ、射手の黄金の髪。

 弓兵に気を取られている隙に、対峙していた黒\髪の剣士が目前に迫っていた。彼が銀の大剣を振りかざす様が、やけにゆっくりとイシュタルの目に映る。魔道書を持たない彼女にはなすすべもなかった。

「スカサハ、お願い! 姉さまを助けて!!」

 最後に記憶に残っているのは、従妹の絶叫と全身を襲った鈍い痛み。そして、光の矢を放った弓兵の貫くようなまなざしだった。表情が見える距離ではなかったのに、その青い瞳はイシュタルの脳裏にはっきりと焼き付いていた。

 彼女が再び目を覚ました時、全ては終っていた。
 ユリウス皇子は双子の妹ユリア皇女のナーガによって滅び、イシュタルは虜囚としてフリージの城内にその身を置いている。あの黒\髪の剣士が自分を斬らずにみね打ちにしたことを、イシュタルはこの時初めて知った。

「姉さま……よかった…」
 大きな瞳を涙でいっぱいにした懐かしい従妹の顔が、最初に視界に入った。その隣には、彼女の細い肩を支える黒\髪の剣士の姿がある。何も聞かなくとも、二人の間に通う強い信頼関係がその様子からうかがえた。

 やがてイシュタルの視線が、その背後へと移る。腕組みをして壁に寄りかかったまま、二人の後ろに立っている金の髪の男がいた。その背中には、あの時トールハンマーを打ち破る矢を放った黄金の弓がある。
 イシュタルは、男に向かって問いかけた。

「おまえも神器の継承者だったのか?」
「ああ、どうやらそうらしい」
「うかつだな。このわたしが気づかなかったとは…」

 その男の名をイシュタルは知っていた。
 十二神器の一つ聖弓イチイバルの継承者ファバル。イシュタルが彼を見たのはこれが初めてではない。アルスター城にブルームを訪ねた時、父の元で傭兵として働く彼の姿を時折目にしていた。そして、ファバルの飛びぬけた弓の腕を、ブルームが高くかっていたことも覚えている。事実、彼に対する父の扱いは、一介の傭兵に対するものとは明らかに異なっていた。
 イシュタル自身もまた、マンスターの国境付近での対トラキアの戦いにおいて、何度かファバルの力を借りたことがある。確実に敵を撃ち落す彼の腕は、竜騎士に対する弓兵の優位性を差し引いてもなお賞賛されてしかるべきものだった。

 ―――神器の継承者なら、当然のことか…

 あの時すでに自分がトールハンマーを継承していたなら、あるいは気づいたのかもしれない。だが、もうどうでもいいことだ。自分はおそらく戦争の責任を問われ処刑されるだろう。ファバルに会うことも、もうないはずだ。

 それきりになるはずだった。だが、運\命はイシュタルの思惑とは違った道をたどり始める。

 今はフリージ公妃となったティニーの懇願もあって、イシュタルは公爵夫妻の監視の元にフリージ城預かりの身となった。ティニーの夫となったのは、いつも彼女に寄り添っていたあの黒\髪の剣士だった。彼は今、フリージ公爵としてティニーと共にイシュタルの生まれ故郷を治めている。

 それから半年後、イシュタルの運\命にさらなる転機が訪れる。
 イシュタルを正当な国主と仰ぐ一部の貴族と暗黒\教団の残党が結託し、現公爵家に対し反乱を企てたのだった。
 報告を受け、盟約に基づいて、ドズル、シアルフィ、ユングヴィの各公爵家から援軍が駈け付けた。国境を接する国々にとっても、フリージの乱はひとごとではなかったのだ。
 乱はすぐに鎮圧されたが、この知らせは当然のことながらグランベル王であるセリスの元にも届き、その結果、イシュタルの身柄はバーハラに送られることとなった。彼女自身に意志がなくとも、その存在がフリージ公国内にあることが今後もこのような乱を呼ぶ危険性があると判断されたのだ。今回ばかりは、ティニーの願いも聞き入れられなかった。

 そんな時、フリージ城に滞在していたファバルは、事情を知るなりイシュタルを半ば強引にユングヴィへ連れて行こうとした。
 イシュタルを馬車に乗\せ出立しようとするファバルを、フリージ公爵スカサハが必死で阻止しようとする。

「ファバル。陛下の許可も得ずに勝手なことをされては困る。俺にはイシュタル殿を無事バーハラまで送り届ける責任があるんだ」
「その必要はない。イシュタルは俺がユングヴィに連れていく」
「セリス様は寛大な方だ。イシュタル殿の扱いも、決して悪いようにはなさらないはずだ」
「要するに、フリージ以外の国ならいいんだろう。ユングヴィだってかまわないじゃないか」
「ファバル! そういう問題じゃない」

 国同士の諍いにも発展しかねないその場を収めたのはティニーだった。
 イシュタルがバーハラに送られることを憂いたティニーはスカサハを説得し、結局、愛する妻の懇願に負けたフリージ公の黙認の元、イシュタルはファバルに伴われユングヴィへと旅立つこととなった。



 かすかな物音にイシュタルは目を覚ました。
 長い夢を見ていた。もう、ずいぶんと見ていなかった夢だった。
 あの金の髪の弓兵に再会したことがきっかけになったのだろうか…。そんなふうに思った。

 窓の外はまだ薄暗い。夜が明ける直前の空の色だった。
 バルコニーへと続くガラスの扉を開け、外に出る。庭の木々の梢を渡る風の音が耳に飛び込んで来た。この音で目を覚ましたらしい。それほど大きな音ではなかったが、慣れない環境で神経が過敏になっていたのかもしれない。
 昨日、このユングヴィに到着してからのことはあまり覚えていない。いきなり連れて行かれた果樹園から帰ると、身の回りの世話をしてくれる何人かの侍女に引き合わせられたくらいだった。長旅で疲れているイシュタルをファバルが気遣ってくれたのだ。

 ―――今日からユングヴィでの日々が始まる…

 だが、特別な感慨はなかった。単に住む場所が変わっただけ。自分が囚われの身であることになんら違いはない。そう思った。
 ふと部屋の中を振り返る。寝台の脇の小さなテーブルの上に、エルサンダーの魔道書がある。

 ―――囚人に武器を与えるなんて…

 自分がそれを使う意志がないと見て渡したのだとしたら、あのユングヴィ公爵は案外くわせものかもしれない。そんなことを考え、苦笑を浮かべた。彼女の記憶にあるファバルは、そんな駆け引きとは無縁の男だった。



[77 楼] | Posted:2004-05-22 16:48| 顶端
雪之丞

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空と月と太陽と


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- 3 - 



 その日から、イシュタルのユングヴィでの生活が始まった。だがそれは、イシュタルが想像していた虜囚の待遇とはまるで違うものだった。

 ファバルは彼女に監視人を一人も付けなかった。イシュタルの素性を知っている、城内のごくわずかの者達だけが終始厳しい視線で彼女の行動を追っていたが、それも彼らが勝手にしていることであって、ユングヴィ公爵の指示ではない。
 城内のどこに行くのも彼女の自由で、城の外に出ることも禁じられてはいない。フリージ城にいる時でさえ、彼女の行動範囲は制限され、外部との連絡は遮断されていた。それを考えると、この扱いは破格といってよい。
 イシュタルは虜囚というよりも、ユングヴィ城の賓客として迎えられたようなものだった。

 逃げ出そうと思えばいつでも逃げ出せる。だが、イシュタルはそうしようとはしなかった。その必要性を何も感じなかったからだ。
 今この世界には、自分がやりたいこともやらなければならないことも何ひとつない。生きながら死んでいるような自分にとって、城の中も外も違いはないのだ。

 結局イシュタルは、積極的に城の中を歩き回ることもなく、ほとんどを与えられた部屋の中で書物を読んですごしていた。特に読みたい本があるわけでもなく、ただ時間を潰すのが目的だったが。



「イシュタル、入るぞ」
 ノックの音と同時に扉が開かれ、ファバルが顔をのぞかせた。

「城下で市が開かれる。ミレトスからの商人達も来るそうだ。一緒に見に行かないか?」
 ファバルは三日に一度くらい、こうしてイシュタルを外へ誘いに来る。領内を見回る時、彼は必ずイシュタルを伴った。
「わかったわ」
 イシュタルは手にしていた本を閉じ、立ち上がった。愛用の薄いヴェールを、頭から肩にかけて巻きつける。ユングヴィの強い日差しを避けるため…というのが表向きの理由だったが、あまり顔を見られたくないというのが本音だった。
 自分の顔を知っている者にどこで出会わないとも限らない。いるはずのない場所に自分がいることが知れるのは、ティニーにとってもファバルにとってもあまりよくないことになる。そのくらいの配慮をする気力は残っていた。
 そういう心配もあって彼女自身は外に出るのはあまり気が進まなかったが、あえてファバルに逆らうだけの強い意志もまたなかった。

 ファバルは供を付けずに、一人でどこへでも出かけてしまう。公爵の不在に気づいた護衛兵があわてて後を追う頃には、本人はすでに城に戻っている…というようなことがほとんどだった。

 市場の雑踏の中を、イシュタルはファバルに手を引かれながら歩いていた。そうしていないとはぐれてしまいそうな人ごみだった。
 ファバルは実に無造作にイシュタルの手を取る。最初にこの地に来た日からそうだった。あの果樹園の丘の上で海を見ていたイシュタルを危ないからと連れ戻した時も、何の遠慮も断りもなく彼女の手を引いた。

 そんなふうに扱われたのはあれが初めてだった。幼い頃から王女として育ってきた彼女は、母ヒルダに次ぐ高貴な女性として、国内では常に敬われ崇められてきた。
 バーハラの王宮でも、彼女の手を取ることができるのは、ごくわずかの選ばれた貴公子だけだった。その彼らでさえ、この世に二つとない宝石に触れるがごとく、恭しくイシュタルの手を取ったものだった。

 以前の自分だったら、こんなふうにファバルに手を取らせることを許さなかっただろう。彼が傭兵という低い身分だったからではない。彼女にとって承諾もなく自分に触れていい人は、ただ一人しか存在しなかったからだ。
 だがその人を失った今、守らなければならないものなど何もなかった。


空と月と太陽と


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- 4 - 





 さまざまな国から集った商人達と、彼らの持ち寄った珍しい異国の品々で市はにぎわっていた。
 もともとユングヴィは、ミレトスとグランベルを繋ぐ貿易の拠点としてシアルフィと共に重要な役割を担っていた。戦争が終わり街の再建が進んだ現在では、国交が回復したミレトスからさまざまな物資がユングヴィに流れ込んでくる。その活気はイシュタルにも確かに伝わって来た。

 ファバルは、黙って自分の後を付いてくるイシュタルに声をかけた。
「何か欲しいものがあったら買ってやるよ。あんまり高すぎるものは無理だけど」
「特にないわ。充分よ」
 感情のないイシュタルの声に、ファバルは立ち止まる。

「いつもそうだな。王女様だったのに、ほんと欲がないよなあ、おまえ」
 そしてイシュタルの顔を見つめ、ちょっと困ったような表情で首をかしげる。
「それとも、王女様だからそうなのか?」
 だが、イシュタルには答えようがなかった。本当に欲しいものなど何もないのだ。

 ファバルはあまり気にしたふうもなく、少し先にある露店を指差した。
「ちょっと、そこの店に寄っていいか」
「わたしは構わないけど…。何か買うの?」
 その店は見たところ、香料を扱っているようだった。ファバルがそんなものに用があるとは思えない。
「いや、店の主人と友達なんだ」
「ずいぶんあちこちに友達がいるのね。そのうち、国民全部が友達になるのじゃない?」
「そうなれればいいけどな」
 揶揄を込めた問いかけに正面から答えられて、イシュタルはとっさに言葉を返すことができない。彼との会話は大抵こんな感じだった。

「公爵様、このようなところにようこそいらっしゃいました」
 ファバルの姿を目にして、店の主人が深々と頭を下げた。そして二人を店の裏の天幕へと案内する。
「だいぶ人の行き来が盛んになってきたみたいだな」
 勧められた椅子に腰を下ろしながら、ファバルが問い掛けた。
「ええ、公爵様が関税を下げてくださったおかげですよ。わずらわしい規制も少なくなりましたし、みな自由に商売をさせていただいております。…もっともその分、怪しげな輩も入り込みやすくなってるってことですけどね」
「それは承知の上さ。先の心配ばかりしていたら、何もできないからな」
「何かあった時はユングヴィの誇るバイゲリッターが守って下さいますから、安心しておりますよ」
 そう言いながら主人はグラスを二つ用意すると、瓶から赤い液体を注ぎ込んだ。

「どうぞ」
 笑顔と共に、イシュタルにも冷たい果実酒が手渡された。隣を見ると、ファバルはもう半分近くあけている。
 ずいぶんと無用心なことだとイシュタルは思った。この店の主人とどの程度の「友達」なのかは知らないが、毒を盛られる可能性など考えてもいないらしい。もし暗殺を企てる者がいたとしたら、こんなにやりやすい相手もいないだろう。
 事実、ユングヴィ宮廷内にもファバルを快く思っていない者は存在した。新しい公爵が政務に深く関わることを歓迎しない旧臣も少なくない。そして前公爵スコピオの側近だった一派は、いまだにファバルに心からの忠誠\を誓ってはいなかった。

 そんなイシュタルの胸の内など知らない主人は、ファバルと雑談を楽しんでいる。言葉遣いは丁寧だが、その態度には公爵の突然の来訪を畏れる様子は感じられない。案外、本当に「友達」なのかもしれない。
 イシュタルがそんなふうに思い始めた頃、主人は彼女に向かって笑顔を向けた。
「こちらの美しい方のことは、国民の間でも話題になっていますよ」
「なんだって?」
 その言葉にファバルの方が反応する。
「公爵様はフリージ遠征の折に連れ帰られた美女を片時も離そうとはなさらない。おそらく未来のユングヴィ公妃となられる方に違いない……というのが衆\目の一致したところです」
 主人はからかうような目でファバルを見上げた。表情には、ほんの少しの好奇心も混じっている。
 ファバルは気付いていなかったが、いつも公爵の隣にいる貴婦人のことは民衆\の間でもいろいろと取り沙汰されていたのだった。薄いヴェール越しにもうかがえるその美貌が、みなの憶測に尾ひれを付けた。だが、その素性を知る者は誰もいない。

 国民の思い違いにイシュタルは呆れていたが、同時に安堵感もあった。そう思われている間は自分に対する追求も厳しくはないだろう。自分の存在が明らかになることは、ティニーとフリージ公国をも危険にさらすことになるのだ。
 しかしファバルは憮然とした表情で、空になったグラスを音を立ててテーブルに置いた。腕組みをすると、そのまま深刻な表情で黙り込む。声をかけるのがためらわれるような雰囲気だった。
 が、やがて普段の顔に戻ると席を立ち、主人に向かって声をかける。

「後で適当に品物をみつくろって、城まで来てくれ」
「承知いたしました。詳しいご報告はその時にでも…」

 主人は迎えた時と同じように深々と頭を下げ、二人を見送った。
 彼が、商売の傍ら各地の情報を集めて回る諜者の一人であることを、イシュタルが知ったのはもっと後になってからである。


 城へと戻る間中、ファバルはほとんどしゃべらなかった。元々それほど饒舌な方ではなかったが、ここまで無口になった彼は初めて見る。
 少し訝しく思いながらも、イシュタルは理由を聞こうとはしなかった。

 いつものように、ファバルはイシュタルを部屋の前まで送って行く。だが、いつものようにそのまま立ち去ろうとはせず、思いつめたような表情で彼女を見つめた。

「悪かったな、嫌な思いさせて」
「え?」
「今後は気をつける。あんな噂が立たないように」
 何のことを言っているのか、しばらくイシュタルにはわからなかった。そしてようやく、さっき店の主人から聞いた、自分に関する国民の噂話のことだと気付く。

「わたしは何も気にしていないわ。むしろ、下手に探られるよりはいいのじゃなくて?」
「ほんとにそう思ってるか?」
「ええ」
「じゃあ………」
 ためらいがちにファバルが問う。

「出ていったりしないよな?」

 意外な問いかけに、一瞬の間があいた。だがイシュタルはきっぱりと答えた。
「もちろんよ」
 その返事を聞いて、ようやくファバルの顔にほっとしたような笑みが浮かぶ。

 わざわざ自分の意志を確認するファバルの気持ちがイシュタルには理解できなかった。その気になれば自分を監禁することもできる立場にあるのに…。

 ―――やはり、あの男の考えはわたしにはわからないわ

 廊下の向こうに去っていくファバルの後ろ姿を見ながら思う。
 自分をユングヴィに連れてきた理由も、こうして自由を与えておく理由も、何一つイシュタルの常識では計れない。そして、理解できないものほどよけいに知りたくなる。
 全ての事に関心を失っていたはずの自分に、ほんの少しだけ気にかかる存在ができたことに、この時イシュタルはまだ気付いていなかった。



[78 楼] | Posted:2004-05-22 16:49| 顶端
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- 5 - 



 グランベル帝国の皇后ディアドラは、生涯夫に心を開くことはなかったと聞いている。イシュタルの知っている皇后は、いつも何かを探すようなまなざしで、ぼんやりと遠くを見つめていた。皇帝に笑顔を見せる皇后を、イシュタルは一度も見たことがなかった。
 皇帝は妻から得られなかった愛情を、彼女の容貌を色濃く宿した娘に求めるがごとく、ユリア皇女を溺愛した。その分、ユリウス皇子への関心がいささか薄いように見えてしまうのは、仕方のないことだったのかもしれない。

「僕はとても父上のような立派な皇帝にはなれない…」
 薔薇が蕾をつけ始めた庭園の片隅で、ぽつりとユリウスが呟いた。その日のことをイシュタルは今でもはっきりと覚えている。あの時ユリウスはわずか7歳だった。

「ユリアの方が僕よりもずっとしっかりしているし、魔法を覚えるのも早かった。きっと父上は帝位をユリアに譲るつもりでいるよ」
「そんなことはございません。ユリウス様は陛下のただ一人のお世継ぎです。陛下もユリウス様を頼りにしていらっしゃいますとも」
「でも僕は、父上から一度も誉められたことがないんだ」
「それは陛下がユリウス様にそれだけ期待されているからです。だから厳しくご指導なさるのですわ」
「じゃあ、僕がもっと魔法を覚えて、ファラフレイムを使えるくらいに強くなったら、父上は僕を認めて下さるかな」
「もちろんです。ユリウス様」
 力強く答えるイシュタルに、ユリウスは心からの信頼を込めた瞳を向ける。
「イシュタルだけは、どんなことがあっても僕の味方だよね?」
 そう言って、すがるようにイシュタルの手を取った。その手をイシュタルは離すことができなかった。





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「初めてユングヴィに来た日にも、ここに連れてきてくれたわね。どうして?」
 イシュタルは隣を歩くファバルに問いかけた。二人の周囲には、枝いっぱいに黄金の実を付けたオレンジの木がずっと先まで続いている。
 ―――オレンジの実でいっぱいになったら、また連れてきてやるよ
 その約束通り、ファバルはイシュタルを連れて再び果樹園にやって来た。

「特に深い意味があったわけじゃない。ユングヴィの空を見せてやりたくなったんだ。おまえずっと城の中に閉じ込められっぱなしで、外に出るのも久しぶりだろうと思ったし」
「……空?」
「ここはいいところだろう? 気候は温暖だし、人間はみんなあったかくてのんびりしてる。そしてこの空…。ほとんど一年中こんな澄みきった空が広がっているそうだ。これを見てると嫌なことも忘れちまうぜ」

 ファバルの言葉に、イシュタルは視線を上空に移した。雲一つない空から大地に向かって太陽の光が降りそそいでいる。彼女の故郷フリージとも、領地であったマンスターとも違う、強く暖かな光。
 だがその光は、今のイシュタルにはまぶしすぎるような気がした。

「俺の故郷はコノートだと思ってたけど、ここにきてわかった。これが俺の国なんだ」
 誇らしそうな表情でファバルが空を仰ぐ。自分と自分の作り上げた国を誇れる彼をうらやましく思った。

 遠くで作業をしている農夫達が帽子をとって挨拶をする。それにファバルも手を上げて答えている。それがここでは日常の風景だった。
 最初の頃は、公爵の姿を目にするなり飛んできて平伏していたものだったが、気さくなファバルの人柄はあっという間に彼らとの距離を縮めていった。今ではほとんどの国民が、近しい友人のように公爵に接している。そして、自分達の身の回りの問題や統治者への要望などを率直にぶつけてくる。
 議会で家臣達の意見を聞くまでもなく、宮廷内でユングヴィの実情に一番詳しいのは公爵自身だった。

「人がたくさん出ているのね」
「今、収穫の時期だからな」
 そう言ってファバルは枝からオレンジをひとつ取ると、イシュタルに向かって放り投げた。
「食えよ。一個くらいもらっても平気だって。ここの管理人とは友達だから」
 国営の果樹園の果実を、国主がいくつ採ろうと文句を言える人間はいないはずだが、公私の区別は付けているようだった。
 だが、イシュタルは受け取ったオレンジを手にしたまま、途方にくれたような顔をしている。

「あ、そうか。おまえ、お姫様だもんな」
 ファバルは思い当たり、イシュタルの手からオレンジを取ると自ら皮をむき始めた。彼自身は果物など皮ごと丸かじりしても平気だったが、おそらくイシュタルは、皮をむいて食べやすいように切り、見た目も美しく器に盛りつけられたものしか口にしたことがないのだろう。
 オレンジの中身を半分に割り、イシュタルに差し出した。
「フォークはないけど、がまんしてくれ」
 それでも口に運\ぼうとしないイシュタルに、ファバルはちょっと困った顔を見せる。

「……房の皮も取るか?」
「あ、いえ…大丈夫…」
 そういう問題ではなく、椅子もテーブルもない屋外で、木に生っているものをそのままもいで食べること自体、イシュタルの常識の範囲外だったのだが、ファバルの困った表情を見ていると、無下に断るのも悪いような気がしてくる。
 しかし、立ったまま食べるのだけはどうしても抵抗があったので、木の根元に腰を下ろし、イシュタルはオレンジを一房手に取った。
 薄皮の中から、みずみずしい果肉が現れる。新しい公爵に導かれ、これからますます発展して行くであろうこの国を象徴しているようだとイシュタルは思う。

「………おいしい…」
「だろう? ユングヴィのオレンジは、大陸一なんだぜ」
 まるで自分が誉められたかのように、嬉しそうな顔でファバルが言う。
 イシュタルの隣で、ファバルは薄皮のついたままのオレンジを口に放りこんでいた。おそらく宮廷の作法の教師だったら行儀が悪いと眉をしかめるだろうが、イシュタルにはむしろ微笑ましく思える。こういうファバルを彼女は嫌いではなかった。


空と月と太陽と


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- 6 - 





 朝日の差し込むテラスで、ファバルとイシュタルは向かい合わせで朝食を摂っていた。
 自分の倍くらいありそうな量を次々と平らげていくファバルに、イシュタルは呆れたような感心したような目を向ける。

「あいかわらず、よく食べるわね」
「当然だろう。食わなきゃ生きていけないんだ。特に朝食は重要なんだぞ。1日の始まりだからな」
 そう言ってから、ほとんど中身の減っていないイシュタルの皿に目を向ける。
「それよりおまえの方こそ少なすぎるんじゃないのか。それ以上細くなったらどうするつもりだ?」

 一見平和そのものの朝食の風景だったが、二人がこうして食事を共にするようになったきっかけは、あまり穏やかなものではなかった。

 イシュタルがこの城に来て間もない頃、彼女の食事に毒が入れられるという事件があった。どういう手段を使ってかイシュタルの素性を調べ出した、下働きの女の仕業によるものだった。その女は、帝国の子供狩りによって自分の息子を失っていたのだ。

 幸い未遂に終ったこともあり、ファバルはその女を罰することはしなかった。だが、そのことがあって以来、ファバルは必ずイシュタルと食事を共にするようになった。同じテーブルに着き、目の前で同じ皿から取り分けられたものを彼女より先に口に運\ぶ。
 公爵自らが毒味役をかって出るなど、イシュタルは呆れてものも言えなかったが、確かに効果はあったらしい。それ以来、そういった騒ぎは全く起こっていない。
 そして、毒殺の心配がなくなっても、ファバルはその習慣を変えようとしなかった。
「今までいつも大人数で食べてたから、一人だと味気なくて…」
 ちょっと情けなさそうな表情でファバルは言った。
「行儀作法も知らない俺と一緒じゃ、気が進まないかもしれないけど」
「そんなことないわ。そんなふうに思ったことは一度もない」
 思わず強い口調で否定したイシュタルに、ファバルはほんの少し照れくさそうな表情を返した。

 ファバルは、孤児として育ち貴族らしい教育を何も受けてこなかったことを、自分の前でだけほんの少し気にする時がある。そうイシュタルは感じていた。
 だが、彼女の目から見たファバルは、押しも押されもせぬ堂々としたユングヴィ公爵だった。ファバルがユングヴィに来た当初は、彼の育ちを侮って軽々しく扱う者もいたそうだが、今そんな態度で公爵に接する者はこの宮廷に一人もいない。
 礼儀作法の問題ではないと思う。どんなに完璧に作法を身に付けても、卑しい品性が見え隠れする人間をイシュタルは幾人も知っていた。やはり生まれ持った資質なのだろうか。
 ファバルはおそらく気付いていないだろうが、間違いなく彼は人の上に立つ種類の人間だと、イシュタルはひそかに思っていた。

 給仕のために女官が何度もテーブルを往復する。気がつくと、昨日見たオレンジが食卓に上っていた。
 綺麗に皮を取り去って、一口で食べられるように小さく切り分けられた黄色い果肉がガラスの器に盛りつけられている。蜜がかけられているらしく、甘い。昨日口にした、とれたてのオレンジの酸味が少し懐かしいようにイシュタルには思えた。

「少し甘すぎるな…」
 ちょうど同じようにオレンジを口にしていたファバルが残念そうに言う。
 自分の気持ちが読み取られたような気がして、イシュタルは思わず彼を見つめた。視線に気づいたファバルが同じようにイシュタルの顔を見つめ返す。

 なぜだか急に落ちつかない気持ちになって、イシュタルは思わず目をそらした。気まずさをまぎらすために、あわてて話題を探す。

「そ、そういえば……わたしがここにいることで、ティニーに迷惑がかかっていないかしら」
「ああ、そのことなら大丈夫だ。おまえは当分ユングヴィで預かることになったから」
「え?」
「まだ内々の話だけど、そのうちバーハラから正式な知らせが届くことになってる」

 スカサハがうまくやってくれたらしい――そう言ってファバルは笑った。
 グランベル王とは幼なじみでもあるフリージ公爵スカサハが、この件に関してはいろいろと骨を折ってくれたようだ。

「ティニーのためにセリス王を説得してくれたんだ。あいつはほんとにティニーが大事なんだな」
 いつも不安とおびえをその大きな瞳の奥に隠して、自らの運\命に耐えていた従妹――。
 妹のように思い、自分なりに彼女を助けてきたつもりだったけど、母ヒルダを敵に回してまでかばい通す覚悟はなかった。自分がティニーにしたことは、所詮は偽善と自己満足に過ぎなかったのかもしれない。
 フリージ公爵の誠\実そうな黒\い瞳をイシュタルは思い出した。あの男ならどんなことがあってもティニーを守り抜いてくれるだろう。ティニーはようやく安息の場所を手に入れたのだ。

 ―――わたしの安息の場所は、この世にはない…

 そう思った時、それまでずっと疑問に思ってきたことを、ファバルに問い掛けてみたくなった。
「聞いてもいい?」
「何を?」
「どうしてわたしをユングヴィに連れてきたの?」
「どうしてって……」
 突然の思いも寄らぬ質問に、ファバルは言葉に詰まる。やがて考えながら、ゆっくりと答えた。
「なんとなく、放っておけなかったんだ…。コノートにいた頃、おまえには世話になったこともあるし」

 やはり、同情からなのだ…。
 心のどこかで落胆している自分をイシュタルは感じていた。ファバルにとって自分をユングヴィに連れてきたことは、戦争で親を亡くした子供達を引き取るのとたいした違いはないのだろう。
 事実彼は、世話をしていた孤児達のほとんどを自分の手元に引き取っている。そしてコノートに残ることを望んだ者達には、資金面での援助を続けていた。

 自分は、どんな言葉がほしかったのだろうか…。イシュタルはそう自分に問いかけてみる。しかしそれもよくわからなかった。
 ファバルは、そんな彼女の胸の内には気付かずに、ぽつりと付け加えた。

「それにおまえは、バーハラには行きたくないんじゃないかと思ったからさ…」
「え…っ?」

 イシュタルは驚いたような表情で、目の前のファバルを見つめた。どうして彼に、それがわかったのだろう……。
 処刑されるのは少しも怖くなかった。だが、ユリウスとの思い出の残るバーハラの城に幽閉されるとしたら、自分の神経が耐えられたかどうか自信がない。だから、ファバルが自分をユングヴィに連れて行くとフリージ公に宣言した時、イシュタルは内心安堵していたのだった。

「もしかして、ここが嫌なのか?」
 彼女の沈黙をどう解釈したのか、不安そうにファバルが問う。イシュタルは彼の目を見つめ、はっきりと言った。
「いいえ。ユングヴィに連れてきてくれたこと、感謝しているわ」

 ファバルがまぶしそうな表情で視線をそらした。



[79 楼] | Posted:2004-05-22 16:50| 顶端
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