雪之丞
级别: 火花会员
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组织头衔: 换头部部长
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お義姉さまといっしょ ~ 薔薇と雷 ~
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ヴェルトマー家の紋章を印した六頭立ての馬車から、一人の青年が降り立った。青年というよりも、その容貌はむしろ少年というに相応しい。それでもその身に備わった品格は、彼の血筋と育ちの良さを伺わせる。ずらりと居並ぶ出迎えの者達も、皆一様に恭しく頭を垂れた。
「遅かったじゃない! アゼル」 深々と腰を折る使用人たちをかき分けて、小柄な少女が飛び出した。長い銀の髪を結い上げたフリージ家の公女ティルテュは、腰に両手を当てるなり仁王立ちになる。遠路はるばるやってきた客に対する容赦ない応対に、アゼルはついついため息をついた。 「せっかくの夏期休暇中にいきなり呼びつけておいて、そういう言い方はないだろ、ティルテュ」 「なによ、どうせ暇を持て余してたんでしょ」 「暇なんかじゃないよ。休暇中といってもこなさなきゃならない課題はあるし、兄さんからだって領内の管理の一部を…」 「そんなこと、どうでもいいの。それよりこっちは一大事なんだから」 苛立たしげにアゼルの言葉を遮ると、ティルテュは幼なじみの腕をつかんで城の中へと引っ張っていった。大勢の使用人たちがいる中で大声で話すのは、はばかられる内容らしい。ただならぬ様子のティルテュに、アゼルもおとなしく後を付いていく。
「いったい何があったんだい」 「お兄様が今日、婚約者を連れてくるのよ」 「それで?」 「その婚約者っていうのが、あんたのところのヒルダ嬢なのよ」 「へえ、じゃあ噂は本当だったんだ」 フリージ家の公子が、社交界の花ヒルダにぞっこん惚れ込んで、距離をものともせずに通い詰め、口説きに口説いて、ようやく色よい返事をもらえたらしいという噂は、そういった話題に疎いアゼルの耳にも届いていた。 納得した顔のアゼルに向かって、ティルテュは彼を呼び寄せた理由を告げる。 「だからヒルダのことを詳しく教えてほしいの。あの人について社交界で聞く噂って、ろくでもないものばかりなんだもの」 確かにそれは事実だった。どこかの御曹司がヒルダに入れあげて貢いだあげくに手ひどく振られたとか、ヒルダを巡って決闘した騎士が重傷を負ったとか、それを当の本人は笑いながら見物していたとか。そんな噂はアゼルも何度か耳にしたことがある。 「アゼル、あんたあの人の親戚だったわよね」 「うん、確かにヒルダは僕の従姉にあたるけど、別に親しいわけじゃないからあまりよく知らないんだ。親族の集まりの時にも、僕は外させてもらうことが多いしね」 アゼルはふと考え込むしぐさを見せた。彼の脳裏に、これまで何度か会話を交わした従姉の印象が蘇る。 「でも、彼女はそんなに悪い人じゃないよ。良くない噂のほとんどは、彼女に求愛して断られた男たちや、彼女を妬んだ女性たちが流したものじゃないのかな。良くも悪くもヒルダは目立つからね。話題になることも多いんだ」 「だけど、火の無いところに煙は立たないって言うでしょ。そんな噂が流れるってことは、それなりのことをしてるってことじゃないの」 「どうかなあ。僕にはそうは思えないけど。…で、ティルテュはそれを聞いてどうするつもりなんだい?」 「当たり前でしょ。お兄様との結婚を阻止するのよ。ヒルダがもしお兄様に相応しくない人だったら、あたし絶対に認めるわけにはいかないわ」 「ティルテュ……」 胸の前で握りこぶしを固め、決意も新たに前を見つめる幼なじみにアゼルは絶句した。
アゼルの心配をよそに、ティルテュは小さな胸のうちに使命感を燃え上がらせていた。彼女にとって、兄のブルームは唯一の味方であり理解者であり、そして絶対の存在だったのだ。 グランベルの六公爵家の一つフリージ家の公女として生まれたティルテュは、幼い頃から厳格な父と母、そしてその意を受けた教育係によって厳しくしつけられてきた。ティルテュが持って生まれた自由奔放な性格は、そういった教育方針とは何かにつけて対立したが、そんな彼女を兄だけが理解してくれた。父に叱られ、母にため息をつかれ、どこにも居場所のなくなった妹の話を聞いて、肯定して、慰めて、そして思い切り甘やかしてくれた。 兄の幸福が自分の幸福。そう思う彼女にとって、兄の一生を左右するかもしれない婚約者がどういう人物であるかは大問題なのだ。もしも、兄を幸せにできそうもない女性だったら、絶対に追い出してやる! そう、決意を固めていた。
その日の午後になって、フリージ家の嗣子ブルームが婚約者を伴って帰城した。緋色のドレスに身を包んだヴェルトマー公国の伯爵令嬢は、まさしく大輪の紅薔薇のごとき艶やかさで、出迎えたフリージ家の人々を圧倒した。隣に立つブルームが霞んでしまうくらいに、その存在感を周囲に見せ付ける。間近でヒルダを見るのが初めてだったティルテュも、一瞬目が引き付けられて離せなかった。
兄のブルームがティルテュの部屋を訪れたのは、それからしばらく経った頃だった。彼はどこかに出かけた時には、必ず何かしらのお土産を忘れない。今回は、可愛い髪飾りの他に、一冊の古びた本を兄は手にしていた。 「お兄様! この本は!?」 一目見るなりティルテュにはわかった。もう何年も前から欲しくてたまらなかった古の十二聖戦士を描いた物語。聖戦士の伝承を記した本は数多く出回っているが、大抵は難しい口伝の形式だったり、ただ事実を連ねたそっけない史書だったり、逆にあまりにも子供向けのお伽話だったりで、彼女が興味を引かれるものはほとんどなかった。しかし、聖戦士の伝説を恋愛と冒険の要素をふんだんに取り入れた読みやすい物語に描き直し、美しい挿絵も豊富に施された本があると耳にして以来、ずっと探し続けていたのだった。しかしその本は、複写されたものを含めてもこの世に数冊しか存在しないらしく、どうしても手に入れることができなかった。 しかし、今ブルームから手渡された本は、間違いなく探し求めていたものだった。しかも、中に挿絵があることからして、おそらく原本であると思われた。 「ありがとう、お兄様!」 ティルテュは夢中で兄に飛びついた。しかし、ブルームは少し困ったような表情を見せる。 「いや、実は……それはヒルダからの贈り物なんだ」 「えっ」 「以前、私が何かの折にヒルダに話したことがあったんだが、彼女はそれを覚えていたらしい。手を尽くして探してくれたんだ。彼女には口止めされていたけど、やっぱりティルテュには本当のことを言っておくよ」 「あ…あの人が…」 ティルテュは複雑な表情で、手の中の本を見つめた。
兄が去った後、ティルテュは寝台に寝転んで、ずっと皮の表紙と睨めっこを続けていた。 これが、大金を積んだからといって必ず手に入るものではないことをティルテュは知っている。こういった品の収集家は、それを持つに相応しいと見込んだ相手にしか決して譲りはしないものなのだ。 「まあ、いいわ。本は本だもの。別にこれを貰ったからって、あの人への評価が甘くなるわけじゃないんだから」 やがて軽くため息をつくと、自分に言い聞かせるようにそっと呟く。 もしこれが、ありきたりの装飾品や人形だったら、たとえそれがどんなに高価なものでも心を動かされたりはしなかっただろう。そういったものに、ティルテュは慣れていた。 フリージ家の爵位継承者という立場にあるブルームの周囲には、これまでにも数多くの貴族の令嬢が集まってきた。彼女達は、公子の妹を味方に付けて優位に立とうとでも思っているのか、ティルテュに対し実にさまざまな贈り物をくれた。だが、そういった品にはあからさまに下心が透けて見える。自分の前では猫なで声を出していた女性が、影では手のひらを返したように悪し様に言うのをティルテュは聞いたことがある。 もしヒルダが同じ思惑でこれを贈ったのだとしたら、当てがはずれてさぞがっかりするだろう。そんなことを思いながら、ティルテュは大切な本を傷めないように、慎重な手つきで頁を繰った。
それから数日が過ぎたが、ヒルダはティルテュに媚びるような態度は全く見せなかった。かといって、無視したり見下したりしているわけでもない。いわば、ごく自然体でティルテュに接している。それはむしろ拍子抜けするくらいに『普通』だった。
滞在が長くなるにつれ、フリージ家でのヒルダの存在感が増していく。それをティルテュも肌で感じていた。ティルテュの母であるフリージ公妃は二年前に病で亡くなっているため、現在この城は女主人が不在の状態である。しかしすでに使用人たちは、ヒルダをそれに代わる存在として受け入れ始めている。他人に対する評価が厳しいことで有名な父レプトールでさえも、息子をよろしく頼むと彼女に直接頭を下げたほどだった。 作法、会話術、立居振舞、どれをとっても完璧なものを彼女は身に付けている。少なくとも、それはティルテュも認めざるを得なかった。
その日の朝早くから、ティルテュは厨房に篭\って小麦粉と格闘を続けていた。今日はブルームの誕生日。毎年この日は、兄のためにクッキーを焼くのが彼女の習慣となっていた。砂糖とバターと小麦粉をこねて、型を抜いて卵黄を塗って焼くだけの簡単なものだったが、それでもブルームはいつも「ティルテュの作ってくれたクッキーが一番美味しいよ」と言ってくれるのだ。 竈から取り出したそれは、予想外に良い色合いの焼き上がりだった。一つ味見をしてみたが、これも満足のいく出来だった。早速、用意した可愛い布で包んで、桃色のリボンを結ぶ。兄の姿を探してティルテュは駆け出した。
ブルームは、中庭のあずまやで見つかった。その傍らにヒルダの姿があるのが少し気になったが、構わずティルテュは走り寄って行く。彼女に気づいたブルームが、こちらに向かって笑顔を見せる。 「やあ、ティルテュ。良いところに来たね。今、ヒルダがお菓子を焼いてくれたんだよ」 兄の言葉にティルテュは怪訝な顔を見せた。さっき彼女は料理人たちの邪魔にならないように、厨房の隅を借りて作業をしたが、そこにヒルダの姿は無かったはずだ。この城には、それとは別に女主人、つまりは公妃が使用する専用の厨房がある。それではヒルダは、そこを使用したのだろうか。それを、父や兄が認めたということなのだろうか。 だがそんな疑問は、テーブルの上に乗\ったヒルダの手による幾種類かのお菓子を目にしたとたん、どこかに吹き飛んでしまった。 フリージ家の厨房にも菓子作り専門の職人が何人もいるが、彼らの作る手の込んだ『作品』にも引けを取らない、いやそれどころかそれを凌ぐとも思える見事な出来栄えの美しい菓子。それはもはや芸術品の域に入っていた。 自分の焼いたクッキーが、とたんにみすぼらしいものに思えてくる。ティルテュは、手に持ったままだったその包みを後ろ手に隠した。 「よかったら、あなたも一緒にいかが?」 ヒルダが微笑みかける。それがティルテュには、勝ち誇った笑みに見えた。 「いらない!」 「ティルテュ」 兄の声を背後に聞きながら、ティルテュは逃げるようにその場を走り去った。
――― 悔しい、悔しい!
あの場所は、いつもあたしがいる場所だったのに! 走りながら、目じりに涙が滲んでくる。年に一度の兄の誕生日。この日だけは一日中、兄の笑顔を独り占めにできるはずだった。それをあの女が奪ったのだ。部屋に駆け込んだティルテュは、そのまま寝台に突っ伏して涙を零した。
それからどれくらい経っただろう。気が付くと、誰かが部屋の扉を叩いている。もしかして、兄が心配して様子を見にきてくれたのだろうか。一瞬そんな期待をしたが、それはあっけなく破られた。 「ティルテュ。そろそろ午餐の用意が出来るそうだよ」 扉を開けて顔をのぞかせたのはアゼルだった。昼食に呼びに来たらしい。まだ寝台に伏したままだったティルテュを見て、彼は驚いて飛んできた。 「どうしたの、ティルテュ。具合でも悪いのかい?」 「平気よ。なんでもないわ」 ティルテュは寝台の上に起き上がる。あれこれ詮索されるのが煩わしいという思いがあった。 その時アゼルの目に、寝台の隅に投げ出された可愛い布包みが映る。何気なく、彼はそれを摘み上げた。 「あれ、これは? まだ、お兄さんにあげてなかったの?」 彼女がブルームのために、はりきって菓子作りにいそしんでいたのを、アゼルも知っていた。 「もういいの。アゼルにあげるわ」 「どうして? せっかく朝早くから、がんばって作ったのに。そんなこと言わずに、今からでも渡しておいでよ。きっと喜ぶよ」 「いいのよ、お兄様はヒルダの作ったお菓子でもうお腹がいっぱいなんだから。あたしのことなんて、忘れてるわ」 「だけど…」 「食べないならいいわよ、捨てるだけだから」 ティルテュはひったくるようにアゼルの手から布包みを奪うと、窓に向かって歩き始める。 「待って、ティルテュ」 窓際でようやくティルテュを捕まえることに成功したアゼルは、投げ捨てられる寸前だったクッキーを無事に彼女の手から回収した。大切そうに両手に持つと、寝台の端に腰を下ろし丁寧にリボンを解く。 「じゃあ、ありがたく頂くよ」 にっこりと微笑むと、アゼルは本当に嬉しそうに包みから取り出したクッキーを口に運\ぶ。 「おいしいよ、とっても。毎年こんな美味しいクッキーを食べられたなんて、君の兄さんが羨ましいな」 「アゼル…」 それは本当に素直な賛辞の言葉で、そして彼の表情からそれが心からの言葉だということがわかって、ティルテュは逆にいたたまれないような気分になってきた。余り物を押し付けたようなものなのに、アゼルは嫌な顔一つせずに口にして、それどころか自分を気遣って優しい言葉までかけてくれる。同い年の幼なじみが、急に大人びて見えた。 「……ごめんね、アゼル。八つ当たりして」 恥ずかしさに顔を上げられない。そんな彼女に、アゼルは優しいまなざしを向ける。俯いたティルテュにも、それは感じられた。 「あ、そうだ。お茶を淹れるね。気がつかなくてごめん」 慌てて扉の外に向かったティルテュは、お湯を持ってきてくれるよう侍女に頼むと、再び部屋に戻ってきた。常備してあるお気に入りの茶器を取り出して準備を始める。とっておきの茶葉を慎重に計量してポットに入れ、侍女が運\んでくれたお湯を注いで少し待つ。そうしているうちに、さっきまでの苛立ちが嘘のように心が穏やかになってきた。
――― 不思議…。あんなに悲しくて悔しかったのに…。
アゼルの優しい声と言葉と笑顔が自分の心にもたらした効果に、まるで他人事のように驚いている。ささくれ立っていた心が、いつのまにか癒されているのをティルテュは実感していた。
お義姉さまといっしょ ~ 薔薇と雷 ~
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- 2 -
それからさらに数日が経過したが、ヒルダが兄に相応しくないという決定的な確証を、ティルテュは未だつかめずにいた。 それどころか、未来のフリージ公妃として、ヒルダは文句のつけようがない。むしろ、彼女以上の存在は考えられないだろう。そんな確信が深まるばかりだった。 そうなると問題はヒルダ自身の気持ちということになる。彼女が本当に兄を大切に思っているのか、単に公妃の地位が目当てではないのか。それだけはどうしても確認しなければならない。 こんなふうに悶々と思い悩んでいるなんて、自分らしくない。正面切って、ヒルダにぶつかってみよう。ティルテュは心を決めた。
「あら、いらっしゃい。どうしたの?」 部屋を訪ねると、ヒルダはごく普通にティルテュを迎えた。婚約者の妹に媚びる様子も見せなければ、変に気遣う様子もない。極めて自然に、ただ友人が訪ねてきたとでもいうようにティルテュを部屋に招きいれた。 それまでヒルダが座っていたと思しき椅子の前のテーブルには、刺繍の道具が置いてある。まだ作成途中であるにも関わらず、完成品の見事な出来栄えを予想させるものだった。そういえば、最近兄が襟に巻いているカラーが、どれも非常に趣味の良い刺繍に彩られていたのをふと思い出す。 ティルテュ自身も教養の一つとして刺繍はたしなんでいたが、水準がまるで違うのは一目瞭然だった。あえてそれから目を逸らし、まるでヒルダを睨み付けるようにティルテュは正面に向き直った。
「聞きたいことがあるの」 勧められた椅子に座ることもなく、ティルテュは単刀直入に切り出した。 「何かしら」 ティルテュが腰を下ろさないせいか、ヒルダも立ったままで応対する。 「あなた、お兄様のどこが好きなの? どうしてお兄様と結婚しようと思ったの」 「それを聞いてどうするの?」 「答えて」 真剣そのもののティルテュの表情に、ヒルダも心なしか表情を引き締めた。 「理由…と言えるかどうかわからないけど、あたしには子供の頃からの夢があるの。国でも領地でもいいから、一国を自分の裁量で動かしてみたいっていう夢。だから、もし結婚するなら、妻を飾り物じゃなくて対等の人間として見てくれて、力量に見合った権限と責任を与えてくれる、そういう理解のある男を選びたいって思っていたわ。ブルームは、その理想通りの男だったの」 淡々とした…といってもよい静かな声でヒルダが語る。しかしその答は、ティルテュを満足させるものではなかった。聞き終えたティルテュの顔が、怒りで真っ赤に染まっている。 「な、何なの、それ。要するに、自分の好きに国を動かしてみたかったってこと? だったら、お兄様じゃなくてもいいでしょう。たとえば…そうだわ、あなたの国のアルヴィス卿とでも結婚すればいいじゃない!」 「アルヴィスねえ…。ああいう可愛げのない男って、あたし、あまり好みじゃないのよ」 興味なさそうに遠くを見た後ヒルダは、憤るあまり拳を震わせているティルテュに視線を戻した。そして、くすりと笑う。 「男は、少しくらい頼りないところを見せてくれたほうが、心をくすぐられると思わない?」 「何ですって。お兄様が頼りないって言いたいの!」 「そうじゃないわよ。ブルームはね、無意味な虚勢を張ったりしないの。自分が弱く見られることを怖がってなんかいない。いつも、ありのままの姿をあたしに見せてくれるわ。それだけ誠\実で懐の深い男なんだと、あたしはそう思ってる。だから、あたしも自分にできる限りのことで、彼を支えていきたいって思ったの」 ティルテュの目を真っ直ぐに見つめ、ヒルダは宣言する。 「誤解しないでちょうだい。あたしはブルームを愛しているわよ」 その真剣なまなざしには、嘘は感じられなかった。なのに、ティルテュの胸の内には、それを受け入れられない気持ちが溢れている。いや、受け入れられないのではない。受け入れたくないのだ。ティルテュは感情のままに、ヒルダに向かって言葉を投げつけた。 「嘘! お兄様が将来受け継ぐ財力と権力を愛しているんでしょう!」 「そう思いたいのなら、ご自由に」 ふいに興味を失ったようにヒルダは視線をはずす。ティルテュはそれを、肯定の意味に受け取った。
ヒルダの部屋を後にしたティルテュは、そのまま兄の私室に駆け込んだ。 「お兄様、ヒルダと結婚するのはやめて!」 飛び込んでくるなりそう叫んだ妹を、ブルームは戸惑った目で見る。 「ティルテュ、何かあったのかい? どうしてそんなことを?」 「だって…あの人、お兄様自身を愛しているわけじゃないのよ。そんなのあたし許せない!」 その言葉を聞いたとたん、ブルームは何とも言えない寂しそうな悲しそうな表情を見せた。 「…それは………仕方がないんだよ」 「お兄様?」 「ヒルダはあの通り美しくて聡明で、グランベル中の貴公子が彼女に憧れているだろう? 本当なら、私に手の届くような女性じゃないんだ。私がもし一国の嗣子でなかったら、恐らく彼女には振り向いてもらえなかったはずだから」 「何言ってるの? そんなことないわ。お兄様は誰よりも立派よ。あんな人を選ばなくても、他にも相応しい人はたくさんいるわ」 思わずティルテュは兄の手を両手で掴んだ。 「お願い。あの人と結婚するのだけはやめて。きっと、お兄様は不幸になるわ」 そしてすがりつくような目で見上げる。しかしブルームは、妹の目を見つめたまま、きっぱりと答えた。 「おまえの頼みでも、これだけは聞けないよ。ティルテュ」 「お兄様……」 呆然とした表情で、ティルテュは兄を見上げた。掴んだ手が、力なく離れていく。 今までなら、自分が本心から頼めば、最後はとうとう根負けして何でも言うことを聞いてくれた兄。でも、もうだめなのだ。兄の心の中心には、すでにヒルダがしっかりと棲み着いてしまっているのだ。そのことを、今はっきりと思い知らされた。 どうしようもない敗北感に打ちひしがれて、ティルテュはその場に立ち尽くしていた。
その後、どうやって兄の部屋を出たのかすら覚えていない。気づいたら、アゼルの部屋で彼の寝台を占領して涙にくれていた。 ティルテュも、もう気づいていた。ヒルダ自身が嫌なわけではなかったのだ。もしヒルダでなかったとしても、自分から兄を奪う女性など誰一人として認めることはできない。そんな自分の本心と、ようやくティルテュは向き合った。 その瞬間、言いようのない悲しみが胸を襲った。自分のたった一人の味方で、理解者で、保護者でもあった兄。その大きな存在が失われてしまう。そう思ったとたん、とてつもない寂しさと不安を感じた。
「元気を出して、ティルテュ」 ためらいがちに、アゼルが声をかける。ティルテュが声をあげて泣いている間、彼は何も言わずただ黙って背中を撫でてくれていた。ようやく彼女の様子が落ち着いてきたのを見て、慰めようと言葉をかけたのだろう。 しかし、今のティルテュには、そんなアゼルの心を思いやる余裕などなかった。
「アゼルにはわからないわ。お兄様の心が離れてしまったら、もう誰もあたしのことを考えてくれる人なんかいないのよ。お父様はとっくの昔にあたしのことなんか見放しているし、お母様も、大好きだったお祖母様も、もういらっしゃらない。あたしは一人ぼっちになるのよ」 「僕がいるよ。僕が兄さんの代わりに、ずっと君の側にいるから」 「え………?」 思わず顔を上げたティルテュの目に、今までに見たこともないような真剣な表情のアゼルが映る。単なる幼なじみとしか思っていなかった彼の顔が、ふいにそれまでとは全く違ったものに変化したような気がした。胸の奥で何かが小さく音を立て、次の瞬間には急に頬が熱くなる。そのわけのわからない感情を持て余し、ティルテュはつい本心とは正反対のことを口にしてしまう。 「あ、アゼルがお兄様の代わりになんか、なれるわけないじゃない! お兄様はとっても優しくて思いやりがあって頭が良くて、誰よりもあたしのことをわかってくれて…。アゼルに同じことができるとでも言うつもり!?」 怒らせてしまうことを覚悟の上でそう言った。いくら温厚なアゼルでも、この暴言は許せないだろう。しかしアゼルは、一瞬だけ寂しそうな顔を見せたが、すぐに以前よりももっと真剣なまなざしでティルテュを見つめる。 「すぐには無理だけど、努力する。少しでも、君の兄さんに近づけるようにがんばるから。だから、もう少しだけ待って」 そうして、ティルテュの正面に座リ直すと、彼女の頬を伝う涙を指先でそっと拭った。 「僕は、笑ったり怒ったりしているティルテュが好きだ。でも、君の泣き顔だけは見たくない」 「アゼル…」
――― どうしてアゼルは、あたしの涙の止め方を知っているんだろう…
まだ涙にぼやけた視界の中で、ティルテュはそんなことを思っていた。
その日の晩、ブルームから夜の茶会という耳慣れないものに誘われ、まだ足を踏み入れたことのない庭園を訪れたヒルダは、目の前に広がる光景に息を呑んだ。用意されたテーブルの周りを、一面の白い薔薇が取り囲んでいる。月の光を浴びて青白く輝く薔薇の群れと、ところどころに小さく灯された明かりが、あたりを一層幻想的な光景に見せている。
「寒くないかい?」 夏とはいえ、夜は多少は冷え込むことがある。ブルームは、手にしたレースのショールを婚約者の肩にかけた。ファラの血を引くためか、赤系統を好む彼女に合わせたものだった。そうしているとヒルダは、白薔薇の中に一輪だけ気高く咲き誇る真紅の薔薇のようにも見える。 「ありがとう」 ヒルダは改めて周囲を見渡した。 「夜に見る薔薇というのも風流なものね」 彼が自分のため用意した景色を堪能し、そして思う。ブルームが自分にくれるものは、いつもこういった形のないものばかりだった。詩や音楽や風景や、どれ一つをとっても、金銭的な価値に換算できるものではない。 高価な宝石やドレスといった贈り物に慣れていたヒルダは、彼の差し出すこうした物に最初は戸惑った。一国の公子ともあろう者が、金がないわけでもあるまいに、いったいどういうつもりなのだろうと最初は相手にしなかった。だがそれはいつしか、今度はどんなものを見せてくれるのかという楽しみに変わっていった。そんな自分に、ヒルダ自身が一番驚いていた。 ブルームが贈ってくれるものは、どんなに財宝を積んでも手に入れられるものではない、彼の心そのものなのだと気づくのに、そう時間はかからなかった。
馥郁たる薔薇の香りに包まれて、ゆったりとした気持ちでお茶を楽しんだ。こんな静かな気分になれるのは、ブルームの側にいる時だけであることを、ヒルダはもう自覚している。たわいもない会話を交わすことを時間の無駄だと思わなくなったのも、彼と出会ってからだった。
「それにしても、本当に可愛らしい妹さんね。あたしが地位目当てであなたと結婚すると思って、烈火のごとく怒っていたわ」 昼間自室に乗\り込んできた勝気な少女の表情を思い出し、ヒルダは口許を綻ばせる。 「妹が何か失礼なことを言ったのなら許してやってほしい。決して悪い子ではないんだ」 「わかってるわよ。愛されているのね、ブルーム。ちょっと妬けるわ」 ヒルダの口調に、ブルームも少し苦笑を浮かべた。 「二人きりの兄妹だからね。やはり可愛いし、大切だし、愛しいと思う。私自身も父にとってはあまり出来の良い息子とは言い難いから、ティルテュの寂しさがよくわかるんだ」 そしてしばし口を噤んだ後、彼は苦しそうな声を洩らした。 「………すまない、ヒルダ」 「何のこと?」 「君が本当はこの結婚を望んでいないことに、私は気づいていた。フリージ本家からの正式な申し込みを、君の父上が断ることが出来ないことも承知していた。それを知っていながら、私は君を自分のものにできるかもしれないという誘惑に、勝つことが出来なかったんだ」 目を伏せたまま、苦悩に眉を寄せて語るブルームに、ヒルダは深い深いため息をついた。この期に及んでまだそんな思い違いをしている婚約者に、どう真実を伝えたらいいだろう。少時思いを巡らせたが、やがて考えるのも馬鹿馬鹿しくなった彼女は、心のままに自分の気持ちを打ち明けた。 「ブルーム、この際だからはっきり言っておくわね」 少しばかり怒りを含んだようなその声に、ブルームは思わず顔を上げる。その目をしっかりと捉えて見据えながら、ヒルダはきっぱりと言い切った。 「あたしはね、その気にさえなればクルト王子の妃にだってなってみせるわ。あたしにはそれだけの価値がある。でもね、あたしは自分の意志であなたを選んだの。決して誰かに強制されたわけじゃない。そのことだけは忘れないでちょうだい」 「ヒルダ…」 ブルームの目に控えめに浮かんだ歓喜の色を確認しながら、ヒルダは言葉を続ける。 「大丈夫よ。あたし、きっとあの子と上手くやっていけると思うから。だって、あたしたち。よく似ているもの」 そして、真紅の薔薇は嫣然と微笑んだ。
すっかり出立の用意が整ったヴェルトマー家の馬車は、しかし未だにその場所から一歩も動くことができなかった。帰国するアゼルを見送りに来たティルテュが、なかなか馬車から離れようとしなかったからだ。 「どうしても帰っちゃうの、アゼル」 「うん、これ以上帰りを延ばすと、ほんとに兄さんに殺されそうだから」 「そう……。寂しくなっちゃうな」 もう一歩馬車に近づくと、ティルテュは神妙な顔でアゼルの目を見つめた。 「アゼル、いろいろありがとう。本当にごめんね、無理させちゃって」 「ティルテュの頼みじゃ、仕方ないよ」 尚も名残惜しそうな表情を見せる幼なじみに、アゼルも後ろ髪を引かれる思いがする。 「そうだ、今度は君がヴェルトマーへおいでよ。休暇もまだ残ってるし。子供の頃みたいに、またいろんなところを案内してあげるから」 「ほんと!? うん、絶対行くわ」 窓から半身を中に乗\り入れてアゼルの手を掴むと、ティルテュは強引に自分の小指を彼の小指に絡ませる。子供の頃よくやっていた、約束のおまじないを思い出し、アゼルの顔にも笑みが浮かぶ。子供っぽいしぐさだったと気づいたのか、ティルテュは慌てて手を離し、少しだけ照れたような表情を見せた。 少しの沈黙の後、再びアゼルを見つめたティルテュの顔には、不安とそしてほんの少しの期待が混じっていた。 「ねえ、アゼル。……あれ、本当?」 「え?」 「いつか、お兄さまみたいになって、その………ずっと側にいてくれる…って」 「もちろんだよ。ただ、君が待っててくれれば、の話だけど」 とたんにティルテュの顔がぱっと輝いた。しかし次の瞬間には、いつもの勝気な表情がそれにとって変わる。 「あまり待たせないでよね、あたし気が長いほうじゃないんだから」 「うん、がんばるよ」 つい本心とは反対のことを言ってしまう自分に、アゼルはどこまでも素直な言葉を返す。やっぱり彼には敵いそうもない。そんなことを思いながら、ティルテュは遠ざかる馬車をいつまでも見送った。 優しい夏の風が、ふわりと頬を撫でて通り過ぎていく。今なら兄の婚約を少しだけ祝福できそうな、そんな気がしていた。
-END-
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[127 楼]
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Posted:2004-05-22 17:29| |
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