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雪之丞

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海蓝之钻(II)
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>>迷走                                       巡礼者シリーズ
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【三章 ・憧れと、愛と】


朝の稽古が終わり、フィンはいつもと同じように主君夫妻に朝食の席に呼ばれていた。

「おはようございます。エスリン様」

朝、キュアンとは顔をあわせていたフィンだがエスリンに会うのは本日初めてである。

「おはよう、フィン。さあ、はやく席について!おなかすいたでしょう?」

そう言いながらエスリンはお茶を入れ始めた。

「フィン、最近ぐんぐん腕がのびてきているな。」

横に腰掛けていたキュアンが嬉しそうにフィンに話し掛ける。

「いえ・・・その様なことは・・・」

謙遜するフィン。そこにエスリンが紅茶のポットを差し出しながら面白そうに話に入って

きた。

「あら!謙遜なんてしなくていいのよ?フィン、最近すごくがんばっているじゃない!」

「確かに最近のフィンの訓練の量はすごいな・・・何かあったのか?」

キュアンはにやにやと笑いながらフィンに質問する。その横にいるエスリンも似たような

表情をしていた。

(気づかれている・・・!)

心の中でフィンは焦った。とりあえず何も知らないふりをする。

「いいえ、いつもと変わりません、キュアン様」

にこりと笑ってみる。

だが、付き合いが長いこの二人はごまかせない。

「フィンったら!!嘘ついちゃって!」

エスリンはばん!とフィンの背を叩いた。思わず食べ物をのどに詰まらせそうになるのを

けほけほ、と咳をして乗\り切った。そんなフィンにはおかまいなしにエスリンは話を続ける。

「ラケシス様にいいところ見せたいんでしょう~~~?」

にやり、と笑いながらエスリンがついにラケシスの名前を出した。

「・・・そ・・そのようなことは・・決して」

内心、焦りながらも必死で微笑み否定するフィン。

「うんうん。なんか、エスリンに恋したころを思い出すな・・」

「やだっ!キュアンたら!」

まったくフィンの否定の言葉など聞かずに、二人の世界がはじまる。フィンはチャンスだ!と

長年の経験から判断し席を立った。

「ごちそうさまでした。約束がありますので失礼いたします」

一礼して逃げるように部屋を去った。


「あら・・・逃げられちゃったわ」

なごりおしそうにエスリンが呟く。

「そうだな・・・でも本当に微笑ましいじゃないか」

「ええ、そうね・・・ラケシス様もフィンのこと好きそうだし・・・応援しなきゃ!」

エスリンは自分のことのように嬉しそうだ。

「あぁ・・・そうだな・・・」

キュアンは頷きながら、半年前エルトシャンと別れた時を思い出していた。


◇ ◇ ◇


『おい、エルト・・あれではラケシス王女がかわいそうではないか・・・?お前らしくもない』

ノディオンに帰れと言われたラケシスはショックを受けて、「兄様の馬鹿!」と怒るとホール

から出て行ってしまった。

『・・・あれでいい。おれたちはあまり一緒にいないほうがいいからな』

妹の走り去った廊下をじっと見ながらエルトシャンは返事をした。

その返答にキュアンもシグルドも驚いた。二人の心のどこかにあった疑惑を今、当人が

肯定したのだ。

『エルト・・・お前・・・』

『勘違いするな、ラケシスはあまりに外の世界を知らないだけだ。おれへの思いも憧れが

すべてだ』

『・・・お前は?』

問いに、エルトシャンはまっすぐと返事はしなかった。

『・・・いつも思う。大空を知らない籠\の中の鳥は哀れだと・・・』

『エルト?』

『だが、それを知りながらおれはあまりにその小鳥が愛しくて・・・解き放つことができない』

『!』

話の意味を理解してキュアンとシグルドはいたたまれない表情をした。

『だから、籠\の扉をひらいて去る瞬間を見なければいいと、そう思った。そうすれば小鳥は、

あるべき大空へと飛び立つ事ができる』

そういって俯いてしまう。細い金の髪が顔を隠した。

『エルト・・・』

不安そうなシグルドの声にエルトシャンは顔をあげて笑った。先ほどのようなつらそうな

表情ははもう、ない。

『・・・そういうわけだ。シグルド、それにキュアン・・・一年間ラケシスを頼む』

そう言って、エルトシャンはシルベールへ行ってしまった。


◇ ◇ ◇


「・・・ン!キュアンたら!」

「あ・・・・すまない。」

「どうしたの?ぼ~っとしちゃって!・・・フィンが傍にいなくて寂しい?」

面白そうにエスリンが覗いてくる。

「はは・・・・・そうかもしれないな!」

明るく返答しながらもキュアンの内心は真剣なものだった。

(エルト・・・お前は辛いかもしれないが・・・正しい選択だったな・・・)


今は遠い空の下にいる親友に呟いた。


                              
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【四章 ・すれ違い】


「フィン!」

ラケシスが中庭に走ってきて、青い髪の青年フィンの名前を呼んだ。

「ごめんなさい、待ったでしょう?」

息を少し切らしながら自分より背の高いフィンを見上げる。

「いえ、そのようなことはありませんよ」

フィンは肩で息をしながら不安そうに自分を見上げてくる王女に言う。

「本当に?」

「えぇ。では参りましょうか。」

フィンは微笑むと近くの木にラケシスを促す。木の傍にはすでに茶色い毛並みの馬が用意

されていた。フィンは馬の傍までラケシスをエスコートすると手を差し出す。

「お手を」

「ありがとう」

フィンに手を重ねる。そのとき胸がドキドキと高鳴ったことに気づいた。助けをかりながら

騎乗\しているうちに顔が赤くなってしまい隠すようにうつむいた。

フィンはラケシスが馬に横座りするのを確認すると続いて自分も後ろに騎乗\した。

ラケシスがバランスを崩しそうになってフィンの手を掴んでくる。それににこっと笑うと手綱を

馬にあてた。

「行きますよ」

フィンは城を出て、西の岬に馬を走らせた。


◇ ◇ ◇


「あ・・・」

目的の岬について景色を眺めていたラケシスが呟く。

だが少し大きめの波の音に、呟きはかき消された。

「どうかされましたか?」

声は聞こえなくとも、様子から何かを言ったことに気づいたフィンは返事をした。

「ハイライン城が見えますわ・・・・」

細い指の指す方向に城が見える。そのことをどうやら言っているらしい。

「そうですね」

「今まではハイライン城なんて見る価値もないと思っていましたけど、美しいですわ」

最近、ラケシスとよく一緒にいるフィンはどれだけハイラインの王子エリオットを嫌っていた

か聞かされていたのでおもわず苦笑した。

「この間の戦いで、ハイラインに参りましたが、なかなか街が活気付いていましたよ」

「そうですの?」

「えぇ。珍しい品が売られたりしていました。海が近いからかもしれませんね」

「そう・・・今度、機会があれば行ってみたいわ・・・」

言いながらもう一度ハイライン城を見やる。金色の髪を風が遊んでいた。

その姿を見つめながらフィンは微笑む。

「わたしでよろしければ・・・また、今度にでもお供させて頂きますが」

「ほんとうに?!」

ラケシスは自分でもびっくりするぐらいうれしそうな声をあげた。

その姿にフィンもまたうれしそうに目を細めて、はい、是非・・・と言った。

風が二人の間を通り抜けてゆく。


◇ ◇ ◇


そして時間は過ぎて・・・・・

いつの間にか、話題はフィンの故郷へと移っていた。

「そう、レンスターは大変なのね・・・・」

「はい。その中で、キュアン様の夢はとてもすばらしいと・・・そう、思います」

「夢?」

「キュアン様の夢はトラキア半島の統一。北だけではなく、南もともに豊かになれればと」

「そうでしたの。素敵な夢ね・・・きっとキュアン様ならかなえられますわね」

「はい、わたしもそう信じております」

「きっとよ。エスリン様もいらっしゃるし、それにフィン、あなたもいるじゃない」

「わたしは・・・騎士とはいってもまだ見習ですので」

「あら、何言ってるのよ。キュアン様がフィンのことを褒めていらしたわ。フィンは本国に

戻ってもどの騎士にも引けをとらないって」

「それは・・・ありがとうございます」

フィンは困りつつもうれしそうに礼を言う。その姿にラケシスもにっこり微笑んだ。


その後も、ラケシスはフィンから色々話をせがんだ。

異国の騎士の話を聞く事は、ラケシスにとって未知への探検と同等だった。

わくわくとまるで子供のように目を輝かせている王女にフィンは苦笑しつつも内心は嬉し

かった。話に質問してくる鈴のようなラケシスの声。フィンは王女に惹かれていく自分に

気づいていた。


(だが、身分違いの恋だ・・・)

そう思うと、胸に鈍い痛みが走る。

楽しかったはずのその場が無性に切なくなってしまう。

ラケシスはいきなりだまってしまったのでどうしたのかとフィンの顔を見た。

「・・・フィン?」

は、とフィンは我に返り、ラケシスにさびしそうに笑いながら言った。

「そろそろ日が傾いてきました。帰城いたしましょう」

「え、あ・・・そうですわね」

ラケシスはあわてて頷く。そしてそう言いながらもまだ、フィンの顔を見つめていた。

(何故、こんなにさみしそうな顔をするの・・・)

そう、思ったときに、ごおぉっと風が強くなって思わずラケシスの体が傾いた。

それをとっさにフィンの手が伸びて支えてくれる。

いつになく二人の距離が近くなってラケシスは赤くなってしまった。なんとかその場の

雰囲気を変えようと思って口から言葉が出た。

別に意識したわけじゃない・・・きっと。

「・・・フィンは・・・好きな人とかいるの?」

ラケシスは赤くなりながらもフィンを見つめる。するとフィンは一瞬驚いたようだったが、

真剣な眼差しでラケシスを見つめ返して頷いた。

「・・・はい」

その返答に、ラケシスは自分が激しく動揺した事に気づいた。胸が苦しい。

ドクン・・・

ドクン・・・

(フィンに好きな人がいるの・・・・・?)

なんだろうこの気持ち・・・

ドクン・・・

ドクン・・・

思わずフィンから離れてしまう。それでも視線を外すことは出来なかった。


(あっ・・・)

そんな自分の態度から、最近の迷いに答えが出たことに気づいた。

(そう・・でしたのね・・・わたくし、フィンのことが・・・)

なびく金髪を押さえて俯く。

(好きに、なっていたのね・・・)

でも、それは叶う事はない。フィンには別に好きな人がいるのだ。

このときラケシスは、俯いていて、フィンが自分をじっと見つめていた事に気づかなかった。

夕日が焼けるように美しい。

このまま・・・二人だけを飲み込んでくれればいいのに・・・・

お互い、気づかれる事がないように心でそう願った。


                                     



[160 楼] | Posted:2004-05-24 09:28| 顶端
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【一章 ・アグストリアへ】


今、思い返してみれば・・・・あの日がわたしたちの運\命の日。

かけがえのない出会いの日。

きっと生涯忘れないだろう。


◇ ◇ ◇


「フィン。今度はノディオンへ向かうことになった」

マントの位置を直しながら、同じ部屋に控えていたフィンにキュアンが告げた。

「ノディオンですか・・・エルトシャン王のご統治される国ですね」

「そうだ。アグストリア諸公連合はいかなる時も他国の干渉を許さない。だが、連合国内で

内乱が起きたとなれば話は別だ」

キュアンの予想外の話にフィンは思わず眉をひそめた。

「内乱?今まではずっと平和が続いていたのにですか?」

「あぁ。国王が入れ替わってからはな・・・」

「それは・・・確か、シャガール陛下ですか」

「そうだ。先のイムカ王の急逝の事もおそらくは彼が・・・。どうも信用が出来ないとシグルド

とは話をしていたのだが・・・」

キュアンはふぅっとため息をついて一度目を伏せた。そしてすぐに顔を上げる。

「今日、エルトがアグスティで投獄されたとの報が入った」

「エルトシャン様が?!何かの間違いでは・・・」

「十中八九そうだろうな。先王に信頼を得ていたエルトはシャガールから疎まれたのだろう」

「そんな・・・」

フィンは呆然とした。この世の悪しき現実がそっと顔を見せている。

「そして問題はここから、だ。エルトのいないノディオン城を預かっているのは妹のラケシス

王女なのだが・・」

一旦、キュアンが言葉を切る。フィンは次の言葉を待った。

「そのラケシス王女から、先程使いがあった。使いはこういった・・・」


『隣国のハイラインがノディオンに向けて進軍。至急、貴軍に援軍を請うってね』


いつのまに部屋にやってきたのか、何か長いものを持ってきたエスリンが言葉を継いだ。

「ハイラインといえば、ノディオンの西方に位置する国ですね」

フィンはエスリンに道を開けながら言う。

「そうだ。エルトとクロスナイツがいない今が領土拡大のチャンスだと踏んだのだろう」

「それだけじゃないわ。」

二人がエスリンを見る。

「うん?」

「ハイラインの王子、エリオットは今までに何回もラケシス王女に求婚してすべて断られて

いるの」

「ははッ!そうだったな!あそこの王子は姑息者で有名でな。ラケシス王女が断るのも

無理はない」

キュアンはフィンを見た。フィンはエリオット王子なる人物を知らないので頷くわけにはい

かなかったが、エルトシャン王の不在を狙いノディオンに進軍する国の王子が全うだと

は思えなかった。


「・・・それにエルトシャン様が許されないわ。あんなに大事にされているんだもの」

「そうだったな・・・」

キュアンがエスリンのほうに視線を合わせて言う。そしてフィンに視線を戻してきた。

「フィン、一国とそして美しい王女の危機だ。行ってくれるな?」

「もちろんです、キュアン様。」

力強く頷く。

「よく言った、フィン。ならばこれを授けよう。」

キュアンがエスリンから長い包みを受け取り、包みを解く。そこから姿を現したものは・・・

「これは・・・勇者の槍!」

「そうだ。フィン、これからも戦いが続くだろう。そして今のお前は上級騎士としての素質を

十分身に付けている。この槍を持つのにふさわしい」

「ですが・・・・」

フィンは困惑した。あくまでも自分の身分は見習いの一兵にすぎないのに。

「いいのよ、フィン。貴方は今回は本来ならレンスターに残ってもよかったのにわたしたちに

付いてきてくれた。これはその御礼でもあるのよ。」

キュアンとエスリンが見つめてくる。フィンはまだどうすればいいのかわからなかったが

キュアンに槍を持たされ、その重みをずっしりと感じて決心がついた。

槍を脇に置き膝をついて礼をする。

「・・・真にありがとうございます。騎士として身に余る栄誉です」

頭を垂れていたので見ることは叶わなかったが、キュアンとエスリンが微笑む気配が感じら

れた。


◇ ◇ ◇


「イーヴ!外の様子はどうなの?」

昼の刻が迫りつつあるノディオン城の王座の間にまだ少女の声が響く。

王座の間に召喚されたノディオンの聖騎士、イーヴは玉座にある主の妹君を見た。

「姫、今戦況は非常に苦しい状況です。クロスナイツの召還が叶わなかったことでの打撃

があまりにも大きすぎます。私と他の聖騎士たちも精一杯姫をお守りしますが、万が一に

は撤退を」

「!」

イーヴの言葉に驚き王女は立ち上がる。王座から騎士のそばにまでくると膝を折って

目線を合わせた。

「何を言っているの。何があっても私は逃げませんわ。最後まで貴方たちと戦います!」

王女の言葉にイーヴはあわて、顔を上げる。

「なりません!姫、相手はハイラインです。指揮官はエリオット王子だと聞いております。

もし落城することがあれば姫の御身が・・・」

エリオットという名に反応してラケシスの琥珀色の瞳が怒りに染まる。

「エリオット!なんて姑息な男!ならば、なお更逃げるわけにはまいりませんわ!もうすぐ

シグルド様の軍が援軍にきてくださるはず、諦めてはいけません」

そういってラケシスはイーヴの肩に両手を置いた。イーヴは視線を合わせてくれている

王女をじっとみた。主君によく似た琥珀色の瞳には生気が宿り、弱りかけた心を奮い

立たしてくれる。

「かしこまりました。この命にかえましても」

「ありがとう、イーヴ。でも死んではだめです」

「はっ!」

そう言うとイーヴは王座の間から去っていった。イーヴの後姿を見送りながらラケシスは腰

に下げた剣にそっと手をふれ、次に強く握り締めた。兄がくれた祈りの剣。

(エルト兄様・・・!)

美しい装飾のほどこされている天を見上げ、祈る思いで瞳を閉じる。

だがすぐに前を見据えて背筋を伸ばした。


◇ ◇ ◇


シグルド軍が山間を縫ってノディオン城を見出したときに、戦いはすでに始まっていた。

「シグルド様!」

斥候であったシアルフィの騎士、ノイッシュがシグルドの元へ駆けてくる。

「城門が突破されたようです!このままでは・・!」

「何?!くそ・・まずいな・・・」

「シグルド、外の兵の指揮はおれに任せろ。お前は城に向かえ!」

キュアンは槍をふってノディオン城を指し示す。

「あぁ、そうさせてもらうよ。騎馬兵は城に向かえ!」

シグルドの号令が陣に響く。

勢いよく駆けていく騎馬兵を見送り、念のためを思ったキュアンはフィンを振り返った。

「フィン、おれはいいからお前もシグルドとともに行け!」

「かしこまりました」

主の命にフィンもまた、ノディオン城へと駆けていく。

もちろん、そこに己の運\命が待っている事をこの時のフィンはまだ知らなかった。

騎馬兵を見届けて、キュアンはノディオン城へ向かっていくハイラインと向き合う。不敵に

微笑みながらくるっと槍を一回転させて持ち直し、構えた。


「さて、エルトの代わりにこの国を守ろうか!」

ついにシグルド軍とハイライン軍の戦いの火蓋が切っておとされた。


                             
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【二章 ・救出】


ラケシスの目の前にはハイラインの兵士が迫ってきていた。兵たちの後ろにはエリオットの

姿も見える。

一方、ラケシスの前にはイーヴら三つ子の騎士が庇うように槍をかまえて立っていた。

緊張した空気が流れている。イーヴは必死に視線で逃げるように促していたが、ラケシス

は逃げるつもりは毛頭もなかった。

緊張を破ったのはエリオットの声だった。

「久しぶりだなぁ、ラケシス」

下品な顔で笑いながらエリオットが話し掛けてくる。その様子にラケシスは思わず顔が引き

つった。

「お久しぶりですわね。まさかこんな形で会うことになるなんて思いませんでしたわ」

あくまでも冷静に言ってのける。もちろん皮肉をこめて。

だが表の様子とは裏腹に背中には冷たい汗をかいていた。本当はたまらなく恐ろしい。

どうなってしまうの、そう何度も繰り返しているうちに心臓は早鐘を打つようになっていた。

「ふふん、今まではエルトシャンやお前にコケにされてきたが、どうやら立場が逆転したみ

たいだなぁ・・・」

どくん。

「兄の留守に押しかけて、そこで優越感に浸るなんてどうしようもないですわね・・・騎士の

風上にも置けませんわ」

どくん。どくん。

心臓のペースはどんどん上がっていく。それでも「負けない」と心で強く言い聞かせながら

琥珀色の瞳で敵を睨み付けた。

絶対に―――屈するものか。

「ふん、生意気言うのはそれくらいにしておくんだな。手加減しないぞ・・・」

いやらしい顔でこっちを見てくる。視線が合うだけで汚されるような気分だった。ラケシスは

ついに心を奮い立たせて行動に出た。

「それはこっちも同じですわ!」

キィイン!!

ラケシスがエリオットに向かって剣を繰り出す。傍にいた兵士が間一髪で受けた。

「おっおい・・!何を・・!」

まさか反抗すると思っていなかった様子のエリオットだが、ラケシスたちにしてみればそれ

はかえって好都合だった。ラケシスはさらに剣を振りおろした。その攻撃を合図にしたかの

ように、三つ子の騎士も槍を振るう。

「な・・・!」

エリオットはさらなる展開にうろたえる。その間に、どんどん周りを固めていた兵士は倒され

ていた。

だが、数はハイラインが圧倒的に多い。エリオットはにやっと笑い指示を出した。

「周りの騎士を集中的にねらえ!」

エリオットの指示に兵士がせわしなく動き始める。

はっとラケシスが気づいた時には遅かった。

今まで自分を固めていた騎士が後ろに押されている。ラケシスは敵の真ん中に一人残され

る形になった。

「くっ・・・!」

恐怖と悔しさに顔をしかめながらラケシスは向きを変えて後ずさった。

だがすぐに壁に背があたる。それを見てエリオットはにんまりと笑っていたぶるようにゆっく

りと近づいてきた。

コツ、コツと足音が聞こえる。

遠くではまだ三つ子が戦っている金属音。

さらに、私の名前を呼ぶ声。

すべてがゆっくりで鮮明だった。

「さぁ、観念してもらおうか・・・・」

エリオットの手がラケシスにぐっと伸びてくる。

(いや・・・!)

ぎゅうっと体に力を入れた時だった――――

ガキイィン!!!

激しい音が響いた。ラケシスは驚いて瞳を開く。


「え・・・?」


目前のエリオットの足元に手槍が刺さっていた。さらにもう一本の手槍が飛んできてエリ

オットは身を引く。そのエリオットに一人の青年が槍で切りかかってきた。どうやら手槍を

投げたのはこの青年のようだ。背後には幾人かの味方らしき人物が見える。

青年は一度、立ち位置をずらしながら間合いをとるとラケシスの元へ駆けつけた。

「ご無事ですか?!」

青年、いやまだ少年だろうか。よく見れば歳は自分とさほど変わらないように見えた。青い

瞳が印象的である。

「どこか、お怪我は!?ラケシス王女!」

「あ・・いいえ、平気ですわ」

「そうですか。それはよかった」

少年の顔がやさしく綻ぶ。ラケシスはその表情に、一瞬ここが戦場であることを忘れた。

「フィン!」

部屋に響いた声でラケシスは我に返った。扉の向こうから青年――シグルドが声をかけて

いる。ラケシスはすぐにその理由を察した。エリオットががむしゃらに槍を振りかざしこちら

に向かってきている。

「フィン!お前が討て!」

シグルドの指示が飛ぶ。フィンはエリオットをちらっと振り返ると頷いた。

「かしこまりました」

失礼しますと、律儀に言ってから騎士は立ち上がり槍をすっと構える。

それからエリオットが地に伏すまでに時間はかからなかった。

ラケシスはただ、フィンと呼ばれた騎士のマントが揺れたな、と思っただけだった。

だがその間にエリオットは床に倒れ、動かなくなっていた。


◇ ◇ ◇


「ラケシス王女!ご無事でしたか!」

エリオットが倒れたのを見て、シグルドがラケシスに駆け寄ってきた。顔には安堵の表情を

浮かべて。

「シグルド様・・・よかった・・・一時はどうなることかと・・・」

どこかほっとしたのか目元が熱くなる。

「エルトがいなくて大変でしたね。よく耐えられました、ご立派です」

シグルドが慰めるようにラケシスの肩に手をおいた。そのときに初めて、ラケシスは自分が

震えていたことに気づいた。肩から伝わるシグルドの体温がどうしようもなく嬉かった。

「あの・・・わたくしは何も出来ていません・・・騎士たちが必死で戦ってくれたおかげです」

震えが収まらないながらに必死に答えてくるラケシスにシグルドはうん、と頷いた。

「騎士たちもあなたの無事を聞いて安堵しているでしょう」

ラケシスがお礼を言おうと一歩前に出たところで若い茶髪の少年がシグルドのそばに来て

囁いた。それに幾度か頷くとシグルドはラケシスに向き直る。

「まだ、戦後処理が残っていますので・・・ラケシス王女、またお伺いさせて頂きます。」

「えぇ、本当に有り難うございました。あとで是非、お礼を・・・」

ラケシスが見上げてくる。シグルドはふと笑ってからラケシスの後ろに声をかけた。

「フィン、彼女を頼むよ」

ラケシスが振り返るとずっとそこにいたのか、先ほど助けてくれた騎士が立っていた。

「かしこまりました」

返答にシグルドは頷くと茶髪の少年を伴って部屋から去っていった。



                             



[161 楼] | Posted:2004-05-24 09:29| 顶端
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【三章 ・笑顔】


姿が見えなくなるまで、ラケシスは去っていくシグルドを見つめていた。彼のうしろ姿に

とても力強いものを感じる。

兄の背中と重ね合わせてしまい、無性に寂しくなった。

一番そばにいてほしい兄は今、冷たい監獄の中にいるのだ。

思わずうつむきそうになるが、それでは落ち込むだけだろう。


「えっと・・・フィン・・・でしたわよね?」

湿っぽい雰囲気になりそうな自分に、活を入れるようにラケシスは大きめな声で騎士に

話し掛けた。声をかけられてフィンはすっと姿勢を正す。

「名乗\りが遅れて申し訳ありませんでした。レンスターの騎士フィンと申します。以後お見知

りおきを、ラケシス様。」

フィンは一礼した後ラケシスに視線を上げる。琥珀色の大きな瞳がこちらをみていた。

「レンスター?シアルフィではないの?」

首をかしげると明るい色をした金髪がさらりとゆれた。

「私は、レンスター王子キュアン様に仕えています。現在、主命を受けてシグルド様の

指揮下にいます」

「そうでしたのね。だから槍を?」

「はい、レンスターは古よりランスナイトの王国ですので。」

「そう・・・」

ラケシスが頷いてそのまま動かなくなる。

その様子をじっと見つめながら、美しい方だと、フィンは思っていた。まばゆい金の髪も、

透き通るように白い肌も。そして意思の強そうな琥珀色の瞳も。すべてがフィンの想像

を超えている。こんなにも美しい人がこの世にはいるのだ。


二人はしばらく沈黙していたが、再びラケシスが思い出したように口を開いた。

「シグルド様はとても・・・」

親切な方ですのね、そう続くはずだった言葉は発せられなかった。先ほどのシグルドの

背中を思い出したのだ。そして兄の背中を。瞳から涙が落ちる。

それにフィンは慌てた。

「ラケシス様・・・?」

「・・・」

「あの、どこか具合でも・・・?」

ラケシスはフィンの言葉に頭を振った。

「・・・違うわ・・・エルト兄様が心配なのよ」

「それは・・・ご無礼を・・・」

フィンの申し訳なさそうな顔にラケシスは胸が痛んだ。人に心配をかけてどうするのだ。

自分の未熟さに唇をかみ締めてラケシスは涙をぬぐった。

兄が傍にいなくなってからは、不安なことや辛いことばかりが自分を襲う。

エルト兄様が傍にいてくれれば・・・

そう、傍にいてくれたら・・・

「・・・エルト兄様・・・あれほどお止めしたのに・・・そのうちにノディオンもこんなことに・・・」

心配するな、と兄は言った。

でも、その兄は帰ってこない。

たまらなくなって再び涙ぐむ。

「ラケシス様・・・」

兄を心配し憂いている王女に対して、フィンは自分の胸がぴりっと痛むのを感じた。

「エルト兄様・・・」

ラケシスは不安そうに兄の名を呼ぶ。

出会って間もないながらも、王女が兄王をよほどしたっていることがフィンにもわかった。

そしてふと、朝のキュアンとエスリンの会話を思い出した。


『・・・それにエルトシャン様が許されないわ。あんなに大事にされているんだもの』

『そうだったな・・・』


あの時にはなんとなく聞き流した言葉も今ははっきりと意識することが出来た。そして何か

複雑な心境だった。

「・・・ごめんなさい」

「え?」

考え事をしていたフィンはいきなりの言葉に驚く。ラケシスが涙をぬぐいながらフィンに謝っ

てきたのだ。

「いきなり泣いてしまって・・・びっくりしたわよね」

「いえ、私こそ・・・お気持ちを汲むことが出来ず申し訳ございませんでした」

そういって、フィンは困ったような顔をして微笑んだ。

その様子にラケシスはあら?と思った。

―――この人・・・悲しそうな顔をしているわ・・・どうして?

ラケシスは、さっき自分を助けてくれたときのフィンの笑顔が忘れられない。だからだろうか

とても気になった。

「あの、フィン?」

「はい、なんでしょう、ラケシス様」

そう問い返してくるフィンはもう悲しそうな顔をしてはいなかった。まだ、さっきの様子が

気になったが今はそれどころではないことを思い出す。

「城をまわりたいの。怪我をしている兵があれば、ライブを・・・」

「わかりました。お供させていただきます」

「ありがとう、お願いね」

ラケシスがにっこりと微笑む。

それがフィンの見るはじめての笑顔だった。



 
>>王女と騎士                                    巡礼者シリーズ
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
【四章 ・月が見ていた】


ノディオン城は、日が沈むころには落ち着きを取り戻していた。

ラケシスは戦の後、賢明に兵士にライブをかけて回り、ねぎらいの言葉をかけた。

それをフィンは手伝いながら見守っていた。

話をしているうちにラケシスの性格がわかってくる。

彼女が気が強い事。

実はやんちゃな事。

そしてとてもやさしい事が・・・


◇ ◇ ◇


夜がやって来ると、ささやかではありますがと、王女から夕食のもてなしがあった。酒も入っ

たからか会食は賑やかだった。

ラケシスは簡易のドレスアップをし、城の主としての毅然とした態度を崩さなかった。

すうっと伸ばされた背筋、結い上げられた髪、着飾られた身なり。その姿につい先ほどまで

この城で、彼女が戦っていたことなど夢だったのではないかと思える。

だがラケシスの不安を知っていたフィンは毅然としている王女が無理をしているの事に

気づいていた。

心配するフィンの視線の先ではシグルドとキュアンがラケシスに話し掛けていた。

エルトがいなくて辛いだろうが、今は彼に変わって自分達が力になると・・・

それに対してラケシスは、たのもしそうですわねと、微笑んでいた。


◇ ◇ ◇


深夜になり、割り当てられた部屋で本を読んでいたフィンは、ふと窓から外を見やった。

空には満月が煌々と輝いていた。

フィンはまるで月に誘われるかのように部屋から出て、廊下の外にかかった部分までやっ

てくる。そして再度空を見上げた。

(月を見上げるなんて、いったいいつ以来なのだろう・・・)

だが、少し感傷的になっていたフィンの思考はすぐに破られた。

かすかだがすすり泣くような声が聞こえた気がしたからだ。

「・・・?」

廊下から繋がっている庭園からだろうか、不信に思ったフィンは庭園へと足を踏み入れる。

そして木の陰に見つけた声の正体に驚いた。

「・・・ラケシス様!」

木の陰に金髪の王女がたたずんでいた。

「フィン!どうして・・・ここに・・・」

ラケシスは泣いている事を悟られたくなかったのか、あわてて顔をそむけた。

その様子を見て、フィンは内心一人にして差し上げるべきだったと自分の行動を後悔した。

人は誰でも見せたくない姿があるに違いない。今のラケシスはまさにそれなのだろう。

だが、こうして一人涙を流す姿をみてしまった以上放ってはおけない。

「泣いておられたのですか?」

フィンはやさしく声をかける。ラケシスは涙をこすりながら少し悔しそうな表情を見せた。

「・・・そうよ。でもわたくし、泣き虫なんかじゃないわよ。フィンがいつも、たまたま・・・」

そういっているうちにまた、涙が流れてそれを隠すためにフィンに背を向けた。

フィンはこんな時にまで強気な王女に苦笑した。

よく見ると薄着で、しかも何故か裸足なラケシスに何も言わずに、マントをはずして

かけてやった。

ラケシスがかかったマントにピクっと反応しておずおずと見上げてくる。泣いていたせいか

赤く腫れた目元がとても幼く見えた。

「フィンは・・・何も言わないのね・・・」

紅い唇から言葉がこぼれる。フィンはただ、黙って言葉に耳を傾けることにした。

「・・・侍女がね・・・なぐさめようとして・・色々言ってくれるの。・・・でも・・・」

唇をかみしめるのが見える。

「・・・・でも?」

やさしく次の言葉をうながす。

「でも・・・でも・・・聞いてると・・・余計に苦しくなってきて・・・あのまま部屋にいたら、不安

に押しつぶされる気がして・・・思わず飛び出してしまったわ・・・」

それで裸足だったのか。フィンは状況を理解した。

ラケシスは情緒不安定なのか、また、すすり泣き始める。細い肩が小刻みに揺れるのが

切なかった。

「・・・今日ほど自分が無力だと思った日はありませんでしたわ。守られてばかりで・・・

あの時だってフィンがこなかったら私は・・・・」

「姫を守るのは騎士の務めであり、誇りです・・・そんなにお気になさらずともよいのですよ」

まるで子供をあやすかのような優しい声でフィンは語りかけた。

だが、ラケシスは堰を切ったかのように泣きながら、言葉を続けた。

「わたくし・・・本当は怖かったの!本当にほんとうに怖かったの・・・!」

ついにうずくまって震える体をラケシスは抱きしめる。自分の体がまるで他人の体のように

いうことを聞かない。小刻みにやってくる震えをとめることが出来なかった。

「えぇ、そうでしょうとも」

フィンは膝をついてうずくまった王女を覗き込んだ。

「でも、もう恐ろしくはないでしょう?シグルド様が、ラケシス様を助けてくださいました」

そっと指を伸ばして涙をぬぐってやる。ラケシスは驚いたように顔をあげた。

「エルトシャン王も・・・きっと、直に戻られます。何もおびえる事などありません」

エルト兄様が・・・?とラケシスがつぶやく。

その様子にフィンの胸がまた、かすかにうずく。

だが、今はそんなことよりも不安と戦う王女にやさしくしてあげたかった。

「えぇ。ですからそんなに、お泣きにならないで下さ・・・」

言葉が終わらないうちに、ラケシスはフィンの腕にすがりついた。真摯な言葉に心を

打たれたのか涙が止まらない。

フィンは少し狼狽したようだが何も言わなかった。

「・・・少しだけ・・・こうさせて・・・」

ほんとうに小さな声でささやく。

「少しだけで・・・いいから・・・」

また涙が溢れ始める。

二人の上では月が煌々と輝いていた。



                                                              



[162 楼] | Posted:2004-05-24 09:30| 顶端
雪之丞

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>>むかしむかし。                                         
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
《昔話編》


「え?父上の若いころ?」

夜、城のサロンに金髪碧眼の青年、デルムッドの声が響いた。

「そうです!お兄さまどうだったと思いますか?」

同じく金髪碧眼の少女がずずっとソファから乗\り出して兄に問う。

「無茶いうなよナンナ。デルムッドよりおまえの方が想像つくだろ?なんせ一緒に暮らして

たんだから」

少し困惑した表情をした従弟にアレスが助け船を出した。

「きっとそうだよナンナ。それにしてもなんでいきなり父上の若いころの話になるんだ?」

兄の問いにナンナは隣にいたリーフと目をあわせた。

視線でどちらが話 すかを決めてリーフが口を開く。


「実はさ、ナンナと私ってフィンの若い頃が想像つかないんだ」

「なんでだ?」

「だっていつでも今みたいな寡黙というかストイックなイメージだったから・・・」

「なるほど。慣れが邪魔してうまく想像できないわけだ」

アレスは納得した。

「でもなんだか興味あるんです。お父さまの昔って。お兄さまは違いますか?」

ナンナの問いにデルムッドは笑った。

「そうだな。気になるなあ…今とやっぱり違ったりすると思うけど」

そのこたえにナンナは頷いた。

「お父さまったらいつだってそんな話するようなことはないって言って教えてくださらない

んです」

ナンナは思い出してぷうっと頬を膨らました。

「叔父上らしい答えだな…ん?」

アレスは苦笑し、そして一瞬黙り込むと手をぽんとうった。


「簡単じゃないか。オイフェか誰かに聞いたらいいんだよ」


『あ…』

アレスの単純かつ正しい意見に3人の声がはもった。


◇ ◇ ◇


こうして、オイフェは私室に4人の若者を迎えることとなった。

オイフェの部屋には作戦の打ち合せかシャナンがいた。

「なんだなんだ?どうしたお前たち」

「あ、シャナン様もいるなんてラッキーだね」

リーフが嬉々としてソファに座り三人もそれに従った。


「フィンの若い頃?そんなの知ってどうするんだ?」

「そんなどうかしようなんて気持ちはありません。でも気になるんです」

ね?とナンナは横にいる兄に同意を求めた。

デルムッドがうんと頷く。

その横ではアレスがシャナンの酒を掠め取ろうとした手をはたかれていた。

「フィン殿の若い頃なぁ…でも彼があまり話をしていないなら私が不用意に話すわけにも…」

困ったようにオイフェが髭をいじった。それをナンナがきっと見る。

「いいではないですか。私はただお父さまのことを知りたいんです。ね、オイフェ様…」

ナンナが瞳を輝かせる。

オイフェはその視線にうっとした。こうやって目をキラキラさせておねだりする姿は母親の

ラケシスと同じではないか。

遺伝とは恐ろしい・・・フィンもよくこの態度に負けていたが・・・


「うん・・・ではそうだな」

オイフェあっさり折れる。

ナンナとリーフの顔が輝いた。どこまでも好奇心旺盛なカップルである。

「フィン殿の昔といっても・・・そうだなぁ・・・」

だが言おうにも何を言えばいいかわからないオイフェにかわってシャナンが口を開いた。


「まず、見た目はデルムッドに似ている。特に目元な。ちなみにナンナ、お前はラケシスと

同じ顔。・・・ま、若干ラケシスの方が性格のせいかシャープな感じがあるが」

『へぇ~~~』

3人の声がはもる。

ちなみにアレスはいつのまにか掠め取った酒に夢中になっている。

「性格は・・・好青年だったぞ。誠\実だった」

「そうですな。よくシレジア城の侍女たちがフィン殿のやさしい笑顔が良いだの素敵だのと

さわいでましたな」

その言葉にナンナは驚く。

「お父様ってそんなに笑う方だったのですか?」

「あぁ。そうだなぁ今はちょっとご無沙汰なようだが昔はいつも笑ってたぞ。というか

ラケシスのお転婆ッぷりや、キュアンとエスリンのバカップルに苦笑してたイメージあるな」

「バカップル・・・」

両親の実態になんともいえない顔をするリーフ。ナンナやデルムッドは父親の笑顔が少なく

なったことが気になったようであった。それをオイフェがフォローする。

「気にする事はないですよ。人間は月日とともに変わるものです。でも彼自身であることに

変わりはないのだから根本の部分はかわっていないでしょう」

「そうでしょうか?」

「えぇ、そうでしょうとも」

シャナンが少し元気がなくなった二人の気を紛らわせようとさらに話を続けた。


「でも、あのシレジアの侍女に騒がれたのはまずかったんだよな。ラケシスが怒ってな」

思わず思い出して笑ってしまう。

ナンナとデルムッドはその話題に興味を示したようであった。

「・・・どうなったのですか?」

「私が知っているのは侍女達が騒いでフィンに近づいているのをラケシスが見て怒ってたっ

てことだ。でもその日の夕方にフィンの頬にうっすらとだがビンタの痕があったから何が

あったかは容易に想像がつく」

オイフェとシャナンがそれを思い出して目を細めて笑う。


「母上・・・ビンタ・・・」

デルムッドは自分の想像していた母親像と一致しない。

「ははは、デルムッドそんな顔するな。ラケシスのお転婆姫は、真面目で誠\実なフィンと

お似合いだったんだぞ」

「そうですな、ラケシス様は明るい方でしたからいらっしゃるだけでその場が華やぎま

したな」

「フィンもそういうとこに惚れたんだろう。それにラケシスすごい美人だったしな」

場が盛り上がってくる。

「でもどちらかというと傍目にはラケシス様のほうがフィン殿を慕っているように見えま

したな」

「あれはフィンが真面目だからだろ。ぜったい2人の時は違うはずだ」

2人の会話に驚くことばかりで3人はもはや口をはさむことも出来ない。

アレスはついに酒瓶をからにしてしまった。そしてやっと会話に参加する事にしたらしい。


「その2人の時は違うというのは俺も賛成だな」


「なんでそう思うのさアレス?」

リーフの問いにアレスはうん?と視線をリーフに向けた。

「だってそうじゃないと・・・」

アレスは従兄のデルムッドをちらっと見た。

「・・・・?なんだ?」


「お前生まれてないし」


『!!!』

アレスの言わんとすることがわかって赤面する兄妹。

「あ・・っアレス!!」

ナンナが真っ赤になりながらも怒る。

「ま、とにかく叔母上の一方的な想いではなかったってことさ。やるなぁ叔父上」

酒がはいってるせいなのかとんでもないことを言う男だ(素面でもいうかもしれないが)

何が満足なのかうんうんと頷いている。

オイフェとシャナンは子供達の手前黙っているが、笑いをこらえているのはあきらから

だった。

デルムッドは固まっている。

「アレス・・・フィンのイメージを壊さないでよ」

リーフも抗議する。

「だってお前等はそれを知りたくて聞いてたんだろ?それにちょっと考えればわかることさ」

「何が?」

「だって叔父上って俺の歳の時にはすでに父親だったわけだぞ」

その言葉にさらに場が凍った。

ナンナはおそるおそる指を折って計算している。

今のフィンの年は34歳。デルムッドは16歳。引いてみると・・・

「じ・・18歳・・・」

「なんだ?計算したことなかったのか?」

アレスの意外そうな声はもう3人には届いていない。

確かにこれはすごいかもしれない。アレスの年齢(19歳)の時にはすでに二児の父親に

なることが決定してまでいたのだ。

『・・・』

3人が沈黙してしまっている。

その沈黙を破ったのが扉のバターンと勢いよく開いた音だった。


「いやぁ、懐かしい話を聞かせてもらった」


「レヴィン様!」

ナンナが驚く。でも問題はさらに後ろの人影だ・・・

「アレス様っ・・・(怒)」

「おっ・・・叔父上・・・」

アレスの顔がやばいっといった表情になる。

「ははは、面白かったから私が扉の向こうで必死で話を中断させようとするフィンをとめて

やったのだぞ」

どこか自慢げなレヴィン。

アレスは内心余計な事をと舌打ちしたい思いだったが今はそれどころではない。

叔父から逃げなければ。

アレスは3人の肩に手をまわすと立ち上がった。

「こ・・・子供が遅くまで起きているのはダメだと思うので休む事にする。お・・おやすみ!!」

説得力のない「子供」発言の後にアレスは3人を連れて逃げるように部屋から出て行った。


「逃げられましたな」

からかうようなオイフェ。

「ほんとうに・・・ってあっ!!アレスの奴!!いつのまに酒飲んだんだ!?」

今さら気付くシャナン。

「いやぁ、面白かった」

したり顔のレヴィン。

フィンといえば・・・窓の傍でうなだれてしまっている。

子供達に自分の若い頃を話すのはこれだから嫌だったのに・・・


窓の向こうの空ではフィンの気持ちなどよそに星がきらびやかに輝いている・・・


                              
>>むかしむかし。                                         
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
《回想編》


「まったく、今日は散々だったな…」

フィンは戻った自室ではぁっとため息をついた。

子供たちに若い頃の話を知られるなんて・・・

(でもまぁいつまでも黙っているわけにもいかないし丁度よかったか)

フィンは無理矢理納得した。そしてふと先程のシャナンの言葉を思い出した。


『でも、あのシレジアの侍女に騒がれたのはまずかったんだよな。ラケシスが怒ってな』


そうか、あれからもう16年・・・はやいものだ───


◇ ◇ ◇


フィンはあの日、妻のラケシスと午後から二人で過ごすことを約束していた。

キュアンの許しで仕事早々に切り上げると二人の部屋へと急いだ。

その途中でフィンは外に出た渡り廊下で二人の侍女声をかけられた。


「もし、フィン様…」

茶髪の侍女が恐る恐るでも、うれしそうに声をかけた。

「はい、なんでしょうか?」

「あの…よろしければそこの木に引っ掛かってしまっている衣を取っていただけないで

しょうか?」

次に声を発したのは別の侍女だった。

フィンはその侍女の指差す先の木に衣がひっかかっているのを見た。

なるほど、あの高さは彼女等よりも長身なフィンが手をのばせば届くかもしれない。

「かまいませんよ」

フィンはやさしく笑うとその衣のひっかかった木の下まで歩いていく。

侍女らはフィンの笑顔に頬を染めて後に従った。

フィンが衣に手をのばす。だがぎりぎりのところで届かなかった。

「どうやら衣は風にさらわれ木に引っかかったようで・・・あの届きますか?」

「大丈夫です」

フィンは軽く跳ねて衣を取ると侍女に手渡した。

「どうぞ」


『ありがとうございました』


二人の侍女の声がはもる。

「では私はこれで失礼します」

フィンがそう言ってきびすをかえそうとするのを茶髪の侍女が何かお礼を…と呼び止めよう

と足を踏み出して雪ですべった。

「きゃっ」

「!」

フィンがさっと手をまわして侍女を支えた。

「大丈夫ですか?」

手が侍女から離れる。

侍女は顔を真っ赤にしながら何度も頷いた。

「それはよかったです。では・・・」

フィンが去る。

侍女は気が動転してもはやフィンを呼び止めることができなかった。


フィンはまさかこの光景をたまたまシャナンと散歩していたラケシスが見ていたなど知る由

もなかった。


◇ ◇ ◇


「あ~フィン大人気、大活躍だね」

まだ若い少年の声がシレジアの空に響く。

「・・・」

ラケシスは黙ってフィンが侍女から去った方向を遠い位置からみていた。

「ラケシス?」

シャナンがいぶかしく思ってラケシスを見上げた。

「・・・シャナンごめんなさい。わたくし、部屋に戻るわね」

「え、あ、うん・・・」

シャナンがラケシスを驚きながらも見送った。

「あれは怒ったな・・・」

一人シャナンはつぶやいた。


◇ ◇ ◇


二人の部屋に先についたのはラケシスのほうだった。

ソファにため息をついて腰をおろす。

そして次に何も知らないフィンが帰ってきた。


「ラケシス、今戻りましたよ」

「・・・」

かけられた声に返事はない。

ラケシスはそっぽをむいてしまっている。

「ラケシス、どうしたのですか?」

視線をあわせようと身をかがめるが逆方向にそっぽをむいてしまうラケシス。

これは機嫌が悪いのだなと内心悟るが何が彼女の機嫌をここまで傾けてしまったのか

わからないフィンである。

とりあえず視線をあわせてもらわないことには話もはじまらない。

手をとってこちらを向かせようとすると琥珀色の瞳がはっと開いて抵抗した。


「触らないで!」


もがいた手がフィンの頬をかるく打った。

響いた音にラケシスはあ・・・と、驚いた。

その時には時すでに遅し。そしてでも謝る気にはなれない。

さっきからものすごく嫌な感情が渦巻いていた。

別にフィンは侍女を助けただけだ。

フィンはやさしい。

いつだって、それに誰にだって。

それがラケシスを苛立たせた。


「フっ…フィンはさっきの侍女たちと仲良くすればいいじゃない」

「侍女?ラケシスそれは…」

「フィンは別にわたくしなんか・・・」


―――特別に好きじゃないんでしょ?!


と、言おうとしたところでラケシスは口をつぐんだ。

(わたくし、何をいってるの・・・そんなわけないじゃない・・・何を苛立っているの・・・?)

とっさに怒りが去って冷静がやってくる。

ラケシスは沈黙して唇を噛み締めた。

フィンにどんな顔をすればいいのかわからない。逃げるように部屋から飛び出して行った。


フィンはそれをあえて引き止めなかった。


◇ ◇ ◇


ラケシスは部屋を飛び出してからずいぶんと長い間雪の積もった庭園にたたずんでいた。

頭が冷えて自分の軽率さを思ってため息をついた。

今思えばなんてことのないことなのに・・・・


(なのにわたくしったら・・・・)


ラケシスはうなだれた。


◇ ◇ ◇


あの後時間を置いてラケシスを捜しにでたフィンは金色の頭を真っ白に染まった庭園で

見付けた。

しゅんとしてしまっているせいか小さな体がより小さく見える。

フィンが近付いていくとラケシスが気付いてこちらをふりむく。

その瞬間さっきの侍女と同じように足を雪にすべらせてラケシスの細い体がかくんと後に

のめった。

フィンはそれをとっさに腰に手をまわして支えるとそのまま抱き締めた。

「フィン…」

「私がこうやって支えてさしあげた後に、抱き締めたい衝動に駆られるのはあなただけ

ですよ、ラケシス」

耳元で聞こえるフィンの言葉にラケシスはうつむいた。

さっきの侍女のことを言っているのだ。

「・・・」

「さっきの私が侍女を助けるのを見ていらしたのですか?」

「…そうよ」

体を放して青い瞳が琥珀色の瞳をのぞいてやさしく笑った。

「嫉妬してくださったのですか?」

「別にしてないわ」

「本当に?」

「本当よ!」

きっとにらむ。

でも目には涙がにじんでしまっている。

「何よ!どうして私が嫉妬しなければいけませんの?!わたくしはフィンの妻なのよ!

それ位のことでうろたえたりしませんわ!」


ムキになることでラケシスは嫉妬した事実を肯定してしまったようなものだった。

でもフィンは苦笑してそれ以上は何も言わずにラケシスの頬を手で撫でた。

「冷えてしまっていますよ。ずっとここにいらしたのでしょう…困った方だ」

マントをかけて傍に抱き寄せた。

ラケシスはそのままフィンの胸元に吸い込まれながらつたわってくる体温に観念したのか

寒いわ、と一言口をきいた。

「風邪をひくといけません。中で火にあたりましょう」

フィンが城へと促そうとする手をラケシスの手が引き止めた。

「火は好きじゃないの」

その言葉にフィンはおや?と思う。

「では何がよいですか?」

「わたくしはフィンがいいわ」

そう言って背伸びをしてフィンの首に手をからめた。

フィンは苦笑しながら唇をあわせた。

なんだかんだといっても、結局は元の鞘に収まるのだ。


◇ ◇ ◇


フィンは回想からふと現実に帰ってきた。

部屋を見渡す。

誰もいない部屋。

それに慣れてしまったけれど、はやくラケシス会いたいと思った。

フィンは瞳を閉じて強く、そして深く妻の無事を天の星々に祈った。



                                      



[163 楼] | Posted:2004-05-24 09:31| 顶端
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>>風の先には                                  
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「生きたいか―――?」


静かな声だった。

不思議と恐怖は感じなかった。

逆に、母の姿を見つけた子供のような心境だった。


血にまみれた身体の最後の力を振り絞り、レヴィンは永久に閉じられようとしていた瞳を

開いた。

瞳に、血の赤と、そして光が見えたような気がした。

しかし、視界はそれまでだった。


ひんやりと冷たい手がレヴィンの目の上に重ねられた。

その手をレヴィンは抵抗することなく受け入れた。

そもそも、そんな力が残されていなかったこともあるが、レヴィンは自分の瞳に手を重ねて

きた者の正体に漠然と気付いていた。


「生きたいか?風の王子よ」


ふたたびレヴィンにかけられる心地よい声。

男の声のようだった。

同時に女の声のようでもあった。


「人」という存在を超越した存在の‘声’―――


「・・・い・・きる・・・?」

もう、出ないと思っていた声を発する事ができてレヴィンは驚いた。

まだ死はこないのか・・・?

「生きて・・・どうし・・ろっていうんだ・・・・・・」

「・・・・」

‘声’は沈黙する。

「みんな・・死んだ。俺もあいつ・・らのところへ行き・・たいのさ・・邪魔をしてくれ・・るな・・・」

レヴィンは笑った。笑ったつもりだった。

もしかすると口元が歪んだようにしか見えなかったかもしれない。

真っ赤に染まった空、ひとり、またひとりと倒れていった仲間達、死ねば天上で会える

だろうか・・・

「泣いているのか、人の子よ」

‘声’はそっと尋ねてくる。

問いに、レヴィンは答えなかった。もう、身体の感覚の全てが麻痺していた。

でも、瞳に重ねられた手との間に、何か温かいものを感じるから、もしかすると泣いている

のかもしれなかった。


「どうして、泣いている?何をそんなに泣くのか・・・」


どうして・・・そんなことわかるわけがない。

ただ悲しかったのだから。

おいてけぼりにされた子供のように。


「風の王子よ。涙にぬれながら天上に昇るのはそれもまた運\命であろう。だが、そなたに

はまだ生きると言う選択肢が残されている・・・」

瞳に当てられた手に少し力が入ったようだった。


「赤い空の元をくぐり抜けて今、小さな光たちはこの世界のどこかで息を潜めている――」


その言葉にレヴィンははっとした。

「光はやがて集うであろう。闇は光と対をなす。闇を無くして光は存在し得ず、また、光無く

して闇は存在し得ぬもの。今は闇に満ちようともいつか光が表を満たす日がやってくる・・・」

レヴィンの頬を風が通り抜ける。

「何故、お前は・・俺を・・・助け・・ようと・・する?万事にそ・・・むく行為ではないのか・・?」

超越した存在。

絶対不可侵でなくてはならない存在。

本来なら声を聞くことすら許されないのに・・・


「・・・」

‘声’の主は再び沈黙した。

「答えないのか・・・いや、だが・・いずれわかる日がくるだろうからな・・かまわない・・か・・・」

レヴィンは皮肉に言い放った。

「・・・我とともに生きるか?」

「あぁ、いいだろう・・・・天上へと向か・・うのはおあずけ・・にしといてやる・・・!」

力強い答えに‘声’は笑ったようだった。

「緑の龍の後継者、風の王子レヴィンよ・・・我はそなたの手をとろう。

我が名はフォルセティ―――今よりそなたは我となり、そして我はそなたとなる・・・・」


瞳から手が離れる。眩い光が世界を満たしてゆく・・・・光の海では風が吹荒れていた。


今、ここに神人が生まれた。産声はなく、ただ、まとった緑の風が唯一の証であった。


                               



[164 楼] | Posted:2004-05-24 09:32| 顶端
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>>ママとパパ。                                  
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
【前編・怒りMAX!】


ここはシレジア王国セイレーン城。今日も気持ちのいい朝がくる・・・・はずだった。


「~~~っ!!フィンの馬鹿っ!もう知らないっ!!」


ラケシスの怒りの声が城中にエコーする。

『あぁ、また(←ポイント)ケンカしたな・・・』

と城中の誰もが朝の支度をしながら思った。


◇ ◇ ◇


「・・・」

「・・・(汗)」

「・・・(汗)」

この三つの沈黙はさきほど怒りの声をあげていたラケシスと、そしてアイラとホリンのもの

だった。

沈黙している場所は城のサロン。

アイラとホリンは朝稽古と朝食を終えると、スカサハとラクチェを遊びにつれてきたのだ。

しかし、サロンには先客がいた。

それは真ん中の暖炉に近いソファで膝を抱えて座っているラケシスだった。

顔ををみれば明らかにふてくされているのがわかる。


「・・・・お・・おはようラケシス」

とりあえず選手(?)を代表してアイラが声をかけた。

ラケシスはアイラたちの存在に声をかけられてから気づいたようだった。

ふてくされていた顔がすこしやわらぎ微笑む。

「おはようアイラ、ホリン」

「おはようございます、ラケシス様」

続いてホリンが挨拶する。

するとホリンの腕の中にいたラクチェが下ろせといわんばかりに足をじたばたさせた。

ホリンは仕方ないなといってラクチェを下ろす。

するとラクチェはハイハイするとラケシスのもとへとやってきた。


「あら・・?」

「どうやらラクチェはラケシスがお気に入りらしい」

「そうなの?」

「あぁ」

「ふーん・・かわいいですわ・・・おいでラクチェ」

ラケシスが呼ぶと嬉しそうに膝によじ登ろうとした。その姿がさらに愛らしかった。

だっこして膝に抱いてやる。

「二人ともサロンに子供をつれてきて何かするつもりでしたの?」

「エーディンたちと待ち合わせてたんだ」

「あぁ、レスターね?」

「そうだ。どうせ遊ばせるなら友達がいたほうが喜ぶだろうと思って・・あ・・・・エーディン!!

こっちだ!!」

アイラがエーディンの姿を廊下に見つけてこちらに呼ぶ。

エーディンはアイラ達の姿を見つけると少し息をきらせながらやってっきた。

腕にはもちろんレスターがいる。


「どうした、エーディン?急いでいるのか?」

「ごめんなさい・・・今日の約束ね・・・わたくしは参加できないわ・・」

「どうして?」

「ジャムカが風邪をひいたみたいなの・・・・」

「あ・・・・そうか、あいつの故郷ヴェルダンは熱い国だからな・・・」

きっとシレジアの寒さにやられたに違いない。

「それで・・・悪いのですけれども・・・レスターを今日お願いしてもいいかしら?」

「あぁ、いいぞ。」

「いいのか?」

ホリンが横から心配そうに声をかける。

アイラは双子を抱えているのだ。もしレスターを預かったら3人になる。

「なんとかなるだろう。それにラケシスもいるしな」

「え!私!?」

「そうだ。イヤなのか?」

「え・・いえ・・そうではなくて私赤ちゃんをあまりお世話したことがないから・・・」

ラケシスが触れた事のある赤ん坊といえばアレスくらいなものだ。

「平気だろう。それにラクチェに好かれるなんてたいしたもんだしな」

アイラの言葉にホリンが確かに・・と頷く。

「あら、そうですの。それではラケシス様にお任せしようかしら?」

にっこりとエーディンが微笑む。

「エーディン様が、そうおっしゃって下さるのなら、喜んで。よろしくね、レスター」

ラケシスはエーディンからレスターを受け取った。

こうして、ラケシスはレスターの一日だけのママになったのだった。


◇ ◇ ◇


「そうそう・・・あら、レスターハイハイが上手ね」

レスターや双子とサロンで遊んでいるラケシスとアイラ。

ホリンは先程兵の剣指導に行ってしまいサロンにはいなかった。

「なぁ、ラケシス」

「なぁに?」

声が幼児にかける独特の声になってしまっていた。

「・・フィンと何でケンカしたんだ?」

「・・・今日の約束をすっぽかされたの」

ラケシスがしゅんと寂しそうな顔をする。

「でもそれは仕事のせいなのだろう?」

「そうよ。フィンは騎士だもの。色々忙しいのはわかるわ。でも今回はさすがに・・・ね」

「さすがにって?」

「今までにも今日みたいな事はよくあったの。でもついに我慢の限界を超えたの」

「なるほど・・・・たまりにたまってか。」

苦笑するアイラ。

「フィンにあとで謝るわ・・・・本当は謝るくらいなら、言わなければいいのはわかっているの

ですけれども」

自嘲気味にラケシスが笑った。

「仕方ない、いつまでも一緒にいれる夫婦とお前達はわけが違うからな」

アイラがよしよしとラケシスの頭をなでる。

きっとラケシスの心中を察してくれているのだろう。

「ありがとう、アイラ。・・・あら」

「どうした?」

「レスター寝ちゃったわ・・・・・」

ラケシスの膝の上で気持ちよさそうに眠っている。

「いっぱい遊んでたからな」

「ふふ、そうね。わたくし、この子をつれて部屋に戻るわ」

「あぁ、そうしてやるといい。わたしもこの双子を部屋に連れて行くとしよう」

アイラはひょいっとスカサハとラクチェを抱える。

ラクチェは遊び足りないのかまだじたばたしていた。

こら、おとなしくしないか・・なんていい聞かせているアイラが微笑ましかった。


                               
>>ママとパパ。                                  
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
【後編・父親はあなた】


フィンは一人廊下をぼんやりと歩いていた。

朝、ラケシスとケンカをしてからこの調子である。

(確かに・・・仕事とはいえラケシスとの約束を破る事が多い・・・このままでは良くない・・・)

ふぅっと溜息をつく。

そうしているうちに部屋の前にまで辿り着いていた。

部屋の中で人の気配がするからラケシスがいるのだろう。

とにかく謝らないと・・・と考えながら扉のノブをまわした。

「・・・おかえり」

どうもまだ機嫌が治っていないらしい。(本当はなおっているが素直じゃないだけ)

「ただいま、ラケ・・・・・・シス?」

フィンの目線がラケシスの腕のほうへうつる。

そこではレスターがすやすやと眠っていた。

「ラケシス・・・この子は?」


「・・・あなたの子よ。」


「えっ!?」


真剣に驚くフィン。


(そういえば髪が青い・・・・


「って・・そんなわけないでしょう」

「やっぱりわかる?冗談よ。」

クスっと面白そうに、そして少し残念そうにラケシスは微笑んだ。

「でも、その子どうしたのですか?」

「レスターよ。ジャムカ王子が風邪をひいたからエーディン様からお預かりしたの」

「そうですか。・・・では今日はラケシスが一日レスター様の母上ですね」

「うん。そんなところよ・・・あら?レスター・・?」

レスターが目を覚ましたのかぐずりだす。

ラケシスはどうすればよいかわからない、さっきまであんなに機嫌がよかったのにどうした

のだろう?

「かしてください」

フィンがラケシスからレスターをうけとるとあやしはじめる。

するとすぐにぐずりがとまってレスターは再び眠りについた。

「きっと何か夢をみたのでしょう」

「赤ちゃんでも夢をみるの?」

「えぇ。アルテナ様もよく夢を見ては泣いておられました」

「そうなの・・・」


ラケシスは感心しながらソファに座る。

正直、今日一日レスターのことを見ていて疲れていたのだ。

ふぅ・・・と小さな溜息をつくとすぐに眠気がおそってきた。

(母親って大変なのですわね・・・・・)

うつらうつらそんなことを考える。

今にも閉じられそうな瞳にはフィンがレスターをベッドに寝かしつけるのが見えていた。

(子供・・・好きなのかしら・・・)

瞳が閉じられる。

(わたくしに赤ちゃんできたらどんな子なのかしら・・・姿は?瞳は?男の子かしら?

それとも女の子・・・)


「レスター様は今日の夜も預かるのですか?」

フィンの問いに返事はない。

「ラケシス?」

フィンはラケシスをふりかえる。

そして思わず微笑んだ。

ソファの上でラケシスは静かに寝息をたてていた。

毛布を手に取るとそっとかけてやった。


「お疲れ様です」


◇ ◇ ◇


ラケシスは何かの音のに、ふと覚醒した。

いつのまにかソファで眠ってしまたラケシスに毛布がかけられていた。

そっと目をあけるとフィンが同じソファに腰をかけて本を読んでいた。

どうやらさっきの物音はフィンのページをめくる音だったようだ。

フィンはまだラケシスが覚醒したことに気づいていない。

青い瞳はずっと本の上の文字をおいかけていた。


「・・・・朝は・・・ごめんね・・・」


横からいきなりかけられた声にフィンは驚く。

横では目を覚ましたラケシスがこちらを見ていた。

一瞬驚いた顔をしたがすぐに微笑んで、本を閉じた。

「わたしもすみませんでした・・・明日は一緒に出かけましょう」

「もちろんよ」

起き上がってフィンに抱きつく。

やっといつもの雰囲気が戻ってきてほっとしたフィンである。さほど大事ではないとはいえ、

ラケシスの元気がなくなるとやはり心配なのだ。

ラケシスがフィンの胸に顔をうずめようと顔の向きを変えると向こうのベッドですやすやと

眠っているレスターが目に入った。


「・・・・・ねぇ、さっき赤ちゃんの話をしたとき驚いた?」


『・・・あなたの子よ』


フィンはさっきのラケシスの爆弾発言を思い出す。

「それは・・・もちろん。驚きましたよ」

「・・・うれしいと思ってくれた?」

ラケシスがフィンの瞳を覗きこむ。琥珀色の瞳はまだどこか眠たそうだった。

「ほんの一瞬でしたが、父親の気持ちになりましたよ」

やさしく笑いながらラケシスの頭をなでる。

ラケシスは安心したのか、そう・・よかった・・・・・・と呟くと再び夢の世界に落ちていく。

フィンの鼓動が心地よかった。


◇ ◇ ◇


その日、ラケシスは夢を見た。

金の髪の子供が二人花畑でじゃれあっていた。

そして、その子供達はたしかに、自分をこう呼んだのだ。

おかあさま、と。

ラケシスは夢の中で幸せそうに微笑んで、子供達を抱きしめたのだった―――


                                    



[165 楼] | Posted:2004-05-24 09:33| 顶端
雪之丞

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>>暁天の星                                         
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
《一章・星とあなたと》


夜明けの空に輝くかすかな星たち。

東の空に見えるあの星はそう、ヴィーナスと呼ばれる星・・・

その横の星はなんというのかしら、名も知らぬ星。

その隣りも、またその隣りも・・・名前のない星たち・・・でも輝いている星たち・・・


「・・・暁天の星と言うのです」


「え?」


寝台の上から窓を覗いていたラケシスにフィンはやさしく微笑んだ。

「夜明けに空に残っている星々のことです。夜明けの星は数が少ない事から、至って数の

少ない事のたとえにも使われますが・・・」

「そうなの」

ラケシスは白みはじめた夜空を見た。

キラリとわずかに残された星々がかすかだが光を放ちそこにいることを教えてくれる。


「・・・わたしは、この言葉が好きです」


フィンは夜明けの空からラケシスへと視線を移した。


「たとえ数が少なくとも・・・それはゼロではないですから・・・」


フィンの脳裏に浮かんだのは今は亡き、主君夫妻とアルテナ王女のこと。

さらにはシグルド軍の人々。

輝かしかった日々。

そして消えてしまった日々。


それでも、フィンの元には希望が残された。

幼いリーフ王子。

遠いイザ-クにいるデルムッド。

愛しいラケシス。

そしてラケシスに宿る小さな命―――


フィンはそっと妻のお腹のゆるやかなふくらみに大きな手を触れた。

「まだ生まれないかな?」

「まぁ、フィン。そんなにあわてなくても赤ちゃんは生まれてくるわよ」

フィンの胸に頭をあずけてラケシスは笑った。


◇ ◇ ◇


そして月日はめぐっていった。

暁天の星の下で語り合った時から8年。

あの日のお腹の子供は、父からナンナと言う花の女神の名が授けられていた。


その8歳のナンナは今日、母親を砂漠の向こうのイザ-クへ父とともに見送った。

なんでいっちゃうの?と聞くとナンナのお兄様を迎えに行くのよと母様はやさしく微笑んで

頬にキスしてくれた。

そしてキレイな短剣をくれた。

それから父様と抱擁しあうと、必ずデルムッドを連れて帰るわといってたった一人旅立って

行ってしまった。


遠のいていく背中。


ナンナはなんだか切なくて、父の手を握った。

フィンはいつまでもラケシスが去って行った方向を見つめていた。

悲しそうな顔をしていた。

それをナンナはずっとずっと忘れる事ができなかった。


                                 
>>暁天の星                                         
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
《二章・我が子のために》


フィンの妻を探す旅は3年にかかろうとしていた。

その間、フィンはどれだけラケシスのことを思っただろう。

聖戦が終わって世には平和が訪れた。

でもフィンには平和な時代はやってきてはいない。

平穏とは愛する妻の傍らではじめて得る事のできるものだった。

砂の町をひたすらさすらう日々。

懐かしい思い出が脳裏をよぎることもあった。

でも、一番思い出されるのはやはり、ラケシスを見送ったあの日―――


◇ ◇ ◇


『フィン、わたくし行くわ』

そう、言ってフィンの前に立ったラケシスはマスターナイトの姿をしていた。

フィンは驚いてあわててラケシスに駆け寄った。

『ラケシス・・・その格好は・・・』

『フィン、わたくしイザ-クへ行くわ・・・もう決めたの。お願い止めないで・・・』

『何を言っているのですか!?それだけは許すわけにはいかないとずっと言っていたでは

ないですか!今のイードの砂漠は危険すぎます・・・どうか考え直してくださいラケシス・・・

後生ですから・・・』

フィンがこんなにも大きな声を出すのをラケシスははじめて聞いた。

そしてこんなにも苦しそうなのも。

でも、ここでわかったと頷くわけにはいかない・・・


『・・・駄目よ・・・』

ラケシスは頭を振った。

『それでもわたくしは・・・行くわ』

『何故・・・デルムッドのことは確かにわたしも迎えに行ってあげたい・・・でもそれは2人で

時期が訪れたら行こうと・・・そう言ったではないですか・・・』

『えぇ、そうね。わたくしもそう思ってたわ・・・』

『なら・・・』


『・・・でも、イザ-クでロプトの子供狩りが始まったとなれば話は別だわ」


『!』

『・・・ましてやあの子は聖戦士の血を引いている・・・捕まってただで済むわけがないわ』

『ラケシス・・でも・・・』

言いかけてフィンは眉間に皺をよせながら瞳を閉じた。

ラケシスを行かせる訳にはいかない、イードは危険すぎる。

ラケシスは一度バーハラの悲劇の後、イードを越えている。

あのときですら無傷ではすまなかったのだ。バーハラの悲劇当時以上に治安の悪い

イードへ今、いかせるのは黄泉への旅路を促すようなものだった。


だが・・・


(デルムッド・・・)


フィンはまだ見ぬ息子のことを思った。

どこにいるのだろうか・・・

どうしているだろうか・・・

心配なのはフィンも同じだった。

(ラケシスを思うのならば行かせる訳にはいかない・・・だが・・・デルムッドをこのままにして

おくのはあまりにも不安だ・・・どうすればいい?どうすれば・・・)

沈黙してしまっているフィンの肩にラケシスはそっと腕を登らせた。


『フィン』

『ラケシス・・・』

フィンはまるで子供のようにも見える。

困惑のあまり言葉が出てこないようであった。

ラケシスはフィンに背伸びをして抱きつくと唇を合わせた。頭をぐっと自分に引き寄せる。

『フィン、わたくしを信じて・・・』

唇すれすれのところで見つめあいながらラケシスは懇願した。

『フィン、わたくし思うのよ。遠いシレジアの国でわたくしがマスターナイトになったのは、

もしかすると今日のためだったのではないかって・・・・愛する息子を迎えに行くために・・・』

『・・・』

ラケシスはフィンをじっと見ている。

フィンもじっとその琥珀色の瞳を見た。

澄んだ瞳・・・愛する我が子への思いが映った瞳・・・

『フィン・・お願い・・・』


『・・・わかりました』


『フィン!じゃあ・・!』

かすれた声でついにフィンは折れた。

彼も息子への想いを断ち切る事はどうしても出来ない。

『・・ですが・・・ですがお願いですから・・・約束をして下さい・・・必ず帰ると・・・』

『えぇ・・・もちろんよ・・・フィンの元へ必ず帰るわ』

ラケシスが頷く。フィンはラケシスを強く抱きしめた。

『すまない・・・本当は一緒に行くべきなのに・・・』

『いいえ・・・フィンありがとう。わたくし、必ず帰るから・・・必ず――!』

2人は互いに瞳に涙を滲ませながら再度口付けをかわした。


◇ ◇ ◇


あの日の選択が正しかったのかどうか、フィンには今でもわからない。

ただ、いえるのはどの選択をしても後悔は避けて通れなかったのだろうということ。

だが・・・わかっていても、結果としてラケシスを失ってしまった今では、何故あの時

イザ-クへ行く事を許してしまったのかと思ってしまう。

彼女を縛り付けてでもレンスターへ残すべきだったのではないかと・・・

砂漠に入ってからの3年の月日は、フィンを心の迷宮へと誘っていた。

何も返答がない問いばかりがつのっていく。


ラケシス・・・


わたしは間違っていたのだろうか・・・


フィンは顔を上げた。

前方の砂煙に混じって町の影がみえる。

ラケシスと離れ離れになってちょうど10年になってしまった日、フィンは砂漠のクルドの町に

入った。


そしてそこで彼はついに運\命と対峙する


                            



[166 楼] | Posted:2004-05-24 09:34| 顶端
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・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
《二章・青い髪の少女》


フィンが運\命と対峙したのは、正しくはクルドの町へと入る少し手前でのことだった。

町の入り口が砂塵の中を掻き分けて見え始めた頃、フィンは信じられない光景を見た。

幼い少女がならず者の風体である男数人にたかられている。

細い腕をつかまれて少女は泣いていた。


「何をしている」

いつになく声が低くなっていた。

弱者への不当な暴力や強制はフィンが最も許せないところだ。

勇者の槍をぬいてさらに問う。

「一体その子供が何をしたというのか」

フィンの問いとその構えから、叶わないと彼らなりに悟ったのか、男たちはすぐにその場を

去った。

追おうとするが子供の泣き声にはっとしてその場にとどまった。


「大丈夫かい?」

フィンの問いに少女はさらに泣いて抱きついてきた。

少女はおそらく10歳にも満たないであろう。

青い髪で大きな瞳が印象的であった。

その姿にフィンは一瞬何か頭に引っかかった気がしたが何かはわからなかった。


「・・っく・・・怖かった・・・」

「えぇ、でももう大丈夫です。安心して」

フィンはよしよしと頭を撫でた。

「さっきの男に見覚えはありますか?」

問いに少女は青い頭を横にふった。

「・・・さっき・・ここにいたら・・あの人たちが町をうかがっているのが見えて・・・ここにいた

ことを知られたら困るって言っていきなり・・・」

思い出したのか少女はまた涙声になった。

「そうですか・・・でも怪我はないようですね・・・よかった」

(何か、町によからぬことでも考えていたのだろうか?それで口封じにこの子を?)

これだけの情報ではフィンは確証たる答えを得ることができなかった。

とりあえず今できる事を果たすことにする。

「とにかく一緒に町に行きましょう。お家まで送ります。お名前は?」


「・・・・テティス」


少女は言うとおそるおそる手をフィンに伸ばした。

フィンは微笑むとその手をとった。


◇ ◇ ◇


町の門をくぐる頃、フィンはふと思いついて手をつないでいる少女、テティスに話し掛けた。

「それにしても何故、町の外に出たのです?お母さんに行ってはダメだといわれている

でしょう?」

イードの砂漠は治安が回復しつつあるあるとはいえまだ万全とはいえず、大の大人で

すら一人では危険だと言われていた。

「貝を拾っていたの・・・」

「貝?」

フィンの言葉にテティスはあいた手でポケットをさぐる。

ポケットから抜かれた小さな手のひらには桃色の貝殻がのっていた。

「ここは昔、海だったの。おじいさまが言ってた。だからこうやって町の外の砂とかには貝が

混じっているの」

「そうなのですか・・・」

砂の中にまれに埋もれている貝がこの少女にとっては宝物なのだろうか。

宝捜しはどんな子供も好きなものだ。時にはいいつけをやぶることもあるのかもしれない。

「でも、これからは一人で行ってはいけませんよ?」

フィンのやさしい言葉使いにテティスは素直にこくんと頷いた。


◇ ◇ ◇


「あそこ・・・」

町を歩いていくとテティスが一角にある白い家を指さした。

どうやら彼女の家のようだった。

家の風体から診\療所か何かだろうか、進んでいくと家の入り口の横の椅子にに老人が

腰掛けていた。

そしてそのさらに隣りには金髪の女性が立っている・・・


フィンはひやっとしてその場に立ち止まった。


「・・・?おじさま・・・どうしたの?」

テティスがいぶかしげな声をしてフィンを見上げた。

フィンはひたすら前を見ている。

金髪の女性の横顔を。

女性は視線に気付いたのかこちらを振り返った。

2人の姿を見て少し驚いたようであった。


「テティス!」

「おかあさま・・・!」

テティスがフィンの元を離れて女性の方へと駆け寄っていく。

こちらを向いた女性の顔をフィンは信じられない思いで見ていた。

金色の髪、琥珀色の瞳。

その美貌はまさしくフィンの知るラケシスそのものだった。

まるで時が止まったかのように美しい女性、ラケシスはこちらを見ている。


「あなたは・・・」


「・・・ラ・・ケシス・・・」


フィンは思わず名前を呼んだ。

だが、想像するような反応がラケシスからは返ってこない。

まるで知らない人でも見るようなそんな視線。

(ラケシスじゃない・・?いや、そんなわけはない、どう見ても彼女だ・・・)

「ラケシス・・・」

フィンはもう一度妻の名を呼んだ。

横にいた老人も驚いたようにこちらを見ていた。


「あなた・・・・もしかしてわたくしを知っていますの・・・・?」


「なにを・・・いって・・」

フィンには意味がわかない。

ついに前に立ってラケシスの肩をつかむと瞳を覗き込んだ。

「わたしが・・・わからないのですか・・・?」

「あの・・・わたくし・・・」

ラケシスは肩におかれた手に少し困惑したような表情を見せた。

その様子でフィンはラケシスに起こっいる事実を認識した。

「もしかして・・・

「そうじゃ。」

横にいた老人がフィンに話し掛けた。


「ラケシスは記憶を失っておる」


「・・・なんてことだ・・・!」

フィンは衝撃を受けた。

ラケシスを見ると心配そうにこちらを見ている。


「お前さん、ラケシスの知り合いかの?」

「はい・・・わたしはレンスターのフィンと申します。ラケシスは・・・いつからこうなのですか?」

「調度10年前からじゃ・・・」

フィンは返答に目をとじた。

ラケシスがレンスターへ帰らなかった、いや帰れなかった理由が今判明したのだ。


そしてもうひとつ・・・・


「・・・もしかして・・・このテティスは・・・」


「・・・わたくしの娘です」


「・・・やはり・・・」

ラケシスの答えにフィンは大きく息を吸って沈黙してしまった。

まさか、あの時ラケシスが妊娠していたなんて・・・

それでは・・・この子は・・・わたしの子なのか・・・

フィンはテティスをみた。

先ほど感じたのものはラケシスにそして自分に似ていたからか・・


「そんな・・・・」

フィンは一気に知らされた事実にもはや何を言えばよいのかわからなかった。

一番大きいのは無力な自分への後悔か・・・

再会の喜びはどこかへ行ってしまったようであった。

「とにかく中に入りなさい。わしは診\療所をやってるロウと申すもの。お前さんに知っている

事をすべてはなそう」


中へとうながされる。

フィンはラケシスをもう一度見た。

ラケシスもフィンをじっと見ていた。

その2人をテティスが父親によく似た青い瞳で見守っていた。


>>暁天の星                                         
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
《四章・現実と童話》


通された診\療所でフィンはまだ呆然としてしまっていた。

ラケシスは記憶を失っていた。

だからこの10年、どんなに待っても帰ってこれなかった。

ラケシスはあの時妊娠していた。

砂漠で一人彼女が産んだテティス。私の娘・・・


フィンは大きく息を吐いて俯いた。

まさか・・・記憶を失っていたなんて・・・そして子供がいたなんて・・・

おそらくあの旅立ちの時点でラケシスは妊娠に気付いていなかったのだろうが・・・

それでも・・・

(行かせるべきではなかった。デルムッドを預けたエーディンたちを信じるように説得して、

レンスターへ留まらせるべきだった・・・)

後悔が押し寄せる。


「さて・・・何から・・・話そうかのう・・・」

ロウ老人がフィンを見た。

今、部屋には2人以外にはいない。

ラケシスはあえてその場を老人によってはずされていた。

「調度、10年前じゃったかの・・・ラケシスがこの町にやってきたのは。旅の途中だと・・・

そう言うておった。このへんはお前さんも知っているんじゃな?」

「はい。ラケシス・・・妻は10年目にイザ-クにいる息子を迎えにいくためにイードを越えよう

としたはずです」

青い瞳は過去を映している。


『フィン、私行くわ』

決意の光を宿した琥珀色の瞳。

あの日、フィンはどうしても息子が心配でラケシスを旅立たせた―――


「そうか、やはりおぬしがテティスの父親か。お前さんがさっきここに現れた時どこかそんな

気がしたんじゃ・・・」

老人は瞳をとじてうんと頷いた。

「ラケシスは町に来た時点では記憶はもちろんあった、だが・・10年前ここの町を砂族が

襲ってな・・・ラケシスはおそらく戦ってくれたのじゃろうて・・・襲撃されたあと避難した家

から外に出てみると砂族が町から一掃されておった」

老人は目を細めている。

おそらくは記憶をたどっているのだろうか・・・・

「そして町の者がラケシスが脇腹から血を流して倒れているのを見つけた。ラケシスはすぐ

にこの診\療所で治療した。傷がそうとう深くてな、出血も多かった。彼女は数日まさに

生死の境目をさ迷ったんじゃ・・・」

老人の告白にフィンは眉間にしわをよせた。

過去とはいえ、彼女が怪我をしたという事実はフィンの胸を痛ませた。

「ついにラケシスが目を覚ました時・・・彼女は記憶喪失になっておった。おそらくは多量の

出血のせいからじゃろう。記憶を失ったラケシスは過去のことや、砂族と戦ったあの

戦闘能力はもちろんのこと、名前すら自分では思いだせんようになっておった。そして町を

救ってもらった恩もあって彼女をここで預かることになったのじゃ」

フィンは頷いたりすることも出来なかった。

自分が知らない間に彼女を襲った恐怖。

ラケシスの脇腹を通り抜ける剣の切っ先・・・フィンにはすべてが救えなかった・・・


「それからしばらくして・・・ラケシスが妊娠してることがわかって・・・彼女はもちろん産むと

言った。自分の過去への手がかりだし、そして何より自分に宿った命を守りたいと言って。

そしてテティスが生まれて今日まで3人で暮らしてきた・・・」

「そう・・・でしたか・・・」

声がかすれていた。

壮絶だった。

ラケシスをいつだって守りたいと思っていたのに、バーハラの悲劇でも、今回でもそう・・・

いつだって彼女は一人だ・・・

一番傍にいるべき時には傍にいることができなかった・・・

フィンは唇をかみ締めた。拳をにぎりしめる。


「お前さん、騎士か・・・」

「・・はい・・・」

フィンは俯いた。

これほど滑稽なことはない。

「そうか・・・騎士といのは・・・誰かを守っているのが童話では常なのじゃがのう・・・」

老人の声はフィンを責めている様には聴こえなかった。

だが、口にされている事、フィンがラケシスを守れなかったことは真実であり、それにじっと

耐えるのは辛かった。

フィンは苦しそうに瞳を閉じた。眉間のしわが深くなる。


「そうです・・・わたしは彼女を守るべき騎士だったのにもかかわらずラケシスを一人で

行かせました・・・イザ-クにいる息子のためとはいえ・・・そして彼女は・・・・」

フィンは頭をふる。

が、すぐに頭が上げられた。青い瞳が老人を真っ直ぐに見た。

「わたしは罪深い男です。でも、だからといってラケシスをこのままにはしておけない・・・」

フィンの声は次第に大きくなっていた。

「やっと・・・会えたのです・・・」

声が震えた。


老人をそれを黙って聞いていた。

ロウ老人の瞳にはやさしい光がたゆたっている。

フィンの人柄を見極めたからだろうか。

それとも真摯な言葉に心を打たれたのだろうか。

老人はゆっくりと微笑すると俯いてしまったフィンの肩に手をおいた。

「いや、もうよいよ。すまなかった。お前さんの本心見たさにわしは酷い事を言ってしまった

ようじゃ・・」

「ロウ先生・・・」

「さっき、わしは言ったな。騎士が誰かを・・たとえば姫を守るのは童話では常だと」

「・・・はい」

「じゃがな・・・いくら童話とはいってもしょせんはただの夢物語だ。夢の世界の話であって

現実じゃあないんじゃ」

「!」

「現実は・・・そんなにはうまくいかないものじゃて・・・」

老人は目を閉じる。目を閉じるといっそう皺が深くなったようであった。


「・・・のう、フィン殿や・・」

老人がはじめて名を呼んだことにフィンは気付いた。

「少し、昔話を聞かんかね・・」

「昔話ですか・・?」

うむ、と老人は頷く。

「ある男の話じゃ。昔、小さな町にある男がいた。男は医者だった。人の傷に薬をぬり、

またあるときには病を看た。町の人々は救われ、男に皆が感謝した」

一度言葉をきって息をつく。

「男は毎日、病人を看ては治した。誰一人として救われないものはいなかった。そんな

日々が続いた・・・だが、ある日ついに男は治せない病と直面した。なすすべがなかった。

手も足も出ない状態じゃ。とうとう病床の患者は治る事なく息を引き取った。そして―――

「・・・そしてその患者は男の妻だったのだ」

「!」

フィンはその展開におどろいた。

老人はしばらく沈黙していたが顔を上げるとフィンをまっすぐにみた。


「・・・医者だからといってすべての病を治せるわけではない。時に大切な人がそこに

含まれることもあるじゃろう・・・」

老人は少し浅くだが俯く。

「そして騎士も・・・同じようにすべての人を守りきれるわけではないじゃろうて。どんなに

努力してもすり抜けてしまう者がある。わしはそれを理解しているつもりだ・・・フィン殿」

ロウ老人はフィンに過去を重ねていた。

「・・妻は病床でわしに言ったよ。自分を責めるな、と。医者としてがんばっているわしが

好きだからどうか胸をはってくださいと言うてくれた」


ロウ老人の発言によりフィンは先程の昔話の‘ある男’が彼自身であることを確認した。

老人の瞳は細められている。

亡き妻を思い出しているのかもしれない。

老人はフィンの視線に気付いて顔をあげるとやさしく笑った。

「・・・ラケシスもそう思っていた・・・いや、今でもどこかでそう思っているのではないかの。

騎士としてのお前さんを好きだと・・・きっと・・・」


話はこれまでだった。

フィンは老人の心遣いが胸中に浸透していくのを感じながら深く頭を下げたのだった。


                             
                             



[167 楼] | Posted:2004-05-24 09:35| 顶端
雪之丞

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>>暁天の星                                         
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
《五章・これからふたりは》


ロウ老人にテティスが今日町の外で襲われた経緯を、先程の話に続いてフィンは伝えた。

そして町の護衛として(本当はラケシスの記憶が戻るのを伺うためだが)ロウに町に

滞在してくれないかと言われた。

フィンは断る理由がなかったのですぐに承知をした。

ラケシスに記憶が戻るように出来る限りの手伝いをするつもりだった。


◇ ◇ ◇


ロウ老人の部屋を退室したところでラケシスが待っていた。

金の絹糸のような髪がさらりと揺れる。

瞳は不安と、すこしの希望がたゆたっているようであった。

フィンは今すぐにでもラケシスを抱きしめたかった。

やっと10年ぶりに会えたのだから。

・・・だが、今のラケシスにとってフィンは見知らぬ人なのだ・・・・

白い顔のラケシスはこちらを見ている。


「今日は・・テティスを助けていただいたようで、どうもありがとうございましたフィン様」

その言葉使いにフィンは思わず苦笑した。

「フィンと呼んで下さいラケシス。それに言葉使いもいつも通りで結構ですよ」

「え・・・ええ、では・・フィン」

呼びなおしてみる。

なんだか歳が近い男性を呼び捨てるのは恥ずかしい気がしたが‘フィン’という名は

ラケシスの唇から流れる様に発せられた。

フィンはその様子を少し複雑そうな顔で見ていた。

それでも彼女がこうやって自分の名前を呼んでくれたことがうれしかった。

先程のロウ老人との会話のおかげか再会したばかりのような動揺はフィンにはもう見られ

なかった。


「・・・ラケシス・・・この10年間、元気にしていましたか?」

「え・・・えぇ、もちろんよ」

答えて一瞬ラケシスは沈黙したがすぐに決意をして顔を上げた。

「フィン・・あなたわたくしの事を知っているのね?お願い・・・!わたくしが何者なのか

教えて・・・」

そういってフィンの目の前にまで歩いていく。

この距離が今の2人の内面の距離でもあった。

「それに・・・・あなたはテティスの・・・

(父親なのではないの・・?)

そう、問おうとした唇にフィンの指があてられた。

ゆっくりとフィンは頭を横に振る。


「その答えはあなたが知っています」

「でも・・・!」

「何も慌てる事はありません、ラケシス。たとえ記憶がなくともあなたはあなたです。

ただ、思い出せないだけ・・・」

ラケシスはフィンの言葉に納得しがたいようであった。

フィンはそんな様子を見つめながら本当のことを伝えたい衝動にじっと耐えていた。

先程のロウとの会話を思い出す・・・


◇ ◇ ◇


『フィン殿、ラケシスにお前さんの知っている事を伝えるのは・・・わしは反対だ』

『・・何故ですか?』

『ふむ・・・どう説明したものかの・・』

ロウはアゴに手をあててヒゲをすいた。

そして卓上にあった赤い造花を指さした。

『お前さん、この花をどう思う?』

『・・・?赤い花だと思いますが・・・』

『うむ、その通りじゃ。だがラケシスが見たら、もしかするとなんて美しい花だろうと思うかも

しれんな』

『・・!』

『たとえ見えるものが同じでも感じることは違う。それが人間じゃ』

『おぬしがラケシスに対して彼女のことを教えるのはかぎりなく真実に近い、だが虚偽の

記憶を与える事と同等じゃ。それはラケシスの記憶を取り戻す妨げになる・・・』

最もな意見にフィンは頷かざるをえなかった。そして彼は今ラケシスと対峙している。


「ラケシス、共に色々なものを見ましょう。かつてあなたが見つめたはずのものを・・・

そこから感じ取れる事にこそ、あなたの記憶を呼び覚ますきっかけがあるはずです」

「フィン・・・」

「一緒にがんばりましょう。あなたの傍でわたしも力をかします・・・わたしはそのために

ここにいるのですから・・・」

フィンは安心させるように微笑んだ。


フィンのやさしいその言葉にラケシスは自分が震えて泣いてしまった事に気付いた。

今日いきなり現れたこの騎士に運\命すら感じていた。

出会いが必然だったとしか思えない。

こんなにも心を揺さぶる人が今までにいただろうか・・・

それともこれが知っているという何よりの証なのだろうか。


「わたくし・・・待っていたの・・・・停滞している今を打破してくれる存在を・・・」

10年の月日の中でラケシスは、自分一人で記憶を取り戻すのは厳しいことなのでは

ないかと感じていた。

一緒に、自分の記憶を揺さぶってくれる人がいてくれたらいいのにと、ずっと思っていた。

「ラケシス・・・迎えにくるのが遅くなってしまったこと・・・・・すみませんでした」

フィンは切ないような表情を見せてラケシスの頭から頬にかけてをいたわるように撫でた。


「でも、もう一人じゃありません」


フィンの言葉にラケシスははっと顔を上げた。

青く懐かしい気がする瞳がじっと見ている。

(一人じゃない・・・)

心に響く言葉。

そう、一人ではないのだ・・・・これからはもう。

ラケシスは停滞の長い月日を思って、再度伏して泣いた。

フィンがそっと涙を拭ってくれる。

それでも涙はとまらなかった。

ラケシスはまるで子供のように泣き続けた。


                               
>>暁天の星                                         
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
《六章・穏やかな時間》


フィンがロウの診\療所に滞在するようになって2週間。

あたたかい空気が家をつつんでいるようであった。

フィンとともに食卓をかこんだりすることにラケシスはなんら抵抗を感じなかった。

逆に懐かしさすら感じた。

テティスもフィンに懐いている。

昼にもなるとフィンを連れ出して町を案内してまわっていた。


ラケシスはいつのまにかフィンが自分の恋人か夫であることに気付いていた。

でもやはり記憶がないせいか接し方に悩む事がよくあった。

それをフィンは理解してくれているのかいつだってやさしく受け止めてくれた。

そんな時、ラケシスはどうしても耳朶\の熱さを隠せなくなる。

ラケシスはフィンと記憶を探るために色々なものを見たりもした。

でも、まだ記憶が戻る気配はない。

そのことにラケシスはジレンマを感じ始めていた。


◇ ◇ ◇


ある日、フィンとテティスが出かけた診\療所でロウにぽつりと言った。

「どうして・・・忘れてしまったのかしら・・・」

「うむ?」

「彼のことよ・・・大切だったのなら何故・・・忘れてしまったのかしら・・・わたくし・・・」

老人は少し俯く。

「・・・大切だからじゃよ」

「え?」

「記憶喪失というのはやっかいなものでな、大切なものほど記憶からすり抜けてしまう、

そういうものなんじゃ・・」

「そう・・・ですの・・・」

ラケシスは寂しそうに俯いた。


『もう、一人じゃありません』


そう、言ってくれたあの騎士はラケシスにとって本当に大切な存在だったのだ。

記憶がなくともラケシスはそれに確信があった。

記憶喪失とはなんてひどい病なのだろう。

どうして私の大切なすべてを奪っていったのだろう。


大切なものほどすり抜ける・・・


大切なものほど―――


そんなの、悲しすぎる・・・・・


◇ ◇ ◇


そのころ外では黄昏が訪れようとしていた。

他の大陸よりも大きく見える夕日に溶けそうになりながらフィンはテティスの手を引いて

家路を歩んでいた。


「・・・ねぇ・・おじさま・・・」

テティスがフィンのつながれた手をくいっと引っ張った。

「どうしました?」

「・・・おじさまは・・・テティスの・・・おとうさまなの?」

問いにフィンは立ち止まり優しく笑うと膝をついてテティスと視線を合わせた。

「テティスはそう思うのかい?」

「うん。おとうさまだったらいいのにって思う」

「そうか・・・」

フィンはテティスを抱きしめて頭を撫でた。

テティスの問いにフィンは答えなかった。

ラケシスの記憶が戻るまでは伝える事をさけたかった。

テティスもその微妙な具合を子供なりに感じ取っていたのかそれ以上聞いてこなかった。

抱き上げると生まれてはじめて父親のような(実際にそうなのだが)存在に抱き上げられた

ことをテティスは純粋に喜んだようであった。


「おじさまが来てよかった」

「そうかい?」

「うん。おかあさまも嬉しそうだもの。前はよく一人で記憶ない事に悩んで泣いていたの・・・」

「泣いて・・・?」

砂漠の真ん中でたった一人右も左もわからなくなる恐怖。

このテティスの存在が彼女を今まで支えてきたのだろう。

フィンは抱きあげたテティスをさらに抱きしめた。

「おじさま・・くるしい・・」

テティスが弱く不満の声を上げる。

フィンは苦笑した。

「すまない・・・では急ごうか。きっとラケシスとロウ先生が待っている」

フィンが微笑むとテティスも笑って頷いた。

その太陽のような笑顔がラケシスによく似ていた。

今日の別れを告げるように砂の地平線の向こうの夕日をフィンは振り替える。


「・・・?」


「・・どうしたの?」

「いや・・・なんでもないよ」

フィンはごまかして歩き出した。


(何か・・・・大気が震えるようなそんな感じがする・・・・これは気のせいか?)


長い間戦地を渡ってきた者の特有の感が何かフィンに警戒を訴えていた。

だが、その警戒をかくたるものにする決定打をフィンは見出しえなかったのでそのまま

診\療所へと帰したのであった。


                        



[168 楼] | Posted:2004-05-24 09:36| 顶端
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《七章・陰っているだけ》


天上の星は満天から、暁天へと移り変わろうとしていた。

間もなく夜明けが来る。

家路で感じた奇妙な違和感を忘れる事が出来ず、フィンはずっと警戒を続けていた。

外に出て風にあたりながら地平線をそして空をじっと見つめていた。


いつか・・・こんな夜空をラケシスと眺めたことがあったと、フィンは思った。


キュアン様も、エスリン様も・・・そしてシグルド軍の人々も・・・・この世を去ってしまっていた

けれど・・・

空を見上げるとまだ、希望があると・・・そう思った。

満天の星はやがてついえて暁天の星となったけれど、ゼロではない。

まだ光は残っているのだと・・・・


(そうだ、ゼロではなかったではないか。暁天の星は集い、再び満天となったではないか。

セリス様達の下に今、平和な時代はやってきた)

あの日、ナンナの宿ったラケシスの身体に手をあてながら、ともにがんばっていこうと

未来に希望をつないだ事は無駄ではなかったのだ。

(ラケシスとも記憶はなくとも再会できた。光は消えていない・・・記憶のない今は・・・

少し陰っているだけだ・・・)

フィンは言い聞かせてそっと瞳を伏せた。


「フィン・・・」

名前を呼ばれて考え込んでいたフィンが振り返ると、診\療所の前ではラケシスが白い服を

ゆったりと着こなして佇んでいた。

いつまでもかわらない姿・・・これは現実だ・・・希望が目の前にある。

「ラケシス、どうしたのです・・・まだ夜明け前ですよ・・?」

やさしく笑いかける。

「なんだか胸騒ぎがして・・・でも気のせいかしら・・・」

フィンはラケシスを見た。

彼女も今は記憶と共に戦闘能力を失ってしまっているがかつてはマスターナイトにまで

なった身だ。

フィンと同じように何かを感じたのかもしれない。

胸騒ぎ・・・そんな表現が今夜は確かにしっくりするようであった。


ラケシスが少し寒そうに手をさすったのでフィンはラケシスを自分のマントで引き寄せた。

体が触れ合う。

ラケシスは耳朶\が熱くなっていくのを自覚した。

「あの・・・フィン・・・」

「どうしました?」

「・・・なんでもないわ」

恥ずかしいと言おうと思ったがフィンの体温の心地よさにラケシスは負けた。

この温かさ、この香り、フィンの背中・・・なつかしい・・・


(なつかしい・・?)


ラケシスははっとした。

なつかしい?記憶もないのに?

気分が高揚しているかもしれない。

ラケシスは自嘲して空を見上げて話題を転換してしまう事にした。


「星が・・・もう少ないわね・・・夜明けが近いのだわ・・」

「そうですね・・・」

フィンからの返事にすらラケシスはどきっとした。

この声・・・そうよ・・・いつだって懐かしく思ってた・・・

「・・・知っている?こういう空の星を暁天の星というのよ」

フィンは一瞬何か気付いたようであったがそのまま続けた。

「・・・よくご存知ですね」

「うん。昔教えてもらったの。少ないってことだけれどもゼロじゃないから好きだって

言ってたわ・・・わたくしもそう思う。ゼロじゃないのはいいわよね」

「・・・」

返答がないのでラケシスはフィンを見上げた。

「フィン?」


「そう言ってた人はだれですか?」


「え?」

「あなたに、この星空のことを教えたのは・・・」


(だれ・・・・?)


ラケシスは瞳を大きく開いている。

(・・・だれ・・・・ゼロではないから好きだと言っていたのはだれ・・・?)

ラケシスは頭痛を覚えた。


頭が痛い・・・痛い・・・・誰・・・?


だれなの・・?


今、自然とわたくしから・・・出でた話を教えてくれた人・・・きっと知っている・・・


さらに頭痛が大きくなってラケシスはたまらず頭を押さえた。


脳裏に一瞬だが映像がよぎる。

曇った窓越しに見ているように朧な映像だった。

「・・痛い・・・っ!」

「ラケシス!」

フィンはあわてて強く抱きしめた。

腕の中でラケシスは頭痛のせいか冷や汗をかいていた。

フィンは痛みを取り除くように何度もラケシスの頭を撫でた。

「ラケシス・・・」

「・・・痛い・・・だれ・・・教えてくれたの・・わたくし・・・今何かよぎった・・・・・」

白い霧に過去が囲まれているような感覚がラケシスを襲っていた。

霧を抜け出したいのに頭痛がそれを許してくれない・・・

でもこのままは嫌だ・・・

「ラケシス・・・ラケシス・・・どうしたんだ・・・?」

フィンはいきなりのラケシスの苦しみに驚いている。


(記憶が戻りかけているのか・・・?)


「フィン・・・なにか・・・・」

「ラケシス・・しかっかりするんだ・・・」

フィンはラケシスの顔をあげさせて瞳を見た。

琥珀色の瞳がどこか遠くを見ている。


「・・・・・・フィン・・・・何かくるわ・・・」


ラケシスが苦しそうな声を上げたまま震える指で地平線を指差した。

「え・・・」

振り返ると地平線に無数の光が見える。

(・・・!やはり何かきていたのか・・・・それにしてもこんな時に・・・)

フィンはラケシスを守るように抱きしめた。

「ラケシス・・・このままでは町が危ない・・・あなたは診\療所にいてください。いいですね?」

「フィン・・」

頭痛に耐えているラケシスをフィンは抱え上げると診\療所にまで入った。

そこに気付いたロウが起きてくる。


「どうしたんじゃ?」

「ロウ先生、町が危ない・・どうやら砂族かなにかにこの町は目をつけられていたようです」

「なんじゃと!?」

ロウは窓に駆け寄る。

確かに地平線に無数の光が見えた。

フィンは苦しんでいるラケシスをソファの上に寝かせ、まるでおまじないのように額にキス

すると立ち上がった。

「ロウ先生、町に知らせを・・・なるべくこの診\療所に集めてください。わたしが砂族を止めに

参ります」

「何を言うか・・・危険じゃ・・やめるんじゃ」

「いいえご心配なく。わたしもこれでも騎士のはしくれ、そう無残には負けません。必ず

この町をお守りします」

フィンは勇者の槍を手に取った。

顔つきがかわる。

戦闘へと研ぎ澄まされる神経。

「町の人のことは頼みます。それとラケシスの様子がおかしいのです。それもどうか看て

やってください・・・」

フィンの視線の先ではラケシスが苦しんでいる。

いつのまにかテティスが起きてきていてラケシスの手を握っていた。


「テティス!」

フィンに呼ばれてテティスが振り向いた。

「母上のお傍にいるんだぞ」

「うん・・・気をつけてね・・・」

フィンは微笑してうなずくと青いマントを翻して外へと出て行った。


老人はその後姿を見ていた・・・・

「・・勇者の槍・・・青い髪の騎士・・・・まさか彼が伝説の槍騎士か・・?」

大陸中に名を馳せているレンスターの騎士の名がフィンであったことに、ロウはこの時

はじめて気がついた。


>>暁天の星                                         
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
《八章・朧でない世界》


フィンは砂族を一掃していっていた。

彼ら一人一人はそれほど戦闘能力を有しているとはいいがたかったのでそれが救いと

なっていた。

ただ、数が多い。

内心舌打ちしたい気持ちでフィンは槍をさらにはらった。

このままではキリがない。砂族を率いてきたものがいるはずだ、それを討ってしまえば・・・。

フィンは愛馬を砂族がひたすら向かおうとする町の奥へと向けて走らせた。


◇ ◇ ◇


一方診\療所では町の人々が集められていた。

「なんでまた・・・砂族なんかが・・・」

「まさか・・・町の財宝目当てなのではないですか?」

若い男がロウを振り返った。

「うむ・・・こうなると・・・それしか考えられまい・・・」

ここクルドの町があった位置はかつて海だった場所である。

そのため昔の海賊\船の残骸から多数の財宝が掘り出される事が少なくなかった。

「このままあの騎士の方一人では大変でしょう!我等も行くぞ!!」

そう若い男たちが一気に駆け出していこうとする・・・

だが・・・


「待って!!」


止めたのはラケシスだった。

「だめ・・・行っては・・・」

はげしい頭痛にたえながらラケシスは必死に訴えた。

(そう・・・・あの時も・・・こうやって町の人たちが助けにきてくれた・・・・・でも・・・・)

ついにラケシスの記憶は霧から抜けようとしている。

「あいつらは・・・・フェンリルを・・・もって・・痛っ!!」

さらに襲ってくる頭痛。

(魔法を持たない敵には・・・町の人々は大いに助けになる。だが、フェンリルの前には

一般人はあまりに無力だった・・・わたくしは・・・それをなんとかしようとして・・そうあの時、

魔導士を先に追い払っている・・・その間に・・・他の砂族に囲まれた・・・)


脇腹を通り抜けた切っ先のあの痛み・・・今・・・・克明に蘇ってくる・・・・


「だが・・・あの騎士の方をこのままには・・・」


「わたくしが行くわ・・・」


「ラケシス!何を言ってるのじゃ・・・!」

「テティス・・・母様の剣を持ってきて・・・」

記憶を失って以来、ただの壁飾りとなってしまっていた祈り剣を指さした。

テティスはかけより手にとるとラケシスに手渡した。

「おかあさま・・・・」

「大丈夫よ・・・」

ラケシスは頭痛に汗をかきながらも娘を安心させるように笑った。

瞳を閉じて集中をする。

確かかつてエルファイアの魔導書を身体に宿らせておいたはずだ。

「ラケシスだめじゃ!お前は記憶と同時に戦い方も忘れてしまっておる!」

ロウの必死の声にラケシスはゆっくり瞳を開いて顔を左右に振った。

「いいえ、フィン・・が危ない。前に戦ったことのあるわたくしにはわかるの・・・行きます」

「前に・・?ラケシスお前記憶が・・・・」

「まだ、少しだけ・・・ロウ先生テティスをお願いします」

ロウが返答する間もなくラケシスはひらりと身体をひるがえして診\療所から駆け出して

いった。


◇ ◇ ◇


頭痛に必死に耐えながらラケシスは疾走していた。

記憶はだんだんとラケシスの中で蘇りつつあった。

今はとにかくフィンの元へ行かなくては・・・

ラケシスは祈りの剣を強く握り締めた。

ラケシスの頭上にはまだ、かすかだが星が残っている・・


『暁天の星と言うのです・・・』


そう・・・言ってたわね・・・・・・・


『・・わたしは、この言葉が好きです』


わたくしも好きよ・・・


『たとえ数が少なくとも・・・それはゼロではないですから・・』


そう、ゼロじゃない。


まだ生きている・・・・


わたくしは記憶を失った。


でもまだ生きてるの・・・


失ったのなら取り戻せばいい・・・そうよね―――


「―――フィン!!」


広場へと抜ける道の最後でラケシスは愛する夫の名を呼んだ。

抜けたのは道だけでなく記憶にまといついていた霧もだった。

鮮明に蘇る日々・・・


「ラケシス・・・!」


いきなり敵の集まる広場に姿を表した妻にフィンは驚愕した。

「何をしにきたのです!危ない・・・早く診\療所へ・・・」

「フィン、気をつけて!この砂族たちはロプト教団を抜け出した奴らなの!フェンリルを

持っているわ!!」

フィンの言葉を無視して今伝えるべき事をラケシスは叫んだ。

「ラケシス・・・記憶が・・・・」

ラケシスは黙って頷いた。


「えぇ、とにかくここを一掃するのが先よ。フィン援護するからお願い!」

ラケシスは呪文の詠唱に入る。


「炎の深淵より出する精霊達よ敵を焼き尽くせ―――エルファイアっ!!」


爆炎が砂族の間を通り抜ける。

フィンはそれを機に、フェンリルの詠唱に入っていた魔導士の懐に飛び込み勇者の槍を

空になぎ払った。

ラケシスも祈りの剣を抜剣してもうひとりの魔導士を一刀に付した。

それに敵がひるんで後ろにじわじわとさがりはじめる。


ラケシスが剣を前に突き出して追撃する様子をみせると一気に走り去った。


ふぅ・・・と息をついてそれを見届けるとラケシスは剣を鞘に収めた。

「フィ・・

振り返って名前を呼ぶ間もなくラケシスは後ろから自分の体が抱きしめられた事に

気付いた。

「ラケシス・・・よかった・・・」

「フィン・・・うん・・・遅くなってごめんね・・・」

身体にまわされているフィンの手にラケシスは手を添えた。

「よかった・・・・」

首筋にフィンの唇が落とされる。

ラケシスは身体をフィンのほうへ向けると飛んで首筋に抱きついた。

「フィン・・・・フィン・・・・そうよ・・・わたくしの大好きなフィン・・・」

ぎゅうっと抱きしめる。

「どうして・・・思い出せなかったの・・・わたくし・・・・フィンごめんね・・・」

瞳から涙が落ちた。

フィンがそのままラケシスを抱き上げて調度、視線の位置が普段と入れ替わる。

ラケシスが泣いてしまっているのでフィン砂漠で思わぬ雨に打たれる事となった。


「ラケシス・・・10年だ・・・迎えにくるのが遅くなってしまいましたね・・・」

ラケシスは頭をブンブンとふった。

「いいえ・・・わたくしがいけなかったの。約束したのに・・・必ず帰るって言ったのに・・・」

ラケシスはさらに泣く。

フィンも涙を耐えながら抱き上げたラケシスを低くさせて目線を合わせた。

「もう、ずっと一緒です」

フィンの言葉にラケシスは頷いて唇を合わせてきた。

もう決して離れないと誓約するように深く。

唇が一度離れるとフィンは頬にキスをした。


「ラケシス、デルムッドに会ったよ・・・とても良い子に育ってくれていた」

「そう・・・そうなの・・・よかった・・・デルムッド・・・」

安堵してまた涙が出る。

そうか・・・無事だったのだ・・・・

「ナンナも・・・あなたにそっくりですよ・・・もうすぐレンスターの王妃になる」

うん、うんとラケシスは必死に頷いた。


子供の無事が母も、父も何より大事だった。

その思いが結局2人の間を別つことになってしまったけれど・・・

こうやって未来に繋がった・・・それが嬉しかった。


フィンはラケシスをおろすと再度抱きしめあった。

「それと、テティスを産んでくれてどうもありがとうございます」

「フィン・・・」

「また、あなたに一人で子供を産ませてしまいましたね」

「いいえ・・・気にしないで。わたくし、あの子がいてくれて本当にうれしかったの。だから

私がお礼言わなきゃ・・・フィン、ありがとう」

ラケシスの言葉にフィンは微笑んでキスをした。

「はやく・・テティスに父と呼んで欲しいですね」

「まぁ・・・フィン・・・じゃあはやくテティスのところへ行きましょう。わたくしもフィンを

お父様よって教えてあげたいわ」


2人は視線を合わせて笑った。


                              
                             



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《終章・レンスターへ》


別れの日がやってきていた。

部屋の外の廊下から足音がこちらに近づいてくるのをフィンは察知した。

がちゃりと扉が開けられる。


「おとうさま!おかあさまが準備できました、だって」

「そうか」

振り返ってフィンは微笑む。

娘に「おとうさま」と呼ばれるのがたまらなくうれしかった。

勇者の槍を左手ににぎるともう片方の手でテティスを抱き上げた。

「さて、テティス、レンスターまで少し遠いけどがまんできるね?」

「うん。おとうさまとおかあさまが一緒ならどこでもついていくよ」

「そうか」

フィンは笑った。

階段を下りていくと階段の下ではラケシスがロウ老人に別れのあいさつをしていていた。


「先生・・・どうもありがとうございました」

「なに、ラケシスには村を命をかけて救ってもらった。当然のことをしたまでじゃ。それに、

記憶喪失という病が治ったのなら、もう診\療所にいる必要はない。退院じゃ」

老人の元気な言葉にラケシスは安堵したようであった。

ロウからはなれると目に涙を溜めて頷いた。


フィンはラケシスの横に立つと深く頭を下げた。

「妻子ともにどうもお世話になりました」

「うむ・・・お前さんが来てくれてよかった、そう思っているよ。何事も元の鞘に戻るのが

一番だからのう」

そう言うと老人はテティスの頭を撫でた。

「また遊びにおいで」

「うん、貝殻さがしにくるよ」

「そうかそうか・・・」

老人は破顔してさらに頭を撫でた。

「フィン殿、ラケシスも、もう離れぬようにな」

「はい、もちろんです」

「えぇ、約束しますわ」

フィンとラケシスの迷いのない返答に老人はうむ、と頷いたのであった。


◇ ◇ ◇


ロウと別れて町の入り口までやってくるとテティスは振り返った。

ラケシスがそれに気付く。

「やっぱり、ここを離れるのはさみしい?」

「うん・・・でも平気。また来るもの」

そういいながらテティスはフィンの足元にしがみついた。

そのまま動かない。

肩が震えているからきっと寂しいのだろう。

フィンは苦笑すると抱き上げた。


「大丈夫、もうすぐ砂漠にも安全な日がやってくるよ。そうしたらまた来れる」

「うん・・・うん」

テティスは涙を拭いながら頷いた。

「さぁ、テティスそんなに泣かないで。目が真っ赤に腫れてたたらあなたのお姉さまが

ビックリするわよ?」

「おにいさまは?」

「お兄様にはお姉様にあってから会いに行こう」

フィンの答えにテティスがうんと頷いた。それを見届けてフィンは微笑むと妻を見た。


「さぁ、行きましょうかレンスターへ」

「えぇ、帰りましょう」

ラケシスがフィンにそっと寄り添う。

フィンはラケシスの肩を引き寄せた。

そしてレンスターへ向かって歩き出したのだった。


                                   



[170 楼] | Posted:2004-05-24 09:37| 顶端
雪之丞

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>>緑の庭                                    光焔の日々シリーズ
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
《一章 ・靴を投げれば・・・》


ぶちって音がしたわ。

堪忍袋の緒が切れた音よ。

もうぜったいにゆるさないんだから。


◇ ◇ ◇


夏まっさかりのレンスター城の庭園を、前のめりにずんずんと歩いている少女がいた。

その少女の名前をラケシスという。

ノディオン国王エルトシャンの妹であり、れっきとしたお姫様である。

そんなお姫様は、ドレスの裾をもちあげながら、目を三角にして歩き回っていた。

とにかく、どこか遠くへ、そんな一心でやってきたのである。


「もう!!なんなのよ!!」

怒りのあまり声が思わず口から漏れた。

ずかずかとおよそ貴婦人らしくない足取りで庭園の緑の中に入り込んでいく。

木々の陰が目に映ったと思うと、日の光を遮断されて涼しさを感じた。

ふぅ、と一度大きく息を吸うために立ち止まる。

あらためてあたりを見渡すと、キラキラと光がきらめいていて森の気配をいたるところで

感じることができた。

「けっこう歩きましたわね・・・」

木々を見上げてぽつりとつぶやく。声は静かに木々に溶けていった。


もう、どこにいるかはわからない。

庭園の中であることは間違いないが広大なのもまた事実だ。

きっと先ほど飛び出してきた場所からはずいぶんと外れているだろう。

しんとしている森に一人だが、木々の気配はラケシスを孤独にしなかった。あちこちで命が

息づいている。

もう少し深くに行ってみよう、そんな冒険心まで湧いてきて足を踏出した。だが・・・


「あら・・・?」

踵に鈍い痛みを感じて足元を見下ろす。ヒールのついた靴を浮かせて見れば血が

にじんでいた。

「・・・」

靴擦れを見て沈黙する。思い切りのいい性格をしている彼女はすぐに両足の靴を脱いで

素足になってしまった。

このほうがきっと痛くない。

「ふふっ・・・変な感じですわね」

じかに大地の感触を感じで笑みがこぼれた。


ふと、手に握った靴を見る。

それは今日のラケシスのドレスにあわせて兄が最高の職人に作らせてくれた靴だ。黄色の

ドレスに栄えるような心遣いが細部にまで感じられる。

だが、そんな心遣いも今は兄を思い出させて頭に来るだけだった。

「もう!!兄様なんて・・・」

怒りの理由を思い出して靴を握る手がプルプルと震えた。

「だいっきらい!!」

言い切ると同時に、勢いでその靴を投げた。


靴が弧を描いて木々の向こうに消えたかと思うと、「痛っ!」と人の声が聞こえてラケシス

はあわてた。

投げた方向へ駆けていく。

その先には小さな泉があって、ほとりでは青い髪の青年が頭を押さえていた。手に

はあの、靴を持っている。

「あ・・・ごめんなさい・・・!」

ドレスの裾を持ち上げて青年の下へ素足で駆け寄る。


青年はラケシスに気づいて振り向いた。

歳はきっと二歳ばかり上だろう。近づいてみると瞳もまた、髪と同じ空色をしていた。

「ごめんなさい・・・痛かったですか?」

青年を見上げるといきなり現れた自分に少し驚いているようだった。

だが、すぐに目を細めると礼をとって会釈をしてくれる。

「いいえ、平気です」

「そうですか・・・よかった」

ほっと、胸をなでおろすとすぐに、スカートの裾を持ち上げて頭を下げる。


「失礼いたしましたわ、騎士殿。わたくしはノディオンのラケシスです。以後お見知りおき

くださいね」

名乗\りに、騎士はあわてたようだった。

「ラケシス王女であらせられましたか、ご無礼をお許し下さい。わたしはレンスターの騎士、

フィンと申します」

「あぁ・・・そんなに気にしないで、フィン。わたくしがわるかったのですから」

笑ってそっと近づく。ちょっと騎士のあわてぶりが可笑しかった。

ノディオンでは皆が顔を見知っているのでこのような反応をする人はいない。

異国ならではだといえるだろう。


「フィンは何をなさっていたの?」

「わたしは・・・この」

水上に視線を移す。

「水上花を見に来ていました。今が一番美しい季節ですので」

「まぁ、本当ね。きれいだわ」

ラケシスは水辺のぎりぎり近くにまで近づいた。水上には色とりどりの小さな花が咲き乱れ

ている。

フィンは身を乗\り出しているラケシスに注意をうながそうとしてはっとした。


「姫、お靴を」

先ほどなぜか頭に落下してきた靴を差し出す。ラケシスはそれを大きな瞳でじっと見て

いたがふいと視線を外してしまった。なぜか頬が膨れて怒っているように見える。

「どうかされましたでしょうか?」

「いいわ、その靴。差し上げます」

「え?」

「わたくし、靴擦れしていて足が痛いの。だからいりませんわ」

そういうと水上に視線を戻してしまった。

「あの・・・姫?」

どうすればいいのかわからず困り果ててしまう。


そんなフィンにお構いなしでラケシスは何か思いついたように口を開いた。

「そうですわ・・・!」

ラケシスはいきなりスカートの裾を膝までまくる。

それにフィンはぎょっとした。

おどろいてしまっているうちにラケシスは屈むと、膝から下の白い足を泉に沈めてしまった。

「あぁ・・・やっぱり気持ちいいですわ」

うれしそうにしながら膝から下の水に浸かっている部分を揺らす。


フィンは唖然としていた。なんてお転婆な姫なのだろう。

靴をなげたり、いきなり泉に足を沈めてみたり。

そもそも、何故こんなところに一人でやってきたのか。


だが、泉に足を沈めながら、るんと嬉しそうにしている少女のその姿は笑みも誘った。

つい、微笑してしまう。


この時、フィン16歳、ラケシス14歳。

これが二人の出会いだった。



                              
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《二章 ・女の予言》


フィンとラケシスの二人の出会いの時間から、少しさかのぼるとラケシスの憤慨の理由は

見えてくる。

そもそも、西の大陸の住人である彼女が何故、レンスターにいるのか。

実は、ラケシスは今回、兄のおまけとしてこのレンスターにやってきていた。


ラケシスの兄にあたるエルトシャン王はレンスター王国の公爵令嬢であるグラーニェと

先の年に婚約をし、そう遠くないうちに結婚をすることになっている。

今回の訪問が婚約者としては最後の訪れであり、次に会うのはノディオンの結婚式でと

すでに決められていた。


そんな兄が婚約者に会いに行くために準備をしていた一週間前の夜、ラケシスは共に

いきたいと申し出た。


理由は二つだ。


ひとつは大好きな兄の妻となる人が、ほんとうにふさわしいのがどうかを知りたい。


もうひとつは、他国の社交界に顔を出してみたいというものであった。


だが、どちらをも理由にはださずにラケシスはにこやかに兄にこういった。


「兄様、最近いつもわたくしをかまってくださらないのですね」


笑顔の下に秘められた事情に薄々だが感づきながらも王は是とするしかなかった。

妹の言うことはもっともであるし、これ以上かまわなかったら何をやらかすかわからないと

いうのを経験から知っていた。

そんなわけでラケシスは念願のレンスターの大地を踏むことになったのである。

だが・・・


◇ ◇ ◇


「まぁ、ようこそおいでくださいましたラケシス姫様」

そういって微笑んでくれる貴婦人はとてもやさしそうな女性だった。おまけに美人である。

「・・・!」

予想外の展開にラケシスはうろたえた。

(どうしましょう・・・非の打ち所がないですわ・・・!)

そんなラケシスの様子に兄がちらっとこちらを見て笑うのが見えた。

こうなることを知っていたとしか思えない。すべてを読まれていたのだ。

ぴくっとこめかみが震えた。

だがここで怒るわけにもいかず、無理やりにほほ笑む。

「お・・・お初お目にかかります、グラーニェ様。ラケシスでございます」

ぺこりと頭を下げると、グラーニェが手をとってくれる。


「こちらこそはじめまして姫様。どうぞよろしくおねがいしますね」

にっこりとほほ笑まれラケシスは思わず赤面した。なんだろう少し亡くなった母様に似て

いる気がする。

「はい・・・」

まるで借りてきた猫のように大人しくなってしまった。


◇ ◇ ◇


じきに家族になるであろう三人のお茶会がはじまっていた。

お茶会には三人以外に、レンスター王子のキュアンとその婚約者のエスリン、そして

エスリンの兄であるシグルドが参加していた。


「そうだわ、キュアン様。今日の夜会のエスコートをお願いしてもよろしいですよね?」

エスリンが思い出したように婚約者の顔を見る。それにキュアンはにこっと笑った。

それを見ていたシグルドが不平を鳴らす。

「おいおい、あんまり見せ付けないでくれよ。だいたい、エスリン酷いじゃないか」

「あら、どうして?」

「今まではずっと私にエスコートしてくれって泣き付いてきてたのに、すぐにキュアンになびく

のだから」

「それは仕方ないわよ、ねぇキュアン様」

「あぁ、そうだな。シグルドあきらめろ」

すでに甘い雰囲気の漂う二人にシグルドはため息をついた。エルトシャンとグラーニェは

それを見て笑っている。


ラケシスはそれを見てはっとしていた。

(そうですわ・・・わたくしも、もう兄様にエスコートしてもらえないのだわ・・・)

そう思うと寂しくなってくる。自分の居場所を取られたような気がして・・・


だが、そんなラケシスに気付かず会話は続いている。

「薄情な妹を持ってわたしは悲しいね」

シグルドは肩をすくめた。そしてラケシスに視線を移す。

「・・・では、ラケシス姫にエスコートを申し出てもいいだろうか?」

「え?」

いきなりの申し出に驚いて顔をあげる。

だが、ラケシスが返答する前にエルトシャンの声が響いた。


「それは駄目だ」


視線がエルトシャンに集中する。シグルドはちょっとにやっと笑っておどけてみせた。

「どうしてだい、エルト」


「どうしてもこうしてもじゃない、それに今日の夜会にラケシスは参加しない」


兄の言葉に驚いてラケシスはがちゃんとカップを落とすように置いた。

「どっどういうことですの、兄様!なぜ出てはいけないのです」

「お前はまだ社交界には出ていないだろう」

「出ていますわ」

「あれはノディオンの国内のものだろう。俺が主催しているものにお前が参加してもそれは

社交界に出ているとはいわないんだ」

兄の言葉にわなわなと震えた。

どうして出てはいけないのか。

ダンスだって誰よりもうまい自信がある。社交や礼節だってずっと学んできたのに。

何よりも夜会をずっと楽しみにしていたのだ。

(そこまで・・・わたくしをのけ者にしたいの・・・?)

婚約者がいるのだ。確かに自分は邪魔なのかもしれない。

だからってこんな扱いがあっていいのか。


「お前は」


兄の声に顔をあげると大好きなあの笑顔がうかんでいた。


「お留守番だ」


ぶちっ


堪忍袋の緒が切れる音を聞いた。


「・・・にっ・・・兄様のばかぁっ!!」


ついに部屋から飛び出してしまった。


◇ ◇ ◇


「・・・エルト、あれはかわいそうだぞ」

シグルドがラケシスに同情したように友人に言う。

そうでなくても兄のエスコートを失ったことに寂しそうな顔をしていたのに。

「そうですわ、エルトシャン様」

グラーニェが同意した。

それに気付いてエルトシャンはちらっとキュアンを見ると視線を婚約者に戻した。


「グラーニェはわかっておられない。社交界は危ないところです」

「え?そうでしょうか」

「そうですとも。シアルフィの公女様もそこで悪い虫にひっかかったのですから」

言葉にキュアンとエスリンが顔を見合わせた。

シグルドが笑う。

「そうだな、確かに。自国の社交界でならエルトの力でどうとでもなるが、他国ではそうも

いかないしな」


シグルドの言葉にグラーニェは納得した。くすっと笑う。

「ラケシス様をあまり男性の前に出したくないのですね?」

「そういうことです。この間まではいつか社交界に出そうと思っていたのですがシグルドを

見ていて気が変わった」

シグルドとエスリンを見ているとどうも兄であるシグルドが損している。

あの立場に自分が立つかと思うと。


「わがままだぞ、エルト。美人の婚約者とかわいい妹と独り占めか。どっちか提供しろ~」

悪い虫呼ばわりされたキュアンが抗議した。

「グラーニェは駄目だ」

「じゃあラケシス」

「それも駄目だ」

「また、そんなことを言う・・・あ!!」

キュアンが思いついたように身を乗\り出した。


「いい候補がいるぞ」


「?」

エルトシャンは形の良い眉をいぶかしそうにひそめた。

「ラケシスの旦那候補だよ、いいのがいる。な、グラーニェ」

王子に声をかけられてグラーニェはほほ笑んだ。

「フィンのことですね?」

「フィン?」

「わたくしと遠縁にあたる公爵家の子です。王子が目にかけておられるのですよ。真面目で

とても良い子です」

「歳はいくつなのだ?」

キュアンを見上げる。

「16歳だ」

「なんだ、まだ若造ではないか」

「若造っていってもあと数年したら問題ないさ」

「そうか」

あまり興味がなさそうなエルトシャン。

「・・・お前、聞く気がまったくないだろう」

「ほう、わかるか?」


そんな二人の不毛な会話に終止符を打つべく、ついにエスリンが口を開く。

「まぁ、とにかく・・・」

「うん?」

「エルトシャン様の行為はあまり意味がないとは思いますけど・・・」

エルトシャンは驚いて琥珀色の瞳を開く。

「何故です」

「だって・・・」

同意を求めるように同じ女性であるグラーニェにエスリンは視線を投げかけた。

グラーニェも困ったように笑いながらも頷く。


「結局は、どこか別の場所で未来の夫に出会うかもしれないではないですか」

うんうん、とエスリンが頷く。

「そうですよ。わたしもキュアン様と出会ったのがたまたま社交界だっただけで、

もしかすると城の庭園で出会ったかもしませんわ」

女性二人の不吉な予言を、エルトシャンはまさか・・・と思いつつ聞いている。


この予言、実際にあたっていたりもしたのだが・・・それはまだずっと先の話である。


                                



[171 楼] | Posted:2004-05-24 09:39| 顶端
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《三章 ・ほんとうの気持ち》


「・・・というわけですの」

「そうでしたか」

ラケシスの憤慨していた理由を聞かされてフィンは苦笑した。

この話を聞く分に、確かに姫がかわいそうな気はする。

ただ、エルトシャン王がラケシスを邪魔で邪険にしたとういう理由は何か違うように感じられ

たが・・・

「ぶちっていいましたわ。堪忍袋って本当にあったのね」

感心しながらラケシスは頷いた。

「それでこちらまでこられたのですか」

「えぇ、そうよ。飛び出してきてずっと歩いていたらここだったの」

ラケシスは足を沈めている泉をみつめた。


「・・・そしてずっとここにいることになるのかもしれませんわ」

「何故です?」

「昔はいつも喧嘩してとびだしても兄様が必ず迎えに来てくれたの。でも、もう・・・」

「姫・・・」

「わたくし、ほんとうは怒っているのではないの。寂しいのね、居場所がなくなって」

しゅんと寂しそうにするその姿がなんとも物悲しい。

「姫、エルトシャン王をわたしは存じ上げませんが、そんなに心配なさらなくてもよいのでは

ないでしょうか」

「どうしてそう思うの?」

不安そうに琥珀色の瞳がフィンを見上げてくる。瞳は涙でゆれて見えた。

「姫のお話を聞く分に、王が姫を邪魔だなどとは思っておられないように感じるからです。

それに、奥方になられるグラーニェ様は人の居場所を奪うような、そんな方ではございま

せんよ」

「グラーニェ様をフィンはご存知なの?」

「はい、わたしの遠縁の親戚に当たるお方でとてもおやさしい人です」

返答にラケシスはうつむいた。

「そうね、本当におやさしい方ですわね。だから・・・わたくし・・・」

ちゃぷんと足元で水がはねる。

「だから・・・余計にそう感じるの。わたくしはあの方のようにやさしいわけでもおしとやかな

わけでもないもの。兄様は嫌になったかもしれない・・・」

その様子に驚いて不謹慎だと思いながらもほほ笑んでしまう。

姫のこんなにも感情の豊かで、元気なのが良いところなのだとエルトシャンも気付いている

と思ったからだ。嫌になるなんてわけがないのに。

声をかけようとしたところではっとして振り返る。人の気配を感じる。

木々の間から姿を現した人、それは・・・


◇ ◇ ◇


「グラーニェ様」

フィンはあわてて起立した。

「まぁ、フィン。ラケシス様とご一緒だったの?」

「はい。色々ありまして」

姫の名誉のために、投げた靴が当たった縁で・・・とは言わない。

「そうなの。あなたが一緒なら心配なかったかしら・・・どこを探しても姿が見えなかった

ものですから・・・」

「そうでしたか」

フィンに頷きながら背後のラケシスに視線を移す。姫は少し気まずそうにうつむいていた。

それに微笑する。

「フィン、悪いけれどもキュアン王子にこの場所を伝えてくださるかしら?エルトシャン様も

ご一緒だと思うから」

「かしこまりました。それでは」

去っていく若い騎士を見送ってグラーニェはラケシスの横に腰を下ろした。


「姫、お気落ちされていらっしゃるの?」

ラケシスはうつむいてしまっていて何も言わない。

「エルトシャン様が、探しておられましたわよ」

その言葉にラケシスは顔をあげた。

「嘘よ」

「いいえ、本当ですとも。地の利にくわしかったわたしがラケシス様を先に見つけました

けれども、エルトシャン様もさっきからずっと庭園をお探しになられていますよ」

「兄様が・・・わたくしを?」

「えぇ。ラケシス様、さっきの社交界のお話はあまりお気になさらないほうがいいかもしれま

せんわ。きっと理由はあなた様が考えておられるようなことではないのですから」

まさか、他の男の面前にさらしたくないだけだなんて、幼い姫にはまだわからないだろう。

「でも・・・」

何か納得のいかない様子をしている。

グラーニェは思い切ってここで話題をかえることにした。


「ラケシス様は、今日を楽しみにしていてくださったかしら?」

「え?」

驚いたような顔をして見つめてくる。その顔立ちは婚約者に良く似ていた。

「わたし、今日を楽しみにしていましたのよ。はじめてラケシス様とお会いできると思って」

にっこりと笑う。

「でも、同時に心配でした。わたしを気に入ってくださるかどうか」

「そんな・・・ことありません、わたくし・・・」

嬉しそうにほほ笑んでグラーニェは視線を水上の花に移した。


「ずっと想像していましたの。エルトシャン様からラケシス様のお話を聞いて、どんな方

だろうって」

「・・がっかりされたでしょう?」

自嘲気味な表情をみせたラケシスにゆっくりと頭を振った。

「いいえ、想像していたよりもずっと素直でかわいらしいお姫様でしたよ」

驚いて顔を上げた。

「かわいい?わたくしが?」

「えぇ、とても。エルトシャン様が大切にされるのがよくわかります」

「嘘です、わたくしかわいくなんてありません。すぐに怒ったり・・・いらいらして・・・」

「そんなこと、ありませんよ。感情が豊かなことはとても素敵なことですわ」

そういってそっと頭をなでてくれる。

その手の感触がなんとなく亡くなった母を思い出させた。

思わず涙ぐんでしまう。


「グラーニェ様、わたくし・・・本当は最初あなたのことが好きではありませんでした。兄様を

とられるようで・・・」

かすかにうつむくがすぐに顔を上げる。

「でも、今は違います、好きです。本当に」

その言葉に驚いたようであったが、やがてにっこりと笑うとグラーニェはわたしもですと

返事をしてくれた。

その笑顔のなんて嬉しいことか。

はやく家族に慣れたらいいのにと、そんなことすら思った。


◇ ◇ ◇


「・・・駄目だ」

「そんなの知りませんわ。それなら勝手に行きます」

不毛な戦いが始まっていた。エルトシャン対ラケシスである。

しかしこの二人、よくみているとどうも妹のほうに分があるようであった。


「もう決めましたの。絶対に夜会には参加します。たとえ這ってでもいきますわ」

こうと決めたらてこでも動かすことの出来ないラケシスの強固な意志にそれでも

エルトシャンはひるまない。

「エスコートはどうするのだ」

「フィンにお願いするわ」

「なに?」

いきなり妹の口から出てきた男の名前に眉をひそめる。

ラケシスはつかつかと部屋の隅でひかえていたフィンをひっぱってきた。

「ねぇ、フィンいいでしょう?エスコートをお願いしても」

「えっ?」

いきなりの言葉にフィンはあわてた。エルトシャンも同じく驚いて口を開く

「何をいって・・・


「いいじゃないか。そうしてさしあげろ、フィン」

キュアンが横にやってきてラケシスに助け舟を出す。

「キュアン様・・・?」

「お前がエスコートしてやればラケシス姫は念願の夜会に参加できる。協力できるな?」

「は・・・はい。それで姫の願いがかなうのであればわたしはかまいませんが」

「馬鹿なことを・・むっう

とめようとするエルトシャンの口をキュアンがふさいだ。


「そういうことだ、ラケシス。はやく仕度をしてくるといい」

ラケシスは目を輝かせた。

「ありがとうございます、キュアン様!」

「なに、これくらい。フィンにいっぱいわがまま言ってやれ」

おもしろうそうな顔をしているキュアンにフィンは苦笑した。

ラケシスもそれをみてほほ笑む。

「ふふっありがとうございます。いきましょうフィン」

嬉しそうにフィンの大きな手をとると部屋から二人で去っていった。


◇ ◇ ◇


「キュアン・・・」

「ん?どうした」

「覚えていろよ・・・」

やっと口を押さえていた手を離されてエルトシャンは恨めしそうに言う。

「ま、悪い虫の友人を持った自分に反省するんだな」

キュアンはまだ、悪い虫発言に根を持っていた。


そんな二人をシグルド兄妹とグラーニェは近くのテーブルでお茶をしながら見守っていた。

「あ~あ・・・キュアンは根に持つからな」

「ふふ・・・兄様もきをつけてね。それにしても・・・」

「うん?」

「どうもグラーニェ様あの予言は正しかったわね」


『結局は、どこか別の場所で未来の夫に出会うかもしれないではないですか』


「まだわかりませんよ」

ひかえめにグラーニェは笑う。

「でも、それなら楽しいな。エルトの今までの努力はな~んの意味もなかったわけだ」

のほほんとしたシグルドの言葉に女二人ほほ笑む。


「ま、運\命には誰も邪魔はできないってことよ。わたしとキュアン様みたいにね」

エスリンはいつのまにか自分ののろけ話を出して幸せそうな顔をした。


                              
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《4章 ・魔法の言葉》


「るんるん」なんて言葉はきっと今のラケシスにふさわしいに違いない。


「まぁ、すごいですわね。やっぱりノディオンとレンスターでは全然雰囲気が違いますわ」

ラケシスは桜色のドレスを揺らしながら言った。

「フィンどうもありがとう。本当に今日の夜会に出たかったの」

「それはよかったです。ですが姫、先ほどのグラーニェ様のお話をお忘れなきよう」

「えぇ、もちろんですわよ」

騎士の服に身を包んだフィンを見上げて頷いた。


◇ ◇ ◇


「ラケシス様」

直に妹になるであろう子のドレスを見立ててやりながらグラーニェはやさしく話しかける。

「はい、なんでしょう?」

「エルトシャン様のお気持ちを汲んで差し上げることを忘れてはいけませんよ」

その言葉にラケシスは驚いて一瞬あせった。


「夜会には出るなとおっしゃるの?」

「いいえ、そうではありません。そうではなくて夜会での振るまい方のお話です」

「振るまい方?」

「えぇ、そうです。お気づきではなかったようですが、エルトシャン様がラケシス様を

なるべく社交界から遠ざけたがられたのは、おそらくはあなた様が他の貴族の男性から

言い寄られるのを疎まれたからでしょう」

「えっ・・・そうでしたの?」

てっきり、婚約者を優先したいだけなのだと思い込んでいた。

男性に言い寄られる?そんなことが本当にあるのだろうか。

自分は今まで男性など意識したこともなかった。


「えぇ。ですからラケシス様がうまく男性をかわすことが出来るのであればエルトシャン様も

ご安心なさるでしょう」

「うまくかわす・・・」

ラケシスは考え込んでしまった。兄がグラーニェの言うとおりに自分ののことを考えてくれ

ていたのだとすれば、自分も兄のためにしっかりと振舞うべきだろうと思ったのだ。

だが、どうすればいいのかがわからない。


うーんと考え込んでしまったラケシスにグラーニェは思わず苦笑してしまった。

「よろしければわたしが魔法の言葉を教えて差し上げたいのですが」

「魔法の言葉?」

「えぇ」

「何?どんな言葉ですの??教えてください」

必死に聞いてきたラケシスの肩に手を置いてグラーニェは微笑んだ。


「それは、エルトシャン様のお名前です」


「兄様の?」

ラケシスは首をかしげた。

「そうです。言い寄られることがあればエルトシャン様のような方でなければ嫌だと、

そうおっしゃればきっと相手方もあきらめるでしょう」

「まぁっ、それはいいですわ。わたくしも、兄様のような方でないと嫌です」

素直に告げてくるラケシスが愛らしくてグラーニェは頭を撫でてやった。

「きっとエルトシャン様も喜ばれますわ。ラケシス様がそうやって慕ってくださることを

あの方は本当に喜んでおられますのよ」

「兄様が?本当に?」

「えぇ」

力強く肯定するとラケシスはぱぁっと微笑んだ。兄に想われていたことが嬉しかった

のだろう。

「でも、なるべくその言葉を使わずに済むほうがよいのですけれど。フィンにも話をしておき

ましたのでもし、何か困ったら彼をたよってくださいね。それにわたしやエルトシャン様も

同じ会場におります」

「えぇ、ありがとうグラーニェ様!」

飛びあがって抱きついてきたラケシスに驚きながらも微笑んで、グラーニェはそっと小さな

背に手をまわした。


◇ ◇ ◇


「・・・め・・姫?」


フィンの声にラケシスは我に返った。

あたりには貴族が溢れ、華やかなドレスが数々見える。

そう、ここはレンスターの夜会。念願の場所だ。


「あ・・・ご・・ごめんなさい、何ですの?」

「何か、お飲み物はいかがですか?」

「あ、そうね。お願いしますわ」

にこっと笑うとフィンは頷いて、少しの間失礼しますといって人ごみに消えていった。


その後ろ姿を微笑みつつラケシスは見つめていた。

兄とは全然タイプの違うフィンだが、なんだか面倒見のよい感じがラケシスは好きだった。

どちらかといえば父親に近い感情をエルトシャンには抱いているので、兄が出来たような

気分だった。

そんなことを考えているうちにラケシスの視界に人影が映る。


「失礼、マドモアゼル」

「え・・・?」

あわてて人影を振り返ればなんだか細いからだの頼りない感じの男が立っていた。服が

貴族の男性服なので騎士ではないのだろう。

「ラケシス姫でいらっしゃいますね?わたしはコベンツル男爵です。お会いできて光栄に

存知ます」

「え・・えぇ」

いきなり話しかけてきた男の真意がわからずラケシスはあいまいな返事をした。

甲高い声のこの男は何者なのだろう?もしかして兄の知り合いなのだろうか・・・

「おぉ、なんと美しいお声、そしてご面相。わたしは今天上にも昇る気分でございます、

ラケシス姫」

「え、あ・・・はい」

男がいきなり早口で言い出した言葉にラケシスはうなずくことしかできない。いくつかの

部分はうまく聞き取れなかった。

コベンツル男爵とやらのわけのわからない話に困惑しているうちに、また新たに人影が

やってくる。

今度は図体の大きな熊のような男だ。恰幅がいいといえば響きはいいが太っているだけの

ようにも見える。

「おぉ!あなた様がノディオンの至宝、ラケシス王女であらせられますか?」

「は・・は、い・・・?」

「わたしはサー・ダルク子爵です。このたびは・・・」

野太い声で話がはじまる。もちろん前の男の話も同時に続いている。どちらもが競うように

早口に話してくるせいで、何を言っているのかさっぱりわからない。

聞き取ろうと必死になっているうちに頭がぐるぐるしてきた。

「あ・・っ・・あの・・・」


『姫』


救いとも思える聞きなれた声にラケシスはぱっと振り返った。

「フィン!」

小走りにかけてフィンの後ろにまわりこむ。

その様子を見て、すぐにフィンは男爵と子爵に視線を向けた。すると太った子爵のほうが

驚いて声を上げた。


「あなたは・・・フィッツゼラルド公であらせられるか」

「そうです」

なんだか少し冷たいような気もする声でフィンは返事をした。

フィンの家名を聞いて細い男爵のほうも驚いている。

爵位が男爵や子爵よりも公爵が上だからなのかもしれないが、だがラケシスには二人が

驚く理由は別にあるような気がした。

「そうですか・・・しかしよいですのかな?フィッツゼラルド公はこんな場にいるべき方では

ないでしょう」

子爵がどこか嫌味にフィンに言ってくる。あきらかに歳若いフィンを侮っている。ラケシスは

それにむっときたがフィンは涼しい顔をしているので言い返すのを我慢する。

「本日は、ラケシス王女のお相手を僭越ながら仰せつかっておりますゆえ・・・」

ゆっくりとフィンは返答する。


「わたしの話などよりも両方、ラケシス王女に何か御用があらせられるのでしょうか?」

フィンの問いにふたりは気分の悪そうな顔をした。

「なに、初めてお会いするラケシス王女にごあいさつをしていたまで」

「そっそうですとも・・・」

どこか強気な子爵に続いて弱気に男爵が続く。

返答にフィンは頷いた。

「そうでしたか。では、失礼させていただきます」

言いながらフィンは後ろのラケシスに白い手袋のはめられた手を差し出してリードすると

その場を去った。

それを子爵と男爵がいまいましそうに見ていた。


◇ ◇ ◇


先ほどの騒動の場所から少し離れたところでフィンはラケシスのリードをといて向き直った。

「大丈夫でしたか?」

「えぇ。ありがとう・・・なんだかどうすればいいのかわからなくなってしまって」

「申し訳ありませんでした、お一人にしてしまって」

申し訳なさそうな顔をしたフィンにラケシスは否定の意で手を振った。

「いいえ、いいの。でも・・・あの人たちのごあいさつかわっていますのね」

真剣に疑問に感じている様子にフィンは驚いた。ラケシスは本当に世慣れをしていない

のだ。


「・・・姫、先ほどこそ、グラーニェ様のおっしゃった魔法の言葉をお使いになる場面ですよ」

「え・・・?そうでしたの?」

ラケシスは目を丸くした。

「あれが男性に言い寄られるというものでしたのね。気付きませんでしたわ」

感心したように頷く。その様子にフィンはくすっと笑った。

「次回からお気をつけられますよう」

「えぇ、そうしますわ」

返答に頷いてフィンは緊張をとくように軽く息をついた。


「どうかされましたの?」

「あ、いえ。先ほどのやり取りに実は緊張していたのです。あぁいうのは慣れていないので」

困ったように笑うフィンにラケシスは笑った。

「そうなの?でも格好よかったですわ。ありがとう」

「恐れ多い言葉です、姫」

礼儀正しく礼をする。


「フィンは社交界にもしかしてあまり参加しないの?」

「わたしは、フィッツゼラルド家の出ではありますが、今は騎士として王宮預かりの身です

ので」

「あぁ、鍛錬に日々を費やしているのね。だからさっきなんとか子爵とやらはあんなことを

言っていたのね」

「えぇ、おそらくは・・・」

困ったような顔で頷く。

本当は王宮預かりという身分で、キュアン王子の近い場所にあるフィンへの嫉妬があること

を知っているがそれはもちろん表には出さない。言う必要のないことだ。


「では・・・もしかして今日、エスコートをお願いしたのは失礼だったかしら・・・?」

心配そうなその顔にフィンはやさしく笑った。

「いいえ、そんなことはありません。姫にとって異国では初めての夜会であらせられます。

どうか楽しまれてください」

「本当に?」

「はい、是非」

返答をきくと、しゅんとしていた顔にみるみると生気がもどって満面の笑みになった。

「では、ダンスをお願いしてもよろしくて?」

誘いにフィンは手を差し伸べて答えた。


                               
>>緑の庭                                      光焔の日々シリーズ
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
《5章 ・空を飛ぶように》

宮廷楽団たちの美しい音色に合わせてステップを踏む。いつもと違ってふわふわと空を

飛んでいるような気分がするのは初めて異国でダンスを踊るせいなのかしら。

それとも・・・


◇ ◇ ◇


「フィン、お上手ね。本当は踊れないのではないかと勝手に心配していましたのよ」

ラケシスの幼さの残るその声にフィンはくすっと笑った。二人の足はホールに曲線を描く

ように動いていく。

「キュアン様にお礼を申し上げなければいけません。こういった教養に関しても手厚くして

いただいたのです」

「まぁ、そうでしたの。キュアン様はとても良い方ね。フィンはキュアン様が好き?」

「はい、わたしの守るべきお方です。ですがまだまだ・・・」

苦笑したフィンにラケシスは一歩近づいてターンをすると笑った。

「大丈夫、きっとフィンは素敵なナイトになるわ。そんな気がするの」

「そうだといいのですが・・・」

「あら、もっと信用してよくてよ?わたくし、勘がとてもいいの。わたくしの予言は絶対なの

だから。兄様もこればっかりは信用してくださるわ」

手を引いて二人が近づく。バイオリンをメインにした音楽はだんだん最後に向けてスピード

を上げてきていた。

「こればっかりは・・・?」

「あら自分でばらしてしまったわ。そうなの、実はわたくしねいつも兄様に怒られてばかり。

ちゃんとお稽古してましたって言っても全然信じて下さらないのだから」

ぷうっと頬をふくらましたラケシスにフィンは笑った。

「それはもしかすると、前科がおありなのではないですか?」

「やっぱりわかってしまう?そうなの。ピアノをほったらかして街にこっそり遊びに行った

のがばれてしまったのよね」

踊りながらも器用に肩をすくめてみせる。

あたりでは曲が終わろうとしていた。


「・・・ねぇ、フィン?」

「はい」

「わたくし、またいつかレンスターに遊びに来ますわ。レンスターが大好きになりました」

「そうですか、それはよかったです」

フィンは本当に嬉しそうに微笑んだ。きっと彼はこの国を深く愛しているに違いない。


「その時までに、わたくしきっと魔法の言葉を使いこなしてみせます。だからフィン・・・」


少し不安そうな様子にフィンはかすかに首をかしげた。


「姫・・・?」


「だから・・・そのときには苦手かもしれませんけれど、わたくしともう一度社交界に出て

くださらないかしら?」


真剣な様子にフィンは驚いた。ラケシスはきっと先ほどの社交界が得意でないという言葉を

気にしてくれているのだろう。安心させるように微笑む。

「もちろんです、姫。いつでもレンスターへお越しください。お待ちしています」

「本当に?!ありがとう、約束よ?」

「えぇ。お約束します」

返答に何度も頷いた。

今日みたいに楽しい時間がこれからも持てるのだと思うと、嬉しくなる。

曲の最後の一音が響いてダンスが終わる。あたりでざわめきがもどってくるとラケシスは

フィンににっこりと微笑んだ。


◇ ◇ ◇


仲良く今後の約束なんかをしている二人を、じっと見守るというか睨んでいる人が一人。


「エルトシャン様、お顔が怖いです」

「ぐ・・・グラーニェ・・・おれは今、悲しい」

「ふふ、でもお邪魔なさなかったではないですか」

「それは、逆効果だとわかっているから・・・ますます嫌われてしまう」

「まぁ、そんなことをおしゃらないで。ラケシス様はエルトシャン様のことをあんなに好いて

おられるではないですか」

にっこりと笑った婚約者をエルトシャンは見ると、憂鬱そうな顔をやめてすぐに嬉しそうに

笑った。


「あれと、仲良く出来ただろうか?」

「えぇ。わたし、不安でしたけれどラケシス様とお話をたくさんできました。これからもっと

お話したいです」

グラーニェの言葉にエルトシャンは真剣な顔をして手をとった。


「なら、はやくノディオンにくるといい」


「エルトシャン様・・・。でも日程は決まっていますから・・・」

「そんなことは問題ない。結婚する二人がかまわないと言えば」

エルトシャンはグラーニェの言葉をまっている。

かすかに頬を染めながらグラーニェは頷いた。

「はい、では・・・」


肯定の言葉にエルトシャンはまるで宝物を得た子供のように微笑むとそのまま抱きしめた。

あたりにかすかな歓声が漏れるのがグラーニェの耳に聞こえていたが、気にしないことに

した。


二人の時が刻まれるたびに幸せになっていく。

それをその身でじっと感じ取っていた。


美しい王国、レンスター。

愛し合う者たちの未来にどうか幸福があらんことを。


                                    



[172 楼] | Posted:2004-05-24 09:40| 顶端
雪之丞

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海蓝之钻(II)
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【 第一話 】


 グランベル王国ユングウィ公国に侵攻し、公女エーディンを拉致することで始まったヴェルダン王国との戦いは、シアルフィ公家のシグルド公子が王都ヴェルダンを制圧することで幕を閉じた。
 先の戦いでグランベル国王アズムールより聖騎士の称号を授与されたシグルドは、グランベルとヴェルダン、そしてアグストリアの三国が隣接する、ヴェルダン領のエバンス城主となり、ヴェルダンをグランベルの直轄地として統治する役目を負うことになった。 戦がひとまずの終結を見せる。
 シグルドはヴェルダンの精霊の森に隠れ住んでいた女性、ディアドラと婚礼の式を挙げ、戦いに明け暮れた人々はその幸福な二人の笑顔に心を癒した。
 だが、アグストリア諸公国連合内は反対に混乱を迎えた。
 グランベルのヴェルダン制圧によって、諸国の王たちが危機感と、反グランベルの意思を示したのだ。
 ヴェルダンを手に入れたグランベルは、こともあろうに国境のエバンスに軍を駐屯させているのである。この軍は、いずれ近いうちに我らがアグストリアに向かって侵攻してくるかもしれない。
 そうして、更に混乱をあおる事件がおきた。
 あくまでもグランベルとの和平を望んでいたアグストリアの賢王イムカが、何者かの手によって暗殺されたのだ。
 イムカ王の後を継いだのは長子シャガール。
 彼は父王とは反対に貪欲で、そして反グランベルの意思を強く持つ人物であった。

 グランベルの中核である巨大な国軍は、いまだ東のイザークに進攻中である。
 シャガールは、アグストリアの諸公にヴェルダン侵攻の命を下した。
 グラン暦757年夏 エバンス城主シグルドは新たな戦いへと身を投じることになる。


  *



 彼は不機嫌だった。
 いや、不機嫌というのはいささか語弊があるかもしれない。
 彼はとにかく、つまらなそうな、立腹しているような表情をしていたのだ。
 「どうしたんだ、ベオウルフ」
 馬上で腕を組んだまま動こうともしないベオウルフに声をかける者がいる。
 「ヴォルツか」
 ベオウルフはそちらを見ようともせずに、声をかけてきた男の名を当ててみせる。この寄せ集めの軍の中で、彼に声をかけてくるものなど一人しかいないからだ。
 「さっきシャガールの使いが城の中に入っていった。そろそろ俺たちにも出撃命令が出るんじゃないのか?」
 「ふん、あの強欲王子か」
 今や王となったシャガールのことをそう評して、ベオウルフはふん、と鼻を鳴らした。

 エバンス城に最も近いノディオンの国王、エルトシャンがシャガールのヴェルダン侵攻の命を撤回させるために王都アグスティに赴き、反対に怒りをかって王都に幽閉されてから二日が経った。
 常日頃からノディオンと仲の良くなかったハイライン国王の息子エリオットが、その機を逃すはずもなく、すぐにノディオン侵攻の軍を編成した。大陸きっての騎士団と名高いノディオンのクロスナイツも今は北のシルベールにおり、手薄になったノディオンを守るのは王妹ラケシスと若干名の騎士のみ。
 アグストリア諸公国連合で唯一シアルフィと親交の深いノディオン王の妹ラケシスはシグルドに救援を請い、エバンス城主となったシグルド公子は軍を再び起こした。
 こうして、グランベルのアグストリア進攻が始まってしまい、そうしてハイライン城はグランベル軍に制圧されてしまったのだ。


 それから四日が経過し、それまで傍観を決め込んでいたアンフォニー王国のマクベスに、シャガールが責任を問うたのだ。
 それが、先ほどの使者。
 雇い主であるマクベスだが、ベオウルフはどうあっても彼を気に入ることが出来なかった。マクベスは雇い主であり自分は傭兵、給料をもらう相手だからこそ、黙って雇われているだけなのだ。
 「あんな腑抜けの尻拭いなんて仕事は気に食わねぇなぁ」
 「そう言うな、給料は良いんだからよ」
 「その金だって、盗賊\連中を使ってあちこちからくすねて来た金だ」
 ベオウルフの容赦のない言葉に、ヴォルツは肩をすくめた。
 腕の立つ傭兵としてかなり名をあげているヴォルツは、今回のマクベスの傭兵軍の軍団長も勤めている。ベオウルフは以前にも同じ傭兵部隊に居たことがあり、旧知の仲であった。
 「なんだ、契約を破棄する気か?」
 ベオウルフの態度にそう見当を付けたヴォルツに、ベオウルフは否定もせずに笑って見せた。
 契約期間内にその契約を破棄するということは、傭兵の価値を下げることになり、次の仕事に悪影響を出してしまう。下手をすると仕事そのものが出来なくなる恐れがあるというのに、ベオウルフはケロリとしていた。
 「マクベスの出方次第だな」
 堂々とそんなことまで言う始末だ。対するヴォルツも、特にベオウルフを諌める様子もなく、口の端を上げている。
 ベオウルフは冗談とも思えない口調で、ヴォルツに話し掛けた。
 「だが何にせよ、お前と敵同士になるのは避けたいな。勝てる自信がねぇ」
 ヴォルツはにやりと笑って見せた。
 「あたりまえだ、この俺に勝てる奴なんてそう居てたまるか」


   *
 
 シグルドの軍がハイライン軍と戦闘を繰り広げている間に、アンフォニーのマクベスはアグストリア領内の開拓村を盗賊\を使って襲わせていた。
 そして、理由はあるにせよアグストリアに侵攻してしまったシグルドは、シャガール王にこれ以上の領内を荒らす気はないことと、エルトシャンの解放をラケシスの後ろ楯となって求めたのだが、それは聞き入れられなかった。
 シャガールはアンフォニー軍を使いシグルドたちに宣戦布告をし、再び戦いが始まってしまうことになる。


 アンフォニー城の国境守備部隊がハイライン城から北上してきたシグルド軍と接触したとき、ヴォルツ率いる傭兵部隊に出撃命令が下された。
 「アンフォニーの正規兵がどうなろうと俺たちの知ったことじゃない。あの公子の軍が近づいて来るのを待つぞ」
 傍観を決め込むヴォルツは、傭兵たちにそう言った。
 だが、半日も経たないうちにシグルド軍は守備部隊を撃破し、アンフォニー領へ北上してきたのだ。
 戦いは、開始された。


 傭兵部隊は結果を示さないと次の仕事を得ることが出来ない。
 つまり、彼らは戦に関わる誇りや礼儀などは二の次であり、その実力や戦い方は下手な正規兵よりも上である。
 何より常に戦いの中にいる彼らは、戦いというものを知り尽くしており、シグルド軍を翻弄した。
 だが、少数精鋭のシグルド軍の強さに、さしもの傭兵部隊も容易に勝ちを収めることも難しく、両軍ともに戦況は厳しいものになっていった。

 ベオウルフが何人目か分からない敵を倒したとき、左方から殺気が近付き、彼は素早く馬首を巡らせた。
 ガキィン!
 ベオウルフ愛用の鋼の剣に弾かれたのは、稀に強き武器、勇者の槍。
 「ほう、これはちったぁ楽しめるか?」
 相手の武器を見てベオウルフは口の端を上げる。しかし、その槍を持つ騎兵を見たとき、思わず苦笑して呟いた。
 「なんだ、ガキじゃねぇか」
 「愚弄するな!見習とはいえ私は騎士、レンスターのフィンだ」
 まだ少年の姿の敵は、思いの外に凛とした声で言い返し、名乗\りを上げてくる。
 「レンスター、シグルド公子とやらの軍にはレンスターまで参加しているのか」
 そういえばシグルド公子とレンスター王国のキュアン王子は親友であったはずだ。ベオウルフは今まで気にも留めていなかった知識を引っ張り出す。
 最初に一撃を弾いてから、一度も剣を自分に向けてこない傭兵の男にフィンは不思議そうな顔をする。
 ベオウルフはそんなフィンの様子などお構いなしに、おもむろに剣を鞘に収めた。
 「俺の名はベオウルフ、自由騎士だ。どうだ、フィン。俺を雇わねぇか?」
 突然の言葉にフィンは訳もわからず眉をひそめる。
 「何を言っているんだ?お前はアンフォニーの傭兵だろう!?」
 仕えている者を裏切るのか?
 騎士らしい考え方に、ベオウルフはシニカルに笑った。
 「そう、俺は傭兵だ。騎士道なんぞ持ち合わしちゃいないから、稼げる場所に行こうとしているだけさ。この戦い、どう考えてもお前たちの軍の勝ちだからな」
 自信ありげにベオウルフは断言する。
 何を考えているのか、掴みにくい表情と声音だが、ふいにフィンは手綱を握った。
 「私はキュアン王子に仕えている身で、独断でのそのような判断は出来かねます。今からあなたの申し出を主君に伝えてまいります」
 そう言って、なんと一礼までして去って行ってしまった。
 後ろ姿しか見えないフィンに、ベオウルフはしばしあっけに取られる。
 駄目で元々。冗談半分に切り出した問いに、あっさりと反応したフィンは、数分と経たないうちにベオウルフのもとまで戻ってきた。
 上質の栗毛の馬に乗\った、デュークナイトを連れて。
 「貴公がベオウルフか?」
 その槍騎兵は尋ねてきたが、本心は答えを分かって問うている風でもあった。
 「ああ、あんたは?」
 「レンスター王家のキュアン。このフィンの主だ」
 まっすぐな視線。そして意志の強そうな清々しい声音にベオウルフは快いものを感じ取る。
 ここは戦場で、今この瞬間にも気を抜くことは出来ない状況。馬上の会話は、しかし誰も気に止めることはなかった。
 「我々に力を貸してくれるそうだな、いくらで雇われてくれるのか?」
 なんともしたてな言い方ではないか。
 早速の商談はベオウルフという傭兵を雇うことを前提として開始され、事の意外さにベオウルフは一瞬眉を寄せたが、すぐに気を取り直したかのように答えた。
 「一万ゴールド。前払い一括だ、どうだ?」
 「分かった、私が払おう。力を貸してくれ」
 即答。
 「…おいおい」
 あまりにもあっさりと頷かれて、さすがにベオウルフは慌てた。
 「俺の実力も何も確かめずに、いきなり雇うってのは短慮過ぎねぇか?」
 「変わったことを言う。持ちかけたのは貴公だろうに」
 「あっさりと信じすぎだ」
 どこまでも態度を変えないキュアンの返答に苦笑する。
 「実は貴公の名は知っているのだ、その働きぶりもな。四年前のアグストリアの内乱でノディオン国境を守りきった英雄だ」
 「…そんな大層なもんじゃねぇよ」
 キュアンの台詞にベオウルフはようやく納得した。
 そう、レンスターのキュアン王子はかつてシグルドだけでなくノディオンのエルトシャンとも同じ学び舎で暮らした、親友なのだ。
 「エルトシャンがいらんことまで話したらしいな」
 「私には有益なことだったがな」
 呆れたように言うと、キュアンは笑って肯定した。
 「雇われてくれるか?ベオウルフ」
 「ああ、いいぜ。エルトシャンの野郎に借りもあることだし、な」
 にやりと笑って、ベオウルフは頷いた。



【 第二話 】


 ベオウルフがシグルド公子の軍に移ったその約二日後、アンフォニー城が制圧されるとキュアンはベオウルフを伴ってシグルドのもとへ向かった。
 キュアンに紹介を受けたシグルドは、人懐っこい笑顔でベオウルフに相対する。
 やはりシグルドもエルトシャンよりベオウルフのことを伝え聞いていたらしい。存外に口の軽かった悪友のノディオン王に、ベオウルフは内心で悪態をついた。
 「わが軍は人手不足だからあなたが参加してくれることがとてもありがたい。ベオウルフ、よろしく頼む」
 良くいえばおおらかで素直な言動。
 心の底からベオウルフが仲間になることを喜んでいるシグルドに、ベオウルフは肩をすくめた。キュアン王子も大概だが、この公子もまた自覚がない、と。
 自分がどれほどのことをやってのけている存在なのか、わかっているのだろうか。
 ヴェルダンを制圧し、このアグストリアの諸公国を二つも潰した軍の指導者とは到底思えない、のんきな表情。
 後にシグルドがあのヴォルツを倒したと伝え聞いたとき、ベオウルフは一瞬めまいがしたものだ。
 「ああ、よろしく頼むぜ。…それより」
 とりあえず応じて、そうしてベオウルフは声音を少しだけ変えた。
 この場にはベオウルフとシグルド、そしてキュアンしかいないことは確認済みの上でだ。
 「エルトシャンの妹はこの軍にいるのか?」
 そう、エバンスにあったシグルドをアグストリアに招き入れたのは、ノディオン王女ラケシス。彼女はハイライン城制圧の際にシグルドの軍に従軍していたと、アンフォニーの偵察部隊がもらしていたのをベオウルフは耳にしたのだ。
 「ああ、ラケシス姫は今我々の軍にいる。エルトシャンを救出するまではここにいてくれるらしい」
 「で、今はどこに?」
 「先程までは負傷者の救護にいたはずだ」
 ベオウルフの問いに次に答えたのは、キュアンだった。
 剣を持つとはいえラケシスはまだ若く、戦を知らない。ライブの杖を使えることから、彼女はずっと後方で控えていたらしい。
 「キュアン様、失礼します」
 そのとき、一言おいて入ってきたのはキュアンに仕える騎士見習い、フィンであった。
 「どうした?フィン」
 「先程見張りの者が、わが軍から数名外に出た者がいたと報告があり、調べたところラケシス王女たちの馬がいなくなっておりまして……」
 「それは、つまりラケシスが外に出た、ということか」
 「はい」
 シグルドはさすがに眉をひそめる。
 アンフォニーを制圧したとはいえ、いや、制圧したからこそアグストリア内でのシグルドたちへの反感は強い。特に諸国の王たちはいつも目を光らせているのだ。
 危険はラケシスにも充分あり、エルトシャンの妹であること自体が彼女を危険にさらすというのに。
 「すぐに追いかけて連れ戻そう。ラケシス姫を危険に遭わせるわけにはいかない」
 キュアンは言い、フィンにそう命じようとしたときだった。
 「シグルド様!」
 挨拶も何もなく、部屋に入ってきたのはシアルフィ公国騎士団グリューンリッターのアレクだ。
 普段は飄々としている彼が、厳しい表情でシグルドの前で膝を折る。
 「東のマッキリーからノディオンに向けて、軍が向けられました」
 「な…」
 思わず声を上げそうになったのはフィンだった。
 現在シグルドたちが駐屯しているアンフォニーからノディオンへは、かなりの距離がある。早々に援軍を向かわせないと、マッキリーが先にノディオンに接触してしまうのだ。
 「すぐに我々も出る、目的はノディオン救出だ!」
 命令するとともにシグルド自身も部屋を出る。
 キュアンと、そしてフィンがそれに続こうとしたのを、ベオウルフは呼び止めた。
 「キュアン王子」
 「なんだ?」
 扉に手をかけたまま振り返るキュアンに、ベオウルフは近付く。
 「今から軍を整えて出撃していたら最低でも数時間はかかる。俺は先に行くから、シグルド公子に伝えておいてくれ」
 言って、キュアンよりも先に部屋から出て行ってしまう。
 その後ろ姿を見やって、キュアンはあることに気が付いた。
 「ラケシス王女を救出に行く気か?」
 「まぁな。俺はエルトシャンに借りがある」
 振り返ることもなく、片手を軽く上げることで答え、ベオウルフは廊下を足早に進んだ。

   *

 「ラケシス様、お待ちください!」
 必死の形相で馬を駆るのはノディオンの三騎士の長兄、イーヴだ。そのすぐ後ろを二人の弟、エヴァとアルヴァが続く。
 「いいえ、わたくしはもう待てません」
 きっぱりと言い切り、三人の青年の制止をものともしないのは、美しい金の髪を揺らすまだ少女と呼んでも差し支えがないような女性だ。
 彼女の名をラケシス。
 ノディオン王エルトシャンの異母妹であり、ノディオンの王女。
 彼女は現在、アンフォニーからノディオンまでの道を馬で駆けている最中であった。
 「ノディオンに行ってどうなされるというのですか!」
 これはエヴァだ。
 「誰がノディオンに行くといいましたか?」
 エヴァの問いに、ラケシスはようやく彼らを振り返った。駆ける馬の速度を緩める。
 「わたくしはアグスティに向かうのです」
 「アグスティ!?」
 末弟アルヴァが声を上げる。
 他の兄たちも驚いた表情をし、対するラケシスは平然としている。
 いや、平然という言葉は適さないかもしれない。
 彼女は兄エルトシャンがアグスティ城にて捕らえられたときより、ずっと思いつめた表情をしているのだから。
 「これ以上シグルド様たちのお手を煩わせるわけにもまいりません。わたくしがエルト兄さまをお助けします」
 「それは無茶というものです」
 イーヴのきっぱりとした否定に、ラケシスは不快気に眉を寄せた。
 「やってみないと分からないでしょう?もういいわ、わたくしひとりで行きますからあなた達はシグルド様のところに」
 「我々はラケシス様をお守りする命をエルトシャン王より受けております」
 「では、ともにアグスティまで」
 「いいえ」
 ラケシスの言葉を、再度イーヴは否定し、エヴァが後を引き継いだ。
 「ラケシス様を危険な目に遭わせるわけにはまいりません。何としても、戻っていただきます」
 どこまでも融通の利かない騎士たちにラケシスはため息をつく。しかし、彼らの言い分を聞くわけには行かなかった。
 「アルヴァ、あなたも一緒なの?」
 三つ子の末弟で、最もラケシスに弱い青年にラケシスは尋ねる。
 その視線に一瞬とまどうような表情をしたアルヴァだったが、しっかりと頷いた。
 「私も兄たちと同じ意見です」
 「そう、ではいいわ。わたくしはひとりで行きます」
 にべもなく言い放って、ラケシスは再び馬を駆りだす。
 「ラケシス様!」
 三兄弟の声が重なったが、ラケシスは聞く耳をもとうとはしなかった。


 ノディオン城に異変が起きていることをラケシスが知ったのは、ハイライン城を過ぎてしばらく進んだあたりの平原でだった。
 ここから一望できるノディオン城の周辺から、煙が立ち昇っていたのだ。
 「何?何があったの…!?」
 信じられない光景に、ラケシスは呆然と呟いた。
 ノディオンは彼女が幼少の頃より暮らした城。
 そこから、煙が立ち昇り、そしてかすかにうなり声のようなものが聞こえる。
 これは先の戦いで知った、人々が争う叫びだ。
 「そんな、ノディオンが……」
 ノディオンは彼女が敬愛して止まない兄が守っていた城だ。兄が不在のときに、あの城がこのような目に遭って良いはずがない。
 「兄さま…!」
 呟いて、ラケシスは手綱を握り締めた。
 「いけませんラケシス様!」
 イーヴの声も届かなかった。
 ラケシスは、ただノディオンの惨状しか、見えていなかった。

 ノディオン城からハイライン城までの道は、ほぼ平坦である。
 ラケシスがノディオンの状況を把握することが出来るということは、反対にノディオンに侵攻している軍からもラケシスがよく見えるということだ。
 しかも、ラケシスの鮮やかな金の髪と汚れのない真白い鎧は遠目にも良く見える。
 ノディオンに侵攻している兵の一部が自分に向かってきたとき、ラケシスは息をのんだ。
 いかに剣の訓練をつんでいようとも、彼女は実践を経験したことがないのだ。
 相手は戦い慣れた兵士たち。
 それを自覚して、ラケシスはわずかにたじろいだ。
 イーヴたちよりはるかに馬を飛ばしてここまで来た。あの三騎士はここにはおらず、そうして逃れようにも馬が疲弊しきっていることに、ラケシスは遅ばせながら気が付いたのだ。
 アンフォニーからここまで、ほぼ休むことなく馬を駆けて来た。
 自分の迂闊さを、ラケシスははじめて呪う。
 自分に向かってきた騎兵は六騎、その内の一騎が剣を抜き放ったとき、ラケシスは目を固く閉じた。

   *

 「目を閉じるな!相手をしっかりと見ろ!」
 鋭い声とともに、自分の隣りに一陣の風が走ったような気がして、ラケシスは目を開けた。
 とたん、「ぎゃあ!」という断末魔の叫びが耳に届き、ラケシスはビクリと身体を震わせる。
 「後ろに下がれ!だが遠くまでは行くなよ、こいつらがお前を追いかけちまうからな」
 ギィン!
 鋭い剣戟の音と一緒に、自分に向けられているとはっきり分かる声が届く。
 その声の主はラケシスが見たこともない男だった。
 くすんだ金の髪、使い込んだ光沢を放たない青い鎧。
 突如現れた騎馬兵は、ラケシスと兵たちの間に踊り出て、剣を振るっていた。
 馬はほとんどその場所を動かず、その男は無駄な剣を一切振るわない。
 的確に攻撃を繰り出し、一撃で相手を沈める。
 次々に絶命していく敵兵たちに、しかしラケシスはどんどん自分の血の気が引いていくことが分かった。
 「避けろ、ラケシス!」
 男の声が耳の届く、しかしその意味を把握する前に、ラケシスは剣を抜き放っていた。
 ざしゅり。
 手に届いたのは、分厚く弾力のあるものを斬った感覚。
 自分に向かってきた敵兵のわき腹を掠めた自分の剣と、そしてあふれ出た赤い血にラケシスは目を見開いた。
 だが、敵兵は自分の負傷をかえりみずにラケシスに向かって剣を振り下ろす。
 「きゃあぁぁぁ!」
 叫ぶラケシスの声に、ザンッ!と鈍い音が重なった。
 首を失った騎兵は、剣を振り下ろす間もなく馬から崩れ落ちた。ラケシスは、その瞬間をしっかりと認識する。
 「ったく、無茶するお姫さんだ」
 あれだけの短時間に六騎の兵を殺した男は、しかしまったく息を乱さずに、かえって呆れたようにラケシスを見下ろした。 「……あ…」 ラケシスは先ほどの衝撃が強すぎて、しばし呆然としてしまっていたのだが、しかし男の呟きに正気を戻すことになる。
 「さすがあいつの妹ってか」
 「妹…、あなたは兄を知っているのですか!?」
 とたんに声音を強めたラケシスに男はわずかに驚いてみせ、それから頷いた。
 「俺の名はベオウルフだ。あんたを連れ戻しに来た」
 言って、彼は後方を顎をしゃくって示す。
 ラケシスが振り返ると、イーヴたちが駆けてくるのが見えた。
 「シグルド公子の軍ももうすぐ来るだろう、俺たちも一度戻るぞ」
 ノディオン城をちらりと見やって、ベオウルフは言い、その言葉にラケシスは彼を見上げた。
 「ノディオンを放っておくということですか!?今ノディオンは侵攻を受けているというのに……!」
 「ラケシス王女、良くぞご無事で…!」
 彼女のもとに合流したイーヴたちは、累々と広がる敵兵の死体に目をやって、安堵の息を漏らす。
 「貴殿がラケシス王女を救ってくださったのか。感謝する」
 頭を下げるイーヴたちに、ベオウルフは苦笑する。
 「謝辞はいらねぇよ。向かってきたから倒した、それだけだ」
 「わたくしの問いに答えなさい!」
 ベオウルフに向けられたのは怒りの含んだラケシスの声。
 イーヴたちの方を見ようともせずに、ラケシスはベオウルフを睨んでいた。
 「問いってほどの言葉かよ」
 対するベオウルフはまったく調子を変えずに、見せ付けるように大仰なため息をついた。
 だが、視線だけ厳しくし、ラケシスを見据える。
 その視線に、ラケシスはわずかに呼吸を止めた。
 「今あんたがノディオンに行ったところで、誰も救えないし何も起こらない。かえってノディオン王女がいることで戦況が悪化するに決まっている。そんなことも分からねぇのか?」
 お前の行動は無意味なのだと。
 決め付けられて愕然としたのはラケシスで、憤然としたのはイーヴたちだった。
 「貴様!ラケシス王女に向かっての無礼な言動は…!」
 パシン!
 イーヴの言葉すらも遮るような音が響いた。
 ラケシスがベオウルフの頬を平手で打ったのだ。
 「あなたに何が分かるというの!?ノディオンはわたくしの…兄さまたちの城なのに……!」
 打った手を拳に握って、ラケシスは身体を震わせた。
 怒りと、悔しさのために。
 「分かるわけがないさ。俺は王族じゃない、傭兵だからな」
 「そんな理由が――…っ!?」
 更に言い募ろうとしたラケシスの腹部に、ベオウルフは拳を当てる。そしてラケシスの身体が前のめりに倒れたのを片手で支えた。
 「貴様…!」
 「まあ落ち着けよ」
 激昂したイーヴ三騎士を、冷静に見据える。
 「ここでちんたらしていたらまた兵が向けられるぜ?ハイラインにシグルド公子たちが布陣しているはずだ、話はそれからだ」
 正論に、アルヴァとエヴァは押し黙る。
 ベオウルフは気を失ったラケシスを自分の馬に乗\せてしまうと、彼女の馬の手綱をイーヴに渡した。
 「この馬はもう限界だ。連れてきてやってくれ」
 「……分かった。今は貴殿の言う通りにしよう」
 怒りを押し殺すような声音。
 しかしベオウルフはたじろぐ様子もなく馬の腹を蹴ったのだった。



[173 楼] | Posted:2004-05-24 09:42| 顶端
雪之丞

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海蓝之钻(II)
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【 第三話 】


 シグルドたちがアンフォニー城に進軍している際に、その軍に参加していた者のほとんどが騎馬兵であった。
 魔道士を中心とした歩兵たちは、多くがハイライン城近辺に待機していたので、シグルドたちがノディオン救援のためにハイラインに戻ったときには、その兵力はかなり膨れたのだった。


 仲間たちがほぼ全員顔を合わせたこのハイラインに入城したとき、ベオウルフは周囲からかなりの注目を浴びた。
 それもそのはずだ。
 馬を下りた彼はいまだ気絶しているラケシス王女を、まるで荷物のように肩に担いで、ベオウルフはハイライン城に入ってきたのだから。
 シグルドやキュアンに会う前に、ラケシスを担いだままプリーストを探す彼の姿が目立たないわけがなかった。
 ベオウルフのことを聞きつけたフィンが、エスリンを連れてベオウルフのもとに駆けつけたときには、彼の周りは小さな人だかりが出来ていた。
 シグルドの部下のノイッシュが、ベオウルフと相対していたのだ。
 「その方はノディオンの王女だぞ!お前には礼儀というものがないのか!?」
 「礼儀も何も、この担ぎ方が一番手っ取り早いだろ?」
 憤慨しているのはノイッシュだけで、ベオウルフはといえば相変わらず飄々とした態度を変えようともしない。それが更にノイッシュを苛立たせているのだが、ベオウルフはお構いなしだ。そこにイーヴたち三兄弟も加わったものだから、事態は思わぬ方向へ進んでいた。
 険悪な空気が周囲に漂っている。
 「ああ、フィンか、エスリンも丁度いい。あの男がプリーストを探していたぞ」
 少し離れていたところからそれを見ていたイザーク王女アイラが、フィンたちに気付いて声をかける。
 険悪な雰囲気を感じ取っているだろうに、彼女もまったく表情を変えていない。自分が口を出した所で、事態が変わらないことを知っているのだ。
 フィンとエスリンの到着を見て、ベオウルフたちの間に割って入ったのはジャムカだった。
 「この場はひとまず俺に預けて、収めてくれ。まずはラケシス王女をエスリン殿に見てもらうのが先だろう?」
 ヴェルダンの王子ジャムカは、敗戦国の王子ではあったが数々の戦いでの彼の協力と戦力はシグルド軍の全員が認めるところであり、その正しい心根もあって彼をさげずむ者など誰もいなかった。
 それもあって、ノイッシュたちは押し黙る。
 「なんだ、回復魔法が使える奴が来たらしいな」
 ベオウルフはあたりを見回すと、エスリンが杖を持って前に出た。
 「私よ。ラケシスの容態は?」
 「容態って程のことでもない。やけに興奮してたんで気絶させて運\んだだけだ」
 とりあえず休める場所でもないか?
 言うベオウルフに今度はフィンが進み出た。
 「こちらに空き部屋がありますから」
 フィンの誘導でベオウルフは相変わらずラケシスを肩に担いだまま歩いていく。だが一度振り返って、イーヴたちを見た。
 「来ないのか?心配なんだろう?」
 ベオウルフの言葉にイーヴィたちは一瞬眉を寄せ、それから彼に続いて歩き出した。途中、場を収めたジャムカに一礼する。
 その場に残ったノイッシュは、固く拳を握っていたが、しかし気を取り直したかのようにため息をついた。
 アレクがノイッシュの肩を叩き、互いに顔を見合わせて苦笑する。
 「ジャムカ王子、申し訳ありませんでした」
 「いや、こちらこそ聞き入れてくれて助かった」
 頭を下げるノイッシュにジャムカも軽く手を上げる。
 そうして歩いていってしまったベオウルフの方を見た。
 「変わった男だ。傭兵というのは皆ああいう手合いなのか」
 「さあ…。しかし、私には理解しがたい男なのは確かです」
 怒りを収めたらしいノイッシュの声音は、言葉ほど厳しいものではなかった。


 ベッドに寝かせたラケシスをエスリンに任せて、ベオウルフはすぐに部屋を出た。
 その後をイーヴが追う。
 「待て」
 「なんだい?」
 人を食ったような返答。
 だが、イーヴは押さえた声音を変えることはなかった。
 「ラケシス王女を守り、ここまで連れてきてもらったことには礼を言おう」
 「へぇ」
 「だが、これ以上王女に対する無礼は許すことは出来ない。覚えておいていただこう」
 「無礼、ねぇ」
 ベオウルフは肩をすくめるしかない。
 「ま、覚えてはおくさ」
 言って、さっさと歩いていってしまう。
 その態度に不快気な表情をしているイーヴの脇を、フィンがするりと抜けていき、ベオウルフを追った。
 「ベオウルフ殿」
 「おう、なんだ?」
 ノイッシュやイーヴたちに散々睨まれていたにもかかわらず、ベオウルフはまったく調子を変えない。駆けてくるフィンに対しては、わずかに笑顔すら見せてくる。
 この方は周りにどう思われようとも、気にしないのだろうか。
 フィンはそんなことを考えた。
 「ラケシス王女に付いていなくて良いのですか?」
 「おいおい、勘弁してくれよ」
 フィンの問いに、ベオウルフは苦笑いを浮かべる。
 「顔を合わせたとたんにまた怒り出されちゃ堪ったもんじゃない。それに、今からノディオンに向けて進軍するんだろう?お前の大将さんたちは」
 ベオウルフの指摘にフィンははっとして、頷いた。
 「はい。まもなく軍議が始まるはずです。…ベオウルフ殿も戦闘に参加を?」
 「ああ。俺はあんたの主君に雇われた傭兵だ。金の分は働くさ」
 軽く言ってのけるベオウルフを、フィンは不思議な感情で見上げた。
 自分や主君であるキュアンたちとはまったく違う態度や思考を取る、この年上の青年を。
 だが、フィンの中で彼に対する負の感情は、まったくなかった。


   *


 偵察に赴いていたミデェールとデューが到着する。
 わずかな兵しか残っていないノディオンは、篭\城という形を取ってマッキリー軍の攻撃をしのいでいるらしい。
 ノディオン攻略に向かっているマッキリーの軍はさほど多くはなく、主軸となる部隊はいまだにマッキリー城周辺に駐屯していて、この軍は対ノディオンには動く様子がないということであった。
 「今ノディオン城に侵攻している兵そのものが、我々に対する陽動なのかも知れませんね」
 机に広げられた地図を指差しながら、穏やかに言うのはまだ少年の域を出ていないオイフェだ。
 まだ若いながらも、彼の軍師としての才覚を疑う者は誰一人としていない。
 シグルドはオイフェの言葉を聞き、頷いた。
 「だが、例え陽動だとしてもこのままノディオンを放っておくわけにはいかない」
 「ラケシス王女のこともあるしな」
 キュアンが後を引き継ぎ、オイフェを見る。
 「そうですね。ノディオンが陥落してしまっては、私たちのエバンス城への帰還の道も困難なものになります」
 オイフェの着眼点はシグルドたちよりも遠くに向けられている。
 そのことにシグルドはかすかに笑んだ。
 エバンス城にはアーダンを守りの要として配置しているが、しかし本城であるあの城にはシャナンやウィルシェルーンといった幼い子供までいるのだ。
 もしもの場合の帰還は迅速に行わなくてはならないだろう。
 「それとうわさなんだけどさ」
 指揮官たちの軍議に口を挟んだのはシーフのデューだ。まだ年若い彼だが、素早い行動と優れた情報収集能力は軍内で高く評価されている。
 「アグスティ城で進軍の準備が始まっているらしいよ。それとその軍の中に、ペガサスナイトが数騎参加しているんだって」
 「なんだって…!?」
 デューの言葉に眉を寄せたのはレヴィンだ。
 先の戦いの最中に、アグストリアの開拓村をアンフォニー城マクベスの盗賊\たちから守りきった彼は、同行していた踊り子のシルヴィアとともにシグルドの軍に加わったのだ。
 「ペガサスナイトはシレジアの勢力のはず。まさかシャガール王はシレジア王国とつながりが…?」
 呟いたのはドズル公子のレックス。
 「ばかな、シレジアがシャガールなんぞに付くわけがない」
 即座に否定したレヴィンを、軍議に加わる者たちが一斉に見た。
 「レヴィン、心当たりでもあるのか?」
 シグルドが周囲の考えを代弁するように問うと、レヴィンは肩をすくめた。
 「俺はシレジア出身なんだ。あの国の王妃がそんな浅はかな行動を取るとは思えない」
 「なんにせよ、確証がある話ではないのだろう?デュー」
 キュアンの言葉に、デューはすぐに頷いた。
 「うん。でも火のないところに煙は立たないっていうしね。おいらはもう少し調べようと思うから、別行動を取るけど、いい?」
 シグルドを見上げると、彼は承諾の意味をこめて頷いた。
 「ああ、よろしくたのむ。だが、くれぐれも注意してくれ」
 「任せて」
 明るく笑んで、デューは早々に部屋から出て行ってしまう。
 普段から堅苦しい場所は嫌いだと豪語しているデューは、すぐに偵察に出発する心づもりらしかった。

 「デュー、待て」
 そんなデューをアイラは追う。シグルドたちに一礼してから、会議室を出た。
 「何?アイラさん」
 「今からすぐにアグスティに向かうつもりか?」
 「うん、そうだけど?」
 デューがシグルド軍に参加して数ヶ月。成長途中にあるデューは、日を追うごとに大きくなっていく。
 「ここから偵察に向かう間にはノディオンを攻撃している軍とマッキリー城の本軍、それにアグスティの軍が陣を張っている。……くれぐれも気をつけて行くんだぞ」
 剣の弟子に、アイラは真剣に言う。
 だが、デューはけろりとしていた。
 「大丈夫、任せてよ。いざとなったら全力で逃げるから」
 おいらの逃げ足の速さ、知ってるでしょ?
 笑ってみせるデューの軽口に、つられてアイラもほほ笑んだ。
 「ああ、分かった。だが、油断はするなよ?」
 元気良くアイラに頷いて見せて、デューは廊下を走って行った。
 「心配か?」
 その姿を見送っていたアイラの後ろから、声がかかる。
 「まあな」
 振り返って、アイラはその人物、剣闘士ホリンを見上げた。
 「確かに危険だが、あいつならば上手くやるだろう。何せお前の弟子だ」
 冗談なのか本気なのか分からない口調で言うホリンに、アイラも笑んだ。
 「ああ、そうだな」


 「では今から四十分後に進軍を開始する。皆、よろしく頼む」
 シグルドの決定が下される。
 一度篭\城の態勢をとれば、城攻めは難しいものになる。陽動くらいの敵兵の人数では容易に攻めに行くはずがなく、シグルドたちの心境にも猶予が出来た。
 だが、安穏とはしていられない。
 まずは騎馬兵部隊が先攻し、マッキリー兵を撹乱しつつ北上。その間に歩兵やプリーストがノディオンに入城し、態勢を立て直した後歩兵が城から出撃。北の騎馬兵と敵部隊を挟撃するという作戦を、オイフェは立てた。
 戦術よりも戦略を。
 オイフェはノディオンを攻めるマッキリーの背後に、何が潜んでいても良いように、と兵力をあまり分散させない戦法を取った。
 その真意をオイフェは指揮官であるシグルドに伝える必要性を認めなかった。
 少年が、自分の考えが杞憂に終わるという希望を、捨てきれずにいたためだった。




【 第四話 】


 ラケシスが目覚めたのは、ノディオンを襲うマッキリーの兵が討たれた後であった。
 気絶をしたまま、意図せずに深い眠りについていたラケシスの傍にいたのはユングウィのエーディン公女。彼女はシグルドたちの進軍に同行せずに、イーヴたちとともにハイライン城に残っていたのだ。
 ラケシスを看るために。
 ゆっくりと目を開けたラケシスは、しばらく自分がどこにいるのか、なぜ眠っていたのかを理解することが出来なかった。
 あまりに深い眠りについていたために、まるで今までの一件が遠い夢であったかのような気さえする。
 しかし、寝台の隣りで微笑みながら腰掛けているエーディンが気遣うようにラケシスの容態を聞き、何があったのかをかいつまんで説明したところで、ラケシスははっきりと自分の身に起こったことを悟ったのだった。
 兄エルトシャンのこと、シグルド軍をアグストリアに招きいれたこと、ラケシス自身が戦場に飛び出したこと、そして、あの傭兵のこと。
 「わたくしはずっと眠ってしまっていたのですね?」
 礼の後にラケシスはエーディンに問う。
 「ええ、ラケシス様はずっと気を張っていらっしゃったのです、仕方のないことですよ」
 シグルドたちがノディオンを救出している間、自分はずっと眠っていた。そのことに自責の念を持っているらしいラケシスの心情を汲み取って、エーディンはやんわりと言う。
 しかし、ラケシスは首を振った。
 「いいえ、わたくしはお兄様をお助けするまで気を抜いてはいけないのです。それなのに…」
 思いつめた表情。
 エーディンが声をかけようとしたときに、扉を叩く音がした。
 優雅な動作で立ち上がって、エーディンが扉を開けると現れたのはエスリンだった。
 ノディオン救出に参加していた彼女は、ラケシスを心配して再びハイラインに戻ってきたのだ。
 伴っていたフィンを部屋の外に待たせて、エスリンはラケシスに歩み寄った。
 「ラケシス王女、身体の具合は大丈夫?」
 「ええ、ご心配をおかけしてしまって……。もともと無理やり気絶させられただけでしたので…」
 言いながら、ラケシスはわずかに眉を寄せた。
 初めて顔をあわせたベオウルフという無礼な男の言動を思い出したのだ。
 ラケシスが押し黙ったので、エスリンとエーディンは顔を見合わせる。
 「ノディオン城は無事よ。お兄様たちが指揮をとって、マッキリーの兵を倒したわ」
 あえて話題をそらせて、エスリンはほほ笑みかける。
 ラケシスも気付いたように顔を上げた。
 「皆さんを招き入れたわたくしがこのようなところで休んでいては、お兄さまに怒られてしまいますわ。わたくしもノディオンに向かいたいのですが」
 早速立ち上がるラケシスにエーディンは心配そうな顔をしたが、エスリンは頷いた。
 「ええ、私たちもラケシス王女にノディオンに戻って欲しくて迎えに来たのよ。部屋の外であなたの騎士たちが心配そうにしていたし、早く元気になった姿を見せてあげたら?」
 快活なエスリンの立居振る舞いは軽やかなツバメのようで、まったく嫌味がない。
 ラケシスはつられるように微笑んで、軽く身支度を整えて部屋を出たのだった。


   *

 シグルドたちがノディオンを再度救出して城の中に入った頃、偵察をかって出たデューはマッキリー城を更に北に進んだ山のふもとにいた。
 平野よりも高い位置になっており、下方が一望できるこの場所は、しかし生い茂る林のおかげでデューの姿は相手に見つかりにくくなっている。
 ラケシス王女の兄、ノディオン国王エルトシャンが捕らわれているアグスティ城からかなりの距離をとったこの場所で、デューは腕を組んでいた。
 アグスティ城は丘の上にそびえ立つ。
 傾斜の急な丘を天然の要塞のごとく利用した城の門は開け放たれていて、そこから十数人の兵士たちが出入りしているのだ。
 ただの見張りとは思えないそのせわしない行動に、デューは疑わしげな視線を向けた。
 たとえ遠くにあろうとも、視力の良いデューは彼らが陣を敷く準備を終えようとしていることが認識できたのだ。
 アグスティで出陣の用意が整いつつある。
 ということは、その矛先が向かう場所は十中八九彼の属するシグルドの軍ではないか。 「これは、ちょっとまずいかな……」
 手入れのされていない金の髪を軽くかきむしる。
 「ええ、少しまずいことになるわ」
 そのとき、予想だにしていない女性の声がかかってデューは反射的に身構えた。
 腰に下げた細身の剣に手をやって、声のした背後を振り返る。ここは敵陣なのだ。デューがシグルド軍の偵察員であることはばれないまでも、身の危険には違いがない。
 「誰だ!?」
 声をかけると、現れたのは目を見張るような流れる銀の髪の、女性だった。
 「私の名前はリヴェナ、不審に思っているだろうからまず言っておくけれど、あなたたちの敵ではないわ」
 にっこりとほほ笑んでいる。
 驚きと、信じられないような表情で女性を見上げるデューに、リヴェナと名乗\った女性は再度ほほ笑みかけた。
 「シグルド公子たちの軍に、参加させていただこうと思ってここに来たのよ。私は間接的ではあるけれど、エルトシャン王にご恩があるから」
 嘘を言っているとは思えない表情だ。
 「証拠は、ある?」
 警戒を解けないデューの言葉に、リヴェナは首を振った。
 「証拠はないわ、だから、私が変なことをしたら斬り付けてくれていいわ。それでは駄目かしら?」
 潔い台詞に、デューは肩の力が抜ける。
 元々敵意も害意もリヴェナからは感じ取れなかったのだ。
 疑っていても仕方がないと、そんなことを考えた。
 「わかった、信じるよ。おいらはデュー、よろしく」
 幼い微笑みにリヴェナは嬉しそうに頷き、しかしそのすぐ後に少しだけ表情を改めた。
 「あなたがアグスティを警戒して、偵察をするその行動は正しいわ。シャガール王はノディオンに向けて正規軍を出撃するの、もう準備は整っている」
 「やっぱり…」
 デューはアグスティ城を振り返る。
 しかし、アグスティの正規軍まで動かすとは、シャガール王はよほどノディオンが気に食わないらしい。
 「私たちはここでのんびりとしているわけにはいかないわ。シャガール王はシレジアのペガサスナイトを自軍に引き入れたの。都合の良い言葉を並べ立ててね。ペガサスナイトが向かうのはノディオンではなくエバンス城、それを早く伝えないと」
 リヴェナの言葉にデューは息を飲んだ。
 エバンス城はシグルドが城主を務める本陣。そこにはまともに戦える者はアーダンくらいしかおらず、あとはシャナンやウィルシェルーンといった幼い者たちだけなのだ。
 エバンスを落とされるわけには行かない。
 盗賊\であったデューにも、そのくらいのことは分かる。
 「そんなの、大変じゃないか、早く戻ろう!」
 デューがリヴェナを見上げて、走り出す。
 マッキリー城側の森につないでおいた馬のところまで駆け寄ると、機敏な動作で飛び乗\る。リヴェナも自分の連れていた馬に飛び乗\った。
 「ここからノディオンに行くにはマッキリーを通らないといけないわ。どうする気なの?」
 「森と林に沿って南下するんだ。時間は少し掛かるけど、この方が安全だよ。早く!」
 デューは早口で説明し、先導するように馬を進めた。


   *

 ノディオン城では戦いを一段落させたシグルドが、作戦会議室として使用していた部屋のいすに腰掛けて、長いため息を吐いていた。
 エバンス城の城主という任務を受け、親友の妹に応えて救援のためにアグストリア領内に入った。
 望んだ戦いではなかったが、気が付けばアグストリア諸公国連合のうち二つの国を制圧してしまっており、そしてここノディオンに陣を構えている今の状況は、シグルドにとっては決して快いものではなかった。
 「シグルドさま」
 傍に控えていた妻のディアドラが気遣うように声をかけて、シグルドのいすの背もたれ越しに肩に手を置いた。
 「あまり思いつめないでください、シグルドさまはラケシス王女をお助けになられたのですから」
 あなたは悪くないのだと、そういういたわりの響きをこめてディアドラは言う。
 「ああ、ありがとう」
 妻の気遣いにシグルドは軽くほほ笑んだ。
 だが、その表情は晴れない。
 ノディオンから西北に位置するアンフォニー城を制圧したとき、グランベル王都バーハラから使者が来たのだ。
 有力貴族であるフィラート卿は、シグルドにイザーク遠征中の父バイロンたちの様子や戦況を教え、そして現在グランベル宮廷内でささやかれているある噂について、忠告をしに来たのだった。
 シアルフィ公子シグルドは、レンスター王国キュアン王子やノディオンのエルトシャン王と結託してグランベル国王に反乱を企てようとしている。
 もちろんシグルドたちにそのような気は欠片とない。
 だが、一度まかれた噂の種は完全に摘み取ることは難しかった。
 噂の発端といわれているのはドズル公国ランゴバルトとフリージ公国のレプトールだと、フィラート卿はシグルドに告げた。だが、それを知ったところでシグルドにはどうすることも出来ない。
 今シグルドに出来るのは、エルトシャンを救出することだけなのだ。
 「人はなぜ戦うのだろう」
 自ら剣を振るい、勝利への道を切り開くシグルドは、しかしそのような思いが決して拭い去れない。
 甘いこととは分かっていても、できることなら同じ世界に生きる者として、手を取りあって行きたいのだと、そういう考えをいまだにシグルドは持っているのだ。
 「シグルドさま…」
 清廉な心を持つ夫を、ディアドラはただ優しく包み込むように抱きしめた。
 少しでも、シグルドの心が晴れるように。
 そして、自分の心のうちに巣くう理由のない恐怖から逃れるために。



 ノディオン城の者でラケシスの帰還に喜ばぬ者などいなかった。
 城内の兵士や女官たちはラケシスを出迎え、ラケシスは彼らの苦労をねぎらった。
 「エスリン、ご苦労だったな」
 「いいえ、あなた」
 門までラケシスを出迎えたキュアンは、妻に声をかけた。
 エーディンたちもノディオンに戻り、仲間たちのほとんどがここに揃うことになる。不在なのはエバンス城に残してきた者たちと、偵察に向かっているデューくらいのものだ。
 城内に入ったラケシスがあたりを見回しているので、イーヴが彼女の少し後ろに立った。
 「どうかなされたのですか?」
 「ええ…」
 ラケシスの返答ははっきりしない。
 きょろきょろと首を動かし、慣れ親しんだ廊下を歩く。
 仕方なく彼女の後に続く三人の騎士と、数人の女官たちの姿は見るものに首を傾げさせた。
 「何をやっているんだ……」
 ラケシスの後にぞろぞろと続く一団を面白そうに見やったのはレヴィンである。
 吟遊詩人を自称する彼は、手になじんだフルートをくるくると回して、その様子を眺めている。
 だが、
 「レヴィンー、どこー!?」
 遠くからまだ幼さをわずかに残す少女の声が聞こえたので、レヴィンは慌ててその場を離れた。
 「もう、どこにいったのかしら!」
 それまでレヴィンがいた場所に仁王立ちになって、頬を膨らますのは踊り子のシルヴィアだ。
 アグストリアの街のひとつでレヴィンと出会った彼女は、盗賊\討伐の際からレヴィンの後を付いてまわり、そうしてとうとうシグルドの軍に参加してしまった強気な一面を持ち合わせている。
 「逃がさないんだから!」
 新たに決意を口上し、シルヴィアは再びレヴィンを探して歩き出した。


   *

 ホリンとともに中庭にいたベオウルフは、集団を率いてやってきたラケシスを見て少なからずぎょっとさせられた。それはホリンも同じであったのだろう、思わずラケシスとベオウルフを交互に見やった。
 「なんだ、大名行列か?」
 イーヴたちをはじめ、十人近い臣下を連れているラケシスに、ベオウルフは声をかける。対するラケシスはつかつかとベオウルフに歩み寄り、彼を見上げた。
 「わたくしが好きで彼らを連れていると思いますか!?」
 「違うのかい?」
 真剣なラケシスの声音に、しかしベオウルフは独特の話し方を変えようともしない。聞く者によってはからかっている、または嘲っているように聞こえるのだろうが、しかしラケシスはそのことについては触れなかった。
 「付いて来ないように言っても聞かないんです」
 「そりゃあ、忠義な部下たちじゃないか」
 「…わたくしをからかっているのですか!?」
 ようやくラケシスがそう言ったが、しかしベオウルフはすい、と話を変えてしまった。
 「で、わざわざ後ろの集団の愚痴を言いにここまで来たのか?」
 「いいえ、違いますわ」
 矛先を逸らされたが、しかしラケシスは本題に入るために一度深呼吸をした。
 しっかりと視線をそらさずにベオウルフを見上げる。
 「先日のわたくしの短慮をお止めくださり、ありがとうございました」
 言葉とともに一礼するが、しかしその声音は感謝をしているというよりは意地になっているようにベオウルフには感じられた。
 だが、ラケシスの臣下たちは違うらしい。
 一介の傭兵に頭を下げる王女に、蒼白になる。
 「王女さま……!そのような者になんという…」
 「お黙りなさい」
 止めに入る年配の女官に、ラケシスはピシャリと言い切った。
 「わたくしの浅はかな考えから招いてしまった危険から、この方はわたくしたちを救ってくださったのです。王女だからこそ、礼儀はわきまえなくてはいけません」
 「ほう」
 ベオウルフの隣りでホリンが感心したように漏らした。
 どうやらこの王女の心根は、世にありふれた貴族たちのものとは少しばかり違うらしい。 ベオウルフも同じような感想を抱いた。
 だが、それを口に出すことはない。
 「浅はかな考えと言えるなら、分かっているな?これからの戦いでは勝手に先走るな、あんたは危険のないところでけが人の手当てでもしてな」
 「貴様っ、またそのような無礼な口をきくか…!」
 「お止めなさい、エヴァ!」
 ベオウルフに掴みかかろうとするエヴァを、ラケシスは素早く制した。
 しかし、彼女自身も先ほどのベオウルフの言葉は聞き逃せるものではなかったらしい。毅然とした表情でベオウルフを見据える。
 「この戦いはわたくしが招いたものです。そのわたくしが安全な場所にいることは出来ません」
 「その心意気は買うが、現実も見ろ。戦う力のないあんたが戦場に出れば、あんたを守ろうとして多くの人間が犠牲になるんだ。その忠義者の三人の騎士もな」
 容赦のない言葉だが、ホリンも頷いた。
 傭兵として戦う彼らは、戦争がもたらす無残な結末を多く目にしている。そして、騎士という人種がどれほど誇りを大切にし、命を軽んずるか、知っているのだ。
 「我々はラケシス王女を守るためなら犠牲などいとわない!」
 三男であるアルヴァが声を荒げる。
 だが、その台詞こそがラケシスにベオウルフの言う意味を分からせることになった。
 「…分かりました」
 ラケシスはわずかにうつむいた。
 だが、すぐに顔を上げる。それは決意の表情。
 「全てはわたくしの無力から生じるとおっしゃるのですね?ならばあなたにお願いいたします、わたくしに戦い方を教えてください。誰の犠牲も生まなくて済むように」
 「………は? …何だって…?」
 ベオウルフはラケシスから飛び出た言葉に一瞬思考が止まったかのような表情をしてから、眉を寄せた。
 イーヴたちも目を見開く。
 「王女…このような輩に…」
 「わたくしは決めました。ベオウルフ殿に師事させていただきます」
 「ちょっと待て」
 今度はベオウルフ自身がラケシスを遮った。
 「ばかなことを言うな、あんたに戦いを教えろ、だと?」
 「その通りです」
 「無理だ」
 「いいえ、わたくしはこれでも黒\騎士ヘズルの血を持つ者。資質は充分なはずです」
 「そういう問題じゃねぇ」
 強気で言い切るラケシスに、ベオウルフはさすがに慌てる。しかしラケシスは落ち着いたものだった。後ろに控えた臣下たちは王女の爆弾発言に言葉すら失っている。
 「あなたはわたくしに借りがあるはずです。あの時戦場で救ってくださったこの命を、見捨てるといいますの?」
 「……!?」
 それは頼む人間の台詞ではない、と。
 ベオウルフは言葉も出なかった。
 ラケシスの言う言葉は、交換条件ならぬ脅迫ではないか。
 戦い方を教えてくれなくては勝手に戦場に出て命を落とすと、それでもいいのかと。
 なんという無茶な台詞。
 しかし、一瞬の間をおいてベオウルフは吹き出した。
 くくく、と肩を揺らしてちらりと隣りを見やれば、ホリンも堪えきれずに微苦笑をたたえているではないか。
 面白くなって、ベオウルフはラケシスを見下ろした。
 「……っとに、無茶苦茶なお姫さんだ」
 「その言葉も二度目ですわ」
 呆れた声音にラケシスは自分の提案が承諾されたことを悟った。
 「手加減はしないぞ?」
 「もちろんです」
 きっぱりと頷き、笑顔すら見せるラケシスに、ベオウルフは肩をすくめた。




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オリジナルキャラクターリヴェナ登場です。もし気分を害された方は、本当にすみません。



[174 楼] | Posted:2004-05-24 09:43| 顶端
雪之丞

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海蓝之钻(II)
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【 第五話 】


 偵察に向かっていたデューが常にない真剣な表情で戻ってきた。
 城門に立っていた守備兵が、デューとともに馬を駆っていた銀の髪の女性を不審に思い立ち止まらせたのだが、「その人は仲間だよ、それよりはやくシグルド公子に会わせて!」というデューの珍しい剣幕に、入城を許してしまったのだ。
 デューの帰還はノディオン城内にすぐに伝わり、シグルドたちが彼を迎えた。
 デューの情報はこれから先の軍の進路を決める重要なものになるからだ。


 「あなたは……?」
 初めて見る銀の髪の女性に、失礼にならないようにノイッシュは声をかけた。
 その場に居た者たちの心情を代表した台詞に、リヴェナはにっこりと微笑んだ。
 「初めまして、私の名はリヴェナ。旅の占い師をしているのですが、このほどエルトシャン王のことを聞き、微力ながらお力になれればと思って参じた次第です」
 デューにしたものよりも少しだけ詳しい説明をして、最後にリヴェナはシグルドの方を向いて軽く一礼する。
 銀色の髪の毛はディアドラの紫がかった神秘的なものとは違い、光の加減によって乳白色に映っている。
 デューはリヴェナの隣りに立って、シグルドに紹介をした。
 「リヴェナさんはアグスティの情報をおいらに教えてくれたんだ。作戦会議が必要だよ、アグスティ城から正規軍が出撃するんだ」
 デューの言葉に周囲の者たちは息をのむ。
 「本当なのか、デュー!?」
 ジャムカの問いに頷き、言葉を続けた。
 「しかも、やっぱりシレジアのペガサスナイトも参戦してる。ペガサスナイトの目標は、ノディオンじゃなくてエバンスなんだ!」
 「…何だと…!?」
 シグルドは大きく目を開いた。


 「エバンスには俺が行く。ペガサスナイトたちは俺と同じシレジア人だからな」
 即座に開かれた作戦会議の場で、第一声を放ったのはレヴィンだった。
 常に人を食ったような笑みを見せている彼は、しかしこのとき鋭い眼光でシグルドを見つめていた。
 「だが、君ひとりでは……」
 「アグスティの正規軍がこの城に向かっているんだ。余分な兵力は割かない方がいい。エバンス城にはまだ兵士が残っているんだろう?」
 ためらうようなシグルドの言葉をピシャリと遮る。
 アグスティ城のシャガール王が保有している兵士は騎馬兵と重装歩兵からなっている。そのうちの騎馬兵が、先攻部隊として陣を構え、ノディオンに進軍してくる。その数はおよそ三百。
 わずか百人にも満たないシグルド軍が立ち向かうのは、数字の上だけでもかなり困難であった。
 レヴィンはそのことを指摘するのだ。 「だが、いくら同郷の騎士だからとはいえ、危険なことには変わりがない。相手はペガサスナイトだ、弓兵をひとり連れて行った方がいい」
 提案するのはアイラ。
 「では、私が……」
 進み出たミデェールに、しかしレヴィンは首を振った。
 「俺にはエルウィンドがある。この魔法よりも速く俺に攻撃できる者はいないさ」
 懐から取り出した魔道書を持ち上げてみる。
 「だが……」
 まだ少しばかりためらっているシグルドを、オイフェが見上げた。 「エバンス城にはアーダン殿たちがいらっしゃいます。守備に入ったアーダン殿に勝てる者はそうそういないでしょう」 オイフェはそう言って、一度周囲を見渡した。
 「それより気になるのはマッキリー軍です。主君であるシャガール王が挙兵をしたのですから、立場上マッキリーが傍観を決め込むわけにはいかないはずです。アグスティ軍がマッキリーを南下したところで、背後の要としてマッキリーも陣を敷くと見て間違いないでしょう」
 「では、我々はアグスティ軍と戦った後でマッキリーとも戦うというわけか」
 キュアンの言葉にオイフェは頷いた。
 「おそらく疲弊した我々を叩くつもりなのでしょう。そして、アグスティ城にはまだ戦力が残っています。エルトシャン王も」
 冷静なオイフェの言葉はまだ少年の彼には不釣合いで、しかし有無を言わせぬ説得力があった。
 「エルト兄さま……」
 会議に参加していたラケシスが思わず呟く。
 「はい、エルトシャン王はアグスティ城に捕らわれておいでです。今はまだご無事でしょうが、我々が勝利を得るごとにエルトシャン王の危険は増えていきます」
 「要するに、エルトシャンは人質ってわけか」
 妹であるラケシスの前で、遠慮なく言ってのけたのはベオウルフ。
 彼は今までは作戦会議と呼ばれるものに参加したことはなかったのだが、今回はシグルドに請われて席に並んだのだ。
 いまだにベオウルフに確執を持つノイッシュが、気遣いを見せないベオウルフにちらりと目をやった。
 「エルトシャン王の御身についての危惧は、今は必要ないかと思います」
 人質が本当に危険なのは、我々がアグスティ城に攻め込む寸前です。オイフェは内心の考えは口に出さずに、机の上の地図を指差した。
 「当面はアグスティ軍の撃破のみを考えましょう。エバンス城はレヴィン殿とアーダン殿たちにお任せしてよろしいかと」
 作戦を立てるのはオイフェの役目だ。しかし、実際の決定を下すのは指揮官であるシグルドの役目。オイフェは越権行為にならないような言葉を選んで、シグルドにそう提案した。
 「わかった、オイフェの言う通りにしよう。レヴィン、どうかよろしく頼む」
 「よしてくれ。俺はただシレジア人が向かってきたから行くだけなんだ」
 一介の楽師に頭を下げてくる公子に、レヴィンは苦笑する。
 そして、シグルドの声音は心底からレヴィンたちの無事を祈っていることが感じられるのだから、不思議なものだ。この公子は多くの者がそうであるような、身分の上下と命の価値を比例させる考え方を持ち合わせていないらしい。
 「では、今からはアグスティを迎え撃つための作戦を決めようか」
 会話が一段落したところを見計らって、キュアンがシグルドたちを見回した。
 「そうだな」
 シグルドが頷いた。


 シグルドたちがアグスティの先攻軍迎撃のための作戦を練っている間に、レヴィンはエバンス城に向かうための準備をしていた。
 とはいえ旅行ではなく戦いに行くのだから、持つ物は限られてくる。手早く薬草などを袋に詰めてしまうと、レヴィンは厩で良馬を物色する。エバンスまでは急げば六時間ほどで着く。アグスティを発ったペガサスナイトよりも早く、彼はエバンスに着くつもりであった。
 「レヴィンさん」
 聞きなれない女性の声に振り返ると、いつの間に入ってきていたのだろうか、つい先程仲間になった占い師が立っていた。
 「ええと、リヴェナ、だったか。何か用かい?」
 女性専用の笑顔でにっこりと応じると、リヴェナは同じようにほほ笑んで、レヴィンに近付いてきた。
 「アグスティ軍に参加したペガサスナイトたちは、シレジアの王子を探すためにこのアグストリア諸公国連合まで来たのです。それを、シャガール王に利用されている。そのことをどうぞ覚えておいてください」
 リヴェナの言葉にレヴィンは馬に鞍を乗\せる手を一瞬止めた。
 「……あんたは知っているらしい」
 修飾語を抜いた言葉だったが、リヴェナは頷いた。
 「私は旅をしています。シレジア王国にも数年滞在していましたから」
 「そうか、それでか」
 表面上は納得したように頷いて、レヴィンは馬の手綱を引いた。準備は整った、となれば後はエバンスに向けて出発するだけである。
 「お気をつけて」
 「ああ、あんたも。それと、情報をありがとう」
 厩を出て、レヴィンはすぐに騎乗\した。
 軽く礼をしてから馬の腹を蹴る。そのまま城門に向かう後ろ姿をリヴェナはしばらく見た後、城の中へ引き返して行った。
 そろそろ軍議が終わっている頃であろう、と。


   *

 ノディオンの最も大きな南門の中に、騎兵を中心とした兵士たちが陣を組んで並ぶ。
 東門には同様に、歩兵を中心とした兵たちが集結した。
 門は両方とも固く閉じられており、外から見る者には篭\城の構えのように感じられたであろう。
 戦を前にそれぞれ真剣な面持ちで指揮官の合図を待っている南門では、しかし場違いとも言えなくもない二人の声がした。
 「では、わたくしは戦には出られないのですか!?」
 「当たり前だろう。あんたはさっき俺が言ったことをもう忘れたのか?」
 「しかし、相手はアグスティの正規軍ですよ!?」
 「だからだろうが。あんたが居たら邪魔で戦えねぇ」
 ノディオンの姫にここまでぞんざいな口が利ける男は、大陸広しといえどもこの男だけかもしれない。
 ベオウルフは整列した陣の最後尾で、頭を軽く押さえながらラケシスを見下ろしていた。
 「この戦いの責任はわたくしにあるのに、そのわたくし自身が安全な場所にいることは出来ません」
 「それはもう聞いた」
 本当に、何度この台詞を聞いただろうか。
 責任から逃れないその姿勢は評価に値するが、しかしもう少し身の程をわきまえろよ。 ベオウルフはそう思わずにはいられない。
 彼らから少し離れたところでは、ノディオンのクロスナイツの一員でもあるイーヴたちがベオウルフを睨むように立っている。
 ベオウルフに談判に行ったラケシスに付いて行こうとして、彼女に拒否されたために三人揃って遠くから眺めている姿は、傍から見ていると少しばかり滑稽でもあった。
 「いいか?あんたの責任はシグルド公子たちを招き入れてハイライン城を制圧したところで終わってるんだ。シグルド公子はあんたとは別に、グランベルからの命令を受けて進軍を開始した。つまり、この戦いの最終責任はあんたが取るんじゃない」
 どれほど理屈に適っていようとも、ラケシスはまだ納得がいかないような表情をしている。ベオウルフはため息をついた。
 「言っただろう。あんたは俺に剣を教わるとな。だから俺が良いと言うまでは戦には出さねぇ。自分で言ったことには責任を持ちな、お姫さん」
 ラケシスの責任感を逆手にとってベオウルフはピシリと言った。さすがにラケシスは口を噤んだ。
 「……わかりました」
 たっぷり数分経ってから、ようやくラケシスはそう言った。
 「では、必ず無事で帰って来て下さい。あなたはわたくしに剣を教えなくてはいけないのですから」
 言うだけ言って、ラケシスは走って行ってしまった。
 回復魔法が使える彼女は、東門の部隊の後方支援を言い充てられていた。おそらく持ち場に戻ったのだろうが…。
 「無事に帰ってこい、かよ」
 言われたベオウルフは、その内容があまりにも意外であったためにしばらく何も言えなかった。ようやく口を開いて、そう呟く。
 一介の傭兵であるベオウルフは、誰かに無事を望まれたことなどなかったのだ。それが、たとえ剣を教えるためであったとしても。


 「アグスティ軍、東門より5キロの地点に陣を敷きました!ゆっくりと前進してきます!」
 物見塔からの報告をシグルドは受ける。
 作戦を考えたのはオイフェでも、実際の勝敗は指揮官にかかってくる。
 南門の前列でキュアンとともに馬を並べていたシグルドは、「わかった」と応じてから隣りのキュアンと互いに頷きあった。
 「東門の弓兵部隊、攻撃を開始しました!」
 報告の第二陣が届く。
 歩兵部隊が待機する東門の城壁から、ジャムカが率いる弓兵が一斉にアグスティの騎兵軍に矢を放ったのだ。
 しかし、いまだ互いの距離は遠い。この距離を届かせることは難しい。
 「無駄な矢を使うな。本番に備えろ」
 ジャムカは指示を出す。
 そうして遠目が利く彼は、平原を陣を崩さすに整然と進軍してくる騎兵部隊を眺めた。
 「アグスティ軍、東門到着!城門に取り付きました!」
 堅固に守られた鉄門を取り壊すことは容易ではない。馬上からアーチナイトたちが矢を放つ。
 その半分以上が城壁に遮られるが、残りの矢が城壁を越えて場内に侵入する。
 頭上から降ってくる矢をかわしたり、剣で叩き折りながら、東門の歩兵たちは合図を待った。
 「デュー、大丈夫?」
 「もちろんだよ」
 アゼルが声に、デューは元気よく頷いた。実際に戦かう者として戦場に出るシグルド軍の中で、デューは最年少であった。
 元々は盗賊\であったデューは、それなりの危険にも慣れているらしいのだが、しかしアゼルはそれでもこの年少の少年を気遣った。
 アゼルはヴェルトマー公爵家の公子であり、現在若くして公爵位を務めるアルヴィスの異母弟でもある。複雑な事情をいくつも抱えるヴェルトマー公国の公子として、彼は周囲の人々の心情を敏感に察知し続けてきた。
 彼の心優しい気質は、それまでの生活環境が形成したものと言っても良いだろう。
 「アゼルさんも、気を付けてね。アゼルさんの魔法は凄いって知ってるけどさ」
 そう言って笑うデューは、ぐるりと周りを見渡した。
 アグスティの兵士たちに比べ、シグルド軍の戦力ははるかに少ない。しかも、戦い慣れた正規軍と違い、平均年齢の若いこの軍の内の約半数がこういった戦争に慣れていない者たちなのだ。
 今までずっと勝ち続けてこれたのは、ここの実力が優れていたからなのか、作戦の力なのか、それとも他の要因なのか、デューには分からなかった。
 「南門が開いたな」
 デューの頭上でホリンが呟いた。
 そのすぐ後に何十もの馬蹄の響きと兵士たちの声が聞こえる。
 東門に意識を集中していたアグスティの兵士たちの真横から、南門に待機していた騎兵たちが襲撃したのだ。
 歩兵たちが待機する東門の外で、戦闘が始まる。
 アグスティ先攻軍の騎兵を指揮する隊長たちは、しかしすぐに態勢を立て直す。ノディオン城で最も大きい南門に兵力が蓄えられていることを、あらかじめ予想していたのだろう。
 「全軍突撃!」
 大きく手を上げて、真っ向からシグルド軍にぶつかる。
 アグスティの騎兵三百に対してシグルド軍の騎兵は、ノディオン城に駐屯していた兵を合わせても七十騎足らず。作戦などなくても普通にぶつかり合えば、アグスティ軍の方が圧倒的に有利なのだ。
 現に、三十分も経たないうちにシグルド軍はゆっくりと後退を始めている。 数と勢いに押されたのだと判断したアグスティ軍の隊長は、更に軍を進めた。混戦となるかと思いきや、シグルド軍がそれほど隊列を乱さないために列と列のぶつかり合いとなっている。
 「再び門に入って篭\城の構えでもする気か…?」
 先の戦いでマッキリー軍が攻め入ったとき、ノディオン軍は篭\城の戦法を取った。隊長たちの頭の中にはそれがある。
 「城に篭\られるとやっかいだ、奴らを中に入れるな!」
 指示が飛び、アグスティの騎兵たちは更に勢いを増す。
 馬の腹を蹴り、速度を上げて突撃をし始める。
 そうして、それまで横の列であったアグスティ軍の隊列が、乱れた。
 「歩兵部隊、出撃!」
 ジャムカの鋭い声に、東門の鉄の扉が勢い良く開かれた。
 ホリンやアイラといった剣士を前列にして、それまで東門で待機していた部隊が一斉にアグスティ軍の背後を突いた。
 シグルドたち騎兵軍に突撃をかけていない、後列に残っていた兵士たちがまず彼らの剣の餌食となった。そして、虚を突かれて一瞬後ろを振り返った騎士たちを、後退を止めて猛然と向かってきた南門の部隊が襲った。
 「射て!」
 城壁の上ではジャムカが腕を勢い良く下ろし、弓兵たちが矢の雨を降り注いだ。
 アグスティ軍は完全に挟撃され、この時点で勝敗が決した、と、物見塔で全てを見ていたオイフェは確信した。
 それより二時間ほどで、アグスティ軍は敗走するのである。
 三百人いた騎兵は四十六人にまで減っており、対するシグルド軍の戦死者はわずか三人であった。


【 第六話 】


 ノディオン城のシグルドたちがアグスティの先攻軍と戦いを始めた頃、シグルド軍の本拠地である東のエバンス城は奇妙な緊張感の中にあった。
 偵察に出た兵のおかげで、シグルドたちがどういう状況にあるのかが分かるし、情報はアンフォニー城からグランベル王国に帰還する際に立ち寄ったフィラート卿からももたらされた。
 シグルドたちが勝つほどに、その立場が危うくなっていくのではないか。
 エバンスに残るアーダンはそのようなことを考えた。
 何にせよ、アグストリア国内に戦争が起こっているのだ。グランベル領とはいえ、ここエバンスにいつ戦の手が伸びて来るかもしれない。
 守備を任されたアーダンは、気を引き締めて愛用の剣の感触を確かめた。
 だが、大人たちの心情は子供には通用しないらしい。
 「アーダン!」
 大きな声で彼を呼んで、かけて来るのはウィルシェルーン。ヴェルダンの王女である。
 自分よりはるかに大きなアーダンを見上げて、何があったのか頬をパンパンに膨らませている。
 「どうしたんだ、ウィル…」
 何事か、そう思わないでもなかったが、この喜怒哀楽の激しい少女は三日に一度はこのように怒っていたので、アーダンはわずかに肩をすくめた。
 このエバンスの守備を任されてから約一ヶ月、子供たちの相手をする女性がほとんど居なくなったせいで、アーダンが彼女たちの相手をするようになっていたのだ。
 「シャナンがアイラが帰って来たら剣を習うと言うから、私も一緒に習いたいと言ったら駄目だと言うんだ。私はイザークの人間じゃないからと言うんだぞ!? こんな差別ってあるか!?信じられない!」
 それだけを一気にまくし立てて、思い切り憤慨する。
 ダンダンと小さな足で床を踏みつけるしぐさが、心底怒っているウィルには悪いと思いながらも、アーダンには面白い。
 「なんだ、アーダン!私がこれほど怒っているのに笑うなんて失礼だぞ!オイフェだったら相手をしてくれるのに!」
 今度はアーダンに対しても怒っている。
 吹き出しそうになるのを何とか堪えて、アーダンはゆっくりとかがんだ。
 「何だ、剣を習いたいのだったら俺が教えてやろうか、シアルフィの剣だってそう捨てたもんじゃないぞ?なにせ聖戦士バルドの国だ」
 十二聖戦士の名をあげて、アーダンが提案するが、
 「嫌だ!私はアイラの剣がいい!だってアーダンは流星剣が使えないじゃないか!」
 思い切り拒否される。
 折角の心遣いを嫌がられて、しかしアーダンは不快にはならなかった。
 流星剣など、並みの人間が使えるものではない。イザーク王家の剣術に対抗するだけ無駄というものだからだ。
 アーダンがウィルに言葉を続けようとしたときであった。
 「アーダン!」
 再び彼を呼ぶ声がして、今度はこの城にいる子供の内のもうひとり、イザーク王子のシャナンが走ってきた。
 途端に嫌そうな顔をしてアーダンの後ろに隠れるウィルに苦笑して、しかしアーダンは真剣な顔でシャナンを見た。
 シャナンの声音に聞き流せない響きを感じ取ったからだ。
 「シャナン王子、どうしたんだ?」
 彼らがウィルに心安い口調を使うのは、彼女自身が敬語を使われることを拒んだためだった。シャナンも同様に王子に対する扱いを嫌がったので、口調こそ敬語ではないものの、王子という敬称は使用されたままだった。これは実はイザークの王女でもあるアイラに配慮されたものであるのだが。
 「シグルドの仲間って言う人が来たんだ!もうすぐこの城に敵が攻めてくるって!」
 「何…!?」
 アーダンはとうとう来たか、という心情の上で感想を漏らし、背後のウィルは心底から驚いて息をのんだ。
 「その人はどこに?」
 「兵士の人が会議室に通すって言ってた」
 「わかった。シャナン王子はウィルとここにいてくれ」
 言って、アーダンは早足で部屋を出て行った。
 後に残ったウィルは、それまでの怒りも驚きの中に消え失せて、シャナンを見た。
 「戦争するのか…?」
 「さっきの人はそうやって言ってた。レヴィンっていう人だよ」
 不安そうに、二人の子供たちは顔を見合わせた。
 今までの戦争は全て勝ち進んでこれた。しかし、今この城にはわずかな兵しかおらず、指揮官であるシグルドを始めとした大半の者がいないのだ。
 この城に残る兵たちの内で、彼らが実力を知っているのはアーダンのみ。他はたいして親しくもない兵たちばかりなのだ。
 大丈夫かな…。
 言葉には出さずに、二人はかわりに互いの小さな手を握った。


 シグルド不在の間のエバンスの守備を任されたアーダンは、新たな仲間であるレヴィンから伝えられた情報に息をのんだ。
 アーダンはここエバンス城が襲撃を受ける可能性を充分考えていた。しかし、エバンス城の周辺は高い山に囲まれており、アグストリアが侵攻をするとすれば西の林の中を抜けるしかない。
 そう考えてアーダンは西に偵察隊を派遣していたのだが、今回のレヴィンのもたらした情報はまったくの予想外の物だったのだ。
 アグスティ城からペガサスナイトが出撃する。天然の城壁ともいえる北の高い山ですら、ペガサスナイトの前には意味がない。考えもしなかった北からの襲撃に、アーダンは腕を組んだ。
 「この城に残っている兵の全てを北に集結させるべきだ。大丈夫、西からは敵は来ない」
 北と西の同時攻撃を危惧するアーダンに、レヴィンは言ってのけた。
 この城に敵が来るためにはノディオンのシグルド軍を撃破しなくてはいけない。それに、彼らはエバンスよりもまずアグストリア領のノディオンやハイラインを狙うであろう、と。
 「やけに自信あり気だな」
 アーダンの素直な言葉に、レヴィンは「まあな」と鼻を掻いた。
 「シレジアのペガサスナイトは俺を探しているらしい。つまり、シグルド軍とは無関係なのさ」
 だから、お前たちに厄介事を持ち込んでしまったということになるのだ、とレヴィンは謝罪するが、しかしアーダンはからりと笑った。
 「なに、どうせ戦は避けられるものじゃないんだ。それにあんたはおれたちの仲間だろう、仲間を助けるのが騎士の務めというもんだ」
 大きな身体を軽く揺すって、アーダンはレヴィンの肩を叩いた。
 「さあ、戦の準備をしようか」
 やけにあっさりとしたアーダンの言動に、少しばかりは責められることを覚悟していたレヴィンは拍子抜けした気になる。
 いかつい表情のアーダンは、しかしその性格は温厚であり、また冷静でもある。レヴィンはその片鱗を垣間見た気になった。


   *

 アグスティ城の先攻軍に大勝したとはいえ、シグルド軍に負傷者がいなかった訳ではない。むしろその反対で、死者こそ少なかったものの怪我人は多く出た。
 シグルド軍の中で回復要員というのはとても少ない。
 ライブを使える者はエーディンとエスリン、そしてラケシスくらいのもので、彼女たちの手が回らないような軽症の者は薬草で各自の治療を済まさなければならなかった。
 三倍近かった戦力の差は、このようなところで皺寄せを生んだ。
 中には瀕死傷を負ったものまでおり、最も魔力の強いエーディンは彼らにかかりきりになった。そのために、他の者たちの治療はエスリンとラケシスの担当になる。
 後方支援を言いつけられたことに、最初こそ不満を持っていたラケシスだったが、しかし戦いが始まって間もなくそんなことも考えられなくなった。
 怪我人は戦の間も治療にやって来て、再び戦場に赴く。怪我人が次々に増えていき、そのような場に今まで居合わせたことになかったラケシスは、文字通り目を回す勢いであった。
 すっかり日も暮れた頃、ようやくラケシスは全ての者の治療を終えることが出来た。その中にはイーヴたちも居て、近しい者が傷を負う辛さをもラケシスは知った。
 ふう、と息をついて、城の中庭に出る。
 魔力と精神力を使い果たした感のあるラケシスは、疲れ切っていて夕食もあまり咽喉を通らなかった。食べたほうが良いのは分かっているのに。
 月が昇りかけている夕闇の中、勝手知ったる中庭を歩く。終わりに向かっている夏の庭は、一足早い虫の声が聞こえる。
 人が目にする季節よりも、小さな生き物たちが感じ取る季節の流れの方がもしかしたら正確なのかも知れない。時折吹く風に涼しい空気を感じて、ラケシスはそんなことを考えた。
 歩いていると、ヒュン、と風を切る音がする。
 誰かが剣を振るっているのだ。
 すぐにそう分かってラケシスはゆっくりとそちらに歩いていった。広い中庭は、庭園ほどではないにしても美しく整えられている。花を愛したラケシスの義姉が、自ら手入れをしていた庭なのだ。
 彼女がこの城を離れた今、木々たちの元気がないと感じるのは、きっと間違いではないだろう。
 「なんだ、お姫さんか」
 ラケシスがその人物を判別する前に、向こうがラケシスに気付いたようだった。
 もはや聞きなれてしまった口調と声は、ベオウルフのものだ。
 「ベオウルフ…何をしているの?」
 敵や知らない人間でなかったことに少しばかり安堵して、ラケシスはベオウルフに近付いて行く。
 「見ての通り、剣を振ってるのさ。利き手がどうもしっくりこねぇから…」
 左手を握り締めたり開いたりしているベオウルフの左腕に、包帯が巻いてあることにラケシスは気付く。
 「ベオウルフ、怪我をしたのですか……?」
 「かすり傷だ」
 肯定するベオウルフだが、ラケシスは驚いた。
 怪我をした者の治療は全て行ったはずだった。そして、その者たちは包帯などもう巻いていない。つまり、彼は治療に来なかったことになる。
 「なぜ治療に来なかったのです?その包帯は、自分で巻いたのでしょう?」
 「かすっただけだったからな」
 わざわざあんたたちのところに行くまでもない、と。
 「けれど、左手の具合がおかしいのでしょう?それはかすり傷とは言えません」
 言うとベオウルフは苦笑したようだった。
 彼の心底からの笑顔というものを見たことがない。そんなことをラケシスは頭の端で考え、そしてそんな思考に驚いた。
 彼の笑顔を見たからなんだというのだろう。
 「杖を持ってきます。ここに居てくださいね」
 「いや、いらねぇから」
 「駄目です!」
 即座に否定して、ラケシスは城の中に戻って行った。


 ラケシスがライブの杖を持って大急ぎで戻ってきたとき、ベオウルフが中庭の石に腰掛けていたので、彼女は安堵の息を吐いた。
 居なくなっていたらどうしよう。そんな考えもあったのだ。
 「斬られたのではないのですね」
 ベオウルフの包帯を解いたラケシスは傷跡を見て言った。ベオウルフの腕には血の痕も裂傷もない。ただ、かなりの範囲で肌が紫色に変色していた。
 「ああ、多分打ち身だろう」
 敵兵の突進から、落馬していた仲間をかばった時に受けたものなのだ、とはベオウルフは言わなかった。怪我をしたという事実以外は、伝える必要がないからだ。
 「打ち身どころではありません、捻挫をしてしまっています。よく剣が振るえたものですね」
 しばらくベオウルフの手を取っていたラケシスは、嘆息した。
 反対にベオウルフは皮肉気に笑う。
 「この程度では怪我とは言わねぇよ。俺たち傭兵にはな」
 「わたくしは今まで傭兵という職業の方には会ったことがないのです。……あなたを見ていると不思議で仕方がありません。あなたは何のために戦っているのですか?」
 ベオウルフがもとは敵兵であり、一万ゴールドを引き換えにしてシグルド軍に意趣替えをしたことを言っているのかもしれない。
 それまでラケシスが見てきたのはエルトシャンやイーヴたち、誇り高く高潔な騎士だけだったのだろう。
 「生きるためさ」
 あっさりと、ベオウルフは答えた。
 「生きるために、戦場に出るのですか?それは矛盾しています」
 「世の中にはただ息をするだけで金が手に入る人間もいるが、それはほんのわずかな人間だけだ。あとは、必死で働いて金を稼いで、生活をしていくしかない。俺が傭兵になったのも、剣の腕ぐらいしか飯の種になるものがなかったからさ」
 ベオウルフの言葉はラケシスの胸に痛みを覚えさせた。
 ラケシスは明らかに前者、働かずに満ち足りた生活を送ってきたものだったからだ。
 「別にあんたを責めているわけじゃないぜ、お姫さん。要は分相応ってことだ。裕福な人間はそうでない奴らに責任を持たなくてはいけない、エルトシャンたちは、王としての責務を果たしているだろう?そういうことだ。俺が気に食わないのは自分の今の生活を当然の産物だと考えているバカたちだ」
 口調はまったくふざけた物であるのに、ラケシスにはベオウルフの気遣いが感じられる。そして、彼の言葉にそれまで聞けなかったことを思い出した。
 「あなたはエルト兄様とどういうお知り合いなのです?」
 ラケシスはかつて一度もベオウルフのことをエルトシャンから聞かなかったのだ。
 純粋な質問に、しかしベオウルフは肩をすくめる。
 「どういうってなぁ…。悪友ってやつかもな、あいつが城を抜け出して街の闘技場に居てな、そん時に知り合ったんだ。もちろんあいつの身分なんて全然知らなかったんだが」
 当時を思い出しているのだろうか。懐かしそうに目を細める。
 「で、いつまで俺の腕を持ってるんだ?」
 不意に話を変えたベオウルフだが、ラケシスは慌てた。
 確かに、治癒するために急いで杖を持ってきたはずなのに、いつの間にか話がそれてしまっていたのだ。
 「ごめんなさい、すぐに治します」
 言って、意識を集中させる。
 すっかり暗くなった中庭の一角に、淡い光が広がった。


 ラケシスを部屋まで送り届けるベオウルフの前に、三人の騎士が再び立った。
 「イーヴ、エヴァ、アルヴァ。どうかしたの?」
 見上げるラケシスに、しかしイーヴは厳しい視線を向けた。
 「どうかしたではありません。ラケシス様。ノディオンの王女ともあろうお方が、このような時間にその様な者と一緒に居るとはどういうことですか?」
 確かにまだ若い王女が夜に男と二人きりというのはよろしくないかもしれない。分かってはいたが、ラケシスはつい反論した。
 「わたくしはベオウルフの怪我を治療していたのです。回復魔法が使える者の勤めを果たしたまでです」
 「ですが、ご自身のことをもう少しお分かりください」
 イーヴの言葉はにべもない。
 やれやれと、ベオウルフは肩をすくめた。
 「貴殿もそうだ。ラケシス王女はこの国にとって大切なお方なのだ、配慮が足らぬのではないか」
 「イーヴ…!」
 ラケシスの咎める声を、ベオウルフ自身が遮った。
 「ま、それもそうか。悪かったな」
 そう言ってくるりと向きを変えてしまう。その際にラケシスの頭にポン、と手を置いた。
 「腕の治療すまなかったな。ゆっくり休んでくれよ、お姫さん」
 そのままもと来た道を戻っていってしまうベオウルフに、ラケシスは向ける言葉が見つからなかった。


   *

 ペガサスナイトがエバンス城に接近したのは夜七時をわずかに回った頃だった。
 夏ということもあり、空はまだ薄暗い程度で、塔から望遠鏡を覗き込んでいた兵士は薄闇の空に黒\い影が浮き上がっているのを発見した。
 「ペガサスナイト発見、数は十騎、距離は3キロ!」
 この報告はすぐにアーダンとレヴィンの元に届いた。
 「予測より遅かったな」
 「まあ、真っ暗になる前でよかった」
 レヴィンにアーダンは応じて、わずかしか居ない守備兵を北側に集結させる。
 空を飛べるペガサスナイトに篭\城は無意味だ。
 それならばいっそ、城に到着する前に撃破してしまった方がいい。
 「じゃあ、よろしく頼む」
 事前の軍議で、レヴィンはアーダンにある頼み事をしていた。それはペガサスナイトの隊長に攻撃を仕掛けないということ。
 「これは突飛な話だし、俺自身も捨てた身分だが、俺はシレジアの王族なんだ。ペガサスナイトの隊長は俺の予想が正しければ旧知の間柄だ。何とか話を付けさせて、味方に引き込みたい」
 この話にアーダンは驚きを隠せなかったが、すぐに思い直した。
 このシグルドの軍には王や王子といった身分の者がたくさんいる。今更シレジアの王族が加わったところで構わないではないか。
 このような発想が出来るところがアーダンである。彼はレヴィンが自分の身分を隠したがっていることを察知し、城の兵士たちには本当の身分を明かさずにただ吟遊詩人とだけ紹介した。
 それだけで充分だと判断したのである。


 横一列に陣を組んだエバンス城の兵士たちから北に少し離れた上空に、十騎の騎影が並んだ。
 「我が名はフュリー、シレジアの天馬騎士団の一翼を担うもの。我らが王子を捕虜とし、辱めた罪を思い知るがいい!」
 中心のペガサスに乗\った女性が高らかに宣言する。
 「言い切られたな、王子様」
 「やっぱりフュリーだったか。あいつは昔から融通が利かなくて騙されやすいんだ」
 アーダンが隣りのレヴィンを面白そうに見やる。
 だが、油断はしなかった。
 「かかれ!」
 鋭いフュリーの声とともにペガサスナイトたちが下降を始める。
 空中での一撃離脱を得意とするペガサスナイトに、地上の兵士は不利だ。
 「弓兵前へ!――射て!」
 アーダンが指揮をとる。
 ペガサスナイトは唯一この矢に弱い。特に今は薄暗い夜、矢筋を計るのには困難だ。
 数騎が地面に墜落したが、同時にエバンス兵も地に膝をつく。
 中でも先程名乗\ったフュリーという女性はさすがに強かった。
 「エルウィンド!」
 かまいたちのごとき青い風が上空に向かって放たれる。
 アーダンにも突撃してくるペガサスナイトたちだが、しかし鉄壁の防御を誇るアーダンの鎧にすら、傷をつけることは難しい。同じシアルフィ騎士団グリューンリッターであるアレクに「固い、強い、遅い」と言い切られるアーダンは、守備にこそその力を最も発揮するのだ。
 「フュリー!聞こえるか、俺だ!」
 夜の空にいるはずの女性にレヴィンは声を張り上げる。
 反応はすぐにあった。
 「その声は、まさかレヴィン王子……!?」
 レヴィンは兵たちから離脱し、走り出すと一騎の天馬が彼の後を追った。それこそがフュリーである。
 「よし、全軍攻撃を控え、守備に徹しろ」
 それを確認してアーダンは指示を出す。後はレヴィンがあのペガサスナイトを説得するだけだ、と。

 「レヴィン様…ご無事だったのですね……でも、そのお姿は…」
 ペガサスから降りて膝をつくフュリーに、レヴィンは苦笑した。
 「俺は今はしがないただの吟遊詩人さ。ところでフュリー、俺が捕らわれたなんてよた話、良く信じたな」
 「よた…では、シャガール王は私に嘘を…!?」
 驚くフュリーに、しかしレヴィンは愉快そうに声を立てた。
 「相変わらず素直だな。よくそれで天馬騎士団をやっていけるもんだ、まあ、シルヴィアみたいにすれろとは言わないけどな」
 「シルヴィア、ですか…?」
 「いや、何でもない。ところでフュリー、なぜ俺を探す?俺は出奔した身だぞ」
 言ったレヴィンをフュリーは厳しい視線で見上げる。
 新緑の眼が揺れた。
 「レヴィン様が誰にも告げずにシレジアを出てもう二年になります、ラーナ王妃様はレヴィン様を思い、国民も王子のご帰還を待っています」
 「……俺が帰れば先王の遺言通りに王位を継がなくてはいけない。だが叔父上たちはそれを望まない。お前はこのアグストリアのような内乱をシレジアに起こしたいのか?」
 そう、レヴィンが国を出た理由はそれであった。
 国を思い、敏い頭を持つレヴィンには自分が王位を継ぐことによって起こる事態を容易に想像できた。ただシレジア国内だけの内乱ならばまだ良い。レヴィンが一番恐れるのは叔父たちが他の国と手を結び、介入を許すことだ。
 「戦争を起こして傷つくのは俺たちじゃない、国民だ」
 「ですがシレジア王家は風神フォルセティの血を引く高貴な家柄、そして、その力を受け継いでいるのは王子ただ一人なのです。あなた以外にシレジア王家をつげる方はいません。国民もみな、それを望んでいますレヴィン様。…ラーナ様は泣いておられましたどうか……どうかお戻り下さい」
 地に頭を付けるかという位に深く頭を下げるフュリーが涙を流していることにレヴィンは気付いていた。彼自身も膝をついて、フュリーに顔を上げさせる。
 「お前まで泣かないでくれ…俺は女の涙に弱いんだ」
 心底弱ったという表情で、レヴィンはしばらく口を噤む。
 迷いと、それとは相反対するような冷静な思考で、レヴィンは口元に手をあてた。
 「……フュリー、もう少し待ってくれ、決心がつけば、必ず母上のもとに帰るから」
 ゆっくりと、言葉をつむぐ。
 この二年の間、王位を継承するということを考えなかったわけではないのだ。
 ただ、きっかけと決心がないだけで……。
 わずかに戸惑いを潜ませているレヴィンの声音に、フュリーは顔を上げて涙をぬぐった。 「分かりました、ではレヴィン様がシレジアにお帰りになる日までお供させていただきます」
 言うフュリーの素直さから来る強情さは、レヴィンも知っていた。
 諦めるように一度首を振った。
 「分かったよ。俺は今シグルド公子の軍にいるんだ、あの公子とは気が合うんでね。…とりあえずあのペガサスナイトたちを引かせてくれないか」
 「はい、分かりました」
 レヴィンに一礼して、フュリーは天馬に飛び乗\ると鮮やかに空に飛び立った。
 こうして、エバンス城の危機は去り、シグルド軍にフュリーが新たに参加することになる。



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もうひとりのオリジナルキャラクター、ウィルシェルーンの小さな頃です。



[175 楼] | Posted:2004-05-24 09:46| 顶端
雪之丞

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【 第七話 】


 ノディオン城内の会議室では次のマッキリー戦に備えた軍議が繰り広げられていた。
 デューやミデェールの偵察で、マッキリーの兵士の配置状況は分かっている。問題は高い丘の上にあるシューター部隊だった。
 遠距離の攻撃目的で作られたシューターは、その命中率は低いものの威力は高く、下手をすると平地で敵と戦っている頭上から大きな槍が降りそそいでくることになるのだ。
 これをどうやって攻略するかが議論の中心になった。
 名軍師スサール卿の孫でもあるオイフェは、しかしこのとき思案の表情のまま黙っていた。シグルドの方針は、出来うる限り味方が生き残れる戦い方、だ。オイフェはそれを知っているからこそ、決定的な作戦を打ち出せずにいる。
 二時間が経ってもまとまらない会議に、キュアンが一時休憩を提案し、シグルドはそれを受け入れた。
 軍議に参加していた者たちがシグルドとオイフェ、キュアンとフィンを除いて部屋から退出したとき、ベオウルフが彼らの前に歩み寄ってきた。
 「悩んでいるようだな」
 「ああ、シューターさえ何とかなればね……」
 シグルドは軽く笑んだ。
 弱みや困っていることを隠そうともしないその姿勢を、シグルドに好意を寄せる者たちは評価するのだ。自分たちを信頼してくれる証だとして。
 「シューター、何とかしてやろうか?」
 冗談を吐くときのような顔つきで提案するベオウルフを、シグルドたちは一斉に見やった。
 「簡単だ、シューターを引き付ける囮を立てればいい。俺がやってやるよ」
 「しかし…」
 危険だ、と言おうとしてシグルドの言葉はベオウルフの笑みに遮られる。
 「マッキリーを攻略するならすぐにした方がいい。アグスティに捕らわれているエルトシャンのこともある」
 そう、まさにそのことをオイフェも危惧していたのだ。
 アグスティのシャガール王に時間を与えれば与えるほど、彼に捕らわれているエルトシャンの立場は危うくなるのだ。エルトシャン救出を進軍の大義名分にしているシグルドたちだ。最悪の場合、シャガールはエルトシャンを処刑してしまうかもしれない。
 「確かにベオウルフ殿の言うことはもっともです」
 控えめに、しかしはっきりとした口調でオイフェはシグルドを見上げた。
 ベオウルフを囮に立てるということになおもためらうシグルドに、ベオウルフは内心で笑った。
 貴族の青年が、たった一人の平民の命すら心配するのだから。
 だが、このまま放っておいたらシグルドは自分が囮になるとでも言い出しかねない。
 「俺を生かす気があるんなら、さっさとマッキリーを制圧してくれ。それまでは生きていてやるからよ」
 先程ラケシスにしたように、シグルドの肩をポン、と軽く叩く。誰であっても態度を変えないのが、ベオウルフという男なのかもしれなかった。
 「…わかった。あなたにお任せしよう」
 「すまないな」
 キュアンの言葉にベオウルフは軽く笑った。
 「気にするな、金の分は働くだけだ」



 作戦が発表された。
 ベオウルフがシューターを引きつけている間に北上。前線守備のアーマーナイト部隊を排除してマッキリー城を攻め、陥落させる。
 何よりもまずスピードを重視したこの先方の中心はやはり騎兵になる。円錐状に陣を組んで隊列を乱さないように進軍、敵の布陣を中心から分断したところで円錐の最後尾に配置された歩兵部隊が各個撃破。その間に騎兵部隊は前進、マッキリーを陥とす。
 シグルド軍に新たに参加したリヴェナは魔道士としての力を持つらしく、彼女とアゼルには分断された敵兵にそれぞれ向かうように指示を受ける。
 「あなたは雷の魔道書を使うのですね」
 アゼルは軍議が終了した後、リヴェナに話し掛けた。
 「ええ。得意というわけではないけれども、他の魔法よりはまだましかと思って」
 ほほ笑むリヴェナの言葉は、謙遜のようにも真実のようにも感じられた。
 アゼルはそのことには触れずに、リヴェナに笑顔を向けた。
 「明日、よろしくお願いします」
 「ええ、こちらこそ。…頑張りましょうね」
 二人の魔道士は頷きあった。
 後ひとりの魔道士、風のエルウィンドを使うレヴィンはエバンスにいるため、この戦いには参加しない。
 彼の抜けた穴を、リヴェナが果たして防ぐことが出来るのか。軍内の数人が危惧をしたのだが、それは杞憂に終わることになる。


   *


 翌朝から戦の準備が行われる。
 このノディオンからマッキリーはさほど遠くない。隊列を乱さないようにゆっくりと進軍したとしても、丸一日あれば容易に到着できる。
 男も女も関係なく食料の準備や武器の手入れを行う。中には本番の戦に備えて手慣らしに剣を振るう者もいた。

 「エーディン、いいか?」
 部屋の中で回復の杖の手入れをしていたエーディンのもとに、ジャムカが訪れた。
 控え目に叩かれた扉を、エーディンは落ち着いた動作で椅子から立ち上がって、ゆっくりと開ける。
 「ええ、どうぞ」
 優しく微笑むと、部屋の中に招き入れたジャムカに席を勧める。
 しかし、すでに戦いの準備を終えているジャムカは、やんわりとそれを断った。
 「どうかしたの?」

 エーディンがヴェルダン王国の第一王子ガンドルフに捕らわれた際、城内で常に彼女を助けたのはこのジャムカだった。
 マーファ城で捕らわれていた数週間、エーディンが無事でいられたのはジャムカのおかげであり、二人はその頃からずっとお互いを想いあっていた。
 一度は敵同士となってしまった二人だが、戦場で危険をかえりみずにジャムカを説得に向かったエーディンの心に打たれ、ジャムカはこのシグルド軍に下ったのだ。

 それ以来ずっと苦労をともにしてきたジャムカの様子が、普段と少し違うことにエーディンは内心で首を傾げた。
 大きな戦を前に、緊張しているのだろうか。
 「ジャムカ、どうかしたの?」
 ゆっくりと立ち上がってジャムカのもとまで歩いていく。
 もう一度問うと、ジャムカはかつてないほどの真剣な表情でエーディンを見下ろした。 「エーディン、少し大事な話をしたい。いいか?」
 「…ええ」
 ジャムカが何を話すのか、見当も付かずにエーディンはただ頷く。
 普段から真面目な青年だったが、しかしこのような真剣な表情をすることを見たことがなかったのだ。
 「戦を前にした今、こんなことを話している場合ではないのかもしれない。だが、ずっと考えていたことがあるんだ」
 「ええ」
 相槌を打つエーディンの手を、ジャムカがやんわりと握った。
 弓を使うジャムカの掌は固く大きい。
 「結婚して欲しい。俺は国を失い、そしてヴェルダンはお前を苦しめた国でもある。ヴェルダンの王子だった俺が言うべきではないのかもしれないが、だが、この気持ちを抑えることは出来ない」
 一言一言が、エーディンの耳にゆっくりと入ってくる。
 全ての言葉がエーディンにしっかりと認識された。
 「結婚して欲しい。エーディン」
 「はい」
 考える間もためらう間もなかった。
 するりと出てきた、エーディンの返事に、しかし戸惑ったのはジャムカの方だった。
 「エーディン……?」
 本当にいいのか、と。
 まじまじと愛する女性を見つめて、そしてエーディンが頬を染めるのを見た。
 「嬉しいわ、ジャムカ。私もあなたと一緒に生きていきたい、国なんて関係ないわ、私はあなたが好きなのだから……」
 微笑むエーディンの薄紅の頬に、ゆっくりとジャムカは手で触れた。
 その上からエーディンが手を添えて、目を閉じる。
 「ありがとう、エーディン…」
 「私こそ…ジャムカ……」
 エーディンの表情は本当に幸せそうで。
 想うが故に今まで一度も触れることのなかった女性を、ジャムカはありったけの思いを込めて抱きしめた。




--------------------------------------------------------------------------------

エーディンとジャムカの出会いの話も、また書ければと思っています。



【 第八話 】


 マッキリー城の守備についている兵士たちはほとんどが歩兵であった。
 移動力ではこちらの方がかなり有利になる。
 囮として出陣するベオウルフの危険を減らすために、迅速な行動を必要とするシグルドたちには好都合ともいえる敵陣である。
 しかし、それが戦闘の有利に繋がるかといえばそうではない。
 マッキリー城に向かうまでの道は極端に狭められているのだ。
 油断は決して出来ない。
 マッキリーに進軍を開始したシグルド軍は、ゆっくりと北上を始める。
 途中から東に迂回し、ベオウルフがシューター部隊の南にある森の傍に馬を進めたところで、一気に彼らは進軍のスピードを速めた。
 「全軍進め!目標はマッキリーだ!」
 シグルドの高らかな声に、全軍が応えた。


 「さぁて」
 単身でシューター、ロングアーチ部隊の矢面に立ったベオウルフは、ぽん、と愛馬の頭を叩いた。
 「ぼちぼち行くか」
 言って、はるか遠くのロングアーチ部隊がいるであろう方向に目をやる。
 だが、背後に馬蹄の音が聞こえてベオウルフはとっさに剣を抜き放った。
 「私です、ベオウルフ殿」
 馬首をひるがえしてベオウルフの剣戟を避けたのは、レンスターの騎士見習いだった。
 その姿を見とめて、ベオウルフは眉をひそめる。
 「フィン!? お前、何やって…」
 「キュアン様に許可をいただきました。私もここで囮を務めさせていただきます」
 あっさりと答える少年は、ゆっくりとベオウルフの隣りに馬を進めた。
 見習いとはいえ、馬の扱いは熟知しているらしく、手綱を使わずに馬を歩かせる手腕はたいしたものだが、しかしそんなことを褒めるべき時ではない。
 「許可ってなぁ…。いちいち危ない橋を渡る必要はないだろう…」
 まだ二十歳にもなっていない騎士見習いに呆れたように言うと、しかしフィンは生真面目に返した。
 「騎士たる者、危険な任務に就く仲間を放ってはおけません」
 仲間と言うか。
 たかが傭兵風情に心を砕くフィンや、キュアンたちの心情がベオウルフには理解できない。
 だが、かつてエルトシャンも同じように同等の態度を自分に対してとっていたことを、不意にベオウルフは思い出す。
 はじめて出会った頃の友人の年齢は、もしかしたらこの少年とそう変わらなかったのかもしれないと、そんなことが脳裏をよぎり、ベオウルフは自嘲気味に肩を揺すった。
 「ベオウルフ殿?」
 問い掛けるフィンを見おろして、仕方なしに承諾の頷きを返す。
 「まあいい、とりあえず、怪我はするなよ」
 「はい」
 戦の場で何を言うのだろうか。
 ベオウルフの、まるで子供の外出に親が声をかけるかのような口調に、フィンは一瞬可笑しくなって笑んだ。
 ふっ、と肩の力が抜けたのを確認して、ベオウルフは再び遠くを見据えた。
 キラリ、と空で何かが光る。
 そのすぐ後に銀色のすじを描いて、鋭く尖ったロングアーチの放った矢が地面に突き刺さった。
 ベオウルフたちの所在がようやく知られたのだ。
 彼らの戦いが、始まった。


   *


 「エルファイヤー!」
 「サンダー!」
 炎が舞い、一方で雷の糸が敵兵の上空で広がる。
 リヴェナが持つ魔道書はサンダー。
 まるで地面から生まれ出でたかのように、弧を描く炎は、アゼルに流れるファラの血の象徴ともいえる力を持つ。それとともに威力はアゼルに及ばないもののリヴェナの雷系の魔力が光り、マッキリー兵の進軍を阻んだ。
 そこにシグルド軍が突入する。
 マッキリー城まであと千二百メートル。そのくらいの位置にシグルド軍の兵が立ったとき、突如として霧が立ちこめ、前線にいた兵士の内の数人が倒れた。
 「何だ…何が起こった…!?」
 兵士たちの倒れる瞬間を目撃してアイラは目を見開く。
 先ほどの霧はもう消えていたが、アイラは直感で危険を感じて周囲の兵たちに後退を命じる。
 いきなり倒れた兵士たちは、マッキリー兵の進撃にもはや助けようもなかった。
 「アイラさん、もっと後退して!シグルド公子が呼んでる!」
 デューが後方から走り寄って来て、アイラに伝える。
 「分かった、進軍を止めろ!態勢を立て直す」
 周囲の歩兵たちに命を下すとアイラはデューとともに後方の本陣に向かった。
 そこにはすでに仲間たちが揃っている。
 「迂闊だった。マッキリー城主はスリープの杖を使うらしい」
 天幕の中に入ってきたアイラに、シグルドはそう告げた。
 スリープの杖は、広範囲に渡って作用する魔法の杖。魔力の弱い者ならば、一瞬にして深い眠りに落ちて戦闘不能に陥る。
 「先程の霧は間違いなくスリープのものです」
 作戦会議の場に控え目に座しているディアドラが周囲を見渡した。
 「あの魔法をどうにかしないと、こちらの勝機は薄いな…」
 レックスは眉を寄せる。
 クレメントはマッキリー城の塔にいるのだ。彼を倒すためには城周辺の敵を倒さねばならず、しかし城に近付きすぎればクレメントのスリープの餌食となる。
 悪循環の状態に、しかしシグルドの隣りに立った者がいた。
 シグルドの妻、ディアドラだ。
 「シグルドさま、私が参ります」
 自分を見上げる妻に、すぐにその真意を悟る。
 「だが、危険だ…」
 ディアドラはたぐい稀なる魔力を持っていた。
 そして彼女がヴェルダンの精霊の森より出た際に、持参していたのがサイレスの杖。すべての魔法を封じる力を持つ。
 「ですが、早く戦いを終わらさなくてはいけないのでしょう?大丈夫です、私がスリープを封じます」
 微笑んでみせる妻に、しかしシグルドはためらった。
 サイレスの効力もスリープと同じく広範囲に渡る。しかし、その杖を行使するためにはクレメントから一キロほどまで近付かなくてはいけないのだ。そこに到達するまでにマッキリー兵がいったい何百人いることか…。
 「私もディアドラ様と一緒に参ります」
 私が、お守りいたします。
 進み出たのはリヴェナだった。
 「俺も行こう」
 ホリンも頷く。
 「サイレスを使ってスリープを封じたらすぐに騎馬部隊を城に向けてくれ。俺たちはその間に公妃を安全な場所まで無事に連れ帰る」
 「おいらも行くよ。退避するときの囮は、おいらが一番うってつけだ」
 ホリンの隣りからひょい、とデューが顔を出した。
 確かにホリンとデュー、リヴェナに守られれば、ディアドラの危険も減るであろう。それにディアドラ自身、強力なオーラの魔道書の使い手でもあるのだ。
 「わかった。君たちにお願いしよう、だが、君たち自身もどうか無事でいてくれ」
 最愛の妻だけでなく、部下たちにまで身を案じるシグルドに、ホリンたちは微苦笑した。
 かなり強引ではあるが、作戦は決まった。
 ディアドラはデューに先導され、隣りにはホリン、背後にリヴェナと守られて、戦場を走った。

 「スリープの届く範囲は術者の魔力にもよりますがだいたい一キロほどです。私がまずサイレスで封じますから、それまではあまり前に出ないでください」
 「だがそれではあなたを守れないだろう」
 ディアドラの言葉にホリンは承諾しかねるといった返答をする。
 ディアドラが魔法を行使するためには、クレメントのスリープの圏内に入らないといけない。たとえスリープの餌食となろうとも、この公妃を守るのがホリンの役目だ。
 「スリープを封じるまでは私がディアドラさまを守るわ。ホリンたちは私たちに向かってくるマッキリー兵を倒して、ディアドラさまの術の行使を妨げないようにしてくれないかしら」
 リヴェナが提案する。
 確かに魔力の強いディアドラやリヴェナはスリープの魔法にかからない。対するホリンたちは、魔法耐久力でどうしても彼女らに劣ってしまうのだ。
 だが、果たしてこの女性にディアドラ妃を守りきれるのか。
 ホリンはわずかに沈黙し、しかし頷いた。
 「わかった、中の守りは任せよう。デュー、いいな?」
 「もちろん。おいらはディアドラさまに任せるよ」
 元気よく頷くデューを見ていると、今この場が戦場だなどとは思えなくなる。
 大人たちはそれぞれに口元を緩めて、そしてマッキリー城を見据えた。
 「行きましょう、みなさん」
 「はい」
 ディアドラは手にしたサイレスの杖を、握り締めた。



 マッキリー城主クレメントが大きな魔力の波動を感じたのは、それからすぐだった。
 明らかに自分に対象を向けているその波動は、彼に鳥肌を立てさせる。
 塔から周囲を見渡すと、彼の目に銀の髪の女性が二人うつる。この城からさほど離れていない距離にたたずむ二人の内ひとりが、杖を持っていた。
 魔力を行使するときに発せられる独特の淡い光が彼女を包んでいる。
 「何かをするつもりだな……。そうはさせるか」
 ひとり呟いて、彼もスリープの杖に手をかける。
 詠唱を始めた。

 ディアドラのサイレスとクレメントのスリープと。
 ふたつの魔力がどんどん膨れ上がっていく。
 目に見えない渦のような物がマッキリー城を中心に巻き起こり、魔道士であるアゼルなどは遠くからでもはっきりと見えるその魔力の大きさに息をのんだ。
 「あそこで何か起こっていないか…?」
 魔力の少ないレックスも、ただならぬ空気は読めるらしい。
 友人の隣りに立ってマッキリー城を見やると、アゼルは頷いた。
 「うん、ディアドラ様がサイレスを使おうとしているんだ…。クレメントの魔力と、ぶつかりあってる」
 ディアドラがサイレスを使うのを目にするのは、二度目である。
 一度目はかつてのヴェルダン王国、最後の戦い。
 ヴェルダンのバトゥ王を殺し、王都ヴェルダン城を支配した暗黒\魔道士サンディマの強大な魔力を、彼女が封じたのだ。
 サンディマをはるかに上回る魔力を行使して。
 計り知れない魔力を内に秘めたディアドラに、魔道に携わるアゼルやエーディンは空恐ろしさすら覚えたものだ。
 あのような魔力を身に持って、正気でいられるディアドラに……。

 「…光の神よ…」
 サイレスの杖が放つ淡い光の中で、ディアドラは祈る。
 スリープを唱えようとしているクレメントの魔力の壁が、決定的な術の発動を鈍らせているのだ。
 そして、それはクレメントにも言えることなのである。
 ディアドラから発せられる魔力がマッキリー城を覆い、クレメントのスリープを解き放てないようにしているのだ。
 「サンダー!」
 ディアドラに向かってくる重装歩兵を雷の嵐が襲う。
 リヴェナは雷の魔道書を使いながら、隣りでまったく種類の違うサンダーの魔力が行使されているにもかかわらず、サイレスの波動を何の影響も受けずに広げていくディアドラに内心で驚嘆する。
 彼女の中にある力は、やはりすごい。
 内包された魔力の可能性は、計り知れない。
 そう考える。
 「……沈黙の光、サイレス!」
 瞬時に魔力を爆発的に高め、ディアドラはサイレスを唱えた。
 巨大魔力の結界がクレメントの周囲に出現し、そして力が発現された。


 「ディアドラ様がサイレスを成功されました!」
 あの巨大な結界も、魔力を持つ者でないと視覚で認識することができない。馬で前線近くに出ていたエスリンが、兄シグルドに報告した。
 「よし、騎兵隊は私とともに出撃!歩兵部隊はディアドラたちの救助を頼む!」
 叫ぶとともにシグルドは馬に飛び乗\る。
 マッキリーへの道が、粉塵に包まれた.



[176 楼] | Posted:2004-05-24 09:47| 顶端
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【 第九話 】


 すっかり日も暮れてしまったマッキリー城に、囮を務めていたベオウルフたちが入城した。
 ベオウルフとフィンの状態に、見張りに立っていた者は驚いてシグルドに報告に向かう。
 二人の帰還は、すぐに城中に広まった。
 「ベオウルフ!フィン!」
 城門そばにいたアレクが、慌てて彼らのもとに駆け寄った。
 城のたいまつの火に照らし出された二人は、血だらけだったのだ。
 「よう。すまないがこいつを頼む」
 馬上からベオウルフはアレクを見下ろし、フィンを示す。
 普段からよく見せる、どこか皮肉混じりの笑みを浮かべているものの、その口元は強張っていた。
 視線で示されたフィンは意識を失っており、ベオウルフの馬にうつ伏せの形で運\ばれてきたようだった。
 主に左半身が朱に染まっている。
 「早くエスリン様を!」
 アレクはフィンをゆっくりと馬から下ろし、片腕を自分の肩にまわしながら彼を支える。
 その頃には何人かの者たちが城門に駆けつけていた。
 「ベオウルフ、フィン…!?」
 まず馬上で血だらけになっているベオウルフに目を留め、そしてアレクに支えられるぐったりとしたフィンに気付く。
 「アレク、フィンはまさか……」
 「いや、気絶しているだけだ。だが早くしないとまずいかもしれないぞ」
 走ってきたミデェールは、手伝うようにアレクに手を伸ばし、フィンに負担が掛からないように身体を動かしながらアレクは説明する。
 「ベオウルフ、大丈夫か!?」
 馬のそばに来て見上げたレックスに、ベオウルフは笑った。
 「ま、生きてはいるがな。それより早くフィンの手当てをしてやってくれ、まだまだ先のある命だ……」
 彼独特の笑みを浮かべながらフィンを見やったベオウルフの身体が、ぐらりと揺れた。
 「ベオウルフ!」
 そのまま馬上から崩れ落ちたベオウルフは、幸いにもレックスの方に倒れてきた。レックスがとっさに彼に手を伸ばし受け止めるが、衝撃で周囲に飛び散ったベオウルフの血の量は半端ではなかった。
 レックスや、彼らの周りの地面に血溜まりが広がったのだ。
 見ればベオウルフの馬も、彼らの血ですっかり鮮血に染まっているではないか。夜の闇で視界が悪く、そしてたいまつの灯かりも赤い光だ。しかし、この血の量を見逃せるほどではなかったはずなのに。ベオウルフの泰然とした態度に、誰もが意識を逸らされていたのだ。
 「早くエスリン殿を!ありったけの薬草を用意するんだ!」
 レックスの鋭い声が衛兵たちに飛んだ。


 早馬がノディオン城に向けられた。
 それがマッキリー城制圧の知らせだと考えたノディオンの人々は笑顔で彼らを迎えたが、しかし蒼白な表情の伝令が伝えたのは、マッキリー城制圧と、ベオウルフたちの負傷だった。
 「エスリン様がかかりきりになっておられまずが、お二人…特にベオウルフ殿の傷は深すぎて回復が間に合わない状況なのです。エーディン様、どうぞ急ぎマッキリーにお越しください!」
 伝令の兵士はすっかり夜も遅くなっていたので女官たちが止めたにもかかわらず、休んでいたエーディンの眼前に赴いて膝を折った。
 「分かりました、すぐに向かいます。馬車の用意を」
 後半は女官たちに向けられたものだ。
 寝室に乱入してきた無礼を咎めもせずに、エーディンは伝令である兵をねぎらった。
 彼は戦いに参加したあと、疲れているだろうにここまで馬を飛ばしてきたのだ。
 「エーディン様、何があったのですか!?」
 城内のただならぬ空気に軽い身支度を整えたラケシスが小走りでやってきた。
 ラケシスの警護のためにこの城に残っていた、ノディオンの三騎士末弟のアルヴァも背後に付いている。
 「ベオウルフ殿たちが負傷したそうです。今から私はマッキリーに向かいますので、ラケシス様はノディオンをよろしくお願いします」
 落ち着いたエーディンから発せられた言葉に、しかしラケシスは一瞬言葉を失った。
 ベオウルフたちが負傷?
 マッキリーにはエスリンたちがいるはずだ。それでもなおエーディンを呼ぶということは、彼らの容態は……。
 「わ、わたくしも参ります!」
 「ラケシス様!?」
 アルヴァが慌ててラケシスを制する。
 ラケシスを決して危険な目に遭わせるな。
 長兄イーヴに固く言われているアルヴァは、このような深夜にラケシスを城の外に出すわけには行かなかったのだ。
 だが、ラケシスはアルヴァの方を見ようともしない。
 「お願いです、わたくしも一緒に行かせてください」
 自らエーディンの前に立って、エーディンを必死に見つめる。
 その姿に、エーディンは目を細めた。
 聖女と称されるにふさわしい優しい笑みを浮かべて、頷く。
 「ええ、ラケシス姫、一緒に行きましょう」
 「はい!」

   *


 エーディンとラケシスがマッキリーに到着したとき、すでに空は白ずんでいた。
 到着した馬車をアレクとノイッシュが迎え、ともに付いてきたアルヴァが彼女たちの手をとって馬車から下ろす。
 「早速ですが、ベオウルフ殿たちの容態は?」
 つとめて落ち着いた声音で、エーディンはノイッシュに尋ねる。
 「はい、エスリン様の回復魔法によりフィンは一命を取りとめ、回復の兆しが現れたのですが、ベオウルフがいまだに…」
 ノイッシュが言い終わらない内に、ラケシスは走り出した。
 「ラケシス様!?」
 後ろから驚いたアルヴァの声が聞こえるが、そのまま走り出す。
 ベオウルフの居場所など、知りもしないのにただ城内に走るラケシスは、石造りの廊下の角で若葉の髪の少女とぶつかった。
 「きゃ!」
 「あ…ごめんなさいっ」
 尻餅をついたシルヴィアに慌てて手を差し伸べる。
 そして、彼女が尻餅をついた途端に床に散らばった薬草に目を奪われた。
 「シルヴィア、もしかしてこの薬草はベオウルフに…!?」
 「え、うん。エスリン様のライブじゃ間に合わないって……」
 いきなり現れたラケシスの、この剣幕にシルヴィアはわずかに驚く。
 彼女がシグルド軍に参加してしばらく経つが、ラケシスとはまともに言葉を交わしたこともないのだ。
 自分は身分の低い踊り子で、ラケシスはノディオンの王女。それに三人の騎士と女官たちがいつもラケシスを取り巻いていたので、なんとなく近付き難かったのだ。
 「お願い、わたくしをベオウルフのいる部屋まで案内してくださらない!?お願いします…!」
 必死の表情。
 懇願とも呼べるラケシスの頼みに、呑まれたようにシルヴィアは頷いた。


 トントン。
 ノックをして、シルヴィアが部屋に入っていく。
 「エスリン様、薬草を持ってきました。あたしがすり潰しましょうか?」
 「ええ、お願い。…え?ラケシス姫…?」
 シルヴィアの背後に立っていたラケシスの姿を認めて、エスリンはわずかに驚いた。ノディオン城にいるはずの彼女が、なぜここにいるのだろう。
 「ベオウルフ…?」
 だがラケシスは、エスリンではなく彼女の後方でぐったりと寝台に横たわっているベオウルフに目を奪われていた。
 血の気のない、真っ青な表情。身体中に巻かれた包帯は、いまだに赤く染まっている。
 生きているとは思えない、目を閉じてピクリとも動かない青年。
 これが、あのベオウルフだというのか……。
 「出血が凄いの。私のライブじゃ、手に負えなくて…。かろうじてまだ息はあるから、手遅れになる前に何とかしないと……」
 立ちすくむラケシスにエスリンは言う。
 呆然と、ラケシスはベオウルフを見ていた。
 声を発することすら出来ない。
 あの無礼で偉そうで、飄々としたあの青年が――。
 後ずさろうとして、ラケシスはよろめいた。
 シルヴィアがそれを支えてラケシスを覗き込むと、彼女の表情からも血の気が引いていた。
 「ラケシス様!?」
 「エーディン様をお連れしました」
 シルヴィアの声は現れたアレクの声に消される。
 「エーディン!」
 安堵の表情でエスリンはエーディンを迎え、エーディンは魔力をすっかり消耗して疲れ果てているエスリンに気遣うように微笑んだ。
 「ベオウルフ殿は…」
 「こっちよ。かろうじて命はつなげられているのだけれど…」
 もう、死は間近なのだと。
 言外に込めた説明に、エーディンは頷いた。
 「私が代わります」
 すい、とエーディンは前に進み出て、回復の杖をかざす。
 その杖はエスリンやラケシスが持つライブよりもはるかに強力な魔力を要する杖。その名をリライブ。
 「癒しの光よ…」
 エーディンから暖かな波動が広がり、ベオウルフを包み込む。
 二十分ほど経ったであろうか、ゆっくりとだがベオウルフに生気が戻っていく。
 「さすが、エーディンだわ…」
 奇跡に近いその力を、エスリンは、ふう、と息を吐いて呟いた。
 これでベオウルフは助かるだろう。エーディンの回復魔法はエスリンよりも強力なのだ。
 「…私はフィンたちの様子を見てくるわ。キュアンもそこにいるはずだから、ベオウルフの容態も伝えてくる」
 シルヴィアとラケシスにそう言い、エスリンは素早く部屋を出た。
 先の戦いの生存者でもっとも重い傷を負ったのはベオウルフたちだが、彼ら以外にも怪我人は多くいる。エスリンの仕事は、終わったわけではないのだ。
 「ラケシス様、大丈夫…?」
 いまだに言葉を発さないまま立ちすくむラケシスに、シルヴィアは気遣わしげに声をかける。
 そうすると、ようやくラケシスはゆっくりと顔を動かした。
 「え、ええ。ごめんなさい、シルヴィア…」
 シルヴィアから離れて、自分の足で立つ。
 しかしまだその足元はおぼついていないようであった。再び見入られたようにエーディンとベオウルフの方を向いている。
 シルヴィアも同じように、傷を癒すエーディンに目をやった。
 沈黙が部屋の中を包み、回復魔法の淡い光が部屋に広がる。
 だいぶ時間が経ってから、ようやくエーディンは魔法を終了した。
 ほう、と息を吐く。
 「エーディン様……」
 シルヴィアの不安そうな声に、エーディンはわずかに疲労をたたえた表情で微笑んだ。 「もう大丈夫。危険は脱しましたよ」
 「本当かい、エーディン」
 ちょうど部屋の扉を開けたシグルドが、エーディンの言葉を耳にして彼女を見た。
 「はい、命に関わる怪我はほぼ治癒できました。後はベオウルフ殿が目覚めれば」
 「そうか、良かった…」
 シグルドはほっと息をつく。そうしてエーディンやシルヴィア、ラケシスに笑顔を向けた。
 「ありがとう、後は私が引き継ぐから、君たちは休んでくれ」
 寝ずにエスリンの手伝いをしていたシルヴィア、そして夜通し馬車でこちらに向かってきてくれたエーディンとラケシスにそう言う。しかし、
 「あの、…わたくしは……」
 パッと顔を上げて、そして言いよどんだラケシスは、ためらうようにベオウルフを見る。
 そんなラケシスに、エーディンは優しい声音でシグルドを見上げた。
 「ベオウルフ殿が目覚めるまで、ラケシス王女に看ていただいてはどうでしょう。ライブが使える王女なら、私も安心です。それに私も、他の怪我人の方々の所へ参ります」
 エーディンの提案にラケシスは一瞬表情に喜色を浮かべる。しかし、エーディンが他の者の治療をするというのに、自分がここにいてよいのかと、そんな危惧も同時に生まれてラケシスは口をつぐんだ。
 それを見て、シグルドは軽く笑んで頷く。
 「わかった、ラケシス。ベオウルフの容態について、君にまかせてもかまわないだろうか」
 仕事、という名目を使ったシグルドの言葉。
 「ええ、はい!」
 とっさに答えたラケシスは、感謝の意をこめて頭を下げたのだった。



【 第十話 】


 「キュアン様、エスリン様、申し訳ありませんでした」
 つい先程目覚めたフィンが、寝台の上から主君に謝罪する。
 しかし、若い夫婦は安心したように微笑んだ。
 傷もエスリンの治療で完全とは言わないまでもふさがっている。話す声音も疲労は見えるが普段どおりのもので、この若い少年にはもはや怪我による命の危険がないと分かったからだ。
 「謝ることはない。お前とベオウルフが立派に囮の役目を果たしたからこそ、我々はマッキリー城を制圧できたんだ。それよりも、命があって良かった」
 「そうよフィン。よくあの傷を耐えてくれたわね」
 無事を心から喜ぶ二人に、フィンは感極まって頭を下げる。
 「不甲斐ないばかりです。加勢のつもりでベオウルフ殿のもとへ向かったのに、最後にはベオウルフ殿に守られる始末。騎士見習いとして、失格です」
 そう、実は二人が相対する敵はロングアーチ部隊だけではなかった。数は少ないが、歩兵が二人が居た場所まで向かってきたのだ。
 歩兵の攻撃に引けを取るような二人ではなかったが、ロングアーチとの挟撃に、一瞬意識を取られたフィンは、ロングアーチの攻撃を避けそこね、傷を受けてしまった。それからフィンは思うように馬を動かせなくなった。
 傷を負っているとは思えないような動きで攻撃を繰り返すも、どうしても隙は生まれてしまう。必然的に更に攻撃を受け、最後にはベオウルフに援護される形となってしまった。
 ベオウルフがフィンよりも深い傷を負ったのは、彼をかばったためだったのだ。
 「大丈夫、ベオウルフはエーディンが治してくれるわ」
 優しくエスリンはフィンの手を握った。
 「少なくともお前のそのまっすぐな気質は騎士にふさわしい。自分の行動を失態だと思うのならば、更に精進すればいい」
 キュアンもエスリンの隣りに立って、微笑んだ。
 「…はい、ありがとうございます」
 主君たちの言葉にフィンはしっかりと頷いた。



 エーディンとジャムカの仲は、シグルド軍の中においてほぼ暗黙の了解のうちに知られていた。
 だが、彼女たちが互いに思いを伝え合い、将来の約束を交わしたことを最初に知ったのは、エスリンだった。
 エーディンはシアルフィ公国の隣国の公女、同じ公女として姉のように友人のように接してきた彼女がエスリンに伝えた言葉は、エスリンを驚かせ、喜ばせた。
 「おめでとう、エーディン」
 「ありがとう」
 表情一杯に喜びを浮かべているエスリンに、エーディンは少しだけ頬を染めた。
 国内のみならず国外にまでその美しさと優しさが知れ渡っていたエーディンは、しかし今まで誰の求婚も受け入れなかった。そんな彼女が今、たったひとりの男性と出会い、彼と想い合える仲になったのだ。
 いつも落ち着いているエーディンの、頬を染めて照れているという姿にエスリンは笑んだ。
 エーディンがこのような表情をしてくれるとは。
 それだけ彼女が幸せだということなのだろうか。
 「けれど、まだしばらくは公表はしないでおこうと思うの。今はシャガール王との戦いの最中だし、ベオウルフ殿たちも……」
 「そうね、昨日の戦いで負傷した彼らを放って、喜ぶわけにはいかないわ。エルトシャン様を捕らえられたラケシスのこともあるし……」
 エスリンとエーディンは深刻な表情で互いを見た。
 今はもう太陽もすっかり昇った午前十時。エーディンがベオウルフの治療を済ませてから四時間は経っているのだが、いまだベオウルフは目を覚ましていないのだった。


   *


 「何!?マッキリーまで陥とされただと!?」
 マッキリー陥落。
 この知らせを受けたアグスティ城のシャガール王は手にしていたグラスを床に叩きつけた。
 厚い絨毯に中の液体が飛び散り、砕けたグラスをシャガールは更に踏みつけた。
 それでも怒りが収まるわけではない。
 シャガールは憤怒の表情で背後の控えていたザインを振り返った。
 「こうなっては仕方がない、ザイン!貴様は残りの全軍を率いて出陣せよ!」
 「しかし……」
 怒りのために冷静さを欠いている主君に、ザインは一瞬戸惑う。
 「つべこべ言わず、早く行け!」
 ガン!
 椅子を殴り倒したシャガールに、ザインは慌てて頭を下げた。


 「シャガールよ見苦しいぞ。まだ負けたわけでもあるまいに」
 部屋からすべての者を追い出したシャガールに、しかし声をかけてくる者があった。闇の中から現れるかのような長いローブをまとった男に、シャガールは憎々しげな眼を向けた。
 「貴様…マンフロイ!貴様の言うとおりにしていたらこの様だ、一体どうしてくれる……!?」
 だがシャガールのその怒りも、マンフロイに何の感情の変化も与えることはなかった。 初老の男性は、口元の皺を深くする。
 「くく、わしはただ王が邪魔なら殺せと言ったまで。すべてはお前の野心が招いたこと、そうだろう?」
 「…くそっ、シグルドの強さがこれほどまでとは思いもしなかった」
 盛大に舌打ちし、シャガールはマンフロイを見た。
 怒りの視線は、苛立ちすら含む。
 「マンフロイ、教えてくれ。俺はどうするべきなのだ!?」
 「ふ、まだ手はある。ノディオンのエルトシャンはいまだ牢の中で生きておる、やつを使えばシグルドとて軍を引かざるをえまい」
 マンフロイは、そこで一端言葉を切る。
 意味ありげに目を細めて、シャガールを見おろした。
 「…奴を殺すのも手のひとつだが、しかしそれは得策とは言えぬ。今のうちにエルトシャンに侘びでも入れておくのだな」
 皮肉気に笑うマンフロイに、シャガールははじめてエルトシャンの存在に気が付いたようであった。
 「そうか、そうだ。あの男がまだいた!」
 大きく目を開いたシャガールは、マンフロイを放ってそのまま部屋を出た。
 「誰か!わたしに続け!エルトシャンのところへ行く!」
 廊下で怒鳴るシャガール王の声が部屋の中まで聞こえる。
 「ふっ、ばかめ」
 シャガール王を一言で評するマンフロイの背後に、音もなくひとりの影が立った。
 闇色のローブで全身を隠している。
 「マンフロイ大司教、クルト王子の殺害、たしかに見とどけました」
 「そうか、あやつら、面白いように動いてくれる。われらが宿敵、ナーガの一族も残るはあのおいぼれ一人。あやつがくたばるのも、時間の問題じゃ」
 くつくつと、咽喉を鳴らす。
 「……あとは暗黒\神さえ復活できれば、われらが世になる…」
 影をまとった男の報告にマンフロイは愉快そうに笑った。
 「…アルヴィス様は大司教の申し入れを承知されたのですか?」
 「きかぬ訳にはいくまい。奴の体には暗黒\のロプトゥスの血が流れておる。もしその事がもれれば、奴は捕らえられ暗黒\神の一族として火あぶりの刑となる。あの気位のたかい男がそんな事をがまんできるものか」
 機嫌が良いらしいマンフロイの説明に、男はわずかに顔を上げた。
 「…では、国王を裏切り自らが皇帝になると…」
 ごくり、男はつばを飲み込む。
 アルヴィスは十二聖戦士の血を持つヴェルトマー公国の当主。アゼルの兄でもある彼は、国王アズムールの信頼も厚い。その男が、グランベル国王を自ら裏切る行為に走るというのか――。
 「うむ。…だが、それだけでは足りぬ。ロプトゥス神が転生するためには、アルヴィスともう一人、あの女の娘が必要なのだ……」
 マンフロイは腕を組んだ。
 この大陸を暗黒\に包んだ神、ロプトゥスの復活。
 それこそが暗黒\教団に属する彼らの悲願でもあるのだ。
 かつてロプトゥス神を滅ぼした十二の聖戦士。彼らの血統は今も深く残っているものの、その内のひとつイザークはグランベルに破れさり、三つは聖器の継承者自身がマンフロイの協力者となっているのだ。
 最大の壁となる光の神ナーガの力を持つ者は、聖者ヘイムの子孫であるアズムール王と、謀\殺されたクルト王子、そして行方不明の前ヴェルトマー公爵夫人シギュンの血を引く者のみ。
 そしてそのシギュンの娘こそ、ロプトゥス復活の最大の鍵であるのだ。
 マンフロイは思考をはせ、そして背後の部下に命じたのだ。
 「何としてもシギュンの娘を探し出すのだ」
 と。


   *


 懐かしい景色だった。
 アグストリアからグランベルを越え、マンスター地方に向かう長い旅。
 見ず知らずの、その男の旅に同行する気になったのは、一体なぜだったのか。
 身分を隠したその強い男と酔狂な旅の目的に、興味を引かれたのは事実。
 この自分を雇うと申し出た男の提示する金額が大きかったのも事実。
 ただ、仕事がなく暇をもてあましていたことも、要因。
 だが、それがすべての始まりであったのだと、思えて仕方がない。
 何か運\命的な力が、自分に働いたのではないのかと……。


 ――酷い怪我……大丈夫ですか?
 ――ああ、何とか。
 ――よく生きていてくれた。
 ――へっ、来るのが遅いんだよ。
 ――すまなかったな、だが、間に合ってよかった。本当に。
 ――俺があれだけ苦労した敵を、あっという間に片付けやがって…。
 ――お話は後にしましょうね。今はゆっくりと休んで、怪我の治療をしないと。
    ベオウルフ殿。


 懐かしい夢。
 今目を開ければ、栗色の髪を柔らかに編んだ女性が、自身の身分をかえりみないで自分が寝ている寝台のそばで、刺繍でもしているのだろうか。
 ベオウルフは夢と現実の間の中で、ぼんやりとそんなことを考えた。

 だが、実際に目を開いたときにまず飛び込んできたのは金色。
 太陽の光のごとく輝く金色の糸だった。
 「…なんだ、エルトシャンかよ…」
 どうせなら目覚めた最初は美人が見たかったぜ。
 そんなことを呟くベオウルフの耳に、まだ若い少女の声が飛び込んできた。
 「ベオウルフ…!」
 思いもしなかった声。
 自分のそばにいるのはてっきり付き合いの長い悪友だと思っていたベオウルフは、その存在を確かめて自分が夢の内容を引きずったまま、寝ぼけていたことに気が付いた。
 「……お姫さんか、何でここに?」
 はっきりと覚醒してすぐに、自分がどういう状況にあったのかを把握する。
 マッキリー軍との戦いで囮をつとめ傷を負ったベオウルフは、フィンをこのマッキリー城まで連れてきたところで意識を失った。今こうして寝台に横になっているということは、死んではいないということだが、しかしノディオン城にいるはずのラケシスがなぜここにいるのだろうか。
 「良かった、気が付いて…。治療は終わっているのにもう何時間も目覚めなかったから、わたくし心配で……」
 だがラケシスはベオウルフの問いに答える様子はなかった。
 顔いっぱいに喜びの色を浮かべて、泣きそうになっているその姿に、ベオウルフは混乱した。
 なぜ、彼女が泣くのか。
 こんなただの傭兵が無事だっただけで…。
 「ああ、そうか…」
 その理由に気付いて、ベオウルフは軽く笑んだ。
 首をラケシスの方に向けようとして、包帯だらけの自分の身体に気が付いた。
 「俺が死んじまったらあんたの訓練が出来ないもんな」
 以前の戦いで死ぬなと、ラケシスに言われていたことを思い出す。
 だが、ラケシスは首を振って、今度はベオウルフをきつく睨んだ。
 「訓練なんて…!わたくしはただ、あなたが生きていてくれて良かったと思ったから…!」
 ラケシスがシグルド軍に参加してもう半月は経過している。
 だが彼女は王女であり、彼女を守るようにしてそばに控える騎士や女官たちの存在やラケシス自身の性格により、周囲に打ち解けて話せる者などいなかった。
 ラケシスの臣下たちの目を気にしないでラケシスに語りかけてくれる者など、エスリンたち以外ではベオウルフしかおらず、それがいつの間にかラケシスにとって彼の存在が大きなものと感じられるようになっていたのだ。
 他でもない兄の友人であるベオウルフ。
 近く感じられる者が死の淵で横たわっていたとき、ラケシスはとても恐ろしかったのだ。
 十年近く前に病で倒れた、ラケシスの母の死をも思い出させたのだ。
 「…その言葉をあんたにも言われるとはな」
 わずかに痛みを残す身体に顔をしかめて、しかしベオウルフは目を細めた。
 「…え?」
 懐かしげに過去を思うベオウルフの声音。
 かつて一度だけ、このような声を聞いたことがあった。
 兄エルトシャンの話をした、あの時だ。
 「前にエルトシャンにも同じことを言われた、生きていて良かったとな。……まったく、お前ら兄妹は本当に似てやがる」
 こんな男の命を、喜ぶんだからな…。
 呟くように言って、ベオウルフはまた目を閉じた。
 「ベオウルフ…!?」
 驚いて、彼を見たラケシスだが、しかし寝息が聞こえたので安心したように息を吐いた。
 丸一日、フィンとたった二人だけでロングアーチ部隊を引き付ける囮を務めたのだ。肉体的疲労だけでなく、精神力もかなり要したはずだ。疲れているに決まっている。
 「良かった、あなたが無事で…」
 いまだかつて見たことがないような穏やかなベオウルフの表情。
 眠っているからだとはいえ、彼がこのように無防備でいる所など見たことがなかった。
 「良かった…」
 ラケシスはもう一度呟き、微笑んだのだった。



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名前は出てきませんが、エルトシャンとグラーニェさんです。



[177 楼] | Posted:2004-05-24 09:48| 顶端
雪之丞

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海蓝之钻(II)
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【 第十一話 】


 「ベオウルフが目覚めたんだって。また寝ちゃったらしいけどさ」
 先程の休憩の間に仕入れてきたのだろう。情報の早い少年に、アイラは笑んだ。
 「そうか、それは何よりだ。ベオウルフとフィンには世話になったからな」
 彼らがシューターを引き付けなければ、マッキリー城制圧はこれほど早くは行えなかった。
 軽く汗をぬぐい、アイラは鉄の大剣を一時鞘に収める。
 ほぼ毎日行われているデューの剣の修行は、戦いが終わった翌日であっても定時に始められた。
 成長期の最中にあるデューは、アイラが教えることを砂が水を吸収するかのように素早く飲み込んでいく。
 訓練の最中や戦争のとき、弟子とも言える少年の成長を目の当たりにすることが最近のアイラの楽しみであった。
 幼いシャナンもいずれこの剣を振るう、その時にデューが良い先達になれば。そんなことも思うのだ。
 「ラケシスさんが看病に付いてるんだって。よくあの怖い騎士さんたちが許してるよね」
 イーヴ、エヴァ、アルヴァの三騎士のことだ。
 冗談めかしたデューの言葉に、「確かにな」とアイラは苦笑混じりに頷いた。
 イーヴたちノディオンの騎士や女官たちが、無頼の者であるベオウルフを快く思っていないのは周知の事実である。
 以前はシグルドの臣下であるノイッシュなども、生来の気質なのかその生真面目さから、ベオウルフの鷹揚さや行動を何かと咎めていたが、最近はその風当たりも緩んだように思える。
 数々の戦いが、彼の評価を変えたのかもしれない。
 「何にせよ、次の戦いでのベオウルフの参加は無理だな」
 そう、アグスティ城のシャガールがシグルド軍に向けて出陣の用意を始めたのは、もう彼女たちの耳に届いていた。
 一度行っていた布陣を、最初からやり直したその数は数千。
 アグスティの全軍を、このマッキリーにぶつける気でいるのだ。
 「どうかな?」
 しかし、デューはアイラの言葉に首をひねった。
 ベオウルフとフィンはあれだけの傷を負ったのだ。一般兵だって、あのような傷を受けたあとは後方待機を命じられているのに、彼らだけが前線に出ることはない。
 アイラの考えに、デューは賛同しかねるようであった。
 「ベオウルフは傭兵だからね。ベオウルフ自身が嫌がるんじゃないかな、戦わないことに」
 デューは至極簡単にそう言ったのだが、しかしアイラにはすぐには理解することが出来なかった。
 アイラもイザークの王女であり、傭兵という人種に関わったことがなかったのだ。もちろん、今でこそ親しいがデューも元盗賊\であり、アイラにとっては遠かった存在だ。
 「どういうことだ?」
 問うアイラに、デューはあいまいに笑った。
 彼自身、明確に説明できるすべを持っていなかったからである。



 アグスティ城から多数の騎兵が進軍を開始した。
 その報告はシグルドたちを震撼させた。
 マッキリー城がシグルドたちに制圧され、アグスティ城で出陣の準備が始まったのは今から四日前。
 たった四日で、アグスティ軍は進軍を開始する用意を整えたのだ。
 しかもその数は、二千。
 「どうする気だ?シグルド」
 「戦うより他に手はない。できれば避けたい戦いだったが…」
 全軍を以てシグルド軍を撃破しようというシャガール王の意思は、この現状ではっきりと彼らに伝わった。
 もともとはアグストリアと戦う意思を持たなかったシグルドは、シャガール王と敵対することよりも戦いで無駄に仲間や民衆\を危険にさらすことと、親友であるエルトシャンの身を案じていた。
 それが分かるからこそ、キュアンの表情も暗い。
 「あまり他のことを考えている余裕はないな。相手の数は二千、この軍にグランベルから増援が来たとはいえ、こちらの四倍だぞ」
 「ああ、そうだな……」
 キュアンの指摘にシグルドも頷く。エルトシャンの友人なのは、シグルドだけではない。キュアン自身もそうなのだ。だが、彼はおそらく自分の心情を押し込めて、シグルドに冷静な提案をしてくれている。
 それが分かるからこそ、シグルドも目を伏せた。
 甘い考えでいれば、こちらが全滅する危険すらあるのだ。
 グランベル王国の聖騎士として、この軍の命を抱える者として、負けるわけにはいかないのだ。
 「アレク、すまないがオイフェを呼んできてくれ。今後の方針を定めたい」
 扉のそばで静かにたたずんでいた緑の髪の騎士に、シグルドは目を向ける。
 「はい、わかりました」
 一礼して、素早くアレクは部屋を出たのだった。



 アグスティ城からマッキリー城までの道幅は広くはない。
 西側を崖に、東側を深い森に挟まれているこの道では、自然と戦い方も限られてくる。
 相手は機動力に富んだ騎兵ばかり二千。こちらは歩兵と騎兵を合わせても五百しかいない。これが広い平原での戦いならば、兵力を一点集中させ一転突破を狙い、敵を分断したのち各個撃破という作戦を取ることが出来るが、しかし今回の戦場になるであろうこの場所では無理がある。
 地図を睨んだまま、沈黙しているオイフェに声をかけられる大人はおらず、作戦会議室に集合した面々は静かに名軍師の血を引く少年を見つめていた。
 数対数の戦いならば、アグスティ軍は圧倒的優位にたつ。
 犠牲をかえりみないならば、ただこちらに全軍で突撃しさえすれば勝てるのだ。
 だが、アグスティのザイン将軍はその統率力と冷静さに定評がある。
 おそらく、効果的にこちらを攻撃し、なおかつより犠牲の少ない戦い方を選んでくるだろう。
 だけれど。
 オイフェは思う。
 兵力こそ少ないものの、シグルド率いるこの軍の勢いはすさまじい。少数精鋭を活かした短期決戦の戦術を用いてきたオイフェには、このシグルド軍がマッキリーを制圧してすぐに軍を出すシャガール王の真意が掴めなかったのだ。
 講和とまでは行かなくても、何かしらの接触を持たせてくるのでは、そう考えていたのだ。
 例えば、エルトシャン王の解放と引き換えにマッキリーから退去すること。
 そのような使者をまったくよこさずに、伝えられたのはアグスティ軍出撃の知らせのみ。
 シャガール王はここまでの戦いを見てきながら、それでもなおシグルド軍を軽んじているのだろうか。
 全軍を持ってすれば、この軍を撃破できると…。
 それとも。
 ふと、オイフェはまだ幼い手を口元に運\んだ。
 父王を自ら殺してその地位を奪ったと噂されるシャガール王。グランベルと和平を望んだ賢王イムカとまったく反対の政策をとり、諌めるエルトシャンの言も退けた。
 オイフェから見れば愚行だと思わずにいられない行為。
 まさか、この出陣もその愚行がなしたものなのではないのだろうか。
 シャガール王は焦っている。
 シグルド軍の勢いに臣下である諸公国を失い、頼る者もなくやけを起こしたのではないのだろうか。
 ならば、あのザイン将軍が出陣を行ったことも頷ける。
 王の命令ならば、出陣しないわけにはいかないはずだ。
 死ぬつもりかもしれませんね。
 王のために戦って、名誉ある戦死を、望んでいるかもしれない。
 もしそうならば、ザイン将軍の統率力の及ばない逃亡兵が出るかもしれない。
 死ぬことを望まない者たちが。
 そうすれば、隊列は乱れる。
 「……わかりました」
 オイフェはようやく顔を上げて、沈黙から脱した少年を一斉に見つめる大人たちに微笑みかけた。



 「城のふもとに陣を張ったアグスティ軍が、進軍を再開しました」
 その知らせが届いたのは軍議が終了して二日後であった。
 「よし、我々も出陣して北部に陣を構える。全軍出撃」
 シグルドは準備を整えていた兵士たちに、高らかに声をかけた。


   *


 「ベオウルフ、どこにいるの…!?」
 シグルドたちが出陣して数時間が経過した。
 ベオウルフの看病を任されていたラケシスは、寝台に彼の姿がないことに一瞬言葉を失い、そして部屋を飛び出した。寝台のそばに立てかけられていた、ベオウルフの剣や鎧まで、なくなっていたのだ。
 「ベオウルフ!」
 長い廊下を走りながら、声を上げる。
 しかし大半の兵士たちが出陣した後のマッキリーは静かなもので、ベオウルフだけでなくほかの者すらなかなか見当たらない。
 「姫さま、どうかなさったのですか…?」
 ラケシスの声を聞きつけたのであろう、ノディオンから彼女に着いてきた女官のひとりがラケシスに歩み寄った。
 「ベオウルフがいないのよ、まだ怪我も治っていないのに……」
 「ベオウルフ、ですか…?」
 その名前にわずかに女官は眉を寄せた。
 王女たる者が一介の傭兵に心を砕く様を、彼女たちは見ていたくなかったのだ。
 ベオウルフがエルトシャン王の友人である、そのことはラケシスから聞いてはいたが、それすらも嘘なのではないか、王女に近付くために嘘をついているのではないか。彼女たちはそう思ってすらいたのだ。
 「姫さま、あまりあの男のことをお気になさらないでくださいませ…」
 あなたは誇り高きノディオンの王女なのですよ…。
 「お黙りなさい」
 女官の控えめな箴言を、ラケシスは厳しい声音で遮った。
 きっ、と睨むような視線は、ラケシスが怒りを覚えていることの証。
 「あなたたちがベオウルフを気に入らないのは知っています。ですが、彼は兄さまのご友人で、わたくしの命の恩人です。そのような言動は他でもないこのわたくしが許しません」
 ピシャリと言って、再び駆け出す。
 そして、稀に見る王女の怒りに、女官は息をのんだのだった。


 「ダメだったらー!」
 廊下の向こうから幼さを残す少女の声響いてきたので、ラケシスはわずかに驚いて声のする方に駆け出した。
 「別に城の外に出るわけでは……」
 「でもダメだってばー!」
 最初こそ、その場にベオウルフがいるのかと考えたのだが、それはただの自分の希望であったことに気付く。
 このふたつの声は、聞き覚えがあった。
 「シルヴィア、フィン!?」
 廊下を曲がった先で、包帯まみれのフィンと彼の腕を引っ張るシルヴィアの姿。
 その様子に、ラケシスは目を丸くした。
 「どうしたのです…!?」
 「あ、ラケシス様!手伝ってー!」
 ぐいぐいと思い切りフィンを引っ張るシルヴィアだが、フィンもれっきとした騎士見習い、それなりの体躯を持った青年だ。たとえ怪我をしていようともシルヴィアに引かれたくらいではびくともしない。
 それでも前に進むことは容易ではないらしく、綱引きのような状態になっていた。
 「だから、私はただ見張り台に行くだけですから……!」
 ぐぐぐぐぐ。
 前に進もうとするフィンを、
 「ベッドでおとなしく寝ていろって、エスリン様に言われてるでしょぉーが!」
 負けじとシルヴィアも後ろに引っ張る。
 怪我人の腕を容赦なく引くシルヴィアの姿に、ラケシスはわずかに慌てて二人を制した。
 「落ち着いて、どうしたのですか、二人とも」
 さすがに王族のラケシスの言葉を無視することは出来ないらしい。
 「ラケシス様…!」
 前に進もうとするのをやめたフィンを、勢いあまってシルヴィアが引っ張り二人してよろけている。
 「ちょっと聞いてよラケシス様!フィンってば絶対安静のくせに動くのよ!?」
 「別に戦いに行こうとしているわけではなくて、ただ戦いの様子を見張り台から見ようと…」
 「それでもダメ!あたしがエスリン様に叱られる!」
 シルヴィアとフィンの様子に、一瞬忘れていたことをラケシスは思い出した。
 「ねえ、ベオウルフを見なかった?ベッドにいないの……」
 「え?」
 「ベオウルフ殿が…?」
 フィンと同じく休むように言われていたベオウルフがいない。
 そのことにフィンはわずかに驚いた。
 「他の部屋はお探しになったのですか?」
 「ええ、ほとんど…。見張り台にも行ったのだけれど……」
 ラケシスは表情を曇らせる。
 「ねえ、それってさ…」
 きょとんと、シルヴィアはラケシスたちを見た。
 「外に出て行っちゃったんじゃないの?ベオウルフって傭兵でしょ?戦うのが仕事だから…」
 「そんな、あんなに安静にするように言われていたのに…」
 ラケシスとフィンは息をのむ。
 しかしシルヴィアは特に驚きもしないようであった。
 彼女は踊り子であり、幾度となく傭兵たちの中で踊ったこともある。
 ラケシスたちと違って彼らに対する理解がないわけではないのだ。
 「お金だけもらっておいて休んでいるなんて、できないんじゃないの?特にベオウルフってそういうところ律儀そう」
 さらりと言う。
 ラケシスは蒼白になった。
 「アグスティ軍との戦いはとても大変なものになるって、エヴァが言っていたわ……。それなのに…!」
 あまりのことに口を覆う。
 その彼女の背後で、やけに明るい声がした。
 「やあ、おそろいでどうしたんだい?」


【 第十二話 】


 オイフェの作戦があったにしても、戦況は芳しくはなかった。
 もともと数の上で大差があるのだ。
 こちらの士気を上げることも並大抵のことではない。アイラやホリンの妙技やアゼルたちの魔法の威力に末端の兵士たちが勇気付けられて、ようやく戦える。
 そのような状況が続いていた。
 森の中からはジャムカ率いる弓兵部隊の攻撃が、せまい道のりの中で密集してしまったアグスティ軍たちを攻めた。
 敵兵に魔道士はいない。
 アゼルとリヴェナ、そしてオーラを使うディアドラが彼らの陣形を乱し、そこを騎兵たちが叩いた。
 それでも、向こうが戦力を減らすごとにこちらの力も少なからず減っていく。
 今回はマッキリー城に残らずに陣に立つオイフェは、戦況を見て眉をひそめた。
 何か、もうひとつでも良いからこの戦況を変える物はないか。
 たったひとつのものであっても、効果的に利用できる自信がオイフェにはある。しかし、そのたった一兵すらも、もはや手元には残っていないのだ。
 「このままでは…」
 思わず呟いたオイフェの耳に、風が通る音が届いた。


 「ベオウルフ!?何でこんなところに…!?」
 「何でってことはないだろ」
 混戦を極めている前線に、マッキリー城で休んでいるはずのベオウルフの姿を見つけて、アイラは戦の最中だというのに一瞬動きが止まった。
 そこを狙って攻撃してくるランスナイトに、鋭い斬撃をあびせて倒し、彼女はベオウルフに駆けるようにして近付く。
 「この程度の怪我で休んでいたら、運\動不足で身体にカビが生える」
 笑って剣を振るう手は、いまだに包帯が巻かれているにもかかわらず、その剣筋は平時となんら変わりがない。
 アイラはふいに先日のデューの言葉を思い出した。

 『傭兵だから。』

 戦いの中でこその存在意義。
 そんな言葉がアイラの中によぎった。
 「…だが、無理はするなよ!」
 「任せておけ」
 不敵に笑いあって、二人は離れた。敵の数が多いということは、前線のどこに行っても敵がいるということだ。
 たがいの剣が真っ赤になろうとも、彼らは剣を振るった。


 前線からわずかに下がった地点に三人の魔道士が配置された。
 西の崖の下にはアゼルが。東の森の中にはリヴェナが。そして、中央部のもっとも危険な場所には、なんとディアドラが自ら進んで立っていた。
 「エルファイヤー!」
 「オーラ!」
 「サンダー!」
 三本の魔法の柱が戦場に立ち上る。
 「魔法にひるむな!戦況は我々が優勢なのだ!」
 自ら前線で指揮をとるザインの周囲に、シグルド軍の兵士の血の海が出来上がる。
 彼のもつ武器はナイトキラー。
 騎馬兵に絶大な威力を発揮する槍である。
 「どけ、私が出る!」
 手にした銀の槍で左右の敵をなぎ払ってザインに突進をかけてきたのは、レンスター王子キュアン。
 「おもしろい!相手に不足はない!」
 二人のデュークナイトがぶつかった。


 「西の陣形が崩されました!」
 ノイッシュの報告にシグルドは下唇を噛んだ。
 戦力的に劣っているこちらの陣形が崩されれば、その部分に敵兵が集中した場合対処することすら難しくなるのだ。
 「くそ…援護に…」
 馬首をめぐらそうとしたが、何十もの敵騎馬兵がシグルドの進路を阻む。
 かつてないほどの苦しい戦いだった。
 何人斬ったか分からないシグルドの銀の剣が、赤く光った。
 「西の陣を破ってランスナイト部隊が来るぞ!気をつけろ!」
 勇者の斧を手に、彼らの壁となるべく立ちふさがったのはドズル公子レックスだ。
 突撃してくる敵の粉塵の中に単身で馬を駆る。
 「レックス!」
 シグルドは叫んだ。
 無茶だ、と。
 だが、目の前の敵の量に、彼らすらそちらに行けない。
 「くそ!誰がやられるかよ!」
 アレクが剣を振るう。
 炎と雷と光と。
 魔法を放つアゼルたちにも敵の手は伸びてくる。
 「アゼルさん、右!」
 アゼルの援護に回っているデューは彼をかばうように走り出し、向かってくる騎兵たちに細身の剣を突き上げる。
 シグルド軍の中で血を流さない者はなく、もう三時間続くこの戦いは、永遠に終わらないのではと感じられるほどであった。
 だが。

 バサリ!

 上空に羽ばたきが聞こえ、戦場に翼の影が落ちる。
 それに気付いた兵たちの内、アグスティ軍の騎兵の何人かが一度に馬から崩れ落ちた。
 真っ白の影が戦場の中に急降下し、そして再び空に舞い上がる。
 「ペガサスナイト!?なぜ……!」
 誰かの驚く声をシグルドは聞いた。
 そして彼自身、突如現れたその女性に顔を上げたのだ。
 「我が名はシレジアの天馬騎士団フュリー!シグルド公子、加勢いたします!」
 高らかに宣言するのはまだ若い女性の声。
 シレジアの天馬騎士団。
 その名称にアグスティ兵がわずかに動揺したところに、ふたたびフュリーはペガサスを降下させた。
 「援軍だ!あのシレジアが援軍にきたぞ!」
 シグルド軍の末端の兵たちが歓声を上げる。
 その歓声はもちろんアグスティ兵にも伝わり、彼らは息をのんだ。
 シレジア王国がなぜシグルド軍に加担したのだ!
 もしや、シレジアが誇る天馬騎士団がまもなくこの戦場に到着するのでは…!
 動揺がアグスティ軍の中に走った。
 そこに青い風が舞った。
 「エルウィンド!」
 横薙ぎに走る風の刃が、アグスティ兵を切り裂いた。
 「レヴィン!」
 「やあ、シグルド公子。真打ち登場ってな」
 現れたのはレヴィン。
 整った顔に余裕の笑みを浮かべて手にした魔道書を掲げて見せた。
 「ありがとう、来てくれたのか」
 「エバンスは無事だ。向こうが片付いて戻ってきたら、こんな戦いが始まってるんだからな。神はどうも俺を活躍させたくて仕方がないらしい」
 言う間もエルウィンドを放ち続ける。
 同じく剣を振るいながら、それでもシグルドは笑った。
 「たすかるよ、早速だが西に向かってくれないか?」
 「まったく、人使いの荒いお人だ」
 肩をすくめ、それでもレヴィンは走り出した。行く手を阻む騎兵たちも、レヴィンの風の魔法を止めることなどできずに倒れていく。
 そして、後方ではレヴィンとフュリーを迎え、戦陣に送り出したオイフェがやっと安堵の息を漏らした。
 戦況を変える機会が、来たのだ。
 シレジアの勢力はフュリーひとりのみ。
 もちろんそれ以上の援軍は来ないのだが、そんなことをアグスティ軍やシグルド軍は知らないのだ。
 シレジアの天馬騎士団が来ることを恐れたアグスティ軍は動揺し、シグルド軍は勢いが増す。
 「シレジアの天馬騎士団が北から援軍にくる、その噂をばら撒いてきてください」
 そばにいた数人の兵士に、オイフェはそう命じた。


   *

 それでも混戦は続いた。
 ただ、オイフェが撒いた噂に力を増したシグルド軍の勢いはすさまじかった。
 どんどんと彼らは前進し、反対にアグスティ軍は後退していく。
 そして、更に二時間が経過したとき、決定的なことが起こった。
 「くそっ…!これまでか…!」
 それまで何十合、何百合とキュアンと武器を撃ち合わせていたザインが、ついにキュアンの攻撃に頚動脈を裂かれ、血しぶきとともに倒れたのだ。
 ザイン将軍戦死!
 その報はたちまちアグスティ軍に広まり、彼らは一気に馬首をひるがえした。
 すなわち、自ら敗走し始めたのだ。
 「追え!一兵たりとも逃すな!」
 シグルド自身も馬を駆り、自らが先頭に立って敗走するアグスティ軍の背後に迫った。
 ここで兵を逃し、アグスティ城に入られれば、再び陣形を治して進軍を開始するかもしれない。
 それだけは避けたかった。
 もはや、こちらの兵力では彼らを押さえきれない。
 ならば勢いに乗\じてこのままアグスティ城まで攻め上る。
 シグルドの思考はそこまで到達したのだ。
 「全軍遅れをとるな!」
 シグルドの隣りにキュアンが並んだ。
 同じ考えを持ったのだろう、シグルドに軽く笑いかける彼の目は好戦的なものに満ちていた。
 互いに、同じように頷いて、シグルドは馬の腹を蹴った。
 頭上に白い影が浮かんだ。
 フュリーだ。
 「さっきはすまなかった。助かったよ」
 馬を勢いをまったく変えずにシグルドは頭上の女性に話し掛ける。
 多数の馬蹄音に消されないように、叫ぶように声を上げた。
 「いいえ、私はレヴィン王子に従ったまでです」
 「レヴィン…王子!?」
 シグルドは目を大きく開き、キュアンもわずかに首を動かした。
 「はい、レヴィン様はシレジア王国の正当なる王位継承者。なぜレヴィン様がこちらに身を寄せられたのかは分かりませんが、レヴィン様に仕える私もシグルド公子に助力させていただきます」
 ペガサスの高度を下げて、シグルドの目を見てフュリーは言った。
 「わかった、どんな事情があるのかはわからないが、君たちの助けに感謝するよ」
 シグルドは微笑んだ。



[178 楼] | Posted:2004-05-24 09:49| 顶端
雪之丞

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【 第十三話 】


 アグスティ城は細い丘を登った、高台にある。
 各所に配備されたロングアーチ部隊は、しかし突進してくるアグスティの敗残兵の波に阻まれて、攻撃を放つことすら出来ない。
 そこにシグルド軍が押し寄せ、シューターは次々に破壊されていった。

 シグルド軍がアグスティ城の門にたどり着いたのは、この戦いが始まって数十時間は経過していた頃だった。
 さすがに夜が更けてからの進軍は止めたシグルドたちだが、再び空が白ずんで来る頃にはアグスティ城の丘に急接近した位置にいたのだ。
 もはや敗残兵もほとんど残っておらず、シューター部隊も崩れ去った。
 シグルド軍の猛攻の前にアグスティ城はあっけなく制圧されたかに思われたが、しかしアグストリア王の力は大きかった。
 シグルド軍は、その力の前に進軍を停滞させられていた。


 城の周辺に陣を構えたまま、しばらくの膠着状態が続いた。
 アグスティの主だった将軍たちが倒れた中、それでも篭\城を始めたアグスティ軍は手ごわく、シャガール王へ向けられる講和の使者もまた何の収穫も得られずに戻ってきた。
 本意ではないこの空白の時間に、しかしエスリンは忙しく陣営の中を回っている。
 敗走を始めたアグスティ軍の追走は、ただ迅速さを要した。
 よってそのための軍は必然的に騎馬兵が中心となる。
 マッキリー城の陣から離れたこの場所には、回復魔法の使い手はエスリンのみ。
 そして先の戦いで傷ついた仲間たちは大勢いたのだ。

 「…やな時間だな」
 陣のはしの方で、ベオウルフは呟いた。
 シャガール王が篭\城を始めたこの時点で、シグルド軍の不利は決定的なものになったのだ。
 城門を硬く閉ざしてしまえば、こちらの軍はそう簡単に城内には入れない。そしてなによりこのシグルド軍は勢いに乗\じてここまでのぼってきただけで、この場所で長期間陣を構える準備などほとんどないのだ。
 「どうする気なんだか」
 眉をひそめてベオウルフは周囲を見渡す。
 彼自身の感じるこの苛立ちが、指揮官に対する不満ではなくこの軍の動向を彼なりに心配していることが、意外だったのだ。
 腕を組むベオウルフにレックスが近付いてきた。その目は大きく開かれている。
 「ベオウルフ!この戦いに参加していたのか!?…大丈夫か?」
 驚きの声はすでに何度も聞いたものだ。
 「あんたこそ、よくあのランスナイトの猛攻を防いだな。さすがはネールの血を引くだけはある」
 ネールとは十二聖戦士のひとりで、のちにドズル公家の始祖となった人物の名だ。
 レックスは先の戦いで西の陣が突破された際、中央に押し寄せる敵兵をほぼ単身で食い止めたのだ。
 「まあ、何とか無事でよかったよ。お互いにな」
 会話をそらされたことにレックスは笑って、それでもそれを受け入れた。
 ベオウルフという人物が他人に干渉を受けることを好まないことは、いつの間にか周囲に暗黙の了解として受け入れられてきた。
 それを良しとしないのは今のところラケシスのみだ。
 マッキリー城に残っているラケシスを思い、レックスは内心で肩をすくめる。確か、ベオウルフノ看病は彼女が行っていたはずなのだ。今この戦場にベオウルフがいることを、彼女は知っているのであろうか。
 「ところで……」
 レックスが口を開いた時だった。
 陣の前方からざわめきが波のように押し寄せてきたのだ。
 意図せず同時にふたりは視線を向ける。
 ざわめきの中の言葉を聞きとって、ベオウルフはまた眉を寄せ、レックスは首を動かす。
 「アグスティの城門が開かれた!」
 その中を、伝令の声が大きく駆け抜けた。


   *


 「どういうことだシグルド!?」

 内側から開かれた城門の先に軍隊はいなかった。
 いたのは一騎の講和の使者。
 それまでシグルド軍の使者をかたくなに跳ね除けてきたシャガールらしからぬ行動に、シグルドたちは警戒の色を隠さなかったが、事実は彼らの予想を超えた。
 使者は、捕らわれていたはずのエルトシャンのものだったのだ。

 使者に導かれ、アグスティ城に入城を果たしたシグルドたちだったが、王座にシャガール王の姿はなかった。
 居たのは、王の謝罪を受けて解放され、そして自ら兵を率いてシャガール王をアグスティの窮地より脱出させた、憤怒の表情の親友、エルトシャン。
 「エルトシャン、無事だったのか…!」
 歩み寄るシグルドに、しかしエルトシャンは黒\騎士ヘズルの聖器、魔剣ミストルティンを向けた。
 きらりと、切っ先が輝く。
 「エルトシャン…!」
 シグルドの後方でキュアンが驚く。
 だが、エルトシャンは剣を降ろしたりはしなかった。
 「シグルド、これはどういうことだ?王都アグスティはきさまの軍によって制圧され、聞くところによると、各地の城はグランベルから役人が派遣されてまるで属国あつかいだという。
 アグストリアは俺の知らぬ間にグランベルによって占領されたのか?シグルド、返答次第ではおまえとて容赦はしないぞ!」
 一息で発せられたエルトシャンの厳しい弾劾の声に、シグルドは目を伏せた。
 アグストリアに入ってから心ならずも制圧してしまった城の統治は、グランベルから派遣された者たちが行っていた。
 その統治は、シグルドの本意ではないにしても国王アズムールの勅命なのだ、今のシグルドにはどうすることも出来ない。
 だが、すぐにまた親友を見つめる。
 「すまない、エルトシャンそのことについては私も、腑に落ちないんだ。だが国王陛下は、君をのぞくアグストリアの諸公がわが国に敵対したことは事実だから、治安の維持のためにも、しばらく、この地にとどまるよう私に命じられた」
 エルトシャンが突きつける、ミストルティンの剣先を避けもせず、シグルドは更に一歩、足を前に出す。
 「…エルトシャン、たのむ、一年だけ待ってくれ。一年あれば平和も回復され、アグストリアとの関係も修復されるだろう。そうすれば、我らは国に戻る、国王も私にそう約束された」
 真摯なシグルドの表情。
 敵である親友の言葉に、エルトシャンはしばし沈黙する。
 シグルドの後ろではキュアンがただ静かに二人を見ている。
 これはグランベルとアグストリアの問題。キュアンが口を挟むわけにはいかなかった。
 「そうか……貴様がそこまで言うなら信用するしかなかろう。
 …一年だな、それまで俺は北のマディノ城でシャガール王をお守りしよう、俺のクロスナイツもちょうどシルベールの砦に駐留しているし、その気になればグランベル軍などいつでも撃破できる」
 まるで言い聞かせるような呟きだった。
 幾分怒りを収めたエルトシャンは、しかしその厳しい声音を変えようとはしない。
 「もし、貴様が約束を破ればその時は俺も本気で戦うぞ!わかっているだろうな、シグルド!」
 「わかった、エルトシャン。約束しよう」
 ゆっくりと頷くシグルドの隣りを、キュアンが進み出た。
 「ラケシスは無事だ、それだけは伝えておかないとな」
 「…そうか。すまなかったな」
 元はと言えば、自分を心配したラケシスがシグルドに救援を請うたのだ。
 エルトシャンはそれに関しては素直に頭を下げる。
 それは一国の王というよりは、一人の兄の姿。そして二人の友人としての姿だ。
 「こういうことを頼める立場ではないことは分かっているが、だがあえて聞いて欲しい。ラケシス王女に罪はない、君はシルベールに居る間に、また彼女と会ってやってくれ。彼女を君と一緒にシルベールに向かわせることは危険だと思うから」
 「シャガール王の目もあるしな。だが、ラケシスはずっとお前を心配していた、会うくらいならいいだろう?」
 シグルドの言葉を、キュアンが引き継いだ。
 「ああ、わかった。心配をかけさせてしまったな、すまない」
 「いや、私こそ…」
 慌てて首を振るシグルドを、エルトシャンは軽く笑って見つめた。
 「お前は変わらないな」
 「エルトシャンもそう思うか?」
 キュアンも頷く。
 「ああ、昔のままだ」
 「そうかな…?」
 頭を掻くシグルドに二人は口の端を上げた。
 「エルトシャン王!お早く!」
 扉にひとりの騎士が立った。エルトシャン王の部下、クロスナイツのひとりだ。
 「わかった。…ではシグルド、キュアン」
 「ああ」
 「また」
 三人の親友たちは、そう言って、分かれた。


 この数日後、公式の場でシアルフィ公子シグルドとノディオン王エルトシャンの間に、不可侵条約が結ばれる。
 シグルドはそれまでアグストリアの王都であったアグスティの城主となり、エバンスのアーダンやシャナンたちもこの地に呼ばれた。

 そしてラケシスの部下であるイーヴたち三兄弟は、クロスナイツの一員ではあるもののエルトシャンの命によりノディオン城に戻り、そしてラケシス自身はアグスティのシグルド軍にこのまま逗留することになった。
 その理由に先の戦いの負傷者の救護もあったのだが、しかしラケシス自身の安全のためであることは、誰の目にも明らかであった。
 エルトシャン王率いるクロスナイツはアグスティの北西のシルベールに、シャガール王の部隊は北のマディノにそれぞれ居を移し、この動乱はひとまずの終結を見た。


 その一ヶ月後、ヴェルダンの第三王子ジャムカとユングウィの公女エーディンの婚礼が行われ、人々は若い彼らに祝福を贈ることになる。
 たった一年。
 後一年で、シグルドたちはグランベル王国に凱旋し、アグストリアには平和が訪れる。 誰もがそう思い、それを願った。


 グラン暦757年初秋。
 本当の平穏を迎えることは、いまだ誰も出来ない。



[179 楼] | Posted:2004-05-24 09:50| 顶端
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