雪之丞
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ファイアーエムブレム聖戦の系譜 短編小説
フィーの天馬物語
ユグドラル大陸の北部に位置する、シレジア王国。
バーハラ戦役から後、この地はアルヴィス皇帝率いるグランベル帝国の支配下に落ちていた。美しいシレジアの大地に押し寄せる、圧倒的な戦力。空を飛び交う激しい矢の雨。かつては争いとは縁のなかったこの国も、過去の幾たびにもわたる“王位継承問題”を境として戦乱の渦に巻き込まれていった。
グランベル帝国の侵攻に激しい抵抗を続けるシレジアの人々。だが、やむことなき帝国の猛進撃を前に、ついにシレジア城を明け渡すこととなる。この瞬間、過去100年以上にも渡り自治を保ってきたシレジア王国は滅亡、他国の旗がひるがえった。そして今では、シレジア全土に駐留する帝国兵たちの厳しい圧政のもと、日々を耐え忍ぶように過ごしていたのである。
王家の人間は、一部の信頼できる部下達と共にシレジア深くの小さな城へ落ちのびていた。帝国の監視も辺境であるこの地までは届かず、厳しいながらも何とか力を合わせ今を生きていた。
シレジアの正当な王位を継いだ、かのレヴィン王が、理由も告げずこの地を離れてから既に数年。城に残された人々は“国王不在“と“帝国支配“という板ばさみの不安にかられ、平和だった国は次第に荒れていくようになっていった。
国民の危機的状況を心の底から憂えていた王子セティは、こんなときに国を離れ今も行方が知れぬ父レヴィンに、強い怒りを覚えた。そしてある日、セティはレヴィンを探し出すことを決意し、諸国を放浪する旅に出たのである。
一人国に残った幼い王女フィーは、母であるフュリーのそばに寄り添っていた。心のどこかで兄を追いかけていきたいと願ってはいるものの、自分がこの地を去れば母がたった一人になってしまう。疲れと寂しさからか次第に身体が弱り、病に侵されていくフュリーを前に、ただ一人シレジアに残っていたのである。
【1】
「いってきまーす」
城の中庭から、今日もフィーの元気な声がこだまする。
兵たちの見守るなか、白い影が一陣の風と共に横切り、颯爽と大空へ飛び出していく。冷たさの残る気持ちのいい風を全身にまとい、目の前に広がる白い雲めがけ一頭の天馬が空へと昇っていった。
シレジアを一望できるほど高みにまで昇ると、天馬は小さく空を蹴り、その透き通るような白い翼をめいいっぱい広げてみせた。
「ふぅっ」
まだ幼さが残る顔立ちのフィーが、いっぱいの笑顔で青く澄みきった大空を仰ぎ、深呼吸をする。小さい頃からいつも一緒である天馬のマーニャが、それに合わせて真っ白な翼をはためかせた。
シレジアの大地は初夏を迎えようとしているが、高い山肌にはまだうっすらと白い幕が敷かれている。地上の草原とのコントラストがなんとも美しく、ときおり通り抜ける冷気を含んだ風が心地良い。
フィーは愛馬のマーニャに乗\っての、こんなシレジア空中散歩が大好きだった。この国は大陸の最も北に位置するため、気候も様々。今はこうしてさわやかな風と緑の草原が広がっているが、冬はあたり一面銀世界にとって代わる。そして、春の訪れと共に再び大地から緑が顔を出す。
そんな多様な色合いを見せるこの国がフィーは大好きで、帝国の支配などというものは、こうして空の風を感じているときには忘れ去ることができた。
「マーニャ、今日はどこへ行こうか」
フィーがマーニャの白くすべらかな首筋を優しくなでる。この城の近辺はもう大抵の場所を見てきた。秘密の場所もいくつかあり、よくそういった場所でのんびりと過ごす。誰にも教えていないので、邪魔されることなく自由に振る舞えるのだ。
しかし、いかに大好きなシレジアであっても、さすがにいつも似たような景色ばかりではつまらない。
「よしっ、今日はおもいきって遠くまで行ってみようか」
フィーはマーニャの首筋をポンと叩くと、遠く北の空の彼方へと飛び立った。思い立ったら行動しないと気がすまない性分が、この後引き起こる事件へと発展していくのだが、この時はフィー自身、軽い冒険気分を味わっていた。
――――――――
「気持ちいい~、やっぱりマーニャと空の散歩って最高!」
風を切って大空を駆ける。城はみるみるうちに遠ざかり、雲の中へと消えていった。眼下には、初夏だというのにまだ溶けきっていない雪の跡が所々にうかがえる。ひんやりと冷たい風がフィーを取り巻き、曇りのない純粋な空気を胸いっぱいに吸い込む。
これ以上ない爽快感に浸っていると、前方の雲の切れ目からある建物が見えてきていた。すぐ向こうには青々とした海も広がっている。
「あ!あれはセイレーン城。いつのまにかこんなところまで来ちゃったんだ…」
自分の城から遠く離れていることに、少しばかり調子に乗\りすぎたかと反省しながらフィーは速度を緩めた。ゆっくり上空を旋回するようにしながら高度を下げていくと、やがてセイレーン城の全貌が見渡せるようになってきた。
シレジアの北西に位置するセイレーン城は、かつてシグルド公子がこの地に滞在していたときに使われた城だ。外見からはそれほど大きな城ではないものの、上品で落ち着きがある。帝国の支配を受けるようになってから、フィー自身この地方にはめったに訪れることはない。いつもあの小さな城でしか生活していないフィーには、こういった古風な城にも興味があった。
「あ~あ、わたしも自由に色んなところを旅してまわれたらな~」
上空から眺めながら、つい本音が口をつく。だが、城にいる母フュリーの悲しげな顔を思い起こすと、軽々しく口にした言葉に対して怒りが込み上げてきた。
「…………」
しばらく城の周りを飛びながら、そろそろ戻ろうかと顔を上げる。と、フィーの目にあるものが映ってきた。
「あれ?あんなところに島が見える…」
それは、セイレーン城から更に北へ、かなり遠くの海にぼんやりと見える島だった。シレジアのなかは大抵の場所を知っているフィーだったが、あんなところに島があるとは知らなかった。
この辺りまで飛んでくることは珍しく、あまり注意深く見渡したことなどない。それというのも、実のところこういった遠出は固く止められていたからだ。日々多数の帝国兵が送り込まれてくる現在において、王家の娘がたった一人で飛び回るなどあるまじき行為だった。
しかし、フィーにはそれが許せずにいた。シレジアは自分が生まれ育ってきたかけがえのない国。それなのに、外からやってきた帝国兵のことを気にして自由に飛ぶことができないなど、フィーにとって耐え難い苦痛だったのだ。シレジア城を追われたあの日のこと、それは忘れようもない出来事だ。目の前に自分の知らない場所が待っている。たとえ引き返しても、結局のところここまで飛んできたという事実は変わらないだろう。ならば、行くも戻るも大差はない。
そう考えが及ぶと同時に、フィーの胸の中で沸々と湧き上がる好奇心。
「もしかして、今まで雲にかかって見えなかったのかな。マーニャ、行ってみない?」
パッといつもの明るい表情に戻ったフィーが、マーニャに問い掛ける。マーニャはつぶらな丸い瞳で見つめ返すだけだった。
「うん、マーニャも賛成なのね!」
都合のいいように解釈したフィーは、一路前方の小さな島へと向かうことに決めた。そこで何か特別なことが待っているとは思ってはいなかったが、好奇心をそのままに城へ戻るというのは自身の気が済まなかった。
「さあ、出発ー!」
掛け声一閃、マーニャの翼が大空にはためいた。
【2】
島の上空には、白く深い雲が漂っていた。海も陸から遠ざかったところのため、波が心なしか白く感じる。塩の匂いを含んだ風が、フィーのそばを優しく通り過ぎていった。
上から見た限り、何のへんてつもない普通の島のように思える。草木が生い茂り、人の手が加えられていない、天然の島。片側は切り立った崖になっており、海水に浸食された跡がある。それに対し、反対側は砂浜のようになっているところもあった。フィーはぐるっと旋回しながら、島の中央付近の草地に降り立った。
「ふー、見えてるっていっても、結構遠かったね。…よっと」
素早くマーニャの背から飛び降りる。フィーは疲れた様子のマーニャをすまなさそうに撫でると、とりあえずひと休みしようと、手頃な草地を探し始めた。
歩いていると、上からは気付かなかった所に鮮やかな草花が咲いていることに気がついた。
「わぁ~、こんなところに珍しい花咲いてるんだ。お母さんに見せたらきっと喜ぶよ」
嬉々とした笑顔で話しかけるフィーに、マーニャはその場で首をかしげながら翼を休めている。
「それにしても、ここって風が気持ちいいね。ちょっと休んでいこっか」
フィーは草で作った小さな冠を、マーニャの白いたてがみの上に乗\せてやった。まん丸な目をしてこちらを見つめているマーニャの姿が滑稽で、一瞬吹き出しそうになる。草の冠が思いのほか出来が良かったことに満足しながら、フィーはその場にゴロンと寝っ転がった。
「う~~ん…!」
草原に仰向けになったまま、思いっきり背伸びする。空では真っ白な雲がゆっくりと東に向かって流れていく。なんて平和な光景なんだろう。フィーは今も行方が知れぬ父と、言葉少なに旅立っていった兄セティの面影を空に浮かべていた。そして、いつも優しく、哀しげな瞳を宿す母フュリーの面影も。
そうしているうち、いつのまにかフィーは眠りに落ちていった。
【3】
‘そのこと’に気付いたのは、頬に当たる一粒の水滴からだった。ポツリと冷たい水がフィーの頬に落ち、首筋に伝う。続いて、2粒、3粒。肌寒さにハッと目が覚めたフィーが見たものは、平穏な先ほどとは正反対の光景だった。
「な、なに?どうしたの!?」
その場から飛び起きたフィーが周囲を見渡す。暗い。まだ日中だというのに、空はどんよりと曇り、日の光が届いていない。轟音だと思っていたのは凄まじい風の音だった。海は荒れ狂ったようにしぶきを上げ、ときおり霧状になってここまで飛んでくる。嵐だ。
「ど、どうしよう…。早く帰らなくちゃ…!」
周りのあまりの変化に焦りながら、フィーは既に立ち上がっているマーニャの背に飛び乗\り、上空へと飛び上がった。
「あっ…!」
途端、マーニャの姿勢ががくっと崩れた。とっさにしがみつかなければ落下していただろう。飛び立とうとするマーニャの翼に暴風が襲い、バランスを保てないのだ。
「が、がんばって、マーニャ」
必死にしがみつくフィーが、弱々しく語りかける。だが、先ほどの水滴は豪雨となって二人に襲い掛かっていた。しかも激しい風によって、雨も痛みを感じるほどの強さになっている。目を開けているのもやっとだ。
「ううっ…!」
今がどういった状態かもわからないまま、フィーはマーニャにしがみついていた。激しい揺れのなか必死に耐えていると、突然マーニャの速度が速くなった。が、どこかおかしい。左に向かって飛んでいる気がする。ようやく微かに目を開けたフィーが見たものは、すぐ間近に迫っていた大地だった。
「きゃあッ!」
――――ドズンッ。
鈍い音と共に、フィーの身体が宙を舞う。この辺りの草がクッションになっていなかったら、今頃立つこともできなかったかもしれない。痛みをこらえながら目を開けるフィーの前方に、マーニャの身体が横たわっていた。
「マーニャ!」
慌てて立ち上がり、足を引きずりながら側に駆け寄る。どうやら風に流され、上空で回転しながら落ちたらしい。フィーは、この激しい風の中で強引に飛ぼうとした自分が情けなくなった。
「マーニャ…ごめんね」
見たところ、それほど深手を負っているわけではないものの、明らかに自分の不注意でマーニャを危険な目に遭わせてしまったことに、深い罪悪感をおぼえていた。そして、いま自分のおかれている状況がこれまでにないほど危険なものだと、このとき初めて知ったのだった。
【4】
シレジア城―――――
つい今しがた、王女フィーの帰りが遅すぎると、侍女の一人が王妃であるフュリーに持ちかけたばかりだった。外はこの嵐。すぐに帰ってくるものと思っていたフィーが一向に姿を現さないことに、侍女が不安を覚えたのだ。
この地方ではこういった天候の変化は珍しいものではなく、フィーもそれを承知しているはずだった。今までも幾度となく、城内の人間の心配をよそに舞い降りてきたものだ。今回もすぐに笑顔を浮かべながら戻ってくるものと思っていた。
しかし、いつになっても帰ってくる気配がない。余裕で構えていた城内の人々も次第に不安に駆られはじめた。
侍女の進言を受けると、フュリーの顔色がさっと変わった。すぐさま城から天馬騎士による大捜索網がひかれることになった。
降りしきる豪雨のなか焚かれるかがり火のもと、城門から一斉に飛び立っていく天馬騎士達。それぞれが明かりと目印の役目であるたいまつを手に、四方へと散っていった。
フュリーは薄暗な自室で小さな窓の側に座っていた。遠く窓越しに外の光景を眺める。殴りつける雨が窓を濡らし、ときおり稲妻の光が部屋の中を白く照らした。
この空のどこかで、フィーは雨に打たれながら泣いているのだろうか。それを考えただけで、張り裂けそうな胸が痛む。どうしてもっと注意していなかったのか、ただ自身を責めながら、祈りを捧げ続けるのだった。
――――――――――
捜索はこの嵐のなか、難航を極めていた。雨で視界が開けず、一歩間違えば天馬騎士自身も風に流され帰れなくなる可能性が高い。この城の近辺はもとより、遠くセイレーン、東のトーヴェ、ザクソンといった城にまで捜索の手はまわった。
しかし、長時間にわたる捜索にもかかわらず、フィーの痕跡はひとつも得られないでいた。城に、ぽつりぽつりと赤く小さな点が舞い降り始める。帰還した天馬騎士達だった。
西の空から最後の天馬が舞い降りたとき、既に日は深く落ち、雨脚は更に強まっていた。
祈るような面持ちのなかで、フュリーは今日の捜索を打ち切った。
【5】
乾いた太陽の日差しが、冷たくなった身体を暖めていく。どこからか鳥のさえずりが聞こえ、水分を含んだ土と草の匂いを、静かな風が運\んでくる。微かに聞こえる打ち寄せる波の音は穏やかで、心地良い。草の葉から落ちた一粒の雨露が頬を伝い、それが渇いた唇を潤す。
フィーはぼんやりと目をあけた。
「…………」
ここはどこだろう。朦朧としながら考えを巡らせる。城を出て、マーニャといつものように空を駆けて、そして“島”に辿り着いた。
――――島……。
途端、意識の奥底に引っかかっていた記憶が呼び覚まされた。そう、嵐だ。
ようやく自らの身に振りかかった事態を呼び起こすと、フィーはがばっと勢いよく飛び起きた。
「……あっ!」
立とうとして体を持ち上げたとき、ふいに何かが頭上をさえぎった。その柔らかい感触に一瞬とまどう。
「…え?……わっ…!」
よく見るとそれは頭の上だけではなく、自分の周りを“白い何か”が覆い隠すように広がっていた。太陽の光が透き通っており、まるでシルクのカーテンのような輝きを放っている。
一瞬その美しさに見惚れそうになるフィーだったが、すぐにその正体に気がついた。
「マーニャ!」
地面にかがむようにしながら、急いで外に這い出す。白いカーテンのように見えたのは、マーニャの翼だった。あの凄まじい豪雨のなか、気絶したフィーをかばうかのように柔らかな翼で覆っていたのだ。
「マーニャ!?マーニャ!」
ありったけの声を出して呼びかける。マーニャの白く滑らかだった体にどこからか飛んできた木の破片や草の葉などが付着して、茶色く汚れている。細長い首を自らの翼の上に乗\せているマーニャは、丸く小さな瞳を静かに閉じていた。
「マーニャ…?」
いくら呼んでも、体をさすっても全く動く気配がない。マーニャの体はまるで凍りついてしまったかのように、重かった。
「まさか……うそでしょ?」
もう一度マーニャの体を揺する。視界がだんだん滲んでくることも構わず、必死に呼びかけてみる。だが、やはりマーニャは何の反応も示さなかった。フィーの胸に何か鋭いものが突き刺さるような感覚が走った。
「そんな…、私の…私のせいで…」
それだけ言うと、フィーは体中の力を削がれたかのようにその場に崩れ落ちた。そして、これまで我慢してきた感情を抑えきることができないほど、胸から熱いものがこみ上げてきた。
「わあああああっ!!」
不安や焦り、どうしようもない心細さが一気に押し寄せた。それらを唯一支えてくれたのはまぎれもなくマーニャであり、フィーはそんな家族とも呼べるマーニャを前に、ただ泣きじゃくることしかできなかった。
あまりに穏やかで、あまりに安らぎに満ちた景色のなか、フィーは大声で泣いた。今までにないほどに。マーニャはフィーが幼いころから一緒にいる。どんなときでも、いつも隣にいたマーニャは、フィーにとって真に家族と呼べる存在だった。これまで一緒に感じてきた出来事が、浮かんでは消え、そして消えていく。
と、そんな泣きじゃくるフィーの頬に、何かが触れた。大粒の涙で濡れた頬を拭うかのように、優しい感触のそれは、ふわっとフィーの頬を撫でた。
「………え?」
目を開けるフィーのすぐ傍らに、優しく瞳を閉じて寄り添う白い天馬の姿があった。
「マーニャ!!」
飛び起きたフィーは、がばっとマーニャの首にしがみついた。せっかく拭ったフィーの頬に、また大粒の涙がとめどなく伝っていった。
――――――――――
ようやく落ち着きを取り戻したフィーが、辺りを見渡す。昨日の嵐が嘘のように消え、いつの間にか再びあの穏やかな島の光景がそこにはあった。昨日の全てが、まるで悪夢のように思い起こされる。
そこらじゅうに嵐の残骸、木の枝や風で飛ばされてきた葉などが散乱している。しかし、島を通り抜ける潮風や打ち寄せる波などは、以前と変わらずに穏やかだった。
そんな島の変わりようをしばし見入っていたフィーは、はっとした。城をほぼまる一日留守にしてしまっていることに気がついたのだ。
「きっとお母さん心配してる…。帰らなきゃ」
いつもどこか不安な面持ちをしているフュリーが、いったい今どんな表情をしているのかを考えると胸が締め付けられる思いだった。
「行こう、マーニャ。きっとみんな心配してるよ」
一刻も早く戻りたい。飛び立つのに適した広い場所へ向かうため、フィーは歩き出した。が、ふと後ろを振り返るとマーニャがついてきていない。じっとこちらを見つめたまま、その場を動こうとしないのだ。
「どうしたの?マーニャ、帰ろう?」
フィーの呼びかけにもマーニャは首を重そうに傾げ、応えようとはしない。不思議に思ったフィーは、マーニャの元に戻った。
なんとか立たせようとするが、マーニャは全く動く様子がない。
「………!」
フィーに衝撃が走った。今まで陰になってわからなかったが、フィーとは反対側のマーニャの翼に、じわっと赤い染みが滲んでいるのだ。それはまぎれもなく“血”だった。なんと、マーニャの翼の付け根付近に深々と木の枝が突き刺さっていたのだ。
「マ、マーニャ!」
動かないのではない。動けなかったのだ。天馬にとって、翼を傷つけられることは命とりにもなることだった。恐らく、昨日フィーをかばっているところに風で飛んできた木の枝にやられたのだろう。当然、この怪我では飛び立つことはできない。
「ど、どうしよう…はやく治療しなきゃ…。でも…」
フィーは遠く海の向こうを見やった。うっすらと陸地の影が見える。ちょうどこの方角に城があるはずなのだ。天馬で行けばそれほど遠い距離ではないが、生身の人間にはあまりにも絶望的な距離だ。
「……マーニャ…」
フィーはしばし押し黙り、そして覚悟を決めた。あの嵐のなか身を挺して守ってくれたマーニャに、いま自分ができることといえば一つだけだ。
「待ってて、マーニャ。私、行ってくる!」
そう言うと、フィーは身に付けている重そうなものを取り外し始めた。軽い鎧を手馴れた手つきで外し、その場に放り投げる。穏やかな目でその様子を見つめるマーニャに、やがて身軽になったフィーが一言告げた。
「待っててね、マーニャ。絶対迎えに来るから」
ただ一言、そう言い残すと、フィーはその場を駆け出していった。
草原を抜け、小高い丘を越えると、その先に小さな海岸が目に入ってきた。そこは他の切り立った崖とは異なり、緩やかな浜になっていた場所だ。透明に近い青く透き通った波が、静かにその浜へ打ち寄せている。遠く向こうには、シレジアの陸地が見える。フィーはふうっと深呼吸をすると、遥かな陸地を臨んだ。
――――――たどり着けるだろうか。
ふとそんな当たり前の疑問が生まれる。泳ぎは苦手ではないが、これほどの距離は正直いって自信がない。まして、今回は誰一人として助けてはくれない。力尽きたとき、そこにあるのは確実な“死”そのものだ。
穏やかな海が、今は恐ろしく残酷なもののように感じられる。だが、その恐怖以上にマーニャを助けたいという意思がフィーの心に作用していた。不思議と恐怖が薄れていく。海の向こうを臨むフィーの瞳には、ある強い信念が感じられるようになった。
意を決し、フィーは勢いよく海に飛び込んだ。あとは穏やかに見えるこの海が味方をしてくれることを祈るだけだ。フィーが飛び込むのと同時に、まるでそれを受け入れるかのように高い波が浜へ打ち寄せる。フィーはまっすぐに前を見据えた。その向こうに、これから目指す地がぼんやりと見える。
遥かなシレジアの大地は、まだ果てしなく遠い。
【6】
海原の中を、フィーはひたすらに泳ぎ続けていた。季節はそろそろ夏に移り変わろうというものの、シレジアの海は冷たくフィーを締め付ける。
深い藍色の水面が、いつ底に引きずり込もうか窺っているように思えてくる。
波を掻き分けながら進むフィーの目には、遥か遠くに見えるシレジアの大地だけが映っていた。
―――――マーニャ、待ってて。必ず助けてあげるから。
そのたった一つのことだけが、フィーの気力を奮い起こしていた。
痺れ始める手足。その感覚が、次第に失われてくる。身軽になっているとはいえ、身体がひどく重く感じられていた。必死に水を掻き分け進みながら、ふと後ろを振り返る。あの島は確かに遠くなっている。距離にしてどのくらいか、十分の一くらいは泳いでこれたのだろうか。しかし、前方に見える景色は何一つ変わってはいない。自分がいかに無謀\なことをしているのか、きっと他の誰かが見たら笑うに違いない。
フィーは、再び泳ぎ始めた。もう後ろは振り返らない。ただひたすらに、進んでいるのか戻っているのかすら定かではない海原を掻き分けていくのだった。
凍てつくほどに冷たい海とは対照的に、空は穏やかな雲をなびかせ、透き通るほどに青く染まっていた。
そして――――
ついにフィーの腕が動かなくなった。気力だけを糧にここまで来たが、それももう限界に近い。前方に見えているシレジアの大地は、全く近付いている様子はなかった。いや、それでも多少は陸影が大きくなっているのだろうか。
既に身体は冷え切っており、全身の感覚はほとんどない。かろうじて動かす手足も、もはやあと一掻きすることすらできなかった。
――――マーニャはどうしているだろう。
そんなことを思い、おぼつかない動きで後ろを向く。そこにはもう、あの島の影は全く見えず、ただ高い波が上下しているだけだった。
目が霞む。体力の消耗が激しく、気を緩めると、すぐにでも気を失ってしまいそうだ。
フィーは、ほとんど無意識に前を向くと、小さく水を掻いた。波により、身体がふわふわと浮き沈みする。やがて、それが心地良さに変わるようになると、フィーは波に身を預けた。
薄れゆく意識のなかで、フィーは雲の上を浮かんでいるような錯覚を覚えた。幻のような世界のなか、フィーは空に漂う雲の上にいる。そして、フィーを揺らしているのは、あのマーニャだった。
「マー…… ニャ…」
それが夢か現実かも区別できないまま、視界がだんだんぼんやりとしてくる。意識を失う瞬間、マーニャの横顔が浮かんだ。まるでこちらを見て微笑んでいるかのようにフィーには見えたが、次の瞬間、真っ暗な意識の底へと落ちていった―――――
【7】
数日後――――
城内はくぐもった空気に包まれていた。皆が押し黙ったように口をつぐみ、今までの活気に満ちたこの城の面影はどこにもなかった。ある者は仕事が手につかず、またある者は突然泣き出してしまうほどだった。
“あの”事件以来、城内はまるで太陽が失われてしまったかのように、ぽっかりと穴があいてしまっていた。
目が覚めたのは、それからしばらくの後。
真っ白な光が、窓から差し込んでいる。わずかに開けられている窓の隙間から吹き込む風が、レースのカーテンをなびかせる。朦朧とした意識のなか、それがまるであのとき見た光景と似ていることを感じていた。
痛いくらいの眩しさから逃れるように、ゆっくりと身体を起こす。身体中にズキッと痛みが走る。
「ここ… どこ?」
手元を見ると、真っ白な包帯が丁寧に巻かれていた。そこだけではない、額や足、ほぼ全身に渡って包帯が巻かれ、治療が施されていた。
途端、とても懐かしい感覚が脳裏を駆け巡る。お気に入りのベッド、風になびくカーテン、差し込む日の光。
今まで半ば虚ろだった瞳が、みるみる見開かれていく。帰ってきたのだ。ここは、何よりも変えがたい場所。
自分がどうしてここにいるのか考えるよるも早く、フィーは飛び起きて向かわなければならない衝動に駆られた。
―――――早く、早く“あの場所”へ行かなくちゃ。
と、そのとき奥の扉から「ガチャリ」という金属音が聞こえた。前方に見えるドアのノブがゆっくりと回り、微かなきしみと共に扉が開かれる。そして、一人の女官がしずしずと入ってきた。両手で抱えるようにしながら一つの水差しを持ち、音を立てず慎重にドアを閉じる。女官がこちらを振り向くと、身を起こしてじっとその様子をうかがっていたフィーと目があった。
瞬間、女官の目がこれ以上ないというほどに見開かれ、ピタリと動きを止めた。そして、その形相のままじっとフィーに釘づけとなった。見開かれた目は表現しようもないほどに滑稽で、フィーはそれを見て吹き出しそうになったほどだ。
女官の手から、するりと何かが落ちた。女神をかたどる美しい彫刻が施された水色の水差しが、女官の足元で豪快な音を立てながら砕け散った。
「キャアアア!!!」
次の瞬間、女官が咳を切ったように悲鳴を上げた。そのまま全力疾走でドアへと向かう。入ってきたときとは裏腹に、ガチャリバタンッと轟音を立てて部屋を出て行ってしまった。
―――――な、なんだったんだろう。
突然のことに唖然としていたフィーが、ふと女官の立っていた場所に目をやる。そこには辺り一面水浸しとなった床に、粉々になった水差しの破片が散乱していた。
城内が再び騒然とし始めた。フィーの意識が戻ったとの報告は、たちまちのうちに城中を駆け巡り、人々の間に安堵の溜息や笑い声がこだましていった。
フュリーのもとには真っ先に伝えられ、知らせを受けたフュリーの顔が、驚きから優しさに満ちた笑顔へと取って変わられた。
フィーの寝室に飛び込むように入ってきたフュリーと数人の女官が、面食らった表情のフィーを取り囲む。
そして、振るえる手でフィーの身体を抱きしめるフュリーの姿を、皆優しく見守っていた。
城内も落ち着きを取り戻し、再び人々がそれぞれの仕事に従事し始めたとき、フィーの部屋だけは凄まじい雷が落ちていた。たった一人でこの城から遠く離れ、しかも嵐に遭い、行方知れずとなったこと。一歩間違えば死の危険もあったということに、いかに温厚なフュリーといえども今回ばかりは真っ赤になって怒った。
ベッドの周りには女官達が眉を吊り上げながら囲んでいるし、逃げ場のないフィーはただ黙って耐え忍ぶほかなかった。心の底から、反省した一瞬だった。
話が終わり、フィーが力なくうつむいているのをしばらく見ていたフュリーは、静かに口を開き始めた。マーニャのことだ。
そもそも、何故フィーが助かったのか。フィー自身全く記憶になく、覚えているのはシレジアの大地を目指して大海原を泳ぎ、やがて力尽きたこと、それだけだ。そこまでは覚えているが、次に目覚めたとき、このベッドで横になっていたのだ。
フュリーの話は、フィーにとって衝撃的な事実だった。
まず、フィーが助けられたのはシレジアから遠く離れた海域。フィー達の見つけた島から、丁度半分ほどの距離になる。
発見したのは、引続きフィーの捜索をしていた一人の天馬騎士だった。その天馬騎士は、あるものに導かれその海域に辿り着いたという。そして、天馬騎士を先導したのは、他でもないあのマーニャだったというのだ。
フィーはそれを聞いたとき、信じられなかった。マーニャは翼を痛め、とても飛べる様子ではなかった。たとえ飛べたとしても、あの広大な海を渡り、しかもその中からフィーを見つけ出すことなど不可能に思えた。
しかし、マーニャは飛んでいった。この城へと辿り着いたマーニャは、城に控えていた兵により発見され、傷を応急処置してもらうと、一人の天馬騎士とすぐさま飛び立った。
マーニャの向かう先を追いかける天馬騎士の視界に、波により見え隠れするフィーの姿を捉えたのはそれから数刻の後だった。すぐにフィーの元へ降りる天馬騎士だったが、既にフィーの体力は限界に近かったらしく、いくら呼びかけても反応がない。フィーは目の前で滞空しているマーニャを眺めながら、何かつぶやいているようだったという。そしてついに力尽きたのか、海中へと沈んでいきそうになったところを危うく掴んだということだ。
帰途の最中も、フィーはぐったりと身動き一つしなかった。助けるのにもう少し遅かったら、今ごろは暗い海底の中で誰にも知られぬまま命を落としていたことだろう。
話を終えたフュリーは、今すぐにでもマーニャのところへ飛び出していきそうな勢いのフィーを押し留め、今日は休むように伝えた。フィーはこくりとうなずくと、小さく一言フュリーに告げた。
「ごめんなさい…」
その言葉に、フュリーは優しい笑顔をもって応えた。そして、部屋を出ていくフュリーの姿を見送ると、フィーは再びベッドに身を沈めた。全ては明日。フィーはベッドの中で、以前のようにマーニャが元気よくはばたいている姿を想像しながら眠りについた。
翌日――――
朝も早くから飛び起きたフィーは、急いで支度をすると勢いよくドアを開け放った。そして、そのままマーニャのいる天馬の馬舎へと駆け出す。城の中ではあるが、今のフィーにはそんなことは関係なかった。まだ身体が思うように動かず、足を踏み出す度にひどい痛みを伴うが、それでもマーニャのことを思うと、そんなことは大した問題ではなかった。
やがて、城の天馬達が集まっている兵舎までやってきた。
「マーニャ!」
息を切らせながら奥へと走る。いつもの場所に、きっといる。その希望がフィーの足を力強く前へ押し出した。
「マーニャ…」
その場所に、一頭の天馬が静かにたたずんでいた。透き通るような白い翼、優しさが宿った小さな瞳、すらりとした品格のある前足。間違いない、まぎれもなく「マーニャ」だ。
フィーの気配を感じたのかマーニャは立ち上がり、つぶらな瞳をこちらに向けた。微かに鼻を鳴らすと、その翼を一度だけはためかせた。翼と同化していて気付かなかったが、そこには白い包帯が丁寧に巻かれており、既に治療を終えていることを物語っている。フィーを見つめる真っ直ぐで純粋な瞳が、抑えていたフィーの感情を解き放った。
「マーニャ!!」
飛びついて抱きしめるフィーの身体を、マーニャは静かに受け止めるのだった―――――
――――そして、それから数週間ほどが過ぎたある日の朝――――
「いってきまーす!」
城内から、元気のいい少女の声が響き渡る。中庭へ続く通路を、少女の影が駆けていく。途中、一人の女官に「走ってはいけません」と注意されるも、その少女の耳には届かなかった。
今日はフィーが心待ちにしていた朝。マーニャの怪我が完治するまでじっと城の中で看病を続けていたフィーが、数日前にようやく飛ぶことを許されたのだ。それまでは外へ一歩たりとも出ず、看病を続けた。
一説によると、それはフィーの行動に対するフュリーの与えた罰なのではないかと噂になっていたが、真意の程は定かではなかった。何にせよ、献身的な看病を続けていたフィーに、フュリーからようやく空へ飛び立つ許可がおりたのだった。
「マーニャ!」
フィーが呼びかけると、既に中庭へ降りていたマーニャが側へやってきた。翼の傷はもう完治と言えるほどに癒え、包帯も取り除かれている。翼には微かな傷のなごりがあるのだが、それはフィーしか知らず、その真っ白な羽根に隠されて見えなかった。フィーはマーニャのすべらかな首筋に優しく触れると、さっと身を乗\せた。
「これからもよろしくね、マーニャ」
にっこりと笑顔で語りかけるフィーに、マーニャはつぶらな瞳を投げかける。
「よ~し!行くよ、マーニャ!!」
中庭いっぱいに広がるような声と同時に、フィー達の身体が空に舞う。マーニャの広げた翼が力強くはばたき、颯爽と空へ飛び出した。
外に配された兵士達が見上げるなかで、中庭の上空を何度も何度も駆け回る。ここ何週間も見ることがなかった、フィーの心の底から出た笑顔が、そこにはあった。
自由いっぱいに飛び回っているフィーの姿を、フュリーは自室の窓から優しく見守る。
フィーとマーニャは遥か空の彼方へと、今日も元気に飛び立っていくのだった―――――
フィー短編小説 ~フィーの天馬物語~ 完
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[197 楼]
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Posted:2004-05-24 10:14| |
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