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雪之丞

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海蓝之钻(II)
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【5】

 

 

「アゼル様、いったいどちらに…」

案の定、城門には兵士が守りを固めていた。左右両側に1人ずつ立っており、いずれも厚い甲冑に覆われている。

「通してくれ。僕はこれから大切な用事があるんだ」

兵士の静止には応えず、そのまま素通りしようとする。

「お待ちください、アゼル様。アルヴィス様はこのことをご存知で…」

「……いや、兄上には何も言っていない」

その言葉を聞くや否や、兵士は困惑した顔つきになった。

「…アルヴィス様がご存知ないとなれば、我々としても…」

「僕が自分で決めたことだ。責任は僕がとる。兄上にはそう伝えてくれ」

「は……しかし」

「…友達が危険な目に遭っているんだ。そんなとき、助けにもいかないで黙ってみていることなんて、きみだったらできるかい」

兵士はしばし考え込むと、気が進まないとばかりに、しぶしぶ道を開けてくれた。

「ありがとう…。兄上に聞かれたら、脅されて仕方なく、とでも言っておいてよ」

兵士は半分苦笑いを浮かべると、困惑した様子で見送っていた。

「さて、レックスのいるドズル城まではまだずいぶんと遠いぞ。急がないと」

僕は歩幅を広くすると、急ぎ南へと向かっていった。ドズルの領内に入った頃には、もう日が完全に落ちてしまっていた。辺りは暗闇に包まれ、虫の鳴き声だけが夜空に透き通っている。草原の道をただひた歩きながら、かすかな光で照らしてくれる月を見上げた。

「エーディン…、どうか無事で…」

僕は更に足を早めると、レックスの指定した地点へと急いだ。以前、一度だけレックスと行ったことのある場所だったから、迷うことはないだろう。

そこは、ドズル城から南西へ約数キロの地点。森が目の前に広がる、小さな渓谷だ。

月が雲の切れ目から顔をだし、再び辺りを和らいだ光が包む。ふと目をやると、西にドズル城の影が見えた。月によって映し出された光と影がとても神秘的だ。

「もうレックスはあそこにはいないのかな」

ぽつりとつぶやき、僕はドズル城を横目に通り過ぎていった。



―――――



森がすぐ目の前に広がっている。ここがレックスの指定した地点だ。

以前ここに来たのはもう何年も前だった。あの時、レックスに連れられてこの場所を知った。ここからだと遠くにドズル城を一望することもでき、静かな心地良さを秘めた場所だったのを覚えている。今は淡い月の光に照らされ、なんとも幻想的な雰囲気をかもし出していた。

「ここだけは何も変わってないんだな」

過去の思い出がぼんやりと蘇りつつある。世界の慌ただしさに少なからず嫌気のさしていた僕にとって、この場所は優しすぎる。

感傷に浸りそうになるのを強引に振り払い、僕はレックスを探し始めた。幸い、月明かりで辺りの視界は開けている。

その渓谷の小高い丘の上に、レックスはいた。こちらを向いているようだが、月の光が逆光となっていて、僕の目にはその影だけが映っている。

「…レックス?」

「………」

その影は無言のまま立っていた。僕は確認のため、半ば警戒しながらその影に少しづつ近づいていく。もしかしたら、全くの別人。最悪、この辺りに潜む山賊\ということもあり得る。

「よう」

と、その影から声が聞こえた。それは、聞き覚えのある声。次の瞬間、僕は確信する。間違いない。近づくにつれ背後の月の光が陰に隠れ、そして、いままで暗く見えなかった部分が次第に明らかとなっていく。

「レックス!」

それは、まぎれもなくレックスだった。青い髪と、意思のこもった強い色の瞳が印象的な男だ。

「遅かったな、待ちくたびれたぜ」

レックスはそう言うと、よっと勢いよく岩場から飛び降りた。僕の近くまで来ると、首を左右に傾げ音を鳴らす。

「すまない、レックス。来てくれてありがとう。…でも、こんな無理な話によく乗\ってくれる気になったね」

「まあ、俺にとってはどうでもいい話だったんだが、お前の頼みとあればな。それに、俺もそろそろあの城から抜け出そうかと思っていたところだ」

「え?」

「いや、なんでもない。しかし、お前も随分と大それたことを考えついたもんだな」

レックスは感心したように僕を見る。

「レックスに言われたくないよ」

「ははは、違いない」

レックスは口を大きく開けて笑うと、いつにも増して真剣な表情をしてみせた。

「アゼル、お前アルヴィス卿にはこのことを伝えてきたのか?」

「…………」

「だろうな。お前のことだ、あんな手紙をよこすくらいだから、大方黙って城を飛び出してきたんだろう」

「レックス、今回のことは、僕自身で考えて決めたことなんだ。兄上の顔色をうかがうことはもうしたくない」

僕が真剣な眼差しで言うと、レックスも黙った。

「……わかったよ。お前がそう決めたというなら、俺も付き合ってやる。今は親父も遠征中だ。いらぬ邪魔が入らなくて好都合だったぜ」

「ありがとう、レックス…」

「それじゃ、急いでユングヴィへ向かうとするか。俺の後ろへ乗\っていけ。森を通れば明日の朝には着けるだろう」

僕はレックスの馬に飛び乗\ると、バランスを保った。

「よし、行くぜ」

力強く手綱を打つ。馬は、速度を上げながら一路南西方面、ユングヴィへと向かっていく。

暗闇に光る月だけが、僕らの姿をその大地に映していた。

 
 

 

【6】

 

 

森を抜けると、そこには広大な草原が広がっていた。

わずかな風と共に、緊迫した空気が伝わってくる。ここが戦場だ。

見たところ、近くで戦闘が行われている様子はない。僕はレックスの馬から飛び降りた。

「レックス、どうやら間に合ったようだね」

「ああ、シグルド公子もヴェルダンの大軍を相手に、苦戦しているようだな。俺たちが行けばきっと喜ぶだろう。

しかし、お前も物好きなやつだ。別に、放っておけば良いものを」

「我が国の主力部隊は、イザークへの遠征で国にはほとんど残っていない。シグルド公子は、シアルフィに残ったわずかな兵だけで決死の戦いをしようとしている。見捨ててはおけないよ」

「ふっ… お前もあいかわらず素直じゃねえな。理由はそれだけじゃないだろう」

「な、なんだよ!」

「ユングヴィのエーディン公女が心配なんだろう。お前が彼女のことを好きなのは知ってるぜ」

「バ、バカを言うな!」

「ほら、もう顔が赤くなってる。はは、可愛い奴だ」

「レ、レックス!いい加減にしろよ!ぼくはもう行くぞ」

「ははは、わかったよ。ここはひとつ、俺様の力を見せてやるとするか」

僕とレックスは、広い草原の真っ只中に踊り出た。周りはもう戦場。いつ敵が現れてもおかしくない状況だ。気を張り詰めつつ進む僕らの視界の中に、ある人影が映り込んできたのは、思っていたより早い段階だった。その人影は、銀色の白馬を駆りながら、猛スピードで草原を疾走していた。風になびく青い髪と、まっすぐに前を見据える瞳。そう、その人物こそ、あのシグルド公子その人だったのだ。

シグルド公子は僕らに気付くことなく、ある地点を目指し走っているようだった。その眼差しはただ一点のみを見つめ、なんの迷いもないように感じられた。強い意思の中には優しさと寛大さがうかがえ、すぐに噂どおりの人物だと直感した。

いつもは毒舌が冴えるレックスだったが、この時ばかりは彼も真剣に見入っていた。

僕らはお互いの意思を無言で確認すると、シグルド公子の向かった先、エーディンのいるユングヴィ城へと飛び出した。



やがてこの事件が引き金となり、数多くの出会いと別れ、そして、信じられないような出来事を迎えることになる。

このとき、僕の心にはあのヴェルトマー城を一人出てきた不思議な充足感と、これから始まることへの期待と不安だけが、複雑に入り混じっていた。

グランベルの空はいつにも増して穏やかで、そして、すぐにも雲行きが変わるような不安定さを同時に兼ね備えようとしていた―――――


 

 

アゼル短編小説 ~揺れ動く時の狭間で~  完 

 



[200 楼] | Posted:2004-05-24 10:18| 顶端
雪之丞

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ファイアーエムブレム聖戦の系譜小説

 

 

追憶の果てに ~ イシュタル アナザーストーリー ~

 

 

 

 

遥かなる時代。



あの、王都バーハラでの激戦から、既に十数年の月日が流れていた。

人々は、過去の戦いの記憶からは目を背け、新たに信ずるに値する対象―――『帝国』に、全ての夢や理想を託した。

ユグドラル大陸全域に渡る『帝国』は、皇帝アルヴィスに対する国民の圧倒的な支持のもと、設立された。

王都バーハラで行われた国をあげての盛大な式典は、戦いに疲れた人々にとっての一種の救いであり、希望でもあった。誰しもが永きに渡る繁栄を疑わなかった。

だが、アルヴィス皇帝の支配する『帝国』は、次第に国民の期待から遠ざかり、各地で圧政に苦しむ人々の悲鳴がこだまするようになっていった。

今では毎日のように反乱が引き起こり、戦乱の兆しが見え始めると、人々は、再び救世主となる人物の出現を祈るようになっていた。







グランベル王国、フリージ家――――



その日、一人の男が城の中を全力で駆けていた。額には汗が滲み出だし、息も絶え絶えになりながら、懸命にある場所へと急いでいた。

男の目指す場所は玉座の間。王に特別な報告をするため、周りを気にすることもなく、全力で向かっていた。

通路を行き来する者達を乱暴に押しのけると、やがて、男の前に玉座の間が見えてきた。

男は衛兵に命ずると、勢いのまま玉座へと入る。

「ほ、報告致します!」

その言葉に、玉座に座っていたブルーム王が勢いよく立ち上がった。

「どうであった!」

「はっ…!健やかな王女でございます!」

兵士の言葉を聞くと、ブルーム王は安堵の表情のまま、力が抜けたように腰を降ろした。

「王!」

「いや…大丈夫だ。それより、ヒルダによくやったと伝えてくれ。今宵は城中の者を上げて祝宴を催す!」

「はっ!」

「おめでとうございます!ブルーム王!」

「おめでとうございます!」

その日は、フリージ家当主ブルームと、その妻ヒルダのもとに、一人の王女が授かった記念すべき日であった。

王女の名は『イシュタル』と名付けられ、城中の人間に祝福された。

イシュタルは、聖戦士の一人である『魔法騎士トード』の末裔として、また、フリージ家に伝わる雷の魔法『トールハンマー』を受け継ぐ直系として、生まれながらにしての宿命を背負うこととなった。



イシュタルは、ブルームとヒルダのもと、フリージ家次期当主としての教育を充分に受けた。

聖戦士の血脈は、生まれながらにして他の人間より秀でた能力を与える。

それは、剣の扱いだったり、生まれ持った魔力の強さ、才能であったりする。

イシュタルには、魔力の才が顕著に表れていた。

若くして魔法の基本元素を習得し、特に『雷』の魔法を得意とした。その才能は、現当主、ブルームよりも優れているのではと、噂になるほどだった。

誰しもがイシュタルの将来を信じて疑わず、これなら王都にも認められるのも時間の問題だと思われた。

しかし、もともと戦いを好まないイシュタルは、訓練以外でほとんどその魔力を行使することはなく、むしろ現在の帝国のあり方に疑問をもち始めていた。

母であるヒルダは、優しかった以前とは違い、今では城の者にも恐れられるようになっていた。反乱を企てた者をことごとく処刑し、その中には、女、子供、区別がない。

フリージでの権限は、もはやヒルダにあると言っても過言ではなく、ヒルダの命令一つで軍をも出撃する程となっていた。

ブルームは、そんなヒルダの暴挙など見向きもせず、現在王都で計画中の、『レンスター地方での大規模な反乱軍鎮圧』に向けて、準備をすることで頭がいっぱいだった。

イシュタルは、そんな両親の姿を見ながら育ち、次第に一人でいる時間が長くなっていった。庭園で花壇を見たり、自室の窓から見える街の風景を眺めるのが、毎日の楽しみとなっていた。



そして、この日もまた、反乱を企てた者が城へ連行されてきた。



多数の市民達が、両腕を縛られたまま城内へと入っていく。周りには兵士達の目が光り、市民達は皆、うつろな瞳を虚空へ向けてただ歩き続けている。

―――見慣れた光景だった。

この国では、いや、恐らく世界全体でこのような光景が日常茶飯事に見られるのだろう。帝国に反発する市民は後を絶たない。

毎日のように、反乱を企てた人間と、その家族、親しい者など、反乱に関係した人間を根こそぎ捕らえ罰する。

帝国の支配は、そうして市民達に恐怖を植え付けていった。

イシュタルは、その光景をいつも自室の窓から眺めていた。

一度城に入っていった者は、二度と出てくることはない。

そのことがわかっていて、何もできない自分に嫌気がさす。イシュタルは、市民達の絶望に満ちた表情を、ただ悲しげに見つめる他なかった。



数日後…。



「雷よ―――!」

イシュタルの体を淡い光が包み、鋭い雷が前方に突き刺さる。ここはフリージの魔道訓練場。いつものように、イシュタルが魔道の訓練をしていると、珍しくそこにヒルダが現われた。

「どうだい、調子は」

「はっ… イシュタル様のお力は、ますますもって強くなられており…」

「そうかい…」

魔道士長の言葉は最後まで聞かず、ヒルダは黙って訓練を続けるイシュタルの方を見やった。

イシュタルは、ヒルダの姿に気付いてはいたが、黙々と魔道の訓練を続けている。
と、ヒルダはおもむろにイシュタルのそばへ近付いた。

「イシュタル」

「はい…」

「こちらへ来なさい」

ヒルダはそれだけ告げると、イシュタルの返事すら待たず、訓練場を出ていった。

「お母様…」

突然声をかけられたことに驚く間もなく、既にヒルダは姿を消してしまっていた。イシュタルは寂しそうな表情を浮かべ、仕方なくヒルダの後を追った。



辿りついたのは、城の地下深く。ヒルダは、不安そうなイシュタルなど気にも留めぬように、ただ地下へと続く階段を降りて行った。

「お母様……?いったいどちらへ…」

「イシュタル、おまえにもそろそろ時が来たようだ…。今日はこれからフリージの次期当主として、大切なことを教えてあげる。さあ、ついておいで」

ヒルダの表情は、どこか歪んだ狂気に満ちていた。以前はとても優しかった母が、今ではこういった恐ろしい形相をしていることしか記憶にない。イシュタルは、たいまつに照らされたヒルダの表情を見つめながら、黙って後についていった。

やがて前方に大きな扉が現われると、ヒルダはそこで足を止めた。

「さあ、ついたよ」

ヒルダの背後で、大きな音と共に、扉が開く。

そこは、捕われた市民達が収容されている牢獄だった。中央の通路を挟み、両側に無数の鉄格子が備えてある。城内といえども、イシュタルにとって初めて訪れる場所だった。

ヒルダは無言のまま、牢獄の中へと入っていった。

「お母様!」

イシュタルは、ヒルダの後を追った。牢獄の中では、老若男女入り乱れて投獄されている、凄惨な光景が目に入った。ほとんどが一般市民のようで、とても罪人には見えない者ばかりだ。所々ですすり泣くような声が聞こえ、その中にはまだ小さな子供の姿もあった。

「…………」

イシュタルは、うつむき加減のまま、黙々と歩いて行った。周りからイシュタルを見る視線を感じる。しかも、それは憎悪や懇願する視線。とても耐えられない。



牢屋を抜けると、そこはちょっとした空間が広がっていた。どうやら昔の闘技場らしく、それらしき名残が所々に見受けられる。今でもここが使われているとは驚きだったが、何の目的で使われているのかは考えたくなかった。

「ここは…?お母様?」

イシュタルは、周りを見渡して、ヒルダが見当たらないことに気付いた。さっきまで前を歩いていたはずが、どこにもいない。

「イシュタル」

「お母様!?」

見ると、闘技場の見物席に、ヒルダの姿があった。近くには何人かの近衛兵も待機しており、物物しい空気に包まれている。

「お母様!一体何を!?」

イシュタルが呼びかけるのと同時に、ヒルダが兵士に合図を送った。

「!?」

突然、前方の扉が音を立てて開き、中から一人の少年が現われた。両手を鎖で繋がれ、体のあちこちに鞭で叩かれたような傷がある。少年はイシュタルの前まで来ると、泣きそうな顔でその場にひざまずいた。

「イシュタル、お前のそばに、箱があるだろう。それを開けてごらん」

「……!?」

何がなんだかわからないイシュタルに、表情一つ変えずヒルダが言った。

見ると、少し離れた場所に、確かに小さな箱が一つ置いてある。近くに寄って確かめて見ると、そこにはフリージ家の紋章が深く刻み込まれていた。

イシュタルは、その箱を恐る恐る開ける。その箱の中身は思いがけないものだった。

「―――!!」

それは、一冊の魔道書だった。代々フリージ家に伝えられている伝説の魔法、トールハンマー。イシュタルも一度目にすることはあったが、間近で見るのは初めてだった。

「トールハンマー… お母様…一体…」

「イシュタル、その魔法を使って、その子供を殺すんだ」

「―――えっ!?」

イシュタルには、ヒルダが何を言っているのかわからなかった。殺せ?この目の前にひざまずいている子供を、殺せというのか。

「お母様、何を言って―――」

「さあ、その坊やに剣を!」

ヒルダが近衛兵に命ずると、兵士は闘技場めがけ一振りの剣を投げつけた。それは、回転しながら少年の目の前に突き刺さった。

「坊や、約束どおり、もしお前がこのイシュタルを倒すことができたなら、お前とお前の家族を自由にしてやるよ」

「―――!?」

ヒルダの言葉に、イシュタルは愕然とした。体がかな縛りにあったように動かなくなった。

「…お…母 様…?そんな…そんな…こと…」

「イシュタル、よそ見なんかしてていいのかい?ほら、来るよ」

「えっ…?」

「うわああああッ!!!」

見ると、先ほどの少年が剣を振りかざし向かってきていた。その目は正気を失ったかのように殺気に満ち、まるで何かが憑りついたかのようだ。

「や、やめて…!私はあなたと戦うつもりなんて…!」

だが、少年はイシュタルの言葉が聞こえないのか、攻撃の手を緩めようとはしない。

振り下ろされる少年の剣を、イシュタルはかろうじて身をひるがえし、避けた。そして何とか体勢を立て直す。

「ぐ…ぐうう…… お前さえ…お前さえ殺せば… みんな、みんな助かるんだ…」

少年の口から、微かだがそう聞こえたような気がした。

「お母様!こんなことはやめてください!どうしてこんな酷いことを…!」

遠くの方で高見の見物をしているヒルダに、イシュタルが叫んだ。

「イシュタル、そいつは子供とはいえ、帝国に歯向かう人間なんだ。今ここで始末しないと、後々面倒なんだよ。また反乱軍に加わって襲ってきたら、どうするつもりなんだい?今度はお前自身が危険な目にあうんだよ」

「そんな…!」

「イシュタル、お前もそろそろ現実を直視する歳なんだ。いつまでも子供のままじゃいられないんだよ。お前は、このフリージを背負って、人の上に立たなければならない。子供の一人や二人殺せないようじゃ、この先生きて行くことはできないのさ。わかるだろう?」

「ですがお母様、こんな子供を手にかけるなんて、私には…」

心の底から悲しそうな目をし、うつむくイシュタルに、今まで余裕の笑みを見せていたヒルダの表情が険しくなった。

「ちっ…わからない子だ…。イシュタル!お前だって、今まであたしがどんなことをしてきたか、知っているんだろう!?それでも、お前は見て見ぬフリをしてきたんだ。今さらそんな言葉を吐いても、誰一人救うことなんてできない。そいつを殺さなければ、お前が死ぬことになるんだよ!わからないのかい!」

「――――!」

ヒルダの言葉は、イシュタルの心の中の最も純粋な部分に傷をつけた。今まで汚いことからは目を背け、この策謀\と欺瞞に満ちた世界で、何とか自身の心を保とうと努力してきた。

気を抜くと、すぐにも闇の世界へ引きずりこまれそうな感覚を、ぎりぎりの一線で耐えていたのだ。

しかし、それすらヒルダには見破られていた。

心の中の純粋な部分は、純粋ゆえにもろい。全てを否定されたイシュタルの意識は、次第に何が正しいのか、何が間違っているのかわからなくなってきていた。

「…雷よ………」

無意識のうちに、魔道書を取り出していた。

もはや向かって来るのが少年なのか、魔物なのか、イシュタルにはわからなくなっていた。

イシュタルの周りを激しい光のオーラが包み、魔道書から放たれるエネルギーの余波が周囲の岩や瓦礫を粉砕していく。

「くっ… な、なんだい?まさか、これほどの力をあの子は持っていたというのかい…!?」

その場にい合わせた誰しもが、その圧倒的な力の前に身動きが取れないでいた。それは近衛兵士、雷騎士ゲルプリッターの精鋭、そしてヒルダでさえ圧倒するほどの、悲痛な魔力の叫びだった。

「う……あ…」

少年は、間近でその光景を目の当たりにし、震える手から剣を落とした。逃げようにも体が言うことをきかず、その場に立ちすくんでいる。

先ほどまで、その表情にどこか優しい面影があったイシュタルだが、髪は逆立ち、今はまるで別人のように瞳が鋭く光っていた。

やがて、イシュタルの右手が、おもむろに掲げられた。

「トール…ハンマー……」

その瞬間、全ての音という音が消えた。時間にして一瞬のことだったが、とてつもなく長いことのように思えた。ヒルダの表情が、不気味な笑みにとって変わった。

ズガガガガアアアアンッッ!!!!

真っ白な光が、その辺り一帯を包み込む。

その轟音を最後に、イシュタルは気を失った。放たれた魔力の衝撃波が辺り一帯を吹き飛ばし、フリージ城全体が激しく振動した。

城の者達は、大規模な地震があったのだと騒ぎたてたが、事実この日に何が行なわれていたかということは、一部の者を除き、誰一人知る由もなかった。



このとき、イシュタル12歳のことだった――――

  

 

【2】

 

 

あの、イシュタルにとって忌まわしい出来事から数年後…。

帝国の支配は以前にも増し、厳しいものとなっていた。

各地で起こる反乱は留まることを知らず、人々は、無謀\とも思える帝国の圧制にただただ苦痛の叫びを上げていた。

日増しに強まる反乱の動きに対処するため、帝国は、本土の将軍たちを各地に次々と派遣していった。そして、その圧倒的な武力によって、反乱を根こそぎ鎮圧していったのである。

フリージ家においてもそれは例外ではなく、ブルーム公は、既に帝国の手に落ちたレンスター王国における、最後の残党狩りを任じられていた。

ヒルダはイシュタルと共にミレトス地方、クロノス城へと派遣され、そこで市民たちの監督を命じられた。

だが、ここではもう一つ、ある重要な任務を秘密裏に与えられていた。それは、この地に駐留する暗黒\教団と共に、『子供狩り』を行うというものだった。

『子供狩り』

それは、暗黒\神ロプトウス復活の生贄として、純粋無垢な子供達を火に投じるという悲惨を極めるものだった。

遥か昔、この地方では歴史上同じことが起こっていた。暗黒\神への生贄として、多数の子供が虐殺されたといわれる『ミレトスの嘆き』。人々は、その再現だと帝国に対し恐怖を募らせていった。



イシュタルはここでもまた、罪もない市民達が捕らえられていく様を目にしなければならなかった。

毎日のように多数の市民達が兵に連れられ、城の中へと入っていく。それはまさに、かつてフリージで目にしたものと全く同じ光景だった。

あのフリージでの一件以後、イシュタルから笑顔というものが消えていた。





クロノス城――――



その日、いつにも増して城内が騒然とした空気に包まれていた。

長らくこの地方をおびやかしていた、大規模な反乱軍のリーダーを捕らえたというのだ。

ミレトス地方はもともと戦争とは縁のない、静かな貿易国であったが、ここ数年、帝国の支配力が強まってきてから大規模な反乱が生じ始めた。

この反乱軍は今まであった市民レベルのものとは違い、自由騎士や、かつての帝国兵、戦いの心得のある市民達を集めた、本格的な軍隊規模のものだった。

帝国兵といえども、中には不信感を抱く者もいる。そんな者達を一か所に集め、また、各地の自警団なども集結させ、大規模な反帝国組織を結成していたのだ。

反乱軍のリーダー『ベルナルド』は、ヒルダがこの地方に派遣されてから新たに選ばれた。

前リーダー、オルディアスは慎重派として知られ、ここ数年は表立った反乱の動きを見せることは少なかったが、とある帝国との防戦の際、ヒルダの差し向けた精鋭、『雷騎士団ゲルプリッター』との戦いで無念の戦死を遂げた。

慎重派のオルディアスとは異なり、現リーダー、ベルナルドは、行動派として強い支持を受けていた。

市民達は、日増しに強まる帝国の圧制にもはや限界を感じており、そんな折、ベルナルドの理想は絶望の淵にあった市民達に希望を与えたのだ。



―――――だが、そんな人々の理想も、長くは続かなかった。



ヒルダの執拗な追撃は、反乱軍をじわじわと追い詰めていった。

いかに剣や魔法の心得があろうと、強固な鎧に覆われたクロノス城の正規軍相手では、後退を余儀なくされた。

反乱軍を支援していた市民達は、ことごとく帝国によって捕えられ、町もろとも焼き尽くされていく。残酷なヒルダの所業に、人々は改めて帝国の恐ろしさを痛感することになった。

そしてついに、反乱軍最後の砦が帝国軍に包囲されたとき、逃げ場を失った反乱軍は決断を迫られた。



『戦いか、降伏か』



戦いを選べば、それは確実に『死』を意味する。だが、降伏しても、今の帝国の支配に怯えながら暮らさねばならない。長い話し合いの末に皆が戦うことを決意したそのとき、リーダーのベルナルドは、一部の部下と共に帝国軍の陣営へと切り込んだ。

帝国兵は、こぞってベルナルドを追った。彼には高い懸賞金がかけられており、捕らえた者には莫大な金が支払われる。帝国兵は、目前の反乱軍など相手にはせず、ベルナルドの捕縛だけに全てを注いだ。

ベルナルドは逃げた。できるだけ遠くに帝国軍を引き付ければ、それだけ砦に残った同士達を逃がすことができる。

逃げ続ける間、敵の攻撃から守ってくれたのは、これまで共に戦ってきた親友とも呼べる4人の部下達であった。

猛スピードで突っ走る中で、一人、また一人と部下達が盾となり崩れ落ちていく。全ての部下の姿が消え、ベルナルド一人になっても、振り向かずに走り続けた。



―――――そして、作戦は成功した。



砦に残った反乱軍の戦士たちは、追撃の手が緩んだ帝国軍から逃れ、各地へ散った。

ベルナルドはそのことを確信すると、立ち止まり、無数の群れと化して襲ってくる帝国兵に、その身を委ねた。



――――――――



そして今、ベルナルドが城門をくぐる。周囲にはおびただしい数の帝国兵が取り囲み、ミレトス地方第一級指名手配の男をひと目見ようと、多数の帝国市民が詰め寄った。

ベルナルドは無数の市民達のどよめきの中、黙って歩き続けた。その瞳はどこか別の空を見ているように穏やかだった。ベルナルドは、そのまま城内の奥へと連行されていった。

王宮内にも外の市民達と同じく、多数の見物人が集まっていた。ベルナルドが通ると、乱暴な言葉を投げかける者や、あざ笑う者が後を絶たない。その屈辱の間も、ベルナルドは終始沈黙を守っていた。

―――――やがて、ヒルダの待つクロノス城の中枢。玉座の間へと辿りついた。

部屋の奥に配された小高い玉座。その周りを取り囲むように、鋼鉄の鎧に身を固めた近衛兵の姿が目に映り、その隣にはあのイシュタル王女の姿もあった。そして、無数の宝石や金などで装飾された玉座には、このミレトス地方を治める女王、ヒルダの姿があった。



物々しい空気の中、兵士の一人が玉座の前に歩み出る。そして、身動きの取れないようぶ厚い手錠をかけられたベルナルドを、強引にひざまずかせた。

「ヒルダ様!反乱軍のリーダー、ベルナルドを連行致しました」

瞬間、辺りからどよめきが起こった。

その言葉で、玉座に悠然と座り、頬杖をついているヒルダがゆっくりと身を起こした。

辺りのどよめきは途端、静寂に変わる。そして、おもむろにヒルダの口が開かれた。

「…おやおや、これが噂の反乱軍のリーダー、ベルナルドかい。ようやくお目にかかれたねぇ…」

玉座に腰を降ろしたまま、ヒルダはにやっと冷酷な笑みを浮かべ見下ろした。

「…………」

ベルナルドがヒルダをきっと鋭い眼光で睨み付ける。ヒルダは満足げに薄笑いを浮かべた。

「…しかし、なんだねぇ。あれだけこの辺りを騒がせてくれた輩にしては、ずいぶんガキっぽいじゃないか。あたしはもうちょっと骨のありそうな男を連想してたんだけどねぇ」

周りの兵士達がどっと笑い声を上げた。

「…それにしても随分このあたしをてこずらせてくれたもんだ。おまえ一人を捕えるために、どれだけの時間と金を費やしたと思うんだい」

「………」

「フン…喋る度胸もないのかい。まぁ、こうなっちまうと反乱軍のリーダーも形無しだねぇ。…だけど、どんな気分なんだい?反乱軍のリーダーともあろう者が、こうして敵の前にひざまずかされているのは。さぞかし屈辱的なんだろう?あーっははは」

ヒルダは部屋に響き渡るような声で高笑いを上げた。同時に兵士達も一斉に笑い声を上げる。

「…地獄に落ちろ」

ベルナルドの言葉に、一瞬辺りがしんと静まった。ヒルダは、その鋭く尖った瞳をゆっくりとベルナルドの方に向けた。

「…なんだって?今なんと言ったんだい…」

「…地獄に落ちろ、ヒルダ。お前のその高慢な素振りを見ていると、ムシズが走る」

―――しばらくの静寂。やがて、今まで余裕たっぷりだったヒルダの表情が、みるみるこわばった。

「お前たち!この身のほど知らずを痛めつけてやるがいい!」

「ぐあっ!!」

ヒルダが命令を下すと、兵士の一人がベルナルドの背後から何か棒のようなものを殴りつけた。

「っく……!」

しばらく息ができず、その場で苦しむベルナルド。

「…どうだい、少しは自分の立場ってものがわかったかい?」

「くそ…ヒルダ…これがお前のやり方だ…。優位な場所から他者を見下ろし、力を持たない者に服従を強いる。お前はそこで薄ら笑いを浮かべ、自分の手は汚さない」

ベルナルドは激痛に耐えながら、それでも憎しみのこもった鋭い眼光でヒルダを睨みつけた。

「ふん…お前たち反乱軍はまだそんな寝言をほざいているのかい…。いいかい、この世は力のある者が全てなんだ。平和だ理想だと語っても、結局お前たちも力に訴えているじゃないか。何だかんだ言っても、最終的には力の強いものが得をし、弱い者は損をするしかないのさ」

「俺たちの戦いをお前たちと一緒にするな!お前たち帝国は、ただ市民達を支配し、虐殺しているだけだ!俺たちの戦いは自由を得るための戦い。この国を解放するための戦いなんだ!」

玉座に向かって身を乗\り出し叫ぶベルナルドに、もう一度背後から容赦ない一撃が襲った。

「がっ…!」

ベルナルドはうめき声を上げながら、地面にうずくまる。

その見苦しい姿を見ながら、ヒルダはふぅ~っと溜息をついた。

「あたしの一番嫌いなものを知ってるかい。…それはね、お前みたいなくだらないえせ正義を振りかざす輩なんだよ」

ヒルダが首で合図をすると、兵士が数人歩み出た。

「くっ…ヒルダ!いい気になるな!!解放軍はまだ滅んじゃいないんだ。残された同士達が、いつか必ずお前たちを滅ぼしてくれる。忘れるなヒルダ!お前たち帝国の支配がそう長く続かないことをな!!」

「やれやれ…よくほざくねぇ…。連れてきな」

兵士はベルナルドの手錠を引き、むりやり立たせた。そして、抵抗するベルナルドを強引に玉座から引きずり出した。

「あはははは、いいザマだね。いいだろう、あいつは公開処刑することに決めたよ。期日は10日後だ。それまで、この世の地獄を味合わせておやり。首を切って簡単におわらせちまっては面白くないからね。死んだ方がマシだと思うまで苦しめ続けてやるのさ。そうしてあの生意気な口をきけなくなったら、仲間たちの目の前でゆっくり殺しておやり。あーっはははは」

「…………」

ヒルダの隣でじっとそのやりとりを見ていたイシュタルは、さも満足そうに高笑いするヒルダを、複雑な面持ちで見つめていた。





その夜――――――



――――――

――――



『イシュタル!何をやっているんだい!!さっさとその子供を殺すんだよ!!でないとお前が殺されるんだ。それがわからないのかい!!』

「いやです!お母様!そんなことは…できません!!」

『何を今さら言っているんだい!お前の周りを見てごらん。今までお前が見殺しにしてきた子供達だよ。そうさ、イシュタル。お前がここでこの子一人殺さなかったところで、お前のしてきたことが許されるはずがないんだよ!さあ、イシュタル、やるんだ…。あたしが力を貸してやるよ…』

「えっ!?こ、これは…この光は…トールハンマー。や、やめて下さいお母様!私は…!」

『さあ、トールハンマーよ。イシュタルの力を苗床とし、その無限なる魔力を解放するんだ…!』

「そ、そんな…魔力が…広がって……きゃあああああ!!!!!」



――――――――

―――――

―――



「いやああああーーーーーッッ!!!」

そこは、いつもの寝室だった。

「わ、私は…… あれは、夢…」

イシュタルは、額に手をあて、目を閉じた。額はうっすらと汗で湿っており、胸の鼓動は激しく動悸を繰り返している。なぜか辺りの静けさが、逆に恐ろしかった。

「う、う…」

その夢は、うなされる時に決まって見る、イシュタルにとっての悪夢だった。

あのフリージでの出来事は、忘れようとしても必ずこういった『夢』という形で思い出させられる。しかも、それは今現実に起きているかのように新鮮味を帯びているのだ。

「イシュタル様…いかがなされました?」

ドアの向こうから、仕えの女官が小さな声で呼びかけるのが聞こえた。

「いえ… なんでもありません。心配しないでください…」

イシュタルは溢れ出てくる涙をこらえ、冷静な口調を装って答えた。

この城内では、イシュタルは自分の弱さを周りに見せたことがない。自分の弱さを見せることは、この世界では自らを危険にさらすことだと感じていたからだ。

母ヒルダの影響もあってか、ここに来てから他人を信じる気持ちというものを失いつつある。イシュタルは自分でそのことに気付いてはいたが、どうすることもできないことに毎日ただ苦悩していた。

だが、思い起こしてみれば、物心ついたときから真に心を許すことのできる人間など、周りに誰一人としていなかったのだった。

いつしかイシュタルは、自らの感情を心の奥底に深くしまい込むようになっていた。



結局その夜は眠ることができず、じっと窓から見える星空を眺めていた。そうしているうち、不思議と胸の鼓動は収まり、落ち着きを取り戻していた。

 



[201 楼] | Posted:2004-05-24 10:19| 顶端
雪之丞

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【3】

 

 

翌朝――――――





「イ、イシュタル様… どうされたのです?ここはあなた様のような方が来られる場所では…」

「よいのです。通しなさい」

「は、はい…」

じめじめと薄暗い地下牢の大扉が、ゴゴゴゴゴ…と大きな音を立てて開く。

ここはクロノス城の地下牢獄。これまで帝国に逆らったとされる者や、罪人などが捕らわれている。

「お、王女…。ここから先は危険ですので私が… イ、イシュタル様!」

イシュタルは慌てふためく牢番の言葉を気にもとめず、牢獄内へと足を踏み入れた。

中に入ると、むっとした淀んだ空気に包まれた。そこには多数の人々が捕われの身となっており、若者から年寄りまで、とても犯罪者には見えない者ばかり。中にはまだ年端もいかぬ子供たちの姿まであった。

辺りからはどこからともなくすすり泣く声や、呻き声といったものが牢獄内に響き渡っている。

皆決まって怯えたような目をしており、目の前を横切っていくイシュタルの姿をじっと見つめていた。

イシュタルは顔色一つ変えず、奥へと歩いていく。やがて、一番奥にある牢屋の前まで来ると、そこで立ち止まった。

「…………」

イシュタルが、鉄格子の外から中の様子を黙って見据える。「その男」は、ボロボロに崩れかけたみすぼらしいベッドに横たわっていた。周りのざわめきなど気にも留めない様子で寝そべっていたが、牢の前の気配を感じ取ったのか、ゆっくりと体を起こした。

「…あなたが、反乱軍のリーダー、ベルナルドですね」

その言葉に、男はしばらく黙ったままイシュタルの顔を見据える。やがて、何かを思い出したように目を大きく見開いた。

「お前は… あの時ヒルダの側にいた…」

「私はイシュタル」

「なに!イシュタルだとっ!?」

名前を聞いた途端、男は布団をがばっと剥いで飛び起きた。

「貴様がイシュタル!あのヒルダの娘か!!よくここに顔を出せたものだな!!」

ベルナルドは鉄格子に掴みかかり、今にもイシュタルの方へ飛びかからんとばかりに睨みつけた。

「…母をあそこまで追い詰めた反乱軍のリーダー、ベルナルドという者を見ておきたかったのです」

イシュタルは、ベルナルドの気迫に気おされすることなく、冷静に言った。

「…なるほど、あざ笑いに来たってわけか。好きにするがいいさ、俺はどのみちここで死ぬんだからな」

ベルナルドは鼻で軽く笑うと、鉄格子から離れ、静かに後ろのベッドへ腰掛けた。

「……………」

しばしの沈黙の後、イシュタルが消え入りそうに小さく口を開いた。

「あなたは――――」

「…?」

「あなた達は…なぜ帝国に逆らうのです。あなた方が我々に刃向かわなければ、皆が苦しむこともない。犠牲は最小限で済むはずです。…それに、帝国の力は既にこの大陸全土に及ぶほど強大なものになっています。…あの程度の反乱軍では全く歯が立たないことは、あなたもわかっているはず。それなのに何故…」

「…………」

「答えなさい」

「…それがわからないほど、お前は愚かなのか?」

「……え?」

「俺はこの国で生まれ、育ってきた。両親はごく普通の一市民で、俺は剣の腕が強いわけでもなけりゃ、人を指揮する力もない。…だが俺たちは貧しいながら、それでも平和な生活を送っていた。…ヒルダがこの国に来るまではな」

「………」

「奴らは俺たちを従えるために、手近な村を一つ一つ焼き払っていった。そうすることで帝国の力を示すことに繋がり、反乱の意思がある者を労せず発見できる。狡猾な奴だ…」

「…………」

「そして、俺の両親はそのとき殺された。ただの見せしめだけのためにな。俺だけが生き残り、そしてあの人に…オルディアスに拾われたんだ。俺はそこで解放軍の一員として、自由の剣を振るう戦いに参加することにした。俺にとって、この戦いはただの反乱じゃない。腐りきった帝国の支配から、昔の平和でありふれた暮らしを取り戻すための戦い。この国は俺たちの祖国なんだ!」

「…………」

「………」

「…ちっ… つまらん話を…」

ベルナルドは、突然我に返ったように後悔の表情を浮かべた。

「…もう行け。話は終わりだ」

ベルナルドはそう言って乱暴にベッドの上に転がると、もう口を開くことはなかった。

「……私は、あなたの言う戦いが本当に正しい選択とは思えません。でも、故郷を思うあなたの気持ちは少しですがわかる気がします…。私も…」

「イシュタル様、そろそろ…」

牢番の兵士が、囚人と長いこと話をしているイシュタルを見かねてやってきた。

「………どうやらここまでのようですね。では…」

イシュタルはそう言って、静かにその場を立ち去った。

「……………」

ベルナルドはベッドに寝っ転がったまま、去っていくイシュタルに何も言おうとはしなかった。





それから数日。宮廷ではどことなく静かな日々が続いていた。それというのも、ヒルダがここのところ城を留守にし、いずこかへ出かけているからであった。行き先は一部の近衛兵士しか知らされておらず、イシュタルにもどこへ行ったのかはわからなかった。

反乱軍も消え、敵のリーダーも捕らえ、穏やかな日々が続いているかに見えていたが、あれからベルナルドの言葉がイシュタルを苦しめるようになった。

いつもなら敵国の兵士の言葉など聞く耳を持たなかったイシュタルだが、あのベルナルドの言葉だけは耳から離れない。

“昔の平和な暮らしを取り戻すための戦いだ”と言い放つベルナルドの瞳からは、強い信念が伝わってくる。

―――この国は俺たちの祖国なんだ!

イシュタルの脳裏に、この言葉が何度も蘇える。

母ヒルダ、帝国、解放軍、故郷、子供狩り。

考えれば考えるほど、それらが陽炎のように揺らめき、ぼやけてしまう。“何が正しくて何が間違っているのか”それが今のイシュタルにとって、最も重い問いかけとなっていた。

気付いたとき、イシュタルは再び地下牢へと足を運\んでいた。



深い緑のローブを身にまとい、あの薄暗い地下牢へ赴く。大扉の前にはあの牢番が立っていた。

「イシュタル様、どちらに…」

「囚人に聞きたいことがあります。通してください」

「ですが、ベルナルドの処刑があと数日に迫っています。それまで誰も入れるなと、ヒルダ様に仰せつかっておりますので…」

「この私の言うことが聞けないというのですか?通しなさい」

「は はっ…!」

イシュタルは、牢番が扉を開けるとローブで顔をを深く覆い、中へ入っていった。

そして、再びベルナルドの牢の前に立った。

「……………」

日の光すら差すことがない牢獄の中、ベルナルドは奥の壁に寄り添い、うつむいていた。

微動だにせず座っている姿は、まるでこの地下牢と同化してしまったかのように、全く気配がないように思える。

「ベルナルド」

イシュタルが小さな声で呼びかけると、ベルナルドはゆっくりと頭を持ち上げた。

「………!!」

影になり見えにくかったが、ベルナルドのその表情は苦悶に満ちていた。よく目を凝らすと、体中を無数の傷が覆っている。所々血が吹き出したような跡があり、普通の人間なら死に至ってもおかしくないほどの傷だった。

「それは……」

「……ふっ…またお前か。こんなところに来ていいのか?ヒルダが許さないはずだ…」

「その姿はいったい…」

「これか…。ヒルダめ、処刑が近いからといって、楽には死なせてもらえないらしい…。大方、痛めつけるだけ痛めつけて殺すつもりなんだろう。馬鹿な話だ…解放軍のリーダーともあろう者が…」

「母上が……」

「それより何の用だ。お前とは話すことなどないはずだ…」

「…………」

イシュタルは、しばらく黙ってうつむいた。

「…一つ、聞きたかったのです。あなたは……」

そう言って、イシュタルはまた黙ってしまった。何を聞きたかったのか自分でもわからなかった。聞きたいことはたくさんあったはずなのに、なぜか突然、何を聞きたかったのかわからなくなってしまった。

「……私は…どうすれば…」

「なんだと…?」

「私は!…」

ベルナルドには、そのイシュタルの表情がまるで助けを求め懇願しているかのように映った。

イシュタルは言葉にしなかったが、全てはその悲しみに溢れた瞳が語っていた。

「お前は…いったい……」

イシュタルは、はっとした表情をすると、目を伏せた。

「…………」

イシュタルはそれ以上語らず、ただ沈黙したまま立っていた。

「どうやら……俺は思い違いをしていたらしい。…ヒルダの娘だというからどれほど冷酷な人間かと思い、ヒルダと同じ程に憎んでいたものだったがな…。今の目を見てわかった。お前も苦しんでいる、ということか…」

ベルナルドは、ふうっと息を吐き出すと、傷口を押さえ、ふらふらとおぼつかない足取りでベッドの上へと身を移した。時折傷が痛むのか、辛そうな表情をする。そして、もう一度、深呼吸に似た溜息をついた。

「俺が…解放軍のリーダーとなったとき、前リーダー、オルディアスは言った。帝国に全面戦争を仕掛けてはならないとな…。まだ帝国に対抗するには早すぎる。時を待ち、必ず現われる同じ意思を持つ者と共に戦えと…。

あの人が帝国軍の待ち伏せに合い、倒れたとき、この俺がその死を見取った。

彼は俺の育ての親も同然。尊敬していたし、今まで一度も逆らったことなどなかった。

だが、その言葉だけは受け入れられなかった…。

帝国は俺の両親だけでなく、友の命も奪い去った。この期に及んで、いつ現われるとも知れない同士を待っていられるほど、理性的な人間じゃない!」

「…………」

「…だが、あんたの言う通り、勝ち目のない戦いさ…。挙句、このザマだ。ふっ… これじゃあの世でオルディアスに顔向けできないな」

ベルナルドは自らをあざ笑い、続けた。

「……俺はここで死ぬが、この意思は必ず受け継がれる。オルディアスの言う通り、必ず俺と同じ意思を持つものが現われ、帝国を滅ぼしてくれるはずだ。お前たちも…必ずその報いを受ける。お前たちは、罪のない人間を殺しすぎたんだ」

「…………」

イシュタルはただ黙ってベルナルドの話に耳を傾けていた。

「…お前が何を考えているか俺にはわからん。だが…自分の意思を持たずに生きることほど哀しいことはない。そのことを忘れるな」

そう言うと、ベルナルドは口を閉ざし、傷口を押さえながら辛そうにうつむいた。

「…………」

イシュタルは、しばらくその場で佇んでいたが、やがてその場を後にした。

姿が消える寸前、微かに「…ありがとう」という言葉がベルナルドには聞こえた気がした。

 

  

 

【4】

 

 

ベルナルドが捕らえられ、6日が経過していた。



ヒルダの余興として行われているベルナルドへの虐待は日増しに強まり、体の傷は消えるどころか、むしろ増えていく一方だった。

日に日に弱っていくベルナルドの姿を見て、ヒルダはさも満足げに微笑む。そして、何度体を痛めつけても精神的に屈することのないベルナルドに対し、ヒルダはそれを楽しむかのように虐待の手を強めていった。



一方クロノス城下では、ベルナルドの処刑をひと目見ようと、多数の市民達が集まりつつあった。皮肉にも、『解放軍リーダーの処刑』という一大イベントにより、町がこれまでにないほど活気づいていたのである。

人々は口々にベルナルドのことを噂にし、城下は祭りのような賑わいを見せていた。

しかし、中にはその光景を心の底から憎しみの念でみつめる人間もいた。

ベルナルドと共に戦い、各地へ散ったはずの元解放軍たちである。

志を共にした同士の姿を見届けるため、そして、あるはずのない微かな希望を抱きつつ、この地に足を踏み入れざるを得なかった。





そして、8日目に入った日の深夜………





城内全てが寝静まり、壁にかけられているたいまつの炎がくすぶる音だけが聞こえる。

昼間の賑わいとは裏腹に、全てが静止した城内。その中で、一つの人影が人目を忍ぶようにうごめいていた。

その影は漆黒\のローブに身を包み、宮廷を音も立てずに移動する。

時々明かりを灯した見張りの兵がやって来るが、それらを的確な動きで避けながら、ある場所を目指していく。やがて、地下牢へと続く深い階段の前で足を止めた。

「…………」

しばらくの間、微動だにせず、静かに辺りの気配を探る。と、階段の下の方からぼんやりと淡い橙色の光が近づいてきた。

黒\いローブは素早く身を翻すと、柱の影に身を隠し、気配を消す。

階段から上がってきたのは見張りの兵士だった。片手にはたいまつを持ち、階段を上りきると、さも眠たそうに大きなあくびをしながら反対方向へと曲がっていった。

瞬間、黒\いローブが階段の中へ音もなく飛び込んでいった。その後に、緩やかな風だけが痕跡として残った。

「……?」

見張りは一瞬振り向いたが、そこにはもう何の姿も見えなかった。見張りは不思議そうな顔をして首を傾げると、そのまま反対側へと歩いていってしまった。



―――――――――



地底まで続くのではないかと思えるほど深い階段を降りていくと、やがて地下牢獄の大扉が見えてきた。

巨大な洞窟に造られたこの牢獄は、昼夜問わず光が届かない。点々と見える明かりは全てたいまつの炎だ。地下にあるため周囲の壁は分厚く、まさに脱出不可能。所々に地下水の影響で水が染み出している。内部はじめじめとしていて湿気が高く、とても長時間いられる場所ではない。



牢獄の扉の前には、図体の大きい一人の男が座っていた。

以前見たあの牢番ではなかったが、血の気が多そうな目で自慢の巨大な斧を手入れしている。

黒\いローブは気付かれないよう、おもむろに何かを取り出した。

そして、目を閉じ静かに何かを呟くと、それはぼうっとほのかな輝きを放った。



ごとっ…



向こうの方から鈍い物音が聞こえた。そこには、先ほどの牢番が地面にうつ伏せに倒れている姿があった。死んでいるわけではなく、微かに息をしているが意識はない。

牢番が動かないことを確認すると、黒\いローブはベルトから鍵束を奪い、扉の錠前を外した。

ゴ…ゴゴゴ…ゴゥン…

できるだけ音を立てないよう開けるつもりが、さすがにこれだけの扉となるとそうもいかない。通路を塞ぐもう一つの鉄格子を開ける頃には、気配を感じ取った囚人たちに少なからずざわめきが起こっていた。

黒\いローブは身をかがめながらその中を足早に進むと、一番奥にある牢屋の前で立ち止まった。

「……誰だ」

鉄格子の前で音も無くたたずむ黒\いローブの姿を、奥から一人の男が警戒の眼差しでうかがっている。

「…ベルナルド」

黒\いローブが微かに口を開いた。その声には聞き覚えがある。

「―――!?お前は!!」

黒\いローブはおもむろにフードを上げる。そこに現れたのは、どこか憂いのある瞳と、後ろに結われた美しい銀髪だった。

「イシュタル!!」

驚くベルナルドに構うことなく、イシュタルは先ほど牢番から奪った鍵束を取り出し、錠前に差し込み始めた。

「な…なにを…!?」

「あなたをここから出してあげます」

錠前に合う鍵を一つ一つ試しながら、イシュタルは答えた。

「俺をここから出すだと!?気は確かか!!」

「…………」

イシュタルはその問いには何も答えず、ただ黙々と鍵を探している。

「俺をここから逃がすということが何を意味していると思う!帝国を裏切るということだぞ!?」

「……私は…」

「……?」

「私は…母や帝国を裏切ることはできません。ですが…あなたをこのまま死なせてはいけない…。そんな気がしたのです…」

「なに…?」

「私にも…わかりません…」

イシュタルの鍵を探す手が一瞬止まった。

「ただ、一つ約束してください。ここを出たら、どこか遠くへ逃げるのです。帝国のことも、反乱軍のことも忘れ、どこか手の届かないところまで逃げなさい。そして、もう二度とこの国に戻ってはいけません。…でないと、あなたは…帝国や母の恐ろしさを目の当たりにすることになるでしょう…」

「…………」

そのとき、ガシャンという音とともに、鉄格子が開いた。

「早く。こっちへ」

イシュタルが素早くベルナルドを牢から引き出す。

「見張りは先ほど出て行きました。出口は一か所しかありません、急いで」

「し、しかし…」

「早く!」

イシュタルはベルナルドを強引に引っ張ると、牢の出口へ小走りで向かった。

だが…。

「ベルナルド!」

「出してくれー、頼むーー!」

「お願いです、助けてください!」

「助けてくれぇ!」

両側の鉄格子の中から、捕らえられたおびただしい数の市民達が一斉に腕を出し、ベルナルドに助けを求めた。皆懇願するような目でベルナルドを見つめ、中にはベルナルドの知った顔も含まれていた。

イシュタルはそんな中、躊躇せず出口へと向かっていく。しかし、ベルナルドはそこに立ち止まり、動こうとしなかった。

「何をしているのです!」

「………っ!」

「ベルナルド!!」

「だめだ!!俺にはできん!!この者達は何の罪もなくここに捕らわれている!俺だけがここから逃げ出すことなどできるはずがないッ!イシュタル、鍵をよこせ。ここにいる全員を助け出す!」

「それはできません」

「イシュタル!!」

「この人たち全員を助ければ、必ず兵に見つかります。そうなれば、一人残らず処刑されるでしょう。私ができることは、あなた一人を助け出すことだけです…。この人達には気の毒ですが…」

「………。なんてことだ…」

「早く、時間がありません」

イシュタルはそう言うと、魔法で眠らせた牢番を横切り、出口の方を探りに行った。

「……すまない。だが待っていてくれ…。必ず、俺の手で助け出す。必ず…」

ベルナルドは助けを求める無数の囚人達を振り切り、イシュタルのいる出口へと向かって走った。



出口へと続く長い階段の前で、イシュタルが待っていた。

「あとはこの階段を上がり、城の非常用通路から逃げるのです。そこまでは私が案内できますが、見張りの兵に気付かれないように」

「ああ…。だが、牢に俺がいないと知られたらどうする」

「私がかけた眠りの魔法はあとしばらくはもちます。その間に…」

「…わかった。信じよう」

「………」

イシュタルは正体がばれないように、頭にフードを深々とかぶり、二人は慎重に階段を上っていった。

「これを…」

途中、イシュタルは用意してきた一振りの剣をベルナルドに手渡した。一般の兵士が使う安っぽい剣だったが、今のベルナルドにとって、これほど心強いものはなかった。ベルナルドはその剣を受け取ると、再びイシュタルの後ろを歩き出した。

じめじめとした壁をつたいながら、らせん状に続く階段を上る。

やがて、上方に出口らしきものが見えてきた。月の明かりがわずかに差し込んでいるのだ。

「よし、ここまで来ればあとは…」

もうすぐ階段を上りきるというとき、突然出口が大きな影にふさがれた。

わずかな明かりで見えたその影は、あの見張りの兵士だった。

「――――――!!」

「――――!!」

お互いに一瞬動きが止まる。そして、次の瞬間それがどういった状況かを理解した。

「きっ貴様は…!!」

兵士が驚きの声を上げる。だが、それと同時にベルナルドがイシュタルの後ろから物凄いスピードで飛び出した。

「だっ 誰かッ――――」

ザスッ!!――――

…兵士の声が止まった。

ベルナルドの剣が兵士の胸に深々と突き刺さり、兵士はそれ以上声を上げる間もなく絶命していた。

ベルナルドは剣を素早く引き抜くと、兵士はその場へ静かに崩れ落ちた。

「…………」

イシュタルはその光景をただ見つめていた。自国の兵士が死んだというのに、何故か何の感情も湧いてこないことに、違和感を覚えていた。

「こちらです。…急いで」

イシュタルは倒れている兵士をそのまま残し、城の裏側へと向かった。

途中、何人かの見張りがいたが、城内を知り尽くしているイシュタルの手引きで何とか回避しつつ、目的の場所へと移動した。

幸い、城の裏口付近に見張りの兵士はいなかった。

「あとはあの扉を越えれば外へ出られます。夜の闇に紛れて行けば、帝国兵に見つからずに村まで辿り着けるはず」

「わかった」

「では、これでお別れです。ここから先はあなた一人で行ってください。そして、先ほどの約束…。二度とこの国に踏み入れないこと。それは忘れないで」

「…………」

「では私はこれで。この先、あなたが帝国の手から離れ、平穏に生きていけることを願います」

イシュタルはベルナルドを見据えると、身を翻した。

「待ってくれ」

ベルナルドが歩いていくイシュタルを呼び止めた。

「…イシュタル、お前も俺と共に来ないか?」

イシュタルの足が止まった。

「…………。ベルナルド…私の答えは…」

イシュタルはベルナルドを背にしたまま、じっと前を見据えていた。言葉ではそれ以上何も語らず、沈黙が答えだった。

「………そうか……」

「………」

「イシュタル、俺は…この国で生まれ、育った。この国に暮らす人々は言わば俺の家族のようなものだ。だから… このまま逃げることはできない」

「……………」

「俺は…ここに捕らわれている者達を救い出すつもりだ」

「………」

「さらばだ、イシュタル」

ベルナルドはそう言うと、裏口の扉を開き、夜の闇へと溶けて消えていった。

イシュタルは気配の消えた背後を振り返り、一瞬目を閉じた。そして、再び元来た道を引き返していった。



――――――――――



そのしばらくの後、城内が騒然とした空気に包まれた。

ベルナルドの脱走を知った兵士達が城中の人間を動員し、全力をもってベルナルドの行方を捜索していた。

静かだった城内が途端に慌ただしくなり、まるで戦争の準備でもしているかのような様相を呈していた。

その騒ぎのなか、イシュタルは一人自室にこもり、窓の外の景色をじっと眺めていた。

この夜だけは、窓から差し込む月の光が特別明るく感じていた。

 

 



[202 楼] | Posted:2004-05-24 10:20| 顶端
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【5】

 

 

そして、その翌日――――



夜通し行われたベルナルドの捜索は、結局何一つ成果が得られず打ち切られることとなった。眠らされていた牢番は既に処刑され、城内の見張りを担当していた兵士達も全員投獄された。

しかし、脱獄の手口や状況などから、何者かが城内へ侵入し、ベルナルドの脱出を手助けしたものと考えられた。

姿なき侵入者のわずかな痕跡を求め、城内の細部に渡るまでくまなく捜し続ける兵士達。だが、いくら調査したところで目撃者は誰一人として出てこなかった。唯一、その一部始終を目撃しているとすれば、同じ牢獄内に捕らわれている囚人達である。しかし、誰に聞いても全て同じ答えが返ってきた。



『何も見ていない』



囚人達は頑なに口を閉ざし、いくら拷問をかけられようとそのことだけは一人として告げる者がいなかった。何人かは見せしめとして、その過程で殺されていったが、それでも囚人達は皆結託したかのように口を開くことがなかった。王宮で報告を受けたヒルダの表情がみるみるこわばっていった。

周辺の村々にも多数の帝国兵が差し向けられ、ベルナルドをかくまっている者を捜し続けた。村々を荒らしながら高圧的な態度で捜し続ける帝国兵に、無力な市民達はただ怯えながら耐え忍んでいるしかなかった。そして、そこでもまた人々は頑なに口を閉ざし、唯の一人としてベルナルドのことを口にする者がいなかった。



―――――そうして、数ヶ月あまりが過ぎ去っていった。





各地をまわり、ベルナルドの行方を捜していた帝国兵も、今ではその姿がほとんど見られなくなっていた。

かつては毎日のように村を訪れた帝国兵も、いつしかその任務を忘れ、各地に点在する砦で遊び過ごすようになった。

ベルナルドの失踪以後、動きの全く見られない反乱軍に、各地の砦はもとよりクロノス城内でもベルナルドのことを話題にする人間が少なくなってきていた。

城の人間は口々に『所詮、反乱軍は反乱軍』などと笑い飛ばし、過去の幾度かに渡る戦いのことを酒の肴としていたのだった。

皆が反乱軍のことを記憶の片隅に葬り去ろうとするなか、イシュタルだけは、ベルナルドの言葉が頭から離れずにいた。数ヶ月経った今も、何故か心の底から安心することができなかった。





―――――そして、暑い日差しの照りつけるある日のこと。ついに運\命の歯車が音を立てて動き始めた。





最初にその『異変』に気付いたのは、城の四方に建造されている見張り塔の兵士だった。

4つある塔全ての兵士が、その光景を目に、ほぼ同時に声を張り上げた。

彼らが指を指す方角。その遥か遠くに、無数の黒\い影が陽炎にのって揺らめいていたのだ。

「あ、あれは…!」

「まさか…」

その信じ難い光景を目に、兵士達は愕然と立ちすくんだ。

やがて、真っ先に玉座へと駆けつけた一人の兵士が、足取りもおぼつかないまま、血相を変えて飛び込んできた。

「ヒ ヒルダ様っ!!」

「どうした!何があったというのだ」

「は、反乱軍が!!反乱軍が現われましたッ!!! と、とてつもない数です!!!」

「―――――ッ!!!」

「――――!!!」

その瞬間、城内の空気に衝撃が走った。

痛みにも似たその只ならぬ気配に、兵士も女官も、その役職を問わず、城中の人間全てが一斉に外を見た。

そこに映ったのは、広大な草原一帯に敷き詰められた黒\の絨毯。国内に留まっていた、全ての反乱軍が結集した光景だった。

“祖国解放”を意味した軍旗が、大軍の前で力強くはためいていた。





「馬鹿な… 反乱軍だって…?この国にまだあんなに残っていたっていうのかい…」

玉座の間で、ヒルダが唖然とした表情でつぶやいた。

周りには、各部隊の将軍や参謀\、大臣など、要職に就く者達が集まり、各々に対策を講じ合っている。皆、予期せぬ反乱軍の出現に顔色を強張らせ、焦りと不安からか議論が全く折り合っていない。やがて、その状況を見かねた大臣が皆を制すると、ざわめきがぱっと止み、全員が玉座へと注目した。

「それで、こちらの兵力はどの程度出せるのだ」

大臣が手近な将軍に尋ねた。

「はっ、現在のところ、我が軍の主力部隊は問題なく出せます。しかし、反乱軍はこれまでにないほどの大軍勢…。我が軍にも多大な損害が生じることは否めません。半年ほど前になりますが、反乱軍の襲撃に備え、各地に兵を駐留させていたのですが…」

「…よもや我が城へ直接攻撃を仕掛けてくるとはな。…策が仇となったか」

「しかし、彼らさえ戻れば戦況はかなり有利となるはず」

「…よし、お前は各地の砦や駐屯地へ伝令を渡せ。一刻も早く城へ戻るようにな。それから、ラドス城とペルルーク城にも援軍を要請しろ」

「はっ!」

命令を受けた将軍は頭を深々と下げると、足早に玉座を後にした。

「むぅ…。しかし、この期に及んで反乱軍とは…。一体どこに潜んでおったのだ。あれだけ念入りな反乱軍狩りを行ったというのに…」

大臣が苛立ちを募らせながら言うと、玉座のヒルダが口を開いた。

「ふ… 愚民どもに一杯食わされたようだね。どこぞに潜伏していたんだろうことは間違いないけど、なかなか大した団結力じゃないか…」

「先ほど入った情報によると、反乱軍を指揮しているのはあのベルナルドである可能性が高いということです」

「…やはりそうかい………。 うん…?どうしたんだい、イシュタル。ずいぶん顔色が悪いじゃないか」

ヒルダの隣で事の成り行きをじっとうかがっていたイシュタルに、ヒルダが尋ねた。ベルナルドの名が出たときイシュタルの見せた一瞬の動揺を、ヒルダは見逃さなかったのだ。

「…いえ…何も…」

イシュタルがいつものように顔色一つ変えず冷静に答える。それを見て、ヒルダは冷ややかな笑みを浮かべた。

「よし、主力はこの城の前方にて展開。反乱軍を食い止めるんだ。あとは援軍が到着次第、挟み撃ちにしておやり」

「はっ!」

ヒルダの言葉に各部隊の将軍たちは一礼する。そして、既に詰め所で待機している兵士達の元へ一斉に向かっていった。

「ヒルダ様、ミレトス城にも援軍を要請した方がよいかと思われますが」

玉座に残った大臣がヒルダのもとで囁いた。

「いや…ミレトス城は本国にほど近い。下手に軍を動かしたりすれば勘繰られるかもしれないからね…。反乱軍ごとき、あたしが手を焼く程でもないだろ」

「は…確かに」

大臣は軽く頭を下げると、そのまま玉座を後にしていった。そして、残されたのはヒルダとイシュタル、そして、ヒルダを護衛する近衛兵のみとなった。しばらくの沈黙の後、ヒルダが玉座から身を起こし、ゆっくりとイシュタルの方を向いた。

「… ところでイシュタル、さっきの話の続きだ」

「………」

「おまえ、あのベルナルドを捕らえていた地下牢に行って、話をしていたっていうじゃないか…。いったい何を話していたんだい?」

ヒルダがイシュタルの耳元でささやいた。その口調には、低く鋭い不気味な感触があった。

「……私には…わかりません」

「兵から証言はとってあるんだよ。深い緑のローブをまとい、ベルナルドの牢で話をしていた…ってね」

「…………」

「話したくないのかい。まあいいさ…」

ヒルダは満足そうに笑みをこぼすと、再び玉座に座り直した。







―――――そして、ついに城の外では反乱軍と帝国軍とが向かい合い、今まさに激しい戦いが繰り広げられようとしていた。





「ベルナルド!帝国兵が出てきたぞ!やはりすごい数だな…」

クロノス城内から続々と出てくる帝国軍を前に、反乱軍の同士の一人、ジョナスがベルナルドに向かって叫んだ。

「……いや、そうでもないさ。どうやら奴ら、俺たちの襲撃を察知してはいなかったようだな。カルナス!」

「ここだ!」

ベルナルドの呼びかけに、兵士達の中から一人の屈強そうな男が現われた。

「お前たちの部隊は、後方からの援軍に注意してくれ。ヒルダのことだ、恐らく各地から増援を送り込むつもりだろう。俺たちが主力と戦っている間、挟み撃ちにされるわけにはいかん。頼む!」

「まかせておけ!今日の日のため、これまで戦いを続けてきたんだ。命に代えても守ってやる。こっちのことは心配しないで思う存分戦ってこい! よーし!お前ら、ついて来い!」

カルナスが後ろを振り向き大声で叫ぶと、彼の率いる部隊は反転を開始する。そして一路、遥か後方に見えるラドス城方面へと向かっていった。

「ベルナルド、帝国兵も陣形を組みはじめた。そろそろだな…」

「ああ。 …皆、聞いてくれ!」

ベルナルドが後ろを振り向き、その場に集結した反乱軍の兵士達に呼びかける。すると、辺りがすっと静かになった。

「俺たちは今日まで、帝国の圧制からこの国を解放するため、戦い続けてきた!だが、強力な帝国軍の前に、一時は後退せざるをえなかった。俺は帝国に捕らえられたとき、地下牢深くで多数の市民達をこの目にした。もう一刻の猶予もならない!こうしている間にも、彼らは地下深くで苦しみ続けているんだ!帝国軍を打ち倒し、再びこの国に自由を取り戻す!これが最後の戦いだ、お前たちの命を俺に預けて欲しい!!いくぞ!!!」

ベルナルドは剣を引き抜き、天空に高々と掲げた。

「おおーーーーーーーッッ!!!」

その言葉に兵士達も呼応し、天空に向かって剣や槍を高々と掲げる。国中へ響き渡るかような大歓声は、帝国軍陣営にも衝撃を与える程だった。



「は、反乱軍め…!」

「ええい、怯むな!いくら国中の反乱軍を結集したとはいえ、まだこちらの方が圧倒的に優勢なのだ!全軍、攻撃態勢!!」

ガシャン!

強固な甲冑を身に着けた帝国兵が、音を立てて槍と盾を前方に構えた。

「第一軍、前進せよッ!!」

その合図を境に、帝国兵が前進し始めた。見るからに重々しい鎧で身を包んだ兵達が横一列でゆっくりと進み、反乱軍へと徐々に詰め寄る。



「むっ!帝国軍が動き始めたか。よし、こちらも行くぞ!!いくら固い装甲に覆われようと、弱点を的確に攻めればなんということはない!全軍、突撃しろッ!!」

「うおおーーーーーー!!!」

ベルナルドが掛け声と共に先陣をきって飛び出す。その後を反乱軍の兵士達が我先にと続く。緑が豊かに生い茂った広大な草原に、馬の土煙がもうもうと立ち昇った。

ベルナルドは、周りから伝わる耳が裂けんばかりの轟音に包まれながらも、頭の中では別のことを考えていた。

「……イシュタル、これが俺の答えだ。お前は俺にこの国から離れ、全てを忘れろと言った。だが、今の俺はこの国を解放するため、人々から希望を託された存在なんだ。それに、今まで共に戦ってきた仲間を忘れ、一人生きることなどできない。俺はこの瞬間に全てを捧げ、帝国と戦う」

目前に巨大な盾を構えた帝国兵が迫ってきた。ベルナルドは姿勢を低くし、突撃態勢をとる。

「うおお…!帝国軍、今こそ人々の、そしてこの俺の怒りを受けるがいいッ!!はぁあーーッ!!」

ベルナルドの渾身の剣が、最前衛の兵士を貫いた。騎馬による凄まじいスピードのまま、固い陣形を組んでいる帝国兵の中に飛び込むと、数人の帝国兵を返す剣でなぎ払う。

と、次の瞬間、後ろから続く膨大な数の反乱軍兵士が、そのまま雪崩のように突撃した。

その恐ろしいまでに力強く、そして迅速な攻撃に、帝国軍の強固なはずの陣形が一瞬のうちに崩壊した。帝国兵は後から後から飛び込んでくる反乱軍に対応し切れず、戦場は既に『数対数』の乱戦の様相をみせていた。





クロノス城――――――



「ヒルダ様!我が軍の第15師団、手痛い被害を被り、後退中です!」

「お、同じく第11遊撃部隊、反乱軍の猛攻を食い止められません!!」

クロノス城中枢の玉座の間に、次々と戦況報告が届けられる。どれも帝国兵の劣勢を告げるものであった。

「ふぅん…なかなかやるじゃないか…。反乱軍どもも素人だけじゃないってことかい」

「ヒルダ様、反乱軍の馬速を生かした戦いに、我が兵士達が対応しきれていないのでは…」

「よし、新たに魔道士部隊と騎馬部隊、それから援護に弓兵部隊を投入するんだ。奴らの頭上に血の雨を降らせておやり!」

「はっ!」

そして、ヒルダの命により、城から新たな部隊が出撃することとなった。

雷撃魔法を主とした、宮廷魔道兵団。騎馬による速力を主とした、騎馬部隊。魔法攻撃と騎馬による速力を併せ持つ、魔道騎馬部隊。そして、後方支援として弓兵部隊。



「ベルナルド!あれを見ろっ!!城から新手だ!!」

「わかっている!!どうやらヒルダも焦っているらしいな!!よし、合図を出せ!!」

「了解だ!!おいっ!合図を出せーーッ!!」

ジョナスが命ずると、一人の兵士が甲高い音を発する笛のようなものを、ピィ――――ッと鳴らした。

「な、なんだ…!?」

突然戦場に鳴り響く正体不明の音に、帝国兵の動きが一瞬止まる。だが、次の瞬間―――――――

「た、隊長!!後ろを見てください!!!」

「なにっ!?」

「あ、あれは… 反乱軍!!」

「馬鹿な!!後ろだとっ!?」

そこには、この時を待っていたとばかりに、新たな反乱軍の姿があった。

「ふふふ、ついにあたしらの出番ってわけだね!みんな、用意はいい?」

「おおーーーーーーーー!!」

部隊を指揮していると思われる若い騎士が、周りの兵士達に激を飛ばす。



「た、隊長!我々の部隊は援護を主とする部隊なのです!今あれとまともにやりあったら…」

「愚か者!我らがここで後退してみろ!城への道はがら空きだ!ここは何としてでも抑えなければ!続くのだ!!反乱軍の増援など、たかが知れている!!」

帝国兵の隊長らしき男が焦りの色を隠しながら言い放つ。



「ほう?このあたしが雑魚だっていうのかい。面白い!解放軍一の俊敏さを誇る、このあたしの部隊。とくと味わいなっ!!」



その言葉を合図に、帝国軍と反乱軍の増援同士が激しくぶつかり合う。城の東側で繰り広げられることになったこの戦いは、到る所に魔法や弓が入り乱れ飛び交う混戦が繰り広げられていた。

雷撃や炎、そして無数の矢が激しく降り注ぎ、外からでは敵も味方もわからぬ有り様。しかし、実際には騎馬による速力を生かし戦う反乱軍が、足並を乱した帝国兵を一歩上回っていた。

その戦いの様子を、遥か西の高台からベルナルドとジョナスが見守っている。



「ふっ…ラフィアンのやつ、なかなかやるな」

帝国軍のあまりの乱れ様を見て、ベルナルドが笑みをこぼした。

「あいつもあいつなりにこの国のことを考えている。いつもは言うことを聞かず突っ込んでいく奴だが、よく待っていてくれた」

普段あまり笑うことのないジョナスも、思わず笑みをこぼす。

「うむ、帝国兵と比べ、俺たちには士気がある。戦っていてわかったが、奴らと俺たちでは、ここ一番での気迫に差が生じているのさ。それが戦況にも影響している…」

「この戦い、勝てると思うか?」

「わからん。だが、勝たなければ俺たちに未来はない」

「…そうだな」

「だが油断するな。確かに帝国の守備は崩れつつある。しかし、このまま終わるヒルダではなかろう」

「わかっているさ。行くぞ、ベルナルド!城への道はもうすぐのはずだ!!」

ベルナルドとその盟友ジョナスは、両軍入り混じり戦う前線深くへ、再び切り込んでいった。





「ふむ… どうやら奴らを甘く見すぎていたみたいだね…」

「ヒルダ様、我が軍の指揮系統が乱れています!現在、各々が部隊の指示で応戦しておりますが…このままでは…!」

「まったく、情けないことだねぇ…それでも帝国軍人かい。まあいい…こうなることは大体予想がついたんだ…」

「…!? と、いいますと…」

「イシュタル」

「…………」

「今まで黙って、あたしから目を背けていたようだけど…あたしが何も気付いていないとでも思っていたのかい…?」

「………」

「お前は… 実のところ、この戦い… 望んでいなかったんじゃないのかい?」

「…………」

じっと前を見据えるイシュタルに、ヒルダはゆっくりと顔を近づけ、低く小さな声で囁いた。

「…ベルナルドに何をほだされたのか知らないが… お前のやった行為は、帝国の軍規違反。それも重罪だ…。このことが公になれば、お前はおろか、あたしやブルーム、一族の者まで貶められることになるだろう。…それでもいいのかい?」

「……母上…」

「イシュタル、この世の中には、そこに生まれた以上、進むことを定められた道というものがあるんだ…。それに抗っては、生きていけないんだよ。わかるかい、イシュタル。ここがお前の生きるべき世界なんだ」

「…………」

「…このことはまだあたししか知る者はいない。証言をした兵はあたしの手で葬ってやったよ。だから、お前は自分のおかれた状況をよく考え、判断するんだ。…帝国に生きる人間としてね…」

「…………」

「……………」

「……反乱軍を………殲滅します…」

「よし、それでいいんだ。お前にあたしの近衛部隊と精鋭部隊を貸してやる。あとはお前の指揮の腕次第だ」

「……はい…」

その言葉を最後に、イシュタル出撃のための準備が刻々と進められた。

外では今も激しい攻防が繰り広げられていたが、乱れ始めた帝国軍が守備陣形を敷き、反乱軍の攻撃を何とか耐え続ける形となっていた。しかし、東西両面からの反乱軍の猛攻により、その防壁もついに突破されるかと思われた。

ベルナルド、ジョナス、カルナス、ラフィアン。反乱軍における各部隊を指揮するこの者達は、部下達から全幅の信頼を寄せられており、帝国から祖国を解放するという大いなる理想のもと、これ以上ない程に部下の士気を高めていた。

それに比べ帝国兵は、その大多数が金で雇われただけの傭兵が主で、祖国に対する忠誠\といった、士気に直接影響する要素で反乱軍には遠く及ばなかった。

18まである部隊それぞれに隊長クラスの兵士はいるものの、ほとんど飾りだけの役職だった。

これまで戦闘という戦闘を経験していない者も多く、徐々に戦況の差が現れ出すと、武器を捨て逃げ去る者まで出始める始末。

ベルナルド達は、かつてない手ごたえを感じ始めていた。

そして、あとわずかでクロノス城門に辿り着くと思われたそのとき、固く閉ざされていた城門が大きな音を立てて開き始めた。

「ベルナルド!!城門が!!」

「構うな!このまま突破するぞ!!」

その瞬間、城門内部から、新手の部隊が続々と出現する。ベルナルドが大方予想していた状況だ。

しかし、最後に門から出てきた人影を見たとき、ベルナルドは凍りついた。

「―――――ッ!!! 待て!!!突撃中止しろッ!!!」

ベルナルドの突然の命令に、焦る兵士達。

「突撃中止―――――!!!」

ジョナスがベルナルドの命令を部隊に告げる。

兵士の一人がピィ―――――ッと笛で合図を出すと、凄まじい勢いで攻め続けていた反乱軍の動きが止まった。

「どうしたベルナルド!!何故止めるッ!!」

ジョナスが駆け寄り、唖然としているベルナルドに詰め寄る。

「……あ、あれは… まさか…」

「なに…?」

ベルナルドは目を見開いたまま一点を凝視していた。ジョナスもその方向へ目をやる。

そこには、城の近衛部隊に取り囲まれた、若い銀髪の女が目に入った。

「……なんだ、あいつは…」

ジョナスは、そのただならぬ気配に、何故か締め付けられるような圧迫感を覚えていた。

「…来たのか…… イシュタル…」

ベルナルドが敵陣を凝視しながら、ぽつりとつぶやいた。

「…イシュタル!?…あれが…。 ヒルダの娘にして、お前を牢から助け出したという…」

ベルナルドから一部始終を聞いていたジョナスがつぶやいた。その額からは汗が滲み出ており、背筋に何か言いようのない、異様な寒気を感じていた。



「……………」

ベルナルド達が動きを探っているとき、イシュタルは数多くの兵士が見守る中で目を閉じ、精神を研ぎ澄ましていた。誰しもが一切の口を閉ざし、ただ次の瞬間下るであろう命令をじっと仰いでいた。

やがて、ゆっくりとイシュタルのまぶたが上がる。

「イ、 イシュタル様…」

これまで部隊の指揮をとっていた将軍の一人が恐る恐る声をかける。

イシュタルはその方向に向くことはなく、あくまで反乱軍の陣営をじっと見つめ続けていた。

「…ごくろうでした。あとは私が軍の指揮をとります。貴公は女王にこれまでの戦果を報告。その後部隊に復帰しなさい」

「は、はっ…!」

将軍は深々と頭を下げ、急ぎ城内へと戻っていった。

「これより、反乱軍を殲滅にあたる。各部隊はそれぞれ被害状況を知らせ、陣形を整えなさい」

イシュタルが全軍に向かって命令を下した。

しかし、兵士達は命令を下したイシュタルを、ただ唖然とした表情で眺めていた。

兵士達は、これまでイシュタルが直接指揮をとることなど見たことがなく、まるで信じられないものでも見るかのように見上げ、沈黙が続いた。

だが、次の瞬間、将軍らしき一人の兵士がはっと我に返った。

「き、聞いただろう!!全軍ただちに陣形を組み直し、再攻撃に備えよ!!」

その言葉に、周りの兵士達全員が、我に返った。

「お、おおーーーーーー!!!!」

瞬間、帝国陣営が凄まじい大歓声に包まれた。イシュタルが直々に指揮することが、兵士達にとって文字通り救いとなった。誰しもその姿に目を疑ったが、そのただならぬ物腰や内面から滲み出るオーラのようなものが、兵士達の士気に影響を与えたのだ。

「…雷騎士ゲルプリッターの部隊を前衛に展開。重装部隊を後方の敵支援にあたらせなさい。騎馬部隊は私の指示があるまで待機。弓兵、魔道士隊は城の周りを囲み、敵の突破に備えなさい」

次々と的確な指示で各部隊を誘導する。やがて、将軍がイシュタルのもとにやってきた。

「イシュタル様、全軍展開完了いたしました。いつでも攻勢に転じられます!」

「いえ…。今は反乱軍の出方を待ちます。全軍戦闘態勢のまま、今のうちに負傷者の手当てを」

「はっ!」

将軍は深々と頭を下げると、部隊に戻っていった。





「くっ!なんだ、あいつは…。突然敵の動きに無駄がなくなった!どうなってる!!」

反乱軍陣営では、急激な帝国軍の変貌ぶりに混乱を隠せずにいた。

「…イシュタル、馬鹿な……お前は帝国のやり方に疑問を持ち続けていたはずだ。何故戦う…!」

ベルナルドが信じられないといった様子で、敵陣営をうかがう。これまでのことが、頭の中にめまぐるしく現れては消えていく。イシュタルに対して見てきたこと全てが、急に覆えされた気分だった。



「……ベルナルド、私には…もうこの道しか残されていない。私は『帝国』の人間。そして、フリージ家当主、ブルームとヒルダの娘。全ては定められたもの…。あなたは私との約束を守れなかった。…もう、遅い……。何もかも……」

イシュタルは敵陣営を眺めながら、心の中でそうつぶやいた。…まるで自分自身に言い聞かせるかのように。





やがて――――――





「いいだろう!!イシュタル、お前も結局は帝国の人間だというのだな。あくまで帝国の人間として俺たちと戦うと言うのだなッ!!…ならば、俺は俺の信じる道を行くまでだ。この国を、そして貴様たちに虐げられている者達を開放する!! 全軍、突撃準備ッ!!!」

――――――――――――

「イシュタル様!反乱軍の動きが…!突撃してくるようです!!」

「わかっています…」

「は…?」

「いえ……。これで…全てが……」

「イシュタル様…!?」

「 …………。 全軍、反乱軍の攻撃に備え、防御陣形!ゲルプリッターによる攻撃を合図に、総攻撃をかける!各部隊は個々に反撃!全てはこの瞬間のため!」



「おおおーーーーーーーーーッッ!!!」

「おおおーーーーーーーーーッッ!!!」



両陣営から、突撃前の激が飛び、凄まじい歓声が沸き起こった。

ミレトス地方における、帝国軍と反乱軍との最後の戦いが、今始まろうとしていた。

帝国に身を置くことを決意したイシュタルと、祖国解放の為に立つ解放軍リーダー、ベルナルド。

一度は共鳴したはずの両者の思いは食い違い、望まざる結末へと引きずられていくのだった。

 
 

 

【6】

 

 

帝国軍と反乱軍とがお互いに睨み合いを続けているなか、クロノス城・玉座の間では、ヒルダがワイングラスを片手に、不敵な笑みを浮かべていた。

「…よろしいのですか。イシュタル様をあのような危険な目に…。もし反乱軍相手にイシュタル様の御身に何かあれば、帝都から…」

玉座に悠々と腰を降ろしているヒルダに、大臣が近寄ってきた。両手を後ろに回し、ヒルダの表情をうかがっている。

「構わないさ。あの程度の反乱軍相手に敗れるようなら、初めからこんなまどろっこしいことはしないよ…。それに、イシュタルにはこのあたしなど比べるにも値しない程強くなってもらわなきゃ困るのさ。それには少々荒療治が必要だ…。あのベルナルドとかいう輩は願ってもない素材なんだよ。だからあいつが脱走するのをみすみす見逃してやったんだ。それくらいでなけりゃ、割に合わないだろう?」

ヒルダは大臣の、自分を畏怖するかのような眼差しを満足げに眺めながら、中ほどまで注がれたグラスに口をつけた。

と、そのとき、城外で最後の戦いを告げる、兵士達の沸き上がる声が響き渡った。城の外一帯に配置された帝国兵が引き起こす気迫のようなものが、振動となって城内にも伝わってくる。

「…む、どうやらついに始まるようですな」

大臣がその圧迫した空気を感じ取り、天井を見上げる。

「ふふふ… 思う存分戦うがいい、イシュタル。お前の目に映る全ての敵が消えるとき、それがお前にとっての新しい人生が始まるときだ…」

ヒルダは大臣に赤々と染まるワインを注がせると、そこに映った自分の顔を満足げに眺めた。





「剣を抜けッ!!五体が砕かれようとも戦いぬくぞッ!!!」

青空のもと、ベルナルドが全兵士達に向かって叫び、引き抜いた剣の切っ先を帝国軍の方へ向ける。それに呼応し、集結した兵士達が歓声を上げる。

「ベルナルド!!」

呼び声と共に、一つの影が馬を駆らせてこちらに向かってくる。ジョナスが部隊を離れ、やってきたのだ。

「どうしたジョナス!勝手に持ち場を離れるな。すぐに攻撃を始めるぞ!」

「一つお前に聞いておきたいことがあってな」

「なに?」

ジョナスは、ベルナルドの隣まで来ると、一瞬わずかに顔を曇らせた。だが、すぐにいつもの厳しい表情に戻ると、ベルナルドにその視線を向けた。

「うむ… 大丈夫なのか?」

「……?」

「敵はあのイシュタルだ。これまでの敵とは格が違うことはわかっている。しかし、お前はあの女に恩があるのではないのか?戦いを続けるということは、即ちイシュタルを殺すということ。…お前はそこまで感情を殺し、戦いに徹しきれるのか」

ジョナスはベルナルドの目をまっすぐに見据えた。お互いの瞳の奥にくすぶっている『何か』を探り合うようにしながら、しばらく黙っていたベルナルドは、ゆっくりと前方の帝国軍に目をやった。

「…心配するな。今の俺には迷いなどない。相手がたとえ命の恩人であろうと、帝国の人間として俺たちの前に立ちはだかっている以上、俺たちの敵だ。全力をもって叩き潰すのみ!いらぬ心配だ、ジョナス」

そう言い終えるや否や、ベルナルドは馬の手綱を力強く引き、軍の中央に勢いよく踊り出ていった。兵士達に最後の激をかけるその姿を見ながら、ジョナスは釈然としない様子でつぶやいた。

「……迷いはないだと? 嘘をつけ…」

他の誰にも聞こえることのない小さな声でそう吐き捨てると、ジョナスもまた力強く手綱を引き、ベルナルドの後を追って馬を駆らせるのだった。





そして―――――――





「全軍、突撃ーーーーーーッッ!!!」

「うおおおーーーーーッッ!!!」

ベルナルドの掛け声と共に、凄まじい勢いで反乱軍が突撃を開始した。東にいるラフィアンの部隊を始め、東西両面から物凄い土煙と共に、クロノス城へと突き進む。その轟音と振動は、ミレトスの遠く離れた村落ですら感じ取れるほどだった。



「来ました!イシュタル様!!反乱軍が―――――」

「…前衛部隊は防御体勢を!」

ガシャン!!

「…魔道士隊、弓兵部隊構え。…全軍、反乱軍の攻撃に備えよ!」

遠く前方の小高い丘の上から、怒涛のように押し寄せる反乱軍の姿が目に映る。大部隊が突撃してくる凄まじい光景を前に、イシュタルの指示のもと各部隊が次々と陣形を整えていく。

やがて、反乱軍がその兵士一人一人までもが鮮明に見えるところまで接近すると、さすがの帝国兵も焦りが見え始めてきた。皆、息を潜め微動だにしてはいないが、極度の緊張のためか武器を持つ手に自然と力が込められる。呼吸の音だけが耳に障り、妙に意識が鮮明になる。

「……まだ…もう少し、引きつけて…」

イシュタルがそれら兵士達を制しながら、向かってくる反乱軍をじっと見据える。そして、イシュタルの目が一瞬大きく見開いた。

「―――雷撃!!」

――――ガガガアアアアンッ!!!!

イシュタルの右手がかざされ、左右に展開していた魔道士部隊から一斉に雷撃魔法が放たれた。空を裂くかのような激しい稲妻が、反乱軍の前衛部隊に落ちる。

直撃を受けた兵士達はその場に転げ落ち、避けようとする動きで部隊が二つに引き裂かれた。人とも馬とも区別がつかない悲鳴が、広い戦場にこだまする。

「構うな!!このまま一気に突破するんだッ!!」

最前列で疾走していたベルナルドが、慌てる部下に向かって叫ぶ。

――――ドドドドドドド!!!!

部隊はその中心付近からわずかに引き裂かれたものの、それでも突撃するスピードは衰えることはなかった。体勢を立て直しながらも、帝国陣営へ一直線に向かう。

「続けて雷撃!できる限り反乱軍の中央に!」

――――ドオオオン!!!ガカァァッ!!ズガアアアンッ!!!

立て続けに、帝国軍から雷撃の嵐が放たれた。膨大な数にのぼる反乱軍の中心深くに、容赦なく雷の刃が突き刺さる。撃たれた兵士は崩れ落ち、そこだけが黒\い塊となって残った。避ける術がない遠距離からの雷撃魔法に、兵士達は敵陣目指し、ただひた走るしかなかった。

「くっ…!帝国軍め!!!」

部隊の中央で指揮をとっていたジョナスが、いつ頭上に落ちてくるかもわからない雷撃の中を突き進んでいた。切り裂くような雷撃に次々と崩れ落ちていく部下を目の当たりにし、ジョナスはぎりっと唇を噛み締めた。



「イシュタル様!敵が来ます!」

「前衛部隊!盾を!!」

「うおおおーーーーッ!!」

帝国の前衛部隊が盾を構えるのと同時に、反乱軍が凄まじい勢いで突っ込んできた。あのときと同じように、ベルナルドがまず敵アーマー兵の懐に突入。続いて後続部隊が内部から陣形を破壊する作戦だ。ベルナルドの、馬上から振り上げられる渾身の一撃が敵アーマー兵に放たれる。

――――ガキィィンッ!!

金属と金属とがぶつかり合う、冷たい音と衝撃が響き渡った。

だが、次の瞬間、ベルナルドの右腕に激しい痺れが襲った。敵の巨大な盾の前に、剣撃が易々と弾き返されていたのだ。危うく剣を落としそうになる程の衝撃だったというのに、垣間見た敵の盾は、信じられないことに傷一つ付いていなかった。

その刹那、ベルナルドの体が大きく傾いた。帝国兵の固い守りに馬が突撃を拒み、後ろに大きく反り返ったのだ。

「―――……っ 馬鹿な…!」

ベルナルドは、そのまま遥か後方へ吹っ飛んだ。姿勢制御する間もなく地面に激突したため、体中に耐え難いほどの激痛が走る。

そして、続けてその後ろから轟音と共に無数の反乱軍兵士が突撃してきた。

「ま、待て… 何かがおかしい…!」

ベルナルドはなんとか馬の前まで辿りつくと、向かってくる兵士達を制止しようと声を張り上げた。しかし、今の激突のショックで腹部をやられたらしく、かすれたような声しか出せない。

――――ドドドドドドド!!!

部隊はそのままベルナルドを素通りし、激しい勢いのまま、敵陣へと突撃していった。

速さによる突破力で敵陣に斬り込む反乱軍のこの攻撃は、陣形のただ一点さえ崩すことができれば、そこから雪崩のように入り込むことができる。次から次へと押し寄せる兵士の波に、相手は態勢を整える暇もなく混乱状態に陥る。そして、敵陣深くに侵入した反乱軍は、内部から全てを崩壊させるのだ。

しかし、その兵士達の攻撃も、帝国兵の信じられない守りの堅さ。特にその強固な盾の前に、ことごとく弾き返されていた。

――――ガキィン!

――――ドカァッ!!

次々と空中へと投げ出されていく兵士達。最前線は、次から次へと押し寄せる反乱軍の兵士達で溢れ返っていた。

「どうした!突破するんだ!!」

ジョナスが後方から味方兵に向かって叫ぶ。より一層攻撃の手を強める反乱軍だが、それでも帝国兵の守備陣形を突破することができない。

「ま、まて…… ジョナス…何か…変だ…」

兵士達のごった返している中で、ベルナルドが激痛に耐えながら敵陣を見やった。

――――!?

そこでベルナルドの目に映ったのは、前衛に展開しているアーマー兵の胸に光る、ある紋章だった。それはフリージ家の紋章。優秀な、限られた兵士にしか与えられることのない特別な称号だ。ベルナルドに衝撃が走った。

「まさか…… あれは、雷騎士団ゲルプリッター…。ヒルダの近衛部隊か!」

ジョナスは部隊の予期せぬ乱れに苛立ちを募らせながらも、剣を掲げ、今まさに帝国兵に斬り込まんとしている。

「待てジョナス…!!全軍に後退命令を出せ…!!」

ジョナスに向かってベルナルドが声を張り上げた。しかし、その声は激しい戦いの内にあるジョナスには届かず、それに続く部隊が全軍をあげて敵陣営へと向かっていく。

瞬間、ベルナルドの背筋にぞくっという言いようのない悪寒が走った。

「な………っ」

心の底から震え上がるような冷たい殺気が発せられた。敵陣営の遥か後方で、銀髪の女がおもむろに右手をかざすところだったのだ。

「………ッ! 突撃を中止しろーーーッ!!ジョナーーーースッッ!!!」

「――――!?」

腹の底から声を張り上げ、一瞬それに気付いたジョナスがこちらに振り返った。だが、全ては遅かった。カッという強烈な光が、前衛を固めていた近衛部隊から発せられたのだ。

 

―――――ドシュウウウゥゥ!!!!

 

前衛に展開していた全ての兵士から、反乱軍に向けて光の帯が一斉に発せられた。

その光は、電位を帯びた無数の光線となって反乱軍の中を貫いた。

光を浴びた者は、ある者は跡形もなく消滅し、ある者は黒\こげとなり崩れ落ちた。ひしめき合っていた反乱軍の兵士達は逃げ場もなく、次から次へと発せられる光の帯にただ混乱するしかなかった。

これが、反乱軍が始めて味わう雷撃魔法『トローン』の威力であった。



「…ば、馬鹿な……こんなことが…」

その無慈悲な光の前に、同士たちがことごとく焼かれていく。その凄惨な光景に、体を起こしたベルナルドが半ば放心状態のまま目を見開いていた。

しかし、それで終わりではなかった。

魔法が止んだ瞬間、遠くの空から乾いた音が聞こえてきた。敵陣の弓兵隊から、無数の矢が放たれたのだ。

空を埋め尽くさんとする程に飛び交う矢は、混乱している反乱軍の中枢に、まるで雨のように降り注いだ。

前方には帝国軍、後ろには動きを止めた反乱軍でひしめき合い、とても自由に動くことができる状況ではない。どこにも逃げ場がないまま、多くの兵士達が鋭く降り注ぐ矢の餌食となっていった。

さらに次の瞬間、遠くの方から激しい地鳴りが響き渡ってきた。これまで動きを止め、じっと待機していた帝国軍の騎馬部隊が、軍の両側から一斉に押し寄せてきたのだ。

「―――――!!」

今まさに混乱のさなかにある反乱軍に、向かってくる帝国軍と戦う余力は残されていない。

「後退だ!一旦退くぞ!!」

ベルナルドが全軍に向かって叫んだ。両脇から猛然と突進してくる騎馬部隊を前に、生き残った反乱軍の兵士達が一斉に後退していく。

ベルナルドは、当然追撃されるものと警戒していたが、意外にも帝国軍はそこで動きを止め、自軍の領域から出ることはなかった。イシュタルが命じたのであろう、再び本隊に戻ると、正確に陣形を組みなおしていく。





何とか後退を遂げた反乱軍陣営では、ベルナルド、ジョナス、そして自軍の危機の知らせを受け、戻ったカルナスの部隊、約三分の一。戦闘開始直後には帝国軍を上回っていた反乱軍だが、現在は全ての兵士を集めても、数の上では帝国軍よりわずかに劣る。そんな重々しい状況の中、ベルナルドを中心に作戦会議が始まった。

皆の顔色は暗く、あの圧倒的な力を目の当たりにして、それでも満足に言葉を発することのできる兵士はほとんどいなかった。

「どうするんだ、ベルナルド…。俺たちの戦力はあの攻撃で大半を失ってしまった…。このままでは…… ぐっ…!」

「動くな、ジョナス」

先の帝国軍が発した雷撃魔法トローンを受け、右腕を負傷したジョナスが手当てを受けていた。とっさに避け、命は助かったものの、その傷は誰が見ても軽いと言えるものではない。

「…俺の右腕はもはや動かん。手当てなど無意味だ」

「………」

額から大量の汗を噴き出しながら、治療を続けている兵士にジョナスは自嘲気味に吐き捨てた。

「しかし、グズグズしている暇はない。ラドス城に残した俺の部下だけでは敵の援軍を持ちこたえられん。反対側のペルルーク城からも増援が向かっているのだろう?向こうにはラフィアンがいるんだぞ!」

「わかっている!」

ベルナルドが、苛立ちを募らせるカルナスを押さえ付けるかのように怒鳴った。ラドス城の敵増援を食い止めるため残してきた部下が心配なのだ。その焦りが周りの兵士達をも焦らせていることに、カルナスは気付いていない。

「…ベルナルド。あのイシュタルは、悪魔だ…。いくらヒルダの近衛部隊を指揮しているとはいえ、俺たちにあれほどの痛手を与えられるはずがない…。奴はヒルダ以上に危険な存在だ…」

ジョナスが腕の激痛に耐えながら、ゆっくりとベルナルドの方を向いた。

「…お前は、奴を必ず倒さねばならない。迷いを捨てろ、ベルナルド…」

「…………」

その言葉に、周りの兵士達も一瞬静かになった。

「……策はある」

じっと黙っていたベルナルドが、一点を見つめながら呟いた。

「いいか、敵は俺たちの正面に近衛部隊を配置し、速さを生かした突破攻撃を防いでいる。同じようにラフィアンのいる東側にも敵アーマー兵が配置されているはずだ。つまり、これまでのような正面突破は不可能に近い…」

ベルナルドは短剣を取り出し、地面の上になにやら図のようなものを書き始めた。

「そこで、部隊を4つに分ける」

「なに!?」

「まずここにいる兵士の半数を率い、城の正面から攻め込む。ラフィアンの部隊もそれに合わせ、東側から攻撃をかける。ここでできる限り敵の注意を引きつけておくんだ。…次に、残りの半数を二手に分け、それぞれ北と南から時間差に攻撃する。そこには奴らの騎馬部隊が配置されているはずだ。そこを叩く」

ベルナルドは、地面に描いた戦略図の東西と南北に矢印を書き加えた。

「…そして、帝国兵がこれらの部隊と交戦している隙に、俺たちの内の二人が少数の兵と共に敵中枢へ侵入。指揮官イシュタルのもとに向かう」

「なんだと!?」

周りの兵士たちがどよめきを起こすのと同時に、カルナスが怒鳴り声を上げ、立ち上がった。

「“帝国の隙をついて少数の兵で侵入する”だと?!正気かベルナルド!自殺行為もいいところだ!」

今にも詰め寄ってきそうなカルナスの勢いに、ベルナルドが両手で制した。

「待ってくれ!もうこれしか手がないんだ。考えても見ろ、何故あのときイシュタルが追撃の手を止め、部隊を本隊へ戻したのか。あのとき、退却する俺たちを追撃していれば、全滅ではないにせよ間違いなく壊滅的な打撃を与えていた。なのに帝国軍は追ってこなかった。今も奴らは完全に防御に徹している。こちらから攻めていかない限り、動くことはないだろう。どうしてだと思う?」

カルナスはその問いにしばらく考え込むと、はっと目を見開いた。

「………そうか…」

「うむ、奴らは援軍の到着を待っているのさ。恐らく今のクロノス城には俺たちと同程度の戦力しか残されていまい。まともにやり合えば、少なからず帝国軍にも損害が生じていた。援軍が到着するのをじっと待ち、合流したところで一気に押し潰すつもりなのさ。…ラドス城はカルナスの部隊が何とか抑えてくれているが、ペルルーク城からの援軍が到着したとき、全てが終わる。時間がないんだ」

その言葉に、険しい表情だったカルナスが、じっと考え込むように地面を見据える。

「…わかった……。もう俺たちに逃げ場はない。やるなら最後に戦って死ぬさ!」

そう言うと、カルナスは自分の剣を力強く引き抜き、大地に刻まれた戦略図の、クロノス城を示す場所に渾身の力を込め突き刺した。

ドスッという鈍い音とともに、周辺に細かい砂が飛び散る。

「よし、ラフィアンの元に馬を走らせ、このことを伝えるんだ。合図と共に全軍攻撃開始だとな。皆もそれぞれに準備を始めてくれ!」

ベルナルドがそう告げると、兵士達が沸き上がり、その場を散っていった。兵士の一人は素早く騎馬に飛び乗\り、全力で反対側にいるラフィアンのもとへ向かっていく。

「あとは…誰がそれぞれの部隊を指揮するかだが…」

「ベルナルド…。正面からの突撃の役、俺にやらせてくれ」

ベルナルドの言葉と同時に、カルナスが前に出た。

「カルナス…?」

「正直俺は、お前やジョナスほど剣の腕が達者ではない。あの帝国兵の中をかいくぐり、しかも敵の中枢まで辿り着くなんてことは俺には荷が重いだろう。速力より腕力に訴える方が俺の性に合っているしな…。これはいかに素早く動き、敵の中枢まで辿りつくかを問われる作戦だ。正面の敵は、俺が相手をする」

「しかし…… 前衛を守備しているのはあの恐ろしい魔法を使う、ヒルダの近衛部隊だ。危険は大きい…。恐らく生きては…」

その瞬間、カルナスの目が大きく見開かれた。ベルナルドはカルナスの眼差しが意味することを察し、言葉を止めた。

「すまん…」

一言、ベルナルドが噛み締めるかのような言葉を発し、目を閉じた。

「心配するな、俺とて解放軍の一員。そう簡単にはくたばらんさ。お前たちは余計なことを考えず、中枢へ向かえ。ジョナス、戦えるか?」

カルナスの言葉に、ジョナスはゆっくりと立ち上がった。応急処置は終えたものの、右腕の傷は深く、まともに動かすことはできない。ジョナスは残った左腕で剣を引き抜くと、その場で軽く振り回した。ヒュンヒュンという空を切る音と共に、鋭い刃がジョナスの手の内で鮮やかに回転する。そして、最後に軽い金属音が立ったかと思うと、その切っ先はカルナスの首元で止められていた。

「む……」

「ああ、大丈夫だ。心配ない」

「よし、行くぞ!全軍配置につけ!!」

ベルナルドが全員に指令を出す。その言葉に、兵士達の動きも一層活発になり、準備を整える。ふと気が付くと、先ほどから立ちこめていた霧は、更に色濃くなっていた。薄暗い空の下、辺り一面がぼやけた白に覆われている。この作戦には絶好の状態だったが、ベルナルドには、これがどこか言いようのない不気味さを漂わせる霧に感じてならなかった。

「…天は俺たちに力を貸してくれるというのか。それとも…」

視界が遮られてはいるものの、遥か遠くに確かに存在するはずのクロノス城に向かうと、ベルナルドはその目を細めた。



[203 楼] | Posted:2004-05-24 10:21| 顶端
雪之丞

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海蓝之钻(II)
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【7】

 

 

「攻撃開始!!続けーーーッ!!」

「おおーーーー!!!」

ベルナルドの一声と共に、反乱軍が突撃を開始した。激しい地響きと沸き上がる兵士達の声だけが戦場を突き抜ける。

「いいか!敵に気付かれないように固まって走れ!ぎりぎりまでこのまま突っ込むと思わせるんだ!」

反乱軍は一かたまりとなってクロノス城へと突き進む。遠い場所で分散すれば、音によってそれが気取られてしまう。極限まで接近し、音の出どころを惑わせる心理作戦だ。

やがて、前方にクロノス城の明かりがうっすらと目に入ってきた。

「よし!分散しろ!!」

ピィ――――――ッ

合図とともに、反乱軍の後方にいた部隊が2つに割れる。

ベルナルドとジョナスはお互いの剣を合わせ、「キィン」という短い音を響かせた。そして、それぞれ兵士を引き連れ、部隊を離れていく。

「うおおーーーッ!!」

まず突撃したのはカルナスの部隊だった。ベルナルド達が分かれるのを確認すると、そのまま正面から帝国陣営へと突っ込んだ。

「いいか!とにかく奴らをここに縛り付けておくんだ!!死んでも離れるなよ!!」

カルナスは全軍に向かって叫ぶと、持ち前の腕力を生かし力まかせに大剣を振り上げた。

「近衛兵だか何だか知らんが、俺の剣を受けられる奴は前に出てこい!」

「性懲りもなくまた来たか。我らゲルプリッターの恐ろしさ、思い知らせてやる」

前線においての近衛兵団と反乱軍との戦いは、再び激しく繰り広げられようとしていた。



――――――――――



深い霧の中、ジョナスは北側から回り込むように敵陣深く入り込んでいた。周りの視界はほとんどなく、十メートル先も定かではない。

遠くではカルナスの部隊が帝国兵とぶつかっている。その激しさがジョナスの元にも伝わってきていた。

「…カルナス、死ぬな」

反乱軍内において、作戦や状況判断については右に出る者はなく、常に軍の司令塔の役割を果たしてきたジョナスも、このときばかりは焦りの色が浮かんでいた。

冷静沈着を地でいくジョナスは、ベルナルドにとってかけがえのない友であり、同時に良き好敵手でもあった。

時折りその性格の違いから、ベルナルドと口論に発展したりもしたが、それが逆に良いバランスを保っていたのだ。

正直なところ、ジョナスは今回の“クロノス城襲撃”という作戦に少なからず疑念を抱いていた。今やグランベル帝国は、大陸全土を統合し得る強大さを誇る。世界各地に点在する帝国の砦や駐屯地などには、いかなる反乱にも即座に対応することができ、常に援軍を送り出せるネットワークが張り巡らせてあるのだ。

それはこの国においても例外ではなく、例えヒルダが治めるクロノス城を落とせたとしても、すぐに帝国本土より怒涛のごとき援軍が送り込まれてくるのは目に見えていた。それほど帝国の軍事力には隙がなかったのだ。

しかし、ジョナスにはそれらを超越する何かを、ベルナルドから感じ取っていた。

この国を思うベルナルドの一途な気持ちが、理性で動くジョナスをも熱くさせたのだ。だから、この作戦において戦術的に多少無理があったとしても、黙って行動を共にすることを心に決めていた。

ただ一つ、気がかりなことがあった。一瞬だけ目にした、あのイシュタルの存在だった。

全てを否定するかのような冷徹な瞳。数々の戦場をくぐり抜けてきたジョナスだからこそ感じ取れる、その人間から滲み出るオーラのようなもの。これまで目にしてきた人間にはない冷たい感触が、ジョナスを心底恐怖させていた。

まるでこちらを“取るに足らない生き物”を見るかのように視線を投げかけていた。何か、もっと別の、果てしなく遠い何かを見つめているような眼差しだった。

ジョナスは脳裏に焼きついたイシュタルの姿を、いま目の前にある現実を見ることで強引に拭い去った。

「そろそろか…」

あらかじめ計算しておいた位置を頭の中で弾き出しながら、周囲の状況を確認する。

霧で視界が満足に開けないが、こういった戦場を幾度も経験しているジョナスには、確固たる自信があった。

「よし!ここで分かれるぞ!俺は更に後方から回り込む。お前達はできる限り敵をかく乱するんだ、頼むぞ!」

ジョナスが合図をすると、大部分の兵士が数名を残し敵陣方面へと進路を変える。その姿は深い霧に吸い込まれていったが、程なくして遠くから激しい金属音が鳴り響いた。帝国軍の騎馬部隊と交戦が始まったのだ。

「…うむ、思ったより接近しすぎていたようだ。急ぐぞ!」

手当てを受けた右腕を無意識にかばうようにしながら、ジョナスは左腕で力強く手綱を打った。



「―――どうした!まだ打ち破れんのか!」

帝国軍陣営では、近衛部隊に対する反乱軍の猛攻の前に苛立ちを募らせていた。一人の将軍が伝令役の兵士に当たり散らす。後ろでは、イシュタルがそんなやりとりには興味がないといった様子で、じっと前方を凝視しながら考えをめぐらせていた。

伝令役の兵士が、執拗な将軍の叱咤の前に困り果てたように頭を下げる。

「も、申しわけありません…。しかし、なにしろこの霧で…視界が思うように…」

「黙れ!言い訳など聞かぬ!ヒルダ様の近衛部隊としての威信にかけても、あの程度の反乱軍相手にこれ以上時間を浪費することはできぬのだ。霧で視界が悪いのなら、魔法で焼き払えばよかろう!」

「はっ…!!」

激しい将軍の剣幕に気圧されながら、もう一度深く頭を下げると、再び霧の中へと姿を消していった。

「イシュタル様、御心配には及びません。戦況は圧倒的にこちらの優勢。じきに反乱軍を全滅させてご覧にいれます」

「…………」

「…何か?」

「…おかしいとは思いませんか。あの近衛部隊の放つ魔法の威力を目にしたというのに、再び同じ方法で攻撃してくるなど…」

「…確かに、普通ならば怖気づいて退却するでしょうな。しかし、あの反乱軍のことです。玉砕覚悟で突撃してきたのでしょう。奴らも所詮かき集めの一般市民ですからな、はっはっは」

「…恐らく、あれは我々の動きを留めておくための囮…。本当の目的はもっと別の…」

そのとき、南の方角から激しい金属音と共に、兵士達の悲鳴が響き渡った。

「!?なんだ!どうした!!」

霧の中から一人の兵士が現れ、こちらに向かって息も絶え絶えに走ってくる。

「は 反乱軍が!」

「なに!?」

「!」

言葉を最後まで伝えることもままならずに、兵士は地面に崩れ落ちた。うつ伏せに倒れこんだその背には、一振りの剣が深々と突き刺さっていたのだ。

「…おのれ…」

兵士に突き刺さっている剣を将軍は力まかせに抜き取ると、その場に叩き付けた。

「反乱軍め、この程度の攻撃でどうにかなると思うなよ…!」

将軍の怒りが冷めやらぬうちに、今度は全く逆の方角、北側からも同じような金属音と、兵士達の混乱の様子が伝わってきた。

「―――!?な、なんだ!!」

「南北両面からの奇襲攻撃…」

「なんですと!?」

そのとき一瞬だが、この戦いが始まって、初めてイシュタルが焦りの色をあらわにしたのを将軍は見逃さなかった。沈黙のままイシュタルが見据えるあの霧の向こうでは、帝国軍と反乱軍とが今まさに戦闘中である“音”だけが、次第にこちらへ近付きつつあった。

「すぐに前衛部隊と交戦中の反乱軍を魔法でなぎ払いなさい。これだけ分散したのなら、それぞれは大した戦力でないはず。早くしないと手遅れになります!」

「はっ…!」

「イシュタルーーーーーッ!!!!」

将軍がイシュタルに頭を下げるのとほぼ同時に、霧の中から一人の男が飛び出してきた。一直線にこちらを見据え向かって来るのは、あの男、ベルナルドだった。

「貴様ッ…!!」

将軍が瞬間的に危機を察知すると、素早く剣を引き抜きイシュタルの前へ飛び出した。ベルナルドは全く躊躇することなく更に馬速を上げると、そのまま直進する。

「お前などに用はない!そこをどけッ!!」

「小僧!!!」

ベルナルドと将軍の剣が、ほぼ同時に振り上げられ、弧の軌跡を描きながら叩き降ろされた。ガキィッという甲高い金属音と共に、両者の刃が激しくぶつかり合う。互いにダメージを負うことはなく、ベルナルドはそのまま将軍の真横を走り抜けると、距離をとったところで反転し、再度突撃の体勢をとった。

「ようやく逢えたな、イシュタル!待っていろ、すぐにそこへ行ってやる!」

「ふん、貴様ごとき若造がうぬぼれるな。イシュタル様には近付かせぬわ!!」

イシュタルの前に立ちはだかる将軍に、ベルナルドは鋭い眼光を浴びせながら再び突っ込んだ。ちょうどイシュタルの眼前で、二人の男の剣が交差した。

将軍の切っ先はベルナルドの肩をかすめ、そこから鮮血が噴き出す。が、わずかにベルナルドの刃が深みに入っていた。ザシュッ!という音と共に、将軍の剣が大地に転がった。その剣には、将軍の手が固く握られていた。一瞬、その違和感に意識を奪われ、将軍は何が起こったのかわからない。あろうことか、そこに転がっていたものは自身の右腕だったのだ。

「う、う…うぉおおおおッ…!!!」

腕を斬り落とされたというのに、まだ痛みが伝わってこないことが恐怖となった。

将軍は斬り落とされ感覚を失った右肩を抱えながら、半ば錯乱状態で辺りを彷徨っている。そして、次の瞬間、体勢を立て直し再び向かって来ていたベルナルドの剣が、容赦なく振り抜かれた。

ゴトッ…という音と共に、将軍の首が地面に転がった。まだ立っている身体は、まるで主を無くしたかのように揺れると、後を追うようにその場に崩れ落ちた。

「…………!」

イシュタルはその光景にしばし目を見開いた。かつてのベルナルドからは想像できないような冷酷さが、その表情に垣間見えたからだった。

「…はぁ…はぁ……」

将軍の亡骸を見つめながら、ベルナルドはイシュタルの方へ体を向けた。ここに辿り着くまでに、数多くの帝国兵の中を突き進んできた。そのためかなりの疲労があり、半ば虚ろな瞳でイシュタルの方を見やった。

なんとか言葉を搾り出そうと口を開きかけるが、次の瞬間、どこに潜んでいたのか、イシュタルを直接守備する近衛兵達がずらっと目の前に現れ、イシュタルの姿を覆い隠した。

「…くっ―――」

その光景に、ベルナルドは絶望感を隠し切れなかった。ここまで来て、まだこれだけの障害があるのかと。今になって、その強引とも思える自らの作戦に対する後悔の念が生じ始めていた。ベルナルドはこの期において、ただ剣を取り、目の前の敵に向かって構えることしかなかった。





一方、帝国の前衛部隊と交戦中のカルナスは、敵の固い守備に阻まれ、苦戦を強いられていた。



「―――畜生ッ!こうまで戦力に差があるとはな!なんて固い奴らだ…!おい、攻撃の手を緩めるな!」

近衛部隊ゲルプリッターの鉄壁の防御は一般の兵士とは比べ物にならず、反乱軍の攻撃ぐらいでは満足に鎧を傷つけることすらできなかった。

守りに徹している近衛部隊に対し果敢に攻撃を仕掛ける反乱軍だが、次第にこれまであった勢いを失い始めていた。一見気迫で押しているようには見えるものの、実のところ確実にその数が減り続けていたのだ。

「ジョナス…ベルナルド……」

カルナスは、すぐ背後まで迫ってきている死の影を感じながら、痛々しくもある眼差しで遠く帝国陣営を仰いだ。





「くっ…!行くぞ!!」

ベルナルドは馬上で体を低くし、力強く手綱を打った。同時に勢いよく騎馬が飛び出す。

一列に並び、こちらに向けて鋭い槍を構えるイシュタルの近衛兵達が見える。

ベルナルドは一直線に敵兵めがけて突っ込んでいった。近衛兵は全部で6人。全ての兵士が洗練された銀の槍を構え、ベルナルドの突撃に備えている。

「うおおおおッ!!」

速度を緩めぬまま、ベルナルドの剣が中央に位置する一人の兵士に振り下ろされた。ブンッと空を切る音と共に、渾身の一撃が見舞われる。

だが、その刹那、6本の槍がベルナルドの剣の軌道を遮った。ガキィッという固い金属同士がぶつかり合う音が響き、剣の動きが完全に受け止められた。

「………!!」

驚く間もなく、近衛兵から次の攻撃が繰り出された。6本の槍全てが、馬上のベルナルド目掛け突き出されたのだ。

「…ぐ………!」

渾身の一振りで何とか攻撃を打ち払うと、ベルナルドは突撃してきた勢いを殺さずに素早く体勢を立て直し、近衛兵達の真横を駆け抜けようとする。

次から次へと突き出される槍に、ベルナルドは駆け抜ける馬上で辛くも受け止めていった。

「くっ……!!」

最後の最後に突き出された槍が、わずかに体の脇をかすめる。痛みには構わず、ベルナルドはその槍をも強引に弾き返すと、スピードを緩めぬまま走り過ぎた。

離れた場所から再び帝国兵を睨みつける。切迫した空気がベルナルドの肌を締め付けていた。

「うおおおおーーーーッ!!」

雄叫びと共に、再度ベルナルドは近衛兵達が構える銀の槍めがけ突っ込んでいった。攻撃と同時に走り抜ける体勢であった先ほどとは違い、今度は避けることを考えない真正面からの突撃だ。

凄まじいスピードで向かってくるベルナルドに、近衛兵達は銀の槍を力強く身構えた。その切っ先が、鋭くベルナルドを狙う。

ガキイィッ―――――

渾身の一撃がベルナルドから繰り出される。だが、その攻撃も先ほどと同様、6本の銀の槍の前には完全に受け止められていた。

「ぐあああッ!!」

交差し、自らの剣を受け止めている6本の銀の槍を、ベルナルドは力任せに弾き飛ばす。その気迫に一瞬ひるんだ近衛兵達も、次の瞬間次々と槍を突き出していく。1対6…。そんなあまりにも無謀\な状況を、ベルナルドはただ前に進むことのみを考え、繰り出される槍を受け止め続けていた。

激しい金属音と共に、6本の槍と一振りの剣が互いの領域を譲らんとばかりにぶつかり合う。しかし、その均衡は長くは続かなかった。一瞬体勢を崩したベルナルドに向けて、一本の槍が死角から突き出されたのだ。多くの戦いを経験しているベルナルドには、その瞬間、次に起こるであろう事態を直感として感じ取った。



『致命傷――――――』



その単語が、頭の中で克明に浮かび上がる。前に進むことに固執するあまり、最も重要な冷静さを欠いていた自分に気付く。自分が倒れた後、この戦いはどうなる。戦況は…仲間は…。

そんなことが一瞬のうちにめまぐるしく浮かび上がる。無慈悲な銀の切っ先が近付くのを目にし、ベルナルドは血の気が引いた。



ヒュンヒュンヒュン――――― ガキィィッ!!



何が起こったのかわからなかった。ベルナルドの目の前から、銀の切っ先が消えた。一瞬の出来事のあと、地面になぎ倒されている1人の近衛兵士。その強固な鎧の上に、湾曲した広い刃が突き刺さっていた。

「な…!??」

ベルナルド、近衛兵ともに、何が起こったのか把握するより早く、一つの影がその場を横切った。そして、兵士達の槍を全て打ち払いながら、走り抜けていく。

「何をしている!退けッ!ベルナルド!!」

その声の主はジョナスだった。負傷した右腕をものともせず、生きている左腕だけで軽々と剣を振るっている。

「ジョナス!!」

「いいか!ここは俺に任せてお前はイシュタルの元へ行け!」

「なんだと?!」

「早く行け!もう時間がない!すぐにもここに兵士が押し寄せてくるぞ!お前はそのためにここまで来たのだろうッ!」

ジョナスは叫びながら、近衛兵5人の攻撃を打ち払い続ける。縦横無尽に周囲を駆け、ベルナルドにも引けをとらない剣さばきに、近衛兵士達も怯む。

「すまん、ジョナス!頼む……!!」

ベルナルドは、力強く手綱を打ちつけ、大地を蹴る。そして、今まさに激しい攻防を繰り広げているジョナス達を迂回するように、敵陣の中枢、こちらをじっと伺っているイシュタルを目指して走った。

先ほどまで辺り一帯に立ち込めていた深い霧は、次第に晴れ間を見せ、後方のイシュタルさえはっきり捉えることができる。

その瞳は、どこか哀しげな、そして、自らにふりかかる運\命を全て受け入れたかのような、強い意思を秘めたような色。ベルナルドには少なくともそう映っていた。

戦場には、帝国兵、反乱軍兵士共々、無数の亡骸が所狭しと転がっており、気を緩めると戦争の悲惨さを思い知らされる。

だが、ベルナルドはその様子に躊躇することなく、ただ一点を、イシュタルだけを視界に捉え、全力で向かっていった。そして、ついにベルナルドは馬の足を止めた。

目の前に、一人の少女が立っている。強い風になびく美しい銀髪、深い藍色の瞳。間違いなく、あのイシュタルだった。

対峙する一瞬、互いに言葉では言い表せない、『避けられない何か』を感じとった。

 
 

 

【8】

 

 

「ついに会えたな、イシュタル」

一瞬の、だが長い沈黙の末、ベルナルドが口を開いた。

「長かった…。ここまで来るのに…。お前に会ったら、聞きたいことは山ほどあったが、今は不思議と何も思い浮かばん」

ベルナルドは微かにふっと笑うと、剣を抜いた。

「…………。もはや何を話しても変わることはない…。あなたが私に剣を向けるのであれば、私もそれに応えるまで」

イシュタルの周辺の空間が、うっすらと揺れ動いている。極度の魔力が集中していることの表れだ。

「…………」

「……………」

お互いが対峙したまま、再び沈黙の時間が訪れた。剣を構え、いつでも飛び出せる体勢のベルナルド。魔力を研ぎ澄ませ、迎え撃つ体勢にあるイシュタル。だが、どちらが先に仕掛けるわけでもなく、ただお互いの瞳の奥に眠る何かを、じっと感じ取ろうとしているようにも思えた。

――――――!!

と、そのとき、辺りの空間に振動とも似た衝撃のようなものが走った。ベルナルドはとっさにイシュタルの魔法が放たれたのかと身構えたが、その様子には何ら変化が見られない。

次の瞬間、遥か遠くから強い光が発せられた。そして、ビリビリと痺れるような感覚が辺りを包む。ベルナルドは、この感覚に覚えがあった。あの、反乱軍兵士の大多数を消滅させた、死の光。雷撃魔法トローンの光だった。それが、ここより遥か西方、前線の方角から発せられている。

「………!!」

もはや声を出すこともかなわず、依然として発せられている光に、ただ唖然とするベルナルド。

「……反乱軍はもうほとんど残っていません。あなたは私に近付くため、兵を分散し過ぎた…。今頃、我が軍の各部隊が反乱軍の生き残りを殲滅にあたっているはず。例えあなたが私を倒したとしても、この戦いは帝国の勝利に終わる…」

イシュタルの口調には強い確信の念が感じられ、それだけで圧倒される何かを感じる。

ベルナルドはただ黙って、先ほどトローンの光が放たれた前衛部隊の方角を見据えていた。

「カルナス……」

一言つぶやくと、イシュタルの方に向きなおった。

「イシュタル……貴様は…」

ベルナルドは鋭い眼差しでイシュタルの目を見据えながら、剣を握り締める手に力を込めた。

「……戦いの結末はもう決まっている。…でも、それでもなお私に向かってくると言うのなら、構わずその剣を振り下ろしなさい」

イシュタルは顔色一つ変えず、冷たい口調でベルナルドに言い放った。

「……ッ!!」

カッと目を見開き、ベルナルドの剣がイシュタルの頭上に力強く振り上げられた。頭上で高々と掲げられるその剣が、心なしか小刻みに震える。

一振り。そう、たった一振りでこのイシュタルを葬ることができる。それが、帝国にとって、あの憎きヒルダにとってどれほどの痛手であるか、そのことだけでも意味がある。

だが、ベルナルドの腕はそのまま動きを止めていた。

「……何故だ……!なぜ…腕が動かない!」

ベルナルドは、額から汗を滲み出しながら必死に剣を振り下ろそうと試みた。しかし、これまでの数々の出来事が目まぐるしく頭の中を駆け巡り、どうしてもあと一歩が踏み出せなかった。

人一倍正義感の強いベルナルドには、イシュタルを『完全な悪』とは認めていない自分がいた。その、心の底にあるもう一つの真実が、イシュタルに剣を振り下ろすことをベルナルドにためらわせていたのだ。

「…なぜ、剣を止めるのです。私は帝国の人間。あなた方の忌むべき存在。あなたが私を殺せないというのなら、私があなたを…」

イシュタルの身体の周囲を、強い魔力が覆っていく。

「………くっ…………!」

その凄まじい魔力に、全身の機能が麻痺するような感覚に陥る。やらなければ、逆にやられる…。頭では理解できていても、身体が言うことをきかない。

イシュタルの強い思念に呑み込まれようとしたとき、後方から一人の声が響き渡った。

「迷いを捨てろ!!ベルナルドーーーーーーッッ!!!」

瞬間、ベルナルドが我に返った。後ろを振り向くと、そこには騎馬と共にこちらへ全力で向かってくるジョナスの姿があった。

――――――ジョナス!!

予期せぬ者に解放され、嬉しさのあまりそう叫ぼうとしたとき、ジョナスの鎧の下から、何かが飛び出した。胸の中央に、何か銀色に輝く物体が見える。先端は鋭く尖り、先の方に、赤いぬめりが見えた。

それは、後方から追ってきていた帝国兵の銀の槍だった。それが、ジョナスの背中から胸にかけてを貫いていたのだ。

ジョナスはこちらを見据えたまま、目を見開いていた。口を半分開き、何かを訴えかけるような眼差しで、じっとベルナルドの目を見続けている。

「ジョナアァーーーース!!!!」

ようやく事態を飲み込んだベルナルドが、後方のジョナスに向けて叫んだ。しかし、その声に応えるものはなく、ジョナスはゆっくりと後ろへ倒れかかる。

――――ドスドスドスッ!!!

倒れかかるジョナスに、無数の槍が貫かれた。4本の銀の槍が、戦闘不能のジョナスに容赦なく打ち込まれたのである。何の抵抗もできないまま、ジョナスの身体が宙に舞う。

「――――――!!」

地面に崩れ落ちる一瞬、ジョナスの瞳と目が合った気がした。そこからは、何かを訴えかけるような、そして、全てを受け入れたかのように澄んだ表情が見てとれた。何の抵抗もないまま地面に落ちたジョナスは、半ば目を開いたまま既に絶命していた。

「うおおおおーーーーッ!!!」

視界が滲んでいくのも構わず、ベルナルドは渾身の力を込めて自身の剣を振り上げた。もう何の迷いもない。全ての力を、この一瞬のために使おうと、心に決めた瞬間だった。全ての躊躇も疑念も捨て、渾身の刃をイシュタル目掛け振り下ろす。

―――――しかし、ベルナルドの剣は空を切ることすらしないまま、途中で止まっていた。今度は迷いなどではない。本当に腕が動かないのだ。

「……な……馬鹿な……!?」

事態を把握できないベルナルドの目に、かつてない光景が飛び込んできていた。

イシュタルの身体が薄ぼんやりと青白く輝き、この世のものとは思えない程の魔力が放出されているのだ。イシュタルの目は、これまでのときとは全く別の、異形とも思える輝きを放っている。後ろに結われた髪は逆立ち、まるで全てを滅ぼす神…いや、悪魔とも思える様相だった。

「イシュタル…?いったい……!?」

ベルナルドは、その魔力の凄まじさに、腕だけではなく身体全体が痺れたように動かすことができないと気付いた。

やがて、辺りの空気がピリピリとした小さな衝撃を生むようになった。周囲の細かい石や砂のかけらが浮き上がり、パシンパシンと弾け飛ぶ。

おもむろに、イシュタルの右手が掲げられた。

途端、上空の大気が急激に圧縮されていく。雲が渦を巻くように収束し、次第に黒\々とした雷雲が姿を現していた。

「………くっ…!身体が、動かん!」

剣を振り上げたまま、動こうともがき続けるベルナルドを、イシュタルは右手を高々と掲げたまま、じっと見据える。

「……………」

必死に身体を動かそうとするベルナルドを前に、イシュタルは目を閉じた。そして、その右手がベルナルドへと降ろされた。

「――――!?」



―――――――――――――

―――――――



その瞬間、周囲の音という音が消え去った。戦場の兵士達の声も、武器のぶつかり合う音も、全てが真っ白な光の中で掻き消えた。



イシュタルの脳裏に、ある光景が蘇ってきた。



フリージ城。その地下深くの死臭が漂う闘技場。そこでイシュタルの前に現れた、あの少年の姿が。

その少年の瞳が、目の前にいるベルナルドの瞳と重なる。

そのときイシュタルは気が付いた。何故、あのとき帝国の敵であるベルナルドに手を貸したのか。それは、あの少年とベルナルドが、イシュタルの中で重なり合っていたからだった。

意識の深層に封じ込めた過去の記憶。それが、ベルナルドと出会ったことによって、無意識のうちに呼び起こされてきたのだ。

少年にまつわる悪夢の記憶が、同じ光を瞳に宿すベルナルドによって、イシュタルの意識に働きかけた。

イシュタルの深層意識は常に語りかけていた。かつて、自分自身も同じ光を宿していたのだと…。



――――イシュタルの瞳に光が戻った。



目の前で上空を見上げる男が、あの少年の幻と重なっている。これまでの様々なことが、断片的な映像として頭の中を駆け巡る。

自らが創り出した真っ白な世界の中で、イシュタルの目から何かがこぼれ落ちた。

それは、一粒の雫。これまで、もう流すことはないだろうと思っていた、“涙”だった。



―――――――――

―――――ドォオオオオォォオオンン!!!!!!!



イシュタルの眼前の大地に、凄まじい雷撃が落とされた。

帝国軍、反乱軍、戦場にいた全ての兵士が戦いを中断し、その巨大な光の柱に目を奪われた。

暗雲から大地への巨大な光の柱は、同時に強大な衝撃波を生み出し、方針円状に広がる衝撃が、両軍の兵士達を吹き飛ばしていく。激しい砂と風が、目を開くことすら許さないかのように吹き荒ぶ。敵味方問わず、ある者は岩の陰に隠れ、またある者は剣を大地に突き立て、必死に耐え忍んでいる。

やがて、光の柱が消滅し、辺りに静けさが戻った。誰しもがその光景に呆然と立ち尽くし、戦場には、吹き荒ぶ風と、黒\々とした雲から響き渡る雷鳴のみがこだましていた。

隣で敵兵が自分と同じように立ち尽くしている。一見、ここが戦場でないかのような違和感を覚える光景だった。

だが、そんな一瞬の沈黙の間を破り、我に返った帝国の将軍の一人が、再び激を飛ばした。それをきっかけに、中断されていた戦いが、またも再開されることとなった。



イシュタルの側に駆けつけた将軍は、一帯の黒\く変色した大地の跡を目にし、冷たい汗がとめどなく流れ落ちるのを感じていた。そこには既に物体の痕跡すら残されておらず、ただ大地が黒\く焦げ付いているのみだった。

少し離れた場所でこちらをうかがっている近衛兵士達も、あまりの衝撃に声を立てる者はなく、ただ立ち竦むばかりだった。

イシュタルは、黒\く焦げた大地にしばらく目をやっていた。その瞳には感情の色がなく、ただ無機質に、じっと一点を見据えていた。

将軍はどう声をかけてよいのかわからず、その場でイシュタルの背後に控えていた。

と、イシュタルが身を翻した。沈黙を守ったまま歩き出すイシュタルに、将軍が近寄る。

「…イ、イシュタル様…」

圧迫された気配に気おされし、言葉が思うように出てこない。速度を緩めず歩いていくイシュタルに、将軍が駆け寄った。

「は、反乱軍は士気を失い、徐々に後退を始めています。間もなく各地からの援軍も到着すると思われ、殲滅は時間の問題かと…」

「…反乱軍は全て滅ぼしなさい。一人たりとも逃がさぬように」

イシュタルは一言小さくつぶやくと、そのまま城へと向かい歩いていった。

 

 



[204 楼] | Posted:2004-05-24 10:23| 顶端
雪之丞

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【9】

 

 

戦場は今や退却を続ける反乱軍と、それを追い立てる帝国軍という様相を呈していた。

空はイシュタルの放った雷撃魔法の影響により黒\く淀んだ雷雲がたちこめ、ときおり激しい稲光が暗い戦場を照らした。ぽつりぽつりと雨が降り出し、志半ばにして倒れた兵士達の亡骸を洗い流すかのように、それは一気に雨脚を強めた。

草原が湿り、ところどころに水溜りができ、水分を含んだ土の匂いが辺りを包む。

戦場のまだ中央近い場所に、一つの影がうごめいていた。

その男は砂と泥にまみれ、体中に深い傷を負っている。防具は既に役目を終え、ぼろぼろに砕け始めていた。重度の火傷と思わしき傷が、身体の至るところに見られる。

他の反乱軍兵士が後退していくなか、男は地を這いずりながら逆方向、ある一点を凝視しながら向かおうとしていた。暗い戦場の中、その眼光だけが鋭く光っていた。

その男は、反乱軍の前衛部隊を指揮していたカルナスだった。

帝国兵の雷撃魔法、トローンを受けながらも、どうにか生き延びていた。そして、帝国陣営へ向かったジョナスとベルナルドのもとへ向かおうと、必死にここまで這ってきたのだ。肉体は既に限界をむかえていたが、仲間を思う強い念だけが彼を突き動かしていた。意識があるのかないのか自分でもよくわからない。暗闇と風雨の吹き荒ぶ中、ただ一点を見つめ、本能のように身体だけを動かす。

しかし、そんなカルナスもついに力尽き果てようとしていた。目が思うように見えない。視界がぼんやりし、手足の感覚も既になくなってきている。

カルナスは、最後の力を振り絞り、右腕を動かした。パシャンという音と共に、前方の水溜りがしぶきを上げる。視界のすぐ前で、雨水を受けて揺れる草が目に入った。

――――これで、俺も終わりか…。

最期に見る映像というものが思ったほど悪くないと感じ、可笑しくなりながら、次第に瞳から光が消えていく。

そんなとき、前方に何かゆらめくものが見えた。

――――幻覚か…?

そう思ったとき、その影がこちらにゆっくりと近づいて来るのを感じた。遠のく意識を奮い起こしながら、その影を見上げる。

「……カルナ…ス…」

その声には聞き覚えがあった。ひどく弱々しくか細い声だったが、間違いない。

「ラ…フィア…ン……」

ドサッと音がする。その人影は、力を失ったかのようにその場に崩れ落ちた。

「――――!」

それは間違いなくラフィアンだった。クロノス城の東側において、カルナスと同じく敵部隊を食い止めていた。

倒れこんだ彼女の背には、数本の矢が深く突き刺さり、そこから多量の血が流れ落ちていた。

「…………その…傷は…」

「ふっ……情けないね…。このあたしが…こんな…。後ろから…帝国の援軍がやってきたんだ……。挟み撃ちを受けて、このザマさ……。こんなに脆く…あたしの部隊がやられるなんて、ね……っくっく…」

ラフィアンは傷だらけの身体を辛そうに押さえると、嘲笑するように口をついた。

「あ…あいつらは……。ジョナスと…ベルナルド…は…」

カルナスの問いに、ラフィアンは目を閉じ、首を横にふった。

「……そう…か……。あいつらは…死んだ…のか…」

「………けど、あたしは信じてる…。あの二人はこの国や、あたしらのために… 精一杯戦ってくれたんだってね…」

「…そうだ……。あいつらだけじゃない…。俺や…お前もそうだ…。皆…この国のために戦った……」

カルナスはラフィアンに支えられるように仰向けになると、雨の降りしきる天空を仰いだ。

「…だが……くやしいものだな…。せめて…あのヒルダに……一杯食わせたかったぜ…」

「大丈夫さ…。あたし達はここで潰えても、いつか…あたし達の意志を受け継いでくれる者が現れる…。ベルナルドもそう言っていたじゃないか……。あたしはそれを信じる……悔いはないさ……」

「…………そう…だな…。…ラフィアン…」

カルナスは微かに笑みを浮かべると、ゆっくりと目を閉じた。

「…………」

ラフィアンはカルナスの手を取ると、優しく握り締めた。

「…疲れたね……。あたしには…もう、歩く力すら残ってないんだ……。ごめんよ、カルナス…。あんたなら…あたしだけでも逃げろって言うかもしれないけど……。こればっかりは…あたしの我侭さ……」

ラフィアンはカルナスを抱きかかえるようにすると、目を閉じ、ふっと笑みを浮かべた。

「ジョナス……ベルナルド……。あんたたちと過ごした時間…なかなか楽しかったよ……。次に生まれるときも……一緒に旅ができたら……言うこと…ないね…」

静かに目を閉じると、カルナスとラフィアンは、そのまま動くことはなかった。

強い雨が降りしきるなか、その二つの影は戦場に溶けていった。

 
 

 

【10】

 

 

数刻後――――

帝国軍陣営、クロノス城玉座の間で、各部隊の将軍による戦況報告が行われた。

既に反乱軍は壊滅的な打撃を受け、その数、戦闘前の10分の1にも満たない。

各地の城から合流した援軍により、散り散りになっている反乱軍の生き残りを追撃に向かっていた。

反乱軍のリーダー、ベルナルドと、その腹心である部下3名は死亡。

その報告がなされたとき、玉座の間は兵士達の歓声に賑わった。だが、玉座の隣に控えていたイシュタルは顔色一つ変えることがなかった。



この戦いにおいて、イシュタルの的確な戦況把握と指揮能力が高く評価され、その後イシュタルは『雷神』の異名で呼ばれるようになった。

そして、程なくして帝都バーハラからの強い希望により、王室付きの宮廷魔道士として抜擢された。

その話をイシュタルは快く思っていない節もあったが、ことヒルダの影響力が大きく、事態は慎ましやかに進められていった。



イシュタルが帝都バーハラへと足を踏み入れたとき、丁度そこでは皇帝アルヴィスの子息、ユリウス皇子の15年目を記念する、誕生祭が開かれていた。

帝都中の人々が溢れかえり、皆歓喜の声援を送っている。だが、人々の表情には、どこか狂気ともいえる何かが漂っているように思えた。

そして、イシュタルがバーハラ城のバルコニーを見上げると、そこで一人の少年が風にあたっている姿が目に入った。

赤い髪と瞳が印象的なその少年は、イシュタルに気付くとこちらを黙って見つめ返した。

瞬間、イシュタルの中で衝撃にも似た何かが沸き起こった。

こちらを見据える少年の瞳の奥深くに眠る何かが、イシュタルを強く惹きつけていた。

『自分と同じ何かがある―――――』

イシュタルとその少年は、互いに目を逸らすことがなく、じっと見据え合っていた。

一陣の風が中庭を駆け抜けていく。突然の突風に煽られ、人々が驚きの声を上げる。ザアッという木の葉を撒き散らす音と共に、イシュタルの髪がなびく。

だが、二人の視線は互いを離すことはなかった。やがて、少年はふっと笑みをこぼし、バルコニーから城内へと姿を消した。

イシュタルは、内から沸き起こる『何か』の正体が掴めぬまま、少年の姿が消えたバルコニーを、ただじっと見つめていた。

それが、その少年――――ユリウス皇子との最初の出会いだった。

そのときイシュタルには、やがて自身がユリウス皇子の『魔』を秘めた内面に惹かれ、彼の右腕として―――――また、それ以上の存在として永きに渡り力を尽くすことになることを、無意識のうちに予感していた。

帝都バーハラは、そんな複雑な心境のイシュタルに構うことはなく、国をあげての狂気の宴に賑わいを見せていた。





―――――――――――――





≪一方、帝都バーハラより遥か東方の地、イザーク王国―――――≫



「はっ!たぁッ!!やあーーーッ!!」

まだ皆が寝静まっている早朝から、訓練場では力強い掛け声が響き渡っていた。

まだ自身の丈では扱えそうもない長剣を手に、訓練用の標的目掛け振り下ろす。

ズバッという手ごたえと共に、両断された標的が転がり落ちる。



ここ、ティルナノグ城に一人の若き少年が帝国の厳しい捜索網の中、信頼できる数名の仲間と共に暮らしていた。

彼の名はセリス。グランベル王国シアルフィ家のシグルド公子の子息。十数年前のバーハラ戦役において命を失った者の子供達が、密かに再起を狙っていた。

彼らがやがて、大陸全土を駆け巡り、グランベル帝国からの解放に身を投じることになる。

奇しくもミレトス地方におけるベルナルド達の意思とは別に、図らずも同じ志を持つ者達が現れていたのだ。



――――追憶の果てに人々は何を見出すのか…。運\命の歯車は時に残酷に、時に幸福をもたらしながら、ゆっくりと、しかし確実に動き続けるのだった――――

 

 

 

 

 

<イシュタル・アナザーストーリー ~追憶の果てに~  完>

 



[205 楼] | Posted:2004-05-24 10:23| 顶端
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怎么说好呢?又增加了几篇。
所谓的创作作品,大部分与原著情节无甚关联。也许有正统派对此不屑一顾,但是我要说,这些都是热爱这个游戏的人写出来的,仔细看看的话,应该会发现作者们凝聚在其中的感情与梦想。 :lol:



[206 楼] | Posted:2004-05-24 10:30| 顶端
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第1章 マルスの旅立ち




(その日、はるか西の空から一人の天馬騎士が降り立った。)

シーダ 「マルス様!」
マルス 「シーダ?どうしたんだ、そんなに慌てて。城でなにかあったのか!?」
シーダ 「お城が… 突然ガルダの海賊\達が襲ってきて… お父様が…」
マルス 「なんだって!?」
シーダ 「お父様は私を逃がして、お城に残ったの。兵士達も戦ってくれたけど、大勢の人が殺されてしまった…。おねがいマルス様、お父様を助けて!」
マルス 「わかった。大丈夫だよ、シーダ。ここにはアリティアの勇敢な騎士達がいる。彼らと一緒にタリス王を助けに行こう。ジェイガン!」
ジェイガン 「わかっております。タリス王には今までお世話になったご恩があります。それに、許せぬのはガルダの海賊\。このジェイガン、王子と共に参りますぞ」
(その時、ドアが力強い音と共に開け放たれた)
カイン 「マルス様!!」
ジェイガン 「どうしたのだ、カイン。騎士たるもの、常に冷静に…」
カイン 「それどころではありません!近隣の村が盗賊\の襲撃を受けているもようです。先ほど物見の者が、村の方角から煙が昇っていると…」
マルス 「まずい!ジェイガン、すぐにも出撃しよう。このままじゃ手遅れになってしまう。カイン、アベルと共に村へ向かってくれ!」
カイン 「わかりました!我々も盗賊\を撃破次第、すぐに後を追います。くれぐれもお気をつけ下さい。では!」
(カイン退場)
ジェイガン 「頼んだぞ。それでは王子、我々も行きましょう。この戦は王子の初陣となります。お気を引き締めてゆかれますように」
マルス 「うん、そうだね。よし、シーダ、一緒にタリス城まで行こう!」
シーダ 「はい!」

 

##########################################



第1章 マルスの旅立ち







『それは、見上げれば雲ひとつない、澄みきった青空の日だった……』

 

 

 

今はなき王国アリティア、その王子が密かに落ち延びて、辺境の島国であるここタリスで暮らすようになってから既に2年の歳月が流れていた。


アリティアはコーネリアス王の統治のもと、豊かな繁栄を築いてきた。しかし、先のドルーア帝国メディウスとの戦いのさなか、盟国であるグラ王国の裏切りにあい、国王は命を落とす。

国王の敗れたアリティアには、ドルーアより多数の兵が送り込まれ、悪夢のような日々が続いた。マルスは、姉であるエリスの助力により辛くも脱出。数人の騎士達と共に、アカネイア大陸の東、タリスへと逃げ延びたのである。

そこでマルスは亡国の王子としてではなく、一人の人間としての成長をタリスの人々と共に過ごしてきた。

2年もの間、父や母、そして姉を失ったことへの悲しみに暮れるマルスを、アリティアの老騎士ジェイガンを始め、アベル、カイン、ドーガ、ゴードンといった、若き騎士達が支えてきた。

彼らはマルスと同じく国や家族を失った者として心の支えとなり、マルスが16歳となったとき、慎ましやかに行われた誕生を祝う席で、これまで生き延びてこれたことを心の底から祝った。

彼らにとって、マルスだけが祖国を救うことのできるただ一人の存在なのだ。



それから、数日――――

それは、見上げれば雲ひとつない、澄みきった青空の日だった……。

マルス達のいる砦から遥か西にあるタリスの城に、一筋の煙が立ち昇った。時を同じくして、城から飛び立った一頭の天馬が、青い空を風のように駆けていく。それは、一直線にマルス達の砦までやってきた。上空を小さく旋回すると、天馬は砦に翼を降ろした。

「シ、シーダ様、いかがなされたのです?」

見張りの兵士が驚きの声を上げ、天馬に駆け寄った。天馬から飛び降りてきたのは、タリス城の若き王女、シーダ姫だったのだ。シーダは火急の知らせだと告げると、兵士の案内を受け、マルスの元へと急いだ。

「マルス様!」

部屋に入ると同時に声を高める。そこには知らせを受けて待っていたマルスと、老騎士ジェイガンの姿があった。

「シーダ?どうしたんだ、そんなに慌てて。城で何かあったのか!?」

いつもは優しく気丈なシーダがいつになく取り乱しているのを見て、マルスが駆け寄った。

「お城が… 突然ガルダの海賊\が襲ってきて… お父様が…」

「なんだって!?」

衝撃的なシーダの言葉に、一瞬ジェイガンと顔を見合わせるマルス。

ガルダの海賊\といえば、ここタリスの周辺からノルダ港にかけて恐れられている海賊\集団だった。近隣の村を襲ったり、港から出航した船を狙い金品を強奪するなど、その所業は許されざるものばかりだ。タリス国王もそのことには頭を悩ませていたが、いかに海賊\とはいえ自国の城まで攻撃してくるとは思っていなかったのだ。

「お父様は私を逃がして、お城に残ったの。兵士達も戦ってくれたけど、大勢の人が殺されてしまった…。おねがいマルス様、お父様を助けて!」

シーダの目は悲しみに満ち、懇願するような眼差しを浮かべている。もはや自分一人の力ではどうしようもない。マルスに助けを求めるしかないのだ。

「わかった。大丈夫だよ、シーダ。ここにはアリティアの勇敢な騎士達がいる。彼らと一緒にタリス王を助けに行こう。ジェイガン!」

「わかっております。タリス王には今までお世話になったご恩があります。それに、許せぬのはガルダの海賊\。このジェイガン、王子と共に参りますぞ」

その言葉に、シーダの目が輝いた。今のシーダにとって、それがどれほど心強いか計り知れない。

そのとき、外の動きがにわかに慌ただしくなった。部屋のドアが力強く開け放たれ、そこに一人の騎士が現われた。

「マルス様!」

そう叫ぶと、慌ただしくマルスのそばに駆けつける。

「どうしたのだ、カイン。騎士たるもの、常に冷静に…」

人一倍騎士のあり様には神経質なジェイガンが、小言を口にしようとする。と、その騎士は大声でそれを制した。

「それどころではありません!近隣の村が盗賊\の襲撃を受けているもようです。先ほど物見の者が、村の方角から煙が昇っていると…」

それを聞いて、マルスは危機感を募らせた。ガルダの海賊\が、タリス城だけで満足するとは思えない。とすれば、次はきっと…。

「まずい!ジェイガン、すぐにも出撃しよう。このままじゃ手遅れになってしまう。カイン、アベルと共に村へ向かってくれ!」

「わかりました!我々も盗賊\を撃破次第、すぐに後を追います。くれぐれもお気をつけ下さい。では!」

咳を切ったようにそう告げると、カインは風のようにその場を去っていった。

「頼んだぞ。それでは王子、我々も行きましょう。この戦は王子の初陣となります。お気を引き締めてゆかれますように」

こういった事態であっても、常に落ち着きを欠かさないジェイガンに、マルスは感謝していた。アリティアを離れてからも、常にマルスの側におり、そして的確な助言を通してマルスの成長を見守ってきたのだ。

「うん、そうだね。よし、シーダ、一緒にタリス城まで行こう!」

ジェイガンに力強くうなずくと、シーダの手を取った。そして、皆が待つタリスの草原へと足を踏み出す。マルスにとって、これが長き道のりのほんの序章にすぎないことは、まだ誰一人として知る由もなかった。



[207 楼] | Posted:2004-05-24 10:31| 顶端
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第2章 ガルダの海賊\


 

(タリスの城を後にしたマルス達。しかし、対岸の港町ガルダには多数の海賊\達が待ち構えていた。そして、その中には見覚えのある顔が…)

シーダ 「カシム!?あなたはカシムね?あなたまでどうして…」
カシム 「ああ…シーダ様!」
シーダ 「カシム、国を思うあなたが なぜガルダの海賊\達に……」
カシム 「シーダ様、母が病気なのです。どうしても薬を買うお金がほしくて……」
シーダ 「そうだったの…。いいわ、少しくらいなら私が持っています。これでお母様に薬を買ってあげなさい」
カシム 「ああ…!一度は国を裏切った私にこんなにしてくれるなんて!シーダ様!私は…あなたにこの命さしあげます!」
シーダ 「よかった…。皆あなたの力を必要としてくれるはずです。共にがんばりましょう」
カシム 「はい!     ……(にや…)」
シーダ 「!? カシム?」
カシム 「えっ? どうかされましたか、シーダ様」
シーダ 「い…いえ…… なんでもないの。ごめんなさい」
カシム 「……(ニヤリ…)」
シーダ 「 っ!?」 (振り向く)
カシム 「(にこにこ)」
シーダ 「……………」

(こうして、ハンターのカシムが仲間に加わった。…いくつかの疑惑を残して……。)

 
###########################################



第2章 ガルダの海賊\



 

 

『それは心の底より出でる本当の笑顔なのか、それとも――――』

 

 

 

タリスの城を後にしたマルス達。対岸の港町ガルダに立ち寄った一行は、そこでしばしの休息を取った。

しかし、タリスを襲ったガルダの海賊\は、この機を虎視眈々と狙っていたのである。

町の対岸から海賊\達の襲撃を知らせる合図がもたらされたのは、まだ日も昇らない早朝のことだった。

いち早くそれに気付いていた傭兵のオグマは、彼の部下である戦士『サジ、マジ、バーツ』と共に、港町の防衛を買って出た。マルス達もそれに合わせ、全軍をもって海賊\から町を守る作戦に出たのだ。

タリス王の傭兵であったオグマの働きは素晴らしく、迫り寄る海賊\達を見事に切り捨てていった。一時は剣闘士として名を馳せたこともあるオグマは、まさしく剣の腕では一流であった。



そんななか、町の西側に接近してくる海賊\の姿を発見したシーダは、アベル、カインと共にその迎撃に向かっていた。

草原の向こうから、騎馬らしきものと、弓を持った兵士の影が見える。アベルとカインは揃って槍を構えると、攻撃の機をうかがった。

しかし、シーダの目にはある人物の姿が映っていた。それは、以前タリスで猟をしていた『カシム』という名の少年だった。

あのときの心優しそうな少年が、ガルダの海賊\と共に町を襲撃する…。そのことが、シーダの心に引っかかっていた。

アベルとカインの静止を振り切り、シーダは一気にカシムの側へと飛び立つ。カシムはシーダの姿を目にすると、驚きと同時に悲しみと後悔の入り混じったような表情を浮かべた。

「カシム!?あなたはカシムね?あなたまでどうして…」

シーダは草原に天馬を降ろすと、素早く草原に飛び降りた。

「ああ…シーダ様!」

「カシム、国を思うあなたが、なぜガルダの海賊\達に……」

シーダは歩み寄りながら、悲しげな表情を滲ませた。カシムはシーダから後ずさりするように下がると、やりきれない声を発した。

「シーダ様、母が病気なのです。どうしても薬を買うお金がほしくて……」

小さく、そして恥ずべきことのように声を震わせる。シーダはそんなカシムの心情を察してか、静かな口調で語りかけた。

「そうだったの…。いいわ、少しくらいなら私が持っています。これでお母様に薬を買ってあげなさい」

シーダは優しく微笑みながら、持っていたわずかばかりの金貨を差し出した。

「ああ…!一度は国を裏切った私にこんなにしてくれるなんて!シーダ様!私は…あなたにこの命さしあげます!」

カシムはシーダから金貨を受け取ると、ひざまずくように崩れ落ちた。よほど嬉しかったようだ。

「よかった…。皆あなたの力を必要としてくれるはずです。共にがんばりましょう」

シーダは身をかがめ、優しく語りかけた。

「はい!    ……(にや…)」

その一瞬を、シーダは見逃さなかった。気のせいかもしれないが、わずかにカシムの表情がほころんだのだ。

「カシム?」

「えっ? どうかされましたか、シーダ様」

顔を上げたカシムは、いつもと同じ、とても優しそうでいて、気の弱そうな表情だった。

「い…いえ…… なんでもないの。ごめんなさい」

戸惑いつつも、笑顔で応える。カシムもそんなシーダの笑顔に、さらなる笑顔をもってこたえた。シーダが天馬へ戻ろうと、後ろを向いた瞬間―――――

「……(ニヤリ)…」

「 っ!?」

視界が途切れようとしたとき、確かにカシムの顔が歪んだように見えた。即座に振り返るシーダの目には、またもいつも通りのカシムの笑顔があった。

「………………」

シーダはただ、沈黙するほかなかった…。



そして、このときからだ。自軍の中で、カシムの『あること』が噂として囁かれ始めたのは。

そんななか、シーダだけは頑なにカシムを信じていた。あの目は嘘をついているようには見えない。そう自分に言い聞かせながら。

だが、いつの日か再び思い出すだろう。あのとき、一瞬見せたカシムのほくそ笑みのような笑顔を。それこそがカシムの真の笑顔なのだから――――――――(ほんとかい(爆))

 

 

 

第3章 デビルマウンテン




(レナとジュリアンが山賊\の砦から出てくる)

ジュリアン 「はぁはぁ… 何とかうまく巻いて逃げ出してきたけど… ちょっとやばいかな」
レナ 「ごめんなさい、ジュリアン。あなたまで巻き込んでしまって…」
ジュリアン 「いいんだよレナさん。…それより早く逃げないと。山を降りることができれば何とかなるかもしれない」
レナ 「でも、あの砦にリライブの杖をおいてきてしまった…」
ジュリアン 「それは後で必ず取り戻して見せるよ。今は逃げることだけを考えてくれよ。さあ…レナさんが先に行って」
レナ 「わかったわ。ありがとう、ジュリアン…」
  (しばらくして…)
ジュリアン 「くそっ 追いつかれたか。レナさん!ここはいいから先に逃げるんだ!」
レナ 「いいえ ジュリアン。あなたを置いて先には行けません」
ジュリアン 「ここに2人でいてもやられるだけだ。必ず後で追いつくから、行ってくれ レナさん!」
レナ 「でも… あの傭兵はとても恐ろしい目をしていた…。殺されてしまうわ」
ジュリアン 「大丈夫さ、おれだってこう見えてもシーフなんだぜ。うまく逃げ切ってみせるさ。…おっと、奴らが来た。行って!」
レナ 「ごめんなさい、ジュリアン… 死なないでね…」
  (レナ立ち去る)
ジュリアン 「やれやれ……」
傭兵ナバール 「…一人残るとは、良い度胸だな」
ジュリアン 「あんたは…!」
傭兵ナバール 「小僧、そこをどけ。俺の役目はシスターを連れ戻すことだ。お前に用は無い」
ジュリアン 「あいにく、『はいそうですか』ってわけにはいかないんでね」
傭兵ナバール 「…ならば力ずくで通るまでだ」
ジュリアン 「へっ おれだって少しは剣が扱えるんだ。ただじゃやられないぜ?」
傭兵ナバール 「…この俺に剣を向けるか……。悪いが手加減はできん」
ジュリアン 「ち…っ ついてないぜ……!」
  (ジュリアン剣を構え向かって行こうとする)
シーダ 「待って!!」
ジュリアン 「…!? な、なんだあんたは!?」
シーダ 「待ってください、どうか話を聞いて!」
ナバール 「女?戦場になぜお前のような者がいる。ここは女の来る場所ではない。早く帰れ!」
シーダ 「私はタリスの王女シーダ。今はマルス王子と行動を共にしています」
ジュリアン 「マルス… マルスだって!?」
ナバール 「…アリティアのマルス王子か。まさかこれほど早かったとはな。それで、その王子が俺になにか用でもあるのか?」
シーダ 「あなたの力を私たちに貸してください。私たちには、あなたの剣の腕が必要なのです!」
ナバール 「なんだと?」
シーダ 「あなたはこれほどの腕を持ちながら、このまま山賊\の言いなりになって、人々を虐げに行くと言うのですか?」
ナバール 「俺はただ、ここの頭目に雇われただけだ。村人がどうなったところで知ったことではない」
シーダ 「どうしてもこの先に行くと言うのなら、その剣で私を好きなようにして!」
ナバール 「………。俺は女を斬る剣など持ち合わせてはいない。…いいだろう、お前がそこまで言うのなら力をかしてやる。丁度ここの山賊\どもにも嫌気がさしてきたところだ」
シーダ 「本当ですか!?」
ナバール 「…だが忘れるな。マルスとやらが気に入らない男だったら、俺は抜けさせてもらう」
シーダ 「わかっています。…ありがとう」

(レナ、ジュリアン、そして傭兵ナバールが戦列に加わった)

 



第3章 デビルマウンテン



 

 

『悲しげな瞳で両手を広げる少女に、男は剣を向けることができなかった――――』

 

 

 

ガルダの港から西方に位置するサムスーフ山。いつの頃からか、この地に山賊\たちが棲みつくようになっていた。『サムシアン』と呼ばれる彼らは時にふもとの村を襲い、罪もない人々から食料や金品を略奪していく。近寄る者を決して容赦せず、この山に入り込んだ者は皆返らぬ人となっていった。

いつしか村人達は、この山を悪魔の巣食う山、『デビルマウンテン』と呼ぶようになった。



港町ガルダを訪れたマルス達は、そこで『レナ』という名のシスターが山賊\にさらわれたという話を聞く。そのシスターは人々の間で女神とも慕われる存在であり、心優しい女性であるという。

あるとき、この村を山賊\達が襲撃した。無力な村人達はみな恐れおののき、彼らの村が蹂躙\されていく様をただじっと身を潜めている他なかった。

誰一人として抵抗する者がいない中、たった一人で山賊\達に近付く者がいた。真っ白なローブに身を包み、慈愛に満ちた瞳を抱くシスター、レナだった。

レナは略奪をする山賊\達に近付き、説得をした。村人達は何もできず、ただ怯えながらレナの無事を祈った。

やがて、山賊\は村を去り始めた。大した被害もなく、レナの説得が通じたのだと皆が喜ぶのも束の間、同時に大切なものも奪われていった。レナが山賊\達に捕らえられ、彼らの砦へ連れて行かれてしまったというのだ。彼らはサムスーフ山の中腹にあるアジトへ向かうと、そこへレナを幽閉してしまったのである。



レナを救ってほしいという村人の話を聞き入れたマルス達は、悪魔の山と呼ばれるデビルマウンテンに足を向けた。

一行がちょうど山のふもとにさしかかろうとするとき、山賊\たちの砦から2つの人影が飛び出してきた。

山賊\にとって予期せぬ出来事―――――

彼らの仲間であったジュリアンが、山賊\達の目を盗み、レナを連れて脱出してきたのである。



――――――――



「はぁはぁ…何とかうまく巻いて逃げ出してきたけど…ちょっとやばいかな」

レナの手を引きながら、ジュリアンが後ろを振り返る。砦から逃げる際、何人かの見張りに発見されたことは知っていた。追手は当然放たれているはず。もし捕まったりすれば、間違いなく殺されてしまう。焦りと不安とが次第に大きくなりながらも、足場の悪い山道をここまで逃げ延びてきた。

「ごめんなさい、ジュリアン。あなたまで巻き込んでしまって…」

額に汗が滲み、息使いも荒いジュリアンに、レナが申しわけなさそうに呟いた。

「いいんだよレナさん。…それより早く逃げないと。山を降りることができれば何とかなるかもしれない」

ジュリアンはできる限り落ち着いた口調を装う。

「でも、あの砦にリライブの杖をおいてきてしまった…」

レナは大切にしていたリライブの杖を持ち出せなかったことを気にしていた。ジュリアンの手助けにより、何とかワープの杖は取り戻したものの、山賊\の頭目が手にしているリライブの杖だけは諦めざるを得なかったのだ。あの杖はレナにとって特別な杖。どうしても諦め切れずにいた。

「それは後で必ず取り戻して見せるよ。今は逃げることだけを考えてくれよ。さあ…レナさんが先に行って」

「わかったわ。ありがとう、ジュリアン…」

レナは頷くと、歩を早め山道を降りはじめる。

レナはジュリアンの焦りを肌で感じ、足手まといになっている自分の無力さを認めていた。今はジュリアンの言葉に従い、この山を降りることしか方法がないのだ。

砦からはもう追手が放たれている。いつ追いつかれるとも知れない恐怖が頭の中を巡りつつ、歩きにくい岩場を足早に降りていく。レナの脳裏には、囚われの際一瞬だけ見かけた『あの男』の姿が克明に焼きついていた。



そして、ふもとまであと半分ほどの距離に迫った頃―――――



これまで前を進むことだけに意識を集中していたジュリアンが、突然足を止めた。

レナが後ろを振り返り、ジュリアンをじっと見つめる。ジュリアンは全ての感覚を研ぎ澄ませたようにその場を動かない。そして、どこか遠くの方に意識を傾けているようだった。

――――ジュリアン…?

そう声をかけようとしたとき、突然ジュリアンの目が見開かれた。すぐ後ろから近づく微かな物音を敏感に感じ取ったのだ。

「くそっ 追いつかれたか。レナさん!ここはいいから先に逃げるんだ!」

「いいえ ジュリアン。あなたを置いて先には行けません」

にわかに騒がしくなってきた周囲にも構わず、ジュリアンが叫んだ。

同時に向こうの茂みに潜んでいた山賊\達もこちらの位置に気付いたらしく、辺りが騒然とし始める。

緊迫した空気のなか、レナはジュリアンから離れようとはしない。このまま山賊\達と向き合うつもりのようだ。

「ここに2人でいてもやられるだけだ。必ず後で追いつくから、行ってくれ レナさん!」

ジュリアンは諌めるような眼差しをレナに向けた。

「でも… あの傭兵はとても恐ろしい目をしていた…。殺されてしまうわ」

囚われの際、砦で見かけた一人の傭兵らしき男の姿を思い出す。男は物静かで、必要なこと以外は全く口を開くことがない。山賊\達にも一目おかれる、どこか恐ろしい殺気のようなものを常にまとっていた。もし追手のなかにその男がいたら……。それがレナにとって最大の不安だった。

「大丈夫さ、おれだってこう見えてもシーフなんだぜ。うまく逃げ切ってみせるさ」

ジュリアンは微かに笑みを浮かべてみせた。それを見て、レナは決めた。盗賊\とはいえ、窮地の中をここまで守り続けてくれたジュリアンを信じようと決めたのだ。今の自分は足手まとい以外のなにものでもない。このまま留まれば、ジュリアンすらも危険に晒してしまうことになるのだ。

「…おっと、奴らが来た。行って!」

ジュリアンは小さな剣を抜くと、そのまま振り返ることなく意識を集中した。

「ごめんなさい、ジュリアン… 死なないでね…」

一言だけそう告げると、レナは再び山を降りはじめる。レナもまた、ジュリアンの方を振り返らずに足を早めることだけに努めた。



「やれやれ……」

レナがようやく逃げてくれたことで安堵を覚えながら、その姿を密かに追う。ひと際かがやく純白のローブがやがて木の陰に消えていった。

「…一人残るとは、良い度胸だな」

突然、背後から低い声が響いた。ジュリアンの背筋に、ぞくっと冷たい感覚が走る。

「あんたは…!」

瞬間、本能的な絶望感が襲う。

それはジュリアンもよく知っている人物。山賊\達の用心棒として雇われた『ナバール』という男だった。鋭い眼光と隙のない物腰が印象的なその男は、向かい合っているだけで金縛りを起こしそうなほどの気配を有している。

「小僧、そこをどけ。俺の役目はシスターを連れ戻すことだ。お前に用は無い」

小さいが、芯から響くような声で告げる。

「あいにく、『はいそうですか』ってわけにはいかないんでね」

ジュリアンは今できる精一杯の虚勢を張った。ナバールは眉一つ動かさず、微動だにせぬままジュリアンの目を見据える。

何もしていないのに、こうまで差が生じるものかと、ジュリアンはさっきまでの微かな楽観視さえ後悔した。

「…ならば力ずくで通るまでだ」

ジュリアンにとっての最後通告とも取れる言葉が告げられる。

「へっ おれだって少しは剣が扱えるんだ。ただじゃやられないぜ?」

圧迫感を払い除けるように、ジュリアンはナバールに向けて小さな剣を構えた。言葉では精一杯の虚勢を張りながらも、剣先は小刻みに震えている。握る柄にも緊張感で汗が滲み出ていた。

「…この俺に剣を向けるか……。悪いが手加減はできん」

ジュリアンは覚悟を決めるしかないと悟った。おそらく、この男の前からは絶対に逃げ切れない。ならば、少しは時間稼ぎをして、先に逃げたレナだけでも助けよう。

一人の女のために、ここまでする自分に少し滑稽になった。これまでの自分にはない感覚に戸惑いながら、剣を握る手に力を込める。

捨て身を覚悟で男との間合いをはかるジュリアン。ナバールはその場を動く様子はなかったが、自らの目線に合わせるかのように、剣をゆっくりと顔のあたりで止め、切っ先を向けた。

「ち…っ ついてないぜ……!」

ジュリアンが地を蹴ろうとしたそのとき―――――

「待って!!」

突然、白い大きな影が、ジュリアンとナバールの間に割って入った。天馬だ。そこには一人の若い女性の姿があった。

「…!? な、なんだあんたは!?」

ジュリアンは面食らったように声の主を見上げる。

「待ってください、どうか話を聞いて!」

その女性は天馬に乗\った若き騎士、シーダだった。シーダはジュリアンの反対側に立っているナバールの方へと天馬を寄せると、悲しそうな眼差しを向ける。

「女?戦場になぜお前のような者がいる。ここは女の来る場所ではない。早く帰れ!」

鋭い視線を浴びせながら、ナバールが叫んだ。

「私はタリスの王女シーダ。今はマルス王子と行動を共にしています」

「マルス… マルスだって!?」

ジュリアンが驚きの声を上げる。山賊\達のなかで囁かれていた『マルス王子』の名が出てきたからだ。そもそも何の計画も立てずにレナと二人で逃げ切ろうなどとは思っていなかった。このデビルマウンテンにマルス王子の軍がさしかかっているという話を聞き、密かに脱出の機を窺っていたのだ。それが今、向こうからやってきてくれている。

「…アリティアのマルス王子か。まさかこれほど早かったとはな。それで、その王子が俺になにか用でもあるのか?」

ナバールの眼光は全く衰えをみせていなかった。

「あなたの力を私たちに貸してください。私たちには、あなたの剣の腕が必要なのです!」

「なんだと?」

この言葉には、ジュリアンはもとより、ナバール自身も驚きを隠せずにいた。このシーダという女、現れるなり仲間になれと言う。マルス王子にとって、サムシアンの傭兵というだけでも敵にあたるナバールに、寝返って仲間になれと言うのだ。

「あなたはこれほどの腕を持ちながら、このまま山賊\の言いなりになって、人々を虐げに行くと言うのですか?」

シーダは悲しみに満ちた瞳を投げかけてくる。ナバールにとって、戦場という張り詰めた空間に若い女性がいるということだけで耐え難い違和感を覚えていた。生きるか死ぬか、それがこれまで自身のおかれた『戦場』という場だったのだ。

「俺はただ、ここの頭目に雇われただけだ。村人がどうなったところで知ったことではない」

憮然とした態度でそう告げ、シーダの向こうで立ち尽くしているジュリアンに目を移す。

「どうしてもこの先に行くと言うのなら、その剣で私を好きなようにして!」

ナバールの視線を塞ぐように、シーダが立ちふさがった。ナバールの剣の光沢を前に、シーダの華奢な体が震える。しかし、ナバールを見据える瞳だけは誰よりも力強い光を放っていた。

そのまま、しばしの時を沈黙が支配する。シーダとナバール、二人の思想が相対する瞬間だった――――



やがて、ナバールの右腕がゆっくりと動いたかと思うと、剣は鞘に納められていた。

「…俺は女を斬る剣など持ち合わせてはいない。…いいだろう、お前がそこまで言うのなら力をかしてやる。丁度ここの山賊\どもにも嫌気がさしてきたところだ」

「本当ですか!?」

シーダの不安な表情が明るくなった。

ナバールの態度は全く変わらず、シーダの瞳の奥を探るかのようにじっと見据える。

「だが忘れるな。マルスとやらが気に入らない男だったら、俺は抜けさせてもらう」

ナバールは相変わらずの口調でそれだけを告げると、シーダの隣を通り過ぎ、身構えるジュリアンには目もくれずにふもとへと降りていった。

「わかっています。…ありがとう」

去っていく後ろ姿を眺めながら、シーダは小さく口にした。



ジュリアンがマルス達の待つふもとへと降りると、一足先に辿り着いていたレナが迎えてくれた。安堵のためか、彼女がそこで見せた笑顔をジュリアンは忘れられなかった。これまでガルダの人々にも見せたことのない、レナの心の底から湧きあがる笑顔がそこにあったのだ。

マルスは彼らを仲間として迎え入れた。そして、『デビルマウンテン』という名がこの日を境に呼ばれることはなかったのである。

 

 



[208 楼] | Posted:2004-05-24 10:32| 顶端
雪之丞

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第4章 オレルアンの戦士達  ~ オレルアン騎士団 ~




(オレルアン南方の草原で、追い詰められたハーディン達が機をうかがっていた)

ビラク 「ハーディン様、狼騎士団もついに我々だけになってしまいました。これからどうすれば…」
ロシェ 「ビラク、そう落ち込むなよ、生きているだけ幸せだ。そのうちにチャンスが来るさ」
ビラク 「しかし、あのマケドニア軍の数は我々の10倍はある」
ウルフ 「そうだな、不用意に突っ込んでいこうものなら奴らの思うつぼ。ここは慎重に対策を練った方が良いだろう」
ビラク 「しかし、もたもたしていると新手が来てしまう。せめて奴らの砦だけでも押さえられれば…」
ザガロ 「おい!向こう岸に軍影が見えるぞ!!」
ロシェ 「なんだって!?」
ウルフ 「それは本当なのか?…ちょっと貸してくれ。……あれは…アリティアの旗… マルス王子!」
ビラク 「マルス王子!?最近ガルダの海賊\を破ったという…」
ザガロ 「ハーディン様、これはチャンスです。マルス王子の動き合わせ、こちらも出撃しましょう」
ハーディン 「うむ……。よし、マルス王子の軍が敵を引き付けている間に、我々が砦を制圧し増援を食い止める。各自散開し、砦へ向かえ!」
ビラク 「待ってください!ハーディン様、あれは…」
ハーディン 「…どうやら発見されたらしいな。マケドニアの騎士部隊だ」
ロシェ 「くっ… ようやくチャンスが巡ってきたというのに…!」
ハーディン 「いや、あの程度ならば我々だけでも何とかなる。ロシェ、ビラクは私と共に来い、敵騎馬兵を迎え撃つ!ウルフとザガロは天馬騎士を撃ち、後方支援だ!」
一同 「了解!!」
ハーディン 「よし!我らオレルアン騎士団の力、見せてやろうぞ!!」

 

 

第4章 オレルアンの戦士達 ~オレルアン騎士団~

 



 

 

『草原の狼は、その最後の牙を剥こうとしていた』

 

 

 

マルス達の最初の目的地、オレルアン。この地には、アカネイア聖王国の王女『ニーナ姫』が保護されている。

アカネイア王国は先の戦いで『黒\騎士カミユ』率いるグルニア軍に壊滅させられ、現在は帝国の手中にある。カミユの力は他を圧倒するものであり、アカネイアの精鋭といえど近付くことすらままならなかった、まさに『黒\騎士』の名を欲しいままにする男だった。一人、また一人と兵士が帝国軍に立ち向かい散っていく――――

多くの兵士達が捕らえられていくなか、王女であるニーナだけは辛くも脱出することに成功した。追手を振り切り、王国を後にした王女は、このオレルアン地方へと逃げ延びていたのである。

しかし、王女ニーナには失意に浸る時間など与えられなかった。

ニーナの存在を知ったマケドニアが大軍を率い、オレルアンの城を包囲したのだ。オレルアンには王弟ハーディン率いる草原の騎士団がいる。マケドニア軍が城を包囲したときも、ハーディンとその兄オレルアン王の機転により、ニーナ姫を密かに平原の砦へと退避させることができたのだ。

善戦むなしく、程なくしてオレルアン城はマケドニア軍に占領される形となった。ニーナはそこでもまた、故郷アカネイアでの惨劇の記憶を蘇らせられることとなる。



それからしばらくの時がながれ―――――

ハーディンと残された部下数名は、城から離れた小さな砦で再起を窺っていた。日増しにその数を増すマケドニア兵を前に、城を奪還する作戦を練っていたのである。





「ハーディン様、狼騎士団もついに我々だけになってしまいました。これからどうすれば…」

残された騎士団員の一人、ビラクが力なく口をついた。ここ何日も、こうして砦を離れては敵の動向を探ってきていた。マケドニアの軍は一向に変化をみせない。わずかな隙をついて攻め入ることを狙いはするものの、その圧倒的な戦力差の前に成す術もなく、砦もいつ敵に発見されるとも知れない。この逃げ場を失いつつある現状を目の当たりにすると、人一倍心配性のビラクが悲観的なのも無理はない。

「ビラク、そう落ち込むなよ、生きているだけ幸せだ。そのうちにチャンスが来るさ」

隣で槍の手入れをしているロシェがぽんと肩を叩く。狼騎士団と呼ばれたオレルアン騎士団も、幾たびかの戦闘により、もうほとんど残ってはいないのだ。

「しかし、あのマケドニア軍の数は我々の10倍はある」

遠くオレルアン城を臨むようにして、ビラクが言う。いかに草原の狼とうたわれていても、この戦力の差は歴然たるものがあった。気持ちは前に向いていても動けない無力さに、ビラクはきっと唇を噛み締める。

「そうだな、不用意に突っ込んでいこうものなら奴らの思うつぼ。ここは慎重に対策を練った方が良いだろう」

見張りを交代したホースメンのウルフが向こうからやってきた。連日のように、こうして交代をしながら敵の動向を探っているのだ。もし相手方にわずかでも動きがあれば、それが一つの転機となるかもしれない。もはや奇襲という作戦でしか希望を抱けないオレルアン騎士団にとっては、これが残された唯一の方法でしかなかった。

「しかし、もたもたしていると新手が来てしまう。せめて奴らの砦だけでも押さえられれば…」

ビラクは冷静を装いつつも、心の底では焦りを感じていた。このままでは、祖国であるオレルアンが帝国の手に落ち、取り返しのつかないことになってしまう。確かに、城の近辺にある3つの砦は比較的守りが薄く、急襲すれば労せず落とせるだろう。しかし、その後は絶望的な様相が待ち構えている。城から大軍が押し寄せ、砦もろとも騎士団は全滅。オレルアン奪回は草原の塵と消える――――

今の彼らには万策尽きた思いが広がってきていた。ビラクの焦りにも似た悔しさは、皆も十分に理解できるほど同じだったのだ。

「おい!向こう岸に軍影が見えるぞ!!」

その叫びにも似た声が轟いたのは、突然のことだった。小高い丘からじっと敵の動向を窺っていたザガロが叫んだのだ。

「なんだって!?」

ロシェ、ウルフ、ビラクの3人は、すぐさまザガロの側へと駆け寄る。ザガロが合図をすると、3人はできる限り姿勢を低くし、相手に悟られまいと慎重に近付いていく。マケドニアの新たな援軍であるかもしれないのだ。

「それは本当なのか?…ちょっと貸してくれ」

ウルフが望遠鏡を奪い取るようにして覗き込んだ。肉眼でも何らかの影が微かに見える。ウルフはじっと対岸の様子を探っている。緊迫した空気に、互いの息をのむ音が聞こえてくる。

「……あれは…アリティアの旗… マルス王子!」

望遠鏡を覗き込んだまま、ウルフは声を高めた。マケドニアの増援である可能性を最も強く危惧していた彼らにとって、『アリティア軍』という言葉を聞いた瞬間、それ以上の衝撃が走る。

「マルス王子!?最近ガルダの海賊\を破ったという…」

ビラクがふと口をついた。そう、ここオレルアンにもマルス達アリティア軍が破竹の進撃を続けているとの噂は伝えられてきていた。港町ガルダを海賊\の手から解放したという話はまだ記憶に新しい。そのアリティア軍がここオレルアン平原に、ついに現れたのだ。

「ハーディン様、これはチャンスです。マルス王子の動き合わせ、こちらも出撃しましょう」

ハーディンのもとへと走っていたザガロが力強く申し出た。ハーディンは草原に立つマルス王子の姿を遠く仰いでいる。ロシェ、ウルフ、ビラクも同じようにハーディンのもとへとやってきた。彼らの眼差しは先ほどの悲観的なものでは既になく、祖国であるオレルアンをマケドニア軍から解放するという志が強くあらわれていた。

ハーディンは思いを巡らせながら、自分のもとに集った騎士たち、ロシェ、ビラク、ウルフ、ザガロの姿をゆっくりと見渡した。そして、過酷な状況にも関わらず残ってくれた彼らに敬意が沸き起こるのを感じていた。

「うむ……」

ハーディンはゆっくりと目を閉じると、しばらく想いを馳せる。そして、再び見開かれた目には、彼らと同じく『祖国オレルアンの解放』という強い信念が満ち溢れていた。

「よし、マルス王子の軍が敵を引き付けている間に、我々が砦を制圧し増援を食い止める。各自散開し、砦へ向かえ!」

ついに狼騎士団のもとに出撃命令が下った。マルス王子率いるアリティア騎士団の出現によって、失いかけていた希望が再び蘇ったのだ。



そして、ハーディンの言葉に皆が応えようとしたそのとき―――――



「待ってください!ハーディン様、あれは…」

突如、ビラクが西の空を指差した。そこにはいくつかの騎影がゆらゆらと揺れている様が目に入る。

「…どうやら発見されたらしいな。マケドニアの騎士部隊だ」

ハーディンが目を細め、小さく呟く。草原に土煙を上げ駆けてくる騎馬部隊。そして、上空を切り裂くように駆けてくる白い影。ハーディン達オレルアン騎士団の残党を捜索していた、マケドニアの騎士部隊だった。

「くっ… ようやくチャンスが巡ってきたというのに…!」

ロシェが悔しそうな声を漏らす。

「いや、あの程度ならば我々だけでも何とかなる。ロシェ、ビラクは私と共に来い、敵騎馬兵を迎え撃つ!ウルフとザガロは天馬騎士を撃ち、後方支援だ!」

ハーディンの目は曇ってはいない。皆がそのことを確信すると、それぞれの武器を構える。

「了解!!」

一同が揃って声を上げた。

「よし!我らオレルアン騎士団の力、見せてやろうぞ!!」

突撃体勢に入った彼らは、向かってくる騎馬隊に対して狙いを定める。そして、狼騎士団たり得る速さで攻撃を仕掛けていく―――――



オレルアンの空は青く、澄み渡っている。そして、大陸全土をも駆け巡るほどの大きな流れが、この空のもと沸きあがろうとしていた。

 

 



[209 楼] | Posted:2004-05-24 10:33| 顶端
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几篇谜的,也许有人看过,还是放上来了。


[210 楼] | Posted:2004-05-24 10:40| 顶端
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流星の奇跡


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奇跡…



誰もがそれを望んでいる



けれど、奇跡なんて簡単に起きるものじゃない



だからこそ、奇跡が起きたときの喜びは大きい



突然やってくるから驚きは大きい



だからこそ…『奇跡』というのだ――――・・・











この奇跡を与えてくれた幾千の神々に…私は永遠の信仰を誓う…



















「ラクチェ、大丈夫か?」

心配そうに声をかけたのはイザーク王シャナン。

対するイザーク王妃――ラクチェは、ニッコリ笑って答える。

「平気ですよ!!このぐらいなら大丈夫です。シャナン様はお仕事頑張って下さいね」

「ああ…」

不安を隠せない表情で、シャナンは答えた。

すると、傍に控えていたラクチェの兄が

「シャナン様、俺もついていきますので、ご心配なさいませんよう…」

そして、浅く一礼する。

シャナンは黙って頷いた。







さて、イザークの王妃と、その兄であり王の片腕でもあるスカサハが、どこへ向かっているのかというと、イザーク城の西に位置する深い山である。

その山はあまりにも深く、昼間でも陽の光が一切届かないことで有名で、

イザークの人々は足を踏み入れることはない。

では、なぜラクチェたちはそんな所へわざわざ行くのだろうか?



それは、一ヶ月前のこと。

シャナンはソファラ城と、リボー城の間に街道を開こうと提案したのだ。

この両方の城を行き来するには、かなりの時間がかかる。

それでは不便だという意見が、多数出ていたため、山を崩して街道を開くことに踏み切ったのだ。

そして、手始めとして山の中の調査が始まった。

その調査へ向かった兵士たちが、山の最も深いところで小屋を発見したと言うのだ。

何が起きるか分からなかったため、兵士たちはいったん引き返してきた。

誰も足を踏み入れることのない山に、なぜ小屋などがあるのだろうか。

シャナンは不思議に思い、その小屋を訪ねることにした。

けれど、予定していた日に大事な会議が入ってしまい、シャナンは行けなくなったのだ。そこで、ラクチェが変わりに行くことになったわけだ。

べつに王や王妃が自ら行かなくとも、兵士たちを派遣すればいい。という意見もあったが、

なにが起きるかわからない山に、兵士たちだけを向かわせるなど、シャナンやラクチェができるはずがないのだ。

ラクチェだけでは心配だと、スカサハも同行することになったわけである。







山に入って、しばらく歩いていると

「ラクチェ、あまり無理はするなよ」

と、妹を気遣うスカサハの声がした。

「平気よ!シャナン様もスカサハも心配しすぎ!」

そう言って、どんどん進むラクチェ。

その後姿を見ながら、スカサハはため息を一つこぼした。

ラクチェよりも先を歩いていた兵士が、二人に声をかける。

「王妃様、スカサハ様この先です。この坂を上って少し歩くと、小さな小屋があります」

ラクチェとスカサハは顔を見合わせて、頷くと、ラクチェが兵士たちに指示を出した。

「予定通り、ここと、坂の上、そして小屋の反対側に位置する場所でそれぞれ待機。

私か、スカサハの合図があるまで絶対に動かないで」

『はっ!』

兵士たちは返事をするなり、それぞれの持ち場へ向かった。

ラクチェとスカサハが小屋へ向かって歩き出す。

兵士たちに緊張が走る。

ラクチェがスカサハに目で合図をし、スカサハは扉をノックした。

コンコン……

「?」

「返事がないな…」

もう一度スカサハはノックする。

コンコン…

「…誰もいないのかしら?入ってみましょう」

と、ラクチェが扉を開く。

「あ、バカ!ラクチェ!」

え?と、振り返ったラクチェに、中から何者かが剣を振り下ろしてきた。

慌ててラクチェの腕を引っ張り、自分の剣で、相手の剣を受け止めるスカサハ。

ラクチェは驚いて、固まったままだった。

ハァー、ハァーと重なる荒い二つの息。

一つはスカサハのもの。もう一つは相手のものだった。

ギギギギィ…と、剣を押し合う音。

そして重くはかれた言葉。

「お前たち…グランベル人か?」

「え?」

と、スカサハの声がこぼれ 一瞬、隙ができてしまった。

相手はその隙を逃さず、攻めてくる。

「くっ!!」

スカサハは後ろに腰を付いたまま、必死で剣を受け止めている。

「グランベル人だな!!」

「ち…違う…イザーク人…だ」

「なに!?」

今度は相手に隙ができた。スカサハは思いっきり、剣を押し返す。

「くっ…」

耐え切れなくなり、剣を手放してしまった相手は、その場に座り込んだ。

ラクチェが剣を取りに行き、スカサハが今まで向かい合っていた相手に近づいて行く。

スカサハは目の前で立ち止まると、

「なぜ…、我々がグランベル人だと思われたのですか?」

と、尋ねた。

「…イザークは、グランベルの支配下にある…だから…」

「ちょっと待って!!」

ラクチェが言葉を遮る。

「あなたは何も知らないの?イザークはとっくに開放されたわ。

グランベルも、セリス皇帝のもと平和を取り戻した。もう1年も前のことよ!?」

ラクチェの言葉に、小屋からもう一人出てきた。

「それは…本当なのか?」

「はい。本当です」

スカサハが答える。

「イザークが開放…」

スカサハと剣を交わした人が、顔をかげて呟いた。

「あなたは…女性だったのですか…」

その事実に驚くスカサハ。女性であれだけの力があるとは、只者ではないと思った。

「イザークは、シャナン王のもと…穏やかな時間をすごしています」

ラクチェは笑顔で女性に言った。

女性も少し笑った。

「そう…あの子が…あの方が王になられたのね」

そう言って、涙をこぼす。

小屋から出てきた男が女性に近づく。そして

「良かったな」

と、声をかけた。

スカサハは、男の方に声をかけた。

「あの、あなた方は、ここにいつからいらしたのですか?」

「おそらく、20年ぐらい前だろう…」

「20年?!」

「山というのは、住み慣れれば結構、居心地がいいんだ」

「は…あ…、そうなのですか…」

「俺たちは夫婦だ。分け合ってここに隠れていた」

そう言うと、男はラクチェへ視線を移した。

「すまないが…、もし許していただけるのなら、シャナン王に会わせてもらえないだろうか?」

「え?」

ラクチェはすこし戸惑った。スカサハに助けを求めると

「お前が決めろ」

と言う。

このような判断は、王妃であるラクチェがしなければならないのだ。

しばらく考えて、頷くと、

「分かりました。ご案内しますのでいらしてください」

そう返事をした。

男と女は「ありがとう」と、ちいさく呟いた。











イザーク城の前では、シャナンが不安面持ちでラクチェたちの帰りを待っていた。

陽がだいぶ傾いてきた頃、シャナンの目に馬車が映った。

ラクチェたちが、山の近くまで乗\っていった馬車である。

馬車はシャナンの前に止まると、ラクチェ、そしてスカサハが降りてきた。

シャナンは二人に歩み寄る。が、

二人の後ろから現れた人を見て、シャナンは足を止めた。

じっと、男と、女を凝視するシャナン。

対する男と、女は微かに微笑んでいた。

「あ…あなた方は…まさか…」

「シャナン様?」

様子がおかしいシャナンにラクチェは声をかけた。

だが、ラクチェの声はシャナンには届いていなかった。

「まさか…」

このあと、ラクチェとスカサハが驚く言葉を、シャナンは口にする。















アイラ……レックス…?

















ラクチェと、スカサハが足を止めた。

「立派になったわね…シャナン」

「驚いたぞ」

その声で、後ろを振り向くラクチェとスカサハ。



そして…

「父上?」

「…お母様?」

その言葉に、当然驚くアイラとレックス。

二人は混乱しているようだ。シャナンが言葉をかける。

「スカサハとラクチェですよ!!」

途端、アイラの瞳から涙が溢れでた。

そして、二人に歩み寄る。

「あなた達が、スカサハ…ラクチェ?」

「お母様!!!」

ラクチェがバッと抱きつく、スカサハも涙が溢れて止まらなかった。

もうとっくに死んでいると思っていた。

天上でした会えないのだと。そう思って、諦めていた。

なのに…今、目の前に…

止まらぬ涙を必死で拭っていたスカサハを、強く抱きしめたのはレックスだった。

「うっ…、 ちち…うえ…」

レックスは黙って息子を抱きしめながら、さきほどアイラの剣を受け止めていた

スカサハの姿を思い出す。

「スカサハ…立派に成長したのだな…」

スカサハは涙が止まらなかった。

アイラとラクチェも抱きしめ合う。

「ごめんねラクチェ…、辛い思いをさせて」

「お母様…」

優しく、娘の頭を撫でる

20年間、抱きしめてあげられなかった分、力いっぱい抱きしめるアイラ。

ラクチェもずっと求めていた、母親の温もりを感じていた。



暫くして、シャナンが4人声をかけた。

「中に入ろう。そこでゆっくり話すといい」

そう言って、アイラとレックスを促す。

ラクチェとスカサハも頷いて、中へ入る。



シャナンは、ラクチェの横に並ぶと

「ラクチェ、体は大丈夫か?」

と尋ねた。

「はい、シャナン様」

そうか、とシャナンが呟いた後、

「ラクチェ? どこか体が悪いの?」

と、アイラが心配そうに尋ねる。

ラクチェは、シャナンと顔を見合わせて笑うと

「いいえ、妊娠しているだけですから」

と、答えた。

『え?』

アイラとレックスが同時に言い、足を止めた。

「妊娠? ラクチェは結婚しているの?」

アイラが尋ねた。

「はい」

とラクチェが答えると、レックスが「どこの馬の骨だ」と言わんばかりの表情をした。

それを見てスカサハが笑う。ラクチェもつられて笑った。

何がおかしいのだと、アイラとレックスは不思議に思う。

その中で、一人困った顔をしているのは、もちろんシャナン。

スカサハは困っているシャナンの代わりに、言った。

「ラクチェは、イザーク王妃です」

その瞬間、シャナンを睨みつけたのはレックス。

しばらくしてレックスは急に笑顔になると

「シャナン王。今日は夜遅くまで男同士の話をしましょうか」

と言った。

「はい」と答えるしかできないシャナンを見て、アイラと双子は笑いが止まらなかった。











奇跡は待っているだけじゃ起きないと言うけれど



奇跡は突然だから『奇跡』というの



この奇跡を与えてくれた神々に、私は感謝する

























我ら流星の一族に 永久の奇跡を―――――・・・































END



--------------------------------------------------------------------------------

あとがき
アイラが…生きている。レックスも!!
とんでもない話を書いてしまいました。いかがだったでしょうか?
聖戦は特定のキャラ以外は「生死不明」ですからね。
どんな話でも書けるのです。そして、一度はやってみたかった、アイラと双子の再会。
実現できてよかったです。



[211 楼] | Posted:2004-05-24 10:41| 顶端
雪之丞

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海蓝之钻(II)
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【続☆流星の奇跡】

奇跡のその後(1)


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早朝、寝室を出るラクチェの姿があった。











昨日、奇跡という言葉でしか現せない出来事が起きた。

それはラクチェとスカサハの両親――レックスとアイラが生きていた事だ。

イザーク城の西に位置する山で、イザーク兵が偶然小屋を見つけたことから始まったこの奇跡は

王妃ラクチェや、その兄スカサハは勿論、王シャナンも大変驚き、そして喜んだ。







今まで一緒に過ごせなかった時間を取り戻すかのように親子4人は語り合っていた。

ところが、途中でレックスがシャナンを連れて姿を消してしまったのである。

レックスの目的は明白なのであるが、ラクチェは心配でならない。

シャナンを心配するラクチェに、大丈夫だから、と微笑みながらアイラは言う。

母の言葉に納得したように見えたラクチェだが、やはり心配だった。









その晩、シャナンはとうとう部屋に戻って来なかった。

目が覚めて、隣にいるはずの夫がまだ返ってないことに不安になり、ラクチェは部屋を出た。

おそらく夫はお父様の部屋にいる、ラクチェはそう思ってレックスの部屋へ向かった。

だが、レックスの部屋へたどり着く前に、ラクチェは急に足を止めた。

声が…聞こえる…

誰かが話している声だった。

ラクチェは声のする方へ視線を送る。

「お母様? と…」

柱が邪魔で、アイラが誰と話しているのかわからない。ただ、この声はおそらくシャナンだろう

とラクチェは思った。

すこし場所を変えて、母の話し相手を確認する。

やはり、夫だった。

二人は楽しそうに話しをしていた。時折笑い声もまじっている。

ラクチェはすこしずつ近くへ寄っていった。



「…そう、本当に大変だったのね」

「ああ」

アイラの言葉に、シャナンは短く答えた。

「シグルド公子のお子が、グランベル皇帝…。

公子もきっとヴァルハラで喜んでおられるでしょうね。 ディアドラ様とご一緒に…」

今度はシャナンは何も答えなかった。

薄明るくなってきた空を仰ぐシャナンの横顔を、アイラは見つめながら

「レックスは何か言ってた?」

何げなく尋ねた。

シャナンは視線をアイラへ向けると、目を細めて微笑みながら答えた。

「話してたよ。アイラを口説いた時の話を…」

「?」

レックス何を言ったんだ?と言いたげな表情でアイラはシャナンを見た。

シャナンはすこし笑いながら

「ラクチェのことには触れなかった。 認めてもらえたということなのだろうか?」

今度はシャナンがアイラに尋ねた。

「認めるもなにも、ラクチェがあんなに幸せそうにしていたら、何も言えないじゃない」

アイラは答える。

「じゃあ、まだ認めてはくれていないってことなのか?」

「安心しなさい、レックスは認めてるわよ。それよりも安心してるわ。ラクチェの夫があなたで…」

「………」

シャナンは黙って空を見つめていた。







しばらくアイラとシャナンのやり取りを見ていたラクチェは、シャナンが居たことに安心して、再び

歩き始めた。二人の話の中に入っていっても良かったかもしれないが、久しぶりの二人きりの語らい

を、邪魔したくはなかった。



ラクチェが向かった場所はレックスの部屋。

部屋の前へ来ると、ラクチェは声をかけながらノックした。

「お父様、ラクチェです」

すると中から

「入っておいで」

と、優しい声が答えた。

失礼しますと言って中へ入ったラクチェは、レックスと視線が合った。

「シャナンを探しているのか? あいつなら朝方解放してやったぞ」

冗談まじりに笑いながら言う。

父親の言葉に、クスリと笑いラクチェは答えた。

「いいえ、シャナン様は見つけました。 お父様とお話したくてここへ来たの」

「俺とか? ラクチェにはつまらないかもしれないぞ?」

「いいの。お父様とお話ししたいから!何か聞かせて!!」

「そうだな…」






――――あれは、ウェルダンでアイラと初めて会ったときのこと――――







奇跡のその後(2)
                            *レックスの話が聞きたい方はここからどうぞ


--------------------------------------------------------------------------------



「それがお母様とお父様の出会い?」

「ああ」

レックスの返事を聞いて、ラクチェはクスクス笑った。

「どうした? 何かおかしかったか?」

先ほどの話を振り返りながら、レックスは尋ねる。何か変なことを言っただろうか?

「いいえ、そうではなくて…クスクス…」

「???」

ではなぜ笑っているのだ?と、ラクチェの顔を見るレックス。

「シャナン様にも、子供時代というのがあったのですね」

ラクチェは楽しそうに話す。

アイラとの出会いの話だったはずが、ラクチェはその内容より、シャナンの登場場面のほうが

気になったようだ。

「そりゃあ、あいつだってガキの頃はあったさ。出会ったばかりの頃は

俺にだけ警戒心むき出しだったしな」

「お父様だけに?」

「ああ。 まあ、アイラを狙っていたのは俺だけだったから」

「シャナン様はお母様のボディーガードだったのですか?」

「ぷ…」

レックスは急に笑い出した。始めは遠慮してか、小さく笑っていたが、次第に我慢できなく

なったのだろうか、声を出して笑い出した。

ラクチェはなにがなんだかわからないまま、ただ父が笑っているのを見ていた。

ようやく、笑いがおさまりレックスは話し出す。

「出会ったばかりの頃のシャナンは、剣さえろくに使えないただのガキだったんだぞ。

アイラを守るどころか、守られていた」

ああそういうことか、とラクチェは微笑んだ。

「まあ、元々才能があったから、シグルドに会ってから剣を習いだして腕を上げ、イザークへ向

かうために別れるときにはかなりの腕になっていた。その成長ぶりといったら…

オードの末裔だし、当然といっちゃあ、当然なんだがな」

ラクチェはやはり、笑っていた。

父親から語られる、夫の少年時代は、ラクチェの知っている夫とはまったく違った人物で、

それがとても新鮮で、可笑しかった。

レックスは楽しそうに笑う娘を、目を細めて見ていた。

「ラクチェ」

名を呼ばれて、ラクチェは父親の顔を見る。

「今、幸せか?」

ラクチェはその問いに、一瞬目を見開いたが、すぐに微笑むと

「はい。とても幸せです」

と、答えた。

その笑顔は、昨日再開してから見た娘のどの笑顔よりも、ずっと輝いていた。

その様子に安心し、そしてつられるように微笑むと

「そうか、では大事な娘を奪ったことは許してやらないといけないな」

と、悪戯っぽく呟いた。







さて、場所を変えてここはスカサハの部屋。

スカサハは、今朝届いたばかりの手紙を何度も読み返していた。

と―――突然背後で人の気配を感じた。

スカサハは、ハッっと振り返る。手は傍らにある剣に伸びていた。

「…! 母上!!」

背後にいたのがアイラだとわかり、スカサハ剣から手を引いた。

「どうしたのですか、母上」

「いや、お前の部屋がここだと女官が教えてくれたから、来てみたのだが…」

「なんでしょう?」

「ユリア…というのは誰だ?」

母から出た名に、スカサハは驚く。

「なぜその名を…」

「手紙…、今読んでいただろう?」

読ませてくれとばかりに、手を差し出すアイラ。だが当然、スカサハそれを拒否する。

「ふむ、ではその子とお前の関係は?」

アイラは、ユリアという娘がおそらくスカサハの恋人だろうと予測していた。

だが、もしそうなのであれば是非ともスカサハの口から直接聞きたい。そう思っていた。

スカサハは少しためらったが、どうせすぐに会うことになるのだと、自分に言い聞かせ話し出し

た。

「彼女は俺の婚約者です。その…」

「?」

「ディアドラ様とアルヴィス元皇帝のご息女です」

アイラはアルヴィスという名に、一瞬眉を吊り上げた。だが、スカサハの何かを訴えるような目を見て、思った。

(ああ、もうこの子達の時代だったんだよね)

そして微笑んだ。それは母としての笑みだった。

「それで、ユリアさんは今どこに?」

「兄君の…セリス皇帝のもとにいます」

「え? 皇帝のもとって…」

その言葉を聞いて、アイラは先ほどのスカサハの話を思い出す。

ディアドラ様とアルヴィスの子―――つまり、ユリアは皇族なのである。

アイラは再び息子の顔を見た。

自分より高いところにあるスカサハの視線を、アイラは見つめる。

スカサハは、どうしたのですか?と、首をかしげてアイラを見ていた。

しばらくして、アイラはクスリと、肩で笑い始めた。

自分たちの子供は、とんでもない相手と結ばれているようだ。

娘も、従兄弟とはいえイザークの王を夫としている。

息子はさらにすごい。大国グランベルの皇妹を婚約者としているのだから。



本当に世界は平和になったのだなと、アイラは実感した。

国も身分も関係ない。好きな相手と結ばれ。幸せになれる時代。

自分は幸運\にも好きな人と結ばれ、そして今、ここにいる。

だが、かつての仲間のほとんどが、命を失い、もうここには…いない。

アイラは、今生きていることが悔しくてたまらなかった。だからといって、死ぬことも出来ない。

死んでしまった仲間のぶんまで、精一杯生きなければ、合わせる顔がないのだ。

アイラは、この変わりつつある世界の何かを、ジィンと感じていた。

「スカサハ、ユリアさんにはいつ合わせてくれるのだ?」

やっぱりそう来たか、とスカサハは思った。

「4日後、セリス様がイザーク訪問にこられるとき、一緒に来るそうです」

手紙の内容はこれだったのだろうと、アイラは思った。

「そうか、楽しみだな。ディアドラ殿のご息女なら、さぞ美しい娘だろう」

そう言いながら、アイラは部屋を出て行った。

バタンと、扉が閉まる。と同時に、スカサハのため息が部屋に響き渡った。









シャナン様の仰るとおり、ラクチェの性格は母上譲りだな……



奇跡のその後(3)


--------------------------------------------------------------------------------

「アイラ!!」

そう言って、泣きながらアイラに抱きついてきたのは、かつてユングヴィの女神だと言われていた

エーディンであった。

「エーディン!」

アイラも懐かしさのあまりエーディンを抱きしめる。

「ああ、あなたが生きていたなんて…、もう嬉しくて…」

エーディンは涙を零しながら言う。

「なぜ、私がここにいることがわかった?」

「シャナンが教えてくれたのよ。会いにきてやってほしいと…」

そう言って微笑むエーディン。

アイラはシャナンの方を見た。

その視線に気づいたシャナンとラクチェはニコリと微笑み、その場から離れた。



アイラはエーディンを伴って、自分たちに与えられた部屋へ向かった。

突然の来客に、部屋にいたレックスは驚き、そして喜んだ。

「エーディンは昔とかわらないな…」

レックスの言葉に

「そうだな、まさに女神様だ」

と、アイラが答えた。

エーディンも、「二人だって変わってないわ」と笑って答える。

しばらく、昔話をしていた3人だが。

突然、レックスとアイラが顔を見合わせ、頷くと、アイラが話を切り出した。

「エーディン…、あのあと…バーハラの戦いのあと、逃げ延びた仲間のことだが…何か知っているか?」

アイラとレックスは、この事が一番気になっていた。気になっていたが…怖くて聞けなかった。

シャナンやラクチェなら、その辺りの情報はすべて持っているはず。

だが、聞きたい、知りたいと思う心と反対に、知りたくない、聞きたくないという心もあった。

けれど、エーディンと再会し、やはり聞かずにはいられなくなった。

大切な仲間のことだったから…。

「俺たちがイザークに逃れてきた時、すでにシグルド公子、シアルフィの三騎士、

そしてアゼルは死んでいた」

「そのほかの者がどうなったかは…わからない…。エーディン、辛いかもしれないが…

教えてほしい。あれから仲間がどうなったのか…」

アイラは頭を下げた。

そのアイラの頭を軽くポンポンと叩いて、エーディンは言った。

「いいわよ」

そう言った彼女の笑顔は、まさに女神そのものだった。

まずは…と、話し出すエーディン。

「ジャムカとクロード神父。二人は逃げる途中、誰かを庇って死んでしまったそうよ」

それはフュリーからの情報だった。

そして、そのフュリーは数年前に病気でこの世を去っている。と付け足した。

エーディンの口から次々に語られる、仲間の悲運\。

覚悟していたが、実際に聞くとどうしようもない思いに駆られてしまう。



話しが終わり、しばしの沈黙がその部屋を覆った。

コトン…と、ティーカップを置き、アイラは呟くように言う。

「生き残ったのは、私たちと、レンスターにいるフィン殿だけか…」

「ラケシスと、ブリギッドが生死不明だろ…」

アイラの呟きに、レックスも呟いて応じた。

暗い雰囲気になってしまったことにエーディンは気づき、話題を変える。

「ねえ、レックスは甥っ子のこと聞いた?」

「え?」

「あなたの甥っ子が、ドズルにいるのよ」

「兄貴の…子供?」

「ええ、一度会ってみたらどう?」

エーディンの提案に、レックスは黙り込んでしまった。

レックスの兄ダナンは、イザークを苦しめていた張本人である。

戸惑うのは当然だった。

「ねえ、レックスの気持ちはわかるけど…、親と子はべつよ。

あなたの甥っ子たちを、お兄さんと一緒にはしないであげて…」

エーディンが言うと、アイラがそれに頷き、付け加えるように言った。

「もう、子供達の時代なんだよ…」

ね?と微笑むアイラを見て、レックスも「そうだな」と答えた。



「そういえばエーディン、レスターはどうしているのだ?」

「あの子は…ヴェルダンにいるわ」

「あ、そうか…ジャムカ殿の…」

アイラの言葉に、ええ、とエーディンは笑って見せた。

「実はイザークに逃れてきた頃ね、お腹に二人目がいるのに気づいて…」

「二人目? ジャムカ殿は知って…?」

フルフルと、首を横に振る。

「勿論、知らないわ。だって、あの後、二度と会えなくなってしまったもの…」

「………。その子は今どこに?」

「シレジアにいるのよ」

「シレジア!? どうしてそんな所に?」

「シレジア王セティ様の妻として、傍にいるわ」

「セティ…? もしかしてレヴィンの子供か?」

レックスが尋ねた。

エーディンは笑顔で頷く。

アイラとレックスは顔を見合わせ、そしてため息一つ。

「本当に…、新しい時代なんだな…」

「私たちが生きていることが、悪い事のような気がするな」

アイラが苦笑する。



アイラとレックスにとっては、信じられないことであろう。

子供たちと再会してまだ2日。だが、もう2日。戸惑う二人をよそに、時間は流れていく。

一つ、一つ、新たなことを知る度に、時代の差を感じさせられる。

アイラは思う。 世界はドンドン変わっている―――と。

レックスは思う。 これが自分たちが夢み求めた世界だ―――と。



流れる時間の早さに戸惑いながら、しかし、それでもその事実を喜ぶ二人であった。









「じゃあ、エーディン。今度は私たちが遊びに行くから」

「ええ、待ってるわ」

そう言って、城を出るエーディン。

何度も振り返る女神を、アイラとレックスは見えなくなるまで見送った。

手を振りながらレックスが言う。

「女神でも年はとるんだな」

「それも、流れる時間の早さ…だろ?」

ははは、と笑って二人は城の中へ入っていった。





ちょうどその頃、バーハラ城を二人の男女が出発した。

グランベル皇帝セリスと、皇妹ユリアである。

二人の行き先はもちろん……。



奇跡のその後(4)


--------------------------------------------------------------------------------

今日は、スカサハが珍しく落ち着きが無い。

シャナンの執務室で仕事をしているのだが、先ほどからペンを落としたり紙をばら撒いたり…。

そして、スカサハの落ち着かない原因を知っているシャナンとラクチェは、可笑しくて笑が止まらなかった。

「スカサハ、今日はもういいぞ。彼女を迎えに行って来い。そろそろ城下町に到着する頃だ」

「いえ、まだ仕事が残っていますので…」

シャナンの言葉にそう応じたスカサハだが、

「ほら!行ってきなさい!!」

スカサハが対峙していた資料の山をラクチェが強引に奪い、スカサハの背を押した。

「ラクチェ…、返せよそれ!」

「ダメよ。今日のスカサハの仕事はこれでお終い。イザーク王と王妃の命令です」

「そうじゃなくて…」

「え?」

スカサハはラクチェが奪った資料の上に置かれた紙を指差した。

「それ返してくれよ」

「何これ?」

ラクチェはその紙を取ると、開いて中を見た。

「あ!バカ、ラクチェ!見るな」

慌てて取り返そうとするスカサハ。だが、一歩遅かった。スカサハが紙を取り返したときには、すでにラクチェはそれがなんなのかわかっていたから。

「ふ~ん…この間届いたユリアからの手紙か~…」

ニヤニヤしながらラクチェはスカサハを見ていた。

(やっぱり母上の娘だ…)

スカサハはため息をついた。

その様子を笑いながら見ていたシャナンは

「ラクチェ、そのぐらいにしてやれ。スカサハ、今日は本当にもういいから、ユリアを迎えに行って来い。半年も会っていないのだ、少しでも早く会いたいだろう」

「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて失礼します」

一礼すると、スカサハは執務室を出て行った。



「シャナン様?」

「なんだラクチェ?」

えへへ、と言いながらラクチェはシャナンの傍へ歩み寄った。

「シャナン様も落ち着きが無いですね?」

「え?」

「シャナン様だって、セリス様に会うの半年ぶりでしょう?シャナン様にとってセリス様は、ずっと大切な弟ですからね」

そう言って微笑む。

「なんだ、バレバレだったんだな。お前には隠し事ができん…」

「ふふ。あたりまえですよ!何年シャナン様を見てきたと思っているのですか?」

「生まれてからずっとか? だが、それは私だって同じだぞ?お前が生まれてからずっとお前を見てきたのだ」

シャナンは得意げに言った。なぜなら、明らかにシャナンの方がラクチェを見てきた時間が長いからだ。ラクチェは、「生まれてからずっと見てきた」とは言えないのだ。

「ぶ~!!シャナン様今日は意地悪です…」

「ははは。まあ、お互い隠し事はできないって事だな」

「ですね!」

そう言って、二人は笑いあった。







「スカサハ?どこへ行くんだ?」

城から出ようとするスカサハに声をかけたのはレックスだった。

「父上。セリス様をお迎えに行ってまいります」

「そうか。気をつけていけよ」

「はい、では失礼します」

そう言うと、スカサハは城を出て行った。

レックスは自室へ戻るため180度方向を変えた。

すると

「うわっ!!」

レックスは驚いて、一歩後ろへさがった。

「アイラ!いつからそこにいたんだ!?ビックリしたぜ…」

後ろに、アイラが立っていたのだ。

「さっきからいたぞ。お前がスカサハに声をかけたときから」

そう言って、意味深な笑みを浮かべる。

「なんだ?」

「スカサハ、嬉そうだったな」

「そうか?いつも通りに見えたがな…?」

「はぁ~…これだから男はだめだ。息子の色恋事にも鈍感なんて…」

「お前には言われたくね~よ!」

まったくである。十数年前、レックスがどんなにアプローチしても全然気づかなかったのは、

なにを隠そうこのアイラだ。周りはとっくにレックスの気持ちを知っているのに、当の本人は、自分は片思いだと思い込んでいた。まあレックスも、そのアイラの気持ちを理解できず、やはり片思いだと思っていたことは事実なのだが…。つまり、お互い様なのである。

昔のことを言い合いながら、二人は部屋へと戻って行った。





それからしばらくして、スカサハが城へ戻ってきた。もちろん、彼らを伴って。

嬉しそうにスカサハと腕を組むユリアと、それを見守るセリス。

3人を迎えたのは、イザーク王シャナンと、王妃ラクチェ。

「あら、ユリア?なんか顔が赤くない?」

彼らを見るなり、挨拶もなしにそう訪ねたのはラクチェだった。

グランベルの皇帝、皇妹を前に、そういった接し方をできるのも、彼らを繋ぐ見えない絆のためなのだろうか。城内の守備にあたる兵士たちには理解できないものである。

「それがさ~…」

ラクチェの問いに答えたのはユリアではなく、兄のセリスだった。

「城下町についた後、町を歩きたかったから我侭言って馬車を降りたんだけど…」

そう言って笑っている。

「そこにスカサハがいてさ、町の人たち見てるのに何も気にしないで抱きついて…

くっくっ……、ユリアからキスしたんだよ」

セリスが言い終わると、ユリアはさらに赤面して

「もう!!お兄様大嫌い!意地が悪いです!!」

そう言った。

「俺もビックリした…」

そう呟いたのはスカサハ。

「そうそう、スカサハも何が起こったのかわからなくて、ただ突っ立ってただけだったんだよ。

騒いでいるのは町の人たちだけ」

楽しそうには話すセリスを、ユリアとスカサハは少し睨みつけると

『一番騒いでいたのはセリス様(お兄様)です!!』

同時に言った。

「あ…、えっと…」

何も言い返せないのはもちろんセリス。騒いでいたのは自分だから…。



ちょうどその頃、アイラとレックスが姿を現した。

何かさわがしいなと、部屋から出てきたのである。

そして、二人はユリアの顔を見て、驚いた。

「レックス…、あの子」

「ああ、ディアドラにそっくりだ」

少し離れたところから、セリスたちのやりとりを見ている二人。

「あの子がディアドラとアルヴィスの娘か?スカサハの婚約者の…ユリア…」

そのときだった、

「シャナン!!」

セリスがシャナンの傍へ駆け寄った。まるで弟が、大好きな兄のもとへ駆けていくように。

「セリス、元気そうだな」

まあ、先ほどのやりとりを見ている限り、元気が無いということはないだろう。

「あのさシャナン、どうしよう…」

「? 何がだ?」

「僕…、父親になるんだ…」

「!!」

その言葉に一番初めに驚き、喜んだのは、ラクチェだった。

「パティが妊娠したの!?」

「そう、ここへ向かって城を発つ前日の昼にわかったんだ」

ラクチェは涙を流して、喜んだ。

パティとラクチェ。出会った頃は、シャナンを取り合ってぶつかったことが何度もあった。

だが、次第にそれは友情へと変わり、今では掛け替えのない親友になっていた。

シャナンに告白され、しかしパティのことを思うと返事ができないラクチェに、パティは言った。

「私を親友だと思うのなら、ラクチェは幸せになって」そう言った彼女は涙を流していたが、とても眩しい笑顔をラクチェに向けてくれた。その後、セリスが好きになってしまったとパティに打ち明けられたラクチェ。親友のために、いろんな協力をして…。そして親友の恋が実った時には、自分のことのように一緒に泣いて喜んだ。

そしてそのパティが、大切な人の子供を身ごもった。これほど嬉しいことはない。

ラクチェも今、シャナンの子供を宿しているからなお更、パティの気持ちがわかる。

涙を流すラクチェの肩をそっと抱いて、シャナンは言った。

「セリス、おめでとう。よかったではないか」

「でも…シャナン…不安だよ」

子供ができて頼りなくなるのは父親。母親は自分の体にやどる命を感じ取り、強くなる。

だが、父親はただ戸惑うしかない。

「それを私に言われてもな…」

シャナンも同じである。父親になるなどもちろん初めてで、当初はかなり戸惑った。

今でも外見は冷静にみえるが、ラクチェから見れば、今まで見たこともないくらい頼りなく見えるのだ。男とは、父親とは皆そういうもの。生まれてきて、その姿を見るまでは実感がなく、ただ言いようのない不安だけが付きまとうのだ。

「うう、そうか…シャナンも同じだったよね…」

そんな様子を見ていたアイラと、レックス。笑を抑えることはできなかった。

クスクスと笑う声が聞こえ、セリスたちは声のしたほうへ視線を移した。

「シャナン…?この方々は?」

セリスが問うと、アイラが少し前へ出て一礼した。

「セリス皇帝、お初にお目にかかります…いえ、お久しぶりです、の方がいいでしょうか。

イザーク王女アイラにございます」

続けてレックスが言う。

「ドズル公子、レックスです」

二人揃って、頭を下げていた。

「え…まさか、アイラ王女…と、レックス公子?」

セリスは驚愕した。

「ち、父上とともに戦ってくださった……本当に…?」

セリスの問いに、微笑で答えるアイラとレックス。

「セリス様の声…シグルド公子とそっくりで、とても懐かしいです」

アイラが言った。

「姿は、どちらかと言うとディアドラ似だが…やはりシグルドの息子ですね」

と、レックス。

二人はセリスをじっと見つめた。

前に会ったのはいつだろうか。シャナンに連れられてイザークへ向かう前だから…

そう、セリスが2歳になるすこし前だ。

アイラとレックスは成長したセリスを見て、昔のセリスの姿を思い浮かべた。

立派になられた。シグルド公子、良かったですねと、心で呟く。

「セリス皇帝は、相変わらずシャナンが大好きと見える。立派に成長なさっておりますが、

その辺はお変わりありませんね」

アイラはシャナンの顔を見てそう言った。

シャナンは苦笑する。

そこへ、申しわけなさそうに入ってきたのはユリアだった。

「あの…」

ユリアは戸惑った。なぜなら、アイラとレックス、そしてその仲間を苦しめ、死に追いやったのは、自分の父親なのだ。だから怖かった。拒絶され、そしてなによりスカサハとのことを反対されるのが怖かった。

言葉を失ったユリアに声をかけたのはレックス。

「ユリア殿、あなたのような可愛らしい娘ができること、とても嬉しいことだ。

どうか、スカサハをよろしく頼みます」

途端、ユリアの瞳からは涙が溢れた。

「ユリア!?」

慌てて駆け寄ったスカサハ、そっとユリアを抱きしめた。

暖かい腕の中、安心と喜びで涙が止まらないユリア。

アイラとレックスがあえてアルヴィスのことを話しに出さなかったことが、その二人の心遣いが、とても嬉しかった。

「ユリア殿…」

アイラが優しく呼びかける。

「はい…」

「良かったら、私のことは『お母さん』と呼んでくれないか?」

「え…」

微笑む優しい笑顔。スカサハはユリアの肩をそっと叩き、促した。

「あの、お母…さま」

その言葉を口にするのは久しぶりだった。最後にそう呼んだのは自分がシレジアへワープさせられる瞬間で、そしてその後は…。

また『お母様』と呼ぶことができる人に出会えた。そしてそれは愛しい人の大切な人。

アイラは、スカサハから奪うようにユリアを引き寄せ抱きしめた。

…ああ、お母様の温もりも…。そう、こんな風に暖かかったわ…

しばらくユリアはアイラの腕の中で、懐かしい温もりに浸っていた。

それを黙って見守るシャナンたち。

かれらの顔には、自然と笑みが浮かんでいた。




そしてこの時、アイラとレックスはあることを決意する…。

「俺に…客?」

以外だ。と、言わんばかりの表情でレックスは問い返した。





奇跡のその後(5)



いったい誰だ?

そんなことを考えながら、レックスはシャナンに言われた通り会議室へ向かった。

十数年間、人が訪れることのない山のなかで暮らしていた自分を、いったい誰が訪ねてくるというのだ?不思議に思いながら、レックスは会議室の扉を開けた。

そこにはスカサハと同じ年ぐらいの男が二人と、5歳ぐらいの少女が腰掛けて待っていた。

「俺に用って…あんたたちか?」

レックスが自信なさげに尋ねると、男の一人が立ち上がった。そしてレックスの傍まで寄ってくると、口を利いた。



「初めまして、ヨハンと申します。向こうにいるのが、弟のヨハルヴァと、娘のラサンナです」

「ああ、どうも…。で?」

何のようなわけ?といった感じでレックスは返した。

「ドズルのダナン…ご存知ですよね?」

「…ああ」

「俺たちはダナンの息子です」

「!! 兄上の!?」

ヨハンとヨハルヴァは黙って頷いた。





椅子に座った4人。しばらく沈黙が続いていた。

しかし、レックスがその沈黙に耐えられるわけもなかった。そして尋ねる。

「兄上には…ダナンには、もう一人子供がいたよな?たしか…ブリアンって名前…」

「はい、俺たちの兄です。一年前の戦乱で…俺たちが殺しました…」

ヨハルヴァが低い声で答えた。

実の兄を殺さなければいけない苦しみは、レックスにはよくわかる。

なぜなら、父親にとどめを刺したのは…紛れもなく自分なのだ。

「そうか…」

「父上も、兄も間違ったことをしていたのです。しかたがありません」

ヨハンが言った。

「…あれはどうなってるんだ?」

「あれ?」

レックスの問いの意味がわからなかったヨハルヴァは、首をかしげていた。

だが、兄のヨハンはすぐにレックスの言わんとしていることを理解し、娘に声をかけた。

「ラサンナ」

「はい」

ヨハンに言われ、少女ラサンナは袋から何かを取り出した。

その少女の動作に、レックスは驚いていた。そしてこぼれる言葉…。

「まさか…、こんな子が…?」

「はい。スワンチカはラサンナに受け継がれました」

驚き、その反応に戸惑うレックスに、ヨハンははっきりそう言った。



スワンチカ。十二聖武具の一つであり、大陸一の斧である。

聖武具は、聖痕を持つ者にしか扱うことはできない。運\ぶだけなら大人の男であれば、不可のではない。だが、子供には絶対に持つことのできない重いものである。

だが、聖痕を持っている者は別である。簡単に言えば、聖痕を持っていれば、子供であっても

聖武具は綿のように軽く持ち上げることができるのだ。

そして、この少女はスワンチカを軽々と持ち上げたのだ。それはスワンチカの継承者である証。

これが驚かずにいられるわけがなかった。



「ラサンナは、兄ブリアンの一人娘です。俺が、養女として引き取りました」

ヨハンはそう言うと、娘にスワンチカをしまうように促した。

コクンと頷く少女は、自分の背丈と変わらない大きさのスワンチカを持ち上げ、それを袋になおした。

「驚いた。まさか女に受け継がれるとは…」

「トラキア王姉アルテナ殿もゲイボルクを扱えます。べつに不思議ではありません」

それはそうなのだが…。だが、目の前で5歳ぐらいの幼い少女が、少女とほぼ同じ大きさの

斧を軽々と持ち上げたのだ。話に聞くだけなら、アルテナ王女のことのように納得もできるが、

実際にそれを目の前で見て、驚くなというほうが無理な話である。



「そうか、スワンチカも…ちゃんと次代へ受け継がれているのだな…」

レックスは呟くように言い、目を細めて少女を見た。

少女ラサンナも、不思議そうにレックスを見返した。

しばらくしてレックスは微笑むと、視線をヨハンヘ移した。

「ヨハンは、ドズルにいるんだよな?」

「はい、そうです」

「ヨハルヴァは?」

この問いに、ヨハルヴァ自身が答えた。

「イザークの、リボー城に…」

「この国に?」

「はい。グランベルは、特にドズル家は…イザークの人々に長い間、酷いことをしてきました。

俺は、ドズル家の末裔としてその罪を償わなければいけない…。それに、ここは俺たちが育った国、故郷です。俺たちの故郷のために、俺はできる限りのことをしたいのです。ですから、シャナン王に頼み、リボー城を預かりました」

ヨハルヴァが言い終わると、レックスは返す言葉に困った。

“ドズル家の末裔としてその罪を償わなければいけない”

この言葉が、レックスの胸に重くのしかかった。

自分は、一番辛いことを甥たちに背負わせている。

そんな自分が、この青年に何と言葉をかければいいのだろうか?

自分にそのような資格はあるのだろうか?

自問自答するが、答えは返ってこない。返ってくるはずもなかった。



「叔父上、ドズルへ帰ってきては下さいませんか?」

「……」

「アイラ様もご一緒に…。もちろん無理にとは言いませんが…」

レックスは首を横に振りながら

「今は…やめておく…」

と言った。

「では、いつかいらして下さいますか?」

この問いに、レックスはただ微笑むだけで、答えはしなかった。

この時のレックスの微笑が、ヨハンとヨハルヴァの不安を大きくした。

この人は、もう二度と、ドズルへは帰ってこないのではないか、と。

だがそれを言葉にするだけの勇気は、ヨハンにもヨハルヴァにもなかった。

ただ微笑む叔父の、その姿だけを…二人はじっと見つめていた。



夕刻。

ヨハンとヨハルヴァ、そしてラサンナはイザーク城を後にした。

甥達の乗\った馬車を、レックスは黙って見送った。







「どうだった?」

不意に後ろから声を掛けられ、レックスは声に引かれるように振り返った。

「アイラ…」

「甥に…会ったのだろう?」

「ああ。立派だったよ…。俺たちとは比べ物にならないくらい…立派に…」

馬車が去った方角を見つめながらそう言うレックスの隣に、アイラは立ち並ぶと、

夫の手に自分の手を重ねた。

その行動にレックスはクスリと笑うと、

「俺たちも年をとったんだな…」

と言う。

「そうだな。時間は確実に進み、時代は変わっている」

「俺たちも…もういい…かな」

「ええ、そうね。私たちも…」





『もう子供達に託して大丈夫』




意味深な言葉を残して、アイラとレックスは城の中へ消えていった。

奇跡のその後(6)





時間は確実に進み、時代は移りゆく。

奇跡の再会を果たしたイザーク王家。



そこでも、時間は確実に進んでいた。









アイラとレックスがイザーク城に来てから、一ヶ月が過ぎでいた。

いつもと変わらない夕食時。それは、家族全員で過ごす最後の食事となる。

アイラとレックスが、改まって話しがあると言った。

「話しとは?」

シャナンが二人に尋ねた。

それにレックスが答える。

「お前たちと再会してから、いろんなことがあったよな…。まだ、ほんの一ヶ月…

だが、もう一ヶ月も経った」

「父上?」

この一ヶ月を思い出しながら、ゆっくり話すレックスに、スカサハは声をかけた。

だが、レックスはそれに答えることなく話を続ける。

「エーディンに会って、甥に会って、セリスに会って、アルヴィスの娘に会って…」

そう言いながら、レックスはスカサハとラクチェを交互に見た。

「そして、お前たちの幸せそうな姿を見て…二十年という時の長さを知った…」

レックスの言葉に続けるように、今度はアイラが話し出す。

「時間は流れ、時代は移りゆく…。もう、ここ(今の時代)は私たちの在るべき場所じゃない」

「お母様?何を言って…」

スカサハとラクチェを、言いようのない不安が襲う。

不安な瞳で見てくる娘に、レックスは微笑むと、

「俺たちは明日、ここを出る」

そう、言った。

もちろん、スカサハとラクチェがそれに納得するはずがない。

「父上!!」

「どうして!?」

ラクチェの瞳から、涙が溢れ出した。

「旅を…しようと思うの」

アイラが優しく言った。

「バーハラで死んでいった仲間たちの変わりに、俺たちがこの大陸を見て回るんだ。

この、平和な世界を…いつかヴァルハラであいつらに会った時、自慢できるようにな!」

「でも、どうして今なのですか?お父様にも、お母様にも話したいこと…まだまだたくさんあるのに!!」

そう言うとラクチェは、この様子を黙って見つめていたシャナンの胸に飛び込んだ。

「ラクチェ…」

優しく、妻の頭を撫でるシャナン。

アイラはシャナンとラクチェのもとへ歩み寄り、そしてラクチェの手を握った。

ラクチェは驚いてアイラの顔を見る。そこには、やさしい笑顔が…。

「ラクチェ、お願いわかって…。あなたたちが創ったこの世界を、見て回る義務が、生き残った私たちにはあるの。そして、これから創られていく世界を見届ける義務も…」

アイラの言葉に、ラクチェは小さな声で問う。

「では、世界を見て…知ったその時は…、また…ここへ帰ってきて下さいますか?」

「それは…」

返答に戸惑うアイラに変わり、レックスは はっきりと言い放った。

「ここへ帰ってくることはない」

ラクチェにとって、つらい言葉だった。

だがそれは、言ったレックスと、アイラにとっても辛い言葉である。

「いやです!!そんな…の、いや!!」

シャナンの胸に顔を埋めて、ラクチェは泣いていた。



「父上と、母上は…」

スカサハが俯きながら言った。

「俺たちに会って…後悔…してませんか?」

すこし不安げな表情で、スカサハは顔を上げた。

「後悔…してないわ」

「するはずがないだろう…」

レックスとアイラの返答に、スカサハは安心すると、彼もまた微笑み言った。

「では、俺は父上と母上を止めません。お二人の、思うままに…なさって下さい…」

兄の言葉に、ラクチェが驚いて顔を上げ抗議した。

「スカサハ!!なんでよ!どうしてそんなこと言うの!!

私はいやよ!お母様とお父様と離れるなんて…もう会えないなんて!!

ずっとあきらめてて…だけどやっと、やっと会えたのに!!!!」

ラクチェは両手でスカサハの胸を叩いていた。スカサハもそれに逆らわず、ただされるがまま。

ラクチェの気持ちは、わからないわけではないから。

泣きながら、その動作を続けるラクチェを止めたのは、シャナンだった。

「ラクチェ、やめろ」

腕を掴んで強引にやめさせる。

「シャナ…ンさ・ま…」

雫を溜めた瞳が、シャナンを見上げた。

「わかってやれ…アイラたちにはやるべきことがあるんだ…」

「いや…」

ラクチェはシャナンの腕を振りはらった。

「ラクチェ!!」

そして、その部屋から駆け出ていった。

アイラとレックスが、顔を見合わせる。その表情はとても寂しげだった。



「シャナン、ラクチェにはかわいそうなことをするが…俺たちは明日ここを出る」

シャナンは黙って頷く。

「親らしいこと、何一つできなかったし…それどころか、また悲しい思いをさせてしまう。

だけど…」

アイラは一度言葉を切った。そして

「ラクチェのこと頼む、シャナン…」

そう言うと、アイラは頭をさげた。

「幸せにしてやってくれ」

レックスは手を差し出す。

「はい…」

シャナンも答えて、手を差し出した。そして強く握り合う。

義父と義息子の、最初で最後の握手。

スカサハは涙をこらえて、その情景を見守った。

そして焼き付ける、両親の姿を…。











キィィ・・・。

扉が開いて、そして閉まった。

「ラクチェ…」

寝台に横になり、声を殺してないているラクチェに、シャナンは声をかけた。

返事はない。

「明日の朝、発つそうだ」

「………」

「ラクチェ…アイラたちは」

「わかってる!」

シャナンの言葉を遮った。

「ラクチェ?」

「本当は…わかってる…。お母様とお父様の気持ち…」



そう、わかっている。

アイラとレックスは、悔やんでいる。自分たちだけが生き残ったこと…。

あの日あの場所(バーハラ)にいながら、現代(いま)を生きていること…。

だが、だからといって…仲間を追うわけにはいかない。

仲間たちのぶんまで生きて、そして世界を見守り続ける。

それが、それだけが…二人をこの世に繋ぐ綱となっているのだ。

生きる気力がないわけではない。ただ、生きていることが苦しいのだ。

その苦しみを紛らわせるためには、この世に生きる、生き続ける理由…が必要なのだ。

そしてその理由が、死んだ仲間の代わりに世界を見知り、そして見届けるということ。

それは、この一ヶ月の間の二人を見ていて、ラクチェもなんとなく感じていた。

だけど、いざとなると、やはり「はい、そうですか」というわけにはいかなかった。



「ラクチェ…お前の気持ちもわかる…。せっかく会えた両親…それが突然いなくなる」

ラクチェはシャナンの顔をじっと見つめていた。

「だけど、この一ヶ月の間に作った思い出は…消えないだろう?」

「思い出?」

「そうだ。楽しい思い出が、たくさんできただろう?」

「………」

「だけど、アイラたちはどうだろうか?」

「え?」

「最後に、お前に笑顔で見送ってもらえなかったら…この一ヶ月の思い出が…すべて消えてしまうんじゃないか?」

「消・え…る?」

シャナンはラクチェの隣に腰をおろし、続けた。

「なあ、ラクチェ。こう考えたらどうだ。アイラとレックスは、この世界の人々の両親なんだ」

「世界の人々の?」

「そうだ。だから、世界を旅し、子供たちの様子を見て回る。世界には、たくさんの人々がいるだろう?だから、一人一人を見ていくと時間がかかる。だから、ここへ戻ってくる暇がないんだ。

でも、二人はラクチェやスカサハの親でもある、だから、困った時はかならず帰ってきてくれる」

「だって…帰ってこないってお父様が…」

「それは、お前が信じるか、信じないかの問題だ。帰ってくると信じていれば、帰ってくる。

だけど、信じなかったら、二人は二度と帰ってはこない」

「信じていれば…帰って…?」

呟くように言葉をこぼすラクチェに、シャナンは微笑む。

「な、ラクチェ。明日は、笑顔で見送ってやろう。そうしたら、二人は楽しい思い出を持って旅に出られる。そしていつか、その思い出に引き寄せられて、ここへ帰ってくる。かならず」

シャナンの言葉に、ラクチェは黙って頷いた。





信じていれば 必ず 再び会える。



なぜなら、彼らには 強い強い見方がいるから。



『流星の奇跡』



それは、流星の一族に舞い降りた 唯一の見方。



信じる者だけに舞い降りる…













「ラクチェ…」

「お母様……」

そう言って、ラクチェは微笑んだ。

「どうか、ご無事で…」

涙は、止めることはできなかった。

「ラクチェ、ごめんね。本当は、あなたの子供を見てからにしようと思っていた…

だけど、それでは駄目なの。これ以上、私たちは…」

幸せになるわけにはいかない…。

言葉にはできなかった。だが、ラクチェは、そのアイラの言葉を…さも聞いたかのように答える。

「いいえ。もっと、もっと幸せになって下さい。世界を旅し、どう変わったかを知ることで、

現代(いま)を生きる理由を見つけてください…」

生きることの息苦しさを紛らわせる理由ではなく、楽しく生きる理由を…。



―――そしていつか 必ず 帰ってきて下さい―――



最高の笑顔でそう言ったラクチェ。

アイラとレックスはホッと胸を撫で下ろした。









いつか会える。だからさよならは言わないの。

ラクチェとスカサハは、遠くなる両親を見つめながら、この一ヶ月の思い出を思い返す。

偶然二人のいた小屋を発見し、城に案内すると、なんと二人は自分たちの両親で…。

シャナンを拉致した父に、恋人からの手紙を盗み見する母。

すべてが、楽しく、やさしい思い出。色褪せることのない、永遠の宝物。

それを胸に、彼らはこれからを生きる。

それぞれの、在るべき場所で。



























流星の奇跡よ 永久(とわ)に――――・・・・




END



『奇跡のその後』あとがき



はい、なんとか無事終わりました。
皆さんにつっこまれる前に、一つ言っておきます。
ラスト、気に入らない方がほとんどだと思われます。わたしも、ハッピーエンドが好きな方なので、その気持ちわかります。
ですが、今回のこのラストは譲れません。なぜなら、このラストが思い浮かんだことが、「流星の奇跡」の続編連載を始めるきっかけになったからです。
ラストだけは、始めから決まっていたということです。
ラストを読んで、この話しが嫌いになった…、というかた。一向に構いません。
どうぞ、嫌いになって下さい。そういう話にしたのは私ですし、その気持ち、わ
らないわけではないので。
ですが、誰に何を言われようと、この話のラストはこれしかありません。
それが私の思い描く、一つの物語です。



流星の奇跡から始まったこの流星一族の物語。
私にとっては、初めてのFESS連載でした。連載開始当初は、ラストシーン以外なにも思い浮かばず、悪戦苦闘の毎日。(おおげさかも…)
だけど、書き始めると、勝手にラクチェたちが動いてくれ、以外にすらすら書けるようになってきました。文章力、表現力、まだまだです。日々精進の心構えを忘れず、やってきたつもりですし、これからもやっていきます。どうぞ、よろしくお願いします。

FE聖戦の連載小説はしばらくないと思います。
10/25開始予定のFE烈火の長編小説連載がおわるまでは…。
またいつか、聖戦の連載をできたらなと、思っております。

では最後に、
「奇跡のその後」を最後まで読んでくださった皆様に心よりお礼申し上げます。
本当にありがとうございました。
皆様に、奇跡が舞い降りることを祈って、あとがきとさせて頂きます。



[212 楼] | Posted:2004-05-24 10:45| 顶端
雪之丞

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海蓝之钻(II)
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砂漠に咲いた希望(イード編)



イード砂漠の一端に、小さな村あった。

人口37人とかなり少なく、貧しい村だった。



そんな寂れた村に、旅の途中であるという二人の男女がやってきた。

一人は青い髪でがっちりとした体系の斧使い。

もう一人は腰まで伸びた長い髪で、どうやらイザーク人らしい。

髪の色がイザーク特有の色だった。

二人はその日、一人暮らしをしている老婆の家に泊めてもらうことになった。



「狭い部屋だけど、誰も使ってないから好きなようにしておくれ」

「すみません、ありがとうございます」

女が老婆の言葉にそう応じた。

「夕食はもう食べたかい?」

「いえ、まだですが…」

「だったら、一緒にどう?一人で食べると寂しくてね」

ニコっと笑って老婆は言った。

女と男は顔を見合わせると、

「お言葉に甘えて、ご一緒させて頂きます」

と答えた。



夕食を食べながら、老婆が思い出したように尋ねた。

「そういえば、名前を聞いてなかったねぇ~」

「あ、すみません。失礼しました。私はアイラと申します。彼は夫のレックスです」

アイラは隣に座る夫に視線を一瞬移して答えた。

「アイラさんとレックスさんだね。二人とも、遠慮せずに食べておくれ…」

老婆は遠慮する二人に食事を勧めた。



「この村からはいつ発つんだい?」

「明日には発とうと思っています」

「急いでいるようだね。グランベルへ行くのかい?」

お茶を入れながら老婆は尋ねた。

「いえ、トラキア方面へ行こうと思っています」

「トラキアかい?だったら、国境はもうすぐだよ、明日の朝ここを発てば夜にはレンスター城が見える村に着くよ」

「そんなに近いのですか?」

アイラが尋ねた。レックスは立ちあがり、窓を開けた。

「ああ、もう目と鼻の先だよ。今日はゆっくり休んで、明日に備えるといい」

「ありがとうございます。急におしかけて、夕食までお世話になって…」

ペコリと頭を下げて、アイラは言った。

「気にしないで、私も久しぶりに賑やかで楽しかったから」



と、レックスが急にアイラを呼んだ。

「おい、アイラ!!」

「なに?」

窓の外を見ていたレックスは、外を指差してアイラに手招きをする。

アイラも窓へと歩み寄り、外に視線を移した。

そして、レックスの指差す先に、ある人物を見つけた。

「え!?もしかして…」

驚く二人を見て、老婆も窓から外を覗いた。

「ああ、彼女は10年ぐらい前にこの村の入り口で倒れているのを村長が発見したんだよ。

記憶を失っていて、今でも記憶は戻らないまま。可哀想にねぇ…覚えていたのは自分の名前だけだったなんて…」

レックスは振り返って、老婆に尋ねた。

「名前は!!なんというのですか?彼女の名前!!」

「え?知ってどうするんだい?」

「お願いします!教えて下さい!」

今度はアイラが言った。

なぜそんなことを知りたがるのだろうと、老婆は不思議に思いながら答えた。





名前は―――――――・・・・・



砂漠に咲いた希望(レンスター編)





その日の職務を終え、フィンはレンスター城のバルコニーに立っていた。

腕を思いっきり伸ばし、伸びをする。

そして息をついた。

すると、後ろから声を掛けられた。

「フィン!」

「リーフ様、どうかなさったのですか?」

「コレ…」

リーフは手紙を差し出した。

「私にですか?」

「うん、さっき届けられたんだ」

フィンは差出人の名を探したが、どこにもそれは記されていなかった。

「誰からですか?」

「さあ…。フィンに渡せばわかるって言ってたらしいけど…」

そう言われフィンは手紙の封を開けた。

真剣に文章に目を通すフィン。

そして最後に書かれた差出人の名を見てフィンは瞳を大きく見開いた。

「フィン?」

「……リーフ様、少し街へ出かけてきます。よろしいでしょうか?」

「え?あ、うんいいよ。ナンナには僕から伝えておくよ」

「お願いします」

そう言って一礼すると、フィンは町へ出かけていった。





人気のない、町外れの小さな小屋にやってきたフィン。

小屋の扉をコンコンと叩いた。

「フィンです、失礼します」

そっと中へ入った。誰も住んでいないはずの小屋に、小さな明かりが灯っている。

そして、椅子に腰掛けた男女がいた。

フィンは二人の顔を懐かしそうに見つめ、そして言葉を口にした。

「レックス様…アイラ様……、お久しぶりです…」

フィンは二人が生きていることは知らなかった。

イザークの山で発見されたレックスとアイラ。

一ヶ月の間、スカサハやラクチェと過ごしていたが、二人の生存を知らされているのは

ほんのわずかな人だけである。

そしてレンスターには知らされていなかった。それは、アイラとレックスの願いでもあったのだ。できるだけ、黙っていて欲しいと…。

本当は、フィンにも会わずに済ませるつもりだった。だが、道中手に入れたある情報を、

どうしても伝えたくて、アイラとレックスはここへフィンを呼び出したのだ。



「フィン、久しぶりだな…」

レックスが歩み寄り、フィンの肩に手を置いた。

「はい…」

夢にまで見たかつての仲間との再会。フィンは目頭が熱くなるのを感じた。

そこに、アイラもやってくると

「フィン、私たちはすぐにここを発つ。ここにお前を呼んだのは、伝えたいことがあったからだ」

フィンを椅子に座るよう促しながら、言った。

フィンが腰を降ろすと、アイラとレックスも向かい側に座った。

お茶を出したアイラに頭を下げながら、フィンは訪ねた。

「話とは?」

すると、レックスとアイラは顔を見合わせて一度頷くと、レックスが話し出した。

「ここへ来る前に、イード砂漠のある村に立ち寄ったんだが、そこである人物とそっくりな人を見かけたんだ」

「ある人物?」

「ああ、記憶を失っているようだが、たぶん99%本人だ」

「いったい誰なのですか?」

話の旨が読めないでいると、アイラが言葉を付け足した。

「ラケシスを、見かけたんだ…」

「え!?」

驚いてフィンは立ち上がった。

「そ、それは本当ですか!?」

「ああ、本当だ。記憶を失っていると言っていたから俺たちが声をかけるより

お前が直接会いに行ったほうがいいんじゃないかと思って、ここへ来たんだ」

レックスの言葉に、フィンはさらに尋ねた。

「イード砂漠のどの村ですか?」

「ここからだと、国境を出て一番近い村だ。だが、貧しく、旅人はあまり立ち寄らないらしい。だから今まで情報が入ってこなかったんだろう」

まだ信じられないと言わんばかりの表情でフィンは視線をテーブルに置かれた灯りへと移した。ぽぅ…と光を放つそれを、フィンは黙って見つめていた。

「記憶を失っているそうだし、あの村から離れることはないと思う。

フィンも忙しいだろうから今すぐ迎えに行かなくていいだろう。いつか…」

「いえ、すぐにイードへ向かいます!」

フィンはレックスの言葉を遮った。

そして立ち上がると、

「申し訳ありません、すぐにイードへ向かいたいので先に失礼します。

どうぞお二方、お体に気をつけて下さい」

そう言って深々と頭を下げると。フィンは反転して小屋から出て行った。

フィンが去り、小屋に残されたアイラとレックス。

二人はフっと口元を緩めると

「レックス、私たちも仲居は無用…すぐにここを出よう」

「ああ、そうだな」

フーっと、息をかけ灯りを消すと、日が落ちて薄暗くなってきたレンスター城下町へと

二人は姿を消した。



城へ戻ったフィンは、リーフにだけ事情を話すとしばしの暇(いとま)を願い出て、

その日の夜、アイラとレックスが街を離れてしばらくしてイード砂漠へと、

ラケシスのもとへと旅立った。







懐かしい仲間がもたらした知らせは、フィンの心にほのかな明かりを灯らせた…









END

あとがき
「奇跡のその後」の外伝ポイもの。
イード砂漠でレックスとアイラがラケシスらしき人物を発見(イード編)
それをフィンに知らせにくる(レンスター編)
もちろんこれ、続編ありますが、いつになるかわからないです。
すみません、変な終わらせ方して。でも絶対に続編書きますから、気長にお待ち下さい。



[213 楼] | Posted:2004-05-24 10:47| 顶端
雪之丞

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ほんの些細なことで、まさかこんなカップルができようとは…

解放軍の指揮官殿も、予想できなかっただろう。



死神の異名を持つイザークの双子の片割れスカサハ。

戦場で華麗に杖を振り、駆け回る金髪美女ナンナ。

この出来事がなければ、もしかしたらお互い、名前を聞いた程度の関係で終わっていたかもしれない。

まさに運\命としか言いようのない彼らの出会い。

それは、世話の焼ける主君を持ったことから始まる。





似た者同士





「リーフ様~!リーフ様~!!」

大声で呼ぶが返事はない。ナンナはため息をついて立ち止まった。

「もう!いつも何も言わずに姿を消すんだから!探すこっちの身にもなってほしいわ!」

腕を組んで、誰もいないその場所で愚痴っていた。

そこへ彼女の父親であるフィンが通りかかった。

「ナンナ。こんな所でなにをしてるんだ?」

「お父様。リーフ様を探しているのです。見かけませんでしたか?」

「リーフ様? 私用のテントにはいらっしゃらないのか?」

ナンナの問いに、フィンはそう応じた。

「はい。たぶんティニーと一緒に散歩にでも行かれたのだと思いますが」

「フフ。リーフ様にも恋人ができたからな。嬉しくてしかたがないのだろう」

「笑い事ではありません!!ティニーと会うのは構いませんが、そのために仕事をおろそかにされては困ります!!」

「なんだ、なにか急用なのか?」

「アレスと約束があったそうです。アレスはずっとリーフ様のテントで待っているのですよ!」

「それはまずいな。彼は短気だからな…。彼を長く待たせるのは非常にまずい」

「そういう問題ではありません!!人を待たせることがいけないのです!

もう!リーフ様を探しますので失礼します」

そう言うとナンナはその場を立ち去った。

「やれやれ、あれでは当分恋人もできないな…」

できても困るが、できないのも困る。父親とは複雑なものだ。と、フィンは苦笑した。



(お父様が甘いから、リーフ様もこうなっちゃうのよ!)

ナンナは文句を言いながら歩く。あまりの怒りに前方が不注意になっていた。

そのためナンナは傍のテントから出てきた人物とぶつかることになった。

「きゃ!」

「うわ!」

ナンナがよろけて倒れそうになるのを、相手は腕を伸ばして受け止めた。

「ごめん!大丈夫か?」

「え、ええ。私こそ、ごめんなさい」

ナンナは答えた。

「あれ?」

「なにか?」

「金髪に、ライブの杖…もしかして君、リーフ王子んとこのナンナか?」

「ええそうよ。どうしてわかったの?」

「え?いや、金髪で杖を使いこなす、すごい美人がリーフ王子の傍にいるって妹が言ってたから」

「び、美人? からかわないでよ…」

少し頬を赤らめて言う。

「え、いや別にからかってないけど…。あ、そうだ。セリス様見かけなかった?」

「え?いいえ、見てないわ」

その問いにナンナはそう答えた。

「どこにいかれたのかな~、アレスと約束あるって言ってたのに…」

「セリス様もなの!?」

「え?『も』…って、もしかしてリーフ王子も?」

「そうなのよ!どこかで見なかった?ずっと探してるんだけど、見当たらないのよ!!」

先ほどの怒りを思い出したかのように、ナンナ言った。

「いや、見てないな…。でも…」

「なに?」

「二人がいないってことは、一緒にいる可能性あるよな?」

「あ!そういえば、セリス様も最近恋人ができたのよね…」

「そう、しかもそれ俺の妹…」

「え?ってことは…あなたイザークの死神の片割れ!?」

驚いてナンナは一歩後ろに下がった。

「死神いうなよ。俺あんまり好きじゃない、その呼ばれかた…」

「あ、ごめんなさい。えっと…ラクチェのお兄さん?」

「はあ…俺って存在感ないのな。あいつのことは知ってるのに…」

「うっ…ごめんなさい」

ナンナは俯いてしまった。

それを見て相手は、ナンナの頭に手をポンと乗\せると、

「スカサハだ。 それよりどうする?」

と言った。

え?といった感じでナンナはスカサハを見上げた。

「一緒に探すか? たぶん二人は一緒だよ」

「あ、ええ。お願い…」

「じゃあ決まり、行こう」

そう言うと、スカサハはナンナの手を握って歩き出した。

スカサハは妹の面倒を見ているようなつもりであるが、ナンナはそうではない。

一緒に育ったリーフとでさえ手を繋いだことがないのに、今日はじめて会った人と手を繋いで、戸惑わないわけはなかった。

顔を真っ赤にしながら、手を引かれるがまま歩くナンナ。

自分が今、なんのためにスカサハと歩いてるのかさえ見失いそうになるほど、

ドキドキしていた。

「あの…っ!」

「え?」

ナンナが声をかけると、スカサハはナンナの顔を見て立ち止まった。

「あ、いえ。なんでもない…です」

「??」

不思議に思いながら、スカサハは再び歩き出す。

(何を意識してるのかしら!スカサハは何も思ってないんだから、私だって気にすることないのに!)

ナンナがそんなことを考えていると、スカサハが話し出した。

「黙ってどこかへ行かれるのはやめてほしいよな…。探すこっちの身にもなってほしい…」

そのセリフどこかで聞いたことある、とナンナは思った。

そして父親と会う前の自分の愚痴を思い出した。

「ぷ…ふふ、ふふっ」

急にナンナが笑い出した。スカサハはすこし驚いて言う。

「なんだよ急に…。俺、変なこと言ったか?」

「違うの…そうじゃなくて、クスクス…」

「??」

「スカサハも私と同じだなと思って…」

「同じ?」

笑いながら、やっとのことでそう言ったナンナの言葉に、スカサハはそう返した。

「そう、同じ。主君に苦労させられるところが同じ…」

「ああ、なるほど。確かにそうだな」

と、スカサハも笑い出す。

「自分勝手な主君で」

「いつも苦労するけど…」

「だけど、大切な主君…なんだよな」

「そうね」

一度顔を見合わせて、そして再び笑い出す。

ふと、笑い過ぎで前かがみになったスカサハの後ろに、セリスとリーフ、そしてそれぞれの恋人をナンナが発見した。

「いた!」

ナンナの声でスカサハが後ろを振り向く。

「あんなところに…」

「はぁ~…」と、二人は同時にため息をついた。

「あ…」

「ふふ、ほんと似たもの同士ね私たち…」

「だな。で、どうしようか、あのお二方」

「それは~もちろん!!」

『恋人との甘い時間を邪魔する!!』

同時に叫び、二人はセリスたち4人のもとへ駆け出した。





BND


--------------------------------------------------------------------------------

あとがき
遅くなってごめんなさい!第三回カップリング投票一位に輝きましたスカサハ×ナンナ。
マイナー中のマイナーカップルではないでしょうか?
投票の結果を見て、二人の話を書くことが決まった時。かならず使おうと思ったのが
身勝手な主君’s。セリスとリーフは従兄弟同士ですし、きっと性格似てると思うんです。
で、真面目(すぎ)なスカサハとナンナ。もうGOODなカップルだと思いません?
私のイメージでは、『FE烈火』のケント×フィオーラを砕けさせたイメージなのです!
あ、烈火をご存知ない方はごめんなさい、わからないですよね(^^;
とにかく、この話を書いて海乃はスカナンが気に入ってしまいました。
おそらく、続編でます。いえ、出します!!(言い切っていいのか?)
ということで、あとがきはこの辺で。第四回カップリング投票もよろしくお願いします。



[214 楼] | Posted:2004-05-24 10:48| 顶端
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愛故の苦悩



--------------------------------------------------------------------------------

「え? グランベルへ戻らない?」

シグルドは予想していなかった返答に、驚きを隠せなかった。

じっと、対面する紅いマントに身をつつんだ青年を見つめる。

対する青年は、

「はい、戻りません」

と、冷静に答えた。

「だが、エーディンは無事救出したのだし、君がここに残る理由はないだろう?」

そう言いながらシグルドは、隣に立っている親友に視線で意見を求めた。

親友であり、義理の兄でもあるシグルドの困った表情に、キュアンは少し笑うと、

「アルヴス卿の君への溺愛ぶりは、レンスターにも届くほどのものだ。長い間、傍を離れ

ていては心配されるだろう?」

「僕はもう子供ではありません。兄上がいなくても大丈夫です」

「いや、だから…。君はそうだろうけど…兄君の方が『大丈夫』ではないだろう?」

「……。」

青年は黙り込んでしまった。

その彼の様子を見て、何か理由があるのかもしれないと思ったシグルドとキュアンは、顔

を見合わせ頷くと、話し始めた。

「アゼル、グランベルへ戻らなくてもいいが…、せめてアルヴィス卿に手紙を書いて差し

上げたらどうだろうか? そうするのであれば、私たちはこれ以上君に戻れと言ったりはし

ない」

「手紙…ですか…」

「ああ、どうだろう?」

「……わかりました」

アゼルはそう返事をすると、足早にその場を去った。

パタン…と、閉められた扉を見つめながら ため息をこぼしたキュアンは

「あれは、アルヴィス卿を避けているな…」

と言って、側にあった椅子へ腰掛けた。

「だな…」

シグルドもキュアンの意見に同意し、机に手を置いて、やれやれと首を横に振った。







―――場所を変えてアグスティ城のバルコニー

アゼルは夜空を仰いでいた。空には無数の星々が、力強く輝いている。

静かなそこに、時折聞こえるため息は、もちろんアゼルのもの。

先ほどの、シグルドとキュアンの言葉が脳裏を過ぎる。



―――アルヴィス卿の君への溺愛ぶりは、レンスターにも届くほどだ

―――兄君の方が『大丈夫』ではないだろう?



二人の言うとおり、アルヴィスのアゼルへの執着は、並大抵のもではない。

幼いときに両親を失ったアルヴィスとアゼルは、この世でたった二人だけの家族だった。

アゼルは、優しいが兄が大好きで、父親のように厳しい兄も大好きで…。

けれど兄の優しさは、次第に恐怖を覚えるものへと変わっていた。

何が怖いのだ?と、問われても答えられない。ただ『怖い』それだけだった。

だからアゼルは、すこし距離を置くためにヴェルトマーを出てきたのだ。

もちろん、ヴェルトマーを出た一番の理由は他にあったのだが…。

今考えてみると、もしかしたらその一番の理由を口実に、本当は兄から逃げ出してきたの

かもしれないとアゼルは思う。

アゼルは何度目かの ため息をこぼした。

その時―――

「よぉ!」

力強くアゼルの肩を叩いたのは、幼馴染のレックスだった。

「レックス…、痛いじゃないか!」

「なにをそのくらいで」

「レックスと、僕とじゃ身体のつくりが違うんだよ」

はははっと笑いながら、レックスは眼下に広がるアグストリアに視線を向けた。夜のせい

もあってほとんど何も見えないが、月の光で辛うじてアグスティ城の側の森が見える。

「お前がまた落ち込んでるから、慰めにきたんだけどよ」

「また? 僕はそんなに悩んだりはしないよ」

「いんや!お前は悩みすぎだ」

「レックスは、年中悩みなんかないから そう思うんだよ。僕は滅多に悩まない」

「なんだそれ、俺だって悩みの一つや二つ…」

と言いかけて、レックスは考え込んでしまった。暫くして彼は、頭を掻きながら苦笑いを

すると

「はは、悩んだことね~や」

と言った。

その後、しばしの沈黙が訪れたのち、レックスは小さな声で言った。

「アルヴィス卿のことか?」

アゼルは黙って頷く。

「まだ帰る気にはなんねーの?」

「……怖いんだ、兄様の傍に帰るのが」

「あの人はそんなに怖い人だったか?俺の知ってる限りじゃ、めちゃくちゃ優しかった

ぜ? 特にお前に対しては」

「それが怖いんだよ…」

「は?」

「兄様は優しいし、大好きだ。でも、兄様が僕に向ける愛情は…怖い」

「?? 意味がいまいち理解できないんだけど」

アゼルの話しが理解できず混乱したのだろうか、レックスは酷い顔をしていた。

その顔がおかしくて、アゼルは笑いを抑えることができなかった。懸命に話を理解しよう

と、ありもしない脳細胞をフル活用して思考をこらしていたレックスは、アゼルが笑って

いることに気がついて、ムっとした。

「お前なー、人がせっかく考えてるのに、何笑ってんだよ!!お前のことだろ」

「だって、レックスが一生懸命考え込む所なんて滅多に見ないからさ…おかしくて」

「けっ!」

レックスはそっぽを向いた。

ちょうどその時、廊下を歩くアイラの姿が二人の目に映った。

「いっておいでよ、レックス」

「あ? いいよべつに」

「無理しちゃって、ちょっかい出したくて うずうずしてるくせに」

と、レックスの背を押したアゼル。

「てー…、生意気だぞ!アゼルのくせに」

そう言いながらも、アイラの歩いていった方へ向かうレックス。それがおかしくて、アゼ

ルはまた笑った。



レックスの姿が見えなくなると、待ってましたとばかりに二人の女性が姿を現した。

「ラケシス姫と…?」

「フュリーです」

「ああ、ごめん。レヴィンと一緒にいた人だよね」

フュリーは頷いた。

「僕に何かよう?」

アゼルはフュリーを見て言った。すると彼女はビクッとして、一歩後ろへさがると いきな

り頭を下げた。

「ごめんなさい!!盗み聞きは悪いと判っていたのですが…」

必死に誤るフュリーの前にラケシスは立つと

「誤る必要はないですわよ!」

と言うと、少し目線の高いアゼルを見上げた。

どうやら、フュリーはラケシスに無理やりつき合わされたようだ。この二人が一緒にいる

こと事態が不思議なのだが、それはあえて聞かないことにする。

頭を下げ続けているフュリーをよそに、ラケシスは続ける。

「さっきの会話、聞き捨てなりませんわ!」

「は?」

「お兄様が怖いですって!?信じられませんわ!!」

ああ そのことかと、アゼルは思った。

フュリーもそっと頭を上げる。

「どこの世に、兄を怖がる人がいらっしゃるのですか!」

目の前にいるとだろうと、アゼルとフュリーは思った。

それから長々と、ラケシスの話は続いた。

暫く一緒にラケシスの話を聞いていたフュリーだが、レヴィンに呼ばれているからとバル

コニーから立ち去った。

ようやくラケシスの話にひと段落付いた頃、すでに時間は夜中の1時をまわっていた。

「 ……ですから! お兄様を怖がるなんてもってのほかですわ!」

「はあ…」

アゼルは返答に困っていた。

何が「ですから」なのか、ラケシスの話で判ったことといえば、彼女の兄であるエルトシ

ャン王が素晴らしい方だということだけである。

もう部屋に帰ってもいいだろうかと、ラケシスの顔を覗いたアゼルは、彼女の顔を見て

ハッとした。

今まで笑いながら、さんざん兄の自慢話をしていたラケシスが、とても寂しそうな表情を

していたのだ。そして、小さく呟く。

「贅沢…ですわ…」

その言葉でアゼルは気がついた。

ラケシスは今、兄に会いたくても会えないのだ。シャガールの護衛としてシルベールへ留

まっているエルトシャン王。ラケシスが身を置くシグルド指揮下のグランベル軍と、エル

トシャン王が守るアグストリア軍は敵対している。今は戦争が起こっていないとはいえ、

気軽に会える距離ではないのだ。

それに比べ、自分はどうだろ。いつでも兄に会えるし敵であることもない。

ただ『怖いから』というだけで、グランベルへ戻らないと言っている。兄が怖いなど、ラ

ケシスから見れば贅沢な悩みなのだ。

必死で涙を堪えるラケシスに、アゼルはかける言葉がなかった。それも当然であるが…。



暫く続いた沈黙は、ラケシスの言葉で破られることになる。

「よくお聞きなさい!」

と、アゼルの顔の前に人差し指を立てて詰め寄る。

「お兄様が怖いというのにも、理由はあるかと思いますの!べつにその理由を聞くつもり

はありませんが、怖いからといって逃げていては、あなたは必ず後悔すると思いますの!」

「後悔?」

「そうです。 そこでですわ!いい考えがありますの!」

アゼルは首を傾げる。

「?」

「あなたが抱えている『怖い』という想いを、お兄様ご本人にお話しするのです!そうす

れば、何か解決口が見つかるかと思いますの!」

アホらしい単純な内容だが、それも一理あると思った。

アゼルは『怖い』と言うだけで、なにも解決しようとはしなかったのだ。

ただ逃げて、逃げて…。だけど逃げているだけじゃ、何も変わらない。

その時、なにかがアゼルの中で弾けた気がした。ずっと抱えていた不安が、いっきに弾け

飛んで、そして何かが生まれた。

「判りましたか?」

と、尋ねてくるラケシスにアゼルは笑って答えた。

「あなたの言う通りですね。ありがとう ラケシス姫…」

アゼルの返答に満足したラケシスは、おやすみなさいと一言残し廊下へと消えていった。

再びバルコニーに一人となったアゼルは、少し冷たい風を感じながらラケシスの言葉を思

い出す。



――――怖いからといって逃げていては、あなたは必ず後悔しますわ



その言葉を何度も繰り返し思い浮かべながら、アゼルは夜空を見上げ、心の中で呟いた。

















兄上に手紙を書こう―――――





END



--------------------------------------------------------------------------------

あとがき
兄アルヴィスのことで苦悩するアゼル…を書いてみました。
アゼル×ラケシスにしようと思ったのですが、ぜんぜんなってませんね(^^;
この頃のラケシスは まだ兄様love!だから恋愛にまではいかないのでしょう。
アゼルも失恋したばかりでしょうし…。
コウ様よりのリクエスト作品です。

>コウ様
いかがだったでしょか?私なりに『兄のことで苦悩するアゼル』を表現してみましたが…。
コウ様の期待していたものとは違ったかもしれませんね…。(いや、絶対に違っているでし
ょう)



[215 楼] | Posted:2004-05-24 10:49| 顶端
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ある日の出来事


--------------------------------------------------------------------------------

それは、ある日の昼食時。



いつものメンバーと楽しく食事をしていたラクチェ。

向かいに座るのは幼馴染で親友のラナ、右隣がユリア、左隣がパティ。

もちろん話題は“恋愛”。

女が最もこのむ話題である。

遠くの方でため息をつきながら、ワイワイ騒ぐ彼女たちを半分呆れた眼差しで見ているのはスカサハとファバル。そして、笑って見ているのはシャナだった。

スカサハは「いつも同じ話題でよく飽きないな」と呟く。

そしてファバルもそれに同意するように頷いた。



暫く彼女たちを見ていたファバルが

「あ」

と、声をこぼした。

なんだ?とスカサハがファバルの視線を追う。

「あ…ヨハン」

ドズル兄弟の兄ヨハンが食堂に入ってきたのだ。

もちろん目的はラクチェである。







楽しく話しているところに、水をさす声。

「ラクチェ!!」

ラクチェ、以下その場にいた女性全員が「まただ…」と心で呟いた。

「…なに?」

と、問うラクチェ。

「おお、愛しのラクチェ!今日こそは私のものになってもらいま…」

「バカじゃないの?」

すかさずラナのきつい言葉が飛ぶ。ヨハンの言葉は遮られた。

「ラナさん…、ご自分がもてないからといってそんなことを言ってはいけませんよ」

その直後、ヨハンの顔面と、頬の左右に拳が飛んできた。

右からラクチェ、左からラナ、顔面にはスカサハだった。いつの間に、こちらへきていたのだろうか…。スカサハがヨハンを睨みつけている。

「おまえ…、俺のラナになんてこと言うんだよ・・・」

「こ、これは失礼。だ、だがアレはただのジョークですから…」

スカサハはヨハンの言い訳を聞き、納得しない顔で「ふん!」と言うと、

ラナの腕を引っ張って、先ほど自分が食事をしていたテーブルの方へ連れて行った。



さて、ヨハンはというと…

懲りていない。

「ラクチェ!さあ、恥ずかしがらず私の胸に飛び込んでおいで!」

ラクチェは相変わらず無視する。

そこにナンナが通りかかった。

「ヨハンさん。今時の女が、そんなセリフで振り向くと思っているのですか?」

この問いに、ヨハンはまた自らの寿命を縮める発言をする。

「申し訳ありませんがナンナさん…、私はあなたのような気のお強い女性はタイプではありません」

この後、傍にいたリーフがヨハンをなぐったのは言うまでもない。

だが、やはりヨハンだ。少しも懲りていない。

相変わらずラクチェに、恥ずかしいセリフを連発する。

いい加減うんざりしたラクチェが、立ち去ろうと立ち上がったときだった。

「なっ!離してよ!!!」

ヨハンが腕を掴んだのだ。

「ラクチェ!なぜ無視する!私はラクチェが好きなんだよ」

「私は好きじゃない!!」

「好きじゃない? だったら、嫌いでもないってことだろ?」

掴んだ腕を離さない。

「嫌い…嫌いよ!!!」

ラクチェは懸命にヨハンの腕を振り払おうとするが、男の力に敵うはずもない。

「俺は好きなんだよ!ラクチェのことしか見えな…」

その時だった。

誰かが、ラクチェをヨハンから引き離した。

ラクチェは、自分を助けてくれた人の顔を見上げる。

「シャナン…様」

呼ばれて彼女に視線を向けるシャナン。

そして、ヨハンに放つ言葉。

「未来のイザーク王妃に、なに用だ?」



途端、周りでさまざまな音が響いた。

コップを落とした音、フォークを落とした音。中には椅子から落ちた音も混ざっていた。

食堂にいた、全員がその場に集中していた。



いい忘れていたが、ラクチェとシャナンが付き合っていることは、当人同士しか知らない

ことである。もちろんスカサハも知らなかった。





シャナンはラクチェを連れて、食堂を出て行った。

二人の後姿が見えなくなるまで、無言で見送っていた仲間たちは、

二人が見えなくなると、視線をヨハンヘ向けた。



そこには意識を完全に手放したヨハンが、石像のように固まって立っていた。













END





--------------------------------------------------------------------------------

あとがき
…。な、なんて言ったらよいのか…。
ヨハン…ご愁傷さまです?シャナンの言葉に周りの人たちが驚いていますが、
きっと一番驚いたのはラクチェだったでしょうね。



[216 楼] | Posted:2004-05-24 10:50| 顶端
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コチョウラン


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ミレトス――――――そこは商業の盛んな地方だった。

今はロプトの支配により、自由に商売ができなくなってはいるが、

かつては一大貿易都市として栄華を誇っていた。









進軍し続けていた解放軍の戦士たちに、つかの間の休息を―――――・・・

ということで与えられた、つかの間の静かな時間。

ある者は兄弟と、またある者は恋人と、その短い静かな時間を楽しんでいた。

もちろん、戦いのことは忘れて。

 町の中を、白い小さな花を抱えて走る少女がいた。

薄い紫色の髪を、真っ赤なリボンで結んだその少女――――ティニーは、

誰かを探しながら走っている。はたから見れば、どこの町にでもいる普通の少女。

しかし彼女は、解放軍の主要人物の一人である。









 と、少女は何かを見つけて足を止める。

(いたわ)

視線の先には、風を纏った青年の姿。

町外れの、海が見渡せるその場所で、青年は空を見つめていた。

ティニーは、音を立てずにそっと近づいていく。

が、しかし…

「ティニー?」

気づかれてしまった。

「あ~あ…、どうして分かったのですか? セティ様」

少し頬を膨らませて、そう言ったティニーを見て、セティと呼ばれた青年は微笑む。

「残念だったね。風が全部教えてくれるから、分からないことなんてないんだよ」

と言う。

「む~…。ズルイです」

と、さらに頬を膨らますティニー。

セティはそんな彼女の頭を、優しく撫でた。

「何かあったのかい?わたしを捜していたのだろう?」

「え…、どうしてそれを…」

「風が教えてくれたんだよ」

その言葉に、ティニーは頷いて納得した。そして、

「これを…」

と、手に在る花を差し出す。

「この花は?」

「“コチョウラン”といいます。可愛い花でしょう?」

「ああ。でも、どうしてわたしに?」

「あっ…、め、迷惑ですか!?」

おろおろするティーは、そこで俯いてしまった。

その様子に、セティは焦って言葉を返す。

「迷惑なんてとんでもない!!うれしいよ。ありがとうティニー」

そっと、ティニーが顔を上げると、そこには優しい笑顔があった。

ティニーもそれに答えて微笑み返し、そして話し始める。

「この花は、イードの砂漠とレンスターの草原の境目にある、岩陰に咲く花です」

「どうしてそんな場所に?」

「高温多湿を好む花ですが、直射日光は避けなければいけないのです。

そして、風通しのよいところ・・・。だから、岩陰に咲くのです。

そして、イード砂漠から吹く乾いた風。コチョウランが咲くのに適した場所なんです」

「なるほど・・・、そういえばティニーはアルスターで育ったんだよね」

「はい、ですからコチョウランは良く見に行きました。…イシュタルお姉様と…」

そう言って、海を見つめる。

「寂しい?」

遠慮気味にセティは尋ねた。

「寂しくない…と言ったらウソになります。でも、お兄様もいるし、おおくの仲間もいる。

それになにより、セティ様が傍にいて下さいます。だから、大丈夫です!」

笑ってそう言ったティニーの笑顔に、ウソはないと感じて、セティは安心した。



二人並んで海を見つめる。

水平線の彼方に、彼らは自分の故郷を見る。

戦いの最中では、決して思い浮かぶことがない故郷。静かな、この時間だからこそ

思い浮かべることができる。

二人はその故郷に、必ず帰ると心に誓いながら海を見つめていた。

ふと、セティが小さく言った。

「これ以上、寂しい思いはさせない。わたしは君から離れたりはしないから…」

風が吹き、波が打ち寄せる音で、その声は掻き消された。が、

ティニーにだけははっきりと聞こえていた。

セティの横顔を見つめながら、ティニーは微笑む。

それに気づいたセティは、視線を彼女へ向けると、

「そういえば、花には【花言葉】というものがあったよね。コチョウランの花言葉は何て

言うんだい?」

「え?! あ…」

と、少し戸惑うティニー。

「??」

不思議そうに見つめるセティの視線から、ティニーは目を逸らすと、

「花言葉は…【あなたを愛します】」

そう言って、顔を隠すティニー。

一瞬、目を見開いたセティは、照れるティニーの肩に手を置くと、

「じゃあ…」

コチョウランを一つとって、ティニーの髪に飾った。

「え?」

「今の返事だよ」









風がセティのマントを翻し、ティニーの髪と、スカートを揺らす。

寄り添って、再び海を見つめた二人。

戦いの日々を忘れた、つかの間の静かな、幸せな時間。

彼らはいつまでも海を見つめいていた。











END





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あとがき
セティ×ティニーいかがだったでしょか?
ネタに困らないこのお二人。いいですね~
セティ様大好きよ!!ティニーにかわって、私がコチョウランを飾って欲しかったわ(><)
相互リンク記念に 野々宮雪乃様に差し上げました。



[217 楼] | Posted:2004-05-24 10:51| 顶端
雪之丞

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幼い日の約束


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ミレトスで解放軍に傷をつけられ、ずっと意識を失っていたイシュタル。

傷も癒え、目が覚めた時には、解放軍はバーハラ城まで迫っていた。





「目が覚めたかイシュタル」

優しく、尋ねたのはユリウスだった。

「ユリウス様・・・」

「動けるか?」

「え?」

「兄上がすぐそこまで迫っている・・・ユリアがナーガの力を手に入れた。

お前はどこかへ逃げろ」

ユリウスの言葉に、イシュタルは瞳を大きく見開く。

「どうしてですか!私も、ご一緒に戦います!!」

「ダメだ」

「なぜです?理由をお聞かせください」

イシュタルは必死だった。だが、ユリウスの答えは、

「とにかく、お前は逃げろ」

それだけだった。

「イヤです!約束したではありませんか!!」

イシュタルはユリウスに訴える。

その瞳には雫が浮かんでいた。

「約束?」

「そうです。幼い頃、約束しました。

覚えていらっしゃらないのですか?ユリア様が行方知れずなった頃・・・」





それは、ユリウスが覚醒する数日前のこと。

突然、妹のユリアが行方知れずとなり、ユリウスは城中を探し回っていた。

「ユリア~、どこにいるんだよ~!!ユリア~!!」

いつも二人で遊んでいた庭、二人の部屋。父母の寝室。

思いつくところ全てを探したが、ユリアの姿はなかった。

それもそのはず、ユリアは母に記憶を消され、遠くへワープさせられていたのだから。

だが、ユリウスはそんなこと知らない。知らされるわけがなかった。

翌日、ユリウスは一人で庭に蹲っていた。

そこへ声をかけてきたのが、父のお供でバーハラへ来ていたイシュタルだった。

「ユリウス様?」

驚いて、顔を上げるユリウス。

「あ・・・イシュタル・・・」

「どうなさったのですか?」

心配そうに尋ねるイシュタル。そんなイシュタルの顔を見て、

ユリウスは慌てて笑ってみせた。

「なんでもないよ!!」

けれど、その偽の笑顔は・・・

イシュタルには通用しなかった。

「ウソです!!無理に笑っておられます!何があったのですか?」

真剣に尋ねてくるイシュタル。

ユリウスはイシュタルの目を見ていたが、暫くすると涙が溢れてきた。

「ゆ、ユリウス様?!」

慌てるイシュタル。

ユリウスはイシュタルの腕をつかんで言う。

「ユリアが・・・いなくなった!!僕をおいてどこかへいってしまったんだぁ!!

僕、一人ぼっちだよ~」

「まあ!ユリア様が?!」

その言葉に、ユリウスは黙って頷いて、涙を流していた。

いつも明るく、元気なユリウスが泣くところなんて初めて見たイシュタルは、

すこし戸惑っていたが、

ユリウスに視線を合わすように自分も座ると、ユリウスの目を見て話し出した。

「ユリウス様、大丈夫です!私が、お傍にいます。

ずっと、ずっと・・・ユリウス様のお傍に!何があっても私はあなたの見方です」

イシュタルの言葉に、涙が止まったユリウス。

「本当に?ずっと・・・そばにいてくれる?」

「はい、何がおきても・・・あなたのために戦い、そしてお傍にいます」

「約束だよ?」

「はい、約束です」

イシュタルの返事を聞いて、ユリウスは微笑むと

「じゃあ遊ぼう!イシュタル!!」

そう言って、立ち上がるとイシュタルに手を差し伸べる。

イシュタルもその手を取って立ち上がった。

「はい!!」

そして二人の姿は、城の中庭へと消えていった。









「思い出されましたか?」

「忘れてなんか・・・いないよ・・・」

そう言って、ユリウスはイシュタルに背を向ける。

「私は、最後までユリウス様のお傍にいます!!そしてそのために私は戦います」

「・・・」

イシュタルはそれだけ言うと、ベッドから降りた。

そして、戦いへ向かう準備をする。

ユリウスの傍にいるためには、セリス皇子は邪魔だ。私が倒してみせる。

そう心に誓って、イシュタルは城を出る。

ユリウスは戦場に向かうイシュタルの後姿を

バルコニーから見つめて呟いた。

「ごめんイシュタル。あの約束さえなければ・・・お前は・・・」

その先を言葉にできず、ユリウスは城の中へ入っていった。

イシュタルは一度城を振り返る。

そしてユリウスが数秒前までいたであろうバルコニーを見つめ、

一度、深々と頭を下げた。

そして号令を出す。

『メング、メイベル、ブレグ。出撃します。狙いはセリスの首!!』

その声は、バーハラ城周辺に響き渡った。

雷神イシュタルの、最後の号令である。











END





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あとがき
当サイト11111hitをゲットされたトト様のリクエスト。
ユリウス×イシュタルです。
最後の戦いへ向かう前の、二人のやり取り。そして、幼い頃の約束。
イシュタルはユリウスの傍にいるために、戦場へ・・・。

いかがだったでしょうか?
この二人=悲恋になってしまうのが辛いところですが、
これがユリイシュらしいかなと思い、シリアスにしました。
海乃の中の二人のイメージです。
この度はキリバン報告ありがとうございました。
これからもよろしくお願いします。



[218 楼] | Posted:2004-05-24 10:51| 顶端
雪之丞

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月の夜に


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静かな、風のない夜。

少女は、月の光を全身に浴びて舞っていた。

手首と、足首に飾られた鈴の音。

舞うたびに揺れる、碧の髪。

その姿が、彼を引きつけて・・・離さなかった。











ガサっと、草を踏む音がして少女は動きを止めた。そして振り返る。

「あなたは・・・パティのお兄さん・・・」

人がいたことに少し驚いて、少女は呟いた。

彼は二、三歩近づいて尋ねた。

「たしかリーン・・・だったよな。こんな夜更けに、一人で何をしているんだ?」

「お、踊りの練習よ!」

「こんな時間に?」

彼の返答に「うっ」と、一瞬言葉を詰まらせたが、すぐに負けじと返した。

「そうよ!こんな時間に練習するのよ!!ジャマだから向こうにいってよ!」

「・・・」

「なによ!向こうに行ってったらぁ!!」

大声で叫んでいたため、息が切れている。

彼はその様子を黙って見ていたが、暫くするとその場に座り込んだ。

「!?」

その行動に、リーンは驚くだけで、何も言えない。



風が少し吹き始めた頃、ちょうど月が雲に隠れた。

辺りはさっきより暗くなる。そしてリーンは言葉をこぼし始めた。

「ねえ、名前・・・なんて言うの?」

「ファバル」

「なんでここにいるの?」

「月を見に来たら、君がいた」

「あっそう・・・・」

「・・・・」

リーンはファバルの隣へ腰をおろすと、膝を抱えて雲に隠れた月を見つめた。

月の光が雲の隙間から零れている。

ファバルは、リーンが何かを言ってくるまで黙っていようと思い、

隣に座った少女を見つめていた。

風で雲が流され、次第に月が姿を現す。それにつれ、リーンの顔も照らされてゆく。

ファバルは視線をリーンから月に移した。

明日は満月だろうか。そんなことを思ったときだった。

ふとリーンを見ると、瞳から雫が零れていた。

リーンはそれを隠すことなく、ただじっと、月を見つめる。

そして、小さな声で話し始める。

「アレスとね、出会ったのも・・・こんな月の夜だったんだ。

はじめはさ~無口で、無愛想で・・・つまんない人って思った・・・」

ファバルは「うん」と答え、リーンの話を聞く。

「でもね、本当は優しい人で、誰よりも強い人で・・・

誰よりも・・・寂しがりやで・・・。私がそばで支えてあげたいなって思った。」

リーンは俯いて、少し間をおくと、

「だけど、アレスが選んだのは私じゃなかった・・・。

その人の名前・・・今、口にするのは辛いから言えないけど・・・分かるよね?」

「ああ・・・」

ファバルが答えると、リーンは顔を上げてファバルと視線を合わせた。

そして微笑むと、

「あの二人お似合いだもんね。なんて言うのか・・・生まれながらに持った気品っていう

のか、とにかくそれが二人ともそっくりで・・・あたしなんか・・・どうあがいても敵い

っこないもん」

無理に笑顔を作るその姿が、とても痛々しかった。

「修道院で育った私が、アグストリアの王になるアレスとつりあうはずないもん!」

リーンは自分を卑下するような言葉ばかりをこぼす。

そうしていないと、やりきれないのだろうが・・・それを分かっていても

見ているのは辛かった。

「無理して笑っても・・・辛いだけだぞ・・・」

呟いた言葉に、リーンは瞳を大きく見開き、ファバルを見た。

「え?」

ちゃんと笑えていたはずなのに、どうしてわかってしまったのだろうと思った。

けれど、その気持ちとは逆に、ああ、やっぱり笑えてなかったんだと思う心もあった。

空を見上げ、月を見つめているファバルの横顔を見ながら、リーンは言う。

「じゃあ、泣いたら・・・辛くなくなるの?」

「さあな。でも、今よりは楽になると思うけど?」

「本当?」

「多分・・・」

ファバルの答えに、「無責任ね」と返すと、

瞳からは再び涙が溢れてきた。

「ぅ~・・・」

先ほど流した涙と違い、それは止まることなくポロポロと零れる。

膝を抱え、俯いて・・・声を抑えて泣く。

ファバルは、そんなリーンのとなりに黙って座って、月を見つめていた。





どれくらい、そうしていただろうか。

リーンは顔を上げて、泣いている間ずっと側にいてくれたファバルを見る。

「ありがとう・・・」

そう言って、笑ってみせた。

まだぎこちないが、それでも無理して作った笑顔よりは何倍も輝いていた。

「私なんかにつきあってくれてあり・」

「ストップ!」

リーンの言葉をファバルは遮った。

「その“私なんか”って言うのやめろよ」

「え・・・?」

「あんたはアレスにはもったいないぐらい、いい女だぜ」

「!!」

「なんだよその顔、信じてないだろ?」

「だって・・・、そんなこと言われたの初めてだから・・・」

少し頬を染めて、俯きぎみにリーンは言う。

「あんたを選ばなかったアレスはバカだよ」

と、ファバルはリーンの頭をポンポンと叩いて言った。

「ファバル・・・」

見つめてくるリーンに微笑んで、ファバルは立ち上がる。

そして、リーンに手を差し伸べた。

「?」

「もういいだろ?城にもどろう」

「あ・・・」

少し迷ったが、暫くして「うん」と、小さく頷くと

差し出されたファバルの手を取って、立ち上がった。

服についた草を払い、リーンは大きく深呼吸した。そして空を仰ぐ。

「ねえ、本当に月を見に来たの?」

「え?」

「だってここより、お城のバルコニーのほうが、もっと綺麗に見えるわ」

リーンは笑顔でファバルに尋ねた。

その笑顔を見て、ファバルは「なんだ、ばれてたのか」と呟くと、

「バルコニーからあんたが踊ってるのが見えたから、もっと近くで見ようと思ってきたん

だよ」

と、言った。

「だったら今度、とっておきの踊りを見せてあげるわ。今日、側にいてくれたお礼に!」

「それは楽しみだな」

リーンはその場で、くるりと一回転すると、

「特別ですよ?」

と言って、お辞儀をしてみせた。

ファバルは笑いながら

「暇なときによろしくお願いします」

そう言うと、城に向かって歩き始めた。リーンもその後について歩き始める。



風で擦れ合う木の葉のざわめきと、二人の草を踏む音。

そして、リーンの鈴の音が小さく響く中、二人の影は城の中へと消えていった。

一つの恋が終わり、新たな恋が生まれたその場所を・・・

静かに月は照らし出していた。









END





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あとがき
初書き、ファバル×リーン。といってもまだ恋になってませんね。
これから二人がどうなっていくのか・・・楽しみだわ(^^)
リーンちゃん大好き(><)ファバルも、弓道していた私にとっては憧れの人なのよね。
あの命中力はなに?!って感じです。(ゲームだよ・・・)



[219 楼] | Posted:2004-05-24 10:54| 顶端
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