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雪之丞

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海蓝之钻(II)
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>>巡礼者                                      巡礼者シリーズ
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【七章 ・光源】


神殿の前には大きな風のせいで砂塵が舞って、視界が良いとは決して言えない状態で

あった。

アルテナの率いるトラキア王国軍によって先攻をかけていたが、容易に神殿の制圧とは

ならないようだ。

上空では大気が不安定なのかところどころで小さな雷が見えていた。

年に数回しかないという砂漠での雨が近づきつつある。


「ち・・・ロプトはこれを狙っていたのか・・・」

シャナンは舌打ちしてラクチェとフィンを振り返った。

「では、作戦通りにラクチェは私と一緒にこい。フィンは内部の祭壇の間を頼んだぞ」

シャナンの言葉に二人は頷いた。

「ですが、外の制圧くれぐれもお気をつけて・・・この天気では雷を扱う魔術師の力が

増幅します」

フィンの忠告にシャナンはあぁと返事をした。

「アルテナ王女と合流したら我等も中の援護へ向かう。それまで頼んだぞ、フィン」


シャナンはそれを言い放つと兵に合図を送って神殿の入り口に突撃をかけた。

それに乗\じてフィンらもまた神殿の中への突入をはたした。

剣の金属音が大気に響き渡る。

シャナンは金色に光るバルムンクをかろやかに繰出して敵を凪いだ。

ラクチェも勇者の剣で非凡であってもよけるのは不可能であろう剣舞を舞っていた。

「シャナン様!」

「ラクチェ、フィンたちは中へ突入できたか!?」

「はい、さっき確認を・・・・


「危ない!!!」


遠くから聞こえたアルテナ王女の声に二人はその場を飛び去った。

そしてさっきまで立っていた場所に雷が落ちる。

アルテナが手槍を投げて魔法を放った術士を射止めた。そのままドラゴンを飛ばして

シャナンらのそばに舞い降りる。

「シャナン!雷使いが思ったよりも力をふるっているわ!このままでは兵達が・・・」

「あぁ、ドラゴンは魔法に弱い。このまま上空に留まって手槍での援護に切り替えて・・・


「シャナン様!!あれを!!」


ラクチェが指をさした方角には・・・

「なんだあれは・・・?」

蒼白い球体が浮かびつつあるのが見える。

「トローンだわ・・・!それも大人数で唱えているわね・・・」

アルテナの言葉にシャナンはとっさに駆け出していた。

あんな術を完成させたらこの天候の下では軍が一気にやられてしまう可能性だってある。

「シャナン様!!まって!!」

ラクチェがあわてて後を追うが・・・追いかけるシャナンの背中のさらに向こうの敵の手元

から雷がはなれるのをラクチェは見た。

術が完成してイザ-ク軍へと青い雷がまるで波の様に走り出す。


かっと青い閃光が周りを満たして一瞬視界がゼロになった。


ラクチェはとっさに閉じた瞳をゆっくり開いた。

するとどういうことだろうか・・放たれたはずの雷が調度術士とイザ-ク軍の間の上空で

かすかな閃光をまといながら球状になって止まっているではないか!

「そんな・・・・」

ラクチェは呆然とした。

こんなことは不可能だ。よほどの魔力でも有していないかぎりは。

だが、不可能と思えることが実際起こったのだ。

敵も味方も突然のことに立ち尽くしてしまっている。


「何を呆けている!!次の詠唱を唱えさせるな!!」

指揮官としての冷静さを失わなかったシャナンの喝にはっとして再び攻撃が開始された。

だがシャナンも内心では信じられない気持ちではあった。

先程の不可能と思える偉業をやってのけた魔力の持ち主をシャナンは視界にとらえた。

神殿の上空でワープの魔方陣の上に立っている一人の巫女・・・

少女はまた何か詠唱しているようだった。

とにかくシャナンは思わぬ味方を得ることとなったのだった。


◇ ◇ ◇


フィンは一人祭壇の間へと長い石畳の廊下をかけていた。

シャナンがフィンに当てがってくれた兵は今、内部の他の部屋の制圧に急がしていた。

ただ、外にいたロプトの兵がほとんどだったようで中は無人と言ってもよいほどであった。

もしかすると外のシャナンたちは思っていた以上に苦戦しているかもしれない。

だが、このまま引き返す気はなかった。

フィンは聖戦を潜り抜けたシャナンらの力を信じていた。


長い、長い廊下だった。いったいどこまで続くのだろう思うほどに・・・

でも立ち止まろうとは思わない。耳にずっと足音だけが響いていた。

しばらくして先のほうに祭壇の間の入り口があるのをフィンは認めた。

入り口にはかすかに光があふれているように見える。

その光源の正体・・・幻だろうか、それが金の絹糸のような髪の揺らめきに見えたのは・・・


(ラケシス・・・・)


フィンは愛する人の名を心で呼びながらその入り口をくぐった。

そしてそこには――


 
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【八章 ・白い石像】


フィンは立ち尽くした。薄暗く広い祭壇の間。祭壇の向こうに見える白い石像・・・

それは・・・・


「ラケシス・・・」


大きいと思った声はかすれて震えていた。

まるで石像に吸い寄せられるようにフィンは歩みを進めた。

一歩、また一歩と近づくたびにフィンの心音は高鳴り、同時に神聖な何かが心を満たして

いくような気がした。


今、眼前にせまっている白い石像は瞳を閉じていた。

伸ばされた髪も、美しい顔もなにもかもがフィンの中のラケシスの記憶と一致していた。

薄暗い部屋の中で、この石像だけが暖かな光を放ち、闇におりたったひとりの女神の

ようにひとりたたずんでいる・・・・


フィンはそっと手を石像の頬に伸ばした。

指先からつたわってくる温度は冷たい。

でもひたすら形のないものを追い求める日々を思えばずっと良いもののように感じられる

のだ。

フィンは愛しむように頬の手を往復させてなでた。

しばらくして頬から手が離れるとフィンはそのまま脱力したようにその場に膝をついた。

目頭が熱かった。

「やっと・・・会えた・・・」

部屋に声が響いた。

フィンは涙をこらえるように頭を垂れた。

その姿はまるで神に出会えた巡礼者のようにも見える・・・


◇ ◇ ◇


「その人の石化を解けばいいの?」

背後から聞こえた少女の声にフィンはそっと振り向いた。

巫女の衣服をまとった不思議な雰囲気の少女・・・手にはキアの杖が握られていた。

少女の後ろにはシャナンらの姿も見えた。


「サラ・・・」

フィンが名を呼ぶと少女――サラは髪を揺らしながらフィンの横に立って石像を見上げた。

「キレイな人・・・」

サラはつぶやく。

もしかすると胸の内にはロプトの残虐な行動にいまいましさを感じていたのかもしれない。

「サラ・・・お願いします・・・ラケシスを・・・」

フィンのすがるような声にサラはかすかにだが微笑んだようであった。

ゆっくりと頷くとキアの杖をラケシスにかざした。

大気がピリピリと揺れて杖の先の宝石に集まるのがはたから見ていたラクチェにも感じら

れた。

次第に宝石の先に光線が集まり始めて薄暗い部屋に徐々に光が溢れてくる・・・


『闇より生まれし我の名において命ずる。閃光の覇者よ、盟約に基づき誓いを果たせ。

今ここに石化のの眠りを覚まさんことを―――キアっ!!』


はげしい閃光に室内が包まれる。

そしてフィンは石像に小さな亀裂が入るのをその青い瞳で見た。

バリンっ―――

ガラスの砕けるのに近い音が光の中で聞こえる。

ラクチェは眩しくて目を開くことが出来なかった。

だが、収まった光の中で目を開いたその先では・・・フィンが金髪の乙女を抱きとめていた。


◇ ◇ ◇


フィンは抱きとめたラケシスを見た。

金の絹糸のような髪がさらりとゆれてラケシスの白い顔を覗かせた。

長いまつ毛はふせられているがたしかに身体は脈打っていた。


「長い間石化していたのだから今すぐとはいかないけど、明日にもなれば目覚めるでしょう」

サラの言葉はフィンに届いていたかどうかはわからない。

青い髪の騎士は妻の身体を抱きしめてじっとしていた。肩が、かすかに揺れている。

沈黙がなによりも騎士の心をより再現しているようであった。

言い表せない思いが溢れている・・・・


ラクチェはこの空気に感化されてしまったのだろうか、頬に涙が流れた事に気付いた。

手を伸ばしてシャナンの手を握るとシャナンもぎゅっと強く握り返してくれた。


                                                           



[140 楼] | Posted:2004-05-24 09:07| 顶端
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【九章 ・あの日の真実】


(わたくし・・・ゆめを・・・みている・・・)


深く静かな闇の中でラケシスはぼんやりと思った。

まるで深い泉の底へと沈んでいくような身体の感覚。

きらきらと細やかな水泡が光を求めて上っていくのが見えた。

水泡の音色に包まれながらラケシスの心は遥かへと向けられていた・・・


遠くへ・・・


とおくへ・・・


◇ ◇ ◇


『・・・アレスが見つからない・・・何故・・・義姉様はレンスターに戻られたはずなのに・・・』


あの日、ラケシスは途方に暮れていた。


ノディオンに王家に生まれアグストリアを愛した者の一人として、果たすべき道を必死に

さぐっているのだが、アレスは見つからず日々は無為に過ぎるばかりだった。

遠く離れた息子を迎えに行く事も叶わない以上は、今の立場で出来る限りの事をしようと

ずっと思ってきた。

でも、どうだろうかこの体たらくは。

マスターナイトになった。

強くなったらすべてがうまくいくとどこかで信じていた。

無力感に悩まされる日々などこないと思っていたのに・・・・


『無事でいるのかしら・・・』

声が震えた。

『・・・アグストリアの再興にはあの子なくしてありえないわ・・・』

それは多分建前だった。

ただ、一人どこかで迎えを待っているアレスの姿を思うだけで辛かった。

その姿は遠いイザ-クにいるデルムッドと重なるような気がするのだ。


ラケシスは溜息をつきながら頭を振った。

そしてすぐに顔を上げる。

横にいるフィンから何の返事もないのに違和感を感じたからだ。

フィンの顔をラケシスが見つめる。

フィンは無表情だった。いぶかしく思ってラケシスは口を開いた。

『・・・フィン?・・・どうしたの?』

ラケシスの金髪が風に揺れる。

『・・・アレス王子を探すのは本当にアグストリアのためですか?』

『えっ・・・?』

一瞬、フィンが何を言ったかがわからなかった。

言葉を理解するのにラケシスは時間を要した。

そして驚いていた。


(フィン・・・どうしたの?なんでそんなに悲しそうな顔をしているの・・・?)


ラケシスはフィンと共に過ごしてきた日々の中でこんなのも悲しそうなフィンの表情を

見た事はなかった。

シレジアでの別れの時ですら・・・・。

脳裏によぎったラケシスの疑問は解消される事になる。


「心」と言う名の細い糸が絡み合った悲しい結果として・・・


『ラケシス・・・あなたはエルトシャン王のことを本当は・・・愛して・・・』


フィンの口から出た名にラケシスは心臓を鷲掴みされたような気がした。

どうして兄の名前がここで出てくるのだろう?

(どうして・・・?)

その答えをラケシスは持たない。

いや、持たないと思いたかった。


確かに兄の名はラケシスにとっては神聖なものとして胸中で姿を象っている。

エルトシャンへの特別な感情をフィンはラケシスの内側に感じ取っていたのかもしれない。

でもそれは、フィンの中のキュアンやエスリンのように決して忘れたくない存在として

なのだ。


(フィンをなくして今のわたくしはなかった・・・でもエルト兄様をなくしても今のわたくしは

なかったわ・・・)


それをラケシスは自覚していた。


(そしてみんな誰もが、そういうかけがえのない人に出会って自己を形成するのだと

信じていた。だからフィンも理解してくれていると勝手に私は思い込んでいたのだわ・・・)


『・・わたくしが兄を・・・一人の男性として愛していると・・・そう、思っているの・・・?』

ラケシスは不安に体が震えた。


(わたくしはもしかして勝手な思い込みでこの人を傷つけていたのではないだろうか・・?)


『・・・そうだと言ったら・・・?』

断腸の思いで告げられたのであろうフィンの言葉にラケシスは寂しそうな顔をすることしか

できなかった。

やはり・・と確信せざるをえないこの状況。


ラケシスはフィンを見ていた。

フィンは今の彼自身がどんな表情をしている気付いているだろうか。

とても悲しい顔をしている。

いつだってやさしかったフィン。

だからこそ不器用で思いのやり場に戸惑うことが幾度となくあったかもしれない・・・


こんなにも傍にいて、フィンのあたたかい恩寵を受け続けていた自分が彼をここまで

追い詰めてしまった事がラケシスは悲しかった。

そして、フィンの傍にいる資格を失ってしまったような気さえした。


ラケシスは荒れ狂う自身の心情の波に押し流されるようにその場を去った。



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【十章 ・目覚め】


部屋でぼんやりとランプが光っていた。

(・・・フィン・・・わたくしは・・・・・)

ラケシスは俯く。


先ほど以来、ラケシスはフィンと顔を会わせていない。

自分の思いを整理したかった。

フィンを愛している・・・

でも愛する事だけならば誰にでもできることなのだ。

愛すれば相手を思いやる気持ちが芽生える。

それをラケシス自身が無意識だが欠いていたことが痛い。


(エルト兄様への気持ちを、わたくしはフィンに伝えなかった・・・それが今日の結果を

招いた・・・フィンは今までどんな思いでいたのだろう。ずっと、ずっと秘められてきた思い)


酷い事をしてしまったと思う。やさしいフィンだからこそ余計に傷つけてしまった。


でも・・・


(・・・フィンはアレスを捜すわたくしを見て・・・想いを疑ったのだろうか・・・・なら・・・

デルムッドを、そしてナンナを産んで・・・二人で喜びあったあのころの想いはどこへ・・・)


ラケシスは目に涙が滲むのを感じた。そしてあわてて頭を振った。


(いいえ・・・フィンは今まで二人で築いてきた幸せな日々にを忘れてなんかいない。今は、

わたくしもフィンも冷静さを欠いているだけだわ・・・きっと・・・)


ラケシスは自身に言い聞かせた。

今、二人の間に必要なのは時間だけのように思えた。

そしてこれはデルムッドを迎えに行く機会なのかもしれない。

ラケシスは決心してランプのともった机の上にペンを走らせた。


『あなたを守ってくれますように』


短い手紙の横に兄の形見である大地の剣を置いた。

「・・・こんな形で・・・フィンへの答えとするのはズルイわよね・・・ごめんね・・・フィン・・・」

ぽつりとラケシスは漏らした。

部屋には静かに声が浸透していく。

(でも・・・二人が混乱している今は、言葉にしてしまえば全てがすり抜けてしまいそうで

怖いの・・・・)


◇ ◇ ◇


こうして砂漠をわたくしは越えようとした・・・・


帰ってきたら4人で暮らそうとだけを言い残して・・・


時間と、誰一人欠けない家族の輪が二人の間の絡まった糸を解いてくれると信じて・・・・


それから・・・


それから・・・・・・


砂漠に入って・・・・


そう、子供が・・・捕まっているのを私は見た・・・


見捨てる事なんて出来なくて・・・・そして―――


◇ ◇ ◇


ラケシスは再び暗い闇の泉の底で意識を取り戻した。。


『そうだわ・・・わたくし―――』


子供をかばって足元から石化していく瞬間・・・

脳裏によぎった大好きなフィンの顔・・・

子供達・・・

絶対にレンスターに帰るのだと・・・心の中で叫んだ。


ずっとずっと停滞していた時間。


『もう・・・戻らないと・・・フィンが待ってる・・・』

ラケシスは瞳を開いた。

暗い闇が見える。

だが、それは闇ではないと、光だと信じるとたちまちに光が溢れはじめた。

ラケシスは強く目覚めたいと願った。


願うと同時にいきなり大きな稲妻の音が耳に響く。

雨の音が聞こえた。

はっと、瞳を開けるとそこには見知らぬ天井が映っていた。


ラケシスはついに13年の眠りから目覚めた。


                                 



[141 楼] | Posted:2004-05-24 09:09| 顶端
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【十一章 ・贖罪と再生】


空を切り裂くほどの大きな雷に魂が呼応したかのように、ラケシスは覚醒を果たした。

清浄な空気が体中を満たしていくような感覚。

今、ラケシスの中は生命への高揚で沸き立つようであった。

研ぎ澄まされる五感・・・一番に覚醒したのは耳だった。


そう、雨の音がする・・・激しい雨の音が・・・


雨の音に惹かれてラケシスは顔を横に向けた。

耳の次は目だった。

視界がだんだんと慣れて広がっていく・・・

久しぶりに機能した瞳がとらえた世界は一人の男だった。

忘れもしない。愛する騎士の姿・・・

騎士は窓の外を見ている。

その横顔は厳しい表情をしていた。切なそうにも見えた。

そして彼の顔立ちが、二人の間に不本意に流れた時の長さをラケシスに自覚させた。


「・・あめが・・・ふっているの・・・?」


声は思ったよりも澄んでいた。

騎士――フィンはかすかに反応してゆっくりと妻へと顔を向けて答えた。


「・・・・・・えぇ。・・・とても・・・」


これが、13年ぶりの会話だった。


年に数度しかない砂漠での雨。砂漠の民にとって特別な日。

後にフィンとラケシスにとってもきっと振り返らずにはいられなくなる時間。

二人はしゃべることはおろか、表情すらも忘れてしまったのかラケシスはひたすらフィンを

見つめるのみで、フィンもまた同様であった。

言葉をさぐっていたのかもしれない。


ついに沈黙を破ったのはラケシスだった。


「昔の夢を見ていたわ・・・」

窓の向こうで光が走る。

長い年月焦がれた琥珀色の瞳が光を受けて燃えるように見えた。

そして雷鳴がとどろく。

「・・・いつの・・・夢を・・・?」

フィンの声はかすれた。

まだ寝台と窓の間の二人の距離は詰められてはいない。

「デルムッドを迎えに行く・・前日の夢よ・・・」


答えにフィンは悲しそうな顔をした。


忘れもしないあの日。

二人が離れ離れになったあの日・・・

「わたしも・・・いつだってあの日の事を夢に見ました。忘れるわけがない・・・」

声が震えているのかもしれなかった。

フィンは寝台の横まで祈るような気持ちで歩みを進めた。

そっと膝をついてラケシスと視線を合わせる。


「・・・ラケシス・・・」


名前を呼ぶと頬に涙がつたった。

彼女の名を呼ぶことが出来る。それだけなのに・・・

ずっと、会いたかった。ずっと名前を呼びたかった・・・。

フィンは目を伏せた。

さらに一粒涙が落ちる。

ラケシスは陶器のように白い腕をそっと伸ばしてフィンの頬に触れた。

フィンはその一瞬一瞬を愛しむようにじっと感受していた。


「フィン・・・長い時が・・流れてしまったのね・・・」

手を戻したラケシスの言葉にフィンはゆっくり頷いた。

「ラケシス・・・わたしは・・・」

唇をかみしめてフィンは顔を伏せた。

悔やんでも悔やみきれないことばかりだった。

ラケシスにどんな事を言えばいいのかすら、わからない。

「フィン・・・・」

「わたしは・・・酷い男だ・・・。わたしは・・・あなたの騎士にはなれなかった・・・」

フィンの言葉にラケシスは寂しそうな顔をした。

そんな悲しいことを言わないくてもいい・・・そう瞳が言ってくれていた。

それでもフィンは止まらなかった。

「エルトシャン王の事を・・・何故・・・わたしは理解できなかったのだろうと。彼と過ごした

日々もあなたにとってはかけがえのない自身の一部だったのに・・・それを否定するような

ことを・・・」

フィンは顔をあげた。青い瞳が潤んでいる。

「そして何よりも・・・あなたの想いを疑うなんて・・・」

瞳の熱さに耐えれずフィンは目を細めた。

ラケシスはフィンをじっと見ている。


フィン。

やさしいフィン。

この人の妻となれたことがわたくしにとってどれほど大きな喜びだったことだろう。

二人が別れてしまったあの日も、わたくしはフィンを愛していた。

そしてフィンもわたくしを愛していてくれていた。

それでもう、充分だ。


「フィン・・・もういいの。わたくしもあの日まであなたが苦しんでいる事に気付けなかった。

それがとても悔しかった・・・わたくしは貴方とずっと一緒にいたのに・・どうして気付いて

あげれなかったのだろうって・・・だから・・・」

「ラケシス・・・」

フィンはまだ戸惑っている様に見える。

長い後悔は許しを怯えさせているのかもしれなかった。

ラケシスがずっと長い眠りについている間、たった一人苦しんできたフィンをはやく開放して

あげたかった。


許すと、たった一言言えばよいのだろうか。


それとももう一度あの日を二人で振り返るべきなのだろうか。


どれもラケシスには最善とは思えなかった。


そう、今取るべき選択は・・・


「どうしたの・・・?フィン・・・」

ラケシスはフィンに手を伸ばす。

フィンは伸ばされた手を見ている。

まだ、二人は戻っていない。昔のようには。

そして昔のように戻りたいと切に願ってる・・・それならば・・・


「もう、昔みたいに抱きしめてくれないの・・・?」


フィンがはっとしたようだった。

ラケシスは自分の瞳が熱くなるのを感じた。

でもまだ泣いてはだめだ・・・

次の言葉は、挑発的に言ってこそ意味をなすのだから・・・


「・・私を・・愛してくれてはいないの・・・?」


それはいたずらっぽさの混じった声だった。

でも最後は涙が邪魔してうまくいかなかったかもしれない。

フィンはこれで昔のわたくしを思い出してくれたかしら。

お転婆だったわたくしを・・・

出会った頃のわたくしを・・・

時は経っても、たとえ一度は離れても何も変わらないと・・・わたくしはわたくしのままだと・・・


それが何よりも許しへと繋がらないだろうか・・・


フィンはかすかに驚いたような顔をしていたが、次第に彼の青い瞳が大きく揺れるのを

ラケシスは見た。


「そんなわけ・・・ないじゃないですか・・」


いたずらっぽく問われた言葉にフィンもまた、かつての自分のように苦笑して返そうとした。

でもそれはうまくいかなかった。

震えて伸ばした腕がラケシスの手を引き寄せて二人の距離をついにゼロにした。

ぎゅうっと抱きしめる。

少しの隙間も許さないように・・・

「ラケシス・・・ラケシスっ・・・」

フィンは細い身体を抱きしめながら震えた声でそう繰り返した。

フィンの手が金の髪にからんで必死に互いを寄せ合っていた。

ラケシスも心を読み取ったかのように、長い石化によってまだ自由に動かない身体で

必死にフィンを抱きしめた。

「フィン・・・」

名を呼ばれてフィンはうずめていた顔をあげた。

そして額に、頬にやさしく口付けをした。


「・・・あなたに・・・会えてよかった・・・」


フィンは口元に唇を寄せた。

そしてラケシスはフィンの頭に手を伸ばしてそれを受け入れた。

深い、深い口付け・・・

瞳に涙がにじんだ。もう離れたくない・・・・


外の雨の音は次第に小さくなっていく。それは二人に明日の快晴を予感させた。


                              
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【終章 ・あなたとともに】


再会を果たした二人の砂漠での数日は思ったより賑やかだった。

フィンはラケシスに話したことがたくさんあった。

アレスと共にアグストリアの統一を果たしたデルムッドのこと。

リーフの妻となったナンナのこと・・・

話をしているうちに夜が明けてしまったこともある。


そして、シャナンやアルテナ、ラクチェ・・・ラケシスは特にラクチェの成長に驚かされた。

アイラにそっくりなこともあるが、ラケシスの記憶の中ではラクチェはまだハイハイを

していた赤ん坊だったのに。

13年の歳月を改めて実感した瞬間だった。

そんなラクチェもしばらくしてシャナンと共にイザ-クへと帰って行った。

必ず遊びに来てねと最後まで手をふっていた姿が忘れられなかった。


ラケシスの石化を解いてくれたサラはアルテナと共にレンスターへと帰っていった。

どうやらドラゴンに興味をしめしたようだあったが、無口な巫女に少しアルテナが戸惑って

いるのが面白かった。

フィンとラケシスはレンスターで再会することを約束して二人と別れた。

去り際にアルテナが、

「早く帰ってきてね、リーフとナンナがやきもきしてるから」

と苦笑してたのがなんとも印象的だった。

確かに二人ならそうかもしれないな、とフィンが笑っていた。


ラケシスが13年前に助けた少女、シュナはラクチェと同様に成長していた。

このまま町に残って人々が戻ってくるのを待つと言っておだやかに笑っていた。

そのシュナの笑顔がラケシスにとっては何よりもうれしかった。

子供が成長するのはこんなにもうれしいことなのだ。


◇ ◇ ◇


砂漠のオアシスの町カルーダとの別れが間近に迫ってきていたある日、ラケシスは夕方

一人オアシスにきてオレンジに染まった水面を見つめていた。

そっと手を伸ばして水面に触れてみる。

丸い小さな波紋はやがて大きく広がり静かに消えた。

冷たい水が心地よい・・・。

背後に人の気配を感じたが誰のものであるかは容易にわかったのでラケシスは何も

言わなかった。


「気持ち良いですか?」

かかった声にラケシスは振り返って答えた。

「えぇ・・・ほら・・・みて・・」

ラケシスは水面に手をのばす。調度映し出された夕日と白い手が重なった。

「こうしたら・・夕日を掴んだみたいな気持ちになるのよ・・」

「それは・・すごいですね」

子供のような仕草ににフィンは苦笑した。

こんなところも昔とかわらない。

何気ない会話、何気ない風景、それも今はとても貴重なものに感じられた。


「あぁ・・・そういえば・・・」

ラケシスが何かを思い出したかのように水面から視線をフィンに移した。

「13年前も・・ここに一人で来たのよ・・・水がとても気持ちよかったわ・・・」

フィンは黙ってラケシスを見ていた。

「だから・・・デルムッドを迎えに行ったら、帰りにここで二人で水遊びをしようって思ったの」

ラケシスは水面を再び見る。

瞳には夕焼け色が移っている。

でも記憶は過去へと遡っているようだった。

「それから・・・レンスターに帰って、オアシスで遊んだ事を自慢しようと思ってたのよ」

ラケシスはいたずらっぽく舌を出した。

フィンは明かされた真実に苦笑した。


「ラケシス・・・」

「フィン、改めて言うわ。わたくしを助けてくれてありがとう。今日のこの会話も、あなたが

わたくしを助けてくれなければきっとなかったわ」

「わたしはは、礼を言われるような事は何もしていないですよ」

「ふふ・・謙虚なのは相変わらずなのね」

ラケシスは笑って立ちあっがた。

視線の位置が変わると水面もまた違う姿で映る。

水面の夕日が手の届かない位置に見えた。


「フィン、帰りましょうレンスターに。そしてナンナに会って、それからデルムッドに会いに

アグストリアに行くわ」

座っていたフィンはラケシスを見上げた。

ラケシスの後ろから夕日がさしてまぶしかった。

「それは、忙しいですね」

元気なラケシスに苦笑して返す。

「いいのよ!忙しいのが一番だもの。フィンも一緒に来てくれるでしょう?」

同意を求めるように首をねっ、と横に傾けながらフィンに手を伸ばす。

それをフィンは見ていたが、すぐにかつてなくやさしく微笑むとその手を取った。


「もちろんです。一緒に行きましょう・・・どこまでも・・・」


ラケシスはうん、と頷いた。

手を引かれてフィンが立ち上がる。

そしてオアシスを背景に夕日が写す二人の長い影がそっと、重なりあった。


                                   



[142 楼] | Posted:2004-05-24 09:10| 顶端
雪之丞

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【一章 ・故郷へ】


左手にずっと美しい森が、右手には豊かな山脈が連なっていた。

その間を縫うように走る道の上をアレスは静かに馬を進めていた。

(王都から、アグストリアへと続く道。父上もかつてはこの道を通ったのだろうか・・・)

柄にも無いことを考えてしまう。これが故郷というものなのだろうか。


「見えた、あれがノディオン城だ」

従弟のデルムッドが前方に見えた城を指さす。指の先には美しい白い城があった。

アレスは帰ってきたのだ。

かつて父が愛してやまなかったこの騎士の国に―――

大きく深呼吸をする。胸に入ってくる空気はとても心地よく、そしてどこか懐かしかった。

「さて、行くとするか。我等が城にな。まだ旧グランベルの奴らがいるかもしれないから

気を抜くなよ・・・それと、リーン」

横に馬をつけていたリーンを見る。

リーンもまたアレスを見てきた。緑の美しい髪がそっと揺れる。

「後方で待機していてくれ・・・まぁすぐ終わると思うがな」

「わかったわ、アレス・・・でも気をつけてね。無茶はしないで」

心配そうな顔をする。

「当然だ。こんなところで死ぬ気はない・・・・デルムッド行くぞ!」

不敵に微笑んでアレスは黒\い馬を緑の大地に駆けさせた。


グランベル歴777年。アグストリア開放戦争のはじまりである―――


◇ ◇ ◇


旧グランベルを一掃したアレス達を待っていたのは、ノディオンの国民の熱狂的歓迎

だった。

王の名を連呼する者、目に涙を浮かべる者、嬉しそうに微笑むもの・・・

この国の国民がどれだけの圧政を引かれていたのかが一目で見て取れた。


「すごいな・・・」

人々に作られた花道を馬で進みながらデルムッドが思わずつぶやく。

「ノディオンはかつて、動乱が起きた際に諸国の中で唯一シグルド殿の軍側についている

からな。彼等が反逆者とされてからは相当な圧政を旧グランベル側から強いられたと聞く」

アレスが答える。

「そんな・・・許せないわ・・・ノディオンは正義を支持しただけなのに・・・」

リーンはぎゅっと手綱を握り締めた。

「あぁ、そうだな。でも、これからは国民に辛い思いはさせない。今まで耐えた分だけの・・・

いや、それ以上のものを返してみせる」

アレスはすっと前を見据えた。

リーンは思わずその姿に見とれる。王としての威厳が、今のアレスからは感じられた。

通りを進むごとに大きくなっていく歓声。


『アレス様万歳!!』

『獅子王の子が我等を救いにきてくれた!!』

『みろよ!ミストルティンだ!ヘズルの末裔が帰ってきた!』

『横におられる方はラケシス王女のご子息だそうだぞ!』

『なんと喜ばしいのだ!ヘズルの末裔が二人も帰ってきた!!』

『あぁ・・あの美しい方はだれだろうか?』

『きっとアレス様のお后になられる方だ!ようこそ!ノディオンへ!!』


歓声にかぁっと赤くなるリーン。

(そんな・・・お后様だなんて・・・)

「なに下向いてんだリーン!ほら、お前を呼んでるぞ!手を振ってやれ」

「で・・・でも・・」

「恥ずかしがるな!みんながお前を見ている」

アレスにつつかれて恥ずかしながらも民衆\に手を振る。

するとわあぁぁぁ!!っとさらに歓声が大きくなった。

「恥ずかしい・・・」

「いいじゃないか、リーン。なぁアレス?」

「あぁ、今度街にでも出かけるか。」

おもしろそうに笑う。

「無理だろう、もみくちゃにされて圧死するぞ」

「それは笑えないな」

アレスはさらに面白そうに笑って、ふと真顔に戻る。


「でも、いいもんだな・・・」

「え?」

「故郷って・・・・」

眼前に映る風景、気候や人々、町並み・・・すべてが特別に感じられる。

「あぁ・・・そうだな・・・・想像の中でしかなかった土地なのに・・・」

「よかったわね二人とも」

にこっとリーンが笑う。

「リーンもエッダに行った方がよかったんじゃないか?」

「なに言ってるの!行くならアレスが一緒じゃないと!」

「そうだな・・・今度落ち着いたらコープルに会いにいくか」

幸せそうに二人が笑う。

これは邪魔したらいけないなとデルムッドは判断してそっと横から外れると、周りに並んで

歓喜の声をあげている民衆\にありがとうと笑った。


   
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【二章 ・帰還】


「お戻りなさいませ、アレス様」

ノディオンの城へつ着くとホールでは侍女達がいっせいに迎えた。

その中でも一番徳の高そうな侍女の姿がアレスの目に入った。

傍に近寄るとその侍女はそっと頭をさらに下げて品の良い声で声を発した。

「アレス様・・・無事のご帰還お喜び申し上げます。私は女官長のアニタと申します」

初老のそのアニタと名乗\った女性に習って侍女たちがそっと頭を下げる。

アレスはアニタに近づくと肩に手を置いた。

「そんなに頭を下げる事などない・・・顔をあげてくれ」

アレスの言葉にアニタが顔をあげた。

「・・・・よく、今まで城を守ってくれた。礼を言う」

話し掛けるアレスのその顔はアニタの知るエルトシャン王と同じだった。

発せられる口調こそ違えどその中に込められたやさしさは同じ。

歓喜に涙がこぼれる。

「おっ・・おい・・泣かないでくれ」

「も・・申し訳ございません・・・感極まって・・・エルトシャン王の意思は受け継がれていたの

だと思うと・・・」

「お前達には今まで本当に苦労をかけてしまった・・・でもこれからは辛い思いはさせない。

おれはこのノディオンを・・・いや、アグストリアを騎士の国として取り戻してみせる。だから

どうかおれに力を貸して欲しい」

「もったいないお言葉ですアレス様・・・・私どもはいつまでも貴方様におつかえする所存で

ございます。」

「あぁ、宜しくたのむぞ」

アレスが頼もしそうに笑う。

王が帰還してついにノディオン城は本来の輝きを取り戻した。


◇ ◇ ◇


「アニタ、紹介しておく。エッダ家のリ-ンだ」

アレスは少し後ろに控えていたリーンをぐいっと引っ張る。

「わっ・・ちょ・・・アレスっ」

おどろいておたおたする。

その姿を見てアニタはすぐに察したようだった。嬉しそうに微笑む。

「まぁ・・・ようこそおいでくださいました、リ-ン様」

すっと頭をさげる。

リ-ンは今まで踊り子として人生を送ってきた。

こんなふうに人に親切に頭を下げられたことなどない。

ましてや様付けで呼ばれた事など。正直どうしていいのかわからなかった。

「あの・・・えっと・・・その不束者ですが宜しくお願いします!・・あれ?」

一所懸命に頭を下げる。

でも若干あいさつがおかしい。

これは本来ならアレスの親に向けられる言葉だ。

「ははっ!リーン!そんな緊張するなよ」

「だって・・・」

恥ずかしそうに顔を赤らめる。

そんな二人のその姿が微笑ましかった。

「アニタ、良くしてやってくれ」

「もちろんでございます」

ニッコリと微笑を返した。

「それと・・・・・デルムッドはどこへ行った?」

「あ、さっき兵に指示を出してから行くっていってたから後で来ると思うわ」

「そうか・・・。アニタ、あともう一人いるんだが今はずしているようだ」

「左様でございますか・・・それでは後ほどご挨拶にうかがいます」

「そうしてやってくれ。と、今日はこれからどうするかな・・・進軍するにしても兵をしばらく

休めないとな」

「そうね。やっぱり戦いは避けられないの?」

「それは、旧グランベルの出方次第だな。だが、そんなに酷くはならないはずだ。もはや

奴らを後ろ盾する存在がないからな」

「そう・・・・ね。なるべく争いは避けたいね」

「あぁ、俺もそう思う。問題は各城を任せる相手だな・・・おれとデルムッドだけで統治する

わけにはいかないし・・・アニタ」

「はい」

「この国で生き残っている信用のたる要人の人選を任せていいか?」

「はい、出来る限りやらせて頂きます」

「頼むぞ」

とりあえず現在できる事はこれ位だ。とにかくアグスティにまで辿り着かないことには・・・

(後でデルムッドと今後のことを話し合わないとな・・・・)

色々と思考をめぐらせる。


「あの・・アレス様」

遠慮がちにかけられるアニタの声。

「ん?なんだ?」

「よろしければ・・・どうかご覧になっていただきたい物があるのですが・・・」

「見せたいもの?おれに?」

「はい、是非・・・」

「わかった。案内してくれ」


◇ ◇ ◇


二人がアニタに連れられてやってきたのは城のあるこじんまりとした一室だった。

だが、特別といって何かがあるわけではない。

「見せたいのはこの部屋なのか?」

「いいえ、少々お待ちください」

そういってアニタは壁にかけられていたランプの下の金具をぐっと手前に引っ張った。

すると今まで壁にかけられていた花の絵がゴォォっといって横に動く。

そこに現れたのは隠し部屋だった。長い階段が続いているのが見える。

「すごい・・・」

「これは・・・隠し部屋なのか!」

アレスもリーンも驚きが隠せない。

「こちらへ」

アニタがランプを手にとる。そして階段を下り始めた。

「足元、ご注意ください」


アレスの後ろにくっついてリーンが足を踏み入れる。

真っ暗でランプの光しか見えなかった。

生暖かい空気が息苦しく、不気味・・・そんな形容がしっくりとくるかもしれなかった。

きっともう何年も閉じられたままだったに違いない。

リーンは思わず身震いしてアレスのマントにつかまった。

その様子にアレスはどうした?と振り返る。

「なんだ?リーン・・・もしかして怖いのか?」

少し意地悪そうに笑う。

「もう!・・・だってなんだか暗いし・・・」

「はは・・・・仕方ないな・・」

そういってアレスが手を差し出す。どうやら手をつないでくれるらしい。

「・・・ありがとう。

手と手が繋がれる。

二人は一歩一歩と階段をランプの光を頼りに降りていく。

(一体どこまで続くのかしら・・・)

怖いという気持ちと同じくらいに探究心がリーンの中に芽生え始めていた。


(この長い階段の先には何が・・・・・・―――



[143 楼] | Posted:2004-05-24 09:11| 顶端
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【三章 ・ある家族の肖像】


「見えましたわ」

アニタの言葉に二人は足元から顔をあげる。

長い階段が終わり扉が見えた。

アニタは鍵を取り出して扉を開けた。

ギィィ・・・・・

扉が唸り声を上げる。

城の地下に静かに眠っていたものがついに姿を表す・・・・・・・・


アレスは琥珀色の瞳を大きく開いた。


(そんな・・・これは・・・)


部屋にあったのは大きな一枚の絵だった。

描かれているのは3人の人物。

椅子に座っている貴婦人とその夫人に抱かれている赤ん坊。

そして・・・その横に守るように立っている騎士・・・手にはミストルティンを携えていた。


「ア・・・・レス・・・じゃない・・・・」

リーンがかすれた声をあげる。

「・・・これは・・・」

アレスはまだ驚きながら絵を見上げる。


(座っている貴婦人におれは・・・見覚えがないか―――?)


(そして・・・・騎士はまるでおれと同じ顔をしていないか―――?)


ノドがごくっと鳴る。

「まさか・・・」

リーンがアレスを見上げる。

「左様でございます」

アレスの心を読んだように返事をした。


(この人は・・・・この人たちは・・・!)


「・・・父うえ・・・母うえ・・・」


アレスが少し震えながら言葉を紡ぎす。

「この絵はかつてこの城が旧グランベルの制圧される直前にこちらへ移させたのです。

グランベルの支配の元ではノディオン王家の絵が焼き払われるのは間違いなかったので」

「そう・・・だったのですか・・・アニタさん・・・どうもありがとう」

「いいえ。いつか・・・この絵をアレス様にお見せするのだと・皆が守ったのです。わたくし

だけでは・・・」

「えぇ・・・そうね・・・みんなにもお礼を言わなくちゃ・・・ね、アレス?」

リーンがアレスを振り返る。

だがアレスの返事はなかった。まるで幼い子供のような顔をして絵を見つめている。

「どうか・・・・ごゆっくりなさってください・・・わたくしはこれで」

去ろうとするアニタの瞳がうるんで見えたのはきっとリーンの見間違いではなかったはずだ。

この絵がどれだけ人々を支えたか・・・・それを象徴しているようだった。


◇ ◇ ◇


「この人がアレスのお父さんなんだね・・・」

絵に佇んでいる騎士。獅子王エルトシャン。

アレスがずっと・・・追い求めていた父の姿が今目の前にある。

「で、この小さな赤ちゃんがアレスだね・・・ふふっ・・アレス小さくてかわいいね」

リーンの言葉に少し恥ずかしそうにアレスが苦笑した。

「・・・・なんだか不思議な気分だ」

「やっぱりそういうものなの?」

「あぁ・・・確かに俺にも家族がいたのだと・・・そう思うとな・・・」

幼い頃は父と母に囲まれて、確かに生活していたはずの自分。

あまりに小さい時のことなので少しも覚えていないと思っていたが・・・

この心の奥から沸き立つ感情をなつかしいというなら、やはりどこかで覚えていたのかも

しれない。


アレスはつながれていたリーンの手をぎゅうと握った。

リーンはアレスを見る。気持ちが思い出へと帰っているのか幸せそうな顔をしていた。

「・・・これからは、私とデルムッドが家族だよ」

「リーン」

「いっぱい幸せになろうね・・・・アレスのお父さんとお母さんが喜んでくれるくらいに」

華のようにリーンが微笑む。

その顔は見慣れた顔のハズなのに改めてリーンがアレスは愛しくなった。

手を引いてリーンを抱き寄せる。背の高いアレスの胸の中にリーンがおさまった。

「じゃあ、誓いのキスを」

アレスが嬉しそうに笑いながらリーンの顔をあげさせる。

「えっ・・・ちょ・・アレスこんなとこで・・」

「こんなところだからだろ。父上と母上が証人だ」

にっとイタズラ好きの子供のような顔をするアレス。

「・・アレスったら・・」

困ったなぁといいながらもリーンから背伸びをして口付けた。

お互いを確かめ合うように触れ合った後名残惜しそうに唇は離れた。

「・・・今こそ言う時ね」

リーンはアレスの両親の絵を見上げた。

「何を?」

「不束者ですがよろしくお願いしますって」

ね?そうでしょ?とアレスを振り返る。

それにアレスはそうだな、と微笑み返しもう一度リーンを強く抱きしめた。

暗い部屋の中でランプの淡い光が二人を温かく照らしていた。




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【外伝・手紙】


「・・・というわけか」

「あぁ、そうだ・・・だから・・・」

「進軍するには・・・」

「時期を見てがいいとは思うが・・・」


ここはノディオン城のデルムッドにあてられた一室だった。

先程、兵への事後指導のために傍にいなかったデルムッドを彼の部屋で待ってアレスは

話し合いをはじめていた。

ノディオンまで辿り着いたがアグストリアを統一するにはすべき事がまだまだ沢山あった。


「よし、わかった。あとは明日要人を集めて話を聞いてからだな」

「あぁ」

「ご苦労だった。助かった。・・・ん?」

ドアをノックする音がする。

アレスはデルムッドの顔を見た。ここ部屋の主はデルムッドだから返事はお前がしろという

ことらしい。

「はい、どうぞ」

デルムッドの返事とともに静かに扉が開かれる。

「失礼いたします」

入ってきたのは初老の侍女だった。

誰だろう?とデルムッドは思ったがアレスが知っているようだった。

「アニタ、こっちへ」

呼ばれて机の傍にまでやってくる。

「デルムッド、こちらはアニタ。この城の女官長だ」

「あぁ、はじめまして」

デルムッドの言葉にそっとアニタは頭を下げた。

「彼女は昔からこの城に使えているみたいだからわからなかったら聞くといい」

「・・・昔から?では・・・母上をご存知ですか?」

デルムッドの言葉にアニタは一瞬え?といった顔をした。

「申し訳ありませんが、デルムッド様のお母様のお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」

アニタの言葉にアレスとデルムッドがおや?という反応をする。

「アニタ、デルムッドの母上の事を何もこの城には伝わってなかったのか?」

「え・・あ・・はい。まことに申し訳ありませんが・・・」


「デルムッドは、おれの従弟だ。ラケシス叔母上の息子だよ。」


「・・・えっ?い・・・今・・・なん・・・と?」


アニタは驚きを隠せない。

デルムッドは立ち上がり侍女の傍にきた。

「おれはラケシス母上の息子です・・・よかったら母の話を聞かせてください」

にこっとデルムッドが笑う。

アニタはしばらく呆然とデルムッドを見つめていたがそのあと、顔をおおって泣き始めた。

「あ・・・あの・・・・・おれは何か失礼なことを言ったでしょうか?」

うろたえるデルムッド。

「いいえ・・・いいえ・・・。ただ嬉しくて。ラケシス様の行方はバーハラの悲劇以来こちら

には何一つ伝わってきていなかったものですから・・・」

涙がポロポロと落ちる。

「そうだったのか!レンスターへ身を寄せられた話もなのか?」

「あぁっ・・・ラケシス様はレンスターへ向かわれたのですか・・・・・・アグストリアは

グランベルの隣国。すべての情報がグランベルで抑えられて知る術がなかったので

ございます・・・」

「そうだったのですか・・・」

「今日は・・・なんという日なのでしょうか・・・アレス様にお会いできるだけでなく、姫様の

ご子息にお会いできるとは・・・」

姫様という響きには親しみがこもっているようにデルムッドには感じられた。

「あの、あなたは母上と親しかったのですか?」

「わたくしは、もとはラケシス様のお付きの侍女でございます。姫様がほんの少女の頃から

存じております。・・・では姫様は今はレンスターにいらっしゃるのですか?」


アニタの質問に二人は一瞬黙り込んだ。

「・・・母上は今は行方不明です。10年前・・・イード砂漠を越えてまだ幼かったおれを迎え

に行こうとして消息をたっています」

「・・姫様が・・・」

アニタは一度は会えると思った存在が再び遠くなって悲しそうな顔をした。

デルムッドはその様子に再びうろたえながら言った。

「で・・でも・・・きっと母上は見つかります。いま・・・・きっと父上が探しているはずです」

先日父は、聖戦が終わったら母を探しに行くと自分にだけ教えてくれていた。

その言葉にはアレスも驚いた。

(叔父上は探しに行かれたのか)

あのレンスターの騎士はあきらめていなかったのだ。

その行動におもわずうれしくて微笑んでしまう。


「あの・・その・・お父上様は・・・?」

アニタはためらいがちに尋ねる。

「父上ですか?父上はレンスターの騎士フィンです」

「フィン様なのですか!?」

目を大きくする。

「え・・・・父上をもご存知なのですか?」

「えぇ、もちろんです。かつてこの城にキュアン様とエスリン様と共に滞在されていたことが

あります・・・」

アニタはフィンのことを覚えていた。

礼儀正しく誠\実な青年だった印象が強い。覚えていた理由はそれだけでなく、ラケシスが

彼に対して恋慕を抱いていたのを、アニタは当時気づいていたからだ。

それに、レンスターの槍騎士の名は大陸を越えてつたわってきていた。

アニタはデルムッドの顔を涙を溜めて見た。

顔立ちが確かにかつて会ったあの青い瞳の騎士によく似ている・・・


「あと、ナンナの話はいいのか?」

「あ、そうだった。母上の子供は私だけじゃなくてもう一人いるんです。妹が」

「そうなのでございますか・・・」

「ナンナと言って父上の話だと母上にそっくりだとか。今はレンスターにいます」

「もうじき王妃になるしな」

アレスが付け足す。

「それは・・・どういう?」

「ナンナは統一トラキア王国新王リーフ様の恋人なんです」

「まぁ・・・キュアン様とエスリン様のご子息・・・リーフ様ですね・・・あ・・!いけません・・・

忘れていたことが!」

「どうした?」

「リーフ様のお名前で思い出しました。そのリーフ様より書状が届いております」

すっと差し出される手紙。

アレスはそれを受け取ると封をといた。

中の手紙にはキレイな字がつづられていた。


◇ ◇ ◇


『 親愛なるアレス

きっとそろそろノディオンに着く頃だろうと思うがどうだろうか?

アレスをはじめリーンやデルムッドは元気だろうか?

ついに統一トラキアでは新朝が開かれたよ。これから良い方向へと進めるように最大の

努力をするつもりだ。

でも今日、この手紙を書いたの理由は他にあって、報告したいことがあるからなんだ。

実はナンナと婚約をしたんだ。

これからはノディオン王国は他国ではなくなる。何せナンナはノディオンの姫だからね。

これからアグストリアの統一へと乗\り出すことになるだろうが、達成できる事を祈っている。

では、アレスにヘズルのご加護があらんことを。                   リーフ 』 


「おっ・・・タイムリーだな」

「なんだって?」

「リーフとナンナが婚約だそうだ」

「えっ!そうか・・・ナンナ良かったな・・・」

「と・・・・・そのナンナから我々宛てに手紙だ」

「どれどれ・・・・?」

これはまた女性らしく線の細い美しい文字がつづられている。


『 親愛なるアレスとリ-ン、そしてデルムッドお兄様へ

アグストリアへの統一へ向けての様子はいかがでしょうか?

二人はどこかしっかりしているようで無茶なところがおありになるので心配です。

でも、リーンが一緒なのできっとうまくいっていますね。

特にお兄様にお知らせしたい事があります。

お父様が姿を消されました。誰にも何も言わずに旅立たれたようです。

行き先はもう言わなくてもわかると思いますがイード砂漠だと思います。

一緒にお父様と、そしてお母様の無事をお祈りしてください。

それと、お兄様に渡して欲しいと頼まれた手紙を同封しますのでご覧になって下さい。

それでは3人にヘズルとエッダのご加護があらんことを。             ナンナ 』


「同封の手紙?」

「あ、これだな・・・何々・・・デルムッドへ・・・ってこれ女の字だぞ!?」

「えっ!?」

あわてて取り上げようとするがアレスが高くへ手紙を持ち上げてしまう。

「どれどれ差出人は・・・・・マリー・・・・

「わぁぁぁぁああ!!」

飛び上がって名前が読み上げられる前に取り返す。

「なんだ、つまらん」

「つまらなくない!アレス、退場!」

「つれない奴だな・・・・まぁ、おれにはリーンがいるし。じゃあまた明日な」

「おやすみなさいませ」

アレスとアニタが退室する。

去り際にアレスがのろけていった気がしたがあえて無視する。

部屋が静かになると・・・ふぅっと溜息をついて椅子にすわって手紙を開いた。


『 デルムッドへ

お久しぶりです。

ノディオンに手紙を送る術が一般人にはまだないので、ナンナ様に頼みました。

私は今、イザ-クにいます。戦いが終わって修行の旅に出たのですが、いつの間にか

イザ-クへ辿り着いていました。

イザ-クには本物の剣豪が沢山います。肉体だけではなく精神的にも少しは強くなれた・・・

と思います。でもまだまだ母さんには敵わないみたい。

このイザ-クの国でも次第に平和が浸透してきているようです。

これからずっと平和な日が続けばいいなと思います。

デルムッドはアグストリアの統一はどんな感じでしょうか?

あんまり急ぎすぎて無理はしないでね。心配だから。

アグストリアの統一が終わったら約束通り迎えに来てくれるのを楽しみにまっています。

ではデルムッドに良い風が吹きます様に。                     マリータ 』



(そうか・・・マリータはイザ-クか・・・)

デルムッドは恋人のことを思う。

剣聖オードの血を引く剣士マリータと知り合ったのは聖戦の中でレンスター軍にセリスの

特使として尋ねた時だった。

聖戦が終わってお互いすべき事があったので今は一緒にいないが、デルムッドがアレスと

ともにアグストリアの統一が済んだら迎えに行くと約束をしていた。

(・・・元気にやっているようだ・・・・・・・・よかった。)

目を閉じると黒\髪のマリータの姿が見えた気がした。

(はやく、マリータに会いたい・・・そのためにも統一を必ず達成しないと・・・!)

見開かれる瞳。

明日からもまた、戦いが始まるだろう。

だから今だけは彼女のことを考えていたい。

デルムッドは再度、目を閉じた。眼の裏に映る恋人の姿を求めて・・・・


                             



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いつもは静かなフィンの野営地のテントも今日ばかりはうるさかった。

雨が夕方過ぎから降り始めてきたためテントの上に雨がはじく音がずっと続いていた。

少量の雨ならばおもむきもあるが、こう、激しい雨ではそうもいかない。

(雨がひどくなってきたな・・・・・・)

フィンは書き物をしていた手を止めた。

(明日の進軍に差し支えがなければいいが・・・・)


心配そうに顔を上げたとき、テントの傍に人の気配を感じる。

「・・・」

誰かが訪ねてきたのだろうかと思い声がかかるのを待つが声がかかる気配はなかった。

「・・・?」

不信に思ってフィンはテントの入り口を開けた。

「・・・デルムッド!」

入り口を開けたことにより室内の雨の音が大きくなる。涼しい風が一緒に入ってきた。

「あ・・・父上・・・」

デルムッドは思わずフィンから顔をそらした。

話したいことがあってテントの前に来たのはいいが、なんとなく気が引け入り口で立ちすく

んでいたことが、ばれてしまったのが気まずかった。

「濡れている、とにかく中に」

フィンはデルムッドの様子がおかしい事に気づいたが、風邪を引くといけないと思い

とりあえずテントに招き入れた。


◇ ◇ ◇


「・・・失礼します」

そう、言ってテントに入る。

フィンはデルムッドにタオルを渡し、コーヒーを入れてやることにする。

さっき湯をわかしたばかりだからそれが使えるだろう。

手馴れた様子でコーヒーを入れてくれている父の姿をデルムッドはぼんやりと見ていた。

「・・何をしているんだ、もっとしっかり拭かないと」

フィンはボーっとしているデルムッドにあきれて近寄ってくると、彼の頭にかけられていた

タオルをガシガシ動かした。

「わっ!あ!父上!自分でできますから!」

あわててタオルを父から奪い取った。

金髪がぐしゃぐしゃになってしまっている。その姿にフィンは僅かにだが微笑むと

「どうした?」

と、やさしく尋ねた。

テントに入るのをためらっているような様子だった。何か用事でもあったのだろうか。

「・・・」

デルムッドは何も言わない。

そばに置かれたコーヒーにそっと口付けるとやっと顔をあげた。


「アレスが聖戦が終わったら・・・アグストリアの統一をするって、そうおれにいいました」

「そうか・・・ご決断されたのだな」

「はい・・・」

コーヒーのカップを机に置く。

「それで・・・おれに・・・アグストリアに一緒に来てくれと・・・そう、言ってくれました」

フィンはかすかに驚いて顔をあげた。

「・・・それでお前はなんと答えた?」

「・・・少し待ってくれと・・・」

「・・・」

フィンはこれには何も言わない。


デルムッドは、今悩んでいた。

この聖戦が終わったらどこへ行くか、それは前からずっと考えていたことだ。

自分はティルナノグで育ったけど、イザークの人間じゃない。

本来、帰るべき場所がある。それが母の故郷であるアグストリアであることはわかって

いるのだが・・・・・・

デルムッドはふたたび俯いた。

自分にはアグストリアの他にもう一つ、レンスターという選択肢がある。

ナンナは、間違いなくレンスターを選択するのだろう。

父上がいるし、それにリーフ様も・・・


(・・・・・でも、おれは?)

(・・・おれは、父上の傍で育ったわけじゃない。それでもナンナの様に、当然の様に

レンスターへ行くことは許されるのだろうか?)

心が暗くなるのが自分でもわかる。

本当はこのことを父に尋ねたくて来たのに・・・すごく聞きづらい・・・・

(これが・・・16年の歳月の間に生まれた溝なのか・・・・・・・)


「・・・デルムッド」

「・・・はい」

沈黙が破られる。

名前を呼ばれて静かに顔をあげる。

目の前の顔は髪の色こそ違うけれど自分に良く似ている。

自分がこの人の息子なのだという何よりの証・・・

「お前はどうしたいんだ?」

「・・・おれは・・・」

(どうしたいのだろう・・・唯一の従兄であるアレスを支えてやりたいとい気持ちはもちろん

ある。でも、何故素直にアグストリアへ行くと返事ができないんだ・・・)


「・・・デルムッドは・・・もう16歳・・・か・・・」

「・・・はい」

「・・・お前が・・・アグストリアへ行くのだというのならば、わたしは止めないよ。もう、一人で

自分のことも考えられる歳だ」

「・・・・・・そ・・うですか・・」

胸がズキンと痛む。


「だが、もしそうなるのならば、寂しくなるな」


「え?」

顔をあげて父を見る。青い瞳がこちらを見ていた。

「聖戦が終わったら・・・レンスターへ来てくれるのだとわたしは思っていたから」

「!」

「・・・・勝手だな、わたしは。お前に何もしてやれなかったのに・・・今度は一緒に住みたい

など・・・いや、でもだからこそそう思うのかもしれないな。できるかぎりのことをしてやりたい

と思うから・・・」

父親がまっすぐに自分を見てくる。

自分の青い瞳に涙が溢れた。


「っ・・・ありがとうございます・・・父上・・・その言葉だけで・・・・

―――充分です・・・。

(おれは・・・この言葉が聞きたかったんだ・・・)

素直にアグストリアに行くと返事できなかったのは、レンスターに居場所がなくなるかも

しれないという不安にかられたからだ。

でも、それもただの杞憂に過ぎなかった・・・

父はこんなにも自分の事を考えてくれている・・・・・・


「・・・おれは・・・アグストリアに行きます・・・。アレスを助けたい・・・」

今なら迷わず言える・・・・

「・・・・そうか」

「彼は、おれのたったひとりの従兄です・・・そして友だから」

泣きながらも笑ってみせる。

アレスが一緒に来てくれないかといってくれたとき・・・本当にうれしかった。

血の繋がった従兄同士、行けるところまで行ってみたいと心からそう思う。

デルムッドはまっすぐ父の顔を見た。フィンもまた決心した息子を見つめる。

「アグストリアの再興は、お前の母であるラケシスの願い。アレス王子によく尽くすのだぞ」

「はい」

微笑みながら返事をする。

今のデルムッドは今までで一番良い顔をしていた。


◇ ◇ ◇


「それでは、父上。おれはこれで」

あのあと少しフィンと雑談したデルムッドは部屋に戻ることにする。

フィンは送ろうと思ってテントの入り口を開けた。

耳に雨音が大きくなる。


「・・・・今日は雨か・・・」

フィンが空を見上げる。

「・・・父上?」

「雨の日には・・・不安になるな・・。ラケシスがいつも泣いていたから」

「母上が?」

「あぁ。デルムッド、お前の事を心配しては泣いていた。どこかで寒くて泣いてはいないかと」

「・・・そうだったのですか・・・」

不覚にもまた・・泣きそうになる。

自分を迎えにいこうとしてくれた母・・・今はどうしているだろうか・・・

一つの予感がデルムッドの胸によぎった。

「・・・父上・・・・・父上は・・・聖戦が終わったらもしかして・・・母上を探しにいかれるおつもり

なのでは?」

デルムッドのいきなりの質問にフィンは驚く。

「どうして・・・」

「・・なんとなく・・・父上ならそうするのかなと・・・違いますか?」


「・・・そうだ。」

フィンはゆっくりと返事をした。

ずっと前から決めていたことだった。

この戦いが終わったら・・・レンスターを離れてラケシスを探しに行こうと・・・

「やはり」

デルムッドが少し嬉しそうに笑った。

「・・俺も・・アグストリアの再興をしながら、父上と母上が再会できることを・・・ずっと信じて

います」

「デルムッド・・・」

「だから・・・再会できたら・・・きっと二人でアグストリアを見に来て下さい・・・。アレスと

二人で・・待っています」

「わかった。必ず・・・会いに行く」

フィンは声が震えるのを感じた。

デルムッドはこんなにも成長したのだ・・・

「・・・さぁ、そろそろ戻りなさい。明日に差し支えるといけない」

「はい、そうですね・・・それじゃあ父上・・・・おやすみなさい!」

そう、言っては雨の中駆け出していった。

その姿をじっと見守る。


「・・・ラケシス・・・私達の息子はあんなにも大きくなりましたよ・・・」


言葉は雨に掻き消される。

それでも愛するあの人にはきっと聞こえていると、フィンは確信していた。


                                       



[145 楼] | Posted:2004-05-24 09:13| 顶端
雪之丞

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【一章 ・生還】


「お初お目にかかります、セリス様。私はレンスターの騎士フィン。このたびはレンスターを

お助けいただき感謝しております」

そう、言って長身の騎士は青いマントをなびかせて膝をつく。

セリスは敬礼の姿勢をとった騎士をみた。

(この人が・・・・)

目の前にいる人物の名声は砂漠を越えてセリスの元にもとどいている。

レンスターの槍騎士フィン。

レヴィンやオイフェ、エーディンとともに私の父を、そして母を知る人――――

「あの、顔をあげてください、騎士フィン。あなたはもう、私たちの仲間なのですから」

そう、言ってフィンを立ち上がらせる。

顔を見ると美しい青い瞳をしていた。

表情はかわらない、あまり表に出すほうではないのかもしれない。

「・・・懐かしいお顔です・・」

フィンがセリスの顔を見て言う。

「えっ?」

「ディアドラ様によく似ておられます・・・」

「そうなのですか・・。オイフェにもよく言われるんですよ。・・とあ・・そんなことはいいん

です!フィン、リーフ王子はすでにこちらに無事いらっしゃってますよ!ご安心ください」

ずっと案じていたであろう主君の無事を伝える。

「そうでしたか」

フィンの顔に安堵が広がる。

そこに扉をバタンとあけて部屋に飛び込んできた人物がいた。


「フィン!」

「リーフ様」

「フィン!よかった!!無事だったんだな。私も、それにナンナもずっと心配していたんだ!」

「ご心配をおかけいたしました。騎士フィン、ただいま戻りました。」

「あぁ」

そう、言うとリーフは微笑んだ。

よっぽど無事が嬉しかったのだろう。その姿が微笑ましいな、とセリスが思っていると、

扉のそばに金髪の少女を見つけた。

多分この部屋に入っていいのかためらっているのだろう。

「ナンナ、部屋に入っておいで」

セリスが名前を呼んでやるとナンナはすっとお辞儀をしてフィンに駆け寄った。

「お父様!!」

ナンナがフィンの腕をつかむ。

「よかった・・・・・・私・・・心配で・・・・・」

話し声はいつのまにか涙声にかわった。

フィンは娘の小さな肩に両腕をポンとのせると

「心配をさせてしまったな。」

そういってつぎに頭をやさしく撫でた。


                                   

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【二章・疑惑】


父が無事だと知ってナンナはうれしかった。

でも同時に悲しかった。

知りたくなかったことを知ってしまったから・・・


「ナンナ・・・・そんなに泣かないでくれ。わたしはもう大丈夫だから」

リーフが気をきかせてか親子二人にしてくれたのだがナンナは一向に泣き止む気配は

なかった。ずっと何も言わずに涙を流している。

「ナンナ?」

フィンが膝をついてベッドに座っていたナンナの顔を見上げた。

「・・どうした?何かあったのか?」

フィンは絶対に何かあると尋ねながら確信していた。

ナンナがこうやって自分の前で泣くのはめったになかったから・・・・・・

そう、させてしまったのは他でもない、自分なのだが――――


部屋をノックする音がした。

「はい」

フィンはナンナを気にしながらもとりあえずノックの合図を受けた。

扉が開かれる。

そこから姿を表したのは・・・

「・・・オイフェ様!」

「はは・・オイフェでいいですよ、フィン」

そこには黒\い騎士の服をまとったオイフェが立っていた。

「・・・・お久しぶりですな。」

「えぇ、驚きました・・・私の知っている貴殿はまだほんの少年だったのに」

「そうでしたな・・・・あなたも・・・・変わられた・・・・」

オイフェはフィンを見る。

昔はもっと穏やかに微笑んでいた記憶があるが今のフィンにその面影はない。

むしろ厳しい表情のイメージがあった。

「月日には逆らえません」

そういって困ったように微笑んだ。

オイフェが言いたいのは彼の外見ではなく表情のことだったのだが・・・


「・・・フィン。実はわたしがここに来たのは会って欲しい子がいるからなのです」

「会って欲しい子?」

「えぇ、・・・さぁ」

オイフェが扉の向こうにいた人物を部屋に呼ぶ。

呼ばれた人物は少し遠慮がちに室内に入ってきた。

入ってきたのは一人の青年だった。それも見事な金髪の。そして瞳は青い・・・・・

「フィンかれは・・・・・


「・・・デルムッド・・・」


オイフェが説明をする前にフィンが青年の名を呼ぶ。

青年は驚いたようにフィンを見上げた。

「・・おれがわかるのですか・・・!?」

青年が信じられないと言うような顔をする。

「・・・・あぁ」

フィンはかろうじて返事をすることができた。

何故、彼がデルムッドだとわかったかなんてわからない。

でも気がつけば名前を呼んでいた。

泣いていたナンナもベッド上から驚いたようにこちらを見ていた。

「これは・・・わたしは余計だったようですな・・・失礼しますよ」

オイフェはうれしそうに笑いながら部屋から出て行った。


◇ ◇ ◇


沈黙が部屋を包む。

二人を黙って見ているナンナ。

困惑しながらも気づいてもらえたことに喜びを感じているデルムッド。

そして・・・・フィン。


最初に切り出したのはデルムッドだった。

「その・・・こんなあいさつはおかしいかもしれませんが・・・はじめまして父上。ずっと・・・

お会いしたかった・・・」

「デルムッド・・・・」

フィンはデルムッドを見つめる。

(フィン、わたくしね、あなたがシレジアからレンスターへ帰ったあと、子供を産んだの・・・)

耳にいつかのラケシスの声が蘇る・・・・

(貴方の子よ・・髪はわたくと同じ金色だけど、瞳の色はあなたと同じよ・・・男の子で、

デルムッドと名づけたわ・・・)

今までは話と想像のなかでしか接する事ができなかったデルムッドが目の前にいる・・・

「・・・・デルムッド・・・よく元気で・・・・」

目元にわずかに涙が浮かぶ。

「父上・・・」

目の前に姿を現した青年はラケシスによく似た金髪。

そして顔は若い頃の自分にそっくりだった。

でも、会えた喜びだけでは終わらないことをフィンは知っている。

ベッドのから立ち上がったナンナが傍に寄ってきた。


「・・・お父様・・・お母様はやっぱりお兄様のところにいらしてないって・・・」

覚悟していた言葉にフィンはぎゅうっと目を閉じた。

「お母様は・・・やっぱりイード砂漠で・・・」

ナンナが顔を覆う。デルムッドがそっとナンナの肩に手をおいた。

「父上・・・母上がおれを迎えにこようとしたという話をおれはナンナの口から初めてきいた

のです・・・でも母上は・・・」

「・・・・・・わかっている」

顔は厳しいまま。

(そう・・・わかっていたんだ・・・)

ラケシスが連れて行った連絡用の小鳥が血をつけてきたあの日。

皆がきっとイザークに辿り着いているからと励ます中で。

今まで彼女と過ごした間に培われた特有の感。

きっと彼女に何かがあって、イードを越える事ができなかったであろうこと・・・

ナンナにはラケシスがイードで行方不明になったとだけ告げていた。

多分、イザークに辿り着いているという希望に今日までかけてきたのだろう。


「わかっているって・・・お父様・・・!悲しくはないの!?お母様は・・・お母様は・・・!」

「・・・ナンナ・・・」

デルムッドが困惑した顔をする。フィンはまるで彫刻か何かのようにじっと黙ったままだ。

「お父様どうして何も言って下さらないの・・・お母様を愛していらっしゃったのでしょう!?」

「ナンナ、やめるんだ・・・」

デルムッドが止める。

「お父様!」

涙声でありながらも必死で父を呼ぶ。

その厳しい表情に悲しみを宿して欲しくて。

自分の中にある、母を愛していなかったのではないかという疑惑を打ち消してほしくて・・・

だが、フィンの言葉はナンナの期待するものではなかった。


「私には・・・そんな権利はないのだよ・・・」

「何故です・・!・・・こんなの・・・お母様がかわいそうです・・・いつも私思っていたの・・・

お父様が何故お母様をひとりで行かせたのかって・・・愛していなかったからひとりで

行かせたのですか!?違うって言って下さい!」

「・・・ナンナ・・もうそれは言うな・・・子供といえど夫婦のことには立ち入ってほしくない」

「そんな・・・・」

「お前にもいずれわかる時が来る・・・大人になれば・・・」

フィンは妻によく似た娘から視線をはずして後ろを向いた。

フィンはもう何も語ろうとはしなかった。

ナンナは後ずさりながら数回首を横に振るとたまらなくなって部屋を飛び出していった。

「ナンナ!まって!!」

デルムッドが追いかけていく。

部屋にはフィンが一人残された。


フィンはどさっと備え付けられていた椅子に座り込む。

机に肘をついて顔を伏せた。

さっきのナンナとデルムッド・・・自分達にそっくりな子供達。

まるで昔の自分達のようだった。

(ラケシス・・・デルムッドに会ったよ・・・・・これは君の導きなのか・・・・・・)

彼との再会は偶然などではない・・・必然だったのだ・・・・・

(・・・君は4人で暮らしたい・・そういっていたのに・・・ラケシス・・今は君がいない・・)

過去の記憶が蘇りはじめてフィンはきつく瞳を閉じた。


――――お母様を愛していらっしゃったのでしょう!?


ナンナが自分をなじる声が再び聞こえた気がする。

(・・ラケシス・・・愛していた・・・愛していたんだ・・・それがあんな結果を・・・生んで・・・・)


                                



[146 楼] | Posted:2004-05-24 09:14| 顶端
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【三章・過ちの日】


泣きながらフィンの元を飛び出したナンナは廊下を走り抜けてテラスへと辿り着いていた。

後ろからデルムッドが追いかけてくる。

「ナンナ!」

困ったような声で名前を呼んだ。

「・・・お父様は・・・とても冷たい人だわ・・・」

「ナンナ・・・でも父上は母上を愛していないと言ったわけではないよ。ただ、間に立ち入る

なと・・・・」

「立ち入る!?どうやって立ち入るの・・!?お母様はもういないのよ・・・」

白い頬にまた涙がつたう。すると何かやさしい風が頬を撫でるのを感じた。


「これは・・・・・・・フィンとラケシス・・・・・ではないな・・・・・・・・・・・」

はっと声のする方向に振り返る。立っていたのは緑の髪の吟遊詩人だった。

「レヴィン様・・・」

デルムッドがレヴィンの名前を呼ぶ。

ナンナは初めて会うのでどうすればよいかわからなかった。でも気になることがある。

「・・・今、フィンとラケシスとおっしゃいましたか?」

「あぁ、そう言ったよ、ナンナ。」

自分の名前をレヴィンが知っていたことに一瞬驚くいたが話を続けた。

「・・どうしてですか?それに・・・何故わたしがナンナだってわかるのですか?」

「それは、お前達がフィンとラケシスによく似てるからさ。ナンナ、特にお前はラケシスに良く

似ているよ。さっき遠目でお前達を見たときは驚いた。昔みたいにフィンとラケシスが一緒

にいると思ったから」

吟遊詩人の顔にはあまり表情はない。だが少しやわらかく見えた。

「昔みたいに・・・?お父様とお母様の昔をレヴィン様は知っていらっしゃるのですか?」

「あぁ、知っているさ。昔、共に戦った仲間だからな」

言葉にナンナは驚いた。


「・・・あの・・・」

ナンナはレヴィンに真剣な眼差しを送る。どうしても聞きたい事がある。

「・・・・お父様は・・・・お母様を愛していらっしゃていたのですか・・・・?」

「・・・愛していたから、今、ここにお前とデルムッドがいるんじゃないのか?」

「・・・それは・・・そうなのですけれども・・・」

ナンナが俯いてしまう。

「・・・どうした?何かあったのか?」

レヴィンがやさしい声で尋ねる。

俯いているナンナに変わってデルムッドが状況を説明した。


「そうか・・・」

デルムッドから話を聞いて納得する。

「それで、ナンナは不安なわけか・・・」

「当然です・・・!お父様は何も話をして下さらない・・・不安が募るばかりで・・・」

ナンナが顔を手で覆って泣き出す。

レヴィンはその姿にふむ・・・・と一瞬困ったようだったがすぐに口を開いた。

「・・・ではナンナ、お前の父と母の昔の話をしてやろうか?」

「昔の・・話・・・?」

「そうだ。それが直接お前の不安をなくしてくれるかはわからないが・・・何も知らないより

はいいだろう?」

「・・えぇ、是非・・・是非聞かせてください・・・!」


◇ ◇ ◇


時を同じくしてフィンの部屋。


今、フィンは時をさかのぼり過去に思いを馳せていた。

そう、あれはラケシスがイザークへと向かう日の前日。

できる事なら戻ってもう一度やり直したいと何度も願った日・・・。


◇ ◇ ◇



フィンの中では、ずっと嫉妬と不安の炎がくすぶっていたのだと思う。

出会ってから何年もの間、口に出すことはななかったけれど・・・


『アレスが見つからない・・・何故・・・義姉様はレンスターに戻られたはずなのに・・・』

視線の先には不安そうなラケシス。

『無事でいるのかしら・・・・・・・』

その声は涙声で。

『・・・アグストリアの再興にはあの子なくしてありえないわ・・・』

フィンは返事をしなかった。

『・・・フィン?・・・どうしたの?』

ラケシスの金髪が風に揺れる。


『・・・・・・アレス王子を探すのは本当にアグストリアのためですか?』


『えっ・・・・?』


(私は何を言おうとしているんだ・・・・・・愚かな事を言ってはいけない・・・・!)


心ではわかっているのに・・・体が勝手に動いている。


『彼は・・・エルトシャン王の子だからでは・・ないのですか・・・』


(やめてくれ!ずっとずっと我慢してきたんだ・・それを言ってはいけない・・!)


『ラケシス・・・貴女はエルトシャン王のことを本当は・・・愛して・・・・・』


ラケシスの目が大きく開かれて自分を見ている。

フィンはラケシスの瞳に過去を見ていた。


―――・・・エルト兄様あれほどお止めしたのに・・・・そのうちにノディオンもこんなことに・・・


幽閉された兄をひたすら心配していたラケシス。


そして、王が亡くなった日、天幕の向こうに聞いたラケシスの空を裂く様な悲鳴。


―――兄様に・・・会いたい・・・会って・・・謝りたいの・・・


―――耐えられない・・・!死んでしまいたい・・・!


死を望んでいたラケシス。


フィンの中で何かが溢れ出していた。

『わ・・私が兄を・・・一人の男性として愛していると・・・そう、思っているの・・・?』

ラケシスが震えているのが見える。

(早く・・早く否定しないと・・ラケシスが悲しんでいる・・・!)

でも身体が動かなかった。

もしかすると身体のほうが正直なのかもしれない。

心は嘘をついているのかもしれない。

でも、次の言葉は言ってはいけない、それだけはわかっていたのに・・・

わかっていたのに・・・・・!!


『・・・・・・そうだと言ったら・・・・?』


ラケシスがフィンを見ていた。

きっと自分は冷たい顔をしている。

ラケシスは涙を流さなかった。そのかわり、どこか苦しいような、悲しいような表情をして、

そして、そのまま何も言わずにその場を去った。


ラケシスがイザークへデルムッドを迎えに行くと言い出したのはその日の夜だった。

フィンはそれを反対しなかった。

ラケシスの瞳を見ていたくなかった。

嫉妬の次にフィンを襲ったのは罪悪感。

イードは危険だがそれでも行くのかと尋ねてやることしかできなかった。

その言葉でラケシスはあきらめることはもちろんなく、早朝、必ず戻るからと、そう言って

旅立っていった。


――――大地の剣を置いて・・・・

気づいたのはラケシスを見送り部屋に戻った時だった。

机の上に置かれた大地の剣。そして傍に置かれた手紙。


――――あなたを守ってくれますように。 


エルトシャン王の形見だった大地の剣。彼女は肌身離さずずっと持っていたはずだ。

「あなたを守ってくれますように・・・」

つづられた文字を声に出す。

涙があふれた。

自分の愚かさに。

彼女の想いを理解してやれなかった自分に――――


◇ ◇ ◇


フィンは回想から目覚める。

頬に涙がつたっていた。

(ラケシス・・・わたしは・・・)

ラケシスがフィンの元を去ったあと押し寄せた後悔。

それは今でも止む事は無い。

でも、それが自分にはふさわしいのかもしれない。それだけの罪を犯したのだから。

国がフィンを必要としていて、探しに行くことすら叶わなかった。

謝る事もできない・・・・名前を呼ぶことも・・・・・・

だから・・・今はあなたの導きに従う・・・それが、せめての償いだから。


フィンは内ポケットから、ノディオン王家の紋章の入った手紙を取り出した。


       
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【四章 ・父と母】


「そうだな・・・話とは言っても・・・」

フィンの昔の話を聞かせてやるといってテラスにある椅子に3人座ったのはいいものの、

レヴィンは何を話してやればよいかわからなかった。

フィンとラケシスの話・・・

レヴィンの記憶中での二人はいつだって幸せそうだった。

だが、今その二人は一緒にはいない。

お互いが手を一時だったのかもしれないが手放した。

その手放した理由・・・それにレヴィンは気づいていた。


(ラケシスはレンスターに行ったあと、アレスを捜したはずだ。彼はエルトシャン王の子・・・

たとえあのときすでに獅子王が亡くなっていたとはいえ、フィンの心は穏やかではなかった

だろう・・・)


レヴィンはいつだって風の精霊と対話をしていた。その風の精霊はいつだったかフィンの

心の暗い部分をそっとレヴィンにささやいてきていた。


(・・・でもラケシスの大事な身内なのだと、そう、心に言い聞かせようとしたに違いない。

フィンの中にはずっと疑惑が同居していた・・・もし、彼の不安が溢れ出てしまったのだと

したら・・・)


ズキンと胸が痛む。

フィンはずっとラケシスと一緒だった。

だから余計に獅子王の存在が心についてまわった。

そして、ラケシスはフィンを愛していた。

フィンの不安に彼女が気づいていたのかどうかは今となってはわからない。

でも、彼女は知っていたとしてもどうすることもできなかったのではないか・・・

亡き人を嫌いになれるわけがなく・・・ましてや忘れる事など。


フィンはラケシスを愛せば愛するほどエルトシャンへの彼女の思いが見えなくなっていった

に違いない。

そしてそれは避けられないことだったのだ・・・たとえ真実はただ純粋な兄王への憧れでも

フィンの瞳にはどうしてもそんな風には映らなかった・・・


ラケシスを愛していたから――――


(惨いな・・・・・)

レヴィンはそう思う。

(愛すれば愛するほど・・・お互いにどうすればよいかわからなくいったのだろう・・・本当は

ずっと一緒にいたかっただろうに・・・)

緑の髪を風が揺らした。

「・・・レヴィン様・・?」

「あ・・・あぁ、すまない、何を話そうか悩んでいたんだ」

適当にごまかす。

(子供達には・・・エルトシャン王のことは言うべきではないだろうな。フィンが立ち入るなと

言ったのは当然だ・・・もはや子供たちには関係のないことだ。デルムッドとナンナが

アレスとぎくしゃくする必要はないのだから・・・・)


◇ ◇ ◇


「お前達の父親と母親は・・・本当に仲がよかったよ」

「そんなにですか?」

「あぁ。その中でもシレジアのことはよく覚えているよ。ラケシスは結局亡国の王女となって

しまったわけだけど・・・・フィンが傍にいて幸せそうだった」

「・・・お母様が・・・・」

「フィンもラケシスが自分の傍にいてくれるようになって、心から喜んでたのが端から見て

てもわかったよ。あいつは今と違って当時は見習の騎士。ラケシスとは身分が違いすぎ

ていた」

「そうだったのですか?」

ナンナはびっくりしている。

彼女の中での父はいつでも立派な騎士だった。見習のころなど想像がつかない。

「・・・国も身分も違って・・・片方は国の復興をしょってる亡国の王女で、もう片方はいつ、

レンスターに帰ることになるのかわからない見習の騎士で、それでもあいつらはお互いの

手をとったんだ・・・必要だったから・・・」


必要だったから・・・・


その言葉がナンナの心に響く。

(じゃあどうしてその手を離したのですか・・・・・?)

心の中で父に問う。

でも答えはない。


「フィンがレンスターに帰る事になって、ラケシスはそのままシレジアに残った。みんなが

それでいいのかと聞いたら、ラケシスはお互いの務めを果たすことにしたのだと言って

たな。さびしいんじゃないのかってからかったら、今度レンスターに行って驚かしてやる

からいいと言って笑ってたっけ・・・・」

だんだん話をしていて自分も懐かしくなってくる。

「そのあとすぐに妊娠してることがわかって、ラケシスはとても嬉しそうだった。早くフィンに

会わせたい・・・そう、言ってたよ」

「はやくあわせたい・・・」

デルムッドが呟く。

「そうだ。ラケシスがイードを越えてお前を迎えにいったと聞いた時、おれは驚いたけど、

同時に納得もしたよ。あの時のラケシスの言葉を覚えていたからな」

「そうなのですか・・・」

胸がじんと熱くなる。


「・・・ナンナ」

「はい、なんでしょう?」

「お前は、騎士としてのフィンをどう思うか?」

「え・・・それは・・とても立派な方だと・・・」

「そうだ。あいつは立派になったよ。大きくなった。・・・でも、それまでに払った代償も大き

かったんだ」

「え・・・?」

「それは、たとえば主君夫妻がイードで戦死したとき・・・」

「たとえば愛する妻がバーハラの悲劇で生死不明だったとき・・」

「そしてたとえば小競り合いが続いてる中で妻が砂漠に旅立つとき・・・」

「あ・・・!」

「そういったとき、国がフィンを必要としていたから、じっと国で一人待つしかなかった。

・・・あいつは騎士だから」

いったんレヴィンは言葉を切る。そして再び口を開く。

「愛する者のためにすべてを投げ出すのは美談だが、それは美談にすぎない。騎士は

なかなか厳しい生き物だ。主君のために、主命のために心を凍りつかせることが求めら

れる時もある」

ナンナが下を向く。

「おれは確かにナンナが言うように何故、フィンがラケシスを一人で行かせてしまったのか

わからない。でも、ただ一つだけわかることがある。」

レヴィンがナンナの瞳を見る。

「それは、フィンが今でも行かせたことを後悔し続けている事。つまり今でもラケシスを

愛しているということだ。」

「レヴィン様・・・」

風が髪を揺らす。レヴィンは一番言いたかったことを口にした。


「・・そして戦時中だったから・・・その感情を殺してきた事も・・・」

「!」

ナンナの中で何かが繋がった。


―――どうして・・・気づかなかったのだろう・・・


いつのまにか、父が母を愛していないのではと疑う心ばかりが自分を占めてしまって、

父の立場に立って考えていなかった・・・


「わたし・・・つい、この間まで・・・ずっとお父様が感情を殺すしかなかったってことを

わかっていたのに・・・・」

父親に良く似た青い瞳から涙がこぼれる。

「お前は動揺していたんだ・・・今までは不確かだが存在していた母が、今日消えたから・・・

行き場のない思いが溢れたんだ」

そういいながらレヴィンが頭をなでてくれる。


今日・・兄から母がイザークに着いてないことを聞かされて・・・

頭の中で母が行方不明から死亡になった。

母がいなくなったのを認めたくなくて・・・

誰かに文句を言ってやりたくて・・・・

父親をいもしない犯人に仕立て上げた・・・


「・・・わたし・・・お父様に酷い事を・・・・」

顔を手で覆う。

「ナンナ・・・そんな泣くなよ・・・父上もきっとわかってくれているよ」

デルムッドが心配そうにナンナを覗き込む。

その姿を見て、レヴィンは微笑ましいと思いながら立ち上がった。

「ナンナ、デルムッドの言うとおりだ、そんな泣くものじゃない。お前には立派な父親がいて、

そうやってお前を心配してくれるやさしい兄がいるのだから。彼等のためにも微笑まない

とな?」

「・・・は・・い・・・・・」

しゃくりあげながらも頷く。

「・・・いい子だ。じゃあナンナ、最後にいいことを教えてろう」

「・・・いいことですか・・?」

ナンナが涙目でこちらを見てくる。レヴィンは微笑んだ。


「そうだ。それはな――――


  



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>>導かれて                                     巡礼者シリーズ
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【五章・目覚めの朝】


レヴィンとデルムッドとテラスで別れたあと、ナンナは少し悩んだがフィンの元へ向かうこと

にした。

部屋の扉をそっと開ける。

が、中はとても静かだった。

足を踏み入れ寝室を覗き込むとフィンがベッドに倒れこむようにして眠っていた。

無理も無い、彼は今日リーフとナンナを逃がすために一人戦場に残って闘ってきたのだ。

本当に無事でよかったと、ナンナは心からそう思った。

眠っている父に近づきそっと傍に腰をおろす。

父の寝顔はどこか苦しそうで・・・寂しそうだった。


(わたしは・・・本当に駄目な子ね・・・)

(お父様がこんなに自分を大事にしてくれていたのに・・・酷い事を・・・)

(確かに、お父様がお母様を一人行かせてしまったことについての謎は残るけれど・・・)

そっと父の手に触れてみる。

手には無数の傷跡。

この手が今までずっと自分とリーフを守ってくれた。

そしてそれはこれからもずっとかわらないのだろう。

(・・・お父様はきっとお母様も守りたかったのでしょうね。それは叶わなかったけれど・・・)

立ち上がり、あいたままだったカーテンを閉める。

(きっと二人の間で何かがあったんだ。でも・・・それはイコール愛していないではないの

だから・・・それでいいわ。もう、わたしからは何も聞かないで。お父様が今でもお母様を

愛している・・・それだけで十分・・・!)

ナンナの中で、答えが出たような気がした。

フィンに布団をそっとかけてやる。するとフィンが何かをつぶやいた。


「・・・ラケシス・・」


フィンの目元に涙がにじんでいた。ナンナの中に先ほどのレヴィンの言葉が蘇る。


『あいつが今でも行かせたことを後悔し続けている事、つまり今でもラケシスを愛していると

いうことだ』


「・・・レヴィン様の言うとおりです・・・」

ナンナは泣きながらフィンの身体にそっともたれた。


母がいない寂しさを共有するように・・・・・


◇ ◇ ◇


チュンチュンと鳥のさえずる声がする。

ナンナははっと覚醒した。

自分の身体には昨日フィンにかけてやったはずの布団がかかっていた。

(お父様がかけてくださったのかしら・・・・・?)

どうやら昨日、自分はあのままフィンの横で眠ってしまったらしかった。

すると扉がガチャっと開く音がした。

「ナンナ。目覚めたか?」

「お父様・・・・あの、・・・おはようございます」

ナンナはいきなりフィンが現れたので何を言ったらよいかわからなかった。

フィンはその姿にわずかだが微笑む。

「おはようナンナ。明け方目覚めたら驚いた。横でお前が眠りこけているから」

「ごっごめんなさい・・・昨日、お父様に用事があって部屋にきたらお父様もう寝てらして・・・

それでわたし・・・」

「かまわない。なにか用事があったのか?」

「・・・あの・・・昨日のことを謝りに・・・わたし・・・」

そう、言ったところでフィンがナンナの頭をクシャリと撫でる。

「・・・かまわないよ。わたしも悪かった」

「お父様・・・・」

ナンナがフィンを見上げる。


「・・・ナンナ。お前に頼まれてほしいことがある」

「わたしにですか?」

「あぁ。これを」

フィンがナンナに手紙を手渡す。

「これは、ノディオンのエルトシャン王がアレス王子に宛てた手紙だ」

「エルトシャン王・・・」

「そうだ。つまり、お前の母上の兄上だ」

「これを何故私に・・・?」

「これは本来ならラケシスの手からアレス王子に渡されるはずだったのだ。だが・・・

今ここにラケシスはいない」

フィンはナンナを見る。最近ますますラケシスに似てきたとそう、思った。

「だから、これをアレス王子に手渡すなら、ラケシスの血を引いているお前がふさわしい

だろう。頼まれてくれるか?」

「はい。もちろんです」

ナンナは受け取った手紙に目を落とす。ノディオンの王家の紋章が入っていた。

ノディオンの姫だった母・・・

今はここにいない・・・


「・・・あの・・お父様?」

「どうした?」


「・・・お母様は生きていらっしゃいますか?」


ナンナの問いにフィンは驚いたようだった。

膝をつくとベッドに座っているナンナを見上げる。

「ナンナ、お前はどう思うか?」

「わたしは・・・」

俯く。少なくとも昨日の自分は亡くなったと思っていた。

でも、口にする勇気がわかない。


「・・・ナンナ・・・ラケシスは生きている」


「え?」

「ラケシスは生きている・・・わたしはそう、信じている」

「でも・・・もう長い間行方不明なのに・・・?」

「あぁ。それでもだ」

「亡くなったとは・・・思わないのですか・・?」

「・・・思わないと言えば嘘になるな。・・・それでもわたしは生きていると、思っているよ」

フィンがナンナの琥珀色の瞳を覗き込む。

その瞳は嘘をついている風には思えなかった。


「・・・では・・・わたしもお母様を待ちます・・・いつか・・・会える日を・・・」


瞳から涙があふれる。すると父がそっと抱きしめてくれるのがわかった。

昨日今日と今までこんなに父の前で泣いたことはなかった。

でも、今日だけはこうやって泣かせてほしい。

そうしたら、明日からはがんばれるから・・・

「ナンナは大きくなったな・・・早くラケシスにあわせたい・・・」

父がそうやってつぶやくのが聞こえた。


◇ ◇ ◇


『・・・いい子だ。じゃあナンナ・・・最後にいいことを教えてろう』

『・・・いいことですか・・?』

ナンナが涙目でこちらを見てくる。レヴィンは微笑んだ。

『そうだ。それはな――――ラケシスは生きているよ・・・・』

『え・・・・?』

『いや、生きていると、信じていると言った方が正しいかな?』

『・・・何故ですか・・・?』

『何故と言われると困るんだが・・・少なくともラケシスが砂漠でのたれ死ぬとは・・・俺には

思えないからな・・・・』

『でも・・・』

『そんなに不安なら、フィンに聞いてみろ。あいつだってラケシスは生きていると間違いなく

言うさ』

『お父様が・・・?』


『あいつはラケシスのことを一番わかっている。だから必ず生きていると思っているよ』


 



[148 楼] | Posted:2004-05-24 09:16| 顶端
雪之丞

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>>空に祈る                                     巡礼者シリーズ
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【序章・悲劇】


「凄惨極まる」とはこの状況を言うのだと思った。


紅色に染まった空、大地を裂く爆音、剣と剣が散らす火花、馬の蹄の音・・炎・・叫び声・・・

動かなくなった人々・・・・人間がただの物へと変わっていく瞬間・・・・・・・・・

わかることはただ一つ。私達は裏切られたのだという事。


この日を絶対忘れない――――心の底からそう思った。


ただ、ただ、生きるために剣を振るった。これからどうしようか考える暇すらなかった。

空がますます紅く染まってゆく。

私も、紅に呑まれてしまいたくない・・・

死にたくない・・・・・・!


倒れていく敵。

でも減らない敵。

いったいどれだけ剣を振り下ろしたのだろう?

ただ生への執着心が諦める事を許さなかった。


だが、疲労が体を蝕んできた刹那、自分の思いを裏切って体に刃が通るのを感じた。

琥珀色の瞳が大きく開かれる。

不思議と痛みは感じない。何故か紅い色の空が美しいと思った。


・・・でも私はもっと美しい空を知っている。

二人で見上げた青空。

貴方の瞳は空と同じ青。

大きく開かれた瞳に涙が滲んだ。

脳裏に浮かぶは愛しい人の顔。

心臓が大きくドクンと鳴った。


―――フィン!


名前を呼ぶ。

しかし、ラケシスの悲痛な声は爆音に・・・掻き消された。


バーハラの悲劇。

グランベル歴760年、歴史を揺るがす大事件であった。



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【二章・祈り】


雲ひとつ無い空とは、まさに今日の空模様にうってつけである。

レンスター城から見下ろす城下町の風景はのどかで、この美しい国がトラキアと争っている

ことなど、嘘のように感じられる。

だが、美しいからこそ何度も侵略を試みられてしもうのかもしれないとフィンは思った。


キュアンにレンスターとリーフ王子を託され、レンスター城に残って一月もたたないうちに、

悲報が城に届いた。

トラキア軍によるだまし討ちにより、ランスリッターが全滅。

キュアン王子とその妻エスリンが戦死し、娘のアルテナ王女も行方不明―――――

国は絶望に包まれた。

偉大なゲイボルグの継承者の戦死は国民を嘆かせ、トラキアへの反感を一層高まらせた。


フィンもまた、その一人である。

忠誠\を誓った王子が戦死してから、彼の心の嵐は止むことを知らない。

託されたリーフ王子の支えとなるべく、多忙な日々を送っていた。


キュアン王子が亡くなってからのレンスターは悲しみにつつまれ、立ち直れるのかと誰もが

不安を抱いていた。

しかし忘れ形見ともいえるリーフ王子の存在は国民に希望を与え、レンスターは徐々に

ではあるが立ち直りつつあった。

今日のように美しい空の日は、いつも以上に城下町が活気付き、国の再生を目で確かめる

事ができる。だから城下町を見下ろせるこのバルコニーはフィンのお気に入りの場所で

あった。

しかし、今日のフィンの心は、空のように晴れ渡っていなかった。

いや、ここ最近はずっと曇っているというのが正しいかもしれない。

一週間前、フィンは国王の御前に呼ばれキュアンの戦死に次ぐ悲報を聞かされていた。


◇ ◇ ◇


「え?」

耳を疑った。思わず、御前にふさわしくない声が出る。

そんなフィンを哀れむような視線で、レンスター国王はもう一度同じことを繰り返した。

「・・・シグルド公子が、バーハラで反逆者として討たれたそうじゃ。王都はそのまま戦場と

なり、シグルド軍は壊滅。残党狩りがはじまっておる・・・」

フィンは驚きのあまりに、いきなりは声を出せなかった。

「な・・・なぜです!シグルド様は反逆者などでは・・・・!!」

「それは、よくわかっていますよ、フィン。キュアンがあんなにも必死で助けようとした方です

もの」

やさしくフィンに語りかけるアルフィオナ王妃の声はだが、震えている。

「シグルド公は討たれた、それは事実じゃ」

「!」

フィンの瞳が大きく開かれる。

「正義が、正義でなくなった。しかも、それは反国王派ではない者の手によって」

カルフ王の声を遠くに聞きながら脳裏に、金髪の美しい王女の顔が浮かぶ。

「詳しくは・・まだわからぬ。だが・・・おそらくはヴェルトマー家のアルヴィスが・・・」


(ラケシス・・・貴女は?貴女は王都にいたのか!?)


「これからは、グランベルのレンスターへの干渉が始まるやもしれぬ」


(シグルド軍は壊滅・・・あなたは?ラケシス、あなたは・・・!?)


ぎゅうっとこぶしがなるほどに手を握り締める。


「トラキアが、グランベルと繋がっているという話も聞く。キュアンがいないこの国は侵略する

には好期と思われる可能性も高い。フィンよ、そなたはキュアンが目にかけておっただけ

あって、レンスターの騎士として申し分のない男じゃ。これからのレンスターを今以上に

支えてくれ」


(ラケシス・・・!!)


心の中で叫ぶ。ぎゅっと目を閉じた。

その様子にアルフィオナは心配そうに声をかけた。

「・・・フィン?」


かかった声にはっとして、すぐにフィンは深く頭を垂れた。

「この命に・・・かえましても。・・・必ず」

フィンは答えの後も長くうつむき、やっと顔をあげたかと思うと静かに退室した。


パタン・・・と響く音が何故か悲しい。


閉じられた扉から夫にアルフィオナは視線を戻した。

「シグルド様の軍の中には、フィンの奥方様がいらっしゃると、キュアンから聞いています」

「ノディオンの王妹、ラケシス王女か・・・」

「はい。アグストリアの行方を案じられてシグルド様の元に残ったと」

「ならば、王都へも向かわれたであろう・・・フィンのためにも無事でおられるとよいの

じゃが・・・」


◇ ◇ ◇


あの悲報を聞かされたときから、心が晴れることはない。

仕事も身に入っていなかったのだろう。親友のグレイドに部屋をたたきだされてしまった。


『しばらく戻ってくる事を禁止する。曇りをはらってから戻って来い!』


(曇り・・・心の曇り・・・この曇りはあの人の無事を確認しないかぎり晴れない)

沈痛な面持ちで瞳を伏せる。そしてすぐにフィンは空を見上げた。


この空の下に愛する人がいることを祈って―――――


                                     



[149 楼] | Posted:2004-05-24 09:17| 顶端
雪之丞

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【三章・ここはレンスター】


空が今にも泣き出しそうなせいか、街は人通りが少なかった。

露天商もすこしずつだが店をたたみ始めている。そんな街中を歩く二人の男女がいた。


「フィンにも困ったものだな・・・」

街を歩きながらグレイドがポツリともらす。

「フィン様は多分奥様のことを心配されているのですわ・・・」

うつむきながらセルフィナが答えた。

「あいつが、王女様を妻にしているとはな・・・」

フィンと長い間親友をやっているグレイドはにわかに信じられない。

「あら、フィン様は真面目でステキな方ですもの。侍女たちがいつも噂していますわ」

「その侍女たちもアイツがあの歳で妻帯者とはまさか思うまい」

「それは・・・・そうですわね・・」

ちょっとおもしろそうにセルフィナは頷いた。

「ところでその目的の店はまだなのか?」

「あ、そうなのです。街の入り口近くにあるものですから。父上ったら、ここの紅茶じゃないと

嫌だなんてわがままいって・・・困ったものです」

「なに、それくらい聞いて差し上げるがいいだろう。・・・少し急ぐか、雲行きが怪しいからな」

「ええ、そうですわね」

二人は足を速めた。


◇ ◇ ◇


レンスター城下町の入り口までくるとますます人気がなくなっていた。

この間の晴天の日の活気が懐かしい。

「街の門をみるなんて久しぶりだ・・・・」

「そうですわね。最近は忙しくて城にこもりっぱなしですもの」

「それは、フィンも一緒だ。あいつも表には出さないが相当まいっている・・・」

「・・・フィン様の近状は悲報で溢れていらっしゃる・・・・見ていて辛くなります」

「そうだな・・・ん?」

グレイドの視線が街の門の傍で何かを捕らえた。

「グレイド様?」

いぶかしげにセルフィナはグレイドを見上げ、グレイドの視線の先を見やる。


そこに白のローブをまっとた人の姿が見える。街の者ではないのはあきらかだった。

足取りも重い。

「あの方は・・・?」

「街の者ではないな・・・しかし、この時期に国境を越えてきたというのも・・・・」

「トラキアではありませんわよね?」

「・・・少し話を聞いてみる。セルフィナ、君は離れていろ」


◇ ◇ ◇


「失礼ですが・・・・」

グレイドが慎重に話し掛ける。

だが、白のローブの人物はこちらをふりむいたと思ったと同時にその場に崩れた。

「!!」

あわてて駆け寄り抱き起こす。

そこでグレイドは初めてローブをまとった人物が女性である事に気づいた。

「おいっ!大丈夫か!!」

女の顔は真っ青を通り越して土気色をしている。何かあったのはあきらかだった。

「どうした!?何があった?」

グレイドは必死に女に話かける。

セルフィナも様子がおかしい事に気づいて駆け寄ってきた。


「・・・ここは・・・?」


女が消え入りそうな声で尋ねてくる。

「え?」

グレイドは聞き取れなかった。変わりにセルフィナが答えた。

「ここは、レンスターの街です」

「・・・レンスター?ここはレンスターなのですか!?」

「ええ。そうです。あなたなにが・・・」

「あぁ・・・よかった・・・・レンスターに・・・ついた・・のですね・・・・ここが・・・・」

女は安堵したのか体の力をぬいた。グレイドにぐっと体重がかかる。

「俺は、グレイド。こちらはセルフィナ。何があった!?この国の者ではないみたいだが・・」

グレイドはさっきからこの女が、ただの旅人には見えなかった。

金髪で琥珀色の瞳。姿はボロボロだが、あきらかに高価な身形。どこかの貴族としか思え

なかった。

しかし女は、何故か二人の名前が気になったらしく口で呟いている。

「グレイド・・様にセルフィナ様・・・もしかす・・ると・・・騎士、フィンをご存知・・では・・?」

女が苦しそうな顔で尋ねてくる。

二人は驚きを隠せない。何故ここでフィンの名前が・・?

女は二人の様子から知っていると確信したらしく言葉を続けた。

「名乗\りが遅くなって申し訳・・ございません。わた・・くしはノディオンのラケシスと申します

・・フィンに・・・・」

そこで女―――ラケシスは気を失った。

だが二人は名前を聞いて事情を理解していた。

「この方が・・・」

セルフィナは驚いていた。

「!!セルフィナ」

グレイドの服に血が滲んでいる。

「え・・・・・!この方・・怪我を!」

「セルフィナ!先に行って城に・・フィンに知らせを!」

「わかりました!」

セルフィナが駆け出す。


空からはポツポツと雨が降り始めていた。


◇ ◇ ◇


廊下の向こうからこの部屋にむかって駆けてくる音がする。

グレイドは確認しなくても誰の足音かわかっていた。

バタン!!と乱暴に扉が開いた。

「静かにしろ。怪我人だぞ・・」

しかしフィンはグレイドの声はまるで聞こえていないかのように無言で王女の眠るベッドに

歩み寄っていく。


フィンはその姿をとらえて瞳を大きく開いた。

ベッドの上に眠る人は、少しやつれてはいるものの間違いなくラケシスである。

シレジアで別れてから髪を伸ばしたのか、美しい金髪は記憶の中のラケシスより長い。

そして、いつも自分を見つめてくれていた琥珀色の瞳は今は閉じられていた。

唇が震えながらも言葉を紡ぎ出す。


「ラケシス・・・」


グレイドはフィンの声を聞いて横たわる人がフィンの妻当人であることを確認した。

扉の傍に立っているセルフィナに視線をやり、お互いに頷く。

そして、そっと部屋を出て行った。

パタンと後ろで扉が閉じる音を聞いてフィンは、ラケシスと二人きりになったことに

気づいた。

近づいて、ラケシスの手をとる。その手にはフィンが婚姻の証に贈った青い石のついた

指輪が光っていた。その装飾はメビウスと呼ばれ、永遠を意味するものだ。


「無事でよかった・・・・」

手の甲に口付ける。

「本当によかった・・・」

涙が頬を伝う。


外では雨が本格的に降り始めていた。


 
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【四章 ・名前を呼んで】


空は美しく晴れわたっていた。

先日のように雲ひとつなくというわけでわないが、今日は今日で空をキャンパスに雲の

美しい絵が描かれているようで良かった。

鳥のさえずりも美しく、もうすぐこの間植えた花が芽を出すんじゃないかしらとセルフィナは

思った。

今、セルフィナはレンスター城の客室の一つに控えていた。

客室の主は昨日気を失ってからまだ一度も目覚めていない。

外を眺めながら主の目覚めをじっと待っていた。


「う・・・ん・・」

ラケシスが声をあげた。どうやら目覚めたようだった。

「あら?・・・気づかれましたか?ラケシス様」

やさしくセルフィナが問い掛ける。

ラケシスはまだ意識がはっきりしていないらしくぼんやりとセルフィナを見つめてくる。

「脇腹の傷は昨日、ライブで塞がせましたが・・どうですか?痛くありませんか?」

こくっとラケシスが頷く。

「そう、それはよかった!もうすぐフィン様がいらっしゃいます。ゆっくりなさっててください」

セルフィナの口からフィンという言葉を聞いてラケシスは覚醒したようだった。

いきなりガバッと起き上がる。

「そうですわ!わたくしレンスターについて・・それで・・・・ここは・・・・?」

「大丈夫。ここはレンスター城です。あなたは辿り着かれたのです、ラケシス様」

「え・・それでは・・・」

セルフィナが頷く。

「気を失っておられたからお気づきにならなかったでしょうが、フィン様は昨夜この部屋で

ラケシス様のことをずっと見ておられましたのよ。今は、陛下に呼ばれてここにおりません

が、直に参られます」

ラケシスが大きく息をつく。

「そう・・そうでしたの・・・・・」

「だから、安心なさって下さいね。今、何か食べるものを持ってまいります」

そう、言い置いてセルフィナは部屋を出て行った。


◇ ◇ ◇


ラケシスはセルフィナの去った部屋で窓の外を見た。美しい城の庭が見える。

(ここがフィンの国・・・)

いつだったか、ハイラインの傍にある海岸でフィンから話をきいて夢見た国に、ついに

やってきた。

まぶしい太陽を見上げる。その背景は透き通るような青だった。

(空が青いわ・・・紅くない・・・)

ラケシスはつらそうに瞳を伏せた。あの惨劇の悲鳴が聞こえるような気がする。

(紅い空・・・あの空の下でどれだけの人が死んだのだろう・・・・)


「・・・・・様。ラケシス様!」

ハッ・・と我に帰る。

「あ・・・ごめんなさい・・・」

「いいえ、何か考え事をなさっていたのでしょう?大変だったそうですものね・・・どうぞ」

テーブルにスープなどを並べえるとセルフィナがスプーンを渡してくれる。

「ありがとう・・・」

用意された食事に視線をうつす。そしてふと、手がとまった。。


(・・・食べ物を食べるのは何日ぶりなのかしら・・・必死に逃げて逃げて、記憶にあるのは

水を口にしたことぐらい・・・・最後に食事をしたのはシグルド軍の皆とだった・・・)


耳に炎の音がする。剣の折れる音も。恐怖に嘶く馬の声が。


(あのひとたちはもういない・・・あかく染まって動かなくなった―――)


あの赤。血の赤。炎の赤・・・すべてが鮮明に蘇ってくる。


――――もう・・・・誰も帰ってこない・・・


ラケシスのスプーンを持つ手が震えている。

おかしく思ったセルフィナが声をかける。

「ラケシス様・・・・?」

カラン・・・・とラケシスの指からスプーンがおちた。

そしてセルフィナは驚く。ラケシスの顔色が蒼白になっていた。

「お医者さまを・・・」

慌ててセルフィナが立ち上がったところにフィンが戻ってきた。


「フィン様!ラケシス様が!」

「ラケシス!」

フィンが駆け寄ってきてラケシスの手をとる。

フィンもラケシスの手が震えているのに気づいた。ラケシスがポツリと呟く。


「みんな・・・死んだわ・・・」

「ラケシス・・・」

「空が真っ赤だった・・・いえ・・大地もあかくて・・・・・・悲鳴が聞こえて・・・」


ラケシスの琥珀色の瞳から涙がこぼれる。もう、限界だった。


「・・・怖かった・・・もう終わりだと思った・・・」

ラケシスが声をあげて泣きはじめた。

フィンはラケシスの心を察して強く抱き寄せた。

するとラケシスは緊張の糸が切れたのか何度もフィンの名前を呼びながら泣きじゃくった。

「フィン、フィン・・!会いたかったの。もうどうすればわからなくて・・・そうしたら皆が

レンスターへ行けと・・体を張ってわたくしを逃がしてくれた・・あの人たちはもう、きっと・・・」

ラケシスの泣き声が大きくなる。今まで以上に強く抱きしめながらフィンが言う。

「もういい・・・もういいんです・・・何もいわなくて・・・辛かったでしょう・・・」

必死に言うけれどそれはラケシスには届いていていないのかもしれなかった。

腕の中のラケシスはぽっきりと折れてしまいそうなほどに細くなってしまっていて、フィンは

胸を締め付けられた。唇をかみ締める。いったい何が起きればこんなにも人を痛めつける

ことができいるというのか。


「フィン・・・・フィン・・・傍にいて・・・」

「ここにいますよ」

「わたくしの名前を呼んで・・・・・」

「ラケシス・・・ラケシス・・・もう、大丈夫です。もう、一人にしない・・・」

そう言うとフィンは胸に顔をうずめていたラケシスに上を向かせると口付けをした。

その唇はまだ、震えて青かった。切ないような、やりきれないような思いになって、さらに深く

かむように口付けた。


◇ ◇ ◇


階段の上にセルフィナを見つけたグレイドは声をかけた。

「セルフィナ!ラケシス様の容態は・・・どうした?」

セルフィナの瞳に涙がたまっている。

「・・・先程目覚められまして・・今はフィン様が・・・・」

「そうか・・・どうして泣いている?」

「・・・・ラケシス様・・・あんなに震えて・・・・一体何があったのかと・・・・・・」

「・・・そうか。だが、彼女にはこれからはフィンがいる・・・そうだろう?」

「ええ・・・・えぇ!そうです。・・そうです。何はともあれご無事でよかった・・・」

セルフィナが手で顔を覆う。

グレイドはそっと肩に手をおいた。


                                                     



[150 楼] | Posted:2004-05-24 09:18| 顶端
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【四章 ・その子の名前は】


空は夕焼けとなり、朝にさえずっていた鳥の声も聞こえなくなっていた。


今までの時間を取り戻すかの様に二人は抱き合っていつのまにか眠っていたらしかった。

フィンが目覚めた時、ラケシスはまだ死んだように眠っていた。目許の涙の痕が痛々しい。

顔色も先ほどではないがまだよいとは言えない。フィンは小さく溜息をついた。


だが、傍にいれなかったことを思えば大きな前進だった。

失ったものはこれから二人で取り戻して行けばいい・・・

ラケシスの長いまつ毛を見つめながらフィンは金髪をやさしく撫でた。

すべての感触が懐かしく愛しかった。

その時、ラケシスの肩がピクっと動いた。どうも目覚めたらしい。


「おはようございます、ラケシス・・・とはいっても夕方ですが・・・」

そういいながら額に唇を落とす。

ラケシスはくすぐったそうにしながらもおとなしくそれを受け入れていた。


「・・・夢ではないのね・・・」

「・・えぇ、夢ではありません。わたしはここにいる」

「わたくし・・・フィンにたくさん話さなければいけないことが・・・」

「無理はしないで下さい。これからはずっと一緒にいられます。あなたの心が落ち着いて

からゆっくり話しましょう」

そういいながらフィンは裸のままのラケシスを抱きしめた。そして続ける。

「今日、陛下に謁見してきました。陛下はあなたを快く迎えると、そうおっしゃって下さい

ました。もう・・・何のも心配しなくていいですよ」

「・・・そうなの。キュアン様のお父様ね・・・」

「えぇ。バーハラでのこともいつかお聞きしたいとおっしゃっておられましたが、無理に

急ぐ必要はない・・・安心してください」


「でも・・フィン・・・」

ラケシスはフィンの腕から抜け出すとまっすぐに見つめた。琥珀色の瞳と青い瞳が重なる。

「わたくしはあなたに、今話したいことがあるの。本当はもっと早く、言いたかったの

だけれど・・・」

「・・・?」


「わたくしね、フィンがシレジアからレンスターへ帰ったあと、子供を産んだの・・・」


「えっ・・・?」

「あなたの子よ・・・髪は私と同じ金色だけど、瞳の色はあなたと同じよ。男の子で、

デルムッドと名づけたわ」

「そ・・の・・デルムッドは今は・・どこに?」

驚きつつも状況を飲み込む。

子供・・・ラケシスが生んでくれた子供がいるのだ。

「シレジアを出たあと、セリス様と同じくオイフェとシャナンとエーディンに預けたわ。戦場に

子供はつれていけなかったから。今は・・・イザ-クにいるはずなの・・・」

「・・・そうなのですか・・・」

「フィン?喜んでくれる?」

「えぇ、もちろんです、ラケシス。いきなりだったから驚きましたが・・・一人で生んで大変

だったでしょう?」

「うん・・・でも、皆がいてくれたから・・・・」

「そうでしたか。・・・ラケシス、平和な時代がきっときます。そうしたら二人でデルムッドを

迎えにいきましょう」

「はい・・・」

ラケシスはほっとしたのかまた泣き始めた。抱き寄せて髪を撫でてやる。


「ずっと・・・空に祈っていたんです・・・あなたが無事でありますようにと・・・・」


フィンがラケシスを強く見つめる。

「無事でよかった・・・・・。」

再度強く抱きしめた。


                             



[151 楼] | Posted:2004-05-24 09:19| 顶端
雪之丞

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>>メビウス                                     巡礼者シリーズ
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【一章 ・思い出】


フィンとラケシスの別れの日が、ついにあと一日というところにまで迫っていた。

最後だからといって、何かを変える事をラケシスは望まなかった。

朝起きて、一緒に訓練をして、街で買い物を。夕食を食べて、いつものように暖炉の前の

ソファで語らう。

でもすべてが最後なのだと思うと日常も、結局は非日常だった。


◇ ◇ ◇


琥珀色の大きな瞳に暖炉の炎が映っていた。

何かに魅入られたように炎を見つめる。パチンと薪がはじける音が響いた。

ソファの後ろでガラスの擦れ合う音がする。フィンがグラスと一緒に飲み物を運\んできた。

「水でいいのですか?」

「え?あ・・・えぇ」

あわてて暖炉から目を離してフィンを振り返った。

「どうぞ」

「ありがとう」

グラスを手渡すとフィンはラケシスの横に腰を下ろした。

ラケシスは手渡されたグラスから口へと水を流し込む。ずっと暖炉の前にいてノドが乾いて

いたので冷たい水が心地よかった。

「いつも水を飲むんですね」

「えぇ、あまり甘いものとかお酒の類は好きじゃないの」

「だからこんなに痩せているんですか」

「え?」

思わず自分の身体に目をやる。あまりスタイルを意識したことはなかったが、確かに

自分は大柄なほうではないかもしれない。

「・・・そうかしら?でも皆こんなものじゃない?」

ラケシスはフィンを見る。

フィンはそれに返事を返さずにラケシスの手首を手にとった。指が軽く手首を一周する。

「折れてしまいそうです・・・よくこんな腕で剣を振れますね」

不思議そうに呟きながらそのまま手を引いて抱き寄せる。

「剣を振るには確かに力もいるけど重要なのは技なのよ」

面白そうに答えてフィンの胸に顔をうずめた。フィンの香りがする。

「そうかもしれませんが、でももう少し食べないと。見ていてこちらが心配になります」

「・・・ふふっ」

「どうしました?」

「フィンはわたくしのことを心配してばかりいるのね」

「それはラケシスがわたしに心配をかけるようなことばかりをするからですよ」

少し釈然としない様子でフィンが答えた。胸に響いて伝わる彼の声の振動をあてていた耳で

感じ取っていた。

「そうね、わたくし悪い子みたいですわ」

くすっと笑いながらまるで反省していない返答を返す。


人に、心配をかけないように、決して誤まらないようにと、そうやって王族らしく心を

研ぎ澄まして生きてきた日々はフィンと出会ってから変化したように思う。

ラケシスはなぜか、フィンの前では初めから、ひどく泣いてしまったり、ひどく落ち込んだり

して心配をかけた。

それが当初は情けないと感じていたけれど・・・最近はそうではないのだと思えるように

なった。

人は無理やりに微笑むことは出来ても、無理やりに涙を見せることは出来ないのだ。

涙は自然と、流れる場所を選ぶのだから。

そしてその場所とは心を許した人の下・・・つまりはそういうことなのだろう。


「ごめんね?心配ばかりかけているわ」

胸元から見上げてくるラケシスに少しフィンは苦笑した。

「本当にそう思っていますか?」

「もちろんよ。・・・でもどうか許してね」

そういってそっと金のまつげを伏せた。


(・・・明日はきっと心配をかけないから・・・泣かないから・・・)


ゆっくりともう一度瞳を開く。

「・・・ねぇ、フィン・・・?」

「はい」

「今日はこうやってずっと話をしましょうよ」

胸にうずめていた顔をあげてフィンの青い瞳を覗く。青い瞳がやんわり細められて

「いいですよ」

とやさしく言った。


◇ ◇ ◇


会話は弾んでいた。

お互いの故郷や昔の話、友達の話・・・そして今はラケシスの母親の話だった。

「では、ラケシスは小さい頃は街で暮らしていたのですか?」

「わたくしの母様は王宮の侍女だったの。父様の寵愛を受けたのだけれども、妊娠している

事がわかるとすぐに王宮をたったみたい」

「・・・王宮を去られた?」

「その時にはエルト兄様のお母様がいらっしゃったし、遠慮もあったのだと思うわ・・・

それに、事情が事情だからそれ以外にも色々あったと思うのよ」

「そうなのですか・・・」

「母様は、本当はわたくしを平民の一人として育て上げるつもりだったのだと思うわ・・・

でも・・・」

「でも?」

「母様は治る見込みの無い病気になったの。わたくしとと二人暮らしだったから・・・

亡くなったらわたくしが一人になってしまうでしょう?だから父様にお話を・・・」

一度言葉を切る。

「父様がはじめて家を尋ねてきた時を今でも覚えているわ。母様から大事なお客様が

来るから外で遊んでいなさいといわれて近くの丘で一人で遊んでいたの。立派な馬車が

来てね、そこから下りてきた人が父様だった。それに兄様も一緒だったわ」

懐かしそうに話をする。フィンはラケシスの声にじっと耳を傾けていた。

「でも、そのときはお話しなかったの。父様とお口をはじめて聞いたのは母様の葬儀の

時だった。わたくしはまだ小さくて、母様が死んだことを認めたくなくてわぁわぁ泣いて

いたわ」

少し自嘲気味な表情をラケシスが見せた。フィンはラケシスの髪にそっと触れる。

「・・・母上が亡くなってさみしかったのですね」

「えぇ、ずっと二人だったから。父親のいない子とは世間では白い目で見られがちで・・・

いつもわたくしは仲間はずれにされてて・・・母様だけが、味方だったわ」

少し寂しそうな顔をして目を伏せた。誰からも愛されていたノディオンの姫にこんな過去が

あるなんて誰が想像しただろう。ぎゅっと細い身体を抱きしめる。

「・・・母様は・・・最後の最後までわたくしのことを心配していたわ」

「・・・そうだったのですか・・・」

「えぇ。でも、わたくし幸せだから今はもう、母様も心配していないわね。きっと」

ラケシスはやんわりとしていた母の姿を思い出して微笑した。


◇ ◇ ◇


「それから、王宮に住まうようになってからは必死だったわ。王女様らしくなろうって。

でもその努力の日々もフィンの前では意味がなかったわね」

その言葉にフィンは一瞬戸惑った。心当たりがないのである。

「それはどういう?」

「出会ったときからずっとのことよ。わたくし泣いてしまったり、心配ばかりかけて」

「あぁ・・・」

そういうことを言いたかったのか。フィンは納得した。

「あれはわたしの前だけだったのですか。普段からなのかと思っていました」

「もうっ、わたくしいつだって本当は泣き虫じゃないって言ってたじゃない。聞いていなかっ

たの?」

少し怒った顔をして見上げてくる。

「もちろん、聞いていましたよ」

ただ、強がりで言っているのだと思っていたのだ。

でもそうでなかったと知って、ラケシスはいつだって自分を見せていてくれたのだと思うと

嬉しかった。

少しすねた顔をしているラケシスににこっと笑うと頭をなでた。


   
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【二章 ・未来に連なる】


「フィンは?」

「え?」

「フィンはどんなところで育ったの?」

ラケシスがフィンの瞳を覗きこんでくる。聞きたい、と顔に書いてあった。

「わたしは、レンスターで生まれてレンスターで育ちました」

「それは知っているわよ。どんなお家だったの?家族は?」

「・・・私の家はレンスターの公爵家です。」

「えっ!?フィンは貴族なの!?」

「お恥ずかしながら・・・」

「知らなかったわ。フィンいつも身分を気にしていたけど全然気にする必要ないじゃない」

あきれた顔をする。

「確かに私は公爵家の出ですが、今は領土はあってないようなものですから」

「何故?」

「私の父はランスリッターの隊長でした。でもその父も私が幼い頃にトラキアとの戦で戦死

しておりす。その後一年をまたないうちに母は病でこの世を去りました。私は父のような

騎士になりたかったのですが、公爵家の当主になればそれ以外の重責が多くなります。

それを知った国王陛下が私を王家預かりにしてして下さったのです」

「国王陛下が?」

「はい。多分、陛下は早くに父を失った私に同情してくださったのでしょう。それに私の父は

キュアン様の槍の教師も務めておりましたので、キュアン様が父にかわって私を育てると

いって私を騎士に強く望んで下さったのです」

「そうだったの・・・今、お家はどうなっているの?」

「さぁ・・・今は誰か身内が勝手にやっているでしょう」

「さぁって・・・フィンは正当な当主になる権利を持っているのに・・・・それでいいの?」

「私は、レンスターの騎士として、キュアン様を、そしてレンスターを守れたらいいのです。

先祖から与えられたものではなく自分の力で騎士としての存在を証明したい。父のように」

フィンの瞳はまっすぐにラケシスを見つめる。曇りの無いきれいな目だとラケシスは思った。

ふとやわらかく笑ってフィンの頬に白い指を滑らせる。

「きっと、もうなっているわ。」

体の向きを少し変えてフィンと向かい合う。

「わたくしはフィンは立派な騎士だと思うわ。いつだってわたくしを守ってくれた」

「ラケシス・・・」

「今度はレンスターを守って、お父様にいいところ見せないとね。」

軽くウインクをしてみせる。

「・・はい」

優しく微笑む。きっと父は喜んでくれているだろう。今、自分はこんなにも幸せだ。


◇ ◇ ◇


いつのまにか時刻が3時をまわっていた。

だんだん二人に別れが近づいていた・・・

窓の外には雪が降っている。明日もきっと積もるだろう。

そしてフィンはこのシレジアを発ち雪の上には、足跡だけが残る・・・・


足跡だけが・・・


いきなり大人しくフィンに身を預けていたラケシスがぴくっと肩を揺らす。

「・・・?ラケシス・・・?」

フィンの位置からラケシスの顔は見えない。

だが、何か緊張しているようなそんな雰囲気だった。


ラケシスはつかのまの楽しい会話に忘れていた別れの恐怖を思い出してしまっていた。

唇に手を当てる。

(本当に、明日・・・いえ今日、フィンと別れれるの?)

(泣かずに?笑顔で?こんなにも好きな人が行ってしまうのに?)

ラケシスの中にあるのは過剰とも思えるほどの別れへのおびえだった。

本当に人はいつ、どうなってしまうのかわからないのだとずっと味わってきたから・・・

だからこんなにも不安になる。

たまらなくなって頭を振ると顔をあげた。


「・・・フィン、朝が来てもわたくしは見送らないわ・・・」


いきなりの言葉にフィンが驚いたようにラケシスを見た。

それを琥珀色の瞳で見つめ返す。


「だから・・・眠っているうちに・・・行って・・・」


フィンはしばらくじっと黙っていたがすぐにやさしく目を細めた。

「・・・わかりました」

そっとキスを額にくれる。

「本当は・・・笑って見送ろうって思っていたのにね・・・ごめんね」

「そんなにあやまらなくてもいいですよ」

フィンは涙ぐんだラケシスの腰を引き寄せると額と額をあわせた。

「ラケシスは泣き虫ですね」

「な・・・ちが・・」

目に涙をためながら説得力のない抵抗をする。

それにフィンは笑うとすぐに真顔にもどった。

「そんなに、否定しなくてもいいではないですか。悲しいときには泣けばいいのです。何も

無理をする必要はないですよ」

その言葉に少しラケシスの表情がかわった。


「・・・じゃあフィンは・・・?どうして泣かないの・・・?」


言葉に、フィンは驚いく。

「わたくし、フィンの前ではうろたえてばかりで、でも、いっぱい本当のわたくしを見せたわ。

フィンは違うの・・・?わたくしにはフィンの辛いことや悲しいことを教えてはくれないの?」

次第に驚いた表情をとくとフィンはラケシスに口付けた。

「もちろん、悲しいこともありますよ。特に、今日は本当に。あなたと別れなければいけない

から・・・」

そういいながらラケシスの左手を手に取る。

「でも・・・わたしは必ず再会できると、そう信じています。だから耐えられる」

「・・・フィン」

「ラケシスはメビウスの輪のことを知っていますか?」

「メビウス?」

「この、指輪の装飾のことです。」

フィンが指輪をそっとつまむ。指輪には数字の8の字を横にしたような装飾が連なって

施されていた。

「メビウスは無限を意味します・・・離れても必ずめぐり合う・・・」

フィンの言わんとすることが理解できてラケシスはゆっくりと見つめた。

「・・・・そうなの・・・?じゃあきっとまた・・・会える?」

「えぇ、必ず」

「なら・・・わたくしも信じるわ。あなたと必ず再会すると・・・きっと会いに行くと・・・」

ラケシスがやっと安堵したように微笑む。

お互いの言葉が交わされるのはそれまでだった。


沈黙の中で時計ばかりを見つめていた。

一秒一秒確実に時は過ぎて・・・・

そして、いつのまにかラケシスは眠りに落ちていった・・・・・・・・


◇ ◇ ◇


フィンはラケシスの寝息が聞こえ始めると、少し寂しそうに目を細めてソファーから

ラケシスを抱えあげた。ベッドに横たわったラケシスにそっと布団をかけて自分も横になる。

でも、自分は眠れないまま夜明けを迎えることになるだろうとフィンは思っていた。

横ではラケシスが規則正しい寝息をたてている。


『フィンは違うの・・・?わたくしにはフィンの辛いことや悲しいことを教えてはくれないの?』


さっきの言葉を思い出してかすかに笑う。そして小声でささやく。

「あなたの前では・・・あなたがいつでも頼れるような・・・そんな人物でありたいのです・・・」

それは子供の強がりに似ているかもしれなかった。

そんな自分に思わず苦笑しながら、ゆっくりと身を起こすと、うつぶせて眠っているラケシス

の背に耳をあてた。

伝わってくるほのかな暖かさが愛しかった。


                                                        



[152 楼] | Posted:2004-05-24 09:20| 顶端
雪之丞

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【三章・新しい日々と、命と】


空が白み始めていた。

出立の時間が近づいていることに気づいたフィンは服を着替えはじめる。

シャツに手を通すだけの何気ない動作も惜しむようにゆっくりだった。

傍ではラケシスが長い金のまつ毛をふせて眠っていた。


結局予想したとおり、フィンは眠れないまま夜を明かしていた。

何をするわけでもなかったが、ラケシスの横で彼女の寝顔を見つめていた。

色々なことを考えたけれど答えは出なかったように思う。

最後に白い厚手のマントを羽織るとフィンはベッドへと近づき腰を下ろす。

キシっとベッドが寂しそうに軋んだ。

そっと手を伸ばしてラケシスの額から頭にかけて撫でてみる。心地よい髪の感触が

伝わってきた。


どうか、お互い無事で再会できますように・・・・


願った瞬間外の木の雪が地面に落ちる音がした。日が昇り始めて出立の時間がもう

間近だ。

フィンは自分の感傷的になっている部分を振り払うようにスッとベッドから腰を上げた。

そのまま踵を返して部屋を去ろうとする。

「フィン・・・・」

ラケシスが自分の名前を呼んだ。

フィンは引き返してラケシスを見たがまだ眠っていた。

その様子に苦笑してフィンはラケシスの唇に自分の唇を合わせる。

そして今度こそ部屋からそっと出て行った。

決して振り返らずに―――


◇ ◇ ◇


鳥のさえずる音がしていた。

ラケシスは恐る恐る目を開いて横を見る。横に人影は見えなかった。

だが、かすかなシーツの皺が確かに昨日はそこに人がいた事を知らせていた。

ふぅっと軽く、でも長い溜息をつく。

フィンは行ってしまったのだ。約束通り自分が眠っているうちに。

ころっと寝返りをうってラケシスは昨日フィンが横になったであろう場所に自分の身体を

重ねた。ぬくもりはもうなかったけれど、それでも昨日フィンがここにいたのだと思うだけで

よかった。


コンコン


ためらいがちに部屋がノックされる。体の向きを変えて扉を見た。

「・・ラケシス?起きているか?」

「アイラ?」

意外な人物の訪問に驚く。

「その・・・入ってもいいだろうか。」

ためらいがちにかけられる声。

「えぇ。もちろんよ」

その返事に扉がそっと開かれた。

閉められたカーテンから差し込む光が入ってくるアイラの姿を照らした。美しい黒\髪が光に

きらめいている。アイラはベッドの上にラケシスの姿をみつけると近づいてきた。

「・・・・思ったよりも元気そうでよかった。」

「心配してくれたのね。ありがとう・・・・でも大丈夫」

かすかに微笑む。

「寂しいけれど、お互いやることがあるもの・・・仕方ないわよね」

「・・・そうか」

「それに、マスターになったらレンスターに自慢しにいくことになっているもの。その日は

かなり近いわ」

クスっと面白そうにアイラを見た。

その顔にアイラは安堵したのか、もう一度そうか、と言うとラケシスの髪をくしゃっと撫でて

立ち上がった。

「後で、シグルド殿のところに顔を出した方がいい。見送りに来ていなかったと心配

していた」

「そうでしたの。わかったわ」

ラケシスはあわてて身体を起こしてベッドから降りる。


そこでいきなりくらっと体が揺らいで膝をつく。


「ラケシス!」

あわててアイラが近づいてくる。肩に手をおいて心配そうに覗き込む。

「大丈夫か!?」

「えぇ・・・・・少し目眩がしただけ・・・」

「もう少し横になっていたほうが・・」

「いいえ、平気よ。それに最近よくあるの。気持ち悪かったりもするけど、すぐに治るから」

そういって立ち上がってクローゼットに着替えを取りに行く。

アイラはラケシスの発言に口をぽかんと開けていた。


(・・・それって・・・・)


アイラには今のラケシスと同じ体調になったことが過去にある。

忘れもしない一年前。

数ヶ月前に生まれた双子を妊娠していることがわかったときのことだ。


「ラケシス・・・・」

少し驚きながらも声をかける。

「なぁに?」

ラケシスが振り返る。金の髪が気持ちよさそうに揺れた。

アイラは心当たりを告げる。


「え・・・・」

ラケシスの驚きの声が部屋に響く。


雪深いシレジアに春が来るのはもうまもなくである。


  



[153 楼] | Posted:2004-05-24 09:21| 顶端
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【前編・知らせ】


雪国シレジアでは、逃亡中であるといことを除けば比較的に穏やかな日々が続いていた。

たとえば、シャナン王子の剣の腕の目覚しい成長だとか、恋人になる者が増えたとか・・・


◇ ◇ ◇


「ま、フィンには関係のない話よねぇ~」

エスリンがわざとらしくフィンに話題を振る。

先日レンスター夫妻はレヴィンからフィンとラケシスが付き合っていることを知らされた。

もちろんおめでたい内容ではあるが、フィンが直接教えてくれなかったことにエスリンは

拗ねていた。

「エスリン様・・・ですから、別に隠していたわけでは」

「えぇ、知っているわ。でもわたし、さみしかったな~フィンなら一番に私やキュアンに

教えてくれると思ったのに・・・」

「申し訳ありません」

笑顔で少し困ったような顔をして返事をする。

(言ったらこうやってからかわれるのが目に見えてるから言わなかった・・・とはさすがに

言えませんね・・・)

内心どうしたものかと思案していると、主のキュアンが部屋に戻ってきた。

「キュアン!お帰りなさい」

エスリンが飛んでいってお帰りのキスをする。これ位はもう見慣れているのでフィンは何も

言わなかった。

「・・・ただいまエスリン、フィン」

少し疲れたように言いながらキュアンはソファに腰を下ろした。

「シグルド様とのお話はもう、済んだのですか?」

「ん?あ、あぁ」

今日、キュアンは朝から、シグルドに大事な話があるからと出かけていた。

そのときから気になっていたのだが、キュアンにいつもの元気がない。

こんな主君を見るのは珍しかった。エスリンもたぶん気づいているだろう。


「キュアン様、何かあったのですか?先程からあまり元気がないように見受けられますが」

「え・・・?」

キュアンは気づいていなかったのか意外そうな声をあげた。

「そうよ、キュアン?確かに最近、元気がないわ・・・どうしたの?」

エスリンが心配そうに声をかける。

「そうか・・・。あまり表には出してないつもりだったのに・・・」

キュアンが自嘲気味な声を出す。ふうっとため息をつくとフィンを見上げた。

「・・・フィン」

「はい、キュアン様。」

「今日、お前に大事な話がある。夕食が終わったらおれの部屋に来てくれ」

「かしこまりました。それでは失礼いたします」

フィンは一礼して退室した。

「・・・キュアン?」

エスリンが不安そうに近づいてくる。キュアンはエスリンの手を引いて横に座らせた。

「エスリン、君にも話がある」


◇ ◇ ◇


パタンと後ろで扉が閉じる。フィンは廊下に立ち尽くした。

(大事な話・・・まさか・・・)

ある不安が胸によぎる。

でも、まだ聞いたわけではない、きっと違う・・・そう、心に言い聞かせてフィンは

ラケシスとの夕食の席へ向かった。

彼女ととる夕食は楽しかったが、どうしてもキュアンのさっきの言葉が気になりどこか

うわの空だった。


◇ ◇ ◇


「失礼します」

フィンはキュアンに命じられたように、夕食後、彼の部屋を訪ねた。

「・・・フィン、来たか。こっちへ」

キュアンがフィンを厚手の生地の張られたソファに促す。

一礼をして腰をおろすとキュアンも向かいの椅子に腰をおろした。

そしてしばらく椅子に深く座り込んで考え込んでいたが、ついに口を開いた。


「フィン・・・ラケシス王女のことが好きか?」

いきなりな問いにフィンは心底驚く。

でもキュアンの顔は真剣で、からかっているようには見えなかった。

「・・・はい」

かすかに照れながらも真剣に答える。

「そうか・・・」

キュアンがその言葉を聞いて困ったように微笑んだ。

「キュアン様?」

「・・・今日、お前にしようと思っている話は・・・ラケシスのことも関係がある」

一度口を噤む。

(やはり・・・もしかして・・・・)

フィンはキュアンがこの先何を言うか想像がついた。

でも、それを言って欲しくない・・・

「今日、シグルドと話をしてきた。・・・3ヶ月後に・・・」


(言わないで下さいキュアン様!)

ぎゅうっと瞳を閉じる。

だが、言葉は続けられた。


「・・・我々はレンスターへ帰国する」


  
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【中編・約束】


「わかりました・・・」

消えるような声でキュアンに返事をして退室したフィンはぼんやりと廊下を歩いていた。

(ラケシスに・・・なんと伝えよう・・・・・・・)

彼女はおそらくシレジアに残ると言うだろう。アグストリアのことがある。

フィンと一緒にレンスターに行ける身ではないのだ。

立ち止まって天上を見上げる。その左側にある窓からは雪が降っているのが見えた。


◇ ◇ ◇


どこまでも続いている様な気がするセイレーン城の廊下を一人、ラケシスはランプを持って

歩いていた。

夕食の席でのフィンの様子がどうしても気になったから彼に会いに行こうと思ったのだ。

主から呼び出しを受けているといっていたが、そろそろ部屋に戻っているかもしれない。

コツコツと廊下に響き、消えていく足音。少し怖かったがこの先にフィンがいると思えば

何も気にならなかった。

歩みを進めていくうちに、廊下の先に人影を見つける。

人影も、こちらに気づいたようだ。

でもこちら側からは暗くて人影が誰なのかわからない。そう、思っているうちに人影が

近づいてくきた。


「こんな時間に出歩くのは危ないですよ・・・」

「フィン・・・?」

暗闇の中を割って輪郭が現れる。青い瞳がランプに照らされて潤んでいるように見えた。

「しかもそんな薄着で・・・・風邪をひいてしまいますよ」

フィンは少し怒ったように言いながらラケシスの腕にまで下がっていた黒\のストールを肩に

かけ直してやった。

「フィンに会いたかったから・・」

どう、切り出せればよいかわからずラケシスはとりあえず本心を伝えた。

「わたしに?」

「えぇ・・・」

そして沈黙が訪れる。

フィンがどこか辛そうな顔をしているのにラケシスは気づいていた。

キュアンが何かを言ったのだろうか・・・

「とにかく、こんな時間に出歩いてはいけませんよ。部屋まで送ります。話は歩きながら

聞きますから」

ランプを受け取ろうとする。ラケシスの手にフィンの手がふれた。


「・・・それは、わたくしのセリフですわ」

苦笑しながらフィンの手をとった。氷のように冷たい手・・・・

「いったいいつから廊下に立っていたの?手が冷たいわ」

ランプが暗闇の中で光る。

二人だけが照らし出されていて、まるで、世界に自分達しかいないような感覚がする。

「・・・フィン、何かあったの?さっきからずっと元気がないわ」

「ラケシス・・・・」

フィンが名前を呼ぶ。ランプがキイキイ・・と鳴る音だけが寂しく廊下に響いていた。

「わたくしには話づらいこと?」

「・・・」

フィンは黙ってしまう。そうしてお互い黙って歩いているうちに部屋の前に辿り着いていた。

「フィン?」

促すように名前を呼ぶ。

フィンは悲しそうな顔をするとランプを持っていないほうの手でラケシスの手を握った。


「・・・レンスターに帰ることになりました」

囁くように小さな声だった。

だが、すべてラケシスの耳には届いていた。

ラケシスの心臓が強く脈打つ。

そんな・・・

赤い唇が震えた。

「いつ、帰るの・・・?」

「・・・3ヶ月後には・・・」


―――3ヶ月!


3ヶ月したら、このセイレーン城にフィンはいなくなる。

いつまでも続く気がする長い廊下を一人で歩く日がくる。

ラケシスは一瞬気が遠のいた気がした。愛しい人は行ってしまうのだ。

「・・・・フィンは行くのね・・・・」

消え入るような声でフィンに尋ねる。フィンの青い瞳にランプの光が揺れてそれが寂しさを

引き立てている。

「わたしは・・・レンスターの騎士です。主君の下を離れるわけにはまいりません・・・」

「・・・そうね、騎士だものね・・・」

ラケシスの瞳から一筋の涙が落ちる。

「騎士は嫌いよ・・・主君のためだと言って・・・わたくしを置いていったわ・・・」

亡き兄の姿が脳裏に浮かぶ。涙は続いてはらはらと落ちた。

「わたしは死にません」

フィンがラケシスの頬の涙をぬぐう。

「必ず、迎えに来ます。どうか信じてほしい」

そういって強く抱きしめられた。

息も詰まるほどに強い力だったがラケシスはもっと強く抱いてほしいと思った。

離れることがわかっているのなら、いれるだけ一緒にいてほしい。

そうして、いつか必ずわたくしを迎えに来て・・・

ゆっくりと唇をひらく。


「わたくしは・・・どうしようもなくあなたが好きだから・・・」

そっと首に手をからめる。

「だからずっと待っているわ・・・ずっと・・・」

引き寄せて口付ける。

ラケシスの背に回されていたフィンの手が肩まで上ってきてさらに口付けが深くなる。

身体が触れ合えば触れ合うほどに胸が苦しくなった。


                             
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【後編・ふたりの時】


夜が終わり朝がこようとしているその境目。

白んだ空が美しいその時間、フィンとラケシスの二人は生まれたままの姿でまどろみの

中にいた。

まどろんだ時ではすべてが可能となる。

どんな不可能もない。

人はそれを夢と呼ぶけれど・・・


◇ ◇ ◇


『・・・・さま・・!』

誰かに呼ばれた・・・そう思ってフィンは振り返る。

一面の花畑の中に自分は立っていた。

『おとうさま・・!』

小さな金髪の少女がこちらに向かって走ってくる。ラケシスだと思ったが、その子の瞳は

琥珀色ではなくて青かった。

『だめだよ走ったら。また転ぶだろう?父上も何か言ってやってください』

その少女の後ろからもう一人、金髪の少年が追いかけてきた。

『君達は・・・』

『おとうさま・・・これあげます・・!』

少女が天使のような笑顔で白い花束を差し出す。

フィンがそれを受け取ったかと思うと風が一面に吹いた。

花びらが舞う・・・・

むせ返るような花の香りの中、思わず目を閉じてふたたび開けるとそこに映ったのは

ベッドの天蓋だった。


◇ ◇ ◇


「・・・おこしちゃった?」

横で琥珀色の瞳がこちらを見ていた。頬に手の感触を感じる。

「・・・ラケシス・・・・?」

意識が覚醒してくる中でフィンは横にいる女性の名を呼んだ。

その様子にラケシスは目を細めて頬に沿えた手を動かしてやさしく撫でた。

「ふふ・・何か夢を見ていたの?」

そっと頬に唇を寄せてくる。

(夢・・・夢だったのか・・・)

フィンは夢を思い出そうとしたが、もう何か、ぼんやりと霞んで思い出せなかった。

身体をうつぶせに変えて、ラケシスと視線を合わせる。

「何か、夢をていました。でもうまく思い出せないようです・・・」

「夢ってそういうものじゃない?」

「そうですね・・・不思議な夢だったことは思い出せるのに・・・」

苦笑しながらラケシスの白い首筋に頬をあてる。

そしてしばらく髪をラケシスがなでているのを感じていたが眠気が去ってしまっていたので

上半身をベッドからおこした。

部屋の片隅に見える暖炉の火はすでに消えていて寒さが部屋を支配していた。

部屋を見渡しているうちに、フィンはふと思い出して傍にあった服のポケットさぐる。

ラケシスは何してるの?といった雰囲気で身体を起こしてきた。


「ラケシス、手を出してください」

「手?」

尋ねながらも手を差し出す。そこに青い石の美しい装飾の入った指輪がはめられた。

それはラケシスの白い手によく栄えた。

「フィン・・・これ・・・」

「式も、何もしてさしあげれないのが残念ですが・・・これでわたしの妻になっていただけ

ますか?」

「フィン・・・」

ラケシスの琥珀色の瞳が潤む。

「・・・もちろんよ!フィンありがとう・・・うれしい・・」

そう言って抱きつく。

「わたしもです」

そっとお互いに笑って口付けを交わす。

神父様がいなくても二人が婚姻の証人だと、ラケシスは心の中で思った。


◇ ◇ ◇


今日はさすがに朝稽古はムリだと判断したラケシスは横でフィンが着替えているのを

ぼんやりと見ていた。

「あ・・・」

「どうしました?」

上着のボタンをはめながらフィンが尋ねる。

「忘れてましたわ。さっき決めたのですけど・・・フィン、レンスターからわたくしを迎えに

こなくていいわ」

「えっ?!何故です?」

驚きながら振り返る。

「その前に、わたくしがマスターナイトになって自慢しに会いにいくことにしたの」

おもしろそうにしながらラケシスが挑戦的な瞳でフィンを見つめる。

「だから・・・」

起き上がってフィンの背中に抱きつく。

「だから、フィン。あなたはレンスターのことだけを考えなきゃ」

「ラケシス・・・・・」

「あなたは騎士なのだから・・・今までずっとそうやって生きてきたのだから」

背後で微かに笑う気配がした。

フィンは抱きついているラケシスの手にそっと手を重ねた。

言わんとすることを理解できて、彼女を愛しいと、そして大切にしたいと思った。

ラケシスはフィンのために騎士道を貫けと、そういってくれている。

「・・・騎士は嫌いだったのではないですか?」

明るく振舞おうとしてくれている彼女の思いを酌んで微笑で返す。

「えぇ、嫌いよ。でも、仕方ないじゃない。それ以上にフィンが好きだもの・・・」

ぎゅうとさらに強くだきしめてくる。明るくふるまっても、本音はさみしいのだ。

「・・・ありがとう」

「騎士の妻だもの、当然のことを言ったまでよ」

背中からは強気な言葉が返ってくる。それでも腕は当分はずされることはなさそうだった。


                                                                      



[154 楼] | Posted:2004-05-24 09:22| 顶端
雪之丞

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>>海をこえて                                     巡礼者シリーズ
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【前編・故郷をはなれて】


現在、シグルド達は天馬騎士と風使いの王国シレジアにいた。

シグルドは愛する故国グランベルから反逆者としての汚名を着せられアグストリアの北、

オーガヒルに追い詰められ、誰もがもうだめだと思ったとき、救いの手が差し伸べられた。

シレジアがシグルド達を迎えにきたのえある。

断る理由もなく、シグルドはラーナ王妃の好意に甘えることになった。

軍の皆は誰もがシレジアが初めてだった。

だが、誰の心も晴れてはいなかった。どんなにシレジアに思いを馳せてもこれは逃亡なの

だから。

ラケシスもその中の一人だった。アグストリアの事実上の崩壊。ラケシスは亡国の王女と

なった。

ついこの間までノディオンにいた日々が嘘のようだ。

あのときの誰もが海を越えることなど想像できなかった・・・


◇ ◇ ◇


シレジアへ向かう船の上で、ラケシスはアグストリアの大陸のほうをずっと見つめていた。

後ろから足音が聞こえてきた。

ラケシスは誰の足音かわかっていたので振り向かなかった。そして話かける。

「アグストリアが遠のいていくわ・・・・」

「・・・・・」

「兄様が愛したアグストリア・・・あそこは騎士の国だったわ。でも騎士が失われた今・・・

この結果も当然なのかもしれない・・・」

騎士でない男に王位を与えた瞬間から、この日に向けてひたすらに運\命の歯車は

回り続けていたように、今となっては感じられた。


後ろに立っていた人物がそっとラケシスの肩を抱いてきた。ラケシスはそのまま頭を

もたれかける。

「・・・アレスはレンスターにやって正解だった。あの子が大きくなれば・・・その時にはきっと、

アグストリアに・・・」

ぎゅうっと手をにぎりしめる。

「いつか・・・もう一度、美しいアグストリアの大地に帰ってくるわ・・・」

「・・・・必ずその夢はかないます」

青年―――フィンが言葉を紡ぐ。

「黒\騎士ヘズルの血統はいつかかならずアグストリアに帰るでしょう。それだけの力を

秘めています」

「フィン・・・」

ラケシスは傍らの男を見つめる。


「・・・シレジアが見えてきましたよ」

今まで真剣だった表情をなごませてフィンが後ろを振り返った。

シレジアの大陸が確かに見える。

「フィン」

「どうしました?」

心のなかで礼の言葉を述べながら、ラケシスは笑った。

「・・・なんだか大陸が白いわね」

「あれはきっと雪ですね」

「雪!まだこんな季節なのに・・・!」

「・・・寒そうですね」

苦い表情をしたフィンにラケシスはあら?と思う。

「フィン、寒いの苦手なの?」

「苦手と言いますか・・・レンスターが温かい国なので経験がまずないですね」

「そうなの。じゃあ着いたら雪で遊びましょうね。わたくし、雪うさぎつくるのうまいのよ」

「では見せていただきましょう。・・・その間、わたしは部屋でまっています」

ちらっとこちらを見てフィンが面白そうに笑う。

「まぁ!騎士が姫の傍にいないでどうするの!」

ぷうっとラケシスが頬を膨らませる。

「冗談ですよ」

「ふふっ!知ってるわ!」

ラケシスはフィンを見る。彼は私の心を和ませようとしてくれたのだ。

思わず真剣にじっと見つめる。騎士はどうしました?という風な様子である。

「なんでもないわ。フィン、ありがとう」

今度は素直に口に出して礼を言う。

フィンは一瞬驚いた顔をしてが、すぐに笑ってくれた。


 
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【後編 ・発覚】


そうやって、フィンとラケシスが船上で話をしているのを見てしまった者がいた。

シレジアの王子レヴィンである。

(あの二人やけに仲がいいと思ってたら・・・寄り添いあっちゃって!これは是非皆に

知らせないとな・・・!)

にんまり笑うレヴィンの背後に、懐かしい故郷シレジアが近づいてきていた。


◇ ◇ ◇


「想像していた以上ですわ・・・」

ラケシスが船から下りたと同時に呆然とつぶやく。その呟きにフィンを始めとする周りの

者達も賛成だった。

目の前に広がるのは見事な銀世界。吐く息が白くなっては消えてを繰り返す。

「まぁっ、すごいわねぇ、キュアン」

エスリンが夫を振り返る。

「確かに・・・レンスター育ちには厳しいな。ま、クズグズしていても寒いだけだ。

セイレーン城に向かうぞ」

キュアンの言葉に一同は雪に包まれているセイレーン城に向かって歩き始めた。


一番前を歩いていくのはシレジア王子のレヴィンだ。

嫌だ嫌だと言いながらも故郷に帰れたのは嬉しいのだろう。キュアンは微笑むと先頭を歩く

緑の髪の王子に話し掛けた。

「レヴィン」

「おっと~!なんていいタイミングなんだ!」

「いいタイミング?何故だ?」

キュアンとエスリンが同時にきょとんとする。

「ど~~~~しても、あんたに一番に言いたい事があってな!」

「なあに?」

エスリンが尋ねる。

「聞いて驚くなよ?」

ふふんと笑ってレヴィンがじらす。

「いいから早くっ」

エスリンがせかす。レヴィンは一息つくと口を開いた。

「・・・できてるんだ」

「何がだ?」

二人は仲良く首をかしげた。それを見て、レヴィンはわざとらしく咳払いをした。

「フィンとラケシスが」

『えっ?』

キュアンとエスリンの声がはもる。

「だから、フィンとラケシスが付き合ってるみたいなんだって!」


その言葉に、エスリンはこれでもかと言うぐらいに目を大きく開き驚いている。

キュアンは表情を変えないままゲイボルグを地面に落とした。ぼすっと雪に埋まる音が

する。

「いや~~~やるねぇ、フィンも!俺びっくりしちゃったよ!」

ははっとレヴィンが陽気に笑う。

エスリンが口をパクパクさせている。

「なっ・・・・・・なんですてぇ~~~~~!!!」

エスリンの叫びがシレジアの美しい風景に響き渡った。

ちなみにキュアンはまだ放心したままである。


◇ ◇ ◇


「あら?」

滑らないように足元を見ながら歩いていたラケシスが顔をあげた。

「どうしました?」

横で、雪道を歩くのを手伝っていたフィンがラケシスを見る。

「今、エスリン様のお声が聞こえなかった?」

「え・・・聞こえましたか?」

「えぇ、多分。大丈夫かしら?」

「キュアン様が一緒だから平気だとは思いますが・・・」

お互い何があったのかしらね、と暢気なものである。

もちろん叫びの原因が自分達だなんて気づいてもいない。

「どうやら城までもうすぐのようですね」

そういってフィンは目の前の丘の上に聳え立つ美しいセイレーン城見上げた。

「ほんと・・・あっ、ペガサス!」

ラケシスの指さす方向に見事な天馬の姿が二頭見えた。見上げていると羽がフワフワと

落ちてくる。

フィンはそれを上空で捕まえると、すっとラケシスに羽を手渡した。

羽はこの銀世界と同じようにまっ白で美しかった。天にかざして見ると羽が光を受けて

淡く発光したように見えた。

それを見上げてラケシスはかすかに微笑んだ。

これからどんな日々が待っているのだろうかと、まだ見ぬ日々に思いを馳せながら。


                                                          



[155 楼] | Posted:2004-05-24 09:23| 顶端
雪之丞

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【前編・告白】


不本意に始まったアグストリアでの動乱であったが、エルトシャンの刑死以降、シグルドは

シャガールを討つのになんの抵抗も感じなかった。弔い合戦なんて言ったらエルトは怒る

だろうなぁ、とぼやくように言うと、そうだな・・とキュアンが笑っていた。


制圧したシルベールで、ラケシスは兄の亡骸をやっと弔ってやることができた。

涙はやっぱり出たが前のように絶望はしなかった。兄もきっとそれを望んでいるだろう・・・


◇ ◇ ◇


エルトシャンの葬儀のあった数日後、シグルドはシアルフィの騎士と、エーディンたちを

つれてオーガヒルへ向かっていた。それにはおそらく行方のわからなくなってしまった

彼の妻、ディアドラを捜索するためでもあったのだろう。

アグストリアの諸侯の動きを気にしてか、レンスターの面々と、ラケシスがシルベールには

残されていた。


「本当にここの庭園のバラはすごいわねぇ・・・」

エスリンがテラスでお茶をしながら感心する。

テラスの白いテーブルをかこんでいるのはレンスター夫妻とフィン、そしてラケシス。

「ここは、もともとノディオン貴族達の避暑地のような場所なのです。だから、城の作りなど

はすべてノディオンに似せてつくられています」

ラケシスがエスリンに答える。

「なるほどな・・・・確かにノディオンに似ている」

キュアンが納得したように城をゆっくりと見渡した。

その間、紅茶のカップが皿にあたる音だけが響いた。

「・・・ねぇ、キュアン?」

しばらくしてちょっと高めの声がキュアンにかかる。

「庭園を散歩しない?」

ダメ?と首をかしげてエスリンがキュアンを見つめる。キュアンが断れるわけがない。

「わかったよ。行こうか」

そう言って立ちがるとエスリンをエスコートしてテラスから出て行く。

部屋から去る際にエスリンがフィンにウインクするのが見えた。つまりはエスリンが二人に

気を利かせたのである。

ただ、気を利かされた当の本人達が気付いていたかどうかはわからないが・・・


◇ ◇ ◇


「・・・仲がよろしいのですわね・・・」

ラケシスが二人の去っていったほうを見つめながらぽつりと言う。それにフィンは笑った。

「まだ序の口ですよ」

「えっ・・そうですの?」

エルトシャンの冷めた夫婦像しか知らなかったラケシスは目を丸くした。

「ちょっと、想像がつきませんわ・・・フィン、お茶もっといかが?」

フィンのカップの紅茶の量に気づいてラケシスが薦める。

「ありがとうございます」

フィンがカップを差し出してきた。そのフィンの手にラケシスの視線がとまる。大きな手だ。

この手が先日、自分を抱きしめて背をなでてくれたことを思い出した。

あの時は本当に悲しくて、フィンの温かみに救われる思いだった。たとえなぐさめるためで

あったとしても、フィンに抱きしめられたのだと思うと今更になって恥ずかしくなった。

かすかに紅茶を注ぐ手が震えたのに気づいてラケシスはあわててポットを置いた。

そして話題をかえようとフィンを見た。

「えっと・・・フィン、あなたに見せたいものがあるのですけれども、一緒に来てくださる?」

「私にですか?はい、よろこんで」

フィンは立ち上がるとラケシスの横にまで来て手を差し出してくる。

どうやらエスコートしてくれるらしい。

「キュアン様たちとおそろいですわね」

嬉しそうに頬を赤らめつつフィンに手を重ねた。


◇ ◇ ◇

フィンはどういうわけか庭園に案内されると思いこんでいたのだが予想は外れて、王女が

案内した場所は城の離れある古い蔵書室だった。

「・・・これは・・・すばらしいですね」

フィンが感心してまわりの本棚を見上げる。

窓から差し込む光に埃がキラキラまっているのが見える。背の高いすべての本棚に年月を

感じさせる蔵書が並んでいた。

「古い、それも貴重な本ばかりだ・・・」

「前に、フィンが本に興味があるって言ってたから。ここはさる著名なアグストリアの学者様

が使っていたお部屋なの。でも、彼が亡くなってからはこの部屋は主を失って今に至るの」

「そうなのですか・・・こんなに蔵書がそろっていることはめったとありませんよ」

そう、言いながらフィンは足をすすめていく。ラケシスは後ろに邪魔しないようにしたがった。

ラケシスも本は好きだったので、シルベールを訪れればよくこの部屋にきたりしていた。

ここはラケシスにとっては秘密の場所のつもりだった。だからもちろん兄とともに来た事も

ない。

そんな場所に今日、フィンを連れてこようと思ったのはラケシスが、今まで以上に彼を

好きになってしまっているからかもしれなかった。

フィンが本を手にとってパラパラと本をめくるのが見える。

夢中な様子にラケシスはクスっと笑うと、フィンに倣って本を読もうと本棚に手をかけた。

今、いつになく幸せな気持ちだった。


◇ ◇ ◇


少し時間が過ぎて、フィンは我に返った。貴重な本に気を引かれてラケシスのことを考えて

いなかった。退屈させてしまったかもしれないと慌て、向こう側の本棚の前にいるラケシス

に会いに行くことにする。

本棚を越えた次の廊下に入ると微笑をたたえながら本を見上げているラケシスが見えた。

その様子に思わずみとれて立ち止まってしまう。

光の差し込んだ窓を背景にラケシスの姿が浮かび上がっている。金髪が光を受けて

透き通ったように見えた。顔には笑みが浮かんでいる。

フィンは安堵した。兄王が亡くなって以来ずっと沈んでいたラケシスは元気になったようだ。


そんな風にフィンが立ち尽くしている間にラケシスは気に入った本を見つけていた。

少し背伸びをして本に手をかける。

本棚が揺れたのはその時だった。古くなっていたのかバランスが悪かったのだろう。

ラケシスは目を大きく見開いた。本棚がこちらに倒れてきている。

「きゃあああ!」

思わず叫ぶ。

が、別に痛みは感じなかった。そのかわりに自分を抱きしめている存在に気づいた。

「ふ・・・フィン!」

「大丈夫ですか?ラケシス様!」

まだ降り続いている本の雨から守るように抱きしめながら本棚をフィンが支えていた。

ラケシスはあわてて本棚の下から出ると今度はフィンが出れるように手伝った。

どおんと大きな音がし、埃が立ち込めたと同時にフィンが姿を表す。

「フィンっ!」

あわてて駆け寄る。

「ラケシス様、お怪我は?」

「バカ!!私なんていいのよ!フィンこそどこか怪我してない?」

半泣きになりながらラケシスがオロオロとフィンの体を見渡す。

その姿が本当にかわいいとフィンは思った。

「少し、背中を打った程度ですから・・・ラケシス様?」

ラケシスの様子がおかしい。よくみると泣きだしていた。

本人もそんな自分に慌てたようであった。慌てて涙をぬぐって言い訳する。

「だって・・・フィンが心配させるから・・・」

その様にフィンは胸が苦しくなった。自分はどうしようもなくこの人が好きだ。

身分の差とか世間の現実がどうであろうとこの想いは止めれない。

自分ですらもてあます感情だった。

「別に、わたくし泣き虫なんかじゃ・・・」

言い訳の終わる前にフィンの指が赤い唇に触れた。ラケシスは心臓が跳ね上がる。

「ふぃ・・」

「ラケシス様・・・」

フィンがじっとこちらを見ている。ラケシスはそれに戸惑いを感じながらも唇にあてられた

フィンの指をなでてさらにそっと口付けた。

それにフィンがかすかに反応する。

「・・・ずっと黙っていようと・・・思いました。身分違いだと・・・そう、思って」

フィンの言わんとすることに気づいて、ラケシスは新たに目を潤ませて顔を傾けた。

「・・・そんなことないわ・・お願い・・・言って・・・」

琥珀色の涙に濡れた瞳が見つめてくる。

フィンはもうひとつの手でゆっくり頬をなでてついに口を開いた。

「・・・ラケシス様・・・・わたしはあなたのことが好きです。本当に・・・ほんとうに・・・」

言い切ってラケシスを強く抱きしめる。そのフィンの背に白い手がまわされる。

「えぇ・・・ええ、わたくしもよ。フィン・・・あなたが好きよ・・・」

言葉が終わらないうちにフィンの唇がラケシスにそっとよせられてきた。ラケシスも瞳を

閉じてそれを受ける。忘れがたい瞬間だった。

自然と唇が離れるとフィンはラケシスを見つめる。琥珀色の瞳が美しかった。

「・・・・必ず貴方を幸せにします・・・」

「・・・フィン・・・・」

「今は見習の騎士ですが、いつか・・・必ず・・・」

そう言って再度唇を重ねた。


二人の時間は、いまはじまったばかりである。


                               
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【後編・至福の時】


「ねぇ?キュアン・・・・」

「どうした?」

庭園の散歩から帰ってきたキュアンとエスリンは再びサロンでお茶をしていたのだが・・・

「フィンとラケシス様は?」

「そういや姿が見あたらないな・・・」

「デートかしら」

「ははっ!そうだといいな」

相変わらずな二人である。

まさかそのころフィンとラケシスが蔵書室でキスしてたなんて思いもしないだろう。

「ま、そんな心配しなくてもそのうち帰ってくるだろう」

「そうね、何か進展したか聞き出さなきゃ!」

るんとお茶を注ぎながらエスリンはキュアンにウインクをした。


◇ ◇ ◇


一方蔵書室では・・・


「・・・いつになったら終わるのかしら」

「確かにこの量はすごいですね」

先程降らせた本を本棚にしまっているのだが終わる気配がない。

・・・それでも二人一緒ならなんでもいいのだが。

「でも、注意するように管理してる者に言ったほうがいいかもしれませんよ?ラケシス様」

「ラケシス!」

「・・・ラケシス」

あわてて言い直す。

さっきから「様」をどうしても付けてしまう。なれるまでは時間がかかりそうである。

「確かにフィンの言うとおりね。管理人に言っておき・・・あら?」

「どうしました?」

ラケシスは一冊の本に目に付いたようである。

「・・・マスターナイトの極意・・・?」

「あぁ、それはマスターナイトへのクラスチェンジの極意が記された書物ですね」

「マスター??」

ラケシスが見上げてくる。

(かわいい・・・)

内心そんなことを考えながらもフィンは真面目に答える。

「・・・ようは、暗黒\魔法以外すべてが使えるようになることが必要だということです」

「じゃあ、暗黒\魔法以外すべてを使いこなせるようになったらマスターになれるの?」

「えぇ。そういうことですね」

そう、返事するとフィンはまた本を片付け始める。

本当はもっと話をしたいのだが心臓の音が邪魔なので平常心を取り戻したかったのだ。

ラケシスは本が気に入ったのかずっと読んでいた。


そして、日が今にも沈もうとするころ、やっと片付けに目処が付いてくる。

あと、少しだ・・・そう、フィンが思ったとき、バタンとラケシスの本をとじる音が聞こえた。

「フィン!」

「なんですか?ラケシスさ・・・・ラケシス」

「わたくし・・・わたくし、マスターナイトになるわ!」

フィンが手にもっていた本がバサバサっと床に落ちる。

「・・・ラケシス?」

「わたくし、本気よ!いつまでも弱いままではいれないもの」

「ですが・・・マスターへの道は険しいですよ?」

「だからじゃない!やりがいがあるわ。それにどの分野においても今、調度先生がいる

ことだし」

フィンはラケシスの顔を見つめる。

言い出したら聞かない性格であることをフィンはよく知っている。

それに否定する理由もなかった。

「・・・では、シグルド様たちが帰ってきたら、指南をお願いしなければいけませんね」

「えぇ!なんだか決めたら早く取り組みたくなってくるわ・・・フィン、槍はフィンが教えてね」

「私がですか?」

「そうよ、いや?」

「いいえ、そんなことはありませんよ。でも・・・・」

「でも?」

「厳しいですよ。」

「まぁ!のぞむところよ」

そう言うとラケシスはフィンに抱きついてきた。それに微笑むと頭をぽんぽんと撫でる。

「そろそろ片付きましたし戻りましょう。キュアン様たちが心配されるといけません」

「・・・そうね・・・・」

ラケシスは二人の時間が終わることにあきらかにしょんぼりとうなだれて、扉に向かう。

その姿にフィンがクスっと笑うと、うしろから手を引いて抱き寄せた。

「明日は二人でどこか出かけましょう」

「・・!えぇ、もちろんよ。でも、槍の稽古をしてからね」

お互いの視線が合い、微笑みあう。

そしてもう一度キスをした。


                             



[156 楼] | Posted:2004-05-24 09:24| 顶端
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【一章・動乱の気配】


シグルドとエルトシャンの約束の一年がまもなくやってこようとしている初秋のことであった。

相変わらずのんびりとした時間の漂っていたノディオン城に衝撃が走った。

それは、早朝、シアルフィの騎士ノイッシュが早馬で城に駆け込んできたことにはじまる・・・


◇ ◇ ◇


「早朝に失礼いたします。私はシアルフィの騎士ノイッシュ。シグルド様よりご伝言を賜り

馳せ参じました。キュアン様にお取次ぎを」

いきなり駆け込んできた騎士に、侍女も驚いてしまっている。

そこに騒ぎを聞きつけたキュアンがフィンとともに城のホールへやってきた。

「ノイッシュ、どうした」

「キュアン様、シグルド様よりご伝言でございます。急ぎアグスティ城へお越しを」

「なに・・・?」

「・・・シャガール王が挙兵いたしました」

『!』

キュアンとフィンは同時に驚く。

「お急ぎください」

「わかった。すぐに後を追うから、先に行ってくれ」

「かしこまりました」

ノイッシュは一礼するとすぐにホールから去っていった。


「キュアン様・・・」

「くそっ!シャガールめ、何を考えているんだ・・・おそらくエルトは知らないのだろうな・・・」

キュアンが拳を手のひらにあてて苦い顔をする。

「ここで騒いでいても仕方ないな・・・フィン!アグスティに向かうぞ。支度を」

「かしこまりました」

その場を去ろうとしてフィンは踵を返す。そのときになって初めて、ホールの階段に見覚え

のある人影がこちらを見ていたことに気付いた。

「・・・ラケシス様」

フィンの言葉にキュアンも階段を見上げる。

そこには確かにラケシスがいた。王女は不安そうな顔で階段を下ってきた。

「・・・シャガールが挙兵したと聞こえました・・・もしや戦争になるのですか?」

キュアンは苦い顔をする。

「・・・このままだとやむを得ないかもしれない・・・」

「!」

「何があるかわからない。君はシグルドの軍にいない方がいい。エルトの立場もある。

ノディオンに残ってくれ」

「そんなっ!」

ラケシスがキュアンに近づく。キュアンはラケシスの肩に一度手を置くとフィンを振り返る。

「・・・時間がない。行くぞ、フィン」

キュアンはホールから出て行った。そしてフィンとラケシスがホールに取り残された。

「フィン・・・・どうなるの・・?」

「・・・私には」

「もし、兄様とシグルド様が争う事になったら・・・」

ラケシスの中には不安がうずまいていた。

兄の性格、騎士道精神を知っているラケシスはこの戦争にエルトシャン率いるクロスナイツ

が出陣しないわけない・・・そう、思う。

でも、あきらかに兄が忠誠\をつくすシャガールに正義はない。

これは、間違っている。

ぎゅっとこぶしを握り締める。

「・・・ラケシス様・・・」

「こんなの間違っているわ・・・約束の一年まであと少しなのに・・・!」

その時遠くでフィンを呼ぶキュアンの声が聞こえた。

「!・・・ラケシス様。申し訳ありませんがこれで、失礼いたします」

フィンはラケシスの様子に不安を覚えながらも一礼しその場を去ろうと背を向けた。

もしかすると、これであえなくなるかも知れない・・そんな不安が胸によぎった。


「フィン!」

呼び止められて振り向く。王女が涙をこらえて震えながらもまっすぐにこちらを見ていた。

「死んでは駄目よ。必ず、無事で・・・」

フィンは頷き、その場に膝をつくとラケシスの手に接吻した。

「・・・身に余る栄誉です」

しばらく手をにぎっていたのをゆっくりと離すと、フィンは立ち上がり、きびすを返して

ホールを去っていった。

ラケシスはそのうしろ姿を長い間、見つめていた。


 
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【二章 ・決意】


主の部屋の気配の様子がおかしいことに気づいた侍女のアニタは、ノックをして入室する。

そして驚いた。

「ひ・・・姫様!そのお姿は・・・」

ラケシスがドレスから動きやすい赤い服に着替えてマントを羽織っていた。腰に帯刀も

している。

あわてているアニタとは逆に、ラケシスは冷静な表情だった。椅子に腰掛けてブーツを履き

ながらかすかに笑った。

「・・・アニタ。わたくしね、フィンのことが好きみたいよ」

「え・・・?」

突然の言葉にアニタは驚いた。

「そしてエルト兄様も大切だわ」

そういっているうちにブーツを履き終わり立ち上がる。

「わたくしが今からどうしたいのか、わかってくれるわね?」

アニタはかすかにふるえて近づいた。

「・・・戦場に出られるおつもりですか・・・?」

「えぇ、この戦を止めに行くわ」

白い手袋をきゅっとつける。

「ですが、クロスナイツが出陣したということは、王は戦うおつもりなのです。止めても・・・」

「それでもよ。このまま傍観しているうちに、どちらかを失うことだけは耐えられない」

「姫様・・・」

「アニタ、心配をかけてごめんね。でも、皆が命を懸けているときに一人安全なところに

いるのはもう、嫌なの」

それが去年のハイライン軍との戦のことを言っていることは間違いなかった。

アニタはじっと主を見た。

決めたら決して譲らないこともよくわかっている。

それに、ここで引き止めることが彼女のためにはならないような気もした。己の運\命は自分

の手で掴むものだから。

大きく息をすうとアニタはゆっくりと頷いた。

「・・・わかりました」

「アニタ・・・ありがとう、ほんとうに・・・」

ラケシスはゆっくり微笑むとそっとアニタの頬に接吻した。

「どうか、ご無事で・・・姫様」

アニタの心配そうな声にうん、と頷くとラケシスは部屋から去っていく。

アニタはこのまま追いかけて見送ることは出来そうになかった。何故なら自分は泣いて

しまっている。主の決意を迷わせるような態度をとるわけにはわけにはいかない。

小さくなっていく背中をいつまでも見ていた。


◇ ◇ ◇


誰もがこの戦いは間違っていると思っていた。

それを一番強く感じていたのは指揮官のシグルドだった。

だが、迷いは無駄な犠牲を増やすだけだから、はじまってしまったのなら最小の犠牲で

結果を出す。そう決意して戦場に出たはずなのに・・・

どうしてこんなに悩むのだろう。


「ついにこの時がきた、か・・・」

横にいるキュアンがぽつりと呟く。彼の思いもまた、シグルドと同じだった。

早馬の伝令によって、シグルドの元に、シルベールからクロスナイツが出撃したとの知らせ

が届いていた。

「シグルド、迷いは許されない。エルトの強さはお前がよく知っているはずだ」

「・・・あぁ。そうだな」

エルトシャン率いるクロスナイツの強さはアグストリア一。

そして指揮官としてのエルトシャンの実力も・・・

「・・・まず、マディノの西の森に布陣を。そこでクロスナイツを迎え撃つ。そうでないと

手中的に攻撃されてしまうからな・・・」

シグルドは地図から視線をはずし、扉のそばに控えていたアレクに命令した。

「出撃の準備をするよう皆に伝えてくれ」


◇ ◇ ◇


森に入ってからは皆、無言であった。

クロスナイツの強さ、果たしてかなうのだろうか、そんな不安を胸に抱きながら。

その中で、フィンはノディオンと・・・ラケシスと敵対してしまうことに苦痛を感じていた。

苦しそうに俯いたときに、近くから人の気配を感じてフィンは振り返る。

「・・・誰だ?!」

すると・・・思いもかけない声が返ってきた。

「・・・フィン?」

「ラケシス様・・・?」

木の陰から姿を表したのはなんと、白い馬にまたがったラケシスだった。

フィンはあわてて近寄る。

「どうして戦場に・・・危険です!早くお戻りを!」

「いいえ、そうはいきませんわ。この戦いは間違っている。兄様がシルベールを出撃したと

聞いて、わたくしいてもたってもいれなくなって・・・・」

「ですが・・・もう戦いは避けられません。あなたはノディオンの王女。ここにいれば裏切り者

になるのですよ?!」

「わかているわ!でも、どうしてもこの戦いを止めたいのです。兄様を説得したくてわたくし

はここまで来たの」

ラケシスの意思の強そうな瞳がこっちを見ている。

「お願いよ、フィン!わたくしを兄様のところまで」

「ラケシス様・・・」

「お願い。わたくしは兄様も、そしてあなたちも失いたくないわ」

「・・・」

「フィン!」

「・・・わかりました」

「・・・では!」

ラケシスは嬉しそうに顔をあげる。

「あなたを必ずエルトシャン様の元へお連れします・・・でも・・・」

「でも?」

フィンはラケシスの手をとって強く握った。

「もし、説得に失敗して、戦いがはじまったら・・・必ず戦線を離脱すると約束してください」

一瞬ラケシスが驚いたような顔をしてこちらを見た。そしてうんと頷き、強く握り返してくる。

「わかったわ」

琥珀色の瞳と青い瞳の視線が重なった。


                                                          



[157 楼] | Posted:2004-05-24 09:25| 顶端
雪之丞

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【三章 ・兄と妹】


「エルト・・・」

二人はついに相対した。

「シグルド・・・もう、何も言うな。お互い国を背負い、騎士として戦う。それだけだ」

すっとミストルティンを鞘から抜く。

それが、合図のようにアグストリア最強の騎士団、クロスナイツが槍をかまえる。

「エルト、もう、避けることは出来ないのかのか・・・?他に、道は・・・」

「すまない・・・」

その返答にシグルドは一度目を閉じ、開くと銀の剣を抜いた。横にいたキュアンもまた、

槍を構える。

「そうこなくてはな・・・!」

自分を奮い立たせるためにも無理やり、エルトシャンは笑った。いや、顔をゆがめたと言っ

たほうが正しいだろうか。そしてふと、妹姫のことを思い出した。

(もし・・・ここにラケシスが現れたら決意がゆらぐ・・・その前に・・・!)

ラケシスがクロスナイツの出撃を予想したように、エルトシャンもまた、最愛の妹が自分を

止めに来る事を予想していた。

漆黒\の馬を走らせシグルドに向かって剣を繰り出す。

聞きたくなかった声が聞こえたのはその次の瞬間だった。


「エルト兄様!」

ぴたっと、エルトシャンの剣が止まる。シグルドとキュアンもまた、声のほうへ振り向いた。

声の方角にはラケシスが馬にまたがっていた。後ろにはフィンの姿も見える。

「・・・ラケシス」

エルトシャンがおびえたような声で妹の名を呼ぶ。

「ラケシス王女・・何故ここに・・・!」

キュアンとシグルドも驚いたような声でラケシスの名を呼んだ。

琥珀色の瞳同士が見詰め合う。

そして―――


◇ ◇ ◇


「兄様、お願いです。兵を引いてください」

予想したとおりのラケシスの言葉にエルトシャンは苦しそうな顔をする。

「・・・それはできない。陛下を裏切ることは、決して」

「だからといってこの戦をしていい理由になんてならないわ。兄様もわかっているはずです。

そう、顔に書いてあるもの」

(・・・やめてくれ・・・ラケシス・・・決意が揺らぐ・・・)

「ラケシス!戦線を離れろ!!」

キュアンの声が響く。

「嫌です、私はここを離れません。兄様!」

ラケシスは兄に向き直り琥珀色の瞳でじっと見つめた。

(やめてくれ・・・そんな目で俺を、見ないでくれ・・・)

苦痛にエルトシャンは瞳を閉じた。

「兄様、未熟なわたくしにはわからないことが、この世には多いわ。でも・・・」

瞳が潤み始める。

「でも、これだけはわかります。シグルド様やキュアン様と、友と戦ってはなりません!」

ついにラケシスの大きな瞳から涙が吹きこぼれた。

「・・・ラケシス・・・・」

エルトシャンの消えるような声・・・・

「お願いです・・・きっとこのまま戦えば、生き残った者にも深い傷が残ります。そんなものに

何の意味があるのです・・・」

ラケシスが手で顔を覆う。

エルトシャンは微かに震えながら琥珀色の瞳に妹の姿を映していた。

長いのか・・・短いのかわからない沈黙が続く。エルトシャンはミストルティンの柄を握る

手に力をこめた。シグルドとキュアンはとっさにかまえる。

だが、二人の予想は外れた。

エルトシャンは剣を、下げた。


「・・・わかった」

「!」

「エルト!」

「兄様・・・」

ラケシスが驚いて顔をあげる。

「もう一度、陛下を説得してみよう・・・ラケシスこれをお前にやる」

そう言ってエルトシャンは腰から短剣を抜くとラケシスに投げる。

「兄様・・・これは守り刀なのでは・・・?」

シグルドとキュアン、そしてフィンははっとした。一人状況が理解できないラケシスに

エルトシャンが悲しそうな顔で微笑む。

「ラケシス、生きろよ―――」

そういって馬の頭を返す。

「え?あっ・・・兄様、待って!お願い!!」

ラケシスの言葉に獅子王は振り返らなかった。


◇ ◇ ◇


それから数日が経とうとしていた。

天幕でひとり、ひたすら祈る日々をラケシスはすごしていた。

何も考えないように、

恐怖に囚われないように、

何度も神の名を繰り返して・・・


背後で天幕の揺れる気配がしてラケシスは組んでいた手をといて振り返った。

そこにはシグルドが立っていた。

そして彼の顔を見て、すべてが終わってしまっのだと悟った。

ゆっくりと唇を動かす。

唇の震えを止めることはできなかった。

「・・・兄様は・・・死んだの・・・ですね・・・」

「・・・あぁ」

予想通りの返答にラケシスは瞳を閉じた。大きく息を吸ってさらに強く目を閉じる。

「・・・どうか、ひとりにしてください・・・」

かろうじて発せられた言葉にシグルドは頷いた。そっと天幕の入り口をあげる。

そして一度止まると振り返った。

「ラケシス」

呼び声に彼女はこちらを振り向かなかった。ただかすかに体を動かして反応した。

「・・・すまなかった」

もう、戻らない、もう、会えないことを思えば何の意味もない言葉なのだろう。

だが、これが唯一シグルドに出来ることだった。


◇ ◇ ◇


シグルドは天幕を出た。顔を上げれば、フィンがそっと立ってこちらを見ていた。

黙ってフィンが頭を下げると同時に、いきなり天幕の向こうから兄の名を叫ぶ声が

聞こえた。

フィンは瞳を開いて天幕を見上げ、シグルドはぎゅうっと目を閉じた。

少女の空を裂くような泣き声は続いている。

苦しそうに大きく息をつくと、シグルドはフィンの肩をたたいて去っていく。シグルドの手は

震えていた。

フィンもまた、どうしようもなく悲しくなって空を見上げる。

空がまるで怒っているかのように唸り始めていた。


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【四章 ・悲しみが満ちて】


獅子王エルトシャンの刑死の報がシグルド軍に届いた夕方、皆の心を現すかのように

大雨となった。

その日のラケシスの空を割くような悲鳴を誰もが忘れることはできなかった。


◇ ◇ ◇


まるで獣のように泣き叫んだラケシスは夕方になると、疲れたのであろう、涙を流しながら

眠っていた。

それに気づいたエスリンがいつの間にかつきそうようになっていた。

フィンも横で同じように付き添い、瞳を閉じながら天幕にあたる雨粒の音を聞いていた。

「雨が一段と酷くなってきたわね・・・」

何気なくエスリンがポツリと呟く。フィンはずっと考え事をしていたために、エスリンに返事を

することが出来なかった。

「・・・また・・・涙が・・・」

ラケシスの頬に伝ってきた涙をエスリンがぬぐってやる。

その様子を見つめながらフィンの中では色々な思いが渦巻いていた。


(ラケシス様・・・こんなに泣いて・・・)


(・・・やはりエルトシャン様のことを彼女は・・・・・・・・?)


(目覚めたら彼女はどうなるのだろう・・・亡くなった兄君をずっと思い続けるのか・・・・?)


(私は何を愚かなことを考えているのだ、ラケシス様は大切な肉親を失われたのに・・・!)


心の葛藤から抜け出すようにフィンは頭を左右に振った。そこにエスリンの声が聞こえる。

「・・・フィン」

顔をあげるとエスリンが少し心配そうな顔でこちらを見ていた。

「わたし、キュアンと兄様が心配だからはずすわね。・・・ラケシス様のこと看ていてあげて」

そういいおいて、エスリンは雨の中、天幕から出て行った。


天幕にフィンとラケシスが取り残される。フィンは立ち上がり、先程エスリンが座っていた

椅子に腰を下ろした。

「う・・ん・・・」

ラケシスが苦しそうにうめく。また、涙が頬を伝った。

フィンはさっきエスリンがしていたように、そっと涙をぬぐってやる。

天幕には雨の音だけが響いていた。


◇ ◇ ◇


『兄様!!エルト兄様・・・!!どこ・・・・返事をして・・・』

暗闇に向かってラケシスは泣きながら叫ぶ。

『あいつならもうおらぬ!!首を切ってやったからな・・・』

シャガールだった。

『嘘よ!!兄様は死んだりなんか――』

しない!

そう、叫ぼうとした時だった。

手に何か握っていることに気づく。手を見ると・・・・握られていたのは大地の剣。

『ラケシス!これをお前にやる』

そういって兄が別れ際にくれた剣。

『いやよ!!』

寂しそうに微笑んでいた兄。

『いやです!!こんなのいらない!!』

走り去っていく愛しい兄。

たった一人の肉親が遠のいていく・・・

『待って・・・!!!兄様・・・!にいさま・・・!』


◇ ◇ ◇


「―――兄様!!!」

ラケシスは叫びながら起き上がった。肩で大きく息をする。ひどく汗をかいていた。

フィンがとまどいながらも声をかける。

「・・・・ラケシス様・・・・。」

はぁ、はぁ、と息をしながらラケシスは天幕を見渡し、金髪をかきあげた。頭がひどく混乱

している。

「・・・フィン・・・どうしてここに・・・今のは・・・」

ラケシスは大きく息をついて目を閉じた。

(そうだ・・・さっきシグルド様が来て・・・)

「あぁ・・・」

(そうか・・・兄様は、もう・・・)

「・・・夢なんかじゃ・・・・な・・・い・・」

フィンが不安そうにこちらを見ている。

ラケシスは自分の体をゆっくりと抱きしめた。抱きしめるその手は震え始めていた。

「・・・わたくし・・・どうしてもあの戦いをやめてほしくて・・・」

その結果兄は死んだ。自分が殺したようなものだ―――


そう、私が―――


顔がゆがんで涙が落ちる。

「わたくし・・・・兄様を・・・殺してしまった・・・あぁ・・・っ」

再び、感情におさまりがつかなくなってきてラケシスの手が宙をさ迷い始める。

フィンはたまらなくなって、その手をとった。

ガタガタと震えている。まるで小動物みたいに。フィンはそうやって震えて泣いている

ラケシスが哀れで、すべてからかくすように肩を引き寄せて抱きしめた。

一層泣き声が大きくなる。

本来なら、王女にこんな振る舞いは許されないのだろう。

でも、ただ、見ていることはできなかった。少しでも彼女の傍にいたかった。

「兄様っ・・にいさま・・・・」

泣きじゃくるラケシスをフィンはさらに強く抱きしめた。細い肩が切なかった。

二人に、まだ先は見えない。



 
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【五章 ・生きる】


ラケシスは泣いた。

泣いて、泣いて、泣いて・・・

でも涙がかれることはなかった。

そして、泣いているうちにどんどん気持ちがマイナスへと走っていくようだった。

いつのまにか死に囚われ始めている自分がいる・・・・・・・

ここは、兄様がいない世界。

死んだら・・・会えるだろうか・・・


◇ ◇ ◇


「ラケシスの様子はどうなんだ?」

キュアンがエスリンにたずねた。

「・・・ダメなの・・・食事も全然手をつけないし・・・」

「・・・まずいな・・・」

「えぇ。あんなに悲しんで。わたし、心配で・・・」

「万が一のことがある・・・絶対一人にはしないようにしよう」

「それなら、大丈夫だと思うわ。エーディンたちがついているみたいだし、それに・・・」

「それに?」

「フィンも」

「あぁ、そうだな。」

いつも自分の傍で必死に槍の稽古ばかりしていた少年が今は傍にいない。

愛する人をほうってはおけない気持ちがキュアンには痛いほどよくわかる。

このまま、良い方向へと向かってくれればよいのだが・・・切に、そう思った。


◇ ◇ ◇


キュアンの願いはむなしくも叶わないようである。

エルトシャンが亡くなってから一週間が経とうとしていた。

ラケシスはまだ、悲しみの中にいる。

フィンはラケシスが心配で何度も顔を出していた。

今日こそ食事をとって頂かなければ・・・そう、思ってテントの入り口をひらいた瞬間驚いた。

ラケシスが祈りの剣を抜いて見つめていた。

「・・・ラ・・・ケシス様・・・?」

フィンが名を呼ぶがそれに反応はなかった。

近づいて膝をつくと寝台に座っているラケシスを覗き込んだ。

するとかすかに赤い唇が動く。

「・・・い・・」

「え?」

「兄様に、会いたい・・・」

「!」

また、涙がこぼれ始める。

「・・・会って・・・謝りたいの・・・」

ラケシスから嗚咽が洩れ始める。フィンはラケシスの中の深い後悔の念に気づいた。

美しい王女は今でも、兄を止めた事を後悔していた。

「ラケシス様・・・エルトシャン様は何も、あなたを責めたりはなさらないでしょう」

「でも・・!でも結果として兄様は死んでしまった!刑死なんて・・・そんな不名誉な死に方を

するなら、騎士らしく戦わせてあげればよかった・・!」

ラケシスは顔を覆って絶叫した。

「死んでしまいたい・・・耐えられない・・・!」

ラケシスが発した「死にたい」という言葉にフィンは反応した。

ぱんっ、とかわいた音が天幕に響く。

「馬鹿なことを言わないで下さい!」

荒げられた声にラケシスは叩かれた頬を押さえることも忘れた。

フィンは叩いた手を握り締め、悲しそうに顔をゆがめてラケシスを見つめた。

「死にたいなんて・・・言わないで下さい・・・」

「ふぃ・・・」

名前を呼ぼうとしてラケシスは驚いた。フィンが泣いている。すぐにぬぐってしまったが、

確かに泣いていた。ラケシスは目を大きく開いて一度天幕を見渡した。


(わたくし・・・)


そう、悲しみのあまりに忘れてはいなかったか。

自分と同じように悲しんでいてくれている人を。

今まで見守ってきてくれた沢山の人を。

ずっとずっと、ラケシスは大人になりたかった。誰にも心配をかけないように。

そのために必死に努力をしていたのはつい最近のことだ。


何か、目が覚めたような気がした。


ラケシスは震えながらそっと手を伸ばすとフィンの俯いた顔に触れた。

驚いたフィンが顔を上げて二人の視線が重なった。

「ごめんね・・・」

「ラケシス様・・・」

「ごめんね、もう言わないわ」

また、涙が伝ったのをラケシスは流れるままにまかせた。

「フィンは・・・私が泣いているときに、いつも傍にいてくれるのね・・・」

フィンは頬に当てられたラケシスの手にそっと自分の手を重ねる。

「・・・ラケシス様・・・」

「はい」

「ご無礼をお許し下さい。でも、どうか元気を出して・・・」

どこまでも真面目なフィンに苦笑して、ラケシスは頷いた。

「えぇ、そうね。泣くのも今日で最後にするわ」

ごしごしと涙をこする。

「何度も言うけれど、私は泣き虫じゃないのよ?フィンがいつもたまたま・・・」

ラケシスの強がりは続かなかった。フィンが抱きしめてきたからだ。

ラケシスは驚いたがその暖かさにほっと安堵して背に手をまわした。


                                                            
                            



[158 楼] | Posted:2004-05-24 09:26| 顶端
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【一章 ・休戦】


「違うわ兄様!悪いのはシャガールです!シグルド様は自ら進んで進軍された事など、

一度もありませんでしたわ!それに、もともとはノディオンを助けるためにわざわざ来てくだ

さったのです!」

まだ、若い女性の声がアグスティ城のホールに響く。

その声の方向に琥珀色の瞳をした青年、エルトシャンが振り向く。

「ラケシス・・・」

声の正体である、金髪の女性―――ラケシスに視線が集まった。


◇ ◇ ◇


現在、シグルドはアグスティ城にいた。

ノディオンへ向けてさらに進軍をしてきたシャガールを破り、城を制圧したからである。

それにより、シャガールによって投獄されていたノディオン国王エルトシャンも牢獄から

出されたのであったが・・・・・

旧友であるシグルドとキュアンに再会した彼の第一声は、周囲の期待を裏切るもので

あった。

「シグルド、何故グランベル軍であるお前がここを制圧している?アグストリアはいつから

グランベルのものになったのだ!?」

エルトシャンの声は至って冷静ではあるが彼が怒っているのは明らかだった。

「エルト・・・・」

困惑した表情のシグルド。

そのシグルドに変わって発せられたのが、先程のラケシスの言葉だった。


ラケシスはさらに続ける。

「シグルド様は我がノディオンの恩人です!どうしてそんな事をおっしゃるのですか?!」

ホールはしん・・・と静まりかえた。

シグルドとキュアンは不安そうに二人の間を見ている。

そして護衛をしていたフィンはラケシスの後ろに立ってエルトシャンをじっと・・見ていた。


獅子王エルトシャン。

アグストリア内でもっとも勇敢な騎士。

ノディオンの王。

そして・・・・・ラケシスの兄。


フィンは過去にキュアンの警護をしていた折に、エルトシャンに会ったことがあったが今の

彼は投獄されていたことなど嘘としか思えないほど神々しく見えた。

威厳ある姿は昔と何もかわらない。いや、より偉大になったように見えた。

彼の妹のラケシスと同じ金髪、そして意思の強そうな光を宿した琥珀色の瞳は、あきらか

に彼が凡人でない事を際立たせている。


しかし、その獅子王はフィンの視線には気づかず、かすかに驚いたような表情を浮かべ

久しぶりに再会をした妹の方を見ていた。

そして、ラケシスもまた、大きな瞳でじっとエルトシャンの顔を見つめ返す。


・・・先に視線をはずしたのは獅子王だった。

エルトシャンはラケシスに背を向け、後ろにいた友人を振り返る。

「・・シグルド、キュアン、ノディオンのことは礼を言う」

「あ、あぁ。当然の事をしたまでだ。我らの誓いを守っただけのこと・・・礼には及ばないよ」

いきなりの礼の言葉に一瞬戸惑いながらも、シグルドは人懐っこい笑みで返事をした。

「・・・そうだったな。だがシグルド、私はアグストリアの騎士。陛下に忠誠\を誓った身だ」

「いや、そこから先は何も言わなくてもわかるよ。エルト、一年の猶予を私にくれないか」

「一年・・・」

「そうだ、その間に必ず我等グランベル軍はアグストリアを去ろう。そうすればシャガール

陛下は今までどおり王都に戻ることが出来る・・・」

「・・・」

エルトシャンは何かをしばらく考えたようだが、すぐに返事を返した。

「わかった。シグルド、お前のその言葉を信じよう。だが・・・約束をたがえたときには容赦は

しない。クロスナイツ全軍をもってグランベル軍を倒す。たとえ、それがシグルド・・・お前で

あっても、だ」

「そんなことにはならないよ、エルト。それに私は君とは戦えない。」

シグルドが困ったように微笑む。その場の緊張が和らいだ。エルトシャンも笑い返す。

「お前は変わらないな。わかった。では、私は北のシルベールで陛下をお守りするとしよう」

エルトシャンはマントを背に払うとその場を去る気配を見せ、ラケシスを振り返った。


「ラケシス!」

声をかけられてラケシスは嬉しそうに顔をあげる。

「はい、兄様!」

「・・・」

獅子王は一瞬辛そうな、顔をする。その一瞬にフィンは思うところがあった。

(この方は・・・もしかして・・・)

フィンの意識に、限りなく確信に近い疑惑が浮上する。

だが、もちろんフィンの思考を知らないエルトシャンは妹姫に向けて、そこで口を開いた。


「ノディオンに・・・帰れ」


   
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【二章・春の訪れ】


春になろうとしているノディオンには思いのほか多くの客が滞在していた。

今やシレジアの王子とばれてしまったが相変わらずで、いい歌がかけそうだとちゃっかり

居座っているレヴィン。

それにくっついてまわっているシルヴィア。

そしてレヴィンを守ると言ってアグストリアに残ったフュリー。

意外なのがレンスター王子キュアンと妻のエスリン。

アグスティを落としてからエスリンが体調を崩したので、静養におとずれ、いつのまにか

そのまま残っていた。

・・・もしかすると沈んでいるラケシスを心配してなのかもしれない。

そしてその部下である、フィン。


◇ ◇ ◇


やっと会えた兄に、城に追い帰され沈んでいたラケシスであったが、賑やかな客人たちの

滞在は心を晴れさせた。ラケシスのその姿に、兄の言葉に絶対落ち込むに違いないと思い

込んでいた侍女たちは皆、驚いていた。


だが、一番驚いているのは当の本人であった・・・・

「わたくし・・・どこか、おかしいのかしら・・・」

ラケシスは、赤い生地の張られた椅子に腰掛けながら、近くにいたお気に入りの侍女に

ぽつりと漏らす。

侍女の名をアニタという。昔ながらのラケシスお付の侍女であった。この城の中では兄に

続いて一番仲の良い人物だと言ってもいい。

「どうしてでございますか?」

アニタは結い上げられた赤毛の頭を不思議そうに傾けた。

「・・・だってわたくし・・・兄様が傍にいないのに・・・こんな・・・」

「それは姫様、きっとお仲間の皆様がお傍にいてくださるからではないですか?それに、

陛下も幽閉されているわけではございませんし・・・」

「・・・そうなのかしら・・・」

「えぇ、そうですとも。それにあと半年すれば陛下がノディオンにお戻りになられます。いい

こと尽くしではないですか」

明るくアニタは話し掛けた。

だがその話にラケシスは驚いて、ばっと身を前に乗\り出した。

「でも!そうしたら、フィンがレンスターにかえ・・・」

ってしまうわ!

そう、言おうとしたところでラケシスは口を閉じた。

しばらく沈黙して再び体を椅子に沈め、頬に手を当てて考え込む。

(わたくし・・・兄様が帰ってくるのが嬉しいはずなのに。フィンが帰ることをいきなり心配

するなんて・・・本当にどうしてしまったの・・・?)

自分のもてあます感情に不安になってくる。今まで何に変えても一番だったはずの兄の姿

が遠い気がした。

(・・・わたくし・・・最近、迷っているのだわ・・・でも・・・何に?)


◇ ◇ ◇


アニタは、ラケシスの不安そうな姿をじっと見つめながら、不謹慎だと思いながらも安心

していた。

以前のラケシスは実の兄であるエルトシャン王に恋をしているように見えていた。それは

許されない事だと知りながらも、まわりをみることなどなく、盲目的に兄を見つめるラケシス

の姿にアニタは危惧を感じていた。

まして、王夫婦の不仲のせいからなのかこの兄妹は世間の兄妹よりずっと仲が良い。

それが余計に回りの不安を募らせた。


しかし、最近のラケシスは外に目をやり、兄ばかりを見つめていて気づけなかったものに

徐々にではあるが気づくようになってきていた。

(やはり、ラケシス様は陛下に憧れを抱かれていただけなのだ)

アニタは確信をする。

(ラケシス様はお辛いかもしれないが、この一年は彼女にとって必要なことだったわ・・・)

アニタは愛しい主を見た。主はまだ考え込んでいるようだ。その様子にくすっと笑った。

いつもそばでラケシスを見守ってきたアニタは、なぜ彼女があんなに迷っているかを本人

以上によく理解していた。

ラケシスは最近、恋をしたのだ。

もちろん本人はまだ、気づいていないが・・・


「姫様」

「え・・・なに?」

「お時間はよろしいのですか?」

アニタの言葉にラケシスはがばっと立ち上がって思わずおろおろする。

「そうでしたわ!」

あわてて部屋から出て行くラケシス。

アニタはそれをうれしそうに見送った。


◇ ◇ ◇


パタパタとラケシスは廊下を走っていた。前方に人影が見える。

「よう!ラケシス!」

自称(他称も?)吟遊詩人で本当はシレジアの王子、レヴィンだった。

「あら、レヴィン。今日は良いお天気ですわね!」

急ぎながらも返事を返すラケシス。レヴィンもラケシスが急いでいる事に気づいたらしい。

「何か用事でもあるのか?」

「え、えぇ。遠乗\りに行く約束をしていたものですから・・・」

「ふ~~ん。そうか!」

にぱっと笑うレヴィン。

「気をつけてな」

「えぇ。それでは・・・」

すぐにラケシスの姿は石畳の廊下向こうへと消えた。

「ま~ま~~急いじゃって・・・誰がまっているのやら・・・」

レヴィンは一人、にやけつつ呟いた。



                                                             



[159 楼] | Posted:2004-05-24 09:27| 顶端
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